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損害賠償請求事件(通称 東京都立高等学校教職員再雇用選考損害賠償)
事件番号平成17(ワ)15718等
事件名損害賠償請求事件(通称 東京都立高等学校教職員再雇用選考損害賠償)
裁判年月日平成20年2月7日
裁判所名東京地方裁判所
分野労働
裁判日:西暦2008-02-07
情報公開日2017-10-19 19:05:07
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主1文
被告は、原告a、原告b、原告c、原告d及び原告eに対し、それぞれ212万8600円及びこれに対する平成17年9月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2
被告は、原告f、原告g、原告h、原告i、原告j、原告k、原告l及び原告mに対し、それぞれ211万6000円及びこれに対する平成18年4月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3
原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

4
訴訟費用はこれを2分し、その1を原告らの、その余を被告の負担とする。事実及び理由

第1
1
請求
甲事件
被告は、甲事件原告らに対し、各559万0400円及びこれに対する平成17年9月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2
乙事件
被告は、乙事件原告らに対し、各559万0400円及びこれに対する平成18年4月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2

事案の概要
本件は、都立高等学校の教職員や学校司書(以下、併せて教職員等という。)であった原告らが、平成15年10月23日以降に都立高等学校で行われた卒業式や創立記念式典に際し、各校長から発令された、国歌斉唱時に国旗に向かって起立し、国歌を斉唱することを命ずる職務命令は、原告らの思想及び良心の自由を侵害するなど違憲、違法なものであったのに、平成16年度又は平成17年度の東京都公立学校再雇用職員の採用選考において、東京都教育委員会(以下都教委という。)が、原告らがこの職務命令に違反していたことを理由として不合格としたのは、違憲、違法であるとして、都教委の設置者である被告に対し、国家賠償法に基づき、損害賠償(逸失利益、慰謝料等)の支払を求めている事案である。
1
争いのない事実等(争いのない事実及び掲記の証拠により容易に認められる事実)
(1)当事者等

甲事件原告a、同b、同c、同d及び同eは、別紙一覧表職務命令の日欄記載の日ころ、それぞれ、同表学校名欄記載の都立高等学校の教職員であった。
原告a、同b、同c及び同dは、平成17年3月31日付けで定年退職した。また、原告eは、同日付けで定年前に勧奨退職した。


乙事件原告f、同h、同i、同j、同k、同l及び同mは、別紙一覧表職務命令の日欄記載の日ころ、それぞれ、同表学校名欄記載の都
立高等学校の教職員であり、乙事件原告gは、同欄記載の都立高等学校の学校司書であった。
原告f、同h、同i、同j、同l、同m及び同gは、平成18年3月31日付けで定年退職した。また、原告kは、同日付けで定年前に勧奨退職した。


被告は、地方自治法180条の5第1項1号、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下地教行法という。)2条に基づき、都教委を設置する地方公共団体である。
都教委は、地教行法23条に基づき、学校その他の教育機関の設置管理や、職員の任免等の事務を管理、執行する権限を有する行政庁である。都教委は、その権限に属する事務を処理させるため、事務局として東京都教育庁を置いている(地教行法18条1項)。また、都教委が任命した教育長(同法16条1項)は、都教委の指揮監督の下に、都教委の権限に属するすべての事務をつかさどるほか(同法17条1項)、東京都教育庁の事務を統括し、所属の職員を指揮監督する(同法20条1項)。(2)関連法規等

国旗及び国歌に関する法律
平成11年8月13日に公布、施行された国旗及び国歌に関する法律(以下国旗・国歌法という。)には、次の規定がある。
1条1項

国旗は、日章旗とする。
(以下、日章旗を日の丸という。)

2条1項

国歌は、君が代とする。

教育基本法

(ア)平成18年12月22日法律第120号による改正前の教育基本法(以下旧教育基本法という。)には、教育行政に関し、次の規定があった。
10条1項

教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し
直接に責任を負つて行われるべきものである。

2項

教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行する
に必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければな
らない。

(イ)前記改正後の教育基本法には、教育行政に関し、次の規定がある。16条1項

教育は、不当な支配に服することなく、この法律及び他
の法律の定めるところにより行われるべきものであり、教
育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互
の協力の下、公正かつ適正に行われなければならない。

2項

国は、全国的な教育の機会均等と教育水準の維持向上を
図るため、教育に関する施策を総合的に策定し、実施しな
ければならない。

3項

地方公共団体は、その地域における教育の振興を図るた
め、その実情に応じた教育に関する施策を策定し、実施し
なければならない。
4項

国及び地方公共団体は、教育が円滑かつ継続的に実施さ
れるよう、必要な財政上の措置を講じなければならない。


学校教育法

(ア)学校教育法には、次の規定がある。
28条3項

校長は、校務をつかさどり、所属職員を監督する。

(同条は、同法51条で、高等学校について準用されている。)
41条

高等学校は、中学校における教育の基礎の上に、心身の発達
に応じて、高等普通教育及び専門教育を施すことを目的とする。

42条

高等学校における教育については、前条の目的を実現するた
めに、次の各号に掲げる目標の達成に努めなければならない。

1号

中学校における教育の成果をさらに発展拡充させて、国家及
び社会の有為な形成者として必要な資質を養うこと。

2号

社会において果さなければならない使命の自覚に基き、個性
に応じて将来の進路を決定させ、一般的な教養を高め、専門的
な技能に習熟させること。

3号

社会について、広く深い理解と健全な批判力を養い、個性の
確立に努めること。

43条

高等学校の学科及び教科に関する事項は、前2条の規定に従
い、文部科学大臣が、これを定める。

(イ)学校教育法43条を受け、同法施行規則57条の2は、

高等学校の教育課程については、この章(同規則第4章「高等学校

)に定めるもののほか、教育課程の基準として文部科学大臣が別に公示する高等学校学習指導要領によるものとする。」と規定している。

高等学校学習指導要領
平成11年3月に告示された高等学校学習指導要領は、第4章特別活動(特別活動の内容は、ホームルーム活動、生徒会活動、学校行事からなる。)の第3指導計画の作成と内容の取扱いにおいて、

入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする。

と規定している(以下国旗・国歌条項という。)。(乙28)

地方公務員法
地方公務員法には、次の規定がある。
32条

職員は、その職務を遂行するに当つて、法令、条例、地方公共
団体の規則及び地方公共団体の機関の定める規程に従い、且つ、
上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない。

33条

職員は、その職の信用を傷つけ、又は職員の職全体の不名誉と
なるような行為をしてはならない。

(3)都教委教育長の平成15年10月23日付け通達
平成15年10月23日、都教委のn教育長は、都立高等学校の校長に対し、

入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について(通達)

(以下本件通達という。)を発した。本件通達の内容は次のとおりである。

1学習指導要領に基づき、入学式、卒業式等を適正に実施すること。2入学式、卒業式等の実施に当たっては、別紙「入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱に関する実施指針

のとおり行うものとすること。
3
国旗掲揚及び国歌斉唱の実施に当たり、教職員が本通達に基づく校長の職務命令に従わない場合は、服務上の責任を問われることを、教職員に周知すること。」

別紙入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱に関する実施指針1国旗の掲揚について入学式、卒業式等における国旗の取扱いは、次のとおりとする。(1)国旗は、式典会場の舞台壇上正面に掲揚する。(2)国旗とともに都旗を併せて掲揚する。この場合、国旗にあっては舞台壇上正面に向かって左、都旗にあっては右に掲揚する。(3)屋外における国旗の掲揚については、掲揚塔、校門、玄関等、国旗の掲揚状況が児童・生徒、保護者その他来校者が十分認知できる場所に掲揚する。(4)国旗を掲揚する時間は、式典当日の児童・生徒の始業時刻から終業時刻とする。2国歌の斉唱について入学式、卒業式等における国歌の取扱いは、次のとおりとする。(1)式次第には、「国歌斉唱と記載する。(2)国歌斉唱に当たっては、式典の司会者が、国歌斉唱と発声し、起立を促す。
(3)式典会場において、教職員は、会場の指定された席で国旗に向かって起立し、国歌を斉唱する。
(4)国歌斉唱は、ピアノ伴奏等により行う。
3
会場設営等について
入学式、卒業式等における会場設営等は、次のとおりとする。

(1)卒業式を体育館で実施する場合には、舞台壇上に演台を置き、卒業証書を授与する。
(2)卒業式をその他の会場で行う場合には、会場の正面に演台を置き、卒業証書を授与する。
(3)入学式、卒業式等における式典会場は、児童・生徒が正面を向いて着席するように設営する。
(4)入学式、卒業式等における教職員の服装は、厳粛かつ清新な雰囲気の中で行われる式典にふさわしいものとする。」
(甲6、乙44の3)
(4)原告らに対する職務命令等

別紙一覧表校長欄記載の各校長は、それぞれ、原告らに対し、本件通達に基づき、同表行事欄記載の卒業式又は創立記念式典に際し、同表職務命令の日欄記載の日に、同表職務命令の内容欄記載の職務
命令を発した(以下、これらの職務命令を併せて、本件職務命令という。)。(甲1ないし5及び110ないし114の各1、115の1・4、116及び117の各1)


原告らは、前記の卒業式又は創立記念式典において、本件職務命令に従わず、国歌斉唱時に国旗に向かって起立せず、国歌を斉唱しなかった(以下、これを不起立行為という。)。


平成16年2月17日、都教委は、原告g及び同iに対し、前記の記念式典における不起立行為は、それぞれ、地方公務員法32条違反(職務命令違反)、同法33条違反(信用失墜行為)に当たるとして、戒告処分をした。(甲111及び113の各2・3)
また、同年3月31日、都教委は、原告a、同b、同c、同d、同e、同f、同h、同j、同k(別紙一覧表中の①について)及び同mに対し、いずれも同年3月に実施された前記の卒業式における不起立行為は、地方公務員法32条違反、同法33条違反に当たるとして、戒告処分をした。(甲1ないし5、110、112、114、115及び117の各2・3)
さらに、平成17年3月31日、都教委は、原告k(別紙一覧表中の②について)及び同lに対し、いずれも同年3月に実施された前記の卒業式での不起立行為は、地方公務員法32条違反、同法33条違反に当たるとして、原告kについては1か月間の給料の10分の1減給の処分を、同lについては戒告処分をした。(甲115の5・6、116の2・3)(5)東京都公立学校再雇用制度

都教委は、東京都公立学校再雇用職員設置要綱(以下本件要綱という。)を定め、定年退職等により一旦退職した教職員等を地方公務員法3条3項3号に定める特別職の非常勤職員として新たに任用する再雇用制度(以下本件再雇用制度という。)を実施している。その運用は、教育庁人事部長が定める東京都公立学校再雇用職員設置要綱の運用について(以下本件運用内規という。)により行われている。また、教育庁人事部は、嘱託員任用事務の手引(以下本件手引という。)を作成している。


本件要綱には、次のような定めがある。

第1この要綱は、東京都公立学校再雇用職員の職、任用、勤務条件等に関し、必要な事項を定めることにより、その人事管理等の適正な運営を図ることを目的とする。2再雇用職員の取扱いについては、法令等に別の定めがあるものを除くほか、この要綱の定めるところによる。第2再雇用職員とは、以下に掲げる者のうち、地方公務員法3条3項3号に定める特別職の非常勤の職の職員として、都立学校及び区市町村立小・中・養護学校において第4の1に定める職に雇用されている者をいう。(1)職員の定年等に関する条例の適用を受ける職員(以下「正規職員という。)で、定年に達したことにより退職した者又は勧奨を受けて退職した者
(2)職員の再任用に関する条例の適用を受ける職員(以下再任用職員という。)で、任期を満了し、当該任期の末日において満65歳に達していない者
第3

再雇用職員の職名は、嘱託員とする。

第5

嘱託員は、次に掲げる要件を備えている者のうちから、選考の上、都教委が任命する。

(1)正規職員を退職又は再任用職員を任期満了する前の勤務成績が良好であること。
(2)任用に係る職の職務の遂行に必要な知識及び技能を有していること。
(3)健康で、かつ、意欲をもって職務を遂行すると認められること。2
選考方法等については、東京都教育庁人事部長(以下人事部長
という。)が別に定める。

第6

嘱託員の雇用期間は、1年以内とする。

2
都教委は、次に掲げる要件を備えている嘱託員について、その雇用期間を4回に限り、満65歳に達する年度の3月31日まで更新することができる。(略)

(1)雇用期間内の勤務成績が良好であること。
(2)第5の1の(2)及び(3)に該当すること。
(3)人事部長が別に定める更新基準の要件に該当しないこと。
第9

嘱託員の勤務日数は、月13日とする。(略)

第11

嘱託員には、第一種報酬及び第二種報酬並びに費用を弁償する。

2
第一種報酬の額は、嘱託員の職務の複雑性、困難性及び責任の軽重に応じ、かつ、正規職員の給与との権衡を考慮して教育長が定める。
3
第二種報酬の額は、嘱託員の通勤の事情等に応じ、正規職員の例等により東京都教育委員会教育長が定める。

4
第一種報酬及び第二種報酬の支給方法は、正規職員の例による。

5
公務により出張した場合の費用の弁償については、非常勤職員の報酬及び費用弁償に関する条例の定めるところによる。」
(甲7、乙1)

本件運用内規には、次のような定めがある。
3第5関係(任用)(1)嘱託員の選考方法は次による。ア退職又は任期満了前の勤務実績、適性及び健康状況について、所属長の推せん書及び希望者の申込書を徴する。イ希望者の意欲及び意向を確認するため、面接を行う。ウ面接、推せん書及び申込書により希望者を総合的に判定し、採用を決定する。
(甲7)

本件手引には、次のような記載がある。
第1章1再雇用制度の概要制度の概要東京都では、退職者の退職後の生きがい及び生活の安定並びに退職者による学校教育の充実といった観点から、退職者の知識や経験を活用する再雇用の制度が設けられている。これは、昭和60年の定年制の施行に伴い、全都的に制度化されたものであり、特に公立学校の教職員については、都教委が「東京都公立学校再雇用職員設置要綱を制定し、その運用については、教育庁人事部長が定める東京都公立学校再雇用職員設置要綱の運用についてにより実施
している。(略)
2
制度の目的
再雇用制度の趣旨は、高齢化社会に対応し、退職する職員に生き
がいと生活の安定を与えるとともに、長年都に在職して培った豊富な知識や技能を退職後も都に役立てることにある。特に最近は、行政需要が複雑化し、かつその絶対量が増加するなかで、再雇用職員の活躍に多くの期待が寄せられている。
第4章
1
勤務条件
勤務日数

(1)勤務日数は、原則月13日とする。」
(甲7)
(6)原告らの不合格等

甲事件原告らは、平成16年10月ころ又は平成17年1月ころ、平成16年度東京都公立学校再雇用職員(教育職員)選考について、都教委に対し、嘱託員自己申告書(再雇用申込書)と各校長が作成した嘱託員選考推薦書を提出して再雇用を申し込み、面接も受けた。
しかし、その後、都教委は、選考の結果、前記の卒業式での甲事件原告らの不起立行為は、職務命令違反及び信用失墜行為に当たる重大な非違行為であるとして、本件要綱第5、1項(1)にいう、正規職員を退職する前の勤務成績が良好であることの要件を欠くとして、いずれも不合格とした。


乙事件原告らは、平成17年10月ころ又は平成18年1月ころ、平成17年度東京都公立学校再雇用職員(教育職員)選考について、都教委に対し、嘱託員自己申告書(再雇用申込書)と各学校の校長が作成した嘱託員選考推薦書を提出して再雇用を申し込み、面接も受けた。
しかし、その後、都教委は、選考の結果、前記の卒業式又は創立記念式典での乙事件原告らの不起立行為は、職務命令違反及び信用失墜行為に当たる重大な非違行為であるとして、前同様、正規職員を退職する前の勤務成績が良好であることの要件を欠くとして、いずれも不合格とした(以下、平成16年度及び平成17年度の東京都公立学校再雇用職員(教育職員)選考における原告らの不合格を、併せて、本件不合格という。)。ウ
平成12年度から平成17年度の東京都公立学校再雇用職員(教育職
員)の申込者及び合格者の数は、別紙2記載のとおりである。
2
争点

(1)原告らの主張の要旨は、
ア(ア)

本件職務命令は、原告らの思想及び良心の自由を侵害し、憲法19条に違反する、

(イ)

本件通達やその後に都教委が各校長に行った指導は、旧教育基本法10条1項の不当な支配に該当して違法であり、このような違法
な状態の下で発令された本件職務命令も違法である、

(ウ)

本件職務命令は、憲法23条により原告らに認められる教職員としての専門職上の自由を侵害し、違憲である、

したがって、違憲、違法な本件職務命令に違反したことを理由とする本件不合格は違法である、

本件不合格は、原告らの思想、信条による不利益取扱いであり、憲法1
9条に違反する、

仮に、本件職務命令に以上の違憲、違法事由がないとしても、本件不合格は、都教委がその裁量を逸脱、濫用したものであり、違法である、
というものであり、被告はこれらの原告ら主張をいずれも争っている。(2)以上を前提にすると、争点を以下のとおり整理することができる。ア
本件職務命令は、原告らの思想及び良心の自由を侵害し、憲法19条に違反するか。


本件通達及びその後に都教委が各校長に行った指導は、旧教育基本法10条1項にいう不当な支配に該当するか。


原告らに教職員等としての専門職上の自由が認められるか。また、本件職務命令は、これを侵害するか。エ

本件不合格は、原告らの思想、信条に基づく不利益取扱いとして、憲法19条に違反するか。

オカ3
本件不合格について、都教委に裁量の逸脱、濫用があるか。
原告らの損害の有無及びその額

争点に対する当事者の主張

(1)争点ア(本件職務命令は、原告らの思想及び良心の自由を侵害し、憲法19条に違反するか)について
(原告らの主張)

原告らは、①戦前の日本の軍国主義、アジア諸国への侵略戦争とこれに加功した日の丸、君が代に対する痛烈な反省に立って、平和を志
向する思想、②国民主権、平等主義等の理念から、天皇という特定個人又は国家神道の象徴を賛美することに反対する思想、③個人の尊重の理念から、多様な価値観を認めない一律強制や国家主権に反対する思想、④教育の自主性を尊重し、教え子たちを戦場に送り出してしまった戦前教育と同様に教育現場に画一的統制や国家の過剰な関与を持ち込むことに反対するという教育者としての良心、⑤これまで人権の尊重や自主的思考、自主的判断の大切さを強調する教育実践を続けてきたことと矛盾する行動はとれないという教育者としての良心、⑥多様な国籍、民族、信仰、家庭的背景等から生まれた生徒の信仰、思想を守らなければならないという教育者としての良心など、人格形成の核心をなす思想や良心を有しているところ、卒業式や創立記念式典(以下卒業式等という。)の国歌斉唱時に国旗に向かって起立し、国歌を斉唱するという行為は、日の丸、君が代に尊重の意を表するものであって、原告らの前記の思想や良心と根本的に相容れないものであるから、原告らは、これらの行為を行うことができないという強い信念を有している。
この信念は、原告らの人生経験、教育経験等に基づき人格的発展とともに形成された真摯なものであり、信仰に準ずるような人間の思想の核心を形成する世界観、人生観、教育観等として、憲法19条で保障されているものである。

しかるに、原告らに対し、卒業式等における国歌斉唱時に国旗に向かって起立し、国歌を斉唱することを命ずる本件職務命令は、原告らの前記信念を制約するものである。
自らの思想及び良心の自由を制約する行為が強制される場合に、これを拒否するため、防衛的、受動的に取られる外部的行為は、絶対的な保障を受けるものと解すべきところ、原告らの卒業式等における不起立行為は、自らの信念と相容れない行為の強制を拒絶する防衛的、受動的な外部的行為であるから、本件職務命令による原告らの思想及び良心の自由に対する制約が正当化される余地はなく、本件職務命令は違憲、無効である。仮に、卒業式等における国歌斉唱時に国旗に向かって起立せず、国歌を斉唱しないという原告らの信念が、絶対的保障を受けるものではなく、一定の制約を正当化する余地があるとしても、人権における思想及び良心の自由の優越的地位からすると、その制約には、極めて厳格な違憲審査基準が妥当する。公共の福祉や内在的制約といった抽象的な概念でこれを正当化することは許されず、その制約には具体的な根拠が必要であるが、原告らの不起立行為は、他者の人権に対して何ら具体的、現実的な害悪をもたらすものではないから、これを制約する理由はない。
また、公務員である原告らの職務の公共性や全体の奉仕者性を理由に一般国民に比して一般的かつ広範に人権を制約することは許されないが、仮に、こうした考え方に基づいて、公務員に対する人権制約が認められるとしても、一般の公務員とは異なり、教育公務員である原告らにとっての職務の公共性や全体の奉仕者性の意義は、子どもたちの学習権に応える責務を負っているということにあるから、これらは原告らの思想及び良心の自由の制約を正当化する理論とは結びつかない。したがって、職務の公共性や全体の奉仕者性を理由として、原告らの思想及び良心の自由を制約することは許されない。
(被告の主張)

憲法19条による思想及び良心の自由の保障は、国民がいかなる世界観、人生観を持っていても、それが内心の領域にとどまる限りは絶対的に自由であり、公権力が、特定の思想を内心に抱くことを強制したり、思想の露見を強制することは許されないことなどを内容とする。
本件職務命令は、卒業式等の国歌斉唱時において、国旗に向かって起立し、国歌を斉唱するという外部的行為を命ずるものに過ぎず、原告らの内心における精神活動の自由を否定したり、その改変を迫るものではないから、憲法19条に違反するものではない。


仮に、外部的行為についても、思想及び良心の自由の保障が及ぶ場合があると解するとしても、外部的行為である以上、それは絶対的保障ではなく、一定の制約を受けることは明らかである。

(ア)まず、原告らは、全体の奉仕者である地方公務員であり(憲法15条2項)、公教育という公共の利益のため、職務の遂行に当っては、全力を挙げてこれに専念すべき義務を負っているから(地方公務員法30条)、その思想及び良心の自由は、職務の公共性に由来する内在的制約を受けるものである。
原告らが、本件職務命令を受け、卒業式等の国歌斉唱時に国旗に向かって起立し、国歌を斉唱すべき義務を負うことで、その思想及び良心の自由が制約されるとしても、これが、教職員等である原告らの職務の内容となっている以上、当然受忍すべきものである。
(イ)また、原告らが、国旗に向かって起立し、国歌を斉唱することを拒否することは、国旗、国歌に対する正しい知識を持たせ、これを尊重する態度を育てるという高等学校学習指導要領の教育目標を阻害しているほか、生徒が学校教育法や高等学校学習指導要領に基づく教育、指導を受けられないという意味で、生徒の教育を受ける権利を侵害している。さらに、原告らの不起立行為は、卒業式等に参列する来賓や保護者等に不信感を抱かせるなど、他者の権利、利益を著しく害しているのであるから、公共の福祉(憲法12条、13条)の観点からしても、原告らは、本件職務命令による思想及び良心の自由に対する制約については、受忍すべきであるといえる。
(ウ)加えて、原告ら教育公務員は、法令に基づき職務を遂行する義務を負い、かつ、上司の職務上の命令を遵守する義務を負っている。法規たる高等学校学習指導要領が教育の全国一定水準の確保と教育の機会均等という強い要請から制定されている以上、教育公務員には、高等学校学習指導要領やその具体化として発せられた本件職務命令を遵守すべきことが強く要請されるのである。教育公務員がこれらの義務を履行することは、教育公務員の法律関係の存立目的に照らし、必要不可欠のことであり、上記義務の履行により原告らの思想及び良心の自由が制約されても、それは自らの自由意思でかかる法律関係に入った原告らにとってやむを得ないものであり、受忍すべきである。

以上のとおり、本件職務命令は、憲法19条に違反するものではない。
(2)争点イ(本件通達及びその後に都教委が各校長に行った指導は、旧教育基本法10条1項にいう不当な支配に該当するか)について
(原告らの主張)

旧教育基本法10条1項は、戦前教育(大日本帝国憲法・教育勅語体
制)への深刻な反省という視点に立ち、教育の自主性尊重(憲法23条)や、教育に対する行政権力の不当、不要な介入の排除(憲法26条、13条)という憲法的要請を基礎として、教育に対する不当な支配の禁止と教育の国民全体に対する直接責任を定めることにより、教育が、政治的支配や官僚統制の影響を受けることなく、学問の自由や教育の自主性を尊重、確保しつつ行われるべきことを規定したものである。
教育行政機関が、法律の授権に基づいて、普通教育の内容、方法について遵守すべき基準を設定する場合に、その基準が不当な支配にあたらず適法といえるためには、教育の自主性尊重の見地や、教育に関する地方自治の原則を踏まえ、①教育における機会均等の確保と全国的な一定の水準の維持という目的のために必要かつ合理的と認められる大綱的な基準にとどまっていること、②教師による創造的かつ弾力的な教育の余地や、地方ごとの特殊性を反映した個別化の余地が十分残されていること、③教職員に対し一方的な一定の理念や観念を生徒に教え込むことを強制するものでないことなどの要件を満たすことが必要である。
また、不当な支配の主体としては、国だけでなく、教育委員会等の地方行政機関も含まれると解すべきであり、教育委員会の教育長が発する通達についても、旧教育基本法10条1項の趣旨である教育に対する行政権力の不当、不要の介入の排除、教育の自主性尊重の見地から、教育における機会均等の確保と一定の水準の維持という目的のために、必要かつ合理的と認められる大綱的な基準にとどめるべきといえる。

しかるに、本件通達は、卒業式等の式典における国旗掲揚、国歌斉唱の実施方法等に関し、各学校の裁量を認める余地のないほどの一義的な内容を示して、各学校ごとの弾力化、個別化、創意工夫の余地を奪うものであり、教育における機会均等の確保と一定の水準の維持という目的のために必要かつ合理的と認められる大綱的な基準から逸脱している。
また、本件通達の内容は、教育の自主性を侵害し、教職員等に対し、愛国心やナショナリズム等の一方的な理論や観念を生徒に教え込
むことを強制するものである。さらに、都教委は、本件通達の発出後に行った校長等に対する指導を通じ、卒業式等の式典における国旗掲揚、国歌斉唱の具体的な実施方法等を徹底しただけでなく、教職員等に対する職務命令の発令に関しても、各校長の裁量を許すことなく、これを強制している。
これらの事実からすると、本件通達やその後に都教委が本件通達に関して校長等に行った指導は、旧教育基本法10条1項にいう不当な支配に該当し、違法である。

そして、本件職務命令は、各校長が都教委の不当な支配を受け、裁量の余地のない状態で発令されたものであるから、本件通達の違法性を承継し、違法となる。

(被告の主張)

教育に対する行政権力の不当、不要な要求は排除されるべきであるとしても、子どもの学習権保障の観点から許容される目的のために必要かつ合理的と認められる事項は、たとえ教育の内容及び方法に関するものであっても、旧教育基本法10条1項が禁止することろではない。高等学校学習指導要領の国旗・国歌条項は、法規としての効力を有する以上、これに基づき国旗、国歌の指導が行われなければならないところ、教育委員会は、その具体的な実施方法に関し、地教行法23条5項に基づき、高等学校学習指導要領で設定された大綱的基準の範囲内でより具体的な基準を設定し、必要な場合には具体的な命令を発する権能を有しているのである。本件通達は、その発出当時、都立高等学校では、高等学校学習指導要領の国旗・国歌条項に基づく適正な指導が行われていないという実態があったことから、都立高等学校に通う生徒が高等学校学習指導要領に基づいた指導を受けることができるように、本来なされるべき国旗、国歌の適正な指導がなされていないという事態を改善すべく、発出したものであって、これは正に許容された目的であり、それを発する必要性も十分に認められるのである。また、卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し、国歌を斉唱するという指導は、国旗、国歌を尊重する態度を指導する方法としてごく常識的かつ自然な指導方法であり、これを教職員がその範を示して指導したからといって、生徒に一方的な理念や観念を教え込むことにならないことは明らかである。

したがって、本件通達やその後に都教委が本件通達に関して校長に行った指導は、旧教育基本法10条1項にいう不当な支配に該当しない。

なお、仮に、本件通達が違法という原告らの主張を前提としても、これに基づく校長の職務命令まで当然に違法となるというものではない。すなわち、校長が本件通達に応じてその内容に沿った卒業式等の実施内容を決定し、これを各教職員等に分掌させたうえ、その実施に必要な職務命令を発した場合には、法律的に見ればそれは各校長が自らの判断と考えに基づき実施に関する職務命令を発したということに帰着し、手続上も実質上も違法とはならないのである。

(3)争点ウ(原告らに教職員等としての専門職上の自由が認められるか。また、本件職務命令は、これを侵害するか)について
(原告らの主張)
原告ら教職員等は、憲法23条、26条に基づき、生徒の学習権や人格権、思想及び良心の自由を侵害する可能性のある国旗、国歌について、一方的、一面的な教育指導を拒否することができるという専門職上の自由を有しているところ、本件職務命令は、これを侵害するものであって、違憲、違法である。
(被告の主張)
争う。
(4)争点エ(本件不合格は、原告らの思想、信条に基づく不利益取扱いとして、憲法19条に違反するか)について(原告らの主張)
都教委は、原告らについて、本件要綱第5、1項(1)にいう、正規職員を退職する前の勤務成績が良好であることの要件を欠くと判断した理由は、原告らが本件職務命令に違反したことにあるという。
しかしながら、都教委は、n教育長のいう自分の国を愛することの象徴としての

国旗、国歌を尊重する態度

を生徒に一方的に教え込むため、都立高等学校の校長をして、教職員等に対し、卒業式等の国歌斉唱時に国旗に向かって起立し、国歌を斉唱することを命ずる職務命令を出させたり、これに従わない教職員等を懲戒処分に付すなどした一連の施策の一環として、再雇用職員の選考の場面においては、過去に不起立行為に及んだ者をあぶり出し、これを不合格としたのである。
都教委は、単に形式的な職務命令違反があったことを根拠に原告らの勤務成績が良好でないと判断したのではなく、まさに、原告らが、

国旗に向かって起立し、国歌を斉唱する

という職務命令に違反したからこそ、再雇用職員の選考に合格させなかったのである。
このように、本件不合格は、実質的には、原告らが

国旗に向かって起立し、国歌を斉唱することができない

という思想、信条を有していることを理由としてなされたものにほかならない。
したがって、本件不合格は、原告らの思想、信条に基づく不利益取扱いであって、憲法19条に違反する。
(被告の主張)
都教委は、原告らが本件職務命令に違反した非違行為を問題として不合格としたのであって、原告らがいかなる思想、信条を有しているかを理由としたのではない。
したがって、本件不合格は、思想、信条を理由とする不利益取扱いとして、憲法19条に違反するものではない。(5)争点オ(本件不合格について、都教委に裁量の逸脱、濫用があるか)について
(原告らの主張)
本件再雇用制度は、地方公務員法の改正により、昭和60年から東京都の職員にも60歳定年制が導入されることの代償措置として、職員の定年後の生活の安定を保障するとともに、働きという生きがいを確保することを目的として設置された制度である。その採用に当たっては、形式上、東京都教育庁人事部による選考が行われるが、再雇用を申し込んだ者は、原則として全員採用されてきたものであって、採用に関する都教委の裁量は極めて限定的なものであった。
しかるに、都教委は、原告らを再雇用職員の選考で不合格としたが、①これは、国歌斉唱時に国旗に向かって起立せず、国歌を斉唱しない教職員等を都立高等学校から排除するという違法、不当な目的に基づくものであること、②本件不合格の判断において、職員の定年後の生活の安定を保障するという本件再雇用制度の趣旨が考慮されていないこと、③選考過程で、選考対象者の過去の不起立の有無を調査するなど、本件運用内規に定める選考手続を逸脱していること、④原告らが不起立行為に及んだのは、憲法で保障された思想や信条に基づく真摯な理由によるものであること、⑤過去に懲戒処分を受けていても嘱託員に採用された職員もいること、⑥本件不合格の結果、原告らは、教育というかけがいのない営みを奪われ、かつ、定年後5年間の収入が途絶えるなど、精神的、経済的に極めて甚大な不利益を被っていること、などからすると、本件不合格は、社会通念上著しく妥当を欠くものであり、都教委は、その裁量を著しく逸脱、濫用したものである。
(被告の主張)
本件再雇用制度は、定年退職等によりいったん退職した一般職の地方公務員を地方公務員法3条3項3号に定める特別職の非常勤公務員として新たに任用する制度であり、その前後で身分の連続性はないから、本件再雇用制度において、都教委は、一定の基準の下に再雇用希望者を選考した上で嘱託員として任命する権限を有しているのであって、再雇用希望者を嘱託員として採用しなければならない義務を負うものではない。
特別職の地方公務員である嘱託員の採用にあたっては、任命権者である都教委に広範な裁量が認められるのであって、恣意によりことさら任命を拒否するなど、社会通念上著しく不合理であって、その裁量を著しく逸脱、濫用したと認められない限り、違法の問題は生じない。
本件で都教委が原告らを不合格とした理由は、各校長が、高等学校学習指導要領に基づく教育課程を適正に実施するため、卒業式等に際して、本件職務命令を発したにもかかわらず、原告らがこれに従わなかったことから、法令に基づき行われる公教育の場で、校長の職務命令に従うべき法律上の義務に違反した者を嘱託員として採用し、生徒の教育に当たらせることはできないと判断したということである。
かかる判断は、公教育に対して責任を負う都教委として極めて合理的なものであって、恣意的で不平等な取扱いとの批判は当たらず、裁量の逸脱、濫用はない。
(6)争点カ(原告らの損害の有無及びその額)について
(原告らの主張)

逸失利益

(ア)本件再雇用制度は、昭和60年から東京都職員に定年制が導入されたことの代償措置として制度化されたものであるが、従前、再雇用職員の希望者は、原則として全員嘱託員に採用され、5年間(1年の雇用期間を4回更新)嘱託員として稼働してきたものである。
したがって、都教委による違憲、違法な本件不合格がなければ、原告らは、当然に嘱託員として採用され、5年間雇用されていたものであるから、本件不合格の結果、原告らは、5年分の賃金相当額を失ったものである。
(イ)平成17年度の嘱託員の給与は、当初月額16万1900円であったが、平成18年1月から月額16万0500円に改定されたので、原告らの5年分の賃金相当額は、次の計算式のとおり、甲事件原告らについては合計964万2600円、乙事件原告らについては合計963万円である。
(甲事件
(乙事件

161,900×9か月+160,500×51か月=9,642,600円)160,500×60か月=9,630,000)

慰謝料
原告らは、30年以上にわたり高等学校の教職員等として働いてきたが、その仕事は生活の糧を得るための労働というだけでなく、生徒との人格的な触れあいにより、共に学び共に成長することのできる生きがいであり、喜びであり、人生そのものであった。
原告らは、本件不合格により、教職員等という崇高な職を不条理にも奪われたのであり、これによる精神的苦痛の慰謝料は、各自300万円を下らない。


弁護士費用
本件不合格と相当因果関係のある弁護士費用の損害は、甲事件原告らが126万4260円、乙事件原告らが126万3000円である。

一部請求
原告らは、本訴において、前記各損害の合計のうち(甲事件原告らが1390万6860円、乙事件原告らが1389万3000円)、一部請求として、各自559万0400円の限度で請求する。

(被告の主張)
争う。第3
1
争点に対する判断
前提事実
前記争いのない事実等、後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1)平成元年3月15日改訂前の高等学校学習指導要領は、特別活動において配慮する事項として、

国民の祝日などにおいて儀式を行う場合には、生徒に対してこれらの祝日などの意義を理解させるとともに、国旗を掲揚し、国歌を斉唱させることが望ましい

と定めていたところ、平成元年3月15日、文部省(現在の文部科学省)は、高等学校学習指導要領を改訂し、

入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする。

と定めた。なお、学習指導要領上、国旗としては日の丸を、国歌としては君が代が想定されていた。(乙32、33)
この改訂を受け、平成2年2月20日、都教委のo教育長(当時)は、都立高等学校長に対し、学年末・学年始めの生活指導について(通知)を発し、平成元年度の卒業式における国旗及び国歌の取扱いについては、新学習指導要領に明示された趣旨を踏まえ、一層適切に行うようにする。平成2年度の入学式における国旗及び国歌の取扱いについては、新学習指導要領に則して行うことを求めた。(乙35)この通知後も、職員団体を中心として、教職員に国旗掲揚や国歌斉唱に反対するよう呼びかける文書の配布や電話連絡が行われたり、校長に抗議が集中するなどして、国旗や国歌に関する指導が実施できないという状況があった。そこで、都教委のp教育長(当時)は、平成6年1月18日、都立高等学校長に対し、入学式や卒業式などにおける国旗掲揚及び国歌斉唱の指導について(通知)を発し、児童・生徒が、国際社会において尊敬され、信頼される日本人として成長していくためには、学校教育において、国際社会における日本人としての自覚を培うとともに、国旗及び国歌に対する正しい認識をもたせ、尊重する態度を養うことが極めて大切であるとして、平成元年改訂の高等学校学習指導要領に基づく指導の徹底を求めた。なお、東京都の公立高等学校の平成5年度卒業式における国旗掲揚の実施率は、70.5パーセント、国歌斉唱の実施率は、4.8パーセントであった。また、平成6年度入学式は、国旗掲揚の実施率は、83.7パーセント、国歌斉唱の実施率は、4.3パーセントであった。(乙37、38)(2)平成10年10月15日、文部省は、各都道府県教育委員会教育長に対し、全国の公立小、中、高等学校で行われた平成9年度卒業式及び平成10年度入学式における国旗掲揚、国歌斉唱の実施状況に関する調査結果を記載した公立小・中・高等学校における入学式及び卒業式での国旗掲揚及び国歌斉唱に関する調査について(通知)を発し、平成7年春の調査に比べて全体としては実施率が上昇しているものの、いまだ実施されていない学校があるなどとして、平成元年改訂の高等学校学習指導要領に基づき、国旗及び国歌に関する指導を徹底することを求めた。
同通知による東京都の公立高等学校(全日制)の国旗掲揚と国歌斉唱の実施状況は、次のとおりであった。

平成9年度卒業式
国旗掲揚は、40府県が100パーセント実施していたが、東京都の実施率は全国で最も低い84パーセントであった。
国歌斉唱は、32県が100パーセント実施していたが、東京都の実施率は全国で最も低い3.9パーセントであった。


平成10年度入学式
国旗掲揚は、38府県が100パーセント実施していたが、東京都の実施率は全国で最も低い85パーセントであった。
国歌斉唱は、32県が100パーセント実施していたが、東京都の実施率は全国で2番目に低い3.4パーセントであった。(乙10の1)
この通知を受け、東京都教育庁のq指導部長(当時)は、都立高等学校長に対し、平成10年11月9日、公立小・中・高等学校における入学式及び卒業式での国旗掲揚及び国歌斉唱に関する調査について(通知)を発し、

これからの国際社会に生きていく国民として、我が国の国旗・国歌はもとより諸外国の国旗・国歌に対する正しい認識と、それらを尊重する態度を育てることは、重要なことであります

として、平成元年改訂の高等学校学習指導要領に基づき、国旗、国歌に関する指導を徹底するよう通知した。(乙10の2)
また、同指導部長は、都立高等学校長に対し、同月20日、入学式及び卒業式などにおける国旗掲揚及び国歌斉唱の指導の徹底について(通知)を発し、平成9年度卒業式及び平成10年度入学式での国旗掲揚・国歌斉唱の実施状況をみると、依然として指導が徹底されていない学校があるとして、卒業式及び入学式の準備及び実施に当たり、平成元年改訂の高等学校学習指導要領や、次の内容の実施指針に基づき、国旗掲揚及び国歌斉唱に関する指導を改めて徹底するよう通知した。
実施指針の内容は次のとおりである。
都立高等学校における国旗掲揚及び国歌斉唱に関する実施指針1国旗の掲揚について入学式や卒業式などにおける国旗の取扱いは、次のとおりとする。なお、都旗を併せて掲揚することが望ましい。(1)国旗の掲揚場所等ア式典会場の正面に掲げる。イ屋外における掲揚については、掲揚塔、校門、玄関等、国旗の掲揚状況が生徒、保護者、その他来校者に十分に認知できる場所に掲揚する。(2)国旗を掲揚する時間式典当日の生徒の始業時刻から終業時刻までとする。2国歌の斉唱について入学式や卒業式などにおける国歌の取扱いは、次のとおりとする。(1)式次第に「国歌斉唱を記載する。(2)式典の司会者が国歌斉唱と発生する。」
(乙11)
(3)平成11年3月、文部省は、高等学校学習指導要領を改訂し、告示した。この改訂では、特別活動において配慮する事項の中の国旗・国歌の定めに変更はなかった(争いのない事実等(2)エ)。
文部省は、平成11年12月に発した高等学校学習指導要領解説の中で、国際化の進展に伴い、日本人としての自覚を養い、国を愛する心を育てるとともに、生徒が将来、国際社会において尊敬され、信頼される日本人として成長していくためには、国旗及び国歌に対して一層正しい認識をもたせ、それらを尊重する態度を育てることは重要なことである。学校において行われる行事には、様々なものがあるが、この中で、入学式や卒業式は、学校生活に有意義な変化や折り目を付け、厳粛かつ清新な雰囲気の中で、新しい生活への展開への動機付けを行い、学校、社会、国家など集団への所属感を深める上でよい機会となるものである。このような意義を踏まえ、入学式や卒業式においては、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする。と解説している。(乙29)
(4)平成11年、国旗及び国歌に関する法律が成立し、同年8月13日に公布、施行された(争いのない事実等(2)ア)。同年9月17日、文部省は、各都道府県教育委員会教育長に対し、全国の公立小、中、高等学校における平成10年度卒業式及び平成11年度入学式での国旗掲揚、国歌斉唱の実施状況に関する調査結果を記載した学校における国旗及び国歌に関する指導について(通知)を発し、平成10年春の調査に比べて全体としては実施率が上昇しているが、一部の都道府県及び政令指定都市において依然として実施率が低い状況にあるとして、国旗及び国歌に関する指導が一層適切に行われるよう求めた。
同通知による平成10年度卒業式における東京都の公立高等学校(全日制)の国旗掲揚の実施率は92.3パーセント、国歌斉唱の実施率は7.2パーセントであった(全国平均は、それぞれ98.8パーセント、83.5パーセントであった。)。また、平成11年度入学式は、国旗掲揚の実施率は95パーセント、国歌斉唱の実施率は5.9パーセントであった(全国平均は、それぞれ99.0パーセント、85.2パーセントであった。)。(乙12の1)
(5)このような状況の下で、平成11年6月23日、東京都教育庁は、都立学校の卒業式、入学式における国旗掲揚、国歌斉唱に伴う問題への対応や校長に対する支援を図るためとして、教育庁次長を本部長とする卒業式・入学式対策本部を設置した。(乙40)その後、卒業式・入学式対策本部で行われた協議を踏まえ、r教育長(当時)は、同年10月19日、都立高等学校長に対し、入学式及び卒業式における国旗掲揚及び国歌斉唱の指導について(通達)(以下平成11年通達という。)を発し、都立高等学校における国歌斉唱の実施率については、全国の公立高等学校中の最下位に近く、都内の公立小・中学校の実施率と比較しても格段の差異があり、極めて遺憾であるとして、学習指導要領や前記実施指針に基づいた入学式や卒業式の実施を求め、次の4点を具体的に示した。

1教職員に対しては、入学式及び卒業式における国旗掲揚及び国歌斉唱の指導の意義について、学習指導要領に基づき説明し、理解を求めるよう努めるとともに、併せて、「国旗及び国歌に関する法律

制定の趣旨を説明すること。
2
生徒に対しては、国際社会に生きる日本人としての自覚及び我が国のみならず他国の国旗及び国歌に対する正しい認識とそれらを尊重する態度が重要であることを、十分説明すること。

3
保護者に対しては、学校教育において、生徒に国旗及び国歌に対する正しい認識や、それらを尊重する態度の育成が求められていること、並びに入学式及び卒業式において、学校は国旗掲揚及び国歌斉唱の指導を学習指導要領に基づき行う必要があることなどを、時機をとらえて説明すること。

4
校長が国旗掲揚及び国歌斉唱の実施に当たり、職務命令を発した場合において、教職員が式典の準備業務を拒否した場合、又は式典に参加せず式典中の生徒指導を行わない場合は、服務上の責任を問われることがあることを、教職員に周知すること。」

(乙13)
また、平成12年1月、東京都教育庁指導部高等学校教育指導課は、都立高等学校の教職員に対し、平成11年通達や卒業式における国旗掲揚、国歌斉唱の実施率の推移等を記載した、入学式・卒業式の適正な実施についてと題するリーフレットを配布し、国旗掲揚や国歌斉唱について、学習指導要領の趣旨を踏まえた指導に計画的に取り組むことを求めた。(甲22、乙14)
(6)平成13年5月25日、文部科学省は、各都道府県教育委員会教育長に対し、全国の公立小、中、高等学校における平成12年度卒業式及び平成13年度入学式での国旗掲揚及び国歌斉唱の実施状況に関する調査結果を記載した学校における国旗及び国歌に関する指導について(通知)を発し、国旗掲揚と国歌斉唱に関しては、平成12年春の調査に比べて全体として実施率が上昇しているが、全校実施が達成されていない都道府県教育委員会では、域内の全ての学校で実施されるべく指導を徹底するよう求めた。
同通知によると、平成12年度卒業式以降、都立高等学校での国旗掲揚、国歌斉唱の実施率は、形式的には100パーセントとなっていた。しかし、人目に付かない場所に国旗が掲揚されたり、国歌斉唱が式次第に明記されないなど、前記実施指針で定めた内容が実施されず、また、国歌斉唱時に教員が起立しない、音楽の教員がいるのに国歌のピアノ伴奏をしないなどという状況もあった。都教委は、このような状況を、生徒に対して、高等学校学習指導要領に基づいた適正な指導がなされているとはいえないと考えていた。
そこで、同年6月12日、東京都教育庁のs指導部長(当時)は、都立学校長に対し、学校における国旗及び国歌に関する指導について(通知)を発し、今後とも各学校において、国旗及び国歌に関する指導を一層徹底するよう求めた。
(甲22、乙16の1、16の2、20)
(7)平成15年3月6日、東京都教育庁のt指導部長は、文部科学省の通知に基づいて、都立学校長に対し、公立小・中学校及び都立学校における入学式及び卒業式での国旗掲揚及び国歌斉唱に関する調査について(依頼)を発し、平成14年度卒業式及び平成15年度入学式における都立学校の国旗掲揚、国歌斉唱の実施状況について報告を求めた。
その結果、①高等学校で国旗を舞台壇上正面に掲揚したのは、平成14年度卒業式が39.0パーセント、平成15年度入学式が44.3パーセントであったこと、②式次第に国歌斉唱と記載しなかった学校が数校あったこと、③国歌斉唱時に起立しない教員がいたり、司会者が起立を発声しない学校があったこと、④司会者が開式前に、内心の自由について説明した学校があったことなどが明らかとなった。(乙17の2、18、20、21、30)
(8)平成15年6月25日、東京都教育庁は、卒業式や入学式において、国旗が壇上正面に掲揚されていないなどの課題を解決するため、教育庁理事を本部長とした、都立学校等卒業式・入学式対策本部(以下本件対策本部という。)を設置した。また、この対策本部の下に具体的な検討作業を行う幹事会を設けた。
同年7月9日、本件対策本部と幹事会の第1回会合が開催された。この会合では、平成14年度卒業式及び平成15年度入学式の問題点として、①平成11年10月20日付け実施指針のとおり国旗を舞台壇上正面に掲揚していない学校があること、②式をフロア形式で実施している学校があること、③式次第に国歌斉唱と記載しない学校があること、④国歌斉唱時に、司会が起立を発声しない学校があること、⑤国歌斉唱時に起立しない教員がいること、⑥司会が開式前に内心の自由について説明する学校があることなどが報告された。
本件対策本部及び幹事会は、これらの課題を解決するためには、学校が組織的に対応すべき方針を定め、これを校長に対して明確に示していく必要があると考え、数回の会合を重ねて、卒業式等における国旗掲揚、国歌斉唱を適正に実施するための方策や新たに校長に対して発すべき通達の原案などを検討した。
(甲22、23、40、41、69、87の1、乙19、20ないし23)(9)ア本件対策本部は、平成15年10月23日、それまでの検討結果を取りまとめ、都教委の第17回定例会において、新たに発すべき通達案を報告した。これを受けて、n教育長は、同日、都立高等学校長に対し、本件通達を発した。

同日、都教委は、東京都庁において、都立高等学校長らを対象として、教育課程の適正実施にかかわる説明会を開催した。同説明会において、n教育長は、①教育改革は進んでいるが、日本人としてのアイデンティティーの課題が残っている、②卒業式等で着席のままの教員がいるが、これは運営の妨げである、③(卒業式等の適正な実施は)儀式的行事の問題にとどまらず、学校経営の課題であるなどと挨拶した。
また、東京都教育庁のu人事部長は、入学式及び卒業式の適正実施に向けての対応について、①職務命令を出して、教員を従わせることが大事であること、②職務命令に関しては、いつ、どこで、誰に発したかを正確に記録すること、③国旗は舞台壇上正面に掲揚すること、④国旗掲揚の時間帯は、全日制では、8時15分から17時までとすること、⑤教職員には、国旗に向かって起立し、国歌を斉唱させること、⑥教職員の座席を指定すること、⑦教職員が起立しない場合、現認確認をし、都教委に報告すること、⑧座っているところで職務命令を出すのは難しいので、必ず事前に職務命令を出すこと、⑨国歌斉唱のピアノ伴奏については、専科の教員に命ずること、⑩会場設営については、児童、生徒が正面を向くようにすること、⑪教職員が会場を設営しない場合、職務命令を出して行わせること、⑫職務命令についてはマニュアルを作成するので、それに従うことなどを説明した。
また、t指導部長は、本件通達を読み上げたうえ、これは、n教育長が各校長に対して発出した職務命令であると説明した。

その後、学区ごとに行われた分散会では、主任指導主事らが、各校長に対して、本件通達に関する指導を行った。
そのうち、5学区の担当であったv主任指導主事は、①国旗は、舞台正面壇上に掲揚する、正面というのは壁面である、上からつり下げる場合を含む、三脚は不可である、②国旗、都旗は各学校の予算で購入する、国旗のサイズは、中型が1メートル四方、大型が1.5メートル四方で3000円から4000円程度であり、都旗は2万円程度である、都旗は、イチョウのものはシンボルマークであって都旗ではない、松本徽章工業という業者があるので、電話番号と担当者をメモすること、注文すれば10日くらいで届く、③国歌斉唱時に起立している状況を作ればよいので、入場、起立、国歌斉唱というプログラムを作れば、ずっと立っているので、それでよい、④内心の自由を説明することで、立ちにくい、歌いにくい状況を作らない、⑤教員は、式場内に可能な限り入れるようにする、⑥ピアノ伴奏は音楽教員が行う、音楽教員がいない場合でも伴奏できる者がいれば、その者に命ずる、それもできない場合は、CD等を流す場合もあるので、都教委に相談する、⑦本件通達の

入学式、卒業式等

の等とは、周年行事(創立記念式典)、開校式、閉校式、落成式である、⑧今後、職務命令について手順書を作成するので、それに則って行ってほしいなどと指導した。
(甲22、23、27の1・3、37、38、47の5・11、乙20ないし22、44の1ないし3)
(10)また、平成15年10月23日、n教育長は、適格性に課題のある教育管理職の取扱いに関する要綱を決定し、教育管理職として必要な資質、能力の改善が見込めない場合には、管理職から一般教員への降任の勧告等の措置を講ずることを定めた。(甲47の1、67)
(11)ア平成15年11月11日、t指導部長は、都立高校校長連絡会で講話し、①卒業式等の実施態様について問題を指摘されている、都議や都民からいつまでこういう状態なんだと言われている、②本件通達は、校長に対する職務命令である、本件通達を校長のツールとして活用していただきたい、③卒業式や入学式について、まず、形から入り、形に心を入れればよい、形式的であっても、立てば一歩前進であるなどと話した。イ

同年12月9日、東京都教育庁指導部のw高等学校教育指導課長(以下w指導課長という。)は、都立高校校長連絡会において、①教職員に対する職務命令は、口頭でも立会人不在でも有効だが、訴訟対策上、必ず書面で立会人をつけて行うこと、②教務主任研修会で本件実施指針が憲法違反ではないかと発言した教務主任がいるが、教務主任の発言として不適切であり、当該教務主任を選任した校長の責任であるから、同校長から指導してもらうこと、③校長から不協和音をださないことなどを話した。

平成16年1月13日、w指導課長は、都立高校校長連絡会において、各校長に対し、同年3月中に同年4月実施される入学式に関し、教職員に対して職務命令を出しておくように指導した。また、続いて学区ごとの分散会が開催され、そのうち5学区の分散会では、担当のx指導主事が、各校長に対し、①卒業式の実施要項の中には会場の配置図、教員の座席図、司会の進行台本、教員の役割分担表を必ず入れること、②式次第には都教委の挨拶を必ず入れること、③実施要項ができたらすぐに指導主事に提出すること、④教職員に対しては、口頭及び文書で職務命令を出すことなどを内容とする指導を行った。


同月30日、5学区の臨時校長連絡会が開催され、w指導課長は、各校長に対し、本件通達に関するQ&Aや、卒業式・入学式の実施に当たって(A高校の周年行事の実施例)と題する資料を配付し、その実施例のとおりに入学式、卒業式を行うよう指導した。
上記資料には、①2週間前までに式の実施要項(会場図、座席表、式次第、役割分担表等を含む。)を作成すること、②1週間前までに教職員全体に対して口頭で包括的な職務命令を発令すること、③前日までに教職員個人に対して文書で職務命令を発令すること、④式当日は国歌斉唱状況を確認し、職務命令違反があった場合には、校長がその事実を確認し、報告書を作成することなどが記載されていた。また、w指導課長は、同連絡会において、①職務命令には、実施要項に従って業務を行うことと書く、②司会者に対しては、進行表により司会を行うことと付け加える、③職務命令書は、一人一人に手渡す、④何日かかっても手渡す、⑤たとえば学校で受け取らなかった教員に、それでは家に行って手渡すと言ったら次の日の朝に学校で受け取ったという例もある、それぐらいねばり強くやる、⑥教頭は(国歌斉唱の)5分くらい前に不起立教員の現認の準備の配置に付き、国歌斉唱の間に(不起立行為を)現認する、教育委員会職員はあくまで補助である、⑦(本件実施指針にある)国旗に向かって起立しとは、要するに、国旗にケツを向けるなということである、⑧国旗国歌について説明はしていいが、歌わなくて良いなどとは言ってはいけないなどと指導した。上記Q&Aには、①教職員は、可能な限り全員会場に入れること、②教職員の参列状況や国歌斉唱時の起立状況を確認するため、座席指定が必要であること、③司会等は主幹等の教員が行い、教頭は行わないこと、④国歌斉唱時の不起立の確認は管理職が行い、教育委員会の職員は補助であることなどが記載されていたが、同連絡会終了後に回収された。

同年2月10日、都立高校校長連絡会に続いて学区ごとの分散会が開催され、そのうち5学区の分散会では、担当指導主事らが、各校長に対し、教職員に対する職務命令は文書で一人一人に手渡すよう指導するとともに、前記Q&Aの記載内容を変更した冊子を配布したが、卒業式等の実施にあたっては、同冊子ではなく、前記Q&Aの記載内容に基づいて行うように指示した。
なお、新たに配布された冊子では、①教職員を全員式場に入れるか否かについて、前記Q&Aの記載と異なり、学校の状況に応じて校長が判断することではあるが、できるだけ多くの教職員が、生徒の門出を心から祝福できるようにしてほしいと記載され、②座席指定は行わなければならないか否かについても、前記Q&Aの記載と異なり、本件実施指針には

教職員は、指定された座席で国旗に向かって起立し

とあるので、座席指定を行わなければならないと記載され、③司会を誰が行うのか、どのように国歌斉唱時の不起立を現認するのかなどについては項目自体が削除されていた。

その後、同年2月から3月までの間、東京都教育庁の学区担当指導主事らは、都立高等学校の各校長に対し、平成15年度卒業式について、直接又は電話、電子メールなどで継続的に指導を行い、事前に卒業式実施要項(式場図、進行表、教職員の座席一覧表等)を提出させるとともに、生徒に対する不適正な指導を行わないよう指導することを求める通知や、卒業式及び入学式が終了次第、電話や所定の様式の書面により実施状況等を報告する旨の依頼を発した。
また、都教委は、都立高等学校の各校長に対し、卒業式で国歌斉唱時の不起立等の服務事故が発生した場合、速やかに都教委の人事部担当管理主事に対し、電話連絡をするとともに、人事部職員課に事故報告書を提出することなどを指示した。


同年3月に実施された卒業式に関し、すべての都立高等学校で、本件職務命令に基づき、各校長から教職員に対し、卒業式の式典において定められた席に着席し、国歌斉唱時には国旗に向かって起立して、国歌を斉唱することを命ずる職務命令が発せられた(2校が口頭によるもので、その余は文書による職務命令であった。)。
(甲27の1ないし14、28、29、34、39の2ないし5、47の4・11、68、84、乙21ないし23)

(12)都教委は、平成16年3月に行われた都立高等学校の卒業式にそれぞれ職員を派遣した。派遣された都教委職員は、国歌斉唱の式次第への記載の有無、国歌斉唱の発声や起立の号令の有無、国歌斉唱時の教職員や生徒の起立、不起立の状況等を監視して、都教委に報告した。また、卒業式での国歌斉唱時に起立しなかった教職員がいた都立高等学校では、校長が予め用意したひな型を使用して、服務事故報告書を作成し、これを都教委人事部職員課に提出した。都教委は、上記服務事故報告書の提出を受けた後、指導主事らによって国歌斉唱時に起立しない教職員がいた学校の校長等から事情聴取をした。
(甲27の1、31、32の1ないし9、33、34、47の9・11、71の1ないし11、84、105、乙22、26)
(13)都教委は、平成16年3月30日、同年4月から定年退職後の再雇用職員として勤務することを希望して既に合格通知を受けていた教職員3名と、同月から引き続き再雇用職員として勤務することを希望して既に合格通知を受けていた教職員5名について、平成15年度卒業式の国歌斉唱時に起立しなかったことが職務命令違反及び信用失墜行為に当たるとして、その合格を取り消した。(甲26の1・2)
(14)ア都教委は、平成16年3月30日及び同月31日、平成15年度卒業式において、式典会場に入場しなかった教職員、国歌斉唱時に起立しなかった教職員、国歌斉唱時にピアノ伴奏を拒否した教職員の計171名について、職務命令違反及び信用失墜行為を理由に戒告処分とした。
また、都教委は、平成16年4月6日、平成15年度卒業式の国歌斉唱時に起立しなかったことは職務命令違反及び信用失墜行為に当たるとして、東京都の小、中学校、東京都立ろう・養護学校の教職員19名を戒告処分とし、2度目の懲戒処分となる養護学校教員1名については1か月間給料10分の1を減じる懲戒処分とした。(当事者間に争いがない)。イ
さらに、都教委は、平成16年6月ころ、生徒が卒業式に出席しない、教職員が生徒に事前に不適正な指導をしていた、大多数の生徒が国歌斉唱時に起立しないなどの事情が認められた都立高等学校の校長、副校長、当該教諭に対して、教育庁指導部長から個別に注意した。(甲89の1・2、乙23)

都教委は、その後も、卒業式等において、国歌斉唱時に国旗に向かって起立し、国歌を斉唱することを命ずる職務命令に違反し、不起立行為をした教職員等に対して、懲戒処分を行っている。(弁論の全趣旨)

(15)都教委は、平成16年8月2日及び同月9日、東京都総合技術研究センターにおいて、平成15年度卒業式及び平成16年度入学式において、国歌斉唱時に起立しなかったことにより戒告処分等の懲戒処分を受けた教職員に対し、服務事故再発防止研修を実施した。また、都教委は、平成16年8月30日、入学式、卒業式等の式典において、国歌斉唱時の不起立等により、懲戒処分が2度目となり、減給処分を受けた教職員に対し、専門研修を実施した。(当事者間に争いがない)
2
争点ア(本件職務命令は、原告らの思想及び良心の自由を侵害し、憲法19条に違反するか)について

(1)証拠(甲1の8、2の6、3の6、4の6、5の5、110の4、111の7、112の4、113の4、114の4、115の11、116の13、117の5、原告g本人、原告c本人、原告f本人、原告h本人、原告j本人、原告i本人、原告l本人、原告a本人)によれば、原告らは、国歌斉唱時に国旗に向かって起立し、国歌を斉唱することを拒否する前提として、大別して、①戦前の日本の軍国主義やアジア諸国への侵略戦争とこれに加功した日の丸、君が代に対する反省に立ち、平和を志向するという考え、②国民主権、平等主義等の理念から天皇という特定個人又は国家神道の象徴を賛美することに反対するという考え、③個人の尊重の理念から、多様な価値観を認めない一律強制や国家主権に反対するという考え、④教育の自主性を尊重し、教え子たちを戦場に送り出してしまった戦前教育と同様に教育現場に画一的統制や過剰な国家の関与を持ち込むことに反対するという教育者としての考え、⑤これまで人権の尊重や自主的思考、自主的判断の大切さを強調する教育実践を続けてきたことと矛盾する行動はできないという教育者としての考え、⑥多様な国籍、民族、信仰、家庭的背景等から生まれた生徒の信仰、思想を守らなければならないという教育者としての考えなどを有していることが認められる。そして、原告らは、本件職務命令に基づき、卒業式等の国歌斉唱時に日の丸に向かって起立し、君が代を斉唱するという行為は、日の丸、君が代に尊重の意を表するものであって、上記のような原告らの考えとは根本的に相容れないものであるから、これらの行為を行うことができないという信念を有しているという。
原告らのこのような考えは、日の丸や君が代が過去に我が国にお
いて果たした役割に係る原告らの歴史観ないし世界観又は教職員等としての職業経験から生じた信条及びこれに由来する社会生活上の信念であるといえるものであり、このような考えを持つこと自体は、思想及び良心の自由として保障されることは明らかである。
(2)本件職命令は、原告らに対して、卒業式等において、国歌斉唱時に国旗に向かって起立し、国歌を斉唱する行為を命じるものである。そこで、前記(1)のような考えを有する原告らに対して、このような行為を命じることが原告らの思想や良心の自由を侵害するといえるかどうか、思想や良心の自由を制約しあるいは思想や良心の自由と抵触するとしても、それが許されるかどうかが問題となる。

一般に、自己の思想や良心に反するということを理由として、およそ外部行為を拒否する自由が保障されるとした場合には、社会が成り立ちがたいことは明らかであり、これを承認することはできない。
もとより、人の思想や良心は外部行為と密接な関係を有するものであり、思想や良心の核心部分を直接否定するような外部的行為を強制することは、その思想や良心の核心部分を直接否定することにほかならないから、憲法19条が保障する思想及び良心の自由の侵害が問題になるし、そうでない場合でも、思想や良心に対する事実上の影響を最小限にとどめるような配慮を欠き、必要性や合理性がないのに、思想や良心と抵触するような行為を強制するときは、憲法19条違反の問題が生じる余地があるといえるが、これらに該当しない場合には、外部行為が強制されたとしても、憲法19条違反とはならないと解される。

これを本件についてみると、原告らが、卒業式等の国歌斉唱時に日の丸に向かって起立し、君が代を斉唱することはすべきでないとして、これを拒否することは、原告らにとっては、原告らが有する前記の歴史観ないし世界観又は信条に基づく行為であろうとはいえるが、本件職務命令は、卒業式等において国歌斉唱時に国旗に向かって起立し、国歌を斉唱することを命じるものであって、原告らに対して、例えば、日の丸や君が代は国民主権、平等主義に反し天皇という特定個人又は国家神道の象徴を賛美するものであるという考えは誤りである旨の発言を強制するなど、直接的に原告らの歴史観ないし世界観又は信条を否定する行為を命じるものではないし、また、卒業式等の儀式の場で行われる式典の進行上行われる出席者全員による起立及び斉唱であることから、前記のような歴史観ないし世界観又は信条と切り離して、不起立、不斉唱という行為には及ばないという選択をすることも可能であると考えられ、一般的には、卒業式等の国歌斉唱時に不起立行為に出ることが、原告らの歴史観ないし世界観又は信条と不可分に結びつくものということはできない。(原告らは、国歌斉唱をしないという信念を思想として有しているとも主張するようである。このような考えを持つこと自体が保障されることは明らかであるが、一般的には、このような考えが思想の核心部分とは解されない。)

加えて、本件職務命令が発出された当時、都立高等学校の卒業式等において、国旗である日の丸を壇上に掲揚したり、国歌斉唱として君が代を斉唱することは広く実施され始めており(前記第3、1(4)ないし(7))、また、全国の公立高等学校では、卒業式等における国旗掲揚や国歌斉唱は従来から広く実施されているのであるから(乙10の1、12の1、16の1)、客観的にみて、卒業式等の国歌斉唱の際に日の丸に向かって起立し、君が代を斉唱するという行為は、卒業式等の出席者にとって通常想定され、かつ、期待されるものということができ、一般的には、これを行う教職員等が特定の思想を有するということを外部に表明するような行為であると評価することは困難である。校長の職務命令に従ってこのような行為が行われる場合には、これを特定の思想を有することの表明であると評価することは一層困難であるといわざるを得ない。本件職務命令は、上記のように、高等学校における卒業式等の儀式的行事において全国的に広く行われていた国歌斉唱に際し、出席者である教職員等に国旗に向かって起立し、国歌の斉唱を命ずるものであって、原告らに対し、特定の思想を持つことを強制したり、あるいはこれを禁止したりするものではなく、特定の思想の有無について告白することを強要するものでもなく、児童に対して一方的な思想や理念を教え込むことを強制するものとみることもできない。

以上によれば、本件職務命令は、原告らの思想及び良心の核心部分を直接否定するものとは認められないが、本件職務命令が命じる国旗に向かって起立し国歌を斉唱することは、原告らの前記のような歴史観ないし世界観又は信条と緊張関係にあることは確かであり、一般的には、本件職務命令が原告らの歴史観ないし世界観又は信条自体を否定するものといえないにしても、原告ら自身は、本件職務命令が、原告らの歴史観ないし世界観又は信条自体を否定し、思想及び良心の核心部分を否定するものであると受け止め、国旗に向かって起立し国歌を斉唱することは、原告ら自身の思想及び良心に反するとして、不起立、不斉唱の行動をとったとも考えられる。そうだとすると、本件職務命令は、原告らの思想及び良心の自由との抵触が生じる余地がある。
しかしながら、憲法15条2項は、

すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない。

と定めており、地方公務員も、地方公共団体の住民全体の奉仕者としての地位を有するものである。このような地方公務員の地位の特殊性や職務の公共性にかんがみ、地方公務員法30条は、地方公務員は、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、かつ、職務の遂行に当たっては全力を挙げてこれに専念しなければならない旨規定し、同法32条は、地方公務員がその職務を遂行するに当たって、法令等に従い、かつ、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない旨規定しているところ、原告らは、いずれも都立高等学校の教職員等であって、法令等や上司の職務上の命令に従わなければならない立場にあり、校長から学校行事である卒業式等に関して、それぞれ本件職務命令を受けたものである。そして、国旗・国歌法は、日の丸を国旗とし、君が代を国歌とする旨明確に定め、また、学校教育法43条に基づき定められた高等学校学習指導要領は

入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする。

と定めているところ、卒業式等に参列した教職員等が、国歌斉唱時に国旗に向かって起立して、国歌を斉唱するということは、これらの規定の趣旨にかなうものである。他方、本件職務命令は卒業式等の儀式を行うに際して発出されたものであり、このような儀式においては、出席者に対して一律の行為を求めること自体には合理性があるといえるし、前記のとおり、卒業式等における国旗掲揚や国歌斉唱は、全国的には従前から広く実施されていたものである。このような諸事情も総合すると、本件職務命令には、その目的及び内容において合理性、必要性が認められるというべきである。以上のとおり、本件職務命令は、その内容において合理性、必要性が認められるのであるから、原告らの前記のような歴史観ないし世界観又は信条と緊張関係にあるとしても、あるいは、原告ら自身としては思想及び良心の核心部分を直接否定するものであると受け止めたのだとしても、そのことによってただちに、本件職務命令が原告らの思想及び良心の自由を制約するものである、あるいはその制約は許されないものであるということはできない。
(なお、原告らは、高等学校学習指導要領の国旗・国歌条項は、旧教育基本法10条1項の不当な支配に該当し、違法であるという主張もしている。不当な支配の趣旨や内容がいかなるものであるかに関する当裁判所の判断は、後記3(2)記載のとおりであるところ、生徒が日本人としての自覚を養うことや国際社会において尊敬され、信頼される日本人として成長していくため、国旗、国歌を尊重する態度を育てようという国旗・国歌条項の趣旨に照らすと、その性質上、全国的に一定の規定に基づくことが相当であるから、教育における機会均等の確保と全国的な一定の教育水準の維持という目的のため、文部科学大臣が高等学校学習指導要領でこれを定める必要性はあるといえる。また、

入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする。

と規定する国旗・国歌条項は、規定されている内容以上に、国旗掲揚、国歌斉唱の具体的方法等について何ら指示するものではなく、教師による創造的かつ弾力的な教育の余地や地方ごとの特殊性を反映した個別化の余地も残されており、大綱的基準としての性格をもつものと認められる。さらに、その内容においても、教職員に対し、国旗、国歌について一方的な一定の理論を生徒に教え込むことを強制するものとはいえない。これらの諸事情からすると、国旗・国歌条項は、違法であるとはいえない。)

(3)以上によれば、本件職務命令は、原告らの思想及び良心の自由を侵すものとして憲法19条に反するとはいえないと解するのが相当である。3
争点イ(本件通達及びその後に都教委が各校長に行った指導は、旧教育基本法10条1項にいう不当な支配に該当するか)について

(1)本件職務命令は、学校教育法51条により準用される同法28条3項の校長の所属職員に対する監督権限に基づいて発せられたものである。他方、本件通達は、地教行法23条5号の教育委員会の教育課程に関する管理、執行権限に基づいて発せられたものであり、本件職務命令とは異なる法的根拠を有する別個の行為であって、本件通達の違法性は、当然に本件職務命令に承継されるものではない。
しかしながら、前記第3、1(9)ないし(11)で認定したとおり、本件通達は、各校長に対する職務命令として発せられ、かつ、本件通達発出後、都教委は、各校長に対し、都立学校校長連絡会等を通じ、卒業式等の式典における国歌斉唱の実施方法、教職員等に対する職務命令の発令方法等について、相当詳細かつ具体的に指示していることや、各校長は、この指示を受け、本件通達後に行われた卒業式等において、一校の例外もなく、教職員等に対して、国歌斉唱時に国旗に向かって起立し、国歌を斉唱することを命ずる職務命令を発していることからすると、形式的には、本件職務命令を発すべき必要性の判断は、各校長が有していたとしても、事実上、本件通達やその後に都教委が行った指導により、校長にその裁量を働かせる余地はなく、本件職務命令を発することを余儀なくされていたものと評価するのが相当である。このように、都教委は、本件通達を定めたうえ、都立高等学校における卒業式等を本件通達のとおりに実施させるため、各校長をして、本件通達を発出させたといえるから、本件職務命令の発出についても、実質的にみると、都教委が行ったものと評価することができる。
そうすると、本件職務命令の発出は、本件通達やその後に都教委が各校長に対して行った指導と一体のものということができるから、本件通達の発出が旧教育基本法10条1項にいう不当な支配に該当するか否かは、本件職務命令の違法性に影響する余地があるというべきである。
(2)そこで、以下、本件通達の発出が不当な支配に該当するかどうかを検討する。

旧教育基本法は、その前文において、われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。と規定している。これは、戦前のわが国の教育が、国家による強い支配の下で形式的、画一的に流れ、時に軍国主義的又は極端な国家主義的傾向を帯びる面があったことに対する反省によるものであり、この理念は、これを具体化した旧教育基本法の各規定を解釈するに当たっても念頭に置くべきものであるといえる(最高裁昭和43年(あ)1614号、昭和51年5月21日大法廷判決、刑集30巻5号615ページ)。


旧教育基本法10条は、

教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負つて行われるべきものである。

(1項)、

教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない

(2項)と規定しているところ、前記アのとおり、旧教育基本法が、戦前における教育に対する過度の国家的介入、統制に対する反省から生まれたものであることに照らすと、同条は、教育に対する権力的介入、特に行政権力による介入を警戒し、これに対して抑制的態度を表明したものと解される。
また、同条1項は、教育は、国民から信託されたものであるから、国民全体に対して直接責任を負うように行われるべく、その間において不当な支配によってゆがめられることがあってはならないとして、教育が専ら教育本来の目的に従って行われるべきことを示したものと考えられるから、同条項が排斥しているのは、教育が国民の信託にこたえて自主的に行われることをゆがめるような不当な支配であり、そのような支配と認められる限り、その主体のいかんは問うところでないので、ここには、教育行政機関や地方公共団体も含まれると解するのが相当である。
しかし他方で、憲法上、国は、適切な教育政策を樹立、実施する権能を有し、国会は、国の立法機関として、教育の内容及び方法についても、法律により直接又は行政機関に授権して、必要かつ合理的な規制を施す権限を有するだけでなく、子どもの利益のため又は子どもの成長に対する社会公共の利益のために規制を施すことが要請される場合も有り得るのであり、旧教育基本法がこのような権限の行使を限定したものと解すべき根拠はない。むしろ旧教育基本法10条は、国の教育統制権能を前提としつつ、教育行政の目標を教育の目的の遂行に必要な諸条件の整備確立に置き、その整備確立のための措置を講ずるにあたっては、教育の自主性尊重の見地から、これに対する不当な支配となることのないようにすべき旨の限定を付したところにその意味があるといえる。
したがって、教育に対する行政権力の不当、不要の介入は排除されるべきであるとしても、許容される目的のために心要かつ合理的と認められる介入は、たとえ教育の内容及び方法に関するものであっても、必ずしも同条の禁止するところではないと解するのが相当である(前掲最高裁昭和51年5月21日大法廷判決)。この点は、国にだけでなく、地方公共団体においても異なるところはない。

そして、国の教育行政機関が法律の授権に基づいて義務教育に属する普通教育の内容及び方法について遵守すべき基準を設定する場合には、子どもの教育は、教師と子どもとの間の直接の人格的接触を通じ、子どもの個性に応じて弾力的に行わなければならないから、教師の自由な相違と工夫の余地が要請されることを考慮した上で、教育に関する地方自治の原則を考慮し、教育における機会均等の確保と全国的な一定の水準の維持という目的のために必要かつ合理的と認められる大綱的な範囲にとどめられるべきものであるが、地方公共団体が設置する教育委員会が、教育の内容及び方法について遵守すべき基準を設定する場合には、公立学校を所管する行政機関として、その管理権に基づき、学校の教育課程の編成や学習指導等に関して基準を設定し、一般的な指示を与え、指導、助言を行うとともに、必要性、合理性が認められる場合には、具体的な命令を発することもできると解される(前掲最高裁昭和51年5月21日大法廷判決)。
この点に関し、原告らは、教育委員会による教育の内容及び方法に対する介入についても大綱的基準にとどまるべきであると主張する。しかしながら、国の教育行政機関が法律の授権に基づいて義務教育に属する普通教育の内容及び方法について遵守すべき基準を設定する場合には、教育に関する地方自治の原則を考慮し、教育における機会均等の確保と全国的な一定の水準の維持という目的のために必要かつ合理的と認められる大綱的な基準にとどめられるべきものであるが、地方公共団体が設置する教育委員会が教育の内容や方法に関して行う介入については、教育に関する地方自治の原則に反することはあり得ないし、教育委員会は地教行法23条5号により学校の組織編制、教育課程、学習指導等に関して管理、執行するとされ、文部科学大臣が同法48条2項2号により学校の組織編制や教育課程等について指導、助言又は援助をすることができるとされているのとは異なることに照らすと、教育委員会による教育の内容や方法に関する介入を大綱的基準の設定にとどめるべき理由はないというべきである。エ
そこで次に、本件通達について、これを発出すべき必要性、合理性があったと認められるか否かを検討する。本件通達を発出するに至った経過は、前記1(1)ないし(9)のとおりであって、概要は次のとおりである。
平成元年に高等学校学習指導要領が改定され、

入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする。

と定められ、東京都教育庁は都立高等学校校長に対して卒業式等がこの学習指導要領に即して行われるように求めていたが、実施率が低く、教育庁指導部長は、平成10年11月20日付けで卒業式等の実施指針を示す通知を発した。この実施指針では、式典会場の正面に国旗を掲揚することや、式次第に国歌斉唱と記載すること、式典の司会者が国歌斉唱と発声することなどが定められた。平成11年に国旗、国歌法が制定、施行され、東京都教育庁は、学習指導要領に基づく卒業式等の実施をするように、さらに指導に取り組んだ結果、平成12年度卒業式以降、都立高等学校での国旗掲揚、国歌斉唱の実施率は100パーセントとなっていたものの、人目に付かない場所に国旗を掲揚したり、国歌斉唱を式次第に明記しなかったり、国歌斉唱時に教員が起立せず、司会者が起立を発声しないという学校があったことなどが見られた。本件通達は、このような状況において、これらの課題を解決するためには、各学校で、国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について、より一層の改善、充実を図る必要があるとして発出された。
本件通達が発出された経緯は以上のとおりであって、上記のような国旗掲揚、国歌斉唱の実施状況に照らせば、高等学校学習指導要領に基づく卒業式等を実施するよう改善、充実を図るという本件通達の目的には合理性があるといえるし、これを実現するため、卒業式等における国旗掲揚、国歌斉唱の実施方法等を定める通達を特に発すべき必要性もあったといえる。オ
そして、本件通達は、争いのない事実等(3)のとおり、卒業式等において教職員が国旗に向かって起立をし、国歌を斉唱するようにするため、この通達に基づいて各校長に対して職務命令を発出することを求めることを内容とするものであるが、このような職務命令が思想及び良心の自由を侵害するものとはいえないことは、前記2のとおりである。また、本件通達は、卒業式等における国歌斉唱及び国歌斉唱に関する実施指針のみを定めるものであって、教職員が生徒に対して日の丸、君が代に関する
歴史的な事実等を教えることを禁止するものではないし、教職員に対し、国旗、国歌について、一方的に一定の理論を生徒に教え込むことを強制するものとはいえない。したがって、これらの点においても、本件通達が合理性を欠くとはいえない。

以上によれば、本件通達は、旧教育基本法10条1項にいう不当な支配に該当するとは認められない。

なお、原告らは、n教育長が、本件通達発出前の平成15年7月2日に行われた東京都議会本会議において、都議会議員の質問に対する答弁の中で、

(卒業式等での)国歌斉唱に当たって、司会者が教員に対し内心の自由について説明することは、極めて不適切であると考えております。

と発言したことや(甲74)、同教育長が、平成14年9月ころの雑誌のインタビューで、歴史教科書では都立養護学校で扶桑社版を採択しましたが、これは都教委の権限と責任の下で公正に採択した結果で、できれば市区町村の採択前に決めたかったのです。そうすれば、ああいう騒ぎは起こらなかったでしょう。と述べていることなどを理由に、本件通達は、国旗、国歌とされた日の丸、君が代に関する知識を伝達するとい
う限度を超えて、偏狭なナショナリズムや愛国心などの特定の観念、思想を一方的に生徒に植え付けようとする意図で発出されたものであると主張する。
しかしながら、前記オのとおり、本件通達が発出された経緯やその内容自体からは、国旗、国歌について、一方的に一定の理論を生徒に教え込むことを強制するものと認めることはできない。n教育長の前記発言も、本件通達の意図が特定の観念、思想を一方的に生徒に植え付けようとするものであった旨を述べたとも解されず、本件通達が旧教育基本法10条1項の不当な支配に該当するか否かに関する前記認定を左右するに足るものではない。
4
争点ウ(原告らに教職員等としての専門職上の自由が認められるか。また、本件職務命令は、これを侵害するか)について
高等学校等の普通教育の場面において、教師が公権力によって特定の意見のみを児童、生徒に教授することを強制されないという意味や、児童、生徒の教育が教師と児童、生徒との間の直接の人格的接触を通じ、その個性に応じて行われなければならないという本質的要請に照らし、教授の具体的内容及び方法について、ある程度自由な裁量が認められるという意味では、教師について、一定の範囲における教授の自由が保障されるべきであるといえるが、大学の教育の場合には、学生が一応教授内容を批判する能力を備えていると考えられるのに対し、普通教育においては、児童、生徒にこのような能力はなく、教師が児童、生徒に対して強い影響力、支配力を有していることや、普通教育では、児童、生徒の側に学校や教師を選択する余地が乏しく、教育の機会均等を図る上からも全国的に一定の水準を確保すべき要請があることなどからすると、普通教育において、教師に完全な教授の自由を認めることはできないと解するのが相当である(前掲最高裁昭和51年5月21日大法廷判決)。
そして、日の丸や君が代に係る歴史観ないし世界観については、様々な意見があることは公知の事実であるが、公立高等学校の卒業式等の儀式的行事において、教職員等に対して、国歌斉唱時に日の丸に向かって起立し、君が代を斉唱することを求めることが、生徒に対して特定の思想のみを教授することを強制する性質を有するものであるとはいえないし、教職員等や生徒、保護者や来賓等多数の人が参列する集団的行事である卒業式等において、校長がその権限に基づき、国歌斉唱を含む式次第やその進行を予め一律に定め、これを実施しようとすることは、儀式としての性質上その必要性はあるといえるから、本件職務命令が、原告らに認められる教授の自由ないし教職員等としての専門職上の自由を侵害するものであるとは認められない。
5
争点エ(本件不合格は、原告らの思想、信条に基づく不利益取扱いとして、憲法19条に違反するか)について
前記争いのない事実等(6)記載のとおり、都教委は、原告らが卒業式等において職務命令に従わず、起立せず国歌斉唱しなかったことをもって、職務命令違反及び信用失墜行為に当たる重大な非違行為であるとし、いずれも、本件要綱第5、1項(1)にいう、正規職員を退職する前の勤務成績が良好であることの要件を欠くとして不合格としたものであり、原告らが特定の思想、良心を有していることを理由として不合格としたものとは認められない。もっとも、公立高等学校の卒業式等の儀式的行事において、国歌斉唱時に日の丸に向かって起立することや君が代を斉唱することを拒否した教職員等が日の丸や君が代に対して否定的な考えを有していることは推測することができ、現に、原告らはいずれも君が代を斉唱することができないという歴史観や信条等を有している者であるが、前記2で述べたとおり、一般的には、原告らが有している歴史観ないし世界観又は信条と、卒業式等において国歌を斉唱しないことが不可分に結びついているとはいえないのであるから、不起立、不斉唱行為を理由として不合格とすることが、実質的に原告らの思想、信条を理由とするものであると認めることも困難である。以上によれば、本件不合格が、原告らに対し、その思想・信条に基づく不利益取扱いをしたものとして、憲法19条に違反するとは認められない。
6
争点オ(本件不合格について、都教委に裁量の逸脱、濫用があるか)について
(1)ア本件再雇用制度は、定年退職等によりいったん退職した一般職の地方公務員を地方公務員法3条3項3号に定める特別職の非常勤公務員として新たに任用する制度であり、その前後で身分上の連続性はないから、都教委は、地教行法34条に基づき、一定の基準の下に再雇用の希望者を選考した上で再雇用職員(嘱託員)として任命する権限を有しているのであって、原告らに対して、再雇用の希望者を全員採用しなければならないという義務を負うものではない。

しかしながら、証拠(甲14、16の2、26の1・2、85)によれば、本件再雇用制度は、地方公務員法の改正により、昭和60年3月から、それまで定年退職制度がなかった東京都の職員に60歳定年制が導入された際、東京都教職員組合や東京都高等学校教職員組合等の連合組織である東京都労働組合連合会から、定年制導入の代償措置として、定年後の教職員の雇用の確保の要請を受け、同連合会との交渉を経て導入された制度であること、本件再雇用制度は、定年退職者やこれに準ずる者等を対象としていること、導入時に定められていた最長3年間という雇用期間は、当時の年金制度では、63歳から年金受給を開始すると、その最高額が受給できたという事情によるものであったことなどの事実が認められ、これらの事実に、前記争いのない事実等(5)エ記載のとおり、東京都教育庁人事部が作成した本件手引にも、本件再雇用制度の制度趣旨について、

高齢化社会に対応し、退職する職員に生きがいと生活の安定を与えるとともに、長年都に在職して培った豊富な知識や技能を退職後も都に役立てることにある

と記載され、退職後の職員の生活安定に資するための制度であることが明記されていることを併せ考慮すると、本件再雇用制度が教職員の定年後の雇用を確保するという意義を有することは明らかであるといえる。また、前記争いのない事実等(5)イ、ウ記載のとおり、本件要綱は、嘱託員任命の要件として、正規職員を退職又は再任用職員を任期満了する前の勤務成績が良好であること、任用に係る職の職務の遂行に必要な知識及び技能を有していること、

健康で、かつ、意欲をもって職務を遂行すると認められること

と規定しているが、その選考方法は、勤務実績、適性及び健康状況について、所属長の推せん書及び希望者の申込書を徴し、希望者の意欲及び意向を確認するため、面接を行うというものであって(本件運用内規3)、格別の資格の保有や高度の能力の具備は求められておらず、合否決定のための試験が行われるわけでも、能力や適性について詳細な調査が行われているわけでもない。実際に、争いのない事実等(6)記載のとおり、平成12年から平成14年まで、都立学校の再雇用職員に申し込んだ者(3132名)は、全員選考に合格し、その後も圧倒的多数は合格していたのであるから、選考の結果、不合格とされるのはごくごく例外的な場合であったと考えられる。
以上に検討した本件再雇用制度の趣旨やその運用状況等に照らすと、従前、定年退職や勧奨により退職した教職員等が本件再雇用制度の嘱託員として採用されることを希望した場合には、退職前の職と嘱託員の職は事実上の継続性を有するものとして機能していたことが認められるから、原告ら教職員等が、嘱託員として採用されることについて有していた期待は合理性を有するものであり、一定の法的保護に値するものといえる。したがって、都教委が、再雇用職員の選考にあたって有する裁量は、それが広範なものであることは否定できないものの、いかなる選考をしても違法となる余地がないという意味での全くの自由裁量というものではなく、当該申込者について不合格と判断した理由が著しく不合理である場合や、全くの恣意的な理由で不合格とした場合など、当該不合格に客観的合理性や社会的相当性が著しく欠けると認められるような場合には、都教委はその裁量を濫用、逸脱したものと評価すべきであり、そのような場合は、当該不合格は違法であり、再雇用申込者の期待を侵害するものとして、被告はその損害を賠償する責任があるというべきである。ウ

なお、原告らは、本件要綱には、任用の要件として、正規職員を退職又は再任用職員を任期満了する前の勤務成績が良好であることと規定されているが、本件再雇用制度導入時に東京都と東京都労働組合連合会の間で制定した人事制度に関する協定(甲16の2)では、

本人の意向、意欲、能力及び退職前の勤務実績を総合的に勘案し、選考のうえ採用する

と記載されていることから、本件要綱の勤務成績についても、所定勤務日数中の出勤日数や欠勤日数等の勤務実績を意味するものであると主張するが、本件要綱にある勤務成績の通常用例に照らし、これは、申込者の退職前の勤務に関する成績を意味すると解するのが相当であって、単なる勤務実績のみが選考基準であると認めることはできない。

(2)以上を前提として、本件不合格について、都教委の裁量の濫用、逸脱の有無を検討する。

原告らが再雇用職員の採用選考で不合格とされたのは、本件職務命令に違反したという事実をもって、原告らの勤務成績が良好とされなかったものであることは、被告の主張上、明らかである。前記第3、2ないし4記載のとおり、本件職務命令は適法なものといえるから、これに違反したという事実が、原告らの退職前の勤務成績が良好であるか否かの判断において、消極的な要素として考慮されることはやむを得ないといえる。

もっとも、前記第3、6(1)記載のとおり、都教委は、従前、再雇用の希望者全員を合格とするような運用を行っていたのであり(原告gが務めていた学校司書に関する再雇用の運用も同様であったと認められる(証人y)。)、複数の不合格者の存在が顕著になったのは、本件通達が発出された後、平成15年度の再雇用職員の選考において、原告らと同様に高等学校の儀式的行事で国歌斉唱時に国旗に向かって起立し、国歌を斉唱することを命ずる職務命令に違反したことを理由として合格を取り消された者が現れて以降である。そうすると、定年退職する(ないしその数年前に退職する)までの間、勤務を継続してきた教職員については、勤務成績がとくに不良であることが顕著な場合を除いては、勤務成績が良好と判断され、再雇用の希望が認められてきたものと推測される。このことは、前記のとおり、本件再雇用制度が、定年制導入の際に設けられたものであり、教職員の定年後の雇用を確保するという意義を有する制度であることからも理解できるところである。

他方、原告らは、前記のとおり、

国歌斉唱時に国旗に向かって起立し、国歌を斉唱することを命ずる

という内容の本件職務命令に違反したことをもって、成績不良とされ、不合格とされたものである。本件職務命令に反し、卒業式等において、起立せず、国歌斉唱をしないという行為は、生徒らに対して指導すべき事項である国旗、国歌の尊重に反するし、卒業式等の円滑な進行を妨げるおそれがあり、国旗に向かって起立し、国歌を斉唱している他の教職員や来賓等に対し、不快の念を与える可能性がある行為であるとはいえる。
しかしながら、原告らの職務命令違反行為は、起立をしなかったことと国歌を斉唱しなかったことだけであって、積極的に式典の進行を妨害する行動に出たり、国歌斉唱を妨げたりするものではなく、現に、原告らの職務違反行為によって、具体的に卒業式等の進行に支障が生じた事実は認められない。そして、本件職務命令は、高等学校の各教科及び特別活動の指導の大綱を定めた高等学校学習指導要領に基づき発出されたものであり、その学習指導要領の内容も、特別活動における指導として、卒業式等においては、その意義を踏まえ、国旗掲揚、国歌斉唱を指導するものとするというものであるから、多数の出席者が集まる卒業式における行為であるという以外には、教育指導に関して教職員に対して発せられる他の職務命令と異なるものではなく、本件職務命令が、他の職務命令と比較して、とりわけ重大なものとはいえないし、これのみで教職員の勤務成績を決定的に左右するような内容のものとも解されない。都教委が非違行為と判断するのも、起立をせず、国歌を斉唱しなかったという行為に尽きるものであって、原告らが日の丸を国旗として認めず、君が代を国歌として認めないというような考えを有していることが問題であるとして、これを勤務成績が良好でない理由として判断しているのではないはずである。現に、過去においては卒業式等において起立をせず、国歌斉唱をしなかった教職員も嘱託員として採用されていたのであるから(乙22、弁論の全趣旨)、不起立と国歌斉唱をしなかったという行為自体が、その性質上、直ちに嘱託員としての採用を否定すべき程度の非違行為というのは疑問である。エ
ところが、都教委は、前記のとおり、卒業式等において、起立をせず、国歌斉唱をしなかったことをもって、原告らの勤務成績が良好でないと判断したものである。被告は、原告k及び原告lを除く原告らについては、本件職務命令違反のほかには、原告らの勤務成績に関する事実について、全く主張をしておらず、原告k及び原告lについては、後記のとおり、本件職務命令違反以外の処分もあるけれども、被告はこれを事情として主張するにとどまるものであって、都教委が不合格とした判断において、本件職務命令違反以外の事実を考慮していないことは明白である。このことは、再雇用職員の採用を所管する東京都教育庁人事部選考課が、平成16年度の再雇用職員の選考に当たり、前年度に合格取消しがあったことを踏まえ、平成16年度の申込者に関し、国歌斉唱時に係る職務命令違反の有無を推薦書や事故報告書、面接で確認したほか、職員の服務事故に関する事務を所管する職員課に対してその確認を取っていること(証人y)からも顕著にうかがえる。
しかも、再雇用職員の選考において、原告らを不合格と判断する事情とされた職務命令違反は、原告kを除けば、いずれも1回だけである。原告kについても、再雇用不合格時において、2回にとどまる。原告らが、指導や処分を繰り返し受けたにもかかわらず、同種行為を何度も繰り返したといった事実はないし、弁論の全趣旨によれば、原告らは、本件職務命令違反に関して都教委が再発防止のために必要として設けた研修を済ませていることも認められる(原告kは研修を一度拒否したが、後にこれを受講している(甲115の11)。)。とりわけ、原告iにあっては、平成15年12月16日の創立記念行事で起立せず、国歌斉唱をしなかったが、その後は、平成16年4月の入学式、平成17年4月の入学式において、いずれも校長からの職務命令に従い、国歌斉唱時に起立しているのであって(甲113の4、143の1、原告i本人)、平成15年12月に1回の職務命令違反に及んだことでの勤務成績に関する消極的な評価は、相当程度減少していてしかるべきであったといえる。こうした事情を都教委が考慮した様子はみられず、上記事実からすれば、都教委は、都立高校の教職員が本件職務命令違反を1回でも行えば、それだけで、勤務成績が良好でないと判断したものと推測される。
また、地方公務員法に定める職員の懲戒処分には、軽いものから順に、戒告、減給、停職、免職があるが(同法29条1項)、過去においては、争議行為で2度の停職処分を受けた職員が嘱託員に採用された例もあったのに(甲21、85)、本件の不起立行為により、原告kを除く原告らは戒告を受けたにとどまり、原告kについても減給処分であって(争いのない事実(4))、それでも再雇用職員の選考で不合格にされたというのは、選考の公平さに疑問があるといわざるを得ない。
以上のとおり、都教委が本件職務命令の違反のみをもって、原告らの勤務成績を良好でないとした判断は、本件職務命令と卒業式等における不起立、国歌不斉唱という行為を、極端に過大視したものといわざるを得ない。オ
原告k及び原告lを除く原告らには、本件職務命令違反のほかには、非違行為と評価されるような行為は全く認められない。
証拠(甲115の7ないし9、116の4・5)によれば、原告kは、本件職務命令違反(平成17年3月11日の卒業式)により研修(基本研修)を命じられて受講したが、さらに専門研修を命じられ、これを拒否したところ、6か月減給10分の1の処分を受けたこと、原告lは、本件職務命令違反により研修を命じられて受講したが、この研修において、君が代反対等の意思を表明する鉢巻きを着用し続けたことにより戒告処分を受けたことが認められ、これらが勤務成績に影響することは否定できないけれども、前記のとおり、都教委はこれらの事実をもって原告k及び原告lを勤務成績不良としたわけではなく、また、いずれの行為も本件職務命令違反行為と関連するものであって、本件職務命令違反行為とは別個に非違行為があったとして重大視するのは相当ではない。
他方、原告らは、いずれも高等学校の教職員として、定年又は定年近くまで職務を遂行していたものと認められるが、都教委が、本件職務命令違反のほかに、原告らの勤務成績に関する事情を総合的に考慮して再雇用の合否を判断した形跡は全くみられない。
都教委のこのような判断方法は、本件再雇用制度が、教職員の定年後の雇用を確保するという意義を有するものであるという趣旨に沿わないし、長年都に在職して培った豊富な知識や技能を退職後も都に役立てるという趣旨にもそぐわない。このように、都教委は再雇用合否の判断において、当然に考慮すべき事項を検討していない点でも、原告らに対する選考には多大な疑問がある。


以上の諸事情に照らすと、原告らが嘱託員となった場合、卒業式等で再度不起立行為に及ぶ可能性があることは否定できないことを考慮しても、本件不合格は、従前の再雇用制度における判断と大きく異なるものであり、本件職務命令違反をあまりにも過大視する一方で、原告らの勤務成績に関する他の事情をおよそ考慮した形跡がないのであって、客観的合理性や社会的相当性を著しく欠くものといわざるを得ず、都教委はその裁量を逸脱、濫用したものと認めるのが相当である。
したがって、原告らに対する本件不合格は、都教委による不法行為であると認められるから、都教委の設置者である被告は、原告らに対し、国家賠償法に基づき、本件不合格により原告らに生じた損害を賠償すべき責任を負うべきである。
7
争点カ(原告らの損害の有無及びその額)について

(1)再雇用職員の採用選考に合格した者は、その全員が嘱託員に任用され、非常勤職員として稼働していたものと認められるところ(弁論の全趣旨)、原告らは、本件不合格の結果、非常勤職員として稼働することができなかったのであるから、その期待が侵害され、再就職が可能になると考えられる時期までの間、本来非常勤職員として勤務していれば得られたはずの賃金に相当する金額の損害を受けたものというべきである。
そこで損害額を検討するに、原告らは、長期間にわたって教職員として勤務し、退職後も、本件再雇用制度により、嘱託員として引き続き5年間教育の現場で稼働することを期待していたが(甲1の8、2の6、3の6、4の6、5の5、110の4、111の7、112の4、113の4、114の4、115の11、116の13、117の5)、その職を得ることができず、嘱託員としての収入を得ることができなかったものであり、原告らが他に職を求めて再就職するとしても、それまでに相当期間を要するといえるし、本件不合格当時、原告らは、いずれも60歳前後の年齢に達していたのであるから、その再就職、とくに嘱託員と同等の待遇の職を得ることは容易でなかったといえる。しかし他方で、本件再雇用制度においては、前記6(1)ア記載のとおり、再雇用職員の希望者は、当然に嘱託員に採用される権利を有しているものではないし、その雇用期間も5年間が当然に保証されるものではなく、1年ごとに勤務成績の評価を経て更新が決定されるものであること、原告らの中には現に他の職に就いている者がいることなどの事情も認められる。
これらの事情を総合すると、本件では、原告らが、嘱託員として1年間稼働した場合の賃金相当額の範囲に限り、相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
嘱託員(月13日間勤務)の賃金は、平成17年4月から同年12月までが月額16万1900円、平成18年1月以降は16万0500円である(弁論の全趣旨)。
したがって、甲事件原告らの損害は、次の計算式のとおり、193万8600円となる。
16万1900円×9か月+16万0500円×3か月
=193万8600円
また、乙事件原告らの損害は、次の計算式のとおり、192万6000円となる。
16万0500円×12か月=192万6000円
(2)原告らは、本件不合格により、教師という崇高なる職を不条理にも奪われたとして、各自300万円の慰謝料を請求しているが、原告らが長期間にわたる教職員等としての職業経験に基づき、自らの職務に誇りを持つとともに、その職務に重大な責務や使命を感じていることは理解できるものの、他の労働者が職を失った場合と対比して、原告らについて、特に重大な精神的損害を認めるべき理由は見出し難い。
本件再雇用制度は、原告ら教職員等について、当然に嘱託員として雇用される権利を付与するものではないし、都教委の裁量の逸脱、濫用による不法行為については、前記(1)のとおり、原告らの逸失利益が損害として認められることからすると、本件で受けた精神的苦痛は、この逸失利益の賠償を命ずることで慰謝されるべき性質であるといえる。
したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。
(3)前記(1)で認定した逸失利益の額や、本件訴訟の難易等の諸事情を総合すると、本件不合格と相当因果関係のある損害である弁護士費用は、それぞれ19万円とするのが相当である。
(4)以上によれば、本件での原告らの損害は、甲事件原告らがそれぞれ合計212万8600円、乙事件原告らがそれぞれ合計211万6000円となる。8
結論
以上によれば、甲事件原告らの請求は主文第1項の限度で、乙事件原告らの請求は主文第2項の限度で、それぞれ理由があるからこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却することとし、仮執行宣言は相当でないのでこれを付けないこととし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第19部

裁判長裁判官

中西茂
裁判官

齋藤巌
裁判官

本多幸嗣
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