判例検索β > 平成17年(ワ)第13014号
損害賠償請求事件
事件番号平成17(ワ)13014
事件名損害賠償請求事件
裁判年月日平成21年2月18日
裁判所名・部大阪地方裁判所  第8民事部
判示事項の要旨1 留置場における防声具等の使用を認める被疑者留置規則20条の2の規定は,憲法18条,36条に違反しない 2 留置担当官らによる戒具の使用により被留置者が死亡した事故につき,警察署の署長及び留置主任官が戒具の使用方法等に係る教育・教養義務を怠ったことが,国家賠償法上違法とされた事例 3 上記事故につき,戒具の使用方法等が訓令及び通達の定めに違反するものであるとして,留置担当官らによる戒具の使用が国家賠償法上違法とされた事例
裁判日:西暦2009-02-18
情報公開日2017-10-17 20:38:22
裁判所の詳細 / 戻る / PDF版
主1文
被告和歌山県は,Aに対し,2919万4416円及びこれに対する平成16年4月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2
被告和歌山県は,Bに対し,2919万4416円及びこれに対する平成16年4月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3
A及びBのその余の請求並びにCの請求をいずれも棄却する。

4
訴訟費用は,A,B及び被告和歌山県に生じた費用の9分の5を同被告の,同原告らに生じたその余の費用を同原告らの,Cに生じた費用を同原告の,並びに同被告に生じたその余の費用及び被告国に生じた費用を原告らのそれぞれ負担とする。

5
この判決は,第1項及び第2項に限り,仮に執行することができる。ただし,被告和歌山県が,A及びBに対し各2400万円の担保を供するときは,その仮執行を免れることができる。

第1
1実及び理由
請求
被告らは,Aに対し,連帯して5192万7252円及びこれに対する平成16年4月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2
被告らは,Bに対し,連帯して5192万7252円及びこれに対する平成16年4月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3
被告らは,Cに対し,連帯して600万円及びこれに対する平成16年4月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2
1
事案の概要等
事案の概要
本件は,和歌山県和歌山東警察署(以下和歌山東署という。)の留置担当官らによる戒具(防声具・鎮静衣)の使用に起因して死亡したDの相続人又は兄である原告らが,(Ⅰ)被告国に対しては,(i)国家公安委員会に,戒具の
使用を認める被疑者留置規則を改正するなど防声具・鎮静衣の使用を廃止する措置を執るべき義務を怠る過失があった,(ii)警察庁長官に,戒具の使用方法等に係る教育・教養を行う義務を怠る過失があったと主張し,(Ⅱ)被告和歌山県に対しては,(i)和歌山県警察本部(以下和歌山県警本部という。)の留置管理官並びに和歌山東署の署長及び留置主任官並びに和歌山県公安委員会委員及び和歌山県警察本部長に,戒具の使用方法等に係る教育・教養を行う等の義務を怠る過失があった,(ii)和歌山東署の署長及び副署長に,戒具の使用を不許可にする義務を怠る過失があった,(iii)同署の留置主任官代理及び当直責任者に,戒具の使用に係る指導監督義務を怠る過失があった,(iv)同署の留置担当官又は一般当直担当官らの故意又は重大な過失による不要・不適切な戒具の使用等があったと主張し,これら各公務員等の違法行為によりDが死亡したとして,国家賠償法1条1項,4条,民法719条に基づき,被告らに対し,Dから相続した損害賠償請求権及び遺族固有の損害賠償請求権に係る損害金並びにこれに対する上記戒具の使用がされた日である平成16年4月20日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める事案である。
2
法令等の定め等(法令及び訓令は,この項に指摘するものに限らず,特に断らない限り,平成16年4月20日当時施行されていたものである。)(1)戒具の使用に係る法令等の定め等

監獄法は,在監者に逃走,暴行若しくは自殺のおそれがあるとき又は監外にあるときには戒具の使用を許可しており(同法19条1項),同法(同条2項)の委任を受けた同法施行規則は,戒具の種類について,鎮静衣,防声具,手錠及び捕じょうの4種類を規定する(同規則48条1項)。

国家公安委員会が警察法12条及び警察法施行令13条1項に基づき制定した被疑者留置規則は,看守者が,留置人につき逃亡,暴行,自殺等のおそれがあり,その防止のため必要と認めるときは,警察署長の指揮を受
けて留置場内において戒具を使用することができるとし(同規則20条),戒具の種類について,手錠,捕じょう,防声具及び鎮静衣の4種類を規定し(同規則20条の2第1項),戒具の制式及び使用手続は,警察庁長官の定めるところによると規定している(同2項)。上記各規定は,被疑者又は被告人を代用監獄としての留置場に収容する場合についても準用される(同規則35条1項前段)。

警察庁長官が被疑者留置規則20条の2第2項に基づき定めた留置場において使用する戒具の制式および使用手続きに関する訓令(昭和46年10月28日付け警察庁訓令18号。以下戒具訓令という。)は,以下の内容の定めを置いている(なお,戒具訓令は,平成14年3月20日付け警察庁訓令第3号(平成14年4月1日施行)により一部改正されたが,同訓令附則2項は,防声具及び鎮静衣の制式については,当分の間,なお従前の例によることができるとしているので,戒具の制式については,同改正前の制式と改正後の制式を挙げる。)。
(ア)戒具の制式(2条)

防声具
(改正前の制式)口及び上下のあごを完全にふさぐ大きさの半截楕円形のマスク型で,口部を固定させる装置を備えたものとする(改正前の制式による防声具を,以下旧型防声具という。)。
(改正後の制式)口及び上下のあごを完全にふさぐ大きさの半截楕円形のマスク(口部を固定させる装置を備えたものに限る。)と頭部を保護する装置を組み合わせたものとする(改正後の制式による防声具を,以下新型防声具という。)。


鎮静衣
(改正前の制式)頸部以下の身体をつつみ,適宜の通気孔を設けた袋状のものとする。

(改正後の制式)頸部以下の身体をつつみ,適宜の通気孔を設けた袋状のもので,内部に上腕部,前腕部,大腿部及び下腿部を固定し,保護するための適当な大きさのベルトを備えたものとする。

手錠及び捕じょうの制式(省略)
なお,防声具及び鎮静衣の形状は,別紙戒具訓令新旧対照表の別図のとおり(実際の構造・形状の詳細は後記カのとおり)。

(イ)戒具の使用手続(3条)
戒具のうち,手錠及び捕じょうは逃走,暴行又は自殺のおそれのある留置人,防声具は制止をきかず大声を発する留置人,鎮静衣は暴行又は自殺のおそれのある留置人に対してそれぞれ使用することができる(1項)。
看守者は,戒具の使用に当たっては,警察署長の指揮を受けなければならない。ただし,緊急を要し警察署長の指揮を受けるいとまのないときは,幹部の指揮を受け,使用後速やかに警察署長に報告しなければならない(2項)。
(ウ)使用上の留意事項(4条)
戒具の使用に当たっては,その必要性及び留置人の健康状態を考慮して適正に使用しなければならない(1項)。
防声具及び鎮静衣は,6時間以上継続して使用してはならない(2項)。
防声具及び鎮静衣の使用中は,留置人の動静について常に注意を払わなければならない(3項)。
エ(ア)戒具訓令の制定及び施行に当たり作成された被疑者留置規則の一部を改正する規則の制定および留置場において使用する戒具の制式および使用手続きに関する訓令の制定について(昭和46年10月28日付け乙刑発第9号,乙保発第14号,乙交発第10号,乙備発第8号警察
庁次長通達。以下昭和46年戒具通達という。)には,戒具使用の一般的留意事項として,(Ⅰ)使用に際しては戒具使用指揮簿により警察署長(緊急の場合は,これに代わる者又は留置主任官)の指揮を受けること,(Ⅱ)必要最小限度の使用にとどめること,戒具の使用は,留置人の身体に対する直接強制であり,苦痛及び危険が伴うものであるから,留置人の健康状態を考慮し,その目的に沿った必要最小限度の使用にとどめ適正な使用を図ること,(Ⅲ)戒具の使用中は留置人の動静に注意すること,戒具を使用した場合は,できるだけ他の留置人と隔離して留置して,その動静に綿密な注意を払うとともに,留置人の精神的安定を図り,戒具使用の早期終了に努めること,(Ⅳ)戒具使用の状況を明確にしておくこと,(Ⅴ)取調べに対する任意性の確保に配意することが挙げられている。また,戒具使用の個別的留意事項として,各戒具ごとに留意事項が記載されている(なお,防声具と鎮静衣に関する留意事項は,後記(イ)の平成14年戒具通達で改められており,その内容は後記(イ)のとおりである。)。
(イ)戒具訓令の前記改正に伴い発出された留置場において使用する戒具の制式および使用手続きに関する訓令の一部を改正する訓令の制定に伴う戒具の使用上の留意事項について(通達)(平成14年3月20日付け丁総発第64号警察庁長官官房総務課長通達。以下平成14年戒具通達といい,昭和46年戒具通達と併せて,以下戒具通達ということがある。)には,同改正により制式の改められた防声具及び鎮静衣について,以下の内容の使用上の留意条項が挙げられている。

防声具の使用上の留意点
(a)使用に当たっては,被留置者に呼吸器系統の疾患等がある場合は,使用に耐えうるか否かを慎重に判断し,必要があると認めるときは,医師の診断を受けさせること

(b)防声具を効果的に使用するため必要があるときは,手錠又は捕じょうを同時に使用することができること
(c)鼻孔からの呼吸を困難にしていないか,また,頸動脈及び頸静脈を圧迫していないかを確認すること
(d)口の内部には綿布等を絶対に入れないこと
(e)使用する場合は,単独居室に入れること
(f)使用時間は,3時間以内にとどめ,それ以上の使用を必要とする場合には,さらに警察署長(都道府県警察本部に設置されている留置場に関しては主務課長。以下同じ。)の指揮を受けること。警察署長は,特に継続の必要があると認めるときは,その使用の期間が通じて6時間を超えない範囲で,これを延長することができること(g)

使用することにより,食事,用便等を制限することのないよう

にすること
(h)

使用中は,監視に便利な場所に位置して対面監視等を行い,呼

吸障害を来していないかなど,その動静について綿密に視察すること
(i)

使用中の者については,進んで精神の安定を図るための働き掛

けを試み,早期に解除できるよう努めること

鎮静衣の使用上の留意点
(a)使用に当たっては,被留置者がこれに耐えうるか否かを慎重に判断し,必要があると認めるときは,医師の診断を受けさせること
(b)他の戒具では措置できないなどやむを得ない場合に限り,必要最小限度の範囲内で使用し,かつ,手錠,捕じょう,防声具と同時に使用しないこと
(c)保護ベルトは,被留置者の態様に応じて必要な部位に使用すること
(d)使用中は,監視に便利な場所に位置して対面監視等を行い,胸部を圧迫し呼吸困難を来していないかなど,その動静について綿密に視察すること
(e)前記aの(e),(f),(g)及び(i)に同じ。

戒具訓令及び戒具通達を受けて,和歌山県警察被疑者等留置規程(平成3年6月6日付け本部訓令第10号。以下和歌山県留置規程とい
う。)は,戒具の使用について,次のとおりの定めを置いている(その具体的内容は,以下に指摘する点を除き,ここまでに挙げた戒具訓令及び戒具通達の規定とほぼ同内容である。)。
(ア)戒具の使用(54条)
署長又は留置主任官は,看守勤務員から戒具使用の伺いがあったときは,戒具の種類,使用方法等について具体的に指揮するとともに,被留置者に対し,あらかじめ使用する理由を告げ警告させなければならない。(イ)戒具使用上の留意事項(55条)
防声具及び鎮静衣の使用時間は,原則2時間以内にとどめること(2項3号カ及び4号オ)。


実際の防声具及び鎮静衣の構造・形状(甲1の20・90,乙6)(ア)防声具の構造・形状
旧型防声具は,頭頂部カバー,ベルト付きの防声用マスク及び額部分に巻き付けるベルトから構成される。頭頂部カバーは,皮製で,その4か所の穴に,防声用マスクに取り付けられた4本のベルトを通す構造となっている。防声用マスクは,厚さ約5ミリメートル(縁部分のみ約8ミリメートル)の合成ゴム製で,半切楕円形をしており,その大きさは,縦約9センチメートル,横約14センチメートル,深さ約6センチメートルで,被使用者の口及び上下のあごを完全にふさぎ,口部を固定させることのできる構造となっている。上記4本のベルトは,いずれも伸縮
性のあるゴム製で,防声用マスクの上辺及び下辺にそれぞれ2本ずつ取り付けられている。上記4本のベルトの各先端(頭部側)には,いずれもマジックテープが取り付けられており,各ベルトの先端を,頭頂部カバーを通した後にそれぞれマジックテープで接着する構造となっており,その接着面の大きさを変えることにより,防声具全体の奥行きを調節することができる。額部分に巻き付けるベルトも,伸縮性のあるゴム製で,その両方の先端にマジックテープが取り付けられ,同ベルトを輪状にしてマジックテープ部分を接着する構造となっており,接着面の大きさを変えることにより,輪の大きさを調節することができる。
新型防声具は,頭部全体を覆うヘッドカバー及びベルト付きの防声用マスクから構成される。ヘッドカバーは,表生地が合成樹脂製,裏生地がポリエステル製で,裏生地の内部には,厚さ約1センチメートルのスポンジ様のクッションが詰められており,左右の側頭部には,耳カバーが取り付けられている。また,同側頭部の前方左右及び後方左右の4か所に,受け口となるバックル付きのベルト4本が取り付けられている。防声用マスクは,旧型防声具のものと同じ材質・形状で,その上辺及び下辺それぞれに,長さの調節が可能なベルトが2本ずつ取り付けられ,これらの先端に付属する差込用のバックルと上記受け口となるバックルを結合させる構造となっている。
(イ)鎮静衣の構造・形状
鎮静衣は,合成樹脂製で,上端部及び下端部がいずれも開口した寝袋様の形状をしており,被使用者の胸部,腰部及び大腿部に当たる各部分には,鎮静衣本体を一周する合成樹脂製のバンドが取り付けられている。上記各バンドの一方の先端には,いずれも金属製のDカンが取り付けられ,その他方の先端を同Dカンに通し,引っ張ることにより,鎮静衣本体を締め付ける構造となっている。なお,戒具訓令の前記改正に伴い,
鎮静衣の制式が改められ,その構造について,本体の内部に,上腕部,前腕部,大腿部及び下腿部を固定し,保護するための適当なベルトを備えること,本体を一周するバンドのバックルをワンタッチ式の樹脂製のものとすること等の変更があった(本件でDに使用された鎮静衣は,上記改正前の制式に係るものである。)。
(2)警察教養に係る法令等の定め

警察教養について,警察法は,警察教養に関する事項は国家公安委員会が統轄し(同法5条1項),警察教養施設の維持管理その他警察教養に関することについて警察庁を管理し(同法5条2項15号),警察庁は,国家公安委員会の管理の下に警察教養に関する事務をつかさどる(同法17条)としている。また,警察庁長官は,国家公安委員会の管理に服し,警察庁の庁務を統轄し,警察庁の所掌事務について,都道府県警察を指揮監督すると定めている(同法16条2項)。


そして,国家公安委員会が定めた警察教養規則(平成12年1月25日付け国家公安委員会規則第3号)は,(Ⅰ)警察庁長官は,警察を取り巻く諸情勢の変化を踏まえ,警察教養の重点を示すものとし(5条1項),(Ⅱ)警察庁長官,警察庁の各付属機関及び地方機関の長,警視総監並びに道府県警察本部長は,警察庁長官により示された警察教養の重点に関する事項について,計画的に警察教養を実施しなければならないとし(同条2項),(Ⅲ)(i)同規則に定めるもののほか,警察教養制度に関し必要な事項は,警察庁長官が定め(6条1項),(ii)同規則及び(i)に基づき警察庁長官が定めるもののほか,都道府県警察の職員に対する警察教養に関し必要な事項は,都道府県公安委員会規則で定めることとしている(同条2項)。


和歌山県留置規程は,警察教養について,次のとおりの定めを置いている(11条)。

(ア)留置管理官は,署の留置管理係,補勤要員及び女性看守補助者に対し,講習会を開いて看守勤務の基本事項,勤務要領,被留置者の処遇及び事故防止に関する教養をしなければならない(1項)。
(イ)署長は,所属の職員に対し,留置業務の管理運営に関する事項について,随時,指導教養をしなければならない(2項)。
(ウ)留置主任官(署長を補佐し,留置管理係,補勤要員及び女性看守補助者を指揮監督するとともに,被留置者の留置及び留置場の管理につきその責に任ずる者(和歌山県留置規程5条))は,留置管理係,補勤要員及び女性看守補助者に対し,前記(ア)に規定する事項について,月1回以上,計画的に教養をしなければならない(3項)。
(エ)留置主任官は,新たに任用した看守専務員(兼務員を含む。)並びに新たに指名した補勤要員及び女性看守補助者に対し,任命又は指名後速やかに前記(ア)に規定する事項について教養をしなければならない(4項)。
(オ)留置主任官及び留置主任補助者は,看守勤務員の就勤時に看守上の留意事項を具体的に指示するとともに必要な事項について教養しなければならない(5項)。
3
前提事実(争いのない事実並びに掲記の証拠(甲1を除き,枝番のあるものは枝番を含む。)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)(1)ア

Dは,昭和26年12月26日生まれの韓国籍を有する男性であり
(甲2),平成16年4月21日午前1時25分ころまでに,和歌山東署において死亡した。

A,B,E,Fは,Dの子,Gは,Dの妻であり,以上5人がDの全
相続人である(甲2,6ないし9,33,乙1)。A及びBは,上記相続人らの遺産分割協議により,Dの遺産を,それぞれ2分の1ずつ取得した(甲10,32,34)。


Cは,Dの兄である(甲2)。

(2)Dの逮捕及び勾留

Dは,平成16年4月18日午後11時10分ころ,現住建造物等放火未遂罪の現行犯人として逮捕(以下本件逮捕という。)され,和歌山東署に連行された。Dは,同署において弁解を録取された後,同月19日午前1時30分ころ,和歌山県和歌山北警察署(以下和歌山北署という。)に押送され,同署に留置された。


Dは,同月20日,和歌山地方検察庁(以下和歌山地検という。)検察官に送致され,同検察官は,同日,Dの弁解を録取した後,和歌山地方裁判所(以下和歌山地裁という。)に対し,Dの勾留を請求した。和歌山地裁裁判官は,勾留質問(以下本件勾留質問という。)をした後,勾留場所を和歌山東署としてDを勾留する裁判をした。

(3)平成16年4月20日の宿直勤務(午後5時45分から翌21日の午前9時まで)における和歌山東署の警察官で,Dに対する戒具の使用に関わった者は,次のとおりである(甲1の15ないし18・60・62・70・90。原告らと被告和歌山県との間では争いがない。)。


和歌山東署の交通課長であり,当日の当直責任者(留置業務については留置主任官の職務を代行する(和歌山県留置規程7条1号))



同署の留置管理係長であり,同日の留置担当官



同署の留置管理係主任であり,同日の留置担当官



一般当直担当官

オL
同署の留置管理担当の警務課長代理であり,留置主任官代理(和歌山県留置規程5条の2第1項)
なお,Lは,同日の勤務を終えて帰宅していたが,同日午後11時30分ころ,再び同署に登庁した。
(4)Dに対する戒具等の使用(甲1の1・2・15ないし18。原告らと被告和歌山県との間では争いがない。同使用を,以下本件戒具使用という。)

Dは,平成16年4月20日午後6時過ぎころ,和歌山北署から和歌山東署に押送され,同署留置場の6号室(以下本件6号室という。)に留置された。Dは,同署に押送された時から,すでに意味不明の大声を上げ続けていた。


J,I及びK(併せて,以下Jらということがある。)は,同日午後9時30分ころ,本件6号室に入り,Dに対し,ベルト手錠,鎮静衣(Dに使用された鎮静衣は,戒具訓令の前記改正前の制式に係るものである。)及び旧型防声具を装着した(Dに装着した戒具を,以下本件ベルト手錠,本件旧型防声具などといい,これら(後記ベルトも含む。)を一括して,以下本件戒具ということがある。)。このとき,本件ベルト手錠は,正規の取り付け方と表裏が反対に取り付けられた。Jは,Dの頭から体にかけて布団をかぶせた。


Dに戒具が装着されてから10分程度経過すると,本件旧型防声具がDの口からずれたので,J及びIは,本件旧型防声具をDの口の位置に戻し,Jは,さらにその上に重ねて,本件新型防声具を装着し,Dの頭から体にかけて布団をかぶせた。


Dは,同日午後10時40分ころ,本件戒具を装着された状態で失禁した。Jらは,Dの同房者から指摘を受けてこれを知り,本件6号室内に入り,Dに装着した本件鎮静衣等を外し,小便の後始末をした。その後,J
らは,Dに本件鎮静衣を再び装着することはしなかったが,代わりに,ベルト(正規の戒具ではない。以下本件ベルトという。)をDの脛あたりで両足が固定されるように装着した。この際も,Jは,Dの頭から体にかけて布団をかぶせた。
(5)Dの死亡
Dは,長時間にわたり防声具を二重に付けられた上,布団を上からかぶせられ,胸部を圧迫するうつ伏せ寝の体勢により,呼吸困難な状態が継続したため,平成16年4月21日午前1時25分ころまでに,遷延性の窒息により死亡した(甲1の1・2・10・11。原告らと被告和歌山県との間では争いがない。)。
(6)和歌山簡易裁判所は,平成16年10月20日,同月14日付けのH,I及びJに対する,本件戒具使用に係る事実を公訴事実とする公訴提起に基づき,同人らにつき業務上過失致死罪としてそれぞれ罰金50万円に処する旨の略式命令を発し,同命令は,同年11月9日確定した(この刑事事件に係る刑事確定記録を,以下本件刑事確定記録という。)。
4
本件の争点
(1)国家公安委員会の規則改正等義務違反の有無
(2)警察庁長官の戒具の使用方法等に係る教育・教養義務違反の有無(3)ア

和歌山県警本部の留置管理官並びに和歌山東署の署長及び留置主任官
並びに和歌山県公安委員会委員及び和歌山県警察本部長の戒具の使用方法等に係る教育・教養等義務違反の有無

前記アの義務違反とDの死亡との間の因果関係の有無

(4)和歌山東署の署長及び副署長の戒具の使用不許可義務違反の有無(5)L及びHの戒具の使用に係る指導監督義務違反の有無
(6)Jらの行為の具体的態様(故意か否かを含む)及び違法性の有無・内容(7)D及び原告らの損害額

5
争点に関する当事者の主張
(1)争点(1)について

原告ら
(ア)戒具の危険性

防声具は,そのマスク部分が被使用者の口を直接ふさぐものであり,また,その固定部分が頚部等を圧迫するものであるから,その使用により,被使用者が呼吸障害を起こす危険がある。さらに,被使用者は,自由に声を発することができなくなり,生命の危険を感じる状態に陥ったとしても,助けを求めることは困難である。


鎮静衣は,被使用者を袋に入れた状態で両手足を固定する戒具であり,その使用により,被使用者は直立不動の状態で固定され身動きがとれなくなるという,極めて拘束力の強い戒具である。鎮静衣の周囲には締め付け強度を調整するためのベルトが巻かれており,その強度次第では,被使用者が,その胸部を圧迫され呼吸困難を来すことがある。さらに,被使用者は,何らかの原因で呼吸障害に陥ったとしても,自力で体位を変えて,そこから脱することはできないのである。


以上のとおり,防声具及び鎮静衣は,いずれも,被使用者の生命・身体に対して極めて大きな危険を及ぼす戒具である。

(イ)被疑者留置規則20条の2第1項は,看守者が,留置場内において,留置人に対して防声具及び鎮静衣を使用することを認めている。しかし,前記(ア)のとおり,防声具は口を塞ぎ言葉をまともに発することができない状態にし,鎮静衣は直立不動で手足の自由がきかない状態におくものであるから,防声具及び鎮静衣を使用することは,憲法で禁止された被使用者に対する奴隷的拘束又は公務員による拷問に当たるというべきである。
したがって,同項は,憲法18条及び36条に違反し,警察法12条
及び同法施行令13条の委任の範囲を超える無効な規定である。
(ウ)また,防声具又は鎮静衣の使用は,市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下自由権規約という。)7条において規定された拷問又は残虐な,非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い若しくは刑罰にも当たるというべきである。さらに,拷問は,拷問及び他の残虐な,非人道的な又は品位を傷つける取扱い又は刑罰に関する条約(以下拷問等禁止条約という。)においても禁止されている。そして,国連拷問禁止委員会は,2007年(平成19年)5月9日及び10日に開催された第767回及び第769回会議において,日本国政府が提出した拷問等禁止条約の実施状況に係る第1回報告書を審査し,同月16日及び18日に開催された第778回及び第779回会議において,同審査における結論及び日本国政府に対する勧告を採択し,これらを最終見解(以下国連拷問禁止委員会最終見解という。)として表明したが,同見解においては,深刻な懸念を有する点の一つとして,警察拘禁施設において,防声具が使用されていることが挙げられ,警察留置場における防声具の使用を廃止するべきであるとの勧告がされているのである(甲25)。
したがって,被疑者留置規則20条の2第1項は,自由権規約7条及び拷問等禁止条約に違反する。
(エ)1998(平成10)年11月19日,国連人権委員会が,日本国政府に対して,日本の行刑施設における制度に関し,革手錠等,残虐かつ非人道的取扱いとなり得る保護措置の頻繁な使用を問題にする見解を表明し,これを契機として,戒具の使用及び保護房への収容について(通達)と題する通達(平成11年11月1日付け矯保第3329号法務省矯正局長通達。以下平成11年法務省通達という。)が発出され,同通達によって,刑務所及び拘置所で防声具及び鎮静衣をいず
れも使用しないこととされた。平成11年法務省通達発出以降,法務省管轄下の収容施設においては,防声具及び鎮静衣はいずれも使用されておらず,現在まで,使用を認める方向での通達の発出は何ら検討されていない。このことは,防声具及び鎮静衣の使用が,被使用者に肉体的・精神的苦痛を与えるだけのものであって,行刑施設において必要とされるものではないことを示しているが,それにもかかわらず,代用監獄においては依然として防声具及び鎮静衣の使用が認められている。すなわち,そもそもその存在自体が拷問等禁止条約に違反し,無罪推定の原則に抵触するおそれのある代用監獄(国連拷問禁止委員会最終見解において,代用監獄の広汎かつ組織的な利用は,被拘禁者の勾留及び取調べに対する手続的保障が不十分であることとあいまって,被拘禁者の権利に対する侵害の危険性を高めるものであり,無罪推定の原則に反するおそれがある旨の指摘がされている。)において,前記(ア)のとおりの危険性を有する防声具及び鎮静衣が使用されるという状態が続いているのである。
(オ)以上のとおり,防声具及び鎮静衣の使用を認める被疑者留置規則20条の2第1項は,憲法及び条約に違反するものであり,遅くとも平成11年法務省通達の発出された平成11年11月1日以降は,同項の憲法及び条約違反は明白となっていたのであるから,国家公安委員会には,同規則を改正して防声具及び鎮静衣を廃止するか,少なくとも留置場内でのこれらの使用を禁止する旨の通達等を発する義務を負っていたというべきである。それにもかかわらず,漫然と防声具及び鎮静衣の使用を認め,上記義務を怠った国家公安委員会の不作為には,国家賠償法上の違法があるというべきである。

被告国
(ア)戒具の危険性に対して

戒具訓令及び戒具通達は,戒具の制式,使用手続,使用上の留意事項等を定めており,これに従って適正に使用される限り,防声具及び鎮静衣は,いずれも直ちに被拘禁者の生命・身体に対して危険を及ぼすものであるとはいえない。すなわち,これらによれば,鎮静衣については,呼吸困難に陥ることのないよう,戒具通達によって,防声具等の他の戒具と同時に使用しないこと,使用中は監視に便利な場所に位置して対面監視等を行い,胸部を圧迫して呼吸困難を来していないかなど動静について綿密に観察することとされているし,防声具については,戒具通達の留意事項を遵守して適正に装着すれば,鼻孔部を覆うことなく,鼻呼吸ができ,呼吸障害を起こすことはないし,鼻孔からの呼吸を困難にしていないかにつき対面監視等を行うこととされている。
(イ)そもそも未決勾留は,刑事訴訟法の規定に基づき,逃亡又は罪証隠滅の防止を目的として,被疑者又は被告人の居住を監獄内に限定するものであって,右の勾留により拘禁された者は,その限度で身体的行動の自由を制限されるのみならず,前記逃亡又は罪証隠滅の防止の目的のために必要かつ合理的な範囲において,それ以外の行為の自由をも制限されることを免れないのであり,このことは,未決勾留そのものの予定するところでもある。また,監獄は,多数の被拘禁者を外部から隔離して収容する施設であり,右施設内でこれらの者を集団として管理するにあたっては,内部における規律及び秩序を維持し,その正常な状態を保持する必要があるから,この目的のために必要がある場合には,未決勾留によって拘禁された者についても,この面からその者の身体的自由及びその他の行為の自由に一定の制限が加えられることは,やむをえないところというべきである(最高裁昭和52年(オ)第927号同58年6月22日大法廷判決・民集37巻5号793頁参照)。戒具の使用は,留置場における規律及び秩序の維持という合理的目的のために必要な範
囲でされるものであるから,憲法18条の奴隷的拘束,同36条の拷問,自由権規約7条の拷問又は残虐な,非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い若しくは刑罰及び拷問等禁止条約1条1項の拷問のいずれにも該当しない。平成11年法務省通達は,刑務所及び拘置所での防声具及び鎮静衣の使用を認めていないが,鎮静衣については,その後の法律にも規定されている(刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律78条の拘束衣が鎮静衣に相当する。)。また,防声具について,刑務所及び拘置所で使用しないこととされているのは,防声具を使用しなくとも,隔離する施設があることなど代替措置をとることが可能であることによる。(ウ)したがって,被疑者留置規則の改正による防声具及び鎮静衣の廃止をせず,留置場内でのこれらの使用を禁止する旨の通達等を発しなかったことをもって,国家公安委員会に職務上の法的義務違反があったということはできない。
(2)争点(2)について

原告ら
(ア)警察庁長官は,全国の警察署及び警察官を指揮監督する立場(警察法16条2項)から,戒具訓令において戒具の制式,使用手続等を定めている。また,警察教養規則5条においては,警察庁長官は,計画的に警察教養を実施しなければならない旨定められている。警察庁長官が,警察の業務に関して,何らかの基準を策定した場合には,その基準は実際上,全国の各警察署や個々の警察官をも拘束する。
したがって,警察庁長官には,戒具の危険性及び使用方法について,その実際の使用状況等を調査した上で,全国の警察署及び警察官に対し,適切な教育・教養を実施する義務があるというべきである。それにもかかわらず,警察庁長官は上記義務を怠った。

(イ)仮に,警察庁長官は,現場の警察官に対して直接の教育・教養実施義務を負うものではないとしても,戒具の使用状況等を調査した上で,その使用に関し,(Ⅰ)全国的に一定水準以上の教育・教養についての基準を策定すること,(Ⅱ)戒具を使用するためないし留置担当者として勤務するための資格等を設定すること及び(Ⅲ)都道府県警察において現実に教育・教養が行われているか監督を行うなどして,戒具の適正使用が現実に遵守されるための制度整備や,教育・教養の監督を行うこと,との義務を負うというべきである。それにもかかわらず,警察庁長官は,次のとおり,上記義務を怠った。

(Ⅰ)について,被告国が,警察庁長官により全国的に一定水準以上の教育・教養についての基準が策定されていることの根拠として挙げる以下の通達等は,いずれも到底十分なものとはいえない。
まず,戒具訓令は,戒具の制式及び使用手続に関する訓令にすぎず,何ら教育・教養についての基準を策定しているものではない。たとえ,戒具訓令において,厳格な制式・使用方法が定められていたとしても,それが厳守されるための制度整備がされていなければ,被使用者の生命・身体に対する危険を防止することはできない。
次に,戒具の整備等についてと題する通達(平成7年2月10
日付け丁総発第31号警察庁総務課長通達)は,戒具の整備の徹底・確認を主たる趣旨とする通達であり,戒具の使用に関する教育・教養については,抽象的に教育訓練の徹底が記載されているにすぎない。さらに,看守任用教養基準の制定についてと題する通達(昭和
56年3月13日付け丁総発第58号,丁教発第56号警察庁総務課長,同教養課長通達)は,都道府県警察に対して看守任用教養基準と同基準の運用上の留意点を示したものであるが,看守任用者に,戒具の使用方法に関する教養を受けることを義務付けておらず,教養
対象者の定めが不適切である上,戒具の使用に関する教養は,講義も省略されわずか2時間の実習のみとされており,教養期間及び内容が不十分であって,一定水準以上の教育・教養についての基準が定められているものということはできない。

(Ⅱ)について,警察庁長官は,戒具と同様に被使用者の生命・身体に対して危険を及ぼすおそれのあるけん銃,特殊銃等の使用の場合と異なり,戒具の使用に関して資格の設定や相当の訓練の実施をしておらず,戒具について何らの知識もない者が戒具を使用することを認める結果になっている。


(Ⅲ)について,被告国は,警察庁は,警察庁の行う監察に関する訓令(昭和33年7月14日付け警察庁訓令第14号)に基づき,都道府県警察に対して,毎年度計画を立てて監察を行い,留置場巡回視察要綱の制定についてと題する通達(昭和59年6月1日付け丙総発第47号警察庁官房長通達)に基づき,毎年巡回視察を行っていたと主張するが,教育・教養の監督については,単に監察等を実施するのみならず,その監察等の結果,都道府県警察における教育・教養の状況を把握し,必要な指導,助言等を行うことが必要不可欠であるというべきである。被告国は,このような教育・教養に対する監督が実施されていたことについて必要な立証をしていない。


戒具の適正使用を確保するための教養を実施する義務を果たす上で,その実際の使用状況等を調査することが必要であるが,警察庁長官はこれを怠った。

(ウ)以上のとおり,警察庁長官は,戒具の使用等に係る教育・教養義務に違反しており,同違反には国家賠償法上の違法があるというべきである。イ
被告国
(ア)警察庁の所掌事務は,警察法17条において,

警察庁は,国家公安委員会の管理の下に,第5条第2項各号に掲げる事務をつかさどり,及び同条第3項の事務について国家公安委員会を補佐する。

と定められているとおりであって,警察庁長官は,国家公安委員会の管理に服し,警察庁の庁務を統括し,所部の職員を任免し,及びその服務についてこれを統督し,並びに警察庁の所掌事務について,都道府県警察を指揮監督する(同法16条2項)ものである。したがって,警察庁長官は,都道府県警察に属する個々の警察官や各警察署(の長)を直接に指揮監督する権限を有しない。
また,戒具については,国家公安委員会が,その制式及び使用手続については警察庁長官に委ねているので(被疑者留置規則20条の2第2項),これを受けて警察庁長官は,戒具訓令,戒具通達等を定め,これらに基づき都道府県警察の長を指導し,各警察本部の長は,これらの訓令,通達に従うことになるのである。つまり,戒具訓令及び戒具通達は,都道府県警察等の長を指導するためのものであって,都道府県警察に属する個々の警察官や各警察署に対するものではない。
よって,警察庁長官は,戒具の危険性及び使用方法について,全国の個々の警察官や各警察署に対し,適切な教育・教養を実施する義務を負うものではない。
(イ)原告らは,警察庁長官は,戒具の使用に関し,(Ⅰ)全国的に一定水準以上の教育・教養についての基準を策定すること,(Ⅱ)資格等を設定すること及び(Ⅲ)都道府県警察における教育・教養の監督を行うこと,との義務を負っているにもかかわらず,上記義務を怠った旨主張する。しかし,警察庁長官は,以下のとおり,戒具の使用等について,都道府県警察に対し,一般的基準を定め,適切な教育・教養を実施するよう指導・監督している。
まず,警察庁長官は,戒具使用の一般的留意事項が規定された戒具訓
令を定めており,その細則・解釈指針に当たるものとして発出された戒具通達には,戒具使用の個別的留意事項等が挙げられている。また,戒具使用の要件,手続,方法等について,日ごろから留置担当官に教養訓練を徹底するよう,戒具の整備についてという通達が発出されている。さらに,看守任用者に対する教養の基準について,看守任用教養基準の制定についてという通達が発出され,同通達は,看守任用教養基準(効果的かつ全国的に斉一な看守任用教養を実施するとともに,都道府県警察学校における看守任用専科の適正な管理運営を期すための基準)の内容及び制定の趣旨,同基準の運用上の留意事項(教養対象者,教養期間及び教養内容),実施計画の報告等について定めを置いている。また,都道府県警察に対する監督について,警察庁は,警察庁の行う監察に関する訓令と留置場巡回視察要綱の制定についてという通達に基づき,都道府県警察に対して,毎年度計画を立てて監察と巡回視察を行っており,その過程で改善すべき事項を認知した場合には,その都度,都道府県警察に対し書面又は口頭で改善を求めている。
(ウ)以上によれば,警察庁長官に,原告ら主張の義務違反はなく,国家賠償法上の違法は存しない。
(3)争点(3)について

原告ら
(ア)注意義務の存在及び内容
自由権規約についての規約委員会による一般的意見20(44)10及び拷問等禁止条約10条1項に照らせば,拘禁施設の管理者は,その職員に対し,適切な訓練や教育・教養を実施する義務があり,その対象には戒具の使用方法等も含まれるというべきである。また,最高裁昭和47年5月25日第一小法廷判決・民集26巻4号780頁は,拘禁施設の管理者が被拘禁者の生命・身体の安全を確保する義務を負うことを
明らかにしており,同義務には,同施設の拘禁担当者に対し,必要かつ十分な教育をする義務も含まれると解される。そして,戒具の使用が被使用者の生命・身体に対する重大な危険を伴うものであることにかんがみれば,拘禁施設の管理者等は,(Ⅰ)上記教育義務の一環として,拘禁担当者に対し,戒具の使用方法,危険性等について,教育,教養を行う義務,(Ⅱ)戒具の使用方法,危険性等の教育のためのカリキュラムの整備,資格制度の整備をするなどの制度設計をする義務,(Ⅲ)戒具の使用につき教育・教養を受けていない者を宿直員として配置しない義務を負うというべきである。
(イ)教育・教養義務の主体
和歌山県警察本部の部設置に関する条例(1条,2条18号),和歌山県警察本部組織規則(1条,6条6号,51条)及び和歌山県留置規程(11条1項ないし5項)によれば,被告和歌山県において前記(Ⅰ)の教育・教養義務を負うべき主体は,和歌山県警本部の留置管理官並びに各警察署の署長及び留置主任官である。また,警察教養規則5条3項は,都道府県警察本部長は教養内容に応じて,学識経験者その他適当と認められる者による教養を行うことに留意しなければならないとし,同規則6条2項は,都道府県警察の職員に対する警察教養に関し必要な事項は,都道府県公安委員会規則で定めると規定するので,被告和歌山県において前記(Ⅱ)の義務を負うのは,和歌山県公安委員会委員及び和歌山県警察本部長である。さらに,和歌山県留置規程8条2号,10号からすれば,前記(Ⅲ)の義務を負うのは,各警察署の留置主任官である。
(ウ)教育・教養義務等違反及び因果関係の存在

被告和歌山県では,戒具の使用方法・危険性について,留置担当官に対する計画的な教養が実施されておらず,教養規程についても,本
件戒具使用後の平成16年7月27日になって初めて和歌山県警察教養規則(公安委員会規則第6号)が制定された。また,平成16年4月20日当日の和歌山東署の留置担当官であったJ及びIは,いずれも,本件戒具使用に先立って,戒具の使用に関する訓練,教育等を受けたことは一切なく,その実物を見たことさえなかった。以上のとおり,(Ⅰ)ないし(Ⅲ)の義務違反は明らかである。

その結果,Jらは,戒具使用の不適格者であるDに対し,防声具を二重に装着した上で,鎮静衣をも同時に使用し,さらに,Dの身体に布団をかぶせて,呼吸の状態等動静の監視を十分に行わず,Dが失禁した後も漫然と戒具の装着を継続するという違法性の高い態様で本件戒具を使用し,Dを死に至らしめたのである。


以上によれば,和歌山県警本部の留置管理官並びに和歌山東署の署長及び留置主任官並びに和歌山県公安委員会委員及び和歌山県警察本部長の義務違反により,Dが死亡したというべきである。


被告和歌山県
(ア)注意義務の内容
拘禁施設の管理者が,拘禁担当者に対し,戒具の使用方法・危険性等について,教育・教養を実施する義務を負うことは認める。
(イ)教育・教養義務の主体
被告和歌山県において,各警察署の留置主任官が戒具の使用についての教育・教養義務を負い,和歌山県警本部留置管理官及び各警察署の署長が同使用についての一般的な教育・教養義務を負うことは認める。(ウ)教育・教養義務違反及び因果関係の存在に対して

被告和歌山県では,和歌山県警察教養規則制定前においても,昭和34年5月19日和歌山県警察教養規程を定め,同規程を受けた和歌山県警察教養細則も制定しており,これらに基づき計画的な警察教養
が実施されていた。留置関係業務に係る教養は,和歌山県警本部留置管理係が,毎年教養計画を策定した上でこれを実施しており,平成16年における実施状況は,別紙平成16年警察本部留置管理関係教養実施状況のとおりである。b
和歌山県警本部留置管理官は,和歌山東署に対しても警察署巡回教養を行って,戒具使用の教養を実施しており,前記教育・教養義務に違反していない。


和歌山東署の署長及び留置主任官が,本件戒具使用に先立って,J及びIに対して戒具使用教養を実施していなかったことは認める。和歌山東署においては,毎年計画的に,留置関係業務に係る教養が実施されているが(平成16年における実施状況は,別紙平成16年和歌山東警察署留置管理関係教養実施状況のとおりである。),J及びIは,本件戒具使用に先立って,戒具の使用方法に関する教養を受けたことはなかった。しかし,このことがDの死亡の直接の原因となったわけではない。すなわち,Dは,本件戒具の使用方法の不適正によるのではなく,その身体に布団をかぶせられたために,Jらが体位の移動,身体状態の異常な変化等に気付かなかったことにより,死亡するに至ったのである。戒具の被使用者に対して布団をかけてはいけないというような事項は,使用者の常識により判断されるべきことであって,J及びIに対し戒具使用について教養を実施したとしても,その教育内容とはなっていなかったものと考えられる。したがって,和歌山東署の署長及び留置主任官が,J及びIに対して戒具使用に関する教養を実施していたとしても,本件戒具使用によるDの死亡という結果は回避できなかったというべきであるから,Dの死亡と,同署長及び留置主任官によるJ及びIに対する戒具使用教養の未実施との間には,相当因果関係は認められない。

(4)争点(4)について

原告ら
被疑者留置規則,戒具訓令,昭和46年戒具通達及び和歌山県留置規程は,戒具の使用に当たり,警察署長の指揮を受けなければならない旨定めている。
本件刑事確定記録中のHの供述調書(甲1の18・64)によれば,本件においては,Hが,本件戒具の使用に当たり,和歌山東署副署長に電話をし,同副署長から戒具使用の許可を受け,その際,同副署長は,自分から和歌山東署署長に連絡をしておく旨述べたとのことである。
上記Hの供述には何の裏付けもなく,本件戒具が和歌山東署の署長及び副署長の指揮の下に使用されたことが真実であるかどうかは疑わしいが,真実であるとすると,同署長及び副署長は,留置担当官であるHから戒具使用の申入れがあった以上,具体的な事情を詳細に聴取した上で,戒具の危険性に照らして,その使用が真に必要な場合かどうかを考慮し,使用を許可するか否かを慎重に判断する義務を負うというべきところ,後記(6)ア(イ)d(b)のとおり,Dは戒具使用の不適格者であったのであるから,同署長及び副署長は,Hからの上記申入れに対し,これを不許可とする義務を負っていたというべきである。
それにもかかわらず,和歌山東署署長及び副署長は,Dの状況について具体的に聴取することなく,安易に戒具の使用を許可したのであるから,上記の戒具使用不許可義務を怠ったというべきである。


被告和歌山県
和歌山東署の署長及び副署長が,留置担当官から戒具使用の申入れがあった場合,具体的な事情を詳細に聴取した上で,戒具の危険性に照らして,その使用が真に必要な場合かどうかを考慮し,使用を許可するか否かを慎重に判断する義務を負うことは認める。

しかし,和歌山東署の署長及び副署長による本件戒具の使用許可自体は妥当なものであって,同人らに上記義務違反はない。
(5)争点(5)について

原告ら
(ア)Lについて
Lは,本件戒具使用当時,留置主任官代理として,留置担当官らに対し,被留置者の生命・身体に対する十分な配慮の下,法令を遵守して留置業務を遂行するよう指導・監督する義務を負っていた。
それにもかかわらず,Lは,Jらにより戒具を装着されたDの状態を直接確認することなく,Jらに対して,後記(6)アのとおりの違法な戒具使用の中止を指示せず,漫然とこれを放置したのであるから,上記の指導監督義務を怠ったというべきである。
(イ)Hについて
平成16年4月20日夜の当直責任者であるHは,留置主任官の職務を代行して留置担当官らを指揮監督する立場にあり,戒具が使用される事態が生じた場合には,留置担当官らに対し,戒具を適切に使用するよう指導・監督する義務を負っていた。
それにもかかわらず,Hは,Jらによる後記(6)アのとおりの違法な戒具使用を承認し,漫然とこれを放置したのであるから,上記の指導監督義務を怠ったというべきである。


被告和歌山県
(ア)Lについて
Lは,本件戒具使用当時,留置主任官代理の立場にあったが,留置主任官代理は,留置主任官の職務のうち,和歌山県留置規程5条の2第2項において除外されたもの(特別要注意者及び準特別要注意者の指定,戒具の使用指揮等)を除く職務を行う者であり,その職務は多岐にわた
るのであるから,常に現場において,留置担当官を監督する義務を負うものではない。
Lは,平成16年4月20日午後11時30分ころ,和歌山東署に登庁しているが,和歌山県留置規程は,夜間,日曜日,休日等(執務時間外)においては,当直責任者が留置主任官の職務を代行する旨定めており(和歌山県留置規程7条1項),平成16年4月20日の勤務を終えて帰宅したLには,職務を行う義務はない。それにもかかわらず,Lが同日当庁したのは,同日午後9時50分ころ,Hから,Dに対して戒具を使用したとの電話連絡を受け,その後,電話で,Jに対して戒具使用に関する注意事項を指示したものの,和歌山県警本部への報告や戒具使用に当たり留意すべき規定等がないか確認をするためであった。したがって,職務命令を受けて当庁したのではないLには,本件戒具使用の状況を確認する等の義務はない。
また,上記のとおり,Lは,Jに対し,戒具の使用に関する注意事項を指示しており,JらがDに対して防声具を二重に使用し,その身体に布団をかぶせたこと等は,全く予想していなかった。
したがって,Lは,留置主任官の職務を代行して留置担当官らを指揮監督する義務に違反していない。
(イ)Hについて
Hが,平成16年4月20日夜の当直責任者であって,留置担当官らを指揮監督する立場にあり,戒具が使用される事態が生じた場合には,留置担当官らに対し,戒具を適切に使用するよう指導・監督する義務を負っていたことは認める。
しかし,Hは,Jから戒具使用の伺いを受け,留置場でDの状況を確認した上で,和歌山東署副署長に戒具使用の伺いを立てた。また,Hは,本件戒具が使用されてからは,Jらに対し,Dの監視を徹底するよう指
示した。したがって,Hは,上記の指導監督義務を怠っていない。(6)争点(6)について

原告ら
(ア)Jらの行為の具体的態様

客観的態様
(a)Jらは,平成16年4月20日午後9時30分ころ,Dの両手を本件ベルト手錠で縛り,本件鎮静衣を着せ,さらに本件防声具をDの口に二重に装着した上で,Dの頭から身体にかけて布団をかぶせた。
Jらによる上記行為により,Dは,全く身動きがとれなくなり,
苦痛を訴えることもできない状態となった。さらに,布団を全身にかぶせられたために,外部からDの顔付近や体勢を確認することもできない状態となった。
(b)Lは,同日午後10時30分ころ,Jに電話で,鎮静衣と防声具を同時に使用することは禁じられている旨伝え,Jは,Iにもこのことを伝えたが,J及びIは,どの戒具が鎮静衣又は防声具なのかわからなかったため,この時点では,Dから本件鎮静衣及び本件防声具をいずれも外すことはしなかった。
(c)Dは,前記(a)のとおりの状態であったため,同日午後10時40分ころ,失禁した。その後始末をする際,Jらは,Dから本件鎮静衣を脱がしたが,服を着替えさせることも,布団やシーツを交換することもなかった。また,Jらは,その後は,本件鎮静衣を使用する代わりに,本件ベルトをDの脛あたりで両足が固定されるように装着させ,再び頭から身体にかけて布団をかぶせておいた。これにより,Dが身動きをとることも苦痛を訴えることもできず,また,外部からDの顔付近やDの体勢を確認することもできない状態が維
持された。
(d)Dに本件戒具を装着する際,Dが留置されていた本件6号室の同房者(以下本件同房者という。)は,一時的に本件6号室から
出されることになったが,本件同房者が,J及びIに対し,戒具を使用するところを見たいから本件6号室の斜め前にある8号室(以下8号室という。)に入れてほしいとの希望を述べたところ,
J及びIは,漫然とこれに従い,本件同房者を8号室に収容した。そして,本件戒具の装着後,本件同房者は,再び本件6号室に戻された。Jらは,本件同房者に対し,Dの様子を見て変化が有れば教えるよう依頼した。
(e)その後,Dに対する本件戒具の使用は,同月21日午前0時50分ころまで継続され,Dは,同使用に起因する遷延性の窒息により死亡した。

主観的態様(故意又は重過失)
Jらは,前記aの行為の際,(Ⅰ)Dに対して不法な有形力を行使すること,(Ⅱ)同行為によりDは身体を拘束され,呼吸困難に陥る可能性があることを認識していたのであるから,同行為は,故意の不法行為というべきである。仮に,Jらの前記aの行為が故意の不法行為に当たらないとしても,Jらは,わずかな注意を払いさえすれば,Dの死亡という結果発生を回避できたのであるから,Jらには重過失があったというべきである。

(イ)Jらの行為の違法性
Jらの前記(ア)の行為は,以下に述べるとおり,極めて違法性の高い行為である。

自由権規約7条違反
前記のとおり,Jらの前記(ア)の行為により,Dは,留置場という
閉鎖された空間の中で,他の被留置者も見つめる中,身体を束縛され,失禁し,窒息死してしまったのである。上記行為は,まさに拷問
であり,また,非人道的でDの品位を大きく傷つける行為であるといえる。
したがって,上記行為は,自由権規約7条が禁止する拷問又は残虐な,非人道的な若しくは品位を傷つける取扱いに該当し,違法であるというべきである。

拷問等禁止条約違反
拷問等禁止条約において禁止される拷問行為とは,(Ⅰ)重い苦痛を故意に与えること,(Ⅱ)一定の目的や動機が存在すること,(Ⅲ)公務員その他の公的資格で行動する者が関与していることの3要件を満たすものとされる。
Jらの前記(ア)の行為は,公務員であるJらが,Dが大声を上げるのをやめさせるという目的の下,故意に,Dに多大な身体的・精神的苦痛を与えるものというべきである。
したがって,上記行為は,拷問等禁止条約において禁止される拷問行為に該当し,違法であるというべきである。


憲法18条違反
Jらの前記(ア)の行為は,Dの人格を全く無視したものであり,もはや自由な人格者であることと両立しない程度の身体の自由の拘束といえるから,憲法18条の禁止する奴隷的拘束に当たる。
仮に,上記行為が,奴隷的拘束に当たらないとしても,Dが苦
痛を訴えたり,呼吸,排便等を行うことを阻害するものであるから,少なくとも,同条の禁止する意に反する苦役に当たるというべき
である。


戒具使用自体の違法性

(a)被疑者留置規則20条及び戒具訓令3条1項によれば,鎮静衣を使用することができるのは,留置人について,暴行又は自殺のおそれがある場合に限られる。
本件において,Dは,大声を上げることはあっても,暴れたりす
ることはなく,他の被留置者や留置担当官に暴行を加えるおそれは全くなかった。また,Dに,自傷行為のおそれはあっても,自殺にまで至るおそれはなかった。したがって,Jらの前記(ア)の行為は,Dに対して鎮静衣を使用したこと自体が上記の規定に反し違法というべきである。
(b)Dは,(Ⅰ)チョウキンイチキンゼロ等の意味不明な
奇声を発する,(Ⅱ)検察庁に押送される途中,警察車両内で,自分のズボンにたんつばを吐き,それを食べる,(Ⅲ)取調中に,机等にけがをするまで自分の手をたたき付ける,(Ⅳ)本件戒具を装着される際,大きな抵抗をせず,大声で意味不明な言葉を叫び続けるなどといった異常な行動を,本件逮捕当初から繰り返しており,何らかの精神疾患が疑われる状態にあった。
戒具の使用は,被使用者の身動きを完全に止めてしまうものであ
り,被使用者の生命・身体に極めて大きな危険を及ぼす。特に,防声具は,被使用者の呼吸を困難にするおそれがあり,その使用には,特に注意を要するものといえる。そして,精神疾患のない者であれば,呼吸が困難になった際に,その旨を他人に知らせることが可能であるが,精神疾患のある者は,必ずしも呼吸が困難であることを他人に伝えることができるとは限らない。また,精神疾患のある者は,特にそれが拘禁反応等によるものであった場合,戒具を使用し,身体を拘束することによって,さらにその疾患が重篤なものになるおそれがある。

したがって,上記のとおり精神疾患が疑われる状態にあったDは,戒具使用の不適格者であって,いかなる理由であれ,Dに戒具を使用すること自体が許されるべきものではない。
(c)以上によれば,前記(ア)のJらの行為は,Dに戒具を使用したこと自体が違法であるというべきである。

戒具の使用方法に係る違法性
(a)戒具使用方法調査義務違反
戒具は,被使用者の生命・身体に極めて大きな危険を及ぼすもの
であるから,その使用に当たっては,使用者は,こうした危険が現実化しないよう,使用方法に係る法令等の定めを厳守しなければならない。そして,これを可能とするため,使用者には,戒具訓令,和歌山県留置規程等の戒具使用に係る定めや戒具使用の解説書を調べるなどして,最も危険性の少ない戒具の使用方法を調査する義務があるというべきである(戒具使用方法調査義務)。
Jら(とりわけ,JとIは平成16年4月1日に留置管理係に着
任したばかりで,戒具を使用した経験も戒具について教養を受けた経験もなかった。)は,いずれも,戒具の使用方法を何ら調査することなく漫然と本件戒具を使用したのであって,Jらの前記(ア)の行為には,戒具使用方法調査義務違反の違法があるというべきである。
(b)使用方法等の誤り
Jらの前記(ア)の行為は,(Ⅰ)鎮静衣とベルト手錠及び防声具を併用する,(Ⅱ)Dの鼻孔,頚動脈及び頚静脈を圧迫するような態様で防声具を装着する,(Ⅲ)防声具を二重に装着する,(Ⅳ)ベルト手錠を裏表逆に装着する,(Ⅴ)法令に定めのないベルトを戒具として使用する,(Ⅵ)戒具を装着され身動きのとれない敏郎の上に布団を
かぶせて頭まで覆う,(Ⅶ)戒具を使用されたDを単独で留置することなく,本件同房者と同室に留置するというものであって,戒具訓令,戒具通達及び和歌山県留置規程における戒具の使用方法に係る定めに反し,違法である。

戒具の使用継続に係る違法性
(a)監視義務違反
留置担当官は,被留置者の生命・身体の安全を確保する義務を負
う。そして,戒具が被使用者の生命・身体に極めて大きな危険を及ぼすものであることに照らせば,留置担当官は,被留置者に戒具を継続して使用する場合,その生命・身体の安全に特段の配慮をすることが要請され,被使用者の動静を監視する義務を負うというべきである。それゆえ,戒具訓令,戒具通達及び和歌山県留置規程は,戒具の使用について,対面監視等により被使用者の動静を綿密に視察することを留意事項として定めているのである。
それにもかかわらず,Jらは,Dに布団をかぶせ,その身体の向
きや戒具の位置等を確認することができない状態を作出し,Dの動静を監視していなかったのであるから,上記監視義務を怠ったというべきである。
(b)用便の制限
Dは,本件戒具使用により身動きをとることができない状態とな
り,さらに,精神疾患又は何らかの原因により尿意を訴えることができなかったため,失禁した。戒具通達及び和歌山県留置規程は,戒具の被使用者の用便を制限してはならない旨定めているから,前記(ア)のJらの行為は,これらに違反し,違法であるというべきである。
(c)違法使用の継続

前記のとおり,Jらが戒具使用の不適格者であるDに対して違法
な態様で戒具を使用したため,Dは,尿意を訴えることなく失禁するなど,肉体的・精神的に極限の状態にあり,戒具の使用に耐えられないことは明白となっていた。それにもかかわらず,Jらは,違法な戒具使用を継続したのであるから,Dを1人の人間として扱っていなかったものというべきであり,その行為の違法性は極めて大きい。

プライバシーの侵害
前記(ア)のとおり,Jらは,Dに対して本件戒具を装着する際,本件同房者から戒具を使用するところを見たいと言われ,同人を本件6号室から斜め向いの8号室に一時的に移し,その後,同人を本件6号室に戻しているが,戒具を使用するときに同房に他の被留置者を入れること自体,和歌山県留置規程55条4号に違反する。また,戒具により拘束されているところを第三者に見られることは屈辱的なことであるから,留置担当者は被使用者のプライバシーに配慮し,その様子を無関係な第三者から見えないように配慮すべき義務を負っているというべきである。Jらが,本件同房者の興味本位の申出に応じて,8号室に移して戒具を装着する様子を見せたほか,本件同房者にDの動静を監視するよう依頼したことは,上記義務に違反する違法な行為である。


被告国
原告の主張に係るJらの行為の具体的態様及び違法性については,不知又は争う。


被告和歌山県
(ア)Jらの行為の具体的態様について

客観的態様についてはおおむね認める。

ただし,Jらは,Dに布団をかける際には,Dが呼吸できるように,顔と布団の間にすき間を作っておき,さらに,Dの状態が監視できるよう,頭頂部が外から見えるようにしておいた。

主観的態様について
故意とは,結果発生の認識・認容を意味する。Jらは,本件における不法行為の結果であるDの死を認識・認容しつつ,本件戒具使
用に及んだわけではないから,Jらの不法行為は故意のものではない。
(イ)Jらの行為の違法性
本件戒具使用に係るJらの行為に,国家賠償法上の違法があったこと自体は争わない。ただし,以下に述べるとおり,上記行為の違法性の内容に係る原告らの主張の一部については争う。

自由権規約7条違反について
争う。


拷問等禁止条約違反について
争う。拷問等禁止条約の拷問につき,同条約1条は,その目的
を本人若しくは第三者から情報若しくは自白を得ること,本人若しくは第三者が行ったか若しくはその疑いがある行為について本人を罰すること,本人若しくは第三者を脅迫し若しくは強要することと規定している。Jらが本件戒具を使用したのは,Dの大声の発生継続を防止するためであり,上記の目的がないから,拷問には当たらな
い。


憲法18条違反について
争う。


戒具使用自体の違法性
(a)本件戒具使用時,Dには暴行及び自殺のおそれが認められたのであるから,Dに鎮静衣を使用したこと自体に違法はない。

(b)Dが,平成16年4月19日午前1時ころに和歌山北署に移送されて以降,何らかの精神疾患が疑われる状態にあったことは認める。しかし,被留置者が戒具の使用に耐えうるかどうかは,呼吸器系統の疾患の有無などといった身体の健康状態から判断するものであって,当該被留置者に精神疾患の疑いがあるからといって,その者に対する戒具の使用の許否を決定する際,当然に医師の診断を受けさせる必要があるわけではない。本件戒具使用時には,Dに呼吸器系統の疾患はなく,戒具の使用に耐えうるかどうかにつき医師の診断を要するほどの身体的疾患を示す徴候はなかった。
したがって,Dは,戒具使用の不適格者ではなかったというべき
である。
(c)以上によれば,JらがDに戒具を使用したこと自体に違法はない。e
戒具の使用方法に係る違法性について
(a)戒具使用方法調査義務違反について
認める。
(b)使用方法等の誤りについて
Jらが,本件戒具使用において,戒具の使用方法等を誤ったこと
自体は認める。ただし,原告らの主張に係る使用方法等の誤りのうち,Dの鼻孔,頚動脈及び頚部静脈を圧迫するような態様で防声具を装着したとの点については否認する。


戒具の使用継続に係る違法性について
(a)監視義務違反について
J及びIは,本件戒具の装着後,本件6号室前の通路から,交代
でDに対する対面監視を行っていた。ただし,JがDの身体に布団をかぶせてしまったために,上記監視が不十分であったことは認める。

(b)用便の制限について
Jらは,Dから用便の申出があれば,当然許していたのであって,ことさらに用便を制限したわけではない。
(c)違法使用の継続について
Dは,本件戒具の装着後も,仰向けのまま身体を回転させ,大声
を上げ続けていたが,その内容は助けを求める趣旨のものではなく,Jらは,Dが肉体的・精神的に極限の状態にあると判断することができなかったために本件戒具使用を継続したのであって,その行為の違法性が極めて大きいとはいえない。

プライバシーの侵害について
留置場内は身体の自由を拘束する場所であり,一定の制約の下にあることから,戒具の装着の様子が被留置者から垣間見ることができたとしても受忍限度を超えるものではない。本件同房者を一時的に8号室に移したのは,同人が本件6号室にいては戒具が装着できなかったからであり,8号室にはもともと他の被留置者がいたのであるから,本件同房者を8号室に移したからといって,Dのプライバシーを侵害したことにならない。

(7)争点(7)について

原告ら(ただし,後記(ア)は,Cを除く原告らの主張である。)(ア)Dの損害

葬儀費用


150万円

逸失利益

4835万4504円

Dは,死亡時(当時52歳),腰のヘルニアの治療のため配管業の仕事を休職していたものの,平成16年5月には手術を受けることを予定しており,治癒後は,従前どおり配管業に従事して稼働する予定であった。

したがって,Dの死亡による逸失利益は,基礎年収665万4900円(平成15年賃金センサス産業計・企業規模計・男性労働者・学歴計・50歳∼54歳の平均年収額),生活費控除率30%,就労可能期間15年のライプニッツ係数10.380を前提に算出するのが妥当であって,その結果は,次のとおり,4835万4504円である。
(計算式)

6,654,900×(1-0.3)×10.380=48,354,504
死亡慰謝料

2800万円

本件における前記各公務員等による義務違反行為は,様々な職務上の義務に違反して人を死に至らしめるという極めて違法性の強いものであり,また,Jらの前記(6)ア(ア)の行為は,故意の不法行為でもある。したがって,過失による交通死亡事故等の事案と比べ,Dが受けた精神的苦痛ははるかに大きいものであるというべきであって,これを慰謝するには,少なくとも2800万円の支払をもってするのが相当である。

プライバシー侵害による慰謝料

200万円

(6)ア(イ)gのとおり,JらはDのプライバシーを侵害したので,これによりDが受けた精神的苦痛を慰謝するには,少なくとも200万円の支払をもってするのが相当である。

以上の合計金額は,7985万4504円であるところ,A及びBの相続分はそれぞれ2分の1ずつであるから,A及び同Bは,相続によりそれぞれ3992万7252円ずつの損害賠償請求権を取得した。
(イ)遺族固有の慰謝料

各原告500万円

本件は,留置場内において,警察官が,被留置者に対し,故意に防声具を二重に装着し,これにより同人を窒息死させたという前代未聞の事件であり,社会的注目を受けたため,遺族である原告らは,マスコミ等
の対応に負われるなど特別な精神的苦痛を受けた。また,原告らは,信頼していた警察に裏切られたのであり,その憤りや無念さは,察するに余りあるものである。
他方,H,I及びJは,本件について,業務上過失致死罪による罰金50万円という軽微な処分を受けたに過ぎない。また,直接の関与者であるJら及びHは,遺族である原告らに対して,何ら謝罪をしていない。したがって,原告らの遺族感情はまったく慰謝されていないというべきである。
以上のとおり,原告らは,それぞれ多大な精神的苦痛を被っており,これを慰謝するには,各原告に対し,少なくともそれぞれ500万円の支払をもってするのが相当である。
(ウ)弁護士費用
被告らの違法な公権力の行使と相当因果関係のある弁護士費用は,A及び同Bにつき各700万円,Cにつき100万円を下らない。
(エ)以上によれば,被告らが連帯して各原告に支払うべき損害金の額は,次のとおりである。

5192万7252円

bB
5192万7252円

cイAC
600万円

被告国
争う。


被告和歌山県
(ア)Dの損害について

葬儀費用について
不知。


逸失利益について

争う。
Dは,相当以前からヘルニア等による腰痛のため就労することができない状態にあり,平成16年2月に生活保護を申請し,同年4月21日に死亡するまで,保護を受けていた。Dの年齢や以前に一度手術をしていることを考えれば,再手術を受けたとしてもDが就労可能な状態にまで回復するとは考えがたく,Dは,死亡時において,将来所得を得るだけの身体能力・労働能力を保有していなかったというべきである。加えて,Dは,本件当時,何らかの精神疾患を発症していた可能性があり,この点からも,就労により所得を得ることが困難な状態にあったといえる。
また,Dは,現住建造物等放火未遂罪により現行犯人として逮捕・勾留されていたが,Dには昭和60年に強盗等で懲役5年に処せられた前科があったため,上記放火未遂罪で実刑に処せられていた可能性も否定できず,そうなった場合,収容中は就労による所得を得ることは不可能である。

死亡慰謝料について
金額については争う。2000万円が相当である。
Jらの不法行為が故意のものでないことは,(6)ウ(ア)bで述べたとおりである。


プライバシー侵害
争う。仮に,プライバシー侵害があったとしても,慰謝料を生ずるほどの損害は生じていない。

(イ)遺族固有の慰謝料
争う。仮に認める場合,相続人であるA及び同Bにつき各100万円が相当である。
(ウ)弁護士費用

争う。被告和歌山県は,損害賠償義務の存在自体は争っていない。第3
1
当裁判所の判断
被告国の責任について
(1)争点(1)について

原告らは,防声具及び鎮静衣の使用を認める被疑者留置規則20条の2第1項は,憲法及び条約に違反するものであり,これを廃止する等の措置を執らない国家公安委員会の不作為は違法である旨主張する。
(ア)憲法18条及び36条違反について
未決勾留は,刑事訴訟法の規定に基づき,逃走又は罪証隠滅の防止を目的として,被疑者又は被告人の居住を留置施設内に限定するものであるところ,留置施設内においては,多数の被留置者を収容し,これを集団として管理するにあたり,その内部における規律及び秩序を維持し,正常な状態を保持するよう配慮する必要がある。このためには,被留置者の身体の自由を拘束するだけではなく,上記目的に照らし,必要な限度において,被留置者のその他の自由に対し,合理的制限を加えることもやむを得ないところである。そして,この制限が必要かつ合理的なものであるかどうかは,制限の必要性の程度と制限される自由の内容,これに加えられる具体的制限の態様及び程度との衡量のうえに立って決せられるべきものというべきである(最高裁昭和40年(オ)第1425号同45年9月16日大法廷判決・民集24巻10号1410頁,同昭和52年(オ)第927号同58年6月22日大法廷判決・民集37巻5号793頁参照)。
第2の2(1)ウ,カに記載した防声具及び鎮静衣の制式及び実際の構造・形状からすれば,防声具は,被使用者の口及び上下のあごを完全にふさぎ,口部を固定させるというものであり,呼吸が困難になるおそれや頸動脈及び頸静脈をベルト等が圧迫するおそれがあり,その使用により,
被使用者に相当の身体的苦痛・心理的圧迫を与えるものであると解される。また,鎮静衣は,被使用者の身体を寝袋状の本体で包み込み,さらにベルトで拘束するというもので,その使用により,被使用者は,手足を自由に動かすことや起き上がることができなくなるから,やはり相当の身体的苦痛・心理的圧迫を与えるものと解されるのであり,これらの使用方法如何によっては,被使用者の生命・身体に大きな危険を及ぼす可能性があることは否定できない。
しかし,被留置者が制止をきかず大声を発する場合や,被留置者に暴行又は自殺のおそれのある場合に,留置施設内の規律及び秩序の維持のために,必要最小限度の範囲で,被使用者の発声を防ぎ,あるいは身体を拘束することはやむを得ないところというべきであり,防声具及び鎮静衣の有する前記の危険性にかんがみて,被使用者の生命・身体に対する危険を避けるために必要な留意事項が定められ,使用者がこれを遵守することが義務付けられている限りにおいて,これらを使用することは許容されると解するべきである。そして,被疑者留置規則20条の2第2項に基づき制定された戒具訓令及びその運用上の留意点を明らかにした戒具通達は,防声具の使用を被留置者が制止をきかず大声を発する場合のみに限定し,また,鎮静衣の使用を被留置者に暴行又は自殺のおそれのある場合のみに限定した上で,前記第2の2(1)ウ,エに記載したように,使用者は,被使用者が使用に耐えうるか否かを慎重に判断し,必要があると認めるときは被使用者に医師の診断を受けさせなければならない,使用に際しては警察署長等の指揮を受けなければならない,使用時間は3時間以内にとどめ延長する場合も6時間を超えてはならない,鎮静衣と防声具を同時に使用しない等の定めを置いて,使用目的・使用条件を限定した上で,使用中は,被使用者に対面監視等を行いその動静に注意し,被使用者に,防声具の使用により呼吸障害が生じていないか,
鎮静衣の使用により胸部圧迫による呼吸困難が生じていないかを注意するなど,被使用者の生命・身体の安全に対する危険を避けるための留意事項を定めており,使用者に対して,これらの規定に従うことを義務付けているものと解される(国家公務員法98条1項,地方公務員法32条)。
防声具及び鎮静衣の使用は,これらの規定を遵守し,必要最小限度の使用にとどまる限り,留置施設内の規律及び秩序の維持のため必要かつ合理的な範囲内において被使用者の発声及び身体の自由を制限するものであるというべきである。したがって,戒具として防声具及び鎮静衣を定めた被疑者留置規則20条の2第1項が憲法18条又は36条に違反するということはできない。
なお,原告らは,平成11年法務省通達により,刑務所及び拘置所では鎮静衣及び防声具のいずれも使用しないこととされていることと比較して,国家公安委員会が被疑者留置規則20条の2第1項を改廃しないことを非難するが,刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(平成17年法律第50号)78条2項は,被収容者が自身を傷つけるおそれがある場合において,他にこれを防止する手段がないときは,刑事施設の長の命令により,拘束衣を使用することができると規定しているところ,拘束衣は鎮静衣と同様の戒具であるから,刑務所及び拘置所についても鎮静衣に相当する戒具の規定が存在することになるので,原告らの非難は当を得ない。また,刑務所及び拘置所において防声具の使用が認められないのは,これらの施設では,制止をきかず大声を出す被収容者を隔離できる保護室が整備されているからであると解され,留置保護室の整備が十分ではない留置施設において同一に解することはできない。しかし,前述した防声具の危険性にかんがみれば,留置保護室の整備された留置施設では防声具を使用すべきではないし,将来的には,
速やかにすべての留置施設に留置保護室を整備し,防声具の使用を認めないこととすることが望ましいというべきである。
(イ)自由権規約7条及び拷問等禁止条約違反について
(ア)で説示したとおり,防声具及び鎮静衣の使用は,戒具訓令及び戒具通達の各規定を遵守したものである限り,留置施設内の規律及び秩序の維持のため必要かつ合理的な範囲内において被使用者の身体の自由等を制限するものであるというべきであるから,拷問又は残虐な,非人道的な,若しくは品位を傷つける取扱い若しくは刑罰には当たらないというべきである。
したがって,被疑者留置規則20条の2第1項が,自由権規約7条又は拷問等禁止条約に違反するということはできない。

以上によれば,国家公安委員会につき不作為の違法がある旨の原告らの主張は,その前提を欠くものであって,採用することができない。
(2)争点(2)について

警察教養について,警察法は,警察教養に関する事項は国家公安委員会が統轄し(同法5条1項),警察教養に関する事務について警察庁を管理し(同法5条2項15号),警察庁は,国家公安委員会の管理の下に警察教養に関する事務をつかさどる(同法17条)としている。また,警察庁長官は,国家公安委員会の管理に服し,警察庁の庁務を統括し,警察庁の所掌事務について,都道府県警察を指揮監督すると定めている(同法16条2項)。
そして,国家公安委員会が定めた警察教養規則は,警察庁長官は,警察を取り巻く諸情勢の変化を踏まえ,警察教養の重点を示すものとし(5条1項),警察庁長官,警察庁の各付属機関及び地方機関の長,警視総監並びに道府県警察本部長は,警察庁長官により示された警察教養の重点に関する事項について,計画的に警察教養を実施しなければならないとし(同
条2項),同規則に定めるもののほか,警察教養制度に関し必要な事項は,警察庁長官が定めるとし(6条1項),そのほか,都道府県警察の職員に対する警察教養に関し必要な事項は,都道府県公安委員会規則で定めることとしている(同条2項)。
また,警察法36条2項は,都道府県警察は,その管轄区域について同法2条の警察の責務に任ずると規定しており,同法においては,警察職務の執行は,基本的には都道府県警察の権限に属するとされている。これらの規定によれば,警察教養は,基本的には都道府県警察の行うべき警察職務であるが,全国的に均質な警察活動の遂行を実現するためには警察教養の水準の統一的な維持向上が必要であるとの見地から,中央機関である国家公安委員会が,警察庁を通じて,都道府県警察に対し,警察教養について一定の統制を及ぼすべきものというべきである。したがって,警察庁の長である警察庁長官は,都道府県警察に属する個々の警察官又は各警察署に対し,直接,教育・教養を実施する職務上の義務を負うものではないが,警察教養の水準の統一的な維持向上を実現するため,警察教養についての基準を策定し,都道府県警察がこれを実施するよう指揮監督する職務上の義務を負うというべきである。

警察庁長官による基準の策定と都道府県警察に対する指揮監督
(ア)証拠(甲1の90,丙1ないし4)によれば,警察庁長官ないし警察庁は次の基準を定めていることが認められ,この認定に反する証拠はない。

戒具訓令及び戒具通達
警察庁長官は,留置場において使用する戒具の制式及び使用手続につき戒具訓令を定め,戒具の使用上の留意事項について戒具通達を定めて,都道府県警察等に対し,戒具の使用目的・使用条件,使用上の留意事項等を示している(その具体的内容は,第2の2(1)ウ及びエで
述べたとおりである。)。

戒具の整備等についてと題する通達(平成7年2月10日付け
丁総発第31号警察庁総務課長通達)
同通達は,都道府県警察に対する留意条項として,留置担当者に対し,日ごろから,戒具使用の要件,手続,方法等について教養訓練を徹底しておくこと等を指示している。


看守任用教養基準の制定についてと題する通達(昭和56年3
月13日付け丁総発第58号,丁教発第56号警察庁総務課長,同教養課長通達)
同通達は,効果的かつ全国的に斉一な看守任用教養を実施するため,新たに看守に任用される予定の者又は任用教養を受けないで看守に任用された者を教養の対象とし,看守として必要な留置人の処遇,勤務要領,事故防止等に関する基礎的な知識,技術の習得を図ることを教養の目的とする看守任用教養基準を定め,都道府県警察に対し,同基準の内容及び制定の趣旨を示し,他の学校教養の課程との調整を図りつつ,可能な限り同基準に従った看守任用教養を実施するよう特段の配慮をすること等を指示するものである。
上記基準においては,留置業務一般,被収容者の処遇,看守(護
送)勤務等が教授要目とされ,教養時間は講義及び実習併せて88時間とそれぞれ定められている。その中には,被疑者留置規則,警察庁通達,都道府県警察の訓令等を含む留置業務関係法令の講義4時間及び戒具の使用基準・使用方法につき実習2時間が含まれている。また,教養内容については,看守任用教養基準の内容に沿って,各府県の特色を加味した指導案を作成するなど効果的な教養に努めることとされている。

(イ)証拠(丙5ないし7)及び弁論の全趣旨によれば,警察庁の都道府県
警察の教育・教養に関する監督について次の事実が認められる。

警察庁は,警察庁の行う監察に関する訓令(昭和33年7月1
4日付け警察庁訓令第14号。最終改正は,平成12年警察庁訓令第4号(平成12年4月1日施行)によるもの)に基づき,毎年度,監察計画を作成した上で都道府県警察に対して監察を行っていた。同訓令によれば,監察の実施状況は,監察責任者から警察庁長官に報告され,同長官は,各報告の内容をとりまとめ,国家公安委員会に報告することとされ,監察責任者は,監査の結果に基づき,業務の改善等必要な事項を監察対象部署の長に指示することとされている。


警察庁は,留置場の適正な管理運営を確保しつつ,留置人に対する処遇の斉一を図るため,留置場巡回視察要綱の制定についてと題
する通達(昭和59年6月1日付け丙総発第47号警察庁官房長通達)に基づいて,毎年度,警察庁及び管区警察局の視察担当官による都道府県警察の留置場の巡回視察を行っていた。視察事項の中には,留置場の管理運営に関する教養の実施状況も含まれている。視察の結果は,視察担当官から警察庁長官官房長に報告することとされていた。

aの訓令に基づき,警察庁が平成15年6月2日及び3日に和歌山県警本部及び和歌山県和歌山西警察署に対して行った監察における実施項目中には,留置管理業務の適正な実施があり,同署における
戒具の使用訓練の実施状況についても監察の対象とされていた。また,警察庁は,上記監察の結果を,和歌山県警察に対する総合・随時監察の実施結果についてと題する文書(丙7)によって和歌山県警本部に通知しており,その中には,監察により判明した改善点の指摘等も含まれていた。


上記認定のとおり,警察庁は,戒具訓令,戒具通達によって,都道府県警察等に対し,戒具の使用目的,使用条件,使用上の留意事項等を示し,
前記イ(ア)bの通達により都道府県警察に対し,留置担当者に対する教養訓練の徹底を指示し,また,イ(ア)cのとおり,新たに看守に任用される者に対しても,戒具の使用基準,使用方法につき教養を実施するよう指示しているのであるから,戒具の使用に関する教養水準の統一的な維持向上を実現するための基準を策定し,都道府県警察がこれを実施するよう指揮していたことが認められる。
また,前記イ(イ)のとおり,警察庁長官ないし警察庁は,毎年度,監察計画を作成し,これに従って都道府県警察に対する監察を実施しており,これらの監察の対象には,都道府県警察における戒具の使用訓練の実施状況も含まれていたのであって,また,警察庁は,視察担当官を派遣し,都道府県警察について留置場の巡回視察を行っており,その視察事項には,留置場の管理運営に関する教養の実施状況も含まれているのであるから,都道府県警察による教養の実施状況につき必要な監督が行われていたものというべきである。
これに対し,原告らは,警察庁長官ないし警察庁が定めた基準は,看守任用の際の戒具に関する教養時間が短いなど内容が十分ではないし,戒具使用について資格の設定もない,都道府県警察の教養の実施状況に関し監督が行われていないし,戒具の使用状況も調査されていないと主張する。しかし,戒具の適正使用を確保するために必要な教養の程度,戒具使用についての資格設定の要否といった事項に対する判断は,警察運営に関する専門的・技術的知識が必要とされるものであって,警察庁の専門的な裁量が認められるものというべきである。そして,前記認定の基準は,戒具使用に関する教養の一般的な基準を定める上で合理性を欠いているとはいえないから,原告らの前記主張は理由がない。また,都道府県警察の教養の実施状況について警察庁長官の監督が行われていることは前記認定のとおりであるし,毎年度,監察や留置場の巡回視察が実施され,巡回視察に
おいては,留置人の処遇の状況,留置場の管理運営の状況等が視察事項とされていることからすれば,警察庁長官は戒具の使用状況についても調査を行っているものと推認される。したがって,原告らの前記主張は理由がない。
以上のとおり,警察庁長官に,戒具の使用方法等の教養に関し,前記アの義務違反があったということはできない。
(3)よって,被告国に,原告らに対する国家賠償法に基づく損害賠償責任があるということはできない。
2
被告和歌山県の責任について(争点(3)ないし(6)について)(1)前記前提事実,証拠(甲1の1・2・4ないし18・20・21・24・27ないし35・37ないし68・70ないし88・92,甲27,乙6,証人J,同I)及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められ,この認定を左右するに足りる証拠はない。

逮捕後のDの言動等
(ア)Dは,平成16年4月18日午後11時10分ころ,居酒屋ののれんに火を付けたとの被疑事実で,現住建造物等放火未遂罪の現行犯人として逮捕された後,和歌山東署に連行された。和歌山東署に向かう捜査用車両の中での事情聴取の際,Dは,放火をした理由は何かとの質問に対して全部燃えたらええんやと答えるなど,問いに対する回答と理解することができる発言をほとんどせず,また,同車両が高速道路を走行していなかったにもかかわらず,ここは高速かなどと述べた。本件逮捕時,Dは,12万4000円の現金,外国人登録証明書,キャッシュカード,携帯電話等を所持していた。
(イ)Dは,和歌山東署において弁解を録取される際,当初は突然大声を出すなど興奮した様子であったが,しばらくすると落ち着き始め,腹が立ったので火を付けたなどと供述した。Dの態度から,Dが飲酒して
いることが疑われたため,飲酒検知が実施されたが,その結果は,Dは飲酒をしていないというものであった。飲酒検知終了後,Dは再び興奮し始め,手を振り上げて殴りかかるような姿勢をしたり,取調官の頭を左腕で抱え込んだりしたため,和歌山東署の警察官数名に取り押さえられて床に組み伏せられたりしたが,その後は,暴れ出すことはなかった。このころ,和歌山東署の留置場の房には空きがなかったため,Dは,同月19日午前1時30分ころ,和歌山北署に押送され,同署に委託留置されることとなった。
Dは,和歌山北署の留置場に入場した後,身体検査等を受けたが,その際,大声で叫ぶなどしていた。その後,Dは,上記留置場の中で唯一防音効果のあるガラス戸が設置された6号室(以下北署の6号室という。)に留置されたが,そこでも大声で叫び続けたり,うめき声を上げたりした。Dの声は留置場内に響き渡っており,他の房の被留置者の中には,眠ることができず,留置担当官に苦情を述べる者もいた。Dの叫び声の内容は,ギャクドロップハニーアンド帰れ等の単語を繰り返すというものであった。また,Dは,時折,北署の6号室の壁や鉄格子を殴る,蹴るなどしていた。
Dは,同日の起床時間(午前7時25分)以降も,時折大声でわめくなどしており,午前10時ころからは,ギャクハイ間違いないアンドたちつてとキュー等の単語を繰り返し大声で叫び,留置担当官に注意されるといったんは叫ぶのをやめるものの,またしばらくすると叫び始めるという状態であった。また,Dは,朝食のパンを北署の6号室内の便器のそばに捨てるなどしていた。
Dは,同日の午前中に和歌山北署において取調べを受けたが,その際,チョウ,チョウ,チョウと叫んだり,天井や壁を見つめて,あの世が見える何も聞こえないと繰り返し小声でしゃべったりしてお
り,取調官の質問に答えることはなかった。加えて,Dは,指の先を机の上の端の部分にたたき付ける,右手首を机の角にたたき付けるといった自損行為をしており,そのため,Dの指先は血がにじんだ状態であった。
Dは,同日の午後にも和歌山北署において取調べを受けたが,その際にも,人を殺した虐殺したといった言葉を繰り返し述べ,取調
官の質問に答える態度を見せなかった。しかし,取調官が,Dに対して,精神病の振りをするのを止めるよう注意したところ,Dは,分かりましたなどと言い,自らの身上・経歴について説明を始めたものの,自己の犯歴に質問が及ぶと再び質問に答えなくなった。そのため,この取調べは同日午後3時ころに中止され,Dは,北署の6号室に戻されたが,このころは,ほとんど大声を出さない状態であった。その後,Dは,夕食の際,正座をし,身体を前につんのめるような姿勢でおかずのみを食べていた。
Dは,同月20日午前零時ころ,再び,従前と同じような単語を繰り返し大声で叫び始め,このときは,留置担当官に注意されても叫ぶのをやめることはなかった。北署の6号室のガラス戸は閉じられていたが,Dの声は,留置場内に響き渡っていた。
(ウ)他の留置者や和歌山北署の警察官の中には,同署での上記のとおりのDの言動から,Dが精神疾患にり患しているのではないかとの疑いを持つ者もいた。

検察官送致,勾留質問等におけるDの言動等
Dは,同日午後1時15分ころ,検察官送致のため,北署の6号室から退室することになり,その際,留置担当官から被留置者金品出納簿に署名押印するよう求められたが,キュー名前,名前などと大声で叫び,署名押印をすることはなかった。また,Dは,和歌山北署の留置場から退
場する際には,Tシャツの上にランニングを着用し,大声でわめくなどした。
Dは,和歌山地検に向かう捜査用車両の中で,カッコプラス
マイナスチョウ等の単語を大声で叫ぶ,たんつばを自分のズボン
に吐きかけ,そのズボンに付着したたんつばを食べるなどしていた。和歌山地検に到着後,Dは,検察官による弁解録取が始まるのを待っている間,たんつばを吐いてそれを手の中でこねくり回す,手の甲にある傷をなめたり噛んだりする,その傷から出る血液を自分の顔に付けるなどしていた。また,Dは,送致を担当する警察官に対し,殺すぞなどと言いつつ,他方では,すみませんと謝ることもあった。
和歌山地検検察官は,Dに対する弁解録取を行ったが,その際,Dは,被疑事実については黙秘し,弁解録取書兼供述調書に対する署名指印を拒否した。その後,和歌山地検検察官は,和歌山地裁に対し,Dの勾留を請求し,本件勾留質問が実施された。Dは,本件勾留質問の際,プラス,カッコ,プラスなどの言葉を繰り返し叫び,人定質問に対して回答せず,被疑事実については黙秘し,勾留質問調書に対する署名指印を拒否した。和歌山地裁裁判官は,勾留場所を和歌山東署としてDを勾留する裁判をした。

本件戒具使用に至る経緯
(ア)和歌山東署の留置場の房に1名分の空きができたため,Dは,和歌山東署に押送され,同日午後6時過ぎころ同署に到着した。その際,Dは,和歌山東署の駐車場において大声で叫び,これを聞いた同署署長は,Lに対し,Dを準特別要注意者(異常な言動等から,その動静に注意し,事故防止上必要な措置を講じるべき対象者をいう。)に指定するよう指示した。
当時和歌山東署の留置担当官であったJ及びIは,Hの立会いの下,
Dの身体検査,所持品検査,写真撮影等を行ったが,その際,Dは,サラニキンサラニゼロギャクヤサラニワンマイナスタダシ等の単語を大声で叫ぶのみで,既往症等の問診に対して,全く答えようとはしなかった。また,Dは,被留置者金品出納簿の署名押印にも応じようとしなかったため,同日夜の当直責任者である立会人のHが署名押印した。Dは,写真撮影の際には,撮影者に対して挑みかかるような表情をすることがあった。Jは,Dに精神疾患があるのではないかと疑い,取調べ担当のM係長に対し,Dが精神異常かどうか確認したところ,Mは,勾留状が出ているので,芝居をしているのではないかとの趣旨の応答をした。Dは,遅くとも同日午後7時15分ころには,準特別要注意者に指定された。
(イ)Dは,同日午後6時40分ころ,本件6号室に留置されたが,その後しばらくして,キンオールゼロサラニゼロサラニキンキンイチキンゼロホウガクただしギャク間違いない等の単語を繰り返し大声で叫び始めた。J及びIは,Dに対し,静かにするよう注意をしたが,Dはこれを全く聞き入れなかった。また,Dは,本件6号室において,(Ⅰ)叫び声を上げる際,正座をしながら土下座するように自分の額を床につける姿勢を取る,(Ⅱ)室内に入れられた布団をくしゃくしゃに丸め込んだり,上下に振ったり,持ち上げて床に投げつける,(Ⅲ)自分の着ていたTシャツを引っ張り上げて頭にかぶり,しばらくして頭から外すといった動作をするなどしており,洗面時間(午後7時30分から午後8時までの間)にも房の外に出ることはなかった。
Dは,従前から本件6号室に留置されていた本件同房者から静かにするように言われた際,しばらく声を上げるのをやめることもあり,また,
被留置者の一人が,洗面時間に房の外に出た際,Dに対して静かにせえと言いつつ本件6号室の鉄格子を蹴ったのに対し,ちゃうねん,ちゃうねんと受け答えをすることもあったが,基本的には,他の被留置者や留置担当官の呼び掛け等に対し,通常の受け答えをすることはなかった。
洗面時間中,JとHとは,Dがこのまま叫び続けるようなら,Dに対して戒具を使用する可能性がある旨の話をし,Kは,Jに対し,留置場に備え付けられていた戒具の使用に関する解説書の中の,戒具の使用方法等が記載された部分を見せたが,Jが同部分を読むことはなかった(同留置場には,留置業務ガイダンス,留置業務関係質疑応答集等が備え付けられていたが,KがJに見せた解説書がそのうちのどれに当たるかは明らかではない。)。
Dは,同日午後9時の消灯時間以降も大声を出し続けていたため,他の被留置者の中には,怒り出す者や,留置担当官であるI及びJに対して大声で苦情を言い,何らかの対応を要請する者もいた。また,他の被留置者の中には,Dが何らかの精神疾患にり患しているか,または,薬物中毒ではないかとの疑いを持つ者もいた。
和歌山東署の留置場は男性房8室,女性房2室であり,1室2名の定員で,同日は満員の状態であった。女性房は男性房から扉を隔てた場所にあったが,女性房にもDの大声が聞こえていた。
Jは,Dが大声を出し続けるのを放置すれば,他の被留置者が騒ぎ出すなど留置場全体の平穏が害されることになると考え,同日午後9時20分ころ,Hに対し,Dに対して戒具を使用することの了承を求めた。Hは,これを了承し,Jに対し,和歌山東署署長の許可は自分が取っておく旨述べ,電話で同副署長に対し,Dが留置場内において大声で叫び続けており,そのために他の被留置者が罵声を上げるなどし,留置場内
の雰囲気が悪くなっているとの説明をした上で,Dに対する戒具使用の伺いを立てた。和歌山東署副署長は,Dに対する戒具の使用を許可し,同署長の許可は自分が取っておく旨述べた。和歌山東署署長は,同副署長からの戒具使用伺いを受け,Dに対する戒具の使用を許可した。エ
本件戒具使用の状況
(ア)Jらは,同日午後9時30分ころ,Dに戒具を装着するため,本件6号室に入り,本件同房者を本件6号室から別の房に移すことにした。その際,本件同房者が,戒具を使用するところを見たいから本件6号室の斜め前にある8号室に入れてほしいとの要望を述べたところ,Jらはこの要望を聞き入れ,本件同房者を8号室に移した。その後,Jらは,まず始めに,Dに本件ベルト手錠を装着したが,その際,本件ベルト手錠は,本来であれば外側になるべき輪の部分が内側(被使用者の身体側)になるような形で装着された。次に,Jらは,Dに本件旧型防声具を装着したが,そのマスク部分とDの口元の間にすき間ができていたため,装着後も,周囲に聞こえるDの声の大きさは,あまり変わらなかった。さらに,Jらは,Dに本件鎮静衣を装着し,Dを,足を房の入口の方に向けた姿勢で寝かせた。Dは,上記のとおりに戒具を装着される間,足をばたつかせるなど多少の抵抗をしたが,大きな抵抗の態度は示さなかった。
Jは,本件旧型防声具装着後も,周囲に聞こえるDの声の大きさがあまり変わらなかったため,Dの頭部も含む身体全体を覆うように掛け布団をかぶせた。
Hは,Dに対して戒具を装着している状況を,本件6号室のすぐ前のあたりの位置で見ており,Jに対し,Dにかぶせた布団の中に空気が通るようにしておくよう指示し,Jは,同布団を少し持ち上げて,Dの顔との間にすき間を作っておき,Dの頭頂部が外部から見えるようにして
おいた。
Dに戒具を装着する際,本件6号室の扉は開いたままとなっており,本件同房者及び8号室の被留置者はその様子を見ていた。
Jらは,Dに対する戒具の装着を終えた後,本件同房者を本件6号室に戻したが,その際,Jは,本件同房者に対し,Dの様子を時々確認するよう頼んだ。
(イ)Dは,戒具を装着されてからも,従前と同様の意味不明な言葉を叫び続け,さらに,仰向けになったまま両足のかかとを床に打ちつけてドンドンと踏みならしたり,体を左右に回転させたりしていたので,Jら及びHは,本件6号室の前で,Dの様子をしばらく監視することにした。(ウ)Dに戒具が装着されてから約10分後,本件旧型防声具がDの口元からあごの方にずれてきており,本件同房者からそのことを告げられたJ及びIは,本件6号室に入って,本件旧型防声具をDの口の位置に戻した。そして,Jは,本件旧型防声具装着後も,周囲に聞こえるDの声の大きさがあまり変わらなかったため,本件旧型防声具の上に重ねて,本件新型防声具を装着した。本件防声具を二重に装着したことにより,周囲の者に聞こえるDの声の大きさはやや小さくなったが,それでも留置場全体に響き渡る状態であった。そのため,Jは,再び,Dの頭部を含む身体全体を覆うように掛け布団をかぶせた。その際,Jは,最初にDに布団をかぶせたときと同様,上記布団を少し持ち上げて,Dの顔との間にすき間を作っておき,Dの頭頂部が外部から見えるようにしておいた。
Hは,本件6号室の入口のすぐ前辺りで,Jが本件旧型防声具の上に重ねて,本件新型防声具を装着し,さらに,Dに布団をかぶせる様子を見ていたが,これらを制止することはせず,Jに対し,同布団の中に空気が通るようにしておくよう指示した。また,Hは,勤務を終え帰宅し
ていたL及び和歌山東署副署長に電話で,Dに戒具を使用したことを報告したが,具体的にどの戒具を使用したかについての説明はしなかった。和歌山東署副署長は,Hに対し,十分にDの動静を監視すること,戒具の使用は2時間以内とされている点に留意することを指示した。
その後,留置担当官でないH及びKは,留置場から退場したが,その際,Hは,J及びIに対し,和歌山東署副署長からの上記指示内容を伝え,Dの動静監視を徹底することを指示したが,Dにかぶせた布団を取るようにとの指示はしなかった。
(エ)H及びKが留置場から退場した後,J及びIは,Dに対する対面監視を開始したが,その具体的な方法は,本件6号室の入口の前に折り畳み式のパイプいすを置き,J及びIが交替でいすに座り,Dの動静を見守るというものであった。その際,本件新型防声具のヘッドカバーは布団の外に露出していたため,J及びIは,Dが体勢を変えていたことを認識することはできたが,具体的にどのような体勢をとっているかを明確に把握することはできず,また,Dの表情や顔色,本件防声具のマスク部分の状態を認識することはできなかった。このころも,Dは,大声で叫び続け,足をばたばたさせて壁を蹴ったり,体を左右に回転させたりしていた。
(オ)和歌山東署副署長は,同日午後9時55分ころ,電話でIに対し,戒具使用は2時間が限度であり,それ以上の使用にはその都度更新の許可が必要である点に留意すること,Dに対する対面監視を徹底することを指示した。
(カ)Lは,同日午後10時30分ころ,留置場に電話をし,Jに対し,鎮静衣と防声具を同時に使用してはならないことを伝え,Dに対する対面監視を徹底するよう指示した。Jは,本件戒具のうちのどれが防声具又は鎮静衣に当たるかを理解していなかったため,この時点では,Dの身
体から本件防声具又は鎮静衣を外すことはしなかった。また,上記指示があったことをJから聞いたIは,鎮静衣とベルト手錠は一体として使用するものであると誤解していたため,鎮静衣を外せばベルト手錠をも外すことになり,そうすると,Dは自由になった両手で防声具を外してしまうことなるので,上記指示は不可解なものであると考え,これに従うことはなかった。
(キ)Dは,同日午後10時40分ころ,本件戒具を装着されたまま,用便の申出をすることもなく失禁した。本件同房者からそのことを伝えられたJらは,本件6号室に入り,Dにかぶせてあった布団を取り,本件鎮静衣及び本件ベルト手錠を外し,小便の後始末をした。
(ク)その後,Jらは,Dに対し,本件ベルト手錠を本来あるべき向きに装着し直した。また,Jらは,Dに本件鎮静衣を再び装着することはしなかったが,Dが足を上下に動かして繰り返し床に打ち付けるのを止めるため,合成樹脂製の本件ベルトをDの脛あたりで両足が固定されるように装着し,Dを,頭を房の入口の方に向けた姿勢で寝かせた。Jらが本件ベルトを装着する際,Dは,全く抵抗しなかった。
Jは,Dの頭から上半身全体にかけて掛け布団をかぶせ,下半身に敷き布団をかぶせた。
(ケ)J及びHからDに対する戒具使用の延長許可の伺いを立てるよう依頼されていたN(同日夜における一般当直担当官。)は,同日午後11時15分ころ,和歌山東署副署長に対し,Dが大声で叫び続けている状況が依然として続いている旨報告し,上記延長許可の伺いを立てた。和歌山東署副署長は,これを許可するとともに,Dに対する動静監視を徹底することを指示し,Nは,Jに対し,この指示を伝えた。
(コ)Lは,同日午後11時30分ころ,和歌山東署に登庁し,J及びIに,Dに対する対面監視及び動静注視を徹底するよう指示した。

(サ)

同月21日零時30分ころになると,Dは,大声を出さなくなり,寝
息を立てるときのようなスーという呼吸音と,鼻からいびきのようなガーガーゴーといった音を発するとともに,時折ウェウェといった声を出すようになった。Dが大声を出さなくなったため,Jは,Hに対し,Dに対する戒具使用の解除の伺いを立て,Dから戒具が外されることになった。同日午前零時50分ころ,上記伺いを立てに行っていたJが,H及びKとともに留置場に入場し,J及びIは,本件6号室に入り,Dにかぶせられていた布団を取り,本件新型防声具を外した。Dは,頭を入口の方に向け,体の右側を下にして横たわっており,本件旧型防声具のマスクは,あごの方にずれている状態であった。このとき,Dが息をしていない状態であったため,Hの指示の下,JがDに心臓マッサージをし,Kは,留置場の電話で,一般当直担当官に救急車を呼ぶよう依頼した。

Dの死亡
Dは,長時間にわたり防声具を二重に付けられた上,布団を上からかぶせられ,胸部を圧迫するうつ伏せ寝の体勢により,呼吸困難な状態等が継続したため,平成16年4月21日午前1時25分ころまでに,遷延性の窒息により死亡した。Dの司法解剖の際,その前頸部に,防声具のマスク部分による圧迫痕が認められた。


本件戒具使用当時におけるJらの戒具に関する知識等
(ア)Jは,平成16年4月1日付けの人事異動により,和歌山東署の留置管理係に配属された。Jは,これより前に留置管理係で勤務した経験はなく,同係に配属された際に,留置場内の設備,留置管理係員としての業務内容及び心構え,被留置者の取扱い等についての教養を受け,和歌山東署における戒具の保管場所についての説明は受けたが,同教養には,戒具の使用に関する事項は含まれていなかった。加えて,Jは,留置管
理係に配属される前に,戒具の使用に関する教養を含む看守任用専科を受講していなかったため,実際に戒具を目にしたことはなく,その使用方法を知らなかった。また,同月16日に和歌山県警本部の留置管理官による巡回教養が実施され,同教養には戒具使用に関する項目も含まれていたが,Jは,同日には押送勤務等に従事していて持ち場を離れることができず,同教養を受講しなかった。
Jは,本件戒具使用の直前,戒具使用指揮簿に,(Ⅰ)戒具の使用には署長の許可が必要である,(Ⅱ)戒具の使用は2時間が限度である,(Ⅲ)2時間を超えて戒具を使用する場合にはさらに署長の許可が必要である旨の記載がされているのを見ており,このときに初めて,これらの事項を認識した。
Jは,留置管理係に配属後,和歌山東署の留置場に備え付けられていた留置業務ガイダンス及び留置業務関連質疑応答集を読み始めていたが,これらの文献の中で戒具の使用方法等が記載されている部分については,読んでいなかった。また,Jは,本件戒具の使用に当たり,上記各文献及びこれらと同様に和歌山東署の留置場に備え付けられていた留置業務関係例規集のいずれも参照しなかった。
(イ)Iは,平成16年4月1日付けの人事異動により,和歌山東署の留置管理係に配属された。Iも,J同様,これより前に留置管理係で勤務した経験はなく,同係に配属された際に,Jが受けたのと同じ教養を受けたが,同係に配属される前に,戒具の使用に関する教養を含む看守任用専科を受講していなかったため,実際に戒具を目にしたことはなく,その使用方法を知らなかった。また,前記(ア)の巡回教養が実施された同月16日は,和歌山東署における勤務ローテンション上,Iの休みの日となっており,この日をIの日勤日とした上で別の日に休みを振り替えることが難しい状況であったため,Iは,同ローテーションどおり,同
日に休みをとり,同教養を受講しなかった。
Iは,他の留置担当官から戒具の使用について教えられたことがあり,戒具の使用は原則2時間が限度であること,戒具の使用中は対面監視を行わなければならないこと,戒具の使用には,まず当直責任者の許可が必要であり,最終的には署長の許可が必要であることを認識していたが,防声具と鎮静衣の同時使用が禁止されていることは知らなかった。Iは,本件戒具使用に当たり,和歌山東署の留置場に備え付けられていた前記各文献のいずれも参照しなかった。
(ウ)Kは,和歌山東署において3年間留置管理係に配属されていた経験があり,同係に配属される前に,看守任用専科の講習を5日間受けており,このときに戒具を装着した経験はあるが,実際に被留置者に対して戒具を使用したことはなかった。また,Kは,戒具の使用方法等に係る戒具訓令等の定めを十分に理解しておらず,防声具と鎮静衣の同時使用が禁止されていることを知らなかった。
Kは,本件戒具使用に当たり,Jに対し,戒具の使用に関する解説書をJに見せたが,和歌山東署の留置場に備え付けられていた前記各文献により,戒具の使用方法を調査することはなかった。
(2)争点(6)について

前述のとおり,防声具は,呼吸が困難になるおそれや頸動脈及び頸静脈をベルト等が圧迫するおそれがあり,鎮静衣は,その使用により,被使用者は,手足を自由に動かすことや起き上がることができなくなるのであり,これらの使用方法如何によっては,被使用者の生命・身体に大きな危険を及ぼす可能性がある。そこで,戒具の被使用者の生命・身体の安全に対する危険を避けるため,戒具訓令,戒具通達等は,戒具使用上の留意事項に係る定めを置いており,戒具の使用者は,これに従って戒具を使用することが職務上義務付けられているのである。

しかるに,Jらは,(Ⅰ)Dの失禁後に鎮静衣を外すまで,鎮静衣とベルト手錠及び防声具を併用し,(Ⅱ)当初,ベルト手錠を正規の使用方法とは逆向きに装着し,(Ⅲ)旧型防声具の上に重ねて新型防声具を装着し,防声具のマスク部分が下方にずれてDの前頸部を圧迫する結果を招いた(なお,Iの証言には,本件防声具のマスク部分はDの頸部を圧迫していなかったと述べる部分があるが,前記認定のとおり,Dの死体解剖時,その前頸部に同マスク部分による圧迫痕が存在したことに照らして,信用することができない。)ものであり,このような戒具の使用は,いずれも戒具訓令,戒具通達,和歌山県留置規程に定める使用方法等に違反するものである。また,Jらは,本件ベルトでDの足を拘束したが,本件ベルトは,監獄法施行規則及び被疑者留置規則に戒具として定められていない物であった。さらに,Jは,Dの頭から体にかけて布団を掛けており,I,K,Hもこれを知りながら制止をする等の措置を執っていない。その結果,J,IはDに対する対面監視を実施したものの,Dの身体に布団がかぶせられていたため,Dが具体的にどのような体勢をとっているかを明確に把握することはできず,また,Dの表情や顔色,本件防声具のマスク部分の状態を認識することはできなかったのであって,このような監視は,Dに対する動静監視としては甚だ不十分なものであり,防声具及び鎮静衣の使用によって,呼吸障害や胸部圧迫による呼吸困難を来していないか,被使用者の動静を綿密に視察すべきものとしている戒具通達,和歌山県留置規程に反するものであった。また,布団を掛けることによって呼吸困難な状態を増幅した可能性が高い。
以上のとおり,Jらの戒具の使用及び監視は,Jらが遵守すべき通達等の規定に明らかに違反しており,Jらは職務上の義務に違反したというべきである。

また,Jらは,本件戒具使用当時,いずれも戒具の使用方法に関して十
分な知識を有しておらず,J及びIに至っては,実際に戒具を目にしたこともなく,その使用方法について教養・説明を受けたことはほとんどなかったというのであり,それにもかかわらず,Jらは,本件戒具使用に先立って,和歌山東署の留置場に備え付けられていた戒具の使用方法に関する説明が記載された文献を参照するなどの調査をしなかったものである。戒具の使用者は,その使用方法について十分な知識を有していない場合,被使用者の生命・身体の安全に対する危険を避けるために通達等に定める留意事項等を調査する職務上の義務を負うというべきであるところ,Jらは,本件戒具使用当時,いずれも戒具の使用方法に関して十分な知識を有していなかったのであるから,Jらは,本件戒具使用に先立って,和歌山東署の留置場に備え付けられていた戒具の使用方法に関する説明が記載された文献を参照すべきであったというべきであり,Jらは,この調査をしなかったのであるから,この点でも,職務上の義務に違反したというべきである。

さらに,Dは,和歌山東署に到着したときから脈絡のない単語を繰り返し,留置場内に響き渡るほどの大声で叫び続け,(1)ウ(イ)のような意味不明の行動を取っており,何らかの精神疾患にり患している可能性がある状態であったところ,精神疾患にり患している場合には,身体的な苦痛があってもそれを外部に訴えることができないおそれがあると解されるのであるから,動静監視は通常以上に慎重かつ綿密にすべきであったというべきであり,Jらにはこの点についても職務上の義務違反があったというべきである。


なお,原告らは,Dに対して戒具を使用したことそれ自体が違法であると主張するが,前記認定のとおり,Dが午後9時の消灯時間以降も大声を出し続けていたため,他の被留置者の中には,怒り出す者や,留置担当官であるI及びJに対して大声で苦情を言い,何らかの対応を要請する者も
いたのであり,当日は留置場は満員の状態であり,そのまま被留置者の不満が嵩じれば,留置場内が騒然となり,2人の留置担当者では対応できない状態になるなど,留置場内の規律と秩序が維持できない状態になるおそれがあったことは明らかであり,防声具の使用はやむを得ないところであったというべきである。また,原告らは,Dは精神的疾患が疑われる状態であったので戒具の使用は許されないと主張するが,Dが精神的疾患に罹患していたかどうかは明確でなく,本件逮捕時のDの所持品(12万4000円の現金,外国人登録証明書,キャッシュカード,携帯電話等)やAの供述からすると,Dは,本件逮捕の前までは通常の社会生活を送っていたものと解され,前記(1)ア(イ)に記載した平成16年4月19日午後に行われた和歌山県北署における取調べ時の応答からしても,本件逮捕以降の異常行動は,何らかの理由で装ってしていたものである疑いもあり,前記認定のとおり,JもMからその旨を聞いていたのであるから,Dに前述の異常行動があったとしても,戒具の使用が許されないということはできない。

また,原告らは,本件戒具使用が故意の不法行為に該当すると主張するが,Jらが本件戒具使用によるDの死亡を認識・認容していたことを認めるに足りる証拠はないから,故意の不法行為とはいえず,原告らの主張は認められない。


以上によれば,本件戒具使用は,Jらの職務上の義務に違反するものであり,国家賠償法上の違法の評価を免れない。
そして,上記義務違反とDの死亡との間に因果関係が存在することは明らかであるから,その余の争点について判断するまでもなく,被告和歌山県は国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を免れない。


プライバシー侵害について
Dは,本件戒具を装着された後も,本件同房者とともに本件6号室に留
置され,Jは本件同房者に対して,Dの様子を時々確認するよう頼んでいる。この措置は,防声具及び鎮静衣を使用する場合には単独居室に入れることとする平成14年戒具通達及び和歌山県留置規程55条4号に反するものであるところ,同通達,規程の趣旨は,単独居室とすることによって被使用者に同房者との関係で不測の事態が生ずることを防ぐことのほかに,戒具が使用されている姿を必要以上に第三者にさらすことのないようにするとの配慮に出たものと解され,Jらの行為は,このような配慮に欠けた行為といわざるを得ない。また,Jらは,Dに戒具を装着するために,本件同房者を他の房に一時的に移す際,戒具を装着する様子を見たいとの本件同房者の要望を聞き入れ,同人を本件6号室が見える8号室に収容している。8号室以外の他の房に移すことのできた本件同房者を,あえて本件6号室が見える8号室に移す行為は,上記の配慮に欠ける行為というべきである。留置場は当日満員であって,本件同房者を本件6号室に留置せざるをえなかったこと(各房は定員2名で,その大きさは便器部分を除き幅約1.95m,奥行き約2.35mであって3名を留置するには狭すぎる。甲1の9・24),8号室にはもともと2人の被留置者がおり,同人らからも戒具を装着する姿が見えていたこと等からすると,Jらの上記行為をもって,直ちにプライバシー侵害の違法行為と評価することは困難であるとしても,上記の通達,規程違反の点や上記の配慮に欠けた点は,Dが死に至る経過の事情として死亡慰謝料のなかで考慮されるべきものというべきである。
(3)以上のとおり,被告和歌山県の責任は明らかであるが,本件事案の問題性にかんがみ,その余の争点について必要な範囲で念のために判断することとする。
(4)争点(3)について

教育・教養義務違反について

(ア)原告らは,(Ⅰ)和歌山県警本部の留置管理官並びに各警察署の署長及び留置主任官は,拘禁担当者に対し,戒具の使用方法,危険性等について,教育,教養を行う義務を負う,(Ⅱ)和歌山県公安委員会委員及び和歌山県警察本部長は,戒具の使用方法,危険性等の教育のためのカリキュラムの整備,資格制度の整備をするなどの制度設計をする義務を負う,(Ⅲ)各警察署の留置主任官は,戒具の使用につき教育・教養を受けていない者を宿直員として配置しない義務を負う,と主張する。
(イ)まず,(Ⅰ)の主張について検討するに,和歌山県留置規程11条2項ないし4項は,(a)警察署長は,同署の職員に対し,留置業務の管理運営に関する事項について,随時,指導教養を実施する義務を,(b)留置主任官は,新たに任用又は指名した同署の看守専務員等に対し,その任命又は指名後速やかに看守勤務の基本事項等について教養を実施し,その後も月1回以上,計画的に同事項について教養を実施する義務をそれぞれ負うと定めている。そして,戒具がその使用方法如何によっては被使用者の生命・身体に危険を及ぼす可能性のあるものであり,使用者がこれを避けるために定められた戒具訓令等の留意事項等に精通していなければ,被使用者の生命・身体が危険にさらされるおそれが生じること,戒具は,逃走,暴行又は自殺のおそれがある場合や被留置者が大声を発している場合など,留置施設等における規律及び秩序が害されるおそれが生じる事態において使用されるものであり,いつ使用が必要な状態が生じるかの予測は困難であることに照らせば,警察署長及び留置主任官は,戒具の使用方法等に係る教養を受けていない者が看守勤務員として任命された場合,特段の事情がない限り,その者が留置場における実際の勤務に就く前に,その者に対し,戒具訓令等の定める使用上の留意事項を含む戒具の使用方法等に係る教養を実施する義務を負うというべきである。

本件においては,(1)カで認定したとおり,J及びIは,いずれも留置管理係に配属される前に戒具の使用方法等の教養を受けたことはなく,留置管理係に配属後看守勤務員として留置場における実際の勤務に就く前に,戒具の使用方法等の教養を一切受けていない。また,この点について上記特段の事情を認めるに足りる証拠はない。
したがって,和歌山東署の署長及び留置主任官は,職務上負うべき戒具の使用方法等に係る教育・教養義務を怠ったというべきである。和歌山県警本部の留置管理官については,和歌山県留置規程11条1項によれば,その警察教養に係る職務は和歌山県内の各警察署の留置担当官に対する講習会を開いて看守勤務の基本事項に関する教養を実施することであるところ,前記のとおり,同留置管理官は,本件戒具使用に先立つ平成16年4月16日,和歌山東署において,戒具使用に係る項目をその内容に含む巡回教養を実施しており(したがって,和歌山東署の署長及び留置主任官はJ及びIがこの教養に参加できるよう手配すべきであった。),他方,本件において,同留置管理官による巡回教養等の実施が不十分であった,又は巡回教養等の内容に戒具使用に係る項目が含まれていなかったなどといった事情は現れておらず,同留置管理官が,戒具の使用方法等に係る教育・教養義務を怠ったということはできない。
(ウ)次に(Ⅱ)の主張について検討するに,和歌山県公安委員会については,警察教養規則6条2項によれば,その警察教養に係る職務は和歌山県警察の職員に対する警察教養に関し必要な事項について規則を制定することであるところ,同公安委員会が当該職務を怠ったことを根拠付ける事実を認めるに足りる証拠はない。また,和歌山県警本部警察本部長については,同規則5条2項によれば,その警察教養に係る職務は警察庁長官により示された警察教養の重点に関する事項につき計画的に警察教養
を実施することであるところ,和歌山県警察において,計画的な警察教養が実施されていなかった,又は実施された留置業務関係の教養等の内容に戒具使用に係る項目が含まれていなかったなどといった事情は現れておらず,同警察本部長が,戒具の使用方法等に係る教育・教養義務を怠ったということはできない。
(エ)(Ⅲ)の主張は,要するに看守勤務員に対しては,実際の勤務に就く前に,戒具の使用方法等について教養を実施すべきであったというところに帰するから,(Ⅰ)で主張された留置主任官の教育・教養義務の内容と同一であると解されるところ,留置主任官の義務違反が認められることは,前記(イ)のとおりである。

前記の義務違反とDの死亡との間の因果関係について
被告和歌山県は,和歌山東署の署長及び留置主任官の教養義務違反とDの死亡との間には,相当因果関係が認められない旨主張する。
しかし,和歌山東署の署長及び留置主任官が,本件戒具使用に先立って,J及びIに対し,戒具訓令等の定める使用上の留意事項を含む戒具の使用方法等に係る教養を実施すれば,同人らは,戒具がその使用方法如何によっては被使用者の生命・身体に大きな危険を及ぼす可能性のあるものであり,その使用の際,戒具訓令等の定める留置事項を厳守し,被使用者の状態を十分に確認することが重要であることを認識するに至った可能性が高いというべきである。そして,J及びIが,そのような認識を有していれば,防声具を二重に装着したり,Dの身体に布団をかぶせ,その体勢,表情・顔色及び本件防声具のマスク部分の状態を認識することができない状況を作出するなどの行為には出ず,本件戒具使用によるDの死亡という結果が発生しなかった可能性が高いというべきである。
したがって,和歌山東署の署長及び留置主任官が,前記教育・教養義務を尽くしていれば,本件戒具使用によるDの死亡という結果の発生を回避
し得たと考えるのが相当である。よって,和歌山東署の署長及び留置主任官の上記教育・教養義務違反とDの死亡との間には相当因果関係があるというべきであり,被告和歌山県の上記主張は採用することができない。(5)争点(4)について
前記のとおり,本件において戒具を使用したこと自体は適法というべきであるから,原告らの主張は理由がない。
(6)争点(5)について

Lについて
Lは,留置主任官代理であるが,平成16年4月20日は,勤務を終えていったん帰宅しており,同日午後11時30分ころに登庁したのは,自発的に登庁したものに過ぎず,職務命令を受けて登庁したものではない。また,和歌山県留置規程は,夜間,日曜日,休日等(勤務時間外)においては,当直責任者が留置主任官の職務を代行する旨規定しているから(7条1号),Lには,同日の当直時間においてJらを指揮監督する職務上の義務を認めることができない。したがって,原告らの主張は前提を欠き理由がない(仮に,LがJらによる本件戒具使用の具体的な態様を認識しておれば,これを是正するよう指導すべき職務上の義務が肯定されるとしても,Lは,前記認定のとおり,Jらに対し電話及び口頭で,鎮静衣と防声具を同時に使用してはならないこと,対面監視を徹底することを指示しているものの,上記の具体的態様を認識していたことを認めるに足りる証拠はないから,いずれにしても職務上の義務違反を認めることができない。)。


Hについて
(ア)Hは,平成16年4月20日夜における当直責任者であって,同日時において,留置主任官の職務を代行して留置担当官らを指揮監督する職務上の義務を負っていた(和歌山県留置規程7条1号,5条)。したが
って,Hは,本件戒具使用に当たり,Jらに対し,戒具訓令,戒具通達等に定める戒具使用上の留意事項を遵守し,Dの生命・身体に危険が生じないような態様で戒具を使用するよう指導・監督する義務を負っていたというべきである。
(イ)本件戒具使用は,留置担当官が遵守すべき事項に明らかに違反しており,Dの生命・身体に危険を及ぼすおそれのある態様のものであったことは前述のとおりであり,また,(1)で認定した事実によれば,Hが,本件戒具使用の具体的態様を十分認識しつつ,Jらに対し,防声具と鎮静衣を併用すること,旧型防声具と新型防声具を重ねて装着すること,Dの身体に布団をかぶせること等をやめるよう指示しなかったことは明らかである。したがって,Hは,職務上負っている前記指導監督義務を怠り,これにより本件戒具使用が継続され,Dが死亡するに至ったというべきである。
3
損害額について(争点(7)について)
(1)Dの損害
被告和歌山県の公務員の前記各違法行為により,Dは,次のとおり,合計4708万8833円の損害を被ったと認められる。

葬儀費用

150万円

前記各違法行為と相当因果関係のある葬儀費用としては150万円を相当と認める。

逸失利益

2058万8833円

(ア)証拠(甲2,11ないし16,23,24,乙2ないし5(枝番のあるものは枝番を含む。),C,A,調査嘱託の結果)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められ,この認定を左右するに足りる証拠はない。

Dは,昭和42年3月に和歌山市内の市立中学校を卒業後,和歌山
県立工業高校の夜間部に入学したが,その後,同高校を中途退学しており,死亡時は52歳であった。

Dは,中学校を卒業後,配管・溶接業,冷凍設備の設計・施工等に従事していたが,死亡時においては無職であった。


Dは,昭和63年ころから深刻な腰痛が発生し始め,平成13年5月には手術を受け,一時軽快して働いていたが,平成16年当時は,腰部脊柱管狭窄症のため通院をしており,同年2月18日,腰狭窄症により稼働できない状態であることを申請理由として,生活保護を申請し,同年4月21日に死亡するまで,生活保護を受けていた。Dは,同月14日の時点では,自力歩行及び軽作業程度の稼働がいずれも可能な状態であり,同年5月24日には和歌山県立医科大学附属病院に検査入院をすることを予定しており,腰部の手術を受けることを計画していた。

(イ)a

(ア)で認定した事実によれば,Dは,死亡時は無職であり,腰痛の
ために働くことができず,生活保護を受けていたが,当時でも軽作業程度の稼働は可能な状態であったこと,症状の改善を図り手術を受けることを具体的に計画し,病院を予約するなど稼働の意欲を有していたこと,死亡時の年齢が52歳であったことからすると,手術によって稼働能力を回復することも期待できたと認められるので,これらの事情を考慮すると,逸失利益を算定するに当たっては,基礎年収を,平成16年賃金センサス第1巻第1表による産業計・企業規模計・学歴計・男性労働者・50∼54歳の年収額661万1700円の6割に相当する396万7020円とするのが相当である。

そこで,Dの死亡時(52歳)からの就労可能期間15年に対応するライプニッツ係数10.380を用い,生活費控除を5割としてDの逸失利益を算出すると,2058万8833円となる。

(計算式)

3,967,020×(1-0.5)×10.380=20,588,833
被告和歌山県は,Dは,死亡時において,将来所得を得るだけの身体能力・労働能力を保有しておらず,さらに,本件当時何らかの精神疾患を発症していた可能性があるから,就労により所得を得ることが困難な状態にあった旨主張する。しかし,Dが死亡時において,労働能力・意欲を喪失していなかったことは前記(イ)aのとおりであり,また,前記のとおり,Dが精神的疾患にり患していたかどうかは明確でなく,何らかの理由で異常行動を装っていたことも疑われるので,就労により所得を得ることが困難な状態であったということはできない。また,被告和歌山県は,Dは,昭和60年に強盗等で懲役5年に処せられた前科があったため,本件逮捕の被疑事実である現住建造物等放火未遂罪で実刑に処せられていた可能性が高く,そうなった場合,収容中は就労による所得を得ることは不可能である旨主張する。しかし,Dは,現住建造物等放火未遂罪により逮捕・勾留されたにすぎず,有罪であること及び刑事施設へ収容されることが確定していたわけではないから,逸失利益の算定について,この点を考慮に入れることはできない。よって,被告和歌山県の上記各主張は,いずれも採用することができない。


死亡慰謝料

2500万円

前記のとおり,本件戒具使用は,戒具の使用に係る法令の定めに著しく反するものであり,その違法性が明らかであること,その死亡原因は呼吸困難な状態が継続したために生じた遷延性の窒息であり,死に至るまでの苦痛が大きかったことは想像に難くないこと,その他前記2(2)キに記載した点を含む本件に現れた一切の事情を考慮すれば,Dの死亡による慰謝料額は,2500万円が相当と認められる。

以上によれば,Dの損害額は合計4708万8833円であり,被告和
歌山県に対する同額の損害賠償請求権が発生するところ,A及びBは,これを各2分の1ずつ(各2354万4416円)相続した。
(2)遺族固有の慰謝料

A及びB

各300万円

A及びBは,いずれもDの子であるところ,本件戒具使用に起因するDの死亡により甚大な精神的苦痛を被ったものと認められ,本件に現れた一切の事情を考慮すれば,上記各原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は,各300万円が相当と認められる。


被害者の父母,配偶者及び子が加害者に対し直接に固有の慰謝料を請求することができることは,民法711条が明文をもって認めるところであるが,文言上同条に該当しない者であっても,被害者との間に同条所定の者と実質的に同視することのできる身分関係が存し,被害者の死亡により甚大な精神的苦痛を受けた者は,同条の類推適用により,加害者に対し直接に固有の慰謝料を請求することができるものと解するのが相当である(最高裁昭和49年(オ)第212号同年12月17日第三小法廷判決・民集28巻10号2040頁参照)。しかしながら,本件において,CとDとの間に,同条所定の者と実質的に同視することができるほどの身分関係が存在したことを認めるに足りる証拠はない。
したがって,Cには,Dの死亡による固有の慰謝料請求権の発生を認めることができず,Cの請求には理由がない。

(3)弁護士費用
前記各違法行為と相当因果関係のある弁護士費用相当損害金は,本件事案の性質,難易,認容額等諸般の事情を考慮すると,A及びBにつき,各265万円を相当と認める。
(4)損害額のまとめ

以上によれば,A及びBそれぞれの損害額は,各2919万4416円である。
4
結論
以上によれば,原告らの本訴請求は,A及びBが,被告和歌山県に対し,各2919万4416円及びこれに対する本件戒具使用の日である平成16年4月20日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これを認容し,A及びBの同被告に対するその余の請求,Cの同被告に対する請求及び原告らの被告国に対する請求は理由がないからいずれも棄却することとし,訴訟費用の負担につき民訴法64条本文,61条,65条1項本文を,仮執行の宣言につき同法259条1項を,仮執行免脱宣言につき同法259条3項をそれぞれ適用し,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第8民事部

裁判長裁判官


裁判官


裁判官

野飯憲一司島暁
トップに戻る

saiban.in