判例検索β > 平成18年(わ)第1044号
強姦
事件番号平成18(わ)1044
事件名強姦
裁判年月日平成20年3月10日
裁判所名・部名古屋地方裁判所  刑事第2部
判示事項の要旨犯人性の争われた強姦被告事件について,現場に遺留された精液様のものの採取過程,捜査段階及び公判段階におけるDNA型鑑定の証明力,被告人の捜査段階の自白供述の任意性及び信用性,弁護人の主張するアリバイの成否について検討した上,被告人が犯人であると認定した事例
裁判日:西暦2008-03-10
情報公開日2017-10-13 01:37:49
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主文
被告人を懲役4年に処する
未決勾留日数中480日をその刑に算入する。
理由
【犯罪事実】
被告人は,平成18年2月1日午後7時35分ころ,愛知県豊明市a町bc番地dの被告人方先路上を徒歩で通行中のA(当時17歳)を認めるや,強いて同女を姦淫しようと企て,同女を追跡し,同日午後7時41分ころ,同町ef番地g先路上において,同女に対し,いきなり背後から口を手でふさぐなどの暴行を加えるとともに,持っていたはさみ(刃体の長さ約6センチメートル)を示して,

黙れ,騒ぐと殺すぞ。

などと強く言って脅迫し,その反抗を抑圧した上,同女を同町hi番地先路上に連行し,同所において,同女の乳房を触るなどし,さらに,同女を同町hj番地先路上に連行し,同所において,強いて同女を姦淫した。
【証拠】
(括弧内の甲乙の番号は証拠等関係カード記載の検察官請求証拠の番号を示し,職の番号は証拠等関係カード記載の職権により取調べられた証拠の番号を示す。)(証拠の標目は省略)
【事実認定の補足説明】
第1

争点
本件では,被害者が何者かに強姦されたことは,証拠上,明らかに認められ,また,当事者間に争いがない。
そして,検察官は,被告人が犯人であることの根拠として,①被害現場に置かれていた梯子,②被害者が着用していたスカート,③被害者の股間を拭った脱脂綿から,いずれも,被告人のDNA型と同一の精子が検出されており,被告人は,捜査段階では,犯行を自白し,アリバイも成立していないと主張している。

これに対し,弁護人は,被告人は犯人ではなく,また,アリバイが成立していると主張し,被告人も,それに沿う供述をしている。加えて,弁護人は,被告人の自白調書につき,任意性がないと主張している。
そこで,DNA型鑑定について各資料の採取過程及び鑑定の証明力を検討し,被告人の捜査段階の自白の任意性,信用性を検討の上,弁護人の主張するアリバイの成否について検討する。
第2
1
DNA型鑑定について
争点
本件では,捜査段階において,愛知県警察本部科学捜査研究所(以下科捜研という。)の技術吏員によって,①被害現場に置かれていた梯子に付着していたしみ状の痕跡のうち,写真撮影報告書抄本(甲50)の写真番号2において,赤矢印が記された先に認められる島状のしみ痕(以下島状しみ痕という。)を拭ったとされる脱脂綿,②犯行後,被害者の股間を拭ったとされる脱脂綿の二つについて,DNA型鑑定がなされ,被告人と同一のDNA型の精子が検出されている(以下科捜研鑑定という。)。
そして,公判段階において,B大学大学院准教授C(以下C鑑定人という。)によって,①写真撮影報告書抄本(甲50)の写真番号2において,島状しみ痕の左に認められる球状のしみ痕(鑑定書(職11)別添写真の<ア>から<ウ>まで。以下球状しみ痕という。),②被害者が着用していたスカート,③被害者の股間を拭ったとされる脱脂綿の三つについて,DNA型鑑定がなされ,①②については,被告人と同一のDNA型の精子が検出されている(以下C鑑定という。)。
弁護人は,これらの鑑定資料について,捜査機関による捏造の可能性を指摘しているため,以下,採取過程に問題がなかったかを検討し,次いで,各DNA型鑑定の証明力を検討する。

2
各資料の採取状況の検討

(1)

D供述の信用性
捜査段階でDNA型鑑定がなされた資料の採取状況については,公判廷において,採取時に愛知警察署刑事課鑑識係員であったD巡査長が供述している。同人の採取状況についての供述には,特に不自然・不合理な点はない上,同人の供述は,写真用ネガフィルム(甲77)の内容と符合しており,その供述の信用性に疑問を差し挟むところはない。
弁護人は,同人が,明らかに犯人の精液が付着していると考えられる被害者のスカートについて,被害者から任意提出を受けたにもかかわらず,鑑定嘱託をせず,被害者に還付していることを不可解であるなどと主張し,同人の証言の信用性を争っている。確かに,犯罪の痕跡が明らかに認められるスカートについても鑑定を行うなど,手厚く証拠収集を行うに越したことはなかったと考えられるが,Dが,梯子のしみ状の痕や被害者の股間を拭った脱脂綿から犯人のものと思われる精子が検出されたとの報告を受けていたことからすると,スカートの鑑定を行わなかったことを不可解だということはできず,D証言の信用性を否定する根拠とはならない。

(2)

鑑定資料の採取過程
上記のD供述や他の証拠によれば,以下の事実が認められる。
すなわち,平成18年2月1日(以下平成18年は省略する。),犯人は,被害者を姦淫して射精し,被害者の太もも及びスカートに精液が付着した。また,本件犯行現場には,梯子が置かれており,犯行直後,その梯子には島状しみ痕及び球状しみ痕が認められた。
そして,被害者からの通報によって犯行現場に臨場したDにより,梯子に遺留された島状しみ痕から鑑定資料が脱脂綿によって採取され,また,被害者の股間を脱脂綿で拭ったものが採取されて鑑定資料とされた。
翌日の2月2日,被害者は,被害時に着用していたスカートを任意提出したが,鑑定などがなされることはなく,2月10日,被害者に還付された。
(3)

弁護人主張の検討

捜査機関による捏造の可能性
弁護人は,被告人の精液は,被告人の交際相手のマンションのゴミ集積場から容易に入手できる状況にあったと主張し,捜査機関がその精液を利用して,証拠を捏造した可能性を指摘しているので,この点を検討する。梯子の二つのしみ痕及び被害者のスカートについては,犯行直後に撮影された写真(甲77,78)に精液様の痕跡が認められるため,これらの精液様の痕跡が捜査機関による捏造であれば,それ以前になされたということになる。しかし,上記写真が撮影されたのは,本件犯行の直後であり,捜査機関が事件発生を知ってから写真が撮影されるまでの間に,被告人の精液を入手することは不可能に近い。さらに,被告人が捜査線上に浮かんだのは,2月17日に現場付近のバス停近くで不審な行動を取っていた被告人に職務質問を実施したのが初めてである(Fの公判供述)ため,それ以前に,捜査機関が被告人を犯人に仕立てる工作を行うことは,全く考えられない。
また,スカートについては,被告人が捜査線上に浮かぶ前である2月10日に被害者に還付され,しかも,捜査段階におけるDNA型鑑定がなされていないことからすると,捜査機関が領置している間に捏造を行った可能性は考えられない。その後,C鑑定の資料として,裁判所が検察官からスカートの任意提出を受けているが,捜査機関が,被害者から再度スカートの提出を受けた際に捏造を行ったとすると,裁判所がスカートの鑑定を決定したのは,被告人が勾留されている段階であるため,捜査機関が被告人の逮捕以前に入手した被告人の精液を保存しておき,被害者から入手したスカートに振りかけるなどしたということになるが,捜査機関が被告人の精液を保存しておく理由がなく,そのような可能性は全く考えられない。よって,捜査機関による捏造の可能性は考えられず,弁護人の主張には
理由がない。

弁護人のその他の主張
弁護人は,以下の点を指摘し,梯子に残されたしみ痕が犯人の遺留した精液と考えるには,合理的な疑いが残ると主張しているので,以下,検討する。
弁護人は,球状しみ痕と島状しみ痕は,梯子の置き方を変えなければ
(ア)

形成されないと主張している。
しかし,弁護人の主張は,球状しみ痕の中心部(写真撮影報告書抄本(甲50)の写真番号2において,被害者の指先が示している部分)に精液が落ちたことを前提としているが,同しみ痕の形状のみから,直ちに,その中心部に精液が落ちたとは断定することはできず,弁護人の主張はその前提を欠く。
(イ)

弁護人は,同時期に精液が付着したにもかかわらず,梯子に二種類の形状の異なるしみ痕が生じることが不自然であると主張している。しかし,付着した精液の量や粘性の違いにより異なる形状になった可能性も否定できないことからすれば,必ずしも不自然とはいえない。弁護人は,梯子に付着しているしみ痕がいずれも犯人の精液であると
(ウ)

すると,1回の射精量として多すぎて不自然であるなどと主張している。しかし,写真(甲50写真番号2)から精液の付着した面積を計算することはできても,梯子にどの程度精液が吸収されているかの証拠がないため,体積を計算することができず,弁護人の主張は前提を欠くものである。
(エ)

小括
以上のとおり,弁護人の指摘する点は,いずれも梯子に残されたしみ痕が犯人の遺留した精液と認めることについて,合理的な疑いまで提起させるものとはいえない。

(4)

結論
以上からすれば,各資料の採取過程に問題は認められない。被害者の股間及びスカートに付着したものは,犯人の精液と考えられるし,梯子の球状しみ痕及び島状しみ痕については,これらが精液であれば,犯人が遺留したものである可能性が高いことが認められる。

3
DNA型鑑定の証明力
(1)

科捜研鑑定の証明力
科捜研において,島状しみ痕及び被害者の股間を拭った脱脂綿についてDNA型鑑定が行われているが,その鑑定には以下のような問題点が認められる。
すなわち,同じ鑑定対象物について,DNA型鑑定に先立って2月2日から2月17日までに科捜研で行われた血液型等の鑑定書では,顕微鏡検査において,対象物に精子の頭部が認められたとの記載がある(甲23)が,その後の4月7日から4月19日までに行われたDNA型鑑定書では,同検査において,精子が認められたとの記載がある(甲26)。
これらの記載をそのまま受け取れば,同じ鑑定対象物について,2月に行われた鑑定では精子の頭部しか認められなかったものが,4月に行われた鑑定では精子全体が認められたということになり,対象物の同一性について疑問が生じるところである。科捜研の鑑定書には,顕微鏡検査の写真なども添付されておらず,鑑定書の記載だけからは,上記疑問は残ったままである。もっとも,精子の一部しか認められなかった場合でも,それを精子が認められたと記載することも考え得る記載方法である。また,精子の頭部という表現についても,精子の尾部等が一切含まれなかったということを含意しているかまでは,一義的には明らかではない。
さらに,後述するとおり,C鑑定によって,被害者着用のスカート,島状しみ痕及び球状しみ痕から,被告人のDNA型と一致する精子が検出されて
いる。科捜研鑑定においても,同じく犯人が遺留したと考えられる島状しみ痕及び股間を拭った脱脂綿から被告人のDNA型と一致する精子が検出されており,これは,C鑑定と符合する結果である。科捜研鑑定においても,島状しみ痕及び股間を拭った脱脂綿が対象物として鑑定されたと考えるのが自然である。
なお,C鑑定では,股間を拭った脱脂綿から精子は検出されていないが,同鑑定では,精子の付着していた可能性のある部分が科捜研鑑定で全て消費されてしまったと考えて矛盾はない旨の記載があり,科捜研鑑定の証明力を減殺するものとはいえない。
以上からすれば,科捜研鑑定の証明力に疑問は生じない。
なお,弁護人は,被害者は,被害後,お風呂に入って,精液をかけられた太ももなどを洗った(甲3,6)のであるから,その後に採取された脱脂綿から精子が検出されることはあり得ないと主張する。しかし,被害者がどのように太ももを洗ったかについては,具体的な状況は明らかではなく,洗い方によっては,精子が検出されることがあり得ないとは言えず,被害者が太ももを洗ったということが,科捜研鑑定の証明力に疑問を生じさせるとはいえない。
(2)

C鑑定の証明力
C鑑定のうち,スカートのDNA型鑑定について,①事件後,被害者がスカートをクリーニングに出していること,②事件後,約1年4か月後に鑑定がなされていることなどから,DNA型の判明する精子が検出されたという結果には,疑問が生じうるところである。
しかし,C鑑定人は,クリーニングの方法がドライクリーニングの場合,たんぱく質が落ちにくいことがあり,たんぱく質で保護されている精子のDNAが残っていることもあり得ると供述している。C鑑定人の供述と合わせて考えれば,上記疑問は解消されているといえ,C鑑定の証明力について,
疑問の生じる余地はない。
4
結論
被告人と被害者は面識がないため,本件犯行以外の機会に,被告人の精液が被害者の太ももやスカートに付着したとは考えられない。また,梯子の島状しみ痕及び球状しみ痕についても,被告人は,他の機会に付着したものであるとは供述しておらず,その可能性は認められない。
そうすると,これらの犯人が遺留したと考えられる精液様の痕について,異なる主体によるDNA型鑑定によって,被告人と同一のDNA型の精子が検出されたことは,被告人の犯人性を極めて強く推認させるものである。
第3

被告人の捜査段階の供述について

1
争点
捜査段階において,本件犯行を自認する旨の被告人の供述調書(乙2から6まで)が作成されている。これらについて,弁護人は,任意性及び信用性がない上,いわゆる無知の暴露が含まれているとして,被告人の犯人性を否定する根拠になると主張している。
そこで,これらの調書の任意性及び信用性等について検討する。

2
任意性
(1)

弁護人の主張
弁護人は,被告人の供述調書は,捜査官の突然の来訪,警察署への連行,取調室での逮捕という今までに経験したことのないことが起こったことにより,被告人はパニック状態に陥ってしまったが,捜査官はそのような状況を利用し,さらに有形力の行使や脅迫的な言葉を使用して自白を強要したのであり,任意性がないと主張している。

(2)

被告人の捜査段階の供述状況
被告人の逮捕後の供述状況について,証拠から明らかに認められる事実は以下のとおりである。

すなわち,4月17日,愛知県警察本部刑事部機動捜査隊H分駐のI巡査長らは,被告人を愛知警察署に任意同行した上,逮捕状を執行した。その際,被告人は,

はい,そのとおりですが,入れてはいないと思います。

と答えた。その後,Iは愛知警察署J巡査部長に被告人を引致し,Jが弁解録取手続を行った。その際,被告人は,

私がやった事に間違いありません。ただ入れてはいないと思います。

と供述した(乙8)。その後,検察官への送致の手続がとられ,検察官Kが弁解録取手続を行った。その際,被告人は,

入っていたと思います。

と供述した(乙20)。その後,4月19日,Jによる取調べが行われ,被告人は,はさみを持っていた理由について,たまたま所持していたという供述をしていた(乙3)が,4月25日のKによる取調べでは,被告人は,はさみは女性を脅すために持っていたと供述を訂正している(乙35)。
(3)

取調官の供述の信用性
被告人の取調べ状況については,公判廷において,逮捕状の執行の段階については,Iが,その後の取調べの状況については,乙2から5までの取調べを行ったJが,それぞれ供述している。
I供述には,特段,信用性を疑わせるような事情は認められず,その供述の信用性は高いと考えられる。
また,J供述には,任意性が問題となっている供述調書が作成された後の取調べの状況については不自然な点が残るものの,少なくとも,乙2から6までの供述調書が作成された4月19日から29日までの取調べ状況については,特に不自然な点が認められず,後述のとおり被告人供述が信用できないことと合わせて考えると,その部分に関してはおおむね信用することができると考えられる。

(4)

被告人供述の信用性
被告人は,逮捕直後に自白してしまった理由として,刑事から

おまえがやったに決まっているだろう。認めんと今日は出れんぞ。

と言われ,胸ぐらをつかまれたり,頭を叩かれるなどの暴行を受けたので,認めれば出られると考え,やりましたと認めたと供述している。
しかし,被告人は,その後勾留され,逮捕された当日に釈放されなかったにもかかわらず,警察官や弁護人に,特に文句を言ったり,相談をしたりしていない。被告人が,認めれば出られると考えていたとするには,不合理な態度といわざるを得ない。また,認めれば出られると考えていながら,なぜ姦淫行為について否認したかについては,被告人は曖昧な供述しかしておらず,その理由は明らかではない。さらに,前記(2)のとおり,警察官の前では否認していた姦淫行為について,検察官の前では認めているが,その理由について,被告人は,留置施設の同房者やJから検事に嫌われたら終わりだ,入れたと言わんと検事が納得しんから出れんぞなどと言われたからだと供述している。しかし,直接暴力や脅迫を受けていたという警察官の前で認めていなかったものについて,別の検察官の前で認める理由として,直ちに納得できる理由とはいえない。
また,前記(2)のとおり,被告人は,はさみを持っていた理由についても,たまたまであったという弁解をしていたが,やはり検察官の前では,計画的に持っていたという供述に訂正している。この理由について,被告人は,警察官のNから今日は遅くなるぞ,検事が怒っちゃうかもしれんぞという話を聞かされたからだと供述しているが,警察官の前で弁解していた内容について,なぜ検察官の前で認めるに至ったかという理由として,納得できる理由とはいえない。
さらに,被告人は4月19日付けでL弁護士を弁護人として選任しているが,Lは,公判廷において,被告人は,接見の時に余罪の取調べが厳しく,相当怒鳴られたりしたということを言っていたと供述している。被告人の供述するとおり,本件についても,警察官から暴力や脅迫を受けていたという
のであれば,余罪についてはL弁護人に相談しながら,なぜ本件について相談しなかったのかは理解に苦しむところである。被告人は,L弁護人が,被害者との示談に尽力していたから,取調べのことについて言い出せなかったと供述しているが,納得のできる説明とはいえない。
以上からすると,取調べ状況に関する被告人の公判供述を信用することはできない。
(5)

結論
以上のとおり,任意性の問題となっている調書が作成された当時の取調べ状況に関するI・Jの両供述は信用することができ,さらに,被告人が供述する自白に至る経緯に不自然な点が多いことからすると,乙2から6までの被告人の供述調書について,任意性に疑いが生じているとはいえない。
3
信用性
被告人の捜査段階における供述は,被告人が犯人であると認めるものであり,犯人のものと考えられる複数の精液様の痕から,被告人のDNA型と一致する精子が検出されている事実と符合する内容である。
さらに,犯行の状況について,被害者の供述と細部では食い違いが認められるものの,おおむね一致するものとなっている。
そして,被告人と被害者の供述が大きく食い違う点は,犯人が左右どちらの手を使っていたかという点である。この点に関する被告人と被害者の供述は,完全に左右が入れ違っている。しかし,突然,強姦の被害にあった被害者が,犯人が使っていた手を正確に認識・記憶できなかったとしても,それほど不自然ではない上,被害者は,被害直後に,捜査官を被害者と犯人に模した再現見分を行っているが,その指示の際に,手を取り違えて指示をした可能性も否定できない。いずれにしても,被告人の捜査段階の供述が客観的な状況と矛盾するとまではいえず,このことをもって,被告人の捜査段階の供述の信用性が否定されるとはいえない。

その他,被害者に犯人の乳首をなめさせた場所,被害者のバッグの持ち方,被害者の髪型と髪の色などについて,被告人と被害者の供述は齟齬をしているが,いずれも表現の違いや勘違いが生じうるような内容に過ぎず,被告人の捜査段階の供述が客観的状況に矛盾しているとはいえない。また,被告人と被害者の供述の相違をもって,被告人の犯人性を否定する根拠となる無知の暴露であると認めることはできない。以上からすれば,被告人の捜査段階の供述が客観的な状況に矛盾しているとは認められず,その供述は十分に信用することができる。
第4
1
アリバイについて
弁護人の主張
弁護人は,被告人は本件犯行の行われた日の午後8時ころ,アルバイト先の学習塾にいたのであり,被告人には,本件犯行は不可能であると主張している。そこで,アリバイの成否について検討する。

2
犯行時刻の特定
証拠から認められる本件犯行の経緯は,以下のとおりである。
すなわち,午後7時34分40秒ころ,被害者の乗ったバスがkバス停に到着した(なお,捜査報告書(甲76)添付の速度チャートによれば,同バスはkバス停に午後7時34分20秒ころに到着したとなっている。しかし,同速度チャートでは,同バスがlバス停を出発したのが午後7時24分40秒となっており,同バス停の定時の出発時刻が午後7時25分であること(甲36)からすると,同速度チャートの示す時刻は20秒遅れている疑いが認められ,午後7時34分40秒がkバス停にバスが到着した時刻であると認められる。)。
そして,被害者は,バス停から約427.5メートル離れた愛知県豊明市a町ef番地g先まで徒歩で移動した(甲37,6)。この距離を時速4キロメートルで移動したとすると,約6分30秒程度である。

同所において,被害者は犯人から襲われた。この時刻は,午後7時41分ころと推認される。そして,被害者は,犯人により同町hi番地先路上まで連行されているが,被害者供述によれば,犯行は10分程度継続したということ(甲3)であり,犯行終了時刻は,午後7時51分ころと推認される。3
アリバイの検討
被告人が犯人の場合,自宅に寄り,スーツに着替えた上で,学習塾に行ったと考えられる。犯行が終了した場所から被告人の自宅までは,383.5メートルであり,駆け足で2分程度で移動できる(甲37,38)。さらに,被告人の自宅から学習塾までは,692メートルであり,自転車を使えば2分25秒で,自動車を使えば1分21秒で移動できる(甲37,38)ため,スーツに着替える時間として10分かかったとしても,自転車か自動車を利用して移動すれば,8時5分ころには塾に着くことが可能である。なお,弁護人は,被告人が徒歩で移動したことを前提として,時刻を計算しているが,それを裏付けるに足りる客観的な証拠はなく,上記のように考えるのが相当である。そして,Mの供述(甲39,弁2)によれば,被告人からの授業は午後8時から始まるが,被告人が10分ほど遅れてきたことが1度あったところ,被告人は,4月19日付け警察官調書(乙3)及び4月29日付け検察官調書(乙6)において,犯行当日は塾に5分ほど遅れて到着した旨述べている。いずれも被告人が自白していた段階であり,アリバイの有無など何ら問題となっていなかった時点での供述であることを考慮すると,その信用性は高い。以上述べたことからすれば,被告人について,弁護人が主張するようなアリバイが成立しているとはいえない。

第5

結論
以上のとおり,被告人が本件強姦の犯人であることに合理的な疑問は生じていない。

【法令の適用】

罰条
刑法177条前段

未決勾留日数の算入

刑法21条(480日算入)

訴訟費用の不負担

刑事訴訟法181条1項ただし書

【量刑の理由】
1
本件は,被告人が,徒歩で通行中の被害女性に対し,口を手でふさぎ,はさみを示すなどの暴行脅迫を加え,強姦したという事案である。

2
本件犯行は,見ず知らずの被害者をはさみを示して脅すというものであり,被告人は,自己の性欲を満足させるためだけに,女性の人格を無視した卑劣な犯行に及んでいる。
被害者は,帰宅途中に,突如,被告人から襲われ,殺すぞなどと脅された上,はさみを示されるなどの脅迫に遭い,口淫させられた上,強姦されている。被害者が感じた恐怖は相当なものであり,本件被害によって,被害者の感じたであろう肉体的苦痛,精神的苦痛は,計り知れないものがある。しかも,被害者は,自宅近くで被害に遭っており,被害現場の近くを通るたびに,被害のことを思い出すと供述しており,犯行後にも被害者の心に重大な傷跡が残ってしまっている。それにもかかわらず,被告人は,被害者に対し,何ら慰謝の措置を講じていない。被害者は,被告人をなるべく長い間,刑務所に入れてくださいと供述しているが,そのような被害感情を持つことは当然である。しかも,被告人は,本件犯行を行ったことを強く否認するなど,反省の態度は全く見られない。
以上からすれば,被告人の刑事責任には,重いものがある。
そうすると,被告人が犯行時22歳と若いことなど,被告人のために酌むことのできる事情を最大限に考慮しても,被告人を主文の刑に処するのが相当である。

(検察官岩下新一郎,弁護人藤井成俊(主任),同高橋一之,同長谷川鉱治(いずれも私選)各出席)

(求刑

懲役6年,はさみの没収)

平成20年3月11日
名古屋地方裁判所刑事第2部

裁判長裁判官

伊藤
裁判官

大村泰平
裁判官

棚村治邦納
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