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退去強制令書発付処分取消等請求事件(第1事件)、難民の認定をしない処分取消請求事件(第2事件)、退去強制令書発付処分取消等請求事件(第3事件)、難民の認定をしない処分取消請求事件(第4事件)、平成18年(行ウ)第706号 訴えの追加的併合申立て事件(第5事件)
事件番号平成17(行ウ)493等
事件名退去強制令書発付処分取消等請求事件(第1事件),難民の認定をしない処分取消請求事件(第2事件),退去強制令書発付処分取消等請求事件(第3事件),難民の認定をしない処分取消請求事件(第4事件),平成18年(行ウ)第706号 訴えの追加的併合申立て事件(第5事件)
裁判年月日平成20年2月21日
法廷名東京地方裁判所
判示事項難民の認定をしない処分を受け,併せて出入国管理及び難民認定法61条の2の2第2項に基づき在留特別許可をしない処分を受けた者が,出訴期間を徒過して提起した同処分の取消しを求める訴えが,適法とされた事例
裁判要旨難民の認定をしない処分を受け,併せて出入国管理及び難民認定法61条の2の2第2項に基づき在留特別許可をしない処分を受けた者が,出訴期間を徒過して提起した同処分の取消しを求める訴えにつき,法務大臣等は,従前,難民の認定をしない処分に対する異議申立てに理由がない旨の決定をする際,併せて出入国管理及び難民認定法61条の2の2第2項に基づく在留特別許可に関する判断を行うなどしていたという事実を前提にすると,難民の認定をしない処分とともに在留特別許可をしない処分を受け,前者に対して異議申立てをした者としては,異議申立てに理由がない旨の決定がされ,改めて在留特別許可をしない処分がされた段階で,両処分の取消しを求めて提訴するのが最も都合が良く,このような方法を予定して当初の在留特別許可をしない処分について提訴を見送っていたとしても,これを責めることはできないとした上,前記の者は,前記難民の認定をしない処分に対する異議申立てに理由がない旨の決定を受けたが,改めて在留特別許可に関する判断はされなかったところ,当該決定に係る通知がされた日から6か月以内に前記訴えを提起していることからすると,前記在留特別許可をしない処分の取消訴訟は,自己に改めて在留特別許可に関する判断がされないことが判明した後,遅滞なく提起されているとみることができるから,出訴期間の徒過については,行政事件訴訟法14条1項及び2項所定の「正当な理由」があるとして,前記訴えを適法とした事例
裁判日:西暦2008-02-21
情報公開日2017-10-19 19:04:31
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主文1
原告らの請求をいずれも棄却する。

2
訴訟費用は原告らの負担とする。

第1
1実及び理由
請求
第1事件関係
(1)

法務大臣が平成17年4月28日付けで原告P1に対してした出入国管
理及び難民認定法49条1項に基づく同原告の異議の申出は理由がない旨の裁決を取り消す。
(2)

東京入国管理局主任審査官が平成17年4月28日付けで原告P1に対
してした退去強制令書発付処分を取り消す。
2
第2事件関係
法務大臣が平成17年4月27日付けで原告P1に対してした難民の認定をしない処分を取り消す。

3
第3事件関係
(1)

東京入国管理局長が平成18年7月7日付けで原告P2に対してした出
入国管理及び難民認定法49条1項に基づく同原告の異議の申出は理由がない旨の裁決を取り消す。
(2)

東京入国管理局主任審査官が平成18年7月13日付けで原告P2に対
してした退去強制令書発付処分を取り消す。
4
第4事件関係
法務大臣が平成17年8月3日付けで原告P2に対してした難民の認定をしない処分を取り消す。

5
第5事件関係
東京入国管理局長が平成17年8月15日付けで原告P2に対してした出入国管理及び難民認定法61条の2の2第2項による在留特別許可をしない処分を取り消す。
第2
1
事案の概要
難民に関する法令の定め
(1)

法務大臣は,本邦にある外国人からの申請に基づき,その者が難民であ
るか否かの認定を行う(出入国管理及び難民認定法(以下,単に入管法という。
)61条の2第1項)

そして,平成16年法律第73号による改正前の入管法(以下改正前入管法という。)61条の2第2項は,前項の申請は,その者が本邦に上陸した日(本邦にある間に難民となる事由が生じた者にあつては,その事実を知つた日)から六十日以内に行わなければならない。ただし,やむを得ない事情があるときは,この限りでない。と規定していた。(2)

入管法上,難民とは,難民の地位に関する条約(以下難民条約とい
う。
)1条の規定又は難民の地位に関する議定書(以下難民議定書という。
)1条の規定により難民条約の適用を受ける難民のことである(同法2条3号の2)
。そして,無国籍者でない者については,難民条約1条A(2)
及び難民議定書1条1・2によれば,
人種,宗教,国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために,国籍国の外にいる者であつて,その国籍国の保護を受けることができないもの又はそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まないものが難民条約の適用を受ける難民であるから,この定義に当てはまる者が入管法にいう難民である。本判決において難民という場合,この意味における難民を指す。2
前提事実(争いのない事実及び顕著な事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
以下,海外における事情等については,西暦でのみ表記する。
(1)

原告らの身上等

原告P1(以下原告夫という。
)は,▲年▲月▲日,ミャンマー連

邦(当時の国名はビルマ連邦社会主義共和国。以下においては便宜上「ミャンマー」で統一する。
)において出生した同国国籍を有する外国人男性
である(乙B1)


原告P2(以下原告妻という。
)は,▲年▲月▲日,ミャンマーに

おいて出生した同国国籍を有する外国人女性である(乙B33)


原告夫と原告妻は,中華人民共和国マカオ特別行政区(以下マカオという。
)に滞在中(後記(2)ア(イ),同イ(イ))に知り合い,平成15年1月5日,本邦において,ミャンマーの方式に従って結婚誓約書に署名をしたが,その旨の官署への届出はしていない(乙B12,35)。

(2)

原告らのミャンマー出国及び来日までの状況
原告夫のミャンマー出国及び来日までの状況
(ア)

原告夫は,1996年12月12日,ミャンマーにおいて自己名義
の旅券の発給を受け,1997年9月12日,これを用いて正規の手続でミャンマーを出国した(乙B1,12)

(イ)

原告夫は,ミャンマーを出国した後,約4年8か月間,マカオに滞
在し,警備員として稼働していたが,難民であるとして庇護を求めることはしなかった(乙B1,10,22,23)

(ウ)

原告夫は,1999年及び2001年,在香港ミャンマー総領事

館において,自己名義の旅券の更新手続を2度行った(乙B1,12)。

原告妻のミャンマー出国及び来日までの状況
(ア)

原告妻は,2000年12月4日,ミャンマーにおいて自己名義の
旅券の発給を受け,同月18日,これを用いて正規の手続でミャンマーを出国した(乙B33,35,38)

(イ)

原告妻は,ミャンマーを出国した後,約1年8か月間,マカオに滞
在し,警備員として稼働していたが,難民であるとして庇護を求めることはしなかった(乙B33,35,38,49,50)

(3)

原告らの本邦への入国及び在留状況
原告夫の本邦への入国及び在留状況
(ア)

原告夫は,平成14年(2002年)5月9日,香港からP3××
×便にて新東京国際空港(現在の成田国際空港。以下成田空港という。
)に到着し,東京入国管理局成田空港支局入国審査官から改正前入管法所定の在留資格短期滞在
,在留期間90日とする上陸許可
を受け,本邦に入国した(乙B1から3まで)

(イ)

原告夫は,平成14年5月13日,東京都中野区長に対し,
東京都中野区α××番3号β×××を居住地として,外国人登録法3条1項に基づく新規登録申請をした(乙B4)

(ウ)

原告夫は,在留期間の更新又は在留資格の変更の許可を受けること
なく,在留期限である平成14年8月7日を超えて本邦に不法残留した(乙B2,4,12)

(エ)

原告夫は,平成16年2月26日,東京都杉並区長に対し,
東京都杉並区γ××番13号δを居住地とする外国人登録法8条1項に基づく居住地変更登録申請をした(乙B4)

(オ)

原告夫は,本邦に入国し約3か月経過したころから,東京都内の飲
食店において稼働していた(乙B10)


原告妻の本邦への入国及び在留状況
(ア)

原告妻は,平成14年(2002年)8月15日,香港からP4×
××便で成田空港に到着し,東京入国管理局成田空港支局入国審査官から改正前入管法所定の在留資格短期滞在
,在留期間90日とす
る上陸許可を受け,本邦に入国した(乙B19,20,33,35)。
(イ)

原告妻は,平成14年8月21日,東京都杉並区長に対し,居住地
を東京都杉並区γ××番2号εとして,外国人登録法3条1項に基づく新規登録申請をした(乙B21)

(ウ)

原告妻は,在留期間の更新又は在留資格の変更の許可を受けること
なく,在留期限である平成14年11月13日を経過して本邦に不法残留した(乙B19,21,35)

(エ)

原告妻は,本邦に入国した後,東京都内のホテルや会社の清掃員,
又は飲食店のホール係等として稼働していた(乙B35,38)

(4)

原告らに対する退去強制手続
原告夫に対する退去強制手続
(ア)

警視庁鉄道警察隊警察官は,平成17年2月18日,警視庁杉並警
察署において,原告夫を入管法違反(不法残留)容疑により現行犯として逮捕した(乙B5)

(イ)

原告夫は,
平成17年3月1日,
東京地方検察庁において,
上記(ア)

の容疑につき起訴猶予処分を受けた(乙B6)

(ウ)

東京入国管理局入国警備官は,平成17年3月1日,東京入国管理
局において,原告夫に係る違反調査をし,その結果,原告夫が入管法24条4号ロに該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして,同年2月28日付けで東京入国管理局主任審査官から発付を受けた収容令書を執行し,原告夫を東京入国管理局収容場に収容した上,入管法24条4号ロ該当容疑者として東京入国管理局入国審査官に引き渡した(乙B6から8まで)

(エ)

東京入国管理局入国審査官は,平成17年3月2日及び同月9日,
東京入国管理局において,原告夫に係る違反審査をし,その結果,同月9日,原告夫が入管法24条4号ロに該当する旨の認定をし,原告夫にこれを通知した(乙B9から11まで)これに対し,原告夫は,同日,。
東京入国管理局特別審理官による口頭審理を請求した(乙B10)。
(オ)

東京入国管理局特別審理官は,平成17年3月18日,原告夫に係る口頭審理をし,その結果,東京入国管理局入国審査官の上記(エ)の認定に誤りはない旨判定し,原告夫にこれを通知した(乙B12,13)。
これに対し,原告夫は,同日,法務大臣に対し,異議の申出をした(乙B14)

(カ)

法務大臣は,平成17年4月28日,原告夫からの異議の申出には
理由がない旨の裁決(以下本件夫裁決という。
)をし,東京入国管
理局主任審査官に通知した(乙B15から17まで)

上記通知を受けた東京入国管理局主任審査官は,
同日,
原告夫に対し,
本件夫裁決を通知するとともに,退去強制令書を発付し(以下本件夫退令発付処分という。,上記退去強制令書に基づき引き続き原告夫)
を東京入国管理局収容場に収容した(乙B17,18)

(キ)

原告夫は,平成17年8月12日,仮放免の許可を受けて東京入国
管理局収容場から出所した(乙B18)

原告夫は,現在も仮放免中である。

原告妻に対する退去強制手続
(ア)

東京入国管理局入国警備官は,平成17年3月1日付け東京入国管
理局難民調査部門首席審査官からの退去強制容疑者通報に基づき,同月8日,原告妻について入管法違反容疑で立件をした(乙B32)

(イ)

東京入国管理局入国警備官は,平成17年5月25日,原告妻につ
いて違反調査を行った結果,原告妻が入管法24条4号ロ(不法残留)に該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして,同年7月6日,東京入国管理局主任審査官から収容令書の発付を受け,同月12日,同令書を執行して原告妻を東京入国管理局収容場に収容した上,入管法24条4号ロ該当容疑者として東京入国管理局入国審査官に引き渡した(乙B35から37まで)

(ウ)

東京入国管理局入国審査官は,平成17年7月12日,原告妻について違反審査をし,その結果,原告妻が入管法24条4号ロに該当し,かつ,出国命令対象者に該当しない旨の認定を行い,原告妻にこれを通知した(乙B38,39)
。これに対し,原告妻は,東京入国管理局特
別審理官による口頭審理を請求した(乙B38)

(エ)

東京入国管理局主任審査官は,平成17年7月12日,原告妻に対
し,仮放免を許可した(乙B46)

(オ)

東京入国管理局特別審理官は,平成17年8月24日,原告妻につ
いて口頭審理を実施した結果,東京入国管理局入国審査官の上記(ウ)の認定は誤りがない旨判定し,
原告妻にこれを通知した乙B40,

41)

これに対し,原告妻は,同日,法務大臣に対し,異議の申出をした(乙B42)

(カ)

入管法69条の2に基づき権限の委任を受けた東京入国管理局長

は,平成18年7月7日,原告妻からの異議の申出には理由がない旨の裁決(以下本件妻裁決といい,本件夫裁決と併せて本件各裁決
という。
)をし,東京入国管理局主任審査官に通知をした(乙B43,
44)

上記通知を受けた東京入国管理局主任審査官は,同月13日,原告妻に対し,本件妻裁決を通知するとともに,退去強制令書を発付し(以下本件妻退令発付処分といい,本件夫退令発付処分と併せて本件各退令発付処分という。),東京入国管理局入国警備官は,同日,退去
強制令書を執行し,原告妻を東京入国管理局収容場に収容した(乙B45,47)

(キ)

東京入国管理局主任審査官は,平成18年7月13日,原告妻に対
し,仮放免を許可した(乙B47,48)

原告妻は,現在,仮放免中である。
(5)

原告らの難民認定手続

原告夫の難民認定手続
(ア)

原告夫は,平成17年3月7日,法務大臣に対し,難民認定申請を
した(乙B22)

(イ)

東京入国管理局難民調査官は,平成17年4月5日及び同月6日,
原告夫から事情を聴取するなどの調査をした(乙B25,26)

(ウ)

法務大臣は,上記(ア)の難民認定申請について,平成17年4月2
7日,原告夫に対し,下記の理由を付した上で,難民の認定をしない処分(以下本件夫難民不認定処分という。
)をし,同月28日,これ
を通知した(乙B27)
。これに対し,原告夫は,同年5月2日,異議
申立てをした(乙B28)


あなたは,
特定の社会的集団の構成員であること及び政治的意見を理由とした迫害を受けるおそれがあると申し立てています。しかしながら,


あなたに対して正規に旅券が発給され,正規に出国手続もなされ
ていること



あなたは,在香港ミャンマー大使館において旅券の有効期限延長
を行っていること



あなたは,本邦入国後,入国管理局に収容されるまで,特に合理
的な理由なくして難民認定申請に及んでいないこと



あなたの主張する本国内及び本国出国後の活動内容やあなたの提
出した証拠からも,あなたが現在帰国した場合の客観的・具体的な迫害のおそれを認めるに足りる十分な証拠があるとは認め難いこと
等からすると,申立てを裏付けるに足りる十分な証拠があるとは認め難く,あなたは,難民の地位に関する条約第1条A(2)及び難民の地位に関する議定書第1条2に規定する難民とは認められません。
また,あなたの難民認定申請は,出入国管理及び難民認定法第61条の2第2項所定の期間を経過してなされたものであり,かつ,同項ただし書の規定を適用すべき事情も認められません。
(エ)

東京入国管理局難民調査官は,平成18年2月27日,原告夫に対
する審尋等を実施した(乙B30)

(オ)

法務大臣は,平成18年7月4日,原告夫に対し,上記(ウ)の異議
申立てに理由がない旨の決定をし,同月13日,これを通知した(乙B31)


原告妻の難民認定手続
(ア)

原告妻は,平成17年3月1日,法務大臣に対し,難民認定申請を
した(乙B49)

(イ)

東京入国管理局難民調査官は,平成17年4月14日及び同月15
日,原告妻から事情を聴取するなどの調査をした(乙B52,53)。
(ウ)

法務大臣は,上記(ア)の難民認定申請について,平成17年8月3
日,原告妻に対し,下記の理由を付した上で,難民の認定をしない処分(以下本件妻難民不認定処分といい,本件夫難民不認定処分と併せて本件各難民不認定処分という。
)をし,同月30日,これを通知
した(乙B54)これに対し,原告妻は,同日,異議申立てをした(乙。
B56)


あなたは,
特定の社会的集団の構成員であること及び政治的意見を理由とした迫害を受けるおそれがあると申し立てています。しかしながら,


あなたは,1996年に反政府デモに参加したことを申し立てて
いますが,あなたが,デモの参加者の一人として参加したにすぎないこと,また,その後,あなたに対して旅券が発給され,問題なく出国手続もなされていることから,
少なくともその時点においては,
政府から反政府活動家として把握されていたとは認め難いこと


あなたは,マカオ滞在中に何らかの反政府活動を行った旨の申立
てや供述を行っておらず,また,あなたの夫が入国管理局に収容されるまでの間,特に合理的な理由もなく難民認定申請に及んでいないことから,迫害をおそれて出国したものとは認め難いこと



あなたは,
本邦において,
P5に所属しデモ活動等を行い,
また,
2005年からは,P5の会計副責任者に就任したことを申し立てていますが,あなたの活動は,短期間である上,その内容も主導的立場ではないことから,本国政府が反政府活動家として注視しているとは考え難いことから,あなたが現在帰国した場合の客観的・具体的な迫害のおそれを認めるに足りる十分な証拠があるとは認め難いこと

等からすると,申立てを裏付けるに足りる十分な証拠があるとは認め難く,あなたは,難民の地位に関する条約第1条A(2)及び難民の地位に関する議定書第1条2に規定する難民とは認められません。
(エ)

入管法69条の2に基づき権限の委任を受けた東京入国管理局長

は,平成17年8月15日,原告妻に対し,同法61条の2の2第2項の規定による在留特別許可をしない処分以下本件妻在特不許可処分」(
という。)をし,同月30日,これを通知した(乙B55)。(オ)東京入国管理局難民調査官は,平成18年2月27日,原告妻に対する審尋等を実施した(乙B30)。(カ)法務大臣は,平成18年7月4日,原告妻に対し,上記(ウ)の異議申立てに理由がない旨の決定をし,同月13日,これを通知した(乙B59)。その際,改めて原告妻に係る在留特別許可に関する判断がされることはなかった。(6)本件各訴訟の提起原告夫は,平成17年10月28日,本件夫裁決及び本件夫退令発付処分の取消しを求め,東京地方裁判所に訴えを提起した(第1事件)。原告夫は,平成18年8月28日,本件夫難民不認定処分の取消しを求め,東京地方裁判所に訴えを提起した(第2事件)。原告妻は,同日,本件妻裁決及び本件妻退令発付処分の取消しを求め,東京地方裁判所に訴えを提起した(第3事件)。原告妻は,同日,本件妻難民不認定処分の取消しを求め,東京地方裁判所に訴えを提起した(第4事件)。原告妻は,同年12月20日,本件妻在特不許可処分の取消しを求め,東京地方裁判所に訴えの追加的併合の申立てをした(第5事件)3争点本件の争点は,以下のとおりである(争点(1)は第2事件及び第4事件にかかわる争点,争点(2)は第1事件及び第2事件に共通する争点,争点(3)は第3事件,第4事件及び第5事件に共通する争点,争点(4)は第2事件のみにかかわる争点,争点(5)は第5事件のみにかかわる争点,争点(6)は第1事件,第3事件及び第5事件にかかわる争点である。。これらについて摘示すべき当事)者の主張は,後記第3「争点に対する判断において記載するとおりである。(1)

本件各難民不認定処分には適法な理由付記があるか。

(2)

原告夫が難民に該当するか。

(3)

原告妻が難民に該当するか。

(4)

原告夫が本邦に上陸した日から60日以内に難民認定の申請をしなかっ
たことが改正前入管法61条の2第2項の規定に違反したものといえるか(原告夫に同項ただし書にいうやむを得ない事情」
があったといえるか。。)(5)本件妻在特不許可処分の取消訴訟の適法性(6)本件妻在特不許可処分,本件各裁決及び本件各退令発付処分の適法性第31争点に対する判断争点(1)(本件各難民不認定処分の理由付記の適法性)について(1)入管法61条の2第2項(改正前入管法61条の2第3項)は,法務大臣は,難民の認定をしないときは,「当該外国人に対し,理由を付した書面をもつて,その旨を通知すると規定しているが,原告らは,本件各難民不認定処分の理由では,どのような基準によって難民性の判断がされているのかが全く不明であり,上記規定の趣旨に反し,理由不備の違法があると主張する。
一般に,法律が行政処分に理由を付記すべきものとしているのは,処分庁の判断の慎重さと合理性を担保してその恣意を抑制するとともに,処分の理由を相手方に知らせることによってその不服申立てに便宜を与える趣旨に出たものであり,理由付記に当たり,どの程度の記載をすべきかは,処分の性質と理由付記を命じた各法律の規定の趣旨・目的に照らしてこれを決定すべきである(最高裁昭和38年5月31日第二小法廷判決・民集17巻4号617頁,最高裁昭和60年1月22日第三小法廷判決・民集39巻1号1頁参照)

難民の認定における立証責任の所在については,入管法61条の2第1項の文理のほか,難民認定処分が授益処分であることなどにかんがみれば,難民認定申請者が自らが難民であることの立証責任を負うと解すべきである。このことと,上に述べた理由付記の制度趣旨からすれば,難民認定の申請に対し,証拠関係を総合しても申請者が難民であることを基礎付ける事実が認められないと判断される場合,法務大臣は,これを処分理由として付記すれば足り,それ以上に心証形成過程を逐一具体的に記載する必要はないと解される。
(2)

本件夫難民不認定処分の理由付記について
本件夫難民不認定処分の理由の記載は,前記前提事実(第2の2)(5)ア(ウ)のとおりであり,原告夫が難民とは認められないという部分と,原告夫に係る難民認定申請が,改正前入管法61条の2第2項所定の期間を経過してなされたものであり,同項ただし書の規定を適用すべき事情(やむを得ない事情)も認められないという部分の二つに分かれる。原告らが問題とするのは前者であるが,この部分は,難民該当性を否定する方向に働く原告夫にかかわる客観的な事実を掲げるほか(同理由中の①から③まで)あなた,の主張する本国内及び本国出国後の活動内容やあなたの提出した証拠からも,あなたが現在帰国した場合の客観的・具体的な迫害のおそれを認めるに足りる十分な証拠があるとは認め難いとして,原告夫の主張の内容を前提にしても,迫害のおそれは認められず,これを認めるに足りる十分な証拠がない旨の判断を示した上(同④)
,原告夫の申立てを裏付けるに足りる十分
な証拠があるとは認め難く,原告夫を難民とは認められないとしている。上記(1)で説示したところによれば,難民不認定処分の理由としてはこれで足り,理由に不備はないというべきである。後者については,原告夫に係る難民認定申請について,改正前入管法61条の2第2項の適用があることを規定どおりに説明しており,おのずから理由は明確である。
したがって,本件夫難民不認定処分で示された理由は,理由付記を要求した入管法の趣旨に反するということはできず,その記載に不備があるとして同処分が違法とされることはない。
(3)

本件妻難民不認定処分の理由付記について
本件妻難民不認定処分の理由の記載は,前記前提事実(5)イ(ウ)のとおり
であり,難民該当性を否定する方向に働く原告妻にかかわる客観的な事実を掲げた上(同理由中の①から③まで),原告妻の申立てを裏付けるに足りる
十分な証拠があるとは認め難く,
原告妻を難民とは認められないとしている。
上記(1)で説示したところによれば,難民不認定処分の理由としてはこれで足り,理由に不備はないというべきである。したがって,本件妻難民不認定処分で示された理由は,理由付記を要求した入管法の趣旨に反するということはできず,その記載に不備があるとして同処分が違法とされることはない。
2
争点(2)(原告夫の難民該当性)について
(1)

はじめに
難民の意義は前記第2の1(2)において述べたとおりである。原告夫は,
自らが難民であることの根拠として特定の社会集団の構成員であること及び政治的意見を挙げるから,
原告夫が難民に該当するというためには,
これらを理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有すると認められることが必要である。ここにいう迫害とは,通常人が受忍することができない苦痛をもたらす攻撃ないし圧迫であって,生命・身体の自由の侵害又は抑圧を意味するもののことをいい,
十分に理由のある恐怖を有するとは,その者が主観的
に迫害を受けるおそれがあるという恐怖を抱いているだけでなく,通常人がその者の立場に置かれた場合に迫害の恐怖を抱くような客観的事情が存在していることをいう。
難民の認定における立証責任の所在については,上記1(1)のとおり,難民認定申請者自らが難民であることの立証責任を負うと解すべきである。(2)

ミャンマーの一般情勢
掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,原告夫の難民該当性を判断する際
に基礎とすべきミャンマーの一般的な情勢について,次の事実を認めることができる。

ミャンマーの政治情勢
ミャンマーでは,1988年に大規模な民主化運動があったが,同年9月に軍事クーデターが起こり,軍事政権である国家法秩序回復評議会(SLORC。StateLawandOrderRestorationCouncil)が政権を掌握した。軍事政権は,1989年7月,民主化運動のリーダー的存在となったアウンサンスーチーを自宅軟禁とし,その政治活動を禁止した上で,1990年5月,複数政党参加の総選挙を行ったが,アウンサンスーチー率いる国民民主連盟(NLD。NationalLeagueforDemocracy)が議席の約8割を占めて圧勝した。しかし,SLORCはNLDへの政権委譲を拒否した。SLORCは,1997年11月,国家平和開発評議会(SPDC。StatePeaceandDevelopmentCouncil)に改組したが,軍事政権の性格に変化はない。

ミャンマーにおける人権状況(甲A1から4まで,9)
軍事政権においては,一般国民及び政治活動家が数週間行方不明となったり,
拘束された者に対して当局が脅迫や拷問を加えているとされるなど,ミャンマー国民の権利自由は抑圧された状況にある。
NLDの活動を含め,
政治活動は厳しく制限されている。

(3)

原告夫の主張
原告夫は,難民に該当する根拠として,上記(2)の一般的な事情に加えて,
水産省に勤める公務員であった父が,1988年の民主化運動に参加したことにより解雇されたこと,同年の民主化運動に参加していた叔父が,軍事クーデター後,行方不明になっており,軍人に虐殺された可能性があること,原告夫が,同年の民主化運動に参加したほか,1996年の学生運動に参加するなどして逮捕されたこと,その後,軍情報部員の監視下に置かれるようになり,逮捕をおそれてミャンマーから出国したこと,来日後,反政府デモに参加し,ミャンマー政府関係者から写真を撮られていること,P5)に加入し,その執行委員を務めるなどして,反政府活動の中心的な役割を担っていること,P5の機関誌等に反政府デモに参加している原告夫の写真や原告夫の実名が書かれた詩が掲載されていること,両親が,原告夫の本邦における反政府活動を理由に軍情報部員から脅迫を受けていること等を主張するので,以下検討する。(4)

原告夫の難民該当性の具体的検討
来日までの事情について
(ア)

原告夫は,ミャンマーにおける家族関係,政治活動及び本邦に入国
する経緯等について,次のとおり供述する(甲B1,乙B10,12,22から26まで,30及び原告夫本人尋問)


父は,水産省に勤める公務員であったが,1988年の民主化運動に参加したことにより,解雇された。
また,叔父(原告夫の父の弟)は,1988年の民主化運動に参加していたが,同年9月18日以降,行方不明になっており,軍人に虐殺された可能性がある。


原告夫は,1988年,民主化運動に参加した。
また,原告夫は,1996年10月,学生デモ(参加者は2000人以上)に参加した後,さらに,同年12月,学習環境の向上や学生の権利を要求するための学生デモ(参加者は2000人以上)に参加し,その際,ミャンマー政府の兵士に逮捕され,原告夫を含む約200人の学生が競技場に連行され,約20∼30分間にわたって取調べを受けるなどした後,父とともに二度と政治活動をしない旨の誓約書に署名をして,釈放された。


原告夫は,1996年12月の学生デモへの参加後,同月20日から1997年9月12日の出国1週間前まで,ピンマナ市にある親戚の家に避難していた。その間,軍情報部員が両親宅を訪問し,原告夫がどこで何をしているのか質問してきたことがあったため,逮捕されることをおそれ,ミャンマーを出国して親戚の住むマカオに行くことにした。

(イ)

原告夫の上記(ア)の供述の検討a

原告夫は,父が1988年の民主化運動への参加を理由に公務員を解雇され,叔父も同運動の後に行方不明になり,軍人に虐殺された可能性があるなどと供述しているが,父及び叔父の民主化運動への参加を理由に原告夫がミャンマーにおいて迫害を受けたという事情は全証拠によっても認められない原告夫もそのような供述をしていない上(

記(ア)掲記の証拠)。また,叔父の行方不明の原因も正確には分か)
らず,軍人に虐殺された可能性があるというのも噂の域を出ないものである。したがって,これらの者と家族又は親戚の関係にあるというだけで,原告夫が殊更ミャンマー政府から関心をもたれ,監視や迫害の対象とされていたなどとは考えられず,これらをもって迫害の恐怖を抱くような客観的事情に当たるとみることもできない。


また,上記(ア)掲記の証拠によれば,原告夫は,ミャンマーにおいて,政治組織に所属せず,1988年の民主化運動への参加当時は11歳であり,1996年10月及び12月の学生デモについても,多数の参加者の中の一人という位置付けにすぎず,周囲から注目を浴びるような指導的な立場にはなかったと認められる。また,原告夫は,同年12月の学生デモの際に逮捕され,競技場に連行されて取調べを受けたと供述しているが,これも多数の学生らとともに逮捕・連行されたものであり(原告夫の供述によれば,原告夫は約50人の学生とともに1台のトラックに乗せられ,原告夫らを含む約200人の学生が競技場に連行されたとしている。,取調べ時間も約20∼30分)
間と比較的短時間であり,父とともに今後二度と反政府活動をしない旨の誓約書に署名して,逮捕から1日で釈放されていることからしても,ミャンマー政府が原告夫を危険な反政府活動家であるとして脅威に感じていたり,殊更敵視したりしていたとは考え難い。


さらに,原告夫は,本人尋問において,上記(ア)のとおり,1996年12月の学生デモへの参加後,同月20日から1997年9月12日のミャンマー出国の1週間前まで,ピンマナ市にある親戚の家に避難しており,その間,軍情報部員が両親宅を訪問してきた旨供述している。
しかし,原告夫は,平成17年4月6日の東京入国管理局難民調査官による調査の際には,1996年12月に学生デモに参加するなどした後,約1か月間,祖父の弟の家に滞在していたが,1997年1月には両親宅に戻り,同年9月12日の出国までの約8か月間,両親の営む喫茶店の手伝いをして過ごしており,その間,政府関係者から何ら出頭要請等の接触はなかったと供述していることに照らすと(乙B26)
,上記原告本人尋問における供述をそのまま信用することは
できず,かえって,原告夫は,ミャンマー政府から監視の対象とされることなく,平穏に暮らしていたといえる。
それゆえ,原告夫が軍情報部員に逮捕されることをおそれてミャンマーを出国したとは認められず,
他にこれを認める足りる証拠もない。
(ウ)

原告夫の難民該当性を否定する方向に働く事情の存在
以上のとおり,原告夫の主張,供述を個々に検討しても,ミャンマー
出国前の事情により,原告夫がミャンマー政府から迫害を受けるおそれがあったとは認められない。これに加えて,原告夫の難民該当性を否定する方向に働く事情として以下の事実を指摘することができる。


原告夫は,1997年9月12日,自己名義の旅券を取得し,これを用いて正規の手続でミャンマーを出国したこと(前記前提事実(2)ア(ア))



原告夫は,ミャンマー出国後,約4年8か月間,マカオに滞在していたが,難民であるとして庇護を求めることはしなかったこと(前記前提事実(2)ア(イ))③

原告夫は,1999年及び2001年,在香港ミャンマー総領事館において,自己名義の旅券の更新手続を2度行っていること(前記前提事実(2)ア(ウ))



マカオを出国し,日本に入国した理由について,観光や勉強の目的によるものであると述べていること(甲B1,乙B10,25)
すなわち,上記①の事実によれば,ミャンマー出国当時,原告夫が,
ミャンマー政府から殊更注目を浴びるような政治活動家であったとは認め難いし,上記②から④までの原告夫の行動は,迫害を逃れて出国した者の行動としては不自然であるといわざるを得ず,ブローカーを通じて旅券の取得や更新の手続をしたとの原告夫の供述を前提にしても,原告夫にミャンマー政府からの迫害を恐れていたという切迫感があったとは認められない。
(エ)

以上の諸点を総合的に考慮すれば,1997年9月12日にミャン
マーを出国した当時,原告夫がその政治的意見等を理由にミャンマー政府から迫害を受けるおそれのある客観的事情が存在したと認めることはできず,これは平成14年(2002年)5月9日に来日した当時も同様であったといえるから,来日当時,原告夫が難民に該当していたということはできない。

来日後の事情について
(ア)

原告夫は,本邦における政治活動等について,次のとおり供述する
(甲B1,乙B10,12,22から26まで,30及び原告夫本人尋問)


原告夫は,来日後,平成15年6月ころから,国会議事堂前,外務省前,各国大使館前等において,反政府デモを行っているほか,ビルマ少数民族の難民に対する資金援助をするなど,民主化運動・反政府活動をしている。そして,在日本ミャンマー大使館前のデモに参加した際,同大使館関係者にデモに参加している写真を撮られている。また,反政府活動を行っている写真が,P6のウェブページに表示されている。

原告夫は,平成15年7月ころ,P5に入会の申込みをし,同年12月30日,正式に入会した。そして,平成18年12月,P5の執行委員(社会福祉・会員担当)に選任され,P5の機関誌○○に
その旨掲載された。
P5は,上記○○を,毎月,在日本ミャンマー大使館に送付し
ているところ,同誌には,原告夫が上記執行委員に就任した事実や反政府活動をしている写真が掲載されている。また,他の雑誌にも原告夫の名前入りの原稿が掲載されている。


ミャンマーに居住する両親は,喫茶店を営んでいるところ,軍情報部員から,原告夫の本邦における反政府活動をやめさせるよう脅迫されるなど,原告夫の本邦における反政府活動を理由に営業妨害を受けている。


原告夫は,1996年12月,学生デモに参加して逮捕・連行された際,今後二度と反政府活動をしない旨の誓約書に署名をさせられたから,本邦において公然と反政府活動をしている今ミャンマーに帰国すると,同政府から迫害を受ける。

(イ)

原告夫の上記(ア)の供述の検討
原告夫は,来日後,
平成15年6月ころから,
多数のデモに参加し,
在日本ミャンマー大使館関係者から写真を撮られていると供述しているが,デモの写真(甲B13,15)を見ても,原告夫のこれらの活動は,いずれも多数のミャンマー人が参加する中で,その一参加者としてデモ等に加わったというにすぎず,その態様から見ても特別目立った存在とはいえず,原告夫が中心的役割を担っていたものであるとも認められない。それゆえ,これらの活動によりミャンマー政府が原告夫を危険な反政府活動家であるとして脅威に感じたり,殊更敵視したりしているとは考え難い。

P5の会員としての活動も,上記デモへの参加や会議への参加程度であるから,これらの活動によりミャンマー政府が原告夫を危険な反政府活動家であるとして脅威に感じたり,殊更敵視したりしているとは考え難い。
また,原告夫は,平成18年12月,P5の執行委員(社会福祉・会員担当)に選任され,前記○○にその旨掲載されている(甲B
12)が,本件夫裁決,本件夫退令発付処分及び本件夫難民不認定処分の後の事情であるから,この点は,本件において,原告夫の難民該当性を直接基礎付ける事情とすることはできない。
この点をさておいても,原告夫の供述によれば,P5の執行委員として,会員の個人情報の管理,人事に関する幹部への進言,会議・デモ等の情報を会員に伝達すること等を行っていたというのであるが,その供述を前提としても,原告夫の活動内容は,組織の中心的役割を担っていたとまではいい難く,直ちにミャンマー政府の迫害の対象となるとみることはできない。
さらに,原告夫の供述によれば,P5の規約では,夫婦が同時に役職に就くことはできない旨の定めがあり,従前,原告妻が副会計・会計担当の役職に就いていたところ,平成18年12月に原告夫が執行委員に就任するに当たり,原告妻は上記役職を離れた事実を認めることができる。こうした事実は,原告夫がP5において一定の役職に就いていたとしても,他の者と代替し得る地位を一時的に占めていたという以上の評価にはつながらないものといわざるを得ない。
なお,P5の機関誌○○に反政府活動をしている原告夫の写真が掲載されている事実や他の雑誌に原告夫の名前入りの原稿が掲載されている事実については,その内容が具体的にどのようなものであったかを認めるに足りる証拠がない。

上記(ア)掲記の証拠において,原告夫は,
両親が,軍情報部員から,
原告夫の本邦における反政府活動をやめさせるよう脅迫や営業妨害を受けており,このことはマカオに住む叔父から平成16年12月に電話で聞いた旨供述している。しかし,軍情報部員が来た時期については,平成16年6月ころ(乙B12)
,同年11月ころ(乙B26)

いつかは分からない(原告夫本人尋問)などと供述を変遷させ,
また,
両親に対する脅迫等の内容についても,東京入国管理局難民調査官に対する調査の際は,
都市計画や景観上両親が営業している喫茶店の見栄えがよくないし,道路の自由な交通の障害になっているとか,この場所から立ち退くようにとしつこく言われたり,脅されたりしていると具体的な供述をし,原告夫の本邦における反政府活動が直接の理由ではないと思えるような供述をしていたにもかかわらず(乙B26)
,その後は,原告夫の本邦における反政府活動を理由に両親が軍
情報部員から脅迫を受けている旨を抽象的に述べるにとどまるなど,必ずしも一貫していない。また,2005年(平成17年)9月18日付けのマカオ在住の叔父からの手紙(甲B8の1)には,
君が知っているとおり我々の国には,海外にいる君をやれないから国内にいる君の両親に対しては,色々な方法を使って困らせている旨の記載があるが,両親に対して嫌がらせがあったことをうかがわせる内容を抽象的に述べるにとどまる。それゆえ,原告夫の日本での活動を理由にして両親に対する脅迫・営業妨害があったとする原告夫の上記(ア)cの供述をそのまま採用することはできない。
そして,
原告夫の本邦における活動内容が,
上記a及びbのとおり,その態様からみて特別目立った存在とはいえず,中心的役割を担っていたものであるとも認められないことを併せ考慮すると,仮にミャンマー政府による両親に対する何らかの嫌がらせがあったとしても,それが原告夫の本邦における活動を直接の理由にするものとはにわかに認め難いというべきであって,ミャンマー政府が,原告夫を危険な反政府活動家であるとして脅威に感じていたり,殊更敵視していたりすることの根拠になるとはいえない。

原告夫は,1996年12月,学生デモに参加して逮捕・連行された際,今後二度と反政府活動をしない旨の誓約書に署名をさせられたから,公然と反政府活動をしている今ミャンマーに帰国すると,同政府から迫害を受ける旨供述している。しかし,上記ア(イ)のとおり,原告夫がミャンマーにいた当時,ミャンマー政府が,原告夫を危険な反政府活動家であるとして脅威に感じていたり,殊更敵視していたりしたとは考え難いこと,また,原告夫の本邦における活動が上記aからcまででみたような内容にとどまることなどに照らすと,原告夫の上記供述は,
主観的・抽象的な恐怖の域を出ないといわざるを得ない。

(ウ)

以上の諸点を総合的に考慮すれば,来日後の事情を勘案しても,本
件夫裁決,本件夫退令発付処分及び本件夫難民不認定処分の当時,原告夫がその政治的意見等を理由にミャンマー政府から迫害を受けるおそれのある客観的事情が存在したと認めることはできない。

結論
上記ア及びイにおいて検討したところによれば,原告夫がミャンマーに帰国したとしても,
特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあると認めることはできず,原告夫は難民に該当しないということができる。
なお,原告らは,難民該当性を基礎付ける迫害の意味について,これを生命・身体の自由の侵害又は抑圧を意味するものと解するのは狭すぎ,経済的自由,財産権や精神的自由等を含めた基本的人権の侵害を複合的に考慮すべきであるとの趣旨の主張をする。しかし,仮にこの原告らの主張を採用したとしても,上記ア及びイで検討したところによれば,原告夫が難民に該当しないとの結論は左右されないと判断する。
3
(1)

争点(3)(原告妻の難民該当性)について
原告妻の主張
原告妻は,難民に該当する根拠として,上記2(2)の一般的な事情に加え
て,従兄であるP7が,反政府活動を理由に逮捕・投獄され,原告妻の家族も軍情報部の監視下に置かれるようになったこと,P7が,釈放後,ノルウェー王国において難民に認定されていること,原告妻が,1996年,学生運動に参加するなどし,原告妻の逮捕を恐れた母に命じられてミャンマーから出国したこと,来日後,反政府デモに参加し,ミャンマー政府関係者から写真を撮られていること,P5に加入し,その執行委員を務めるなどして,反政府活動の中心的な役割を担っていること,母が,原告妻の日本における反政府活動を理由に軍情報部員から何度も訪問を受け,その圧力により,原告妻と絶縁して勘当する旨の新聞広告を出したこと等を主張するので,以下検討する。
(2)

原告妻の難民該当性の具体的検討
来日までの事情について
(ア)

原告妻は,ミャンマーにおける家族関係,政治活動及び本邦に入国
する経緯等について,次のとおり供述する(甲B2,乙B30,35,38,49から53まで,58及び原告妻本人尋問)


従兄であるP7が,
反政府活動を理由に1991年3月に逮捕され,
1992年3月に軍事法廷で懲役12年の判決を受けて服役し,1999年6月に釈放された後,国境を越えてタイ王国に行き,2005年1月にノルウェー王国において難民に認定された。P7がミャンマーにおいて反政府活動をしていた間,軍情報部員が,実家や祖父宅を訪れ,母や祖父を尋問するなどしていた。

原告妻は,1996年10月,学生デモ(参加者は約5000人)に参加した。そのため,原告妻が軍情報部員に逮捕されることをおそれた母に命じられて,
ミャンマーを出国し,
マカオに行くことにした。

(イ)

原告妻の上記(ア)の供述の検討
原告妻は,従兄であるP7が反政府活動を理由に逮捕・投獄され,軍情報部員が,実家や祖父宅を訪れ,母や祖父を尋問するなどしていたと供述するが,P7が逮捕された当時,原告妻は15歳であって,P7の反政府活動に関与していたという事情や,P7の反政府活動を理由に原告妻がミャンマーにおいて迫害を受けたという事情は全証拠によっても認められない(原告妻もそのような供述をしていない(上記(ア)掲記の証拠))
。。そして,P7と親戚の関係にあるというだけ
で,原告妻が殊更ミャンマー政府から関心をもたれ,監視や迫害の対象とされていたなどとは考えられず,これをもって迫害の恐怖を抱くような客観的事情に当たるとみることもできない。


また,上記(ア)掲記の証拠によれば,原告妻は,ミャンマーにおいて,政治組織に所属せず,1996年の学生デモについても,多数のデモ参加者の中の一人という位置付けにとどまり,周囲から注目を浴びるような指導的な立場にはなかったと認められ,逮捕されたこともないというのであるから,ミャンマー政府が,原告妻の上記デモへの参加の事実を把握していたとも,原告妻を危険な反政府活動家であるとして脅威に感じていたとも考え難い。
そして,上記(ア)掲記の証拠によれば,原告妻は,1996年に大学が閉鎖された後,2000年12月18日にミャンマーを出国するまで,母と同居しながら,叔母の経営する飲食店において稼働するなどしており,その間,政府関係者から何ら出頭要請等の接触がなかったのであるから,ミャンマー政府から監視の対象とされることなく,平穏に生活していたといえる。
こうした事情からすれば,原告妻が軍情報部員に逮捕されるおそれがあり,これを免れるためにミャンマーから出国する必要があったとは認められないというべきである。
(ウ)

原告妻の難民該当性を否定する方向に働く事情の存在
以上のとおり,原告妻の主張,供述を個々に検討しても,ミャンマー
出国前の事情により,原告妻がミャンマー政府から迫害を受けるおそれがあるとは認められない。これに加えて,原告妻の難民該当性を否定する方向に働く事情として以下の事実を指摘することができる。


原告妻は,2000年12月18日,自己名義の旅券を用いて正規の手続でミャンマーを出国したこと(前記前提事実(2)イ(ア))


原告妻は,ミャンマー出国後,約2年8か月,マカオに滞在していたが,難民であるとして庇護を求めることはしなかったこと(前記前提事実(2)イ(イ))



日本語や生け花・デザインを勉強する目的で日本への観光ツアーに参加し,マカオを出国したと述べていること(甲B2,乙B35,38,40)
すなわち,上記①の事実によれば,ミャンマー出国当時,原告妻が,
ミャンマー政府から殊更注目を浴びるような政治活動家であったとは認め難いし,上記②及び③の原告妻の行動は,迫害を逃れて出国した者の行動としては不自然であるといわざるを得ない。
(エ)

以上の諸点を総合的に考慮すれば,2000年12月18日にミャ
ンマーを出国した当時,原告妻がその政治的意見等を理由にミャンマー政府から迫害を受けるおそれのある客観的事情が存在したと認めることはできず,これは平成14年(2002年)8月15日,に来日した当時も同様であったといえるから,来日当時,原告妻が難民に該当していたということはできない。

来日後の事情について
(ア)

原告妻は,本邦における政治活動等について,次のとおり供述する
(甲B2,乙B30,35,38,49から53まで,57,58及び原告妻本人尋問)


来日後,平成15年6月ころから,国会議事堂前,外務省前,各国大使館前等において,デモを行っているほか,ビルマ少数民族の難民に対する資金援助をするなど,民主化運動・反政府活動をしている。そして,在日本ミャンマー大使館前のデモに参加した際,同大使館関係者にデモに参加している写真を撮られている。また,反政府活動を行っている写真が,
インターネットのウェブページに表示されている。


原告妻は,平成15年7月ころ,P5に入会の申込みをし,同年12月30日,正式に入会した。その後,平成16年12月12日会計担当補佐に,
平成17年12月25日中央執行委員である会計担当に,
それぞれ選任され,
平成18年のP5の収入と支出の管理をしていた。
P5の機関誌○○には,原告妻が上記執行委員に就任した事実
が掲載されている。


原告妻が日本において反政府活動を行っているため,軍情報部員がミャンマーの実家を何度も訪問しており,その圧力により,母が原告妻との縁を切って勘当した旨の新聞広告を出した。

(イ)

原告妻の上記(ア)の供述の検討
原告妻は,来日後,
平成15年6月ころから,
多数のデモに参加し,
在日本ミャンマー大使館関係者から写真を撮られていると供述しているが,デモの写真(甲B14,15)を見ても,原告妻のこれらの活動は,いずれも多数のミャンマー人が参加する中で,その一参加者としてデモ等に加わったにとどまり,その態様からみても特別目立った存在とはいえず,原告妻が中心的役割を担っていたものであるとも認められない。それゆえ,これらの活動によりミャンマー政府が原告妻を危険な反政府活動家であるとして脅威に感じているとも,殊更敵視しているとも考え難い。

他方,原告妻は,P5に入会後,平成16年12月12日,会計担当補佐に,
平成17年12月25日に中央執行委員である会計担当に,
それぞれ選任されたと供述し,上記○○にも執行委員として原告
妻の氏名が掲載されている(甲B10,11)
。この点,P5の会計
担当について,原告妻は6人いる中央執行委員の1人であり,P5の重要な事項は中央執行委員で話し合って決めていると供述しているところ(甲B2)
,2006年の役員一覧表(甲B5)において,20
人の執行委員の中で6番目に記載されていることからすると,原告妻が就いていた会計担当はP5の組織の中でも相応に重要な役職であるとみえないではない(ただし,原告妻難民不認定処分との関係では,原告妻が中央執行委員である会計担当に選任された事実それ自体は,同処分後に生じた事情である。。

しかし,
原告妻の供述によれば,原告妻は,P5の執行役員として,
収入・支出の管理のほか集会その他の行事の資金の手当てを行っていたというのであるが,その供述を前提としても,原告妻の役職の退任と入れ替わりに原告夫が役職に就いていること(前記2(4)イ(イ)b)からすれば,原告妻についても,他の者と代替し得る地位を一時的に占めていたにすぎないものとみるのが相当であり,
このことによって,
ミャンマー政府が原告妻に脅威を感じたり,危険な反政府活動家であるとして殊更敵視したりしていると推認することはできない。なお,平成19年度のP5の執行委員20人のうち,8人が難民に認定されているとのことであるが(甲B16)
,難民性の認定は各人において
個別に検討されるべきものであるから,他の執行委員が難民認定されていることをもって直ちに原告妻の難民性が根拠づけられるものではない。
さらに,上記ア(イ)のとおり,原告妻のミャンマーにおける活動については,ミャンマー政府が脅威に感じていたり,殊更敵視していたりすると認められるような事情が全く存しないこと,上記のとおり,原告妻の本邦におけるデモ等の活動も,その態様からみて特別目立った存在とはいえず,原告妻が中心的役割を担っていたものであるとも認められないことを総合するならば,
原告妻がP5の中央執行委員会

計担当)及び会計担当補佐の地位に就いていたという事実を踏まえても,ミャンマー政府が脅威を感じたり,危険な反政府活動家であるとして殊更敵視したりするとまでは認められないのであり,原告妻の抱いている恐怖感は,主観的・抽象的な恐怖の域を出ないといわざるを得ない。

原告妻は,日本において反政府活動を行っているため,軍情報部員がミャンマーの実家を何度も訪問しており,その圧力により,母が,原告妻との縁を切って勘当した旨の広告を掲載した旨供述しているところ,
何度も親に迷惑をかけているので親子としての縁を切り勘当する旨を原告妻の母名義で掲載した2007年(平成19年)3月13日付け新聞広告が証拠(甲B9の2)として提出されている。しかし,原告妻の母がいかなる理由によってそのような新聞広告を出したのかは,その文面からは明らかではなく,本邦への入国後,原告妻からは両親に対して一切連絡をとっていないという事情をも踏まえれば,原告妻の日本における反政府活動によって軍情報部員が母に圧力をかけたことが原因であると直ちには認められない。なお,原告妻の日本における反政府活動を理由に母が上記新聞広告を出した旨のP7の手紙(甲B9の1。これを送付した封筒であるとする甲B9の4には,2007年(平成19年)4月17日付けの消印がある。)
があるが,P7は,平成17年にノルウェー王国において難民認定され,現在,同国に居住している(甲B9の1・3)というのであるから,いかなる手段でいつミャンマーの家族の状況について情報を得たのか明らかでない。P7は,上記手紙で,
おばさんから電話をもらった旨述べているが,原告妻に対し,母と連絡をとらないようにとも助言しており,P7がミャンマーの親族と円滑に連絡を取ることのできる状態にあったのか疑問が残るところであって,これをそのまま採用することはできない。
また,仮に,ミャンマー政府が原告妻の日本における反政府活動を理由に同国に住む母に何らかの圧力をかけていたとしても,その内容や程度は全く不明であり,
ミャンマー政府が原告妻を脅威に感じたり,
危険な反政府活動家であるとして殊更敵視したりしていることを裏付けるものとまでは認められない。
(ウ)

以上の諸点を総合的に考慮すれば,本件妻難民不認定処分,本件妻
在特不許可処分,本件妻裁決及び本件妻退令発付処分の当時,原告妻がその政治的意見等を理由にミャンマー政府から迫害を受けるおそれのある客観的事情が存在したと認めることはできない。

結論
上記ア及びイにおいて検討したところによれば,原告妻がミャンマーに帰国したとしても,
特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあると認めることはできず,原告妻は難民に該当しないということができる。なお,仮に,難民該当性を基礎付ける迫害の意味についての上記2(4)ウのとおりの原告らの主張を採用したとしても,上記ア及びイで検討したところによれば,原告妻が難民に該当しないとの結論は左右されないと判断する。
4
争点(4)(原告夫が本邦に上陸した日から60日以内に難民認定の申請をしなかったことが改正前入管法61条の2第2項の規定に違反したものといえるか)について
前記前提事実(5)ア(ウ)のとおり,本件夫難民不認定処分は,原告夫が難民に該当するとは認められないこと及び原告夫に係る難民認定申請が改正前入管法61条の2第2項(いわゆる60日ルール)に違反していることをその理由とするものであるから,この両者が否定されて初めて本件夫難民不認定処分の判断が違法となる。
ところが,上記2のとおり,原告夫は難民に該当しないのであるから,争点(4)について判断するまでもなく,本件夫難民不認定処分は違法とはいえない。
5
争点(5)(本件妻在特不許可処分の取消訴訟の適法性)について(1)

前記前提事実(5)イ(エ)及び(6)によれば,本件妻在特不許可処分がされ
たのは,平成17年8月15日,原告妻が同処分を知ったのは,その通知を受けた同月30日であり,同処分に対する取消訴訟の提起は,平成18年12月20日にされているから,
同処分の取消しを求める訴え(第5事件)は,
原告妻が同処分を知った日から起算して6か月が,同処分の日から1年が,それぞれ経過した後に提起されたものであり,行政事件訴訟法14条1項及び2項所定の出訴期間を徒過していることになる。
(2)

この点,原告妻は,本件妻在特不許可処分の取消訴訟について出訴期間
を徒過した点については,次のとおり,
正当な理由
(行政事件訴訟法1
4条1項ただし書,同条2項ただし書)があると主張する。すなわち,法務大臣又は法務大臣から権限の委任を受けた地方入国管理局長(以下法務大臣等という。
)は,入管法の一部を改正する法律(平成
16年法律第73号)の施行後,平成18年に至るまで,難民不認定処分に対する異議申立てに理由がない旨の決定をする際,併せて入管法61条の2の2第2項に基づく在留特別許可に関する判断を行い,在留特別許可をしない処分に対しては取消訴訟を提起することができる旨の通知を行っていた。そのため,原告妻も,このような処分が出た段階で争えば足りると考えていたところ,法務大臣等が,平成18年から,従来の運用を変更して,異議申立てに対する決定後は,原則として,在留特別許可に関する判断をしないことにした。この点,同項の難民の認定をしない処分をするときとは,難民不認定処分をした場合だけでなく,難民不認定処分に対する異議申立てに理由がない旨の決定をする場合も含まれると解すべきであり,本来,後者の場合にも在留特別許可に関する判断を改めてすべきなのであるから(その意味で,従来の運用は正しい法律解釈に基づくものであった。,異議申立て)
に理由がない旨の決定に併せて在留特別許可をしない処分がされた段階で争えば足りるとの上記原告妻の期待は正当なものであるといえる。
このように,
原告妻が,本件妻在特不許可処分の取消訴訟について出訴期間を徒過することになったのは,法務大臣等が,同項の規定を正しく解釈せず,異議申立てに対する決定後の在留特別許可に関する判断を今後はしない旨運用を変更したことに原因があるから,原告妻には正当な理由がある。
そこで,以下,この原告妻の主張について検討する。
(3)

まず,難民不認定処分に対する異議申立てに理由がない旨の決定は改め
て難民不認定処分を行うものではないこと及び入管法61条の2の2第2項の文言に照らすと,同項所定の在留特別許可に関する判断が,同法61条の2第1項に基づく難民認定申請に対して難民の認定をしない処分をするときにされるべきものであって,難民不認定処分に対する異議申立てに理由がない旨の決定をするときに改めてすべきものではないことは明らかである。しかし,このように解すると,難民不認定処分を受け,併せて入管法61条の2の2第2項に基づく在留特別許可をしない処分を受けた者が,自己が難民に該当するとして上記難民不認定処分に対して異議申立てをした場合,先に上記在留特別許可をしない処分の取消訴訟を提起し,上記異議申立てが認められなかった段階で,更に難民不認定処分に対する取消訴訟を追加提訴しなければならないことになる。他方,法務大臣等は,平成18年に至るまで,難民不認定処分に対する異議申立てに理由がない旨の決定をする際,併せて入管法61条の2の2第2項に基づく在留特別許可に関する判断を行うなどしていたというのであるから(被告はこの点について特に争うことを明らかにしていない)
,このような事実を前提にすると,難民不認定処分とと
もに在留特別許可をしない処分を受け,難民不認定処分に対して異議申立てをした者としては,異議申立てに理由がない旨の決定がされ,改めて在留特別許可をしない処分がされた段階で,同処分の取消しと難民不認定処分の取消しを求めて提訴するのが最も都合が良く,これによって自己の目的を達成できることになるから,このような方法を予定して,当初の在留特別許可をしない処分について提訴を見送っていたとしても,これを責めることはできない。
この点,原告妻は,本件妻難民不認定処分に対する異議申立てに理由がない旨の決定を受け,その通知が平成18年7月13日にされたが,改めて在留特別許可に関する判断はされなかったところ(前記前提事実(5)イ(カ)),
本件妻在特不許可処分について,上記通知がされた日から6か月以内である同年12月20日に取消訴訟を提起している。そして,法務大臣等においても,入管法の一部を改正する法律(平成16年法律第73号)の施行後,しばらくの間は,難民認定手続における在留特別許可の判断に関して,必ずしも統一的な運用が確立していなかったようにみえることをも併せ考慮すると,本件妻在特不許可処分の取消訴訟の提起は,自己に改めて在留特別許可に関する判断がされないことが判明した後,遅滞なくされているとみることができる。
したがって,本件妻在特不許可処分に対する取消訴訟の提起が,行政事件訴訟法14条1項及び2項所定の出訴期間を徒過した点については,正当な理由があるというべきであるから,同訴訟は適法であると認められる。6
争点(6)(本件妻在特不許可処分,本件各裁決及び本件各退令発付処分の適法性)
難民は,その生命又は自由が脅威にさらされるおそれのある国へ送還してはならない(難民条約33条1,入管法53条3項)
。難民と認められない者で
あっても,拷問及び他の残虐な,非人道的な又は品位を傷つける取扱い又は刑罰に関する条約(以下拷問禁止条約という。
)3条1によれば,その者に
対する拷問が行われるおそれがあると信ずるに足りる実質的な根拠がある国へ送還してはならない。これらを送還禁止原則(ノン・ルフールマン原則)という。なお,拷問禁止条約の適用上,拷問とは,
身体的なものであるか精神的なものであるかを問わず人に重い苦痛を故意に与える行為であって,本人若しくは第三者から情報若しくは自白を得ること,本人若しくは第三者が行ったか若しくはその疑いがある行為について本人を罰すること,本人若しくは第三者を脅迫し若しくは強要することその他これらに類することを目的として又は何らかの差別に基づく理由によって,かつ,公務員その他の公的資格で行動する者により又はその扇動により若しくはその同意若しくは黙認の下に行われるものをいい,合法的な制裁の限りで苦痛が生ずること又は合法的な制裁に固有の若しくは付随する苦痛を与えることを含まない(同条約1条1)。
原告らは,以上を踏まえ,原告らは不法残留をした外国人であり退去強制対象者に該当するものの,難民であるからミャンマーに帰国すると迫害を受けるおそれがあり,仮に難民に該当しないとしても,拷問が行われるおそれがあるると指摘し,それにもかかわらず原告らをミャンマーへ送還するものとする本件妻在特不許可処分,本件各裁決及び本件各退令発付処分は違法であると主張しているものと解される。
しかし,上記2及び3で検討したとおり,原告らは難民に該当しないし,また,そこで検討したところによれば,原告らに対して拷問禁止条約のいう拷問が行われるおそれがあると信ずるに足りる実質的な根拠があるともいえないから,原告らについて送還禁止原則違反の問題は生じない。
よって,原告らの上記主張は理由がなく,前記前提事実(3)から(5)までの事実によれば,本件妻在特不許可処分,本件各裁決及び本件各退令発付処分はいずれも適法であるといえるから,その取消しを求める原告らの請求はいずれも理由がない。
第4

結論
よって,原告らの請求はいずれも理由がないから,これらを棄却することとし,訴訟費用について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,65条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第2部

裁判長裁判官

吉田
裁判官

倉澤守春
裁判官

堀内元城徹
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