判例検索β > 平成19年(う)第161号
詐欺被告事件
事件番号平成19(う)161
事件名詐欺被告事件
裁判年月日平成20年2月19日
裁判所名・部広島高等裁判所  第1部
結果破棄自判
原審裁判所名山口地方裁判所
原審事件番号平成18(わ)170
原審結果その他
判示事項の要旨寸借名下に現金5万円を詐取したという詐欺事件について、犯行の約3年後に逮捕された被告人の犯人性が争われ、原判決が被告人を有罪としたのに対し、被害者らの犯人識別供述の信用性を検討し、被告人が本件詐欺の犯人である疑いは相当濃厚であるものの、被告人を犯人と認定するのには、なお合理的な疑いを差し挟む余地があるとして無罪を宣告した事例
裁判日:西暦2008-02-19
情報公開日2017-10-13 01:37:53
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主文
原判決を破棄する
被告人は無罪
理由
本件控訴の趣意は,弁護人石口俊一作成の控訴趣意書記載のとおりであるから,これを引用する。論旨は,被告人が,自動車修理業者から寸借名下に現金を詐取しようと企て,原判示の日に,原判示の甲自動車工業有限会社事務所や乙ホテル前路上に駐車中の自動車内において,同社従業員Aに対し原判示のうそを言って現金の借用方を申し込み,同人から現金5万円の交付を受け,もって人を欺いて財物を交付させたという詐欺(以下本件詐欺ともいう)をした旨認定した原判決について,被告人は,本件詐欺の犯人ではないのに,被告人が本件詐欺の犯人であると認定した原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるというのである。
所論にかんがみ記録を調査し,当審における事実取調べの結果をも併せ検討するに,被告人が本件詐欺の犯人であると認定した原判決の事実認定を是認することはできないといわざるを得ない。その理由は,以下に説示するとおりである。
1
本件公訴事実の要旨は被告人は,自動車修理業者から寸借名下に現金を詐取しようと企て,返済の意思がなく,かつ,交通事故を起こした事実もないのに,これらがあるように装い,平成15年8月2日,山口市a町b番c号所在の甲自動車工業有限会社事務所において,同社従業員Aらに対し『広島で公務員に車をぶつけられた。向こうに車が置いてある。車を取りに行って,修理してくれないか。車は飲み屋の駐車場に置いているので,駐車代やいくらかの迷惑料を渡さなければいけない。修理代と一緒に払うから立て替えてもらえんか』などとうそを言い,さらに,同日,広島市d区e町f番g号所在の乙ホテル前路上に駐車中の自動車内において,同人に対し『5万円貸してくれ。車を取って来るから,待っとってくれ』などとうそを言って現金の借用方を申し込み,同人をしてその旨誤信させ,即時同所において,同人から現金5万円の交付を受け,もって人を欺いて財物を交付させたというのである。
2
関係証拠によれば,以下の事実が認められる。
(1)

平成15年8月2日の夕方,原判示の山口市内にある甲自動車工業有
限会社(以下甲自動車という)の事務所に,同社代表者であるBおよびその妻Cのほか,同社従業員であるAがいたところ,男性が訪ねて来た。その男性(以下犯人という)は,その場にいたAらに対し,

広島で公務員に車をぶつけられた。向こうに車が置いてある。車を取りに行って,修理してくれないか

と依頼するとともに,

車は飲み屋の駐車場に置いているので,駐車代やいくらかの迷惑料を渡さなければいけない。修理代と一緒に払うから立て替えてもらえんか

などと言って,事故車の運搬および修理と迷惑料の立替えとを依頼した。そこで,Aは,事故車を運搬する積載車を運転し,犯人およびCとともに広島市内に向かい,原判示の乙ホテル前路上に到着した。すると,犯人は,その車内において,Aに対し

5万円貸してくれ。車を取って来るから,待っとってくれ

などと言って,その旨誤信した同人から現金5万円の交付を受け,車から降りて路地に入ったまま戻って来なかった。
(2)

被告人は,平成18年8月14日午後7時過ぎころ,甲自動車の事務
所に赴いて,応対したCに対し広島に車を取りに行ってくれ
お金は幾らでも払うから,広島に修理する車があるから,わしも一緒に行くから,取りに行ってくれなどと言った。Cは,被告人のことを本件詐欺の犯人であると思い,同事務所隣の自宅に戻って,Bに対し,その旨を伝えて110番通報するよう言った。そして,被告人は,同事務所に駆けつけた警察官によって山口警察署に任意同行され,翌15日午前1時55分,同署において,本件詐欺の被疑事実により通常逮捕された。
(3)

本件詐欺の被害者であるA,CおよびBのほか,本件詐欺が行われた
当日,甲自動車の事務所まで犯人を乗せたタクシーの運転手であるD(以下,これら4名を合わせてAら4名ともいう)は,いずれも原審公判で,被告人が本件詐欺の犯人であることに間違いない旨供述している。(4)

被告人には,原判示の累犯前科2犯を含め,詐欺罪または同罪と他の
罪とを併せ犯して服役した前科が10犯あるところ,昭和62年以降の詐欺の前科5犯をみると,自動車修理業者らに対し,交通事故にあい,車を預けている駐車場まで取りに行って修理して欲しい旨依頼し,その駐車場付近まで一緒に赴いた上で,駐車代や迷惑料を支払わなければならないなどとして,現金の交付を受けてだまし取るという寸借詐欺を多数回繰り返しており,その多くは,事故の相手が公務員であり,相手方の過失が事故の原因であるとか,事故の場所が,修理業者の事務所とは別の市や町であると言うなど,本件詐欺と全く同様の手口を用いている。
3
本件詐欺の被害にあったり,その犯人を目撃したりしているAら4名が,犯人は被告人である旨一致して述べていること,本件詐欺は,その手口が特徴的である上,被告人の前科と手口が全く同じであること,被告人が,平成18年8月14日,甲自動車の事務所において,Cに対し,本件詐欺の犯人が用いた欺罔文言とほぼ同じ内容の発言をして,修理する車を広島まで取りに行ってくれるよう持ち掛けたことなどを総合すると,被告人が,本件詐欺
の犯人であるという疑いは濃厚であり,被告人が,本件詐欺の犯人であることはほぼ間違いないようにも考えられる。
4
しかし,当審における事実取調べの結果等によれば,本件詐欺が行われる前の被告人の行動について,以下の事実が認められる。
被告人は,平成15年7月30日,服役を終えて広島刑務所を出た後,広島市中福祉事務所において生活保護を申請し,その判定を受けるまでのつなぎ資金として1万5000円の貸付を受けた。被告人は,同年8月1日午前10時30分ころ,飲酒の上で胸部不快感により意識を消失して倒れたとして,山口県周南市内にある丙病院に救急車で搬送され,検査等を受けて経過観察のため入院し,翌2日午前10時ころ,症状が軽快したことなどから退院した。
なお,被告人は,丙病院に上記搬送をされた日の午前11時30分ころ,前額部に2か所,左前腕部に1か所の擦過傷を負っていたものであり,その後,これらの傷がジクジクしているとして,ソフラチュールを貼付された。そして,翌2日午前10時ころ退院した際,これらの擦過傷は残っており,貼付したソフラチュールははがれていなかったほか,傷の消毒をして当ガーゼの処置が施されている。

5
上記4で認定したとおり,被告人は,本件詐欺が行われた当日の午前中に丙病院を退院した時点で,前額部に2か所の擦過傷を負っており,ソフラチュールを貼付され,当ガーゼの処置を受けていたものであり,ガーゼを当てたままの状態であれば,その部位等に照らし,相当に目立った筈である。また,被告人は,当審公判で,その前額部の傷について,結構大きく目立つものであった旨供述しているところ,この供述には曖昧な点もあるものの,これを排斥するに足りる証拠がないことにかんがみると,仮に,同日夕方ころ
には,被告人が,ソフラチュールやガーゼを患部から取り除いていたとしても,前額部の傷は,その部位等に照らし目立つものであったと考えざるを得ない。
そのような観点から,Aら4名の犯人識別供述を検討すると,原判決も説示するとおり,犯人を被告人と識別した根拠について,全体として漠然としており,顔や話し方などについて,ある程度具体的な供述もあるものの,決定的といえるほどの特徴とはいい難い。加えて,Aら4名が,犯人識別をした時期は,本件詐欺が行われてから3年以上が経過していたのであるから,ある程度記憶が減退するのはやむを得ないとはいえ,いずれも,犯人の特徴として,前額部の2か所の擦過傷あるいは前額部にガーゼを当てていたことを窺わせる供述を全くしていないというのは,いささか不自然との感を免れない。特にAおよびCは,至近距離から犯人の顔を観察する機会が十分にあったにもかかわらず,これらの特徴を述べていないのは,不自然である。また,犯人が,前額部を負傷していたのであれば,本件詐欺をする際,自分が実際に交通事故にあったことをAらに信用させるために,自分が負傷していることを奇貨として,その傷のことを交通事故によるものであるように装って,自ら話すのではないかと考えられるところ,そのような犯人の言動がAらの供述から全く窺われないのも,いささか不自然の感を免れない。現に,本件犯行当日,自己の運転するタクシーに犯人を乗せて甲自動車の事務所まで行ったDは,その車内で,犯人が広島で交通事故をして,今医者に行ってきたと言いながら,左腕の内側を見せたので,後ろを振り向いて見たところ,そこには注射痕のようなものが残っていた旨供述している。それにもかかわらず,A,CおよびBに対し,原審公判において,犯人が負傷したような様子があったかという質問すらされていないことに照らすと,同人らは,

捜査段階においても,犯人の傷について全く供述していなかったことが窺われる。そして,被告人が負ったのは擦過傷であるから,ある程度の範囲にわたっていると考えられるにもかかわらず,Dが供述するように,犯人が負っていた傷が注射痕のように見えたというのであれば,その傷は擦過傷ではなかったのではないかという疑いを抱かざるを得ない。
さらに,Cの原審公判供述によれば,同人は,平成18年8月14日に甲自動車の事務所に入ってきた被告人の顔を見て,直ちに本件詐欺の犯人であると認識したのではなく,被告人が,広島まで修理をする車を取りに行ってくれるよう言うのを聞いて,
本件詐欺の犯人であると思ったと解されるから,
Cが,被告人を本件詐欺の犯人であると認識したのは,本件詐欺と同じ手口を用いたからであるとも考えられる。加えて,上述のとおり,Aら4名の記憶はある程度減退していると考えられるところ,平成18年8月14日に最初に被告人を見たのはCのみであり,Bは,Cから,本件詐欺の犯人が来たから警察に通報するよう言われて110番通報し,警察官が来てから被告人の顔を見て,犯人であると思ったというのであり,AとDは,警察から本件詐欺の犯人と思われる者がいるという連絡を受けて,山口警察署に赴き,取調中の被告人を透視鏡越しに見て犯人であることを確認したというのであるから,B,AおよびDは,被告人を本件詐欺の犯人であると識別するについて,
Cまたは警察官の言動から影響を受けた可能性があることは否定し難い。以上を総合考慮すると,本件詐欺の犯人が,被告人とは別の人物であったのではないかという一抹の疑いを払拭することは困難であるといわざるを得ない。被告人が,本件詐欺の犯人であるという疑いは相当濃厚ではあるものの,その旨認定するには,なお合理的な疑いを差し挟む余地があるというほかない。

したがって,被告人を本件詐欺の犯人であると認定した原判決は,事実を誤認したものであり,これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由がある。
6
よって,刑事訴訟法397条1項,382条により原判決を破棄し,同法400条ただし書に従い当裁判所において更に判決する。
本件公訴事実は上記のとおりであるところ,既に説示したとおり,被告人が本件詐欺の犯人であると認定するには,合理的な疑いを差し挟む余地がある。したがって,被告人については犯罪の証明がないことに帰するから,同法336条により,無罪の言渡しをすることとし,主文のとおり判決する。平成20年2月19日
広島高等裁判所第1部

裁判長裁判官

楢崎康英
裁判官

森脇淳一
裁判官

友重雅裕
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