判例検索β > 平成18年(わ)第95号
住居侵入、殺人、同未遂、銃砲刀剣類所持等取締法違反
事件番号平成18(わ)95
事件名住居侵入、殺人、同未遂、銃砲刀剣類所持等取締法違反
裁判年月日平成19年5月23日
裁判所名・部山形地方裁判所  刑事部
結果その他
裁判日:西暦2007-05-23
情報公開日2017-10-13 01:38:36
裁判所の詳細 / 戻る / PDF版
平成19年5月23日宣告

住居侵入,殺人,同未遂,銃砲刀剣類所持等取締法違

反被告事件
平成18年(わ)第95号,第110号,第114号
主文
被告人を無期懲役に処する
未決勾留日数中200日をその刑に算入する。
押収してある刀1振(平成18年押第23号符号1)を没収する。理由
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1

X(当時27歳)を殺害する目的で,平成18年5月7日午前3時45分ころ,山形県西置賜郡i町大字abcde番地のfgY(当時60歳)方に,無施錠の1階玄関から侵入した上,そのころ,同所において,
1
上記Yに対し,殺意をもって,その背部及び腹部等を所携の刀(刃渡約43.3センチメートル,平成18年押第23号符号1)で数回突き刺すなどし,よって,そのころ,同所において,同人を胸腹腔内臓器損傷による失血死により死亡させて殺害し,

2
上記Xに対し,殺意をもって,その胸部及び腹部等を上記刀で数回突き刺すなどし,よって,そのころ,同所において,同人を胸腹腔内多発臓器損傷による失血死により死亡させて殺害し,

3
Z(当時54歳)に対し,殺意をもって,その右腹部及び右手掌部等を上記刀で突き刺すなどしたが,同人がその場から逃走したため,同人に加療約4か月間を要する腹部刺創及び右第4,5中手骨開放粉砕骨折等の傷害を負わせたに止まり,同人を殺害するに至らず,

第2

法定の除外事由がないのに,前記日時ころ,前記Y方において,前記刀1振を所持した。

(証拠の標目)
省略
(補足説明及び弁護人の主張に対する判断)
第1

弁護人は,概ね以下のとおり主張する。

すなわち,まず,判示第1の事実について,被告人の被害者Xに対する殺意は,判示家屋(以下本件家屋という。)内における未必的なものに止まり,X殺害の計画性及び同人に対する確定的殺意はなく,被告人には,被害者Y及び同Zに対しては殺意自体がなく,また,被告人は,本件各犯行当時,PTSDにより心神喪失若しくは心神耗弱の状態にあった。さらに,判示第2の事実についても,判示刀は模造刀であって,刃も付いておらず,銃砲刀剣類所持等取締法(以下銃刀法という。)により,原則としてその所持が禁止されている刀に該当せず,また,仮に該当するとしても,被告人は,本件刀に人畜を殺傷する能力があることを認識していなかったというのである。
そこで,以下,これらの諸点につき判断を加える。
第2

まず,被告人の供述のみに依拠することなく,関係証拠から認められる本件
発生前後の経緯,状況等は以下のとおりである。
1
(1)

本件発生前の経緯等
被告人は,YとZの長男であるXと遠縁の隣同士という関係にあったこと
から,幼少時から判示i町(以下i町という。)内のY方を訪れるなどしてXと遊んでおり,同じ小学校にも通い,被告人が小学校3年生までは一緒に集団登校もしていたが,小学校5年生からはXと会う機会は殆どなくなり,その後,被告人が中学生となってから以降は,Xと会う機会は一切なくなった。
(2)

被告人は,i町の中学生時代,剣道部に入っていたが,他方で,このころ,
同級生等から風体等を理由にからかわれたり,ゲームオタクグループの一人としての苛めを受けることがあった。
被告人は,中学校を卒業すると,山形県長井市内の高校に進学し,高校を卒業し
た後,東京都内の専門学校に進学し,横浜市内の学生寮で生活するようになったが,同学校では,明るく,話し好きで物事にルーズな人物として受け止められていた。なお,被告人は,このころ,東京都新宿区内のミリタリーショップで趣味や護身用のために鋼質性の模造刀(以下本件刀という。)を購入した。
(3)

Xは,平成13年5月に起こした強制わいせつ事件により,同年8月に執
行猶予付きの有罪判決を受けていたが,被告人は,その後にこの事実を家族から聞き知った。
(4)

被告人は,平成14年に専門学校を卒業した後,i町の実家に戻り,電子
部品製造の会社や靴店等に勤めたが長続きせず,その後人材派遣会社に登録して,山形県南陽市や同県長井市の会社へ派遣されて稼働していた。
また,被告人は,帰郷後,自宅周辺のランニングを始めるとともに,実母に対して胸が締め付けられるような苦しさを訴えたり,胸を拳で叩いているのを目撃されるなどしており,平成14年秋と平成15年には,床やコンクリートを叩くといった異常な行動を採って,無理矢理医者の診断を受けさせられるなどした。(5)

Xは,このころ,山形市内のアパートで一人暮らしをしていたが,機会あ
る毎にi町の実家へ帰っており,被告人は,平成18年1月8日,携帯電話に附属しているカメラで当時Xが使用していた自動車のナンバープレート付近を撮影し,その画像を保存した。
(6)

Xは,同年5月4日,6日と実家に偶々帰省しており,本件犯行当時,本
件家屋内には,Y,Z,X及びXの父方の祖母である乙が就寝していた。2
本件刀の形状等
本件犯行当時,本件刀の形状は,全長683ミリメートル,刃渡り433ミリメ
ートル,刃厚5.1ミリメートル,刃幅29.0ミリメートル,重量572グラムであり,その先端部分が鋭利で,刀身の縁も薄く鋭利な状態にあった。3
(1)

被害者らの負傷状況等
Yについて


着衣の状況

Yが本件犯行当時着用していたランニングシャツ前面には,長さ1.5センチメートルないし2.7センチメートルの損傷が3か所ある。同背面には,長さ0.4センチメートルないし3.5センチメートルの損傷が7か所ある。イ
受傷状況

Yは,その主な死因となった刺創(左肩後部外側の創洞が2つに分岐し,そのうち1つは右上方に向かって深さ17.5センチメートルで胸壁を貫通し,左肺下葉と肺門部,気管支及び左心房を経て右心房腔内に至り,また他方は創洞の深さ19.5センチメートル,横隔膜から肝臓横隔膜面に至る開いたもの)のほか,以下の各傷害等を負った。
(ア)

腹胸部

右胸部に2か所の刺切創(上側創縁から浅い切創が分岐する創洞が胸壁内に至るもの,下方に向かう創洞4.0センチメートルの開いたもの)。
心窩部正中部に,創洞が腹壁を貫通し,腹腔内に達する開いた刺切創。(イ)

上肢

左腕上腕外側部に,10.2センチメートル×0.2センチメートルの綿状表皮剥脱など。
右手拇指・示指間に,創洞が右手掌から手背に貫通する,長さ約4.0センチメートルないし5.0センチメートルの割創。
右手示指・中指・環指掌側にそれぞれ長さ約1.0センチメートルの浅い切創3個。
(ウ)

下肢

左大腿部外側に,2.5センチメートル×0.8センチメートル(接着時の長さ3.1センチメートル)の開いた刺切創及びその外側創端から長さ約1センチメートルの位置に破線上に連なる栗粒大の表皮剥脱4個。
左大腿部前面ないし内側に,創洞の深さが下方に向かい6.1センチメートルの
開いた刺創。
左大腿部外側に,創縁の長さ12.4センチメートルの開いた刺切創及び4.5センチメートルの綿状表皮剥脱。
(エ)

背面

背面脊柱上縁に,創洞の深さ1.7センチメートルの開いた刺切創。左肩甲部外側に,創洞の深さ2.0センチメートルの開いた刺切創。左肩後部外側に,前記死因となった刺創。
右肩甲下部に,2か所の開いた刺創(創洞の深さ2.0センチメートルのもの,8.5センチメートルのもの)。
右肩甲部内側に,創洞の深さ5.5センチメートルの開いた刺切創。右肩甲部に,創洞の深さ5.5センチメートルの開いた刺切創。
右大腿背面ないし内側部にかけて,創洞の深さ6.9センチメートルの開いた刺創。
(2)

Zの負傷状況等


Zの着衣の状況等

Zが本件犯行当時着用していたパジャマ上衣背面には,長さ1.5センチメートルの損傷が1か所ある。同キャミソール背面には,長さ0.7センチメートルの損傷が1か所ある。
同パジャマズボン前面には,長さ0.7ないし1.5センチメートルの損傷が2か所ある。

Zの受傷状況

前頭部中央に鍵状の切創,前頭部右側に切創(深さは,いずれも一,二センチメートル)。
右後頭部から後頚部にかけて,傷口が肩の上側に向かい斜めに切れた,長さ約20センチメートル,深さ約2センチメートルの切創。
背部上方から左上腕部にかけて長さ約20センチメートル,深さ約2センチメー
トルの切創。
右側腹部から背部に至る腹部刺創(貫通創。腹部の傷の長さは約四,五センチメートル,背部の傷の長さは約3センチメートル,傷の深さが約30センチメートルのもの)。
右手刺創(貫通創)。
右第4,5中手骨開放粉砕骨折,右環指・小指伸筋腱・屈筋腱・指神経断裂。(3)

Xの負傷状況等
Xの着衣の状況

Xが本件犯行当時着用していたTシャツ前面には,長さ約0.6センチメートルないし2.6センチメートルの損傷が9か所ある。同背面には,長さ1.6センチメートルの損傷が1か所ある。
また,同ウインドブレーカーズボン前面には,長さ2.3センチメートルの損傷が1か所ある。同背面には,長さ3.1センチメートルの損傷が1か所ある。さらに,同トランクス前面には,長さ2.3センチメートルの損傷が1か所ある。イ
Xの受傷状況

Xは,その死因となった刺創(右胸乳首付近の,2.3センチメートル×1.5センチメートル(接着時の長さ2.9センチメートル)で,右肺から横隔膜を経て肝臓に至る創洞の深さ15.0センチメートルの開いたもの)のほか,以下の各傷害等を負った。
(ア)

頭部

左前頭部に,4.0センチメートル×3.0センチメートルの表皮剥脱。左耳介上付着部上方に,4.0センチメートル×1.0センチメートル(接着時の長さ4.9センチメートル)で,創底は頭蓋骨の骨膜に達する切創ないし割創。左眼から左耳介にかけて擦過傷と推定される5.0センチメートル×6.0センチメートルの表皮剥脱及び左耳介に創縁0.5センチメートルの挫創。右側頭部に,3か所の切創ないし割創(7.0センチメートル×1.0センチメ
ートル(接着時の長さ7.5センチメートル)で創洞が頭蓋骨の骨膜に達するもの,5.5センチメートル×0.6センチメートル(接着時の長さ4.2センチメートル)のもの,4.0センチメートル×0.5センチメートル(円弧状に開いたもの)で創底が頭蓋骨骨膜に達するもの)及び2か所の創底が頭蓋骨骨膜に達する開いた創(5.0センチメートル×0.5センチメートル(接着時の長さ5.0センチメートル)のもの,4.5センチメートル×0.5センチメートル(接着時の長さ4.5センチメートル)のもの)。
右後頭部に長さ1.6センチメートルの切創ないし割創及び複数の表皮剥脱。(イ)

顔面

顔面右側部に,鼻骨骨折,右側頭骨の陥没骨折及び前頭蓋窩の横骨折を伴う長さ4.0センチメートルの開いた挫創並びに長さ5.5センチメートルの開いた切創。(ウ)

頚部

前頚正中に,2.0センチメートル×0.3センチメートル(接着時の長さ2.7センチメートル)で,創洞の深さ3.4センチメートルの開いた刺切創。右側頚部に,2.5センチメートル×0.5センチメートル(接着時の長さ2.8センチメートル)で創洞の深さ4.7センチメートルの開いた刺切創。前頚部に,2.5センチメートル×0.5センチメートル(接着時の長さ2.5センチメートル)で創洞の深さ3.5センチメートルの開いた創。(エ)

腹胸部

右胸乳首付近に,前記死因となった刺創。
胸部中央に,2.0センチメートル×1.0センチメートル(接着時の長さ2.5センチメートル)の刺創。
左季肋部に,2.5センチメートル×1.0センチメートル(接着時の長さ2.9センチメートル)で創洞の深さ14.0センチメートルの開いた刺創及び2.2センチメートル×0.6センチメートル(接着時の長さ2.3センチメートル)で創洞の深さ15.5センチメートルの刺創。

右下腹部に,2.0センチメートル×1.0センチメートル(接着時の長さ2.3センチメートル)の開いた刺切創。
(オ)

背面

左肩甲下部に,1.2センチメートル×0.8センチメートル(接着時の長さ1.5センチメートル)で創洞の深さ1.5センチメートルの刺切創。(カ)

会陰部

陰茎に長さ1.8センチメートルの切創。
(キ)

上肢

左示指掌側に左右方向に0.8センチメートル×0.1センチメートルに開き,創洞は皮下組織で終止する創。
右手掌全体に,1.0センチメートル×0.1センチメートルないし2.0センチメートル×0.1センチメートルに開き,創洞は皮下組織で終止する約10個の創。
(4)

なお,関係証拠によれば,各被害者らの上記各刺創,切創,刺切創,割創
が,いずれも,被告人の本件刀を用いた攻撃により生じたことは明かである。4
(1)

本件犯行現場の状況等
物品の破損状況等

本件家屋1階8畳茶の間(別紙図面参照。以下茶の間という。)においては,南側障子ガラス戸のうち東側から2枚目のものは,戸の下方部分のガラスが破損している上,同室南側畳上に,東側障子ガラス戸のうち北側から4枚目のものが床に倒れており,ガラス部分が破損し,さらに,障子部分も一部破損していた。茶の間のカラーボックスの上に置かれた電話機には血痕様のものが付着し,電話機本体から電話コードが取り外され,カーリーコードに絡まっていた。(2)

視認状況

被告人が本件家屋に侵入した際,茶の間の豆電球が点いていたため,各部屋等の視認状況は以下のとおりであった。


廊下

本件家屋1階廊下(別紙図面参照。以下廊下という。)からは,本件家屋1階6畳寝室(別紙図面参照。以下寝室という。)入り口の障子ガラス戸は明確に認識でき,棚等についても十分に認識できる状態であった。

寝室

入り口の障子ガラス戸を開けた状態では,少なくとも,寝室内に配置された鏡台,タンス及び衣装ケース等の配置は認識でき,顔は明確に認識できないものの,床に敷かれた布団に寝ている者の髪型が認識できる状態だった。

サングラスの透過率及び度数等

被告人が犯行当時着用していたサングラス(以下本件サングラスという。)は,透過率は50パーセントである。
5
被告人の逮捕の経緯等

被告人は,本件犯行後,本件家屋の近辺にある駐車場に停めておいた車に戻り,発進させたものの,その直後に道路の縁石に右前輪を衝突させた。被告人は,林道上(同駐車場からの走行距離約2.3キロメートル)に,タイヤが外れた同車両を放置した。被告人自身,その手から相当量の出血をする負傷をしていたことに気付いた。
被告人は,本件刀と車内にあった鋸を車から出し,林道を徒歩で数十メートル登ったところで雑木林の中に鋸を投げ捨て,数百メートル移動し,さらに,林道から山中に分け入った上で,本件刀を鞘ごと地面に突き刺し,その後,林道などを逃走し,身動きが取れなくなったところを警察官に発見された。
被告人は,本件犯行当日の平成18年5月7日に逮捕され,同月9日に勾留され,また,本件刀も上記場所から押収された。
第3

本件刀の殺傷能力及びこれが銃刀法違反に該当する刀であるか否かについて
本件刀は,相当の強度を有する鋼質性の材料により製作され,前記刃体の長さ,刃厚,刃幅に加え,相当の重量を有していること及びその刃体部分の鋭利な形状に
鑑みるとともに,本件刀により多数の刺切創や切創が生じていること,特に,Zの腹部の貫通創の皮膚の切れ方や貫通状況から凶器が鋭利な刃物であると推認されるとの事実に徴すると,本件刀の殺傷能力は相当高く,本来人畜を殺傷する能力があることは明白である。
したがって,本件刀は社会通念上,その形態において,銃刀法にいう刀の形態を十分に備え,かつ,その実質においても,物を切断する機能を備えていることが明らかである(なお,本件刀のようにある程度容易に研磨等により刃を付けられる模造刀は,刃が付いた状態になくとも同法違反の刀に該当し得るのであって,弁護人の主張はこの点でも失当である。)。
第4

小括

前記認定に係る①被害者らの衣類の損傷状況,創傷の部位・程度及びその夥しい数並びにこれらが,いずれも十分な殺傷能力を有する本件刀による連続してなされた攻撃により生じたものであること,②Y及びXの致命傷となった創傷の深さやZの切創の長さ及びこれを前提に,本件刀が突き刺さったり,本件刀で切り付けられたりした態様から認められるその攻撃の強度,③Xに対する創傷の部位・程度・数から認められるその攻撃の執拗さに加え,④犯行時の視認状況に特段の問題が見られなかったことを併せ考慮すれば,本件においては,仮に,具体的な突き刺し行為等の態様や被告人と被害者らとの体勢などが不明であったとしても,被告人が本件刀を用いて,被害者らの身体の枢要部に対してなした攻撃が,確定的な殺意に基づくものであることは相当程度強く推認されるということができる。しかしながら,他方で,被告人がこのような確定的な殺意に基づく犯行に及ぶ合理的な動機を推測させるような客観的な証拠は一切存せず,また,弁護人は,公判調書中の被告人の供述部分(以下,単に公判供述という。)中の後述する具体的な突き刺し行為の態様を前提とすれば,それが意図的な殺意に基づくものであることに疑いを生じさせる事情が存する旨主張している。
そこで,これらの点については,当裁判所は,被告人の捜査段階の自白供述に基
づいて,その動機,計画や具体的な殺害態様を認定していることから,以下,順次これらを認定した理由を説明する。
第5
1
自白調書の任意性について
被告人の自白内容

被告人の自白内容は,概ね,次のとおりである。
(1)

Xに対する殺意を形成するに至る経緯

小学校4年生ころ,Xから,無理矢理その性器を舐めさせられたり,口に銜えさせられた上,射精した精液を飲まされるなどの性的暴行を約10回にわたり受けたが,当時は,そのような行為の意味は解らなかった。
そして,中学校に進学し,同級生らとの会話の中で,Xに強要された行為の性的な意味を初めて理解し,強い屈辱感を味わった。
それからは,自らが性的暴行を受けたという事実が露見しないように,他人となるべく関わらないようにした。また,人が多く集まっている場所等で笑い声が聞こえると,その人は,私がXから性的暴行を受けたことを知り,そのように笑っているのではないかなどと感じるようになった。さらには,女性との性交渉などを考えると,Xから受けた性的暴行を思い出してしまうので,女性を次第に避けるようにもなった。加えて,中学生の同級生らより,からかわれるなどの苛めを受ける理由が,同人らが自分の性的暴行の事実を知っているからではないかと思ったり,もし,これを知られたら,さらに同級生らから苛められるのではないかなどと思った。そればかりではなく,このころから,胸が締め付けられ,体が熱くなるように感じ,怒りが涌いてくるような体の変調を覚えるようにもなり,剣道に打ち込むなどしてこれを紛らわそうともした。また,性的暴行の夢を見るようにもなった。そして,これらが全てXから受けた性的暴行が原因であると思っており,このように屈辱的で悔しく悲しい出来事を忘れたいが,どうしても忘れることができず,Xに対する憎しみが涌いてきて,その思いは次第に強くなった。
(2)

殺意の形成

高校生になっても,体の変調や,自分の殻に閉じこもるなどの状態が続き,専門学校在学中は,近くにXがいないせいか自宅にいるときほどにはXのことを思わなくてもよかった気がしたが,相変わらず体の変調は続き,これらを種々トレーニングをするなどして紛らわしていたが,高校時代又は専門学校時代のころには,漠然といつかXを殺してやるとも考えるようになった。本件刀を護身用に購入したのも,人の多い東京では,Xのような卑劣な男がいるかもしれず,そんな奴が向かってきたことを考えてのことだった。
専門学校を卒業後,地元に戻ってきたころだと思うが,Xが婦女暴行事件を起こし,警察に逮捕されたことを聞き,それが性的な事件であることから,Xに対する憎しみを募らせた。そして,社会復帰したXが車を運転しているところなどを見ると,どうして婦女暴行事件を起こした者が普通の生活を送れるのかなどと益々怒りを覚えた。
また,地元では1つの会社に長く勤めるとやはり昔の性的暴行が明るみになるのではないかとの不安から転職を繰り返し,ランニング等で紛らわしていた体の変調もだんだん重くなってきた。そして,体の変調が生じたときには,自分の部屋にある枕や,自分の体を叩くなどして気持ちを紛らわすようにもなったが,平成17年ころには,Xをボコボコにすれば,同人に対する恨みが解消され,また,体の変調も治まるのではないかと考え,Xをサンドバッグのようにボコボコにして,生死は関係なく殴ってやりたいなどと思い始めた。また,本件刀を磨いたり,草を試し切りしたり,また,その刃の長さが比較的長く,そのようなもので突き刺せば,Xの命を奪えるに違いないと漠然と思ったりもした。さらには,体の変調も益々重くなるような感じであり,恨みと憎しみを晴らすにはXを殺すしかないし,体の変調から抜け出すにはXを殺すしかないとも考えるようになった。
その後,平成18年1月ころには,その具体的な方法までは考えないものの,軍手やビニール手袋をした上で,本件刀を用いてXを殺害しようと考えるに至り,当初はXが車に乗り降りする際を狙おうとし,Xの車を携帯電話に附属しているデジ
タルカメラで撮影するなどしていたものの,そのような機会はなかった。そこで,同年4月ころ,ついにはXが実家である本件家屋に宿泊している際,忍び込んだ上,本件刀を用いてXを殺害しようと考えるに至った。そして,Xの実家に侵入して殺害する以上,同人の両親が殺害の邪魔をすることは当然予想しており,その場合は両親を殺すことになっても仕方がないと思っていた。
(3)

本件犯行の決意

ゴールデンウィークには,Xが帰省するのではないかと考えていたところ,同年5月6日午後7時ころ,自宅の玄関前で,走行中のXの車を目撃したことから,同人が帰省していることを知り,畜生嫌なものを見たと思い,体の中から憎しみと怒りのようなものがこみ上げるのが分かったものの,私の弟らが帰省していた上,夜になればXも本件家屋から自宅に帰るとも考え,気持ちを静めるために自室に入るなどした結果,この時点では本件家屋に侵入してXを殺害しようとは思わなかった。
家族と夕食を食べ,テレビを見るなどした後,自室でプラモデルを作り始め,翌7日午前3時ころ,これを作り終えてシャワーを浴び,就寝しようと思ったが,その際,胸が締め付けられるような感じがするとともに性的暴行のイメージが浮かび,さらに体が熱くなり,息が荒くなった。
そこで,いつものように,自分の身体を叩くなどして体の変調を紛らわせようとしたが治まらなかったことで,Xに対する憎悪の念が膨らみ,Xを殺害すれば,悔しさを晴らすことができ,体の変調もなくなるのではないかと考え,また,こんなに変調が来るのはXが絶対本件家屋にいるからだという自信のような思いも涌いてきて,かねてから考えていたとおり,本件家屋に侵入してXを殺害することを決意した。
(4)

殺害準備行為及び本件侵入行為

同日午前3時20分ころ,Xの血が自分の手に付かないようにするためのプラモデル作りに使用するビニール手袋と,滑り止めのための玄関前の段ボール箱に入っ
ていた軍手を持ち,さらに本件刀を携えるなどして車に乗り,本件家屋を目指したが,部落の者等に見付からないよう,一旦,本件家屋と反対方向に車を走らせた後,本件家屋から徒歩で5分程度の距離にある森林組合の向かいにある駐車場に車を停め,顔を見られないように車内に置いてあった本件サングラスを掛け,さらに上記ビニール手袋や軍手を身に付けた。そして,雑木林の中の小径を通り,徒歩で本件家屋に向かった。
本件家屋に着くと,Xが在宅しているか判断するため,Xの車の有無を確認し,これが車庫にあることを知るや,それまでは,Xがいなければ押し入る必要もないのだからと犯行を躊躇う気持ちがあったものの,そのような躊躇いもなくなり,携えていた本件刀を抜き易いようジーパンの後ろのベルト通しに鞘ごと差して,本件家屋への侵入を決意した。
玄関から本件家屋に侵入すると,茶の間の豆電球が点いており,本件サングラスを掛けていても,中の様子はある程度分かる状態だった。
(5)

Yに対する攻撃

玄関の横にある部屋の障子を廊下から開け,身を屈めて中をよく見ると,Xではない小柄な人が2人寝ていることが分かった。そこで,障子を閉めようとしたが,重くて半分位しか閉まらず,そのまま,向かいにある茶の間の障子を開けようとして手を掛けたとき,寝室の方から女の人の声で誰と呼びかけられ,どきっとして振り返り,寝室を見ると,そこに人影があり,Zがギャーと叫び声を上げて後ずさりし,さらにYが何だなどと言いながら起き上がり,私の方に向かって来たので,右手に順手で持った本件刀で,Yの腹か胸の辺りを突き刺し,その後は寝室の中でYと揉み合いになり,正確な回数や場所は覚えていないものの,手加減することなく無我夢中で暴れるYを何度も刺した。
(6)

X及びZに対する攻撃

その後,廊下の方からうわーなどという男の声が聞こえ,その声の主がXであることが分かると,これまで蓄積されてきた憎悪が一気に吹き出すというか,こ
れまで感じたことのないような高ぶりが全身を走り,直ぐにXの方に近づき,右手に持っていた本件刀で,Xの胸ないし腹を1回刺し,さらに上半身を二,三回刺したところ,Xは,廊下と玄関の間にある障子にもたれかかり,そのまま茶の間の方に障子ごと倒れた。
Xが倒れたところに行くと,Xは直ぐに起き上がってきたため,回数は分からないものの,さらに本件刀でXの上半身を刺した。
その後,Xは立ち上がり,ラグビーのタックルをするような形で,頭を私の腹辺りに付けてきたので,右手に持っていた本件刀で,肘から先を少し振るようにして,Xの右脇腹付近や胸付近を二,三回刺したものの,Xが離れようとしなかったため,その頭や背中を五,六回強く殴り,またその上半身を二,三回膝で強く蹴ったところ,Xが少し離れたので,右手に持っていた本件刀を用いて,肘を曲げてその状態から肘を伸ばすような格好で刺した。
それでもXはまたタックルをするように私の腹に頭を付けてきたので,少なくとも五,六回,その頭を右手の拳で叩いたり,本件刀で叩くなどした。このころ,背後にいたZから,下側後方に引っ張られ,Xから引き離されそうになったので,Zの頭が私の左脇腹付近に来るような状態になった際,手加減なく,右手に持った本件刀の柄の部分でその頭を1回ないし数回殴り,さらに,Zが私の左後方にいた際にも,私の体を左側に振り返りながら同女の体を刺そうとして本件刀を突き刺したものの,うまく刺さらずに,刀を手前に引いた際,Zの肩及び後頭部を切ったような気がする。また,左側に振り返りながらZの腹辺りを本件刀で刺したようにも思う。Zの頭の切り傷や,右手の刺し傷をいつ付けたのかは分からない。
このようにして,Zを意識していた際,Xから本件刀を奪われ,それで切りかかられたので,それを避けるなどしていた。しかし,XがZに対し警察に連絡するよう叫んでいたことから,Zの方に再度意識を向けたため,Xに背を向けるような格好となり,その際,Xから切り付けられるなどしたため,その刀を掴んだまま,X
の腹辺りをかかとで強く蹴り,さらに頭,背中及び腹などを十数回殴るなどしたところ,Xが尻餅をつくような格好になったことから,さらに頭を殴るなどすると,Xは抵抗不能の状態となった。
他方,警察に連絡できないようにするために,電話機に接続されている電話線を抜いた上,電話機を叩き付けるように投げ付け,さらに,Zを捜し,警察への通報を防止するとともに,もしZが警察に通報するなどしてX殺害を邪魔すれば,殺害してもやむを得ないと考え,血痕などを追ってZを捜したと思うが,発見することはできなかった。
本件家屋の台所から茶の間に戻ると,Xの姿が見当たらなかったため,あれほどのダメージを与えもう動けないだろうと思っていたXがいなくなっていることに愕然として,辺りの様子を窺っていたところ,玄関の方から呻き声が聞こえたので,その方向に向かうと,Xが玄関の直ぐ外のところで壁を背に前屈みの状態でいたので,さらに同人をボコボコにするため,手拳で頭を三,四発強く殴り,また膝で腹を蹴るなどすると,Xが地面に倒れたので,Xの頭を靴の底で四,五回踏みつけ,つま先で顔面を蹴るなどした。
(7)

犯行後の状況

事件をやらかした直後であり,頭の中が真っ白な感じで何も考えられない状態で,右手の怪我の痛みも感じず,自分の姿を見られたように思ったおばあちゃんのこともどうでもいい感じになって,車に戻り,発進させ,その際,タイヤを何かにぶつけたが,それが何なのかも分からなかった。
タイヤ交換は誰もいない山の中でやった方がいいと考え,四,五回行ったことのある山道へ車を走らせたが,パンクして車が動かなくなり,右手が痛いのにも気付いてタイヤ交換を諦め,山の奥に逃げようと考えた。助手席の足元に本件刀と新品の鋸があったので,そのままでは怪しまれるに違いないと考え,これを持ち出して捨てた。
その後山道を歩きながら,これで長年の恨みが晴れたし,それまで味合わされた
苦しみからやっと解放されると感じるとともに,出血のため何度か気を失いながら,このまま死んでもいいなどとも思った。
2
(1)

被告人の自白の任意性,信用性に関する検討
捜査段階においてY及びZに対する殺意を認めた理由についての被告人の
公判供述は,睡眠不足や便秘であったし,食事も十分取れない状態だった。また,一度認めたことは変更できないと思ったし,取調時に,かつてXから指示された性的な行為について話したことの精神的なショックがあり,取調官に言われるとおりの内容になった。というものであり,弁護人も警察官調書は,逮捕時はパニック状態であり,その後は,体調不良の中で連日取調べを受けたものであること,また,多数の傷があることや傷の状態からすれば殺意がないわけがないなどと理詰めで追及されたものであり,一種の偽計による取調べといえ,任意性を欠くものである。検察官調書も,体調不良が回復しない中で取調べを受け,また,警察での取調べの影響下にあり,その調書が作成されていることを前提としたものであり,任意性を欠くものである。旨主張し,被告人の自白調書の任意性及び信用性を争っている。
(2)

しかしながら,そもそも,弁護人が主張するところの取調官の理詰めの追及は,これが穏当なものである限り任意性を失わせる精神的圧迫と評価する余地はなく,もとより,これ自体が真実に反する事実を告げて錯誤に陥れた偽計による自白と同視し得ないのもいうまでもないことに加えて,関係証拠上,被告人に対する深夜に及ぶ取調べや長時間の継続的な取調べといった問題もない。また,取調時に,被告人の疲労状態,空腹や睡眠不足に対する意向確認がなされており,心身の状況,休養や食事に対する配慮を欠いていたという事情も認められないのであって,そうすると,任意性を失わせるような精神的圧迫状態下での誘導尋問等がなされた疑念はない。
そして,被告人自身も,取調官から『殺すつもりがないのになぜ手を出したのか』などと質問されたが,この質問に答えられないでいると,取調官から,さらに『あれだけのことになって殺すつもりがなかったのはおかしい』などと追及されて,Yらに対する殺意を認める旨の供述をした。,また,Yらに対する攻撃態様を上記のとおり供述した経緯についても,取調官から『Yの胸に傷があるから胸を最初に刺したのではないか』などと質問されたため,『そうかも知れない』などと答え,また,取調官より『Zの受傷状況からすると,同女が前のめりになった際,被告人が左側に向きつつ同女の背中や腹部などを刺した可能性が高い』などと教示されたため,そのような犯行状況を自ら再現した。などと述べているのであって,被害者らの受傷状態等に基づく,穏当な追及や教示をきっかけにして,自らの意思によって自白に及んだものであることが明らかである。
そうすると,他に被告人の捜査段階における自白の任意性に疑いを差し挟み得るような事情が認められない本件では,各自白調書に任意性が認められることは明らかである。
(3)

自白調書の信用性に関する検討
まず,本件殺人,同未遂罪についての被告人の捜査段階における自白が任意
性に疑いのないものであることは,前記で説明したとおりであり,このように重大な犯罪を任意に自白していること自体によって,その自白内容には高度の信用性があるものと考えられるところである。
加えて,各被害者らに対する被告人の攻撃態様に関する被告人の自白の内容が,各被害者の刺切創等の状況や着用していた衣類の損傷状況と矛盾しないこと,茶の間における障子の損傷状態や電話のコードが引き抜かれた状況等の種々現場の客観的状況とも整合することが認められる。さらには,本件において重要と解される乙に対する殺意の点や,本件刀を購入した理由などの点についても,被告人より訂正の申し出がなされ,それが調書に記載されていること,とりわけ,本件刀については,趣味や護身のために買ったのであり,その時点ではXを殺す目的だけのために買ったものではない旨明確に弁解しつつも,東京で暮らしていてもXに対する殺したいくらいの憎しみが消えなかったことの証左として,本件刀の購入にまつわるエ
ピソードを述べているというその供述内容自体に徴しても,誘導等の影響を窺わせないものである。
また,その殺意が芽生えてきた過程に関する供述は,前記のとおり,まさに,被告人自身が感じたのでなければ語り得ない内容を含んでいるといえるとともに,前記認定に係る本件発生前の経緯と整合するものでもある。さらには,その供述は,地元を離れた専門学校時代は,それほどにはXのことを思い出さず,本件刃物購入時もいつか殺してやるという漠然とした殺意であったのが,帰省後,Xが強制わいせつ事件で逮捕されたことを知り,そのXがたまに車を運転して実家である本件家屋に戻っているのを見かけて,益々怒りを覚え,体調不良も悪化する中でボコボコにして殴り殺すことや,サンドバッグのようにぐちゃぐちゃにする様に殴るとか,ひざまずかせて謝らせる姿,それに金玉を潰してやることなどを具体的に思い描くとともに,体調不良から抜け出すにはXを殺す以外にないと思い始め,その上で,Xの抵抗も考え,本件刀を使えば殺すことができるとか,その刀で切り刻んでやれると思ったというもので,その時々の自身及び周囲の事情や状況に応じた気持ちの変化が説明されている。また,本件直前の殺意が生じた経緯についても,Xの運転する車を見かけたことで,ゴールデンウィーク中がチャンスと考えていた殺害企図がより現実的なものとなったが,その高ぶる気持ちなどを家族に悟られないようにした状況や,その後プラモデルを作るなどして気持ちが紛れ,Xが実家に泊まっていない可能性にも思いを巡らせて一旦殺害を諦めたという極めて臨場感を伴った心の動きにも触れるものである。

なお,弁護人は,取調官がY及びZの受傷状況からその攻撃態様を想像して
被告人に押しつけ,自白調書が作成されたと主張している。
しかし,Yに対する攻撃については,必ずしも客観的な創傷部位,状態等の明確性の有無とは関連せずに,曖昧な部分は曖昧なままに述べられている上,これを前提に,致命傷となった傷については,

おそらく,部屋で揉み合うような形となったときに,相手の左脇の下を刃物で二度刺したに違いない。

無我夢中となって,相手の胴体を何度も刺したような気がするし,間違いないと思います。

と,まさに想像した結果が想像としたものとして記載されているといえるのであって,取調官が,自白を押しつけたような形跡を窺わせないものである。同様に,Zに対する攻撃についても,Xとの格闘中に背後に回られて腰にしがみつかれるなどして邪魔されたことから,もうこうなったら殺すしかないと思ったとした上で,どこをどう刺したかは,無我夢中でXと対決していたため,また,一瞬の流れのことなので記憶は曖昧なのですが

右手に持っていた刃物の根本辺りで母親の頭を殴った様な気がする。

右手に持っていた刃物を私の左腕と脇腹の間を通す様な感じで付きを入れ,背後にしがみついている母親の胴体辺りを刺したような気もする。

などと断定的な判断を避ける表現で犯行態様が記載されているのであって,取調官が自白を押しつけた形跡は窺われない。
もとより,本件家屋に侵入し,Xを殺害することを目的としていた被告人が,Y及びZが,これを妨害してきた際,排除する方法として,Xに対する殺害方法と同様の攻撃に及ぶことを念頭に置くというのは何ら不自然なことではない。(4)

最後に,被告人がXに対する殺意を生じ,その殺害を計画した経緯に関す
る供述部分の信用性について別途検討する。
この点,被告人とXとが長く没交渉の状態にあり,被告人の殺意形成につながる事情が一切伺えないことからすると,本件においては,被告人が幼少時にXから性的暴行を受けたとの事実が存し,これが本件殺害計画につながる唯一の原因であるとする供述部分には,一定の信用性を付与せざるを得ないところ,これに加えて,その供述は,その後の長期間にわたり,家族も現認している被告人に生じていた身体的症状等と整合し,また,被告人がその成長に伴い変化する周囲の環境等とも関連させながら,Xに対し,強い恨みを順次形成した経緯や,同人が敢行した強制わいせつ事件などを耳にして,それが増幅されたという経緯が述べられている点において,高い信用性が認められるというべきである。そして,これを前提にすると,被告人が,Xを殺害したいとの気持ちを芽生えさせ,Xが車から降りる際を狙って
同人を殺害することを企図するなどした上,徐々に具体的な殺害方法を想定するに至り,その準備のためにXの車のナンバープレートを撮影するなどといった準備行為に及んだということも十分に考えられるところであって,かような供述内容自体不自然なものではない。
3
被告人の公判供述の信用性

これに対し,被告人の公判供述は,

X殺害を企図したことはなく,その両親を殺害することも予期していなかった上,犯行時にもXが死んでも構わないという気持ちはなく,Y及びZに対する犯行態様は正確には憶えていない。

などというものである。
しかし,被告人の公判供述は,本件刀について,目に付いたから持って出ただけであるとし,また,家を出るときの気持ちも,最初はそれでXを脅そうと思っていたと説明したかと思うと,直後に,もし自分が負けそうになったときに使って逃げようと思ったと言い直し,結局,本件刀の当たり所が悪ければ死んでしまうかも知れないことは頭をよぎったとも述べるものである。そうすると,本件刀を携帯し,本件家屋へ侵入しての攻撃を企図していた以上これを攻撃に使用する意図を有していたことが強く推認される本件において,上記のような被告人の公判供述が,本件殺害の犯行時に本件刀を使用する意図がなかった旨の特段の事情を説明できているとは到底いえず,もとより,本件刀にまつわる種々エピソードと結び付けて従前から企図していたとおりに本件刀を携帯した理由を説明している捜査段階の供述に疑念を生じさせるものではない。また,被告人の公判供述は,本件刀について,一方で,切れるとは思わなかったとしつつも,他方で,先が鋭くて刺さったら危ないものであることは認識していたともするものであって,その回数や具体的態様は別としても,このような本件刀を各被害者の体に突き刺す行動を採ったこと自体は認めた上で,これが殺意を伴わない行為であるとする特別の事情も同様に説明できていない。さらには,その公判供述は,Xを襲うために本件家屋に押し入ることを考えた際,当然に家人が邪魔になることは予測していたとした上で,乙には手を出さな
いつもりがあったとする特別の理由を説明していながら,Y及びZに対する対処方法などは考えたことがないなどという不自然極まりないものである。これらの諸点に照らせば,被告人の公判供述の信用性は著しく低いといわざるを得ない。
4
小括

以上からすれば,被告人の捜査段階における自白調書の信用性に疑念はないといえ,以下,この自白内容を前提として,殺意や計画性を検討する。第6
1
Yに対する殺意の有無について
関係証拠によれば,被告人は,強い殺傷能力を有する本件刀を利き手である
右手に持ち,本件刀でYの腹胸部を突き刺し,その後,同人と揉み合いになる中で,何度も同人に対し,本件刀で刺すなどの執拗な攻撃を加えていることが認められることに加え,Yの身体には,その腹胸部に,浅くない創洞を有する刺切創があり,その他にも,創洞の長さが約20センチメートルにも及ぶ背面の刺創を含め,全身に多数の刺切創等が認められることや,本件寝室においても,本件サングラスを着用して人影等を認識することが可能であったという視認状況などを併せ考えれば,被告人が,Yの身体の枢要部たる上半身を狙い,相当の力を込め,高い殺傷能力を有する本件刀でその腹胸部を1回突き刺し,その後,同人と揉み合いになった後,同人の身体を多数回にわたり刺したり,切ったりするなどの攻撃を加えていることが優に推認できる。
また,前記のとおり,被告人には,かねてからXを殺害するためにはその両親らを殺害することもやむを得ないと考える動機もある上,抵抗できなくなり,重傷を負ったことの明らかなYを放置して,Xを殺害するために寝室を立ち去っていることなどの各事情に照らせば,被告人のYに対する確定的殺意が優に認定できる。2
これに対し,弁護人は,①寝室は相当に暗く,濃度50パーセントである本
件サングラスを掛けた被告人の視認条件は相当に不良であり,かような状況下において,Yの身体の枢要部を意識して突き刺すことはできず,また,②被告人の最初
の攻撃により生じたものと考えられるYの腹胸部の刺創は,創洞の長さがせいぜい約3センチメートル程度と決して深くない上,Yの身体の背面に浅い創傷が多く,また,被告人は,本件刀の刃の方向を創傷毎に変えていると認められることなどからすれば,被告人は,寝室の暗がりの中で本件刀を振り回していたに過ぎないとみるべきである旨主張する。
しかしながら,①の視認状況の点については,前記認定のとおり,寝室が暗闇の状態にあって視認条件が著しく不良であったとはいえない上,被告人は,本件家屋に侵入する以前に,本件サングラスを掛けて薄暗い小径を通過しているのであり,寝室に至るまでの間,暗闇に相当程度目が慣れていたものと推察されるところ,とりわけ,寝室の窓はカーテン等による遮光もされていなかったのであるから,被告人が本件サングラスを掛けつつ,寝室において,Yを攻撃した際の状況が,弁護人が主張するような室内の状況すら不明なほどの暗がりであったということはできず,②の本件刀を振り回しただけであるとの点については,Yの身体には,浅い創傷のみならず,深い刺創等も相当数存在する上,多数の背面の浅い傷も切創ではなく刺創や刺切創なのであって,かような受傷状況とその刀の用い方が合致しない上,Y自身も被告人から攻撃を受けている際,自らの身を守るなどするため,その態勢等を変化させていた可能性が高いことなどからすれば,被告人が,本件刀の刃の方向を創傷毎に変えていたとするその前提事実も認めることはできない。3
なお,Yの背面に多数の浅い創傷が存する点については,これらが意図的に
この程度の深さに刺されたものとみるのは困難であるが,このことは,被告人がYとの距離関係を必ずしも正確には捉えられていない状況下での攻撃がなされていたことは推測させるものの,これとYの身体を狙った攻撃がなされていたこととは矛盾せず,むしろ,左肩後部外側からの創洞が途中で2つに分岐し,1つは右心房腔内に至り,他方は肝臓横隔膜面に至るという刺創の状況からは,深く刺した本件刀を途中まで引き抜いて再度深く刺したことも推認されるのを始めとして,その多様かつ多数にわたる傷跡からみた執拗な攻撃態様が,Yに対する確定的な殺意の存在
を裏付けているとの当裁判所の前記判断を何ら左右するものでもない。第7
1
Zに対する殺意の有無について
関係証拠によれば,Zの右側腹部から腰背部正中に向かい背部に貫通する傷
は,腹部前面から刃物等が水平に侵入して背部に貫通して生じたものであること,被告人は,Zに対し,同女が左後方にいた際,左側に振り返りつつ,右手に持った本件刀を突き刺したものの,刺さらずに刀を手前に引いた際,同女の肩及び後頭部を切り,さらに,左側に振り返りながらZの腹辺りを本件刀で刺したことが認められるところ,豆電球が点いていたという本件サングラスを着用しても人影等が認識可能と優に推察される茶の間における視認条件からすれば,被告人は,まず,強い力を込めて,Zの身体の枢要部たる上半身に対して,高い殺傷能力を有する本件刀で1回突き刺し,これがZの胸部等に突き刺さらなかったことを認識するや,さらに同女に対し1回同様の攻撃を加えていることが推認できる。
そして,その後もX殺害の邪魔をされることを阻止するためにZの居場所を探索しており,同女に対し,さらなる攻撃を加える意図も窺えるばかりか,前記のとおり,被告人にかねてからXを殺害するためには,両親らを殺害することもやむを得ないと考えていた動機も存することに照らせば,被告人のZに対する確定的な殺意も,これを優に認定することができる。
2
これに対し,弁護人は,Xを攻撃していた際,Zの存在についての認識はな
かったとする被告人の公判供述を前提に,①同女の背部から左上腕部の切創は,深さが二,三センチメートルと浅く,かつ着衣が切れていないことから,服と身体の間に刀が入ってできた切創と認められ,従って,意識し意図的に着衣の間に刀を入れることはありえないことからみて,極めて偶然生じたものに過ぎない上,②その腹部の貫通創も,しがみついたZをふりほどくために行われた行為により生じたのであり,意識的に突き刺したことにより生じたものではない可能性が高く,その他のZの受傷状況からも被告人の同女に対する殺意を認定することはできない旨主張している。

しかしながら,①の肩の傷については,模造刀を研磨したものであるという点でその切れ味には一定の限界のある本件刀により形成された切創の長さが30センチメートルにもわたるものであるとの事実自体が,被告人が,少なくともZの上半身を狙い,強い力を込めて本件刀で突き刺すなどの攻撃を加えたことを推認させるというべきであり,弁護人が主張するように,着衣と身体の間を狙ってそこに敢えて本件刀を差し入れるなどといった攻撃態様を被告人が意図していないのは当然であって,このような結果が偶然であることと被告人が意図的にZの上半身を狙った攻撃を加えたこととは,その手元が狂ったり,Zの動きでずれることが十分考えられることに鑑みても,何ら矛盾するものではなく,②の被告人がしがみついたZをふりほどくことに終始していた旨の主張については,腹部の貫通創の深さやZが被告人の背後に密着した位置にいたことを併せ考慮すると,そのZを振り払うための動作と被告人が右手に持った全長683ミリメートル,刃渡り433ミリメートルに及ぶ本件刀がZの貫通部位に突き刺さる動作とが偶然のものとして一致する蓋然性はかなり低く,さらにいえば,Zの右手に加えられた攻撃が,右第4,5中手骨開放粉砕骨折,すなわち,傷から骨が飛び出して複雑骨折かつ粉砕骨折に至っているという事実に徴して相当程度の力を込めた攻撃であると推認されることとも整合しないというべきである(なお,Zの右手の骨折について,Zが被告人の刀を掴んだか,防御するため刀を掴んだために生じたとしか考えられないとの弁護人の主張は,被告人の攻撃の強さに関する考察を欠いた一方的なものであって採用の限りではない。)。
第8
1
X殺害の計画性の有無及び殺意の強さについて
計画性の認定(併せて銃刀法違反事実の認識の認定)

被告人の捜査段階の自白供述によれば,被告人はかねてから漠然とX殺害を企図し,平成17年ころ,X殺害を決意し,具体的にXを殺害する様子などを想像していたところ,平成18年1月ころ,血液で手が汚れないようにビニール手袋をし,その上に滑り止めのための軍手を着用した上で本件刀を用いて,Xが車に乗り降り
する際を狙い,同人を殺害することに思い至り,そのためにXの車のナンバープレートなどを撮影するなどし,さらには,同年4月ころ,本件家屋に侵入し,同人を殺害しようと企図し,ゴールデンウィークであれば,Xが実家に帰省する可能性が高いなどと考えていたことが認められるのであって,本件は,弁護人が,被告人の公判供述を前提として主張するような計画性の存しない事案ではなく,本件刀を携えて本件家屋に侵入し,Xや,場合によってはその両親を殺害することを企図していたという意味において,計画性があることは明白である(なお,そうすると,被告人が,このように本件刀を用いた殺害計画を立てていたことのみに徴しても,被告人が本件刀の殺傷能力を認識していたこともまた明らかである)。もっとも,他方で,被告人は,Xに対する具体的な攻撃方法について検討したことはなく,また,Xを殺害した後のことについて漠然とした考えしか持ち合わせていなかったことに加え,本件犯行に至る経緯についてみても,被告人は,犯行前日に,Xの車を見て,同人が実家に帰省している可能性を了知していながら,直ぐに犯行に及ぶことはなく,犯行を断念し,自宅に戻って気晴らしにプラモデルを作製し,その後,体調の変調により再びX殺害を決意した後にも,一度は犯行を躊躇しながらも,Xが本件家屋にいることを知るや,再度,本件の敢行を決意しついに本件犯行に及んだというのである。
以上の諸事情に照らせば,被告人が,何としても当該日時に本件犯行を敢行しようという強い意思に基づき,X殺害の具体的な方法や,犯行後の逃走方法及び凶器の処分方法等について綿密な検討をしていた形跡は窺えず,X殺害の計画性は決して強いものではないのであって,本件は,上述のとおりの計画性を有しつつも,他方で突発的,衝動的な犯行という側面をも併有するというべきである。そうすると,弁護人が主張するところの,被告人が本件刀を入念に研いだり手入れをしていないことや被告人が,ゴールデンウィーク中に,友達と遊びに行ってもおり,本件家屋を終始見張るような行動を採らなかったことなどが,上記認定に係る計画性の存在と矛盾しないこともまた明らかである。

2
(1)

確定的殺意の認定
被告人が,前記認定のような計画的な凶行に及ぶには,Xに対し,深い怨
恨の情を抱くに足る理由があるものと考えるのが自然であるところ,被告人の述べるようなXから受けたとする性的暴行の態様は,このような怨恨の情を抱くのに相応なものというべきである。
(2)

Xの身体には,その胸部,腹部及び頚部などに相当の深さを有する刺創等
が多数あり,このようなXの受傷状況及び上記茶の間などにおける視認状況からすれば,被告人は,少なくともXの身体の枢要部であることを認識しつつ,相当に強い力を込め,高い殺傷能力を有する本件刀で多数回にわたって刺すなどの攻撃を加えたものと推認できるのであって,他方で,Xの負傷状況からも,被告人がXに対し,本件刀を用いない暴行にも及んでいる事実が認められことからは,Xをボコボコにしたいとの思いが併存していたとはいえても,被告人の意図がこれに限定されていたなどとは到底認められない。
さらに,被告人が,本件犯行後,瀕死の重傷を負い,玄関前に倒れ込んだXに対し,蹴るなどの暴行まで加えた上でその場を立ち去っていることに加え,上述したX殺害の計画性をも併せ考慮すれば,弁護人が,Xをボコボコに殴ることだけを企図していたとする被告人の公判供述を前提として主張するように,被告人には,本件犯行の途中でXに対する未必の殺意が生じたに過ぎないなどとはいえず,犯行当初から確定的殺意を有していたことが優に認定できるというべきである。なお,被告人がZによる警察への通報を危惧する状況にあったことや従前の攻撃態様の苛烈さに鑑みれば,被告人が最後に,Xに対し確実に止めを刺すような攻撃を選択せず,逃走していることによっては,被告人の殺意が未必的なものに止まらずに確定的なものであるとの上記認定は何ら左右されない。
第9

被告人がPTSDに罹患しているか,罹患しているとすれば,それが責任能
力に与えた影響の有無及び程度について
1
DMS-ⅣにおけるPTSDの診断基準


その人は,以下の2つが共に認められる外傷的な出来事に暴露されたことが
ある。
(1)

実際に,又は危うく死ぬ又は重症を負うような出来事を,1度又は数度,
又は自分又は他人の身体の保全に迫る危険を,その人が体験し,目撃し,又は直面した。
(2)

その人の反応は強い恐怖,無力感又は戦慄に関するものである。
外傷的な出来事が,以下の1つ(又はそれ以上)の形で再体験され続けてい
る。
(1)

出来事の反復的で侵入的で苦痛な想起で,それは心像,思考,又は知覚を
含む。
(2)

出来事についての反復的で苦痛な夢。

(3)

外傷的な出来事が再び起こっているかのように行動したり,感じたりする
(その体験を再体験する感覚,錯覚,幻覚及び解離性フラッシュバックのエピソードを含む,また,覚醒時又は中毒時に起こるものを含む。)。
(4)

外傷的出来事の1つの側面を象徴し,又は類似している内的又は外的きっ
かけに暴露された場合に生じる,強い心理的苦痛。
(5)

外傷的出来事の1つの側面を象徴し,又は類似している内的又は外的きっ
かけに暴露された場合の生理学的反応性。

以下の3つ(又はそれ以上)によって示される(外傷前には存在していなか
った)外傷と関連した刺激の持続的回避と,全般的反応性の麻痺。(1)

外傷と関連した思考,感情,又は会話を回避しようとする努力。

(2)

外傷を想起させる活動,場所又は人物を避けようとする努力。

(3)

外傷の重要な側面の想起不能。

(4)

重要な活動への関心又は参加の著しい減退。

(5)

他の人から孤立している,又は疎遠になっているという感覚。

(6)

感情の範囲の縮小。

(7)

未来が短縮した感覚。
(外傷以前には存在していなかった)持続的な覚醒亢進症状で,以下の2つ
(又はそれ以上)によって示される。
(1)

入眠,又は昏酔維持の困難。

(2)

易刺激性又は怒りの爆発。

(3)

集中困難。

(4)

過度の警戒心。

(5)

過度な驚愕反応。


障害(基準B,C及びDの症状)の持続期間が1か月以上。


障害は,臨床上著しい苦痛又は,社会的,職業的又は他の重要な領域におけ
る機能の障害を引き起こしている。
2
(1)

証人丙の第5回公判調書中の供述部分(以下,単に丙供述という。)丙が,被告人の症状がPTSDに該当すると判断した理由の主要な点は次
のとおりである。
被告人が,まだ心身の発達が十分ではない小学校4年生のころ,数回にわたってXから精液を飲まされたという出来事は,いわゆるDMS-ⅣにおけるPTSDの診断基準のA基準にいう身体の保全に迫る危険に該当し,それにより,被告人は,強い恐怖,後になって何とひどいことをされたのだとの無力感を認識している。
被告人が訴える性的暴行の映像が突然再現されるなどの症状は同B基準(1)の反復的で侵入的で苦痛な想起に該当し,また,性的暴行などの夢を見るなどとの点が同基準(2)の反復的で苦痛な夢に該当する。
被告人は,異性に興味を持ちながらも,性行為などが描写された本などを目にすると,性的暴行を思い出し,嫌悪感,陵辱感などを感じ,自慰行為を継続できないのであって,これは同C基準(1)外傷と関連した思考,感情を回避しようとする努力に該当する。また,被告人は,専門学校を卒業し,i町内の実家に戻った後,
Xの姿や車を極力さけようとしていたのであって,これは同(2)に該当する。さらに,被告人は緑のビニールシートが被された小屋の中で性器を咥えさせられ,その際,Xが薄笑いを浮かべていたということはよく記憶しているものの,その他の点についての記憶は曖昧であって,これは同(3)の外傷の重要な側面の想起不能に該当する。
また,被告人が,性的暴行などの夢を見て飛び起きることや,寝汗を掻いて目覚めてしまうことがあるのは,同D基準(1)の入眠維持の困難に該当する。これに加え,被告人は,Xの姿や車を見た際,非常に警戒し,それとともに動悸や体が火照るなどの症状を呈し,これは自律神経の覚醒亢進状態であって,同(4)の過度の警戒心に該当する。被告人は,中学生になり,性的暴行の意味を理解した後,PTSDの症状がにわかに高まってきたように思われ,少なくとも約10年程度PTSDが継続していたと思われ,同E基準の障害の持続期間が1か月以上に該当する。
最後に,被告人は,同級生や周囲の人間との有機的で発展的な交流,社会性が障害されるなど,同F基準の社会的領域における機能の障害を引き起こしている。(2)

その上で,丙は,被告人が,本件犯行に至るまで,性的暴行を誰にも語ら
ないなどの要因が重なって,PTSDの症状を悪化させ,約10年間治療されないままに蓄積されたエネルギーが爆発し,常軌を逸した誤った確信を有する一種の幻覚妄想様態に陥り,他者に対する傷害行為,すなわち本件犯行に及んだのではないかと考えられるとする。
3
(1)

丙供述の信用性
PTSDの罹患について

丙の上記判断は,被告人との約30分間にわたる2回の面接のみに基づくものであって,判断の基礎資料自体が到底十分なものとはいい難いこと,PTSDという概念自体比較的新しいものであって,その具体的な症状につきなお議論の余地があるばかりか,現在のところ一般的にはPTSDにより他者加害に及ぶことはないと
考えられていることなどからすると,その供述から,直ちに被告人がPTSDであると即断することはできない。
しかしながら,その判断は,性的暴行を突如思い出す,性的暴行の夢を見る,Xの姿を見たときなどに動悸や体が火照るなどの症状が出るといった被告人の自白調書などから当裁判所が認定した被告人の体の変調等とその概要において同一の事実関係を基礎とし,その供述内容をみても,精神医学者としての専門的知見を前提にしつつ論理的に一貫し,相当に具体的なものであるばかりか,主要な点は,反対尋問にも崩れていない。
そうすると,上述の丙供述のみでは,被告人がPTSDに罹患しているという事実を認定することはできないものの,他方で,その供述内容を弾劾する十分な証拠が存しない本件においては,被告人がPTSDに罹患していたとする同人の供述の信用性を完全に否定し,そのような可能性をも否定することはできないというべきである。その上で,前記認定のとおり,信用性の認められる被告人の捜査段階における供述を前提とすると,被告人が厳密な病理学的認定としてPTSDに罹患していたか否かはともかくとして,被告人には,少なくとも,これに罹患していた疑いの強い症状(以下これをPTSD様の症状ともいう。)の存在が認められるというべきである。
なお,検察官は,丙は,PTSDの判断基準につき独自の解釈をした上で,被告人がPTSDであるという判断に至っているのであり,その供述内容は信用できない旨主張する。この点,確かに,丙は,A基準における身体の保全を心身の保全と読み替えているものの,それは,Xから受けた性的暴行が,幼い被告人に対し,生殖行動を否定するような印象を与えるものであり,今後の被告人の健全な性観念を養う上で,非常な障害となると認めたことから,わかりやすさを考え,字句の読み替えを行ったというのであるから,その内容は実質的に同様であり,同人が,PTSDの診断基準につき独自の解釈を加えたとまで断じることはできない。(2)

幻覚妄想状態の点について

しかしながら,他方で,丙供述を前提としても,本件において,被告人がPTSDに罹患していた可能性を否定できないとの病理学的判断のみによって,被告人が幻覚妄想状態に陥っていた可能性をも否定できないと解するのは相当ではない。なぜなら,丙が,被告人が本件時に一種の幻覚妄想状態に具体的に陥っていたとして説明する根拠は,①殺人という行動に至るにはかなりの爆発エネルギーが必要であることを前提に,単なる恨みであれば,例えば相手の車に傷を付けて逃げるといった行動に結び付く限度ではおかしくないが,殺人まで犯すエネルギー源としは不十分であるとした上で,②被告人の場合,PTSDに罹患しているのだから,PTSDによって内蔵された爆発エネルギーによって,恨みや怒りのエネルギーが加速度を得て増長し,急性の妄想状態になっていたとの説明が可能であり,かつ,③本件時,被告人は,Xをボコボコにしなければならない,復讐しなければならない,こういう人を存在させてはならないという誤った確信を持つに至るという具体的な妄想状態に陥っていたのであるから,これはPTSDの影響によるものであるという点にあるところ,上記②については,PTSDが爆破的エネルギーとなって他害行為に至った報告例に基づく一学説を前提とすれば一概には排斥できないものであるとしても,果たして,①で根拠とするように,PTSD以外に被告人が殺人を犯すのがおかしくないとして説明できる他の動機が存しないのかという点及び被告人が③のように犯行時に妄想状態に陥っていたとして説明せざるを得ないような誤った確信に基づいた行動を採っていたのかという点については,本件証拠から別途認定すべきところの,被告人が本件における殺意を形成するに至った経緯,本件犯行時の殺意の内容,被告人の具体的な犯行態様如何によって大きく左右され,その結果,被告人が殺害に及ぶ合理的な動機が存在するとの事実や被告人が幻覚妄想状態には陥っていなかったとの事実が認定できれば,丙が証言する②の被告人がPTSDによって急性の妄想状態に陥る可能性の存在自体が意味をなさなくなるからである。
そこで以下,被告人にPTSD様の症状が認められることとの関係で,本件犯行
時の被告人の責任能力を検討するに際し,上記のような動機及び幻覚妄想状態の有無についても更に検討することとする。
第10
1
被告人の責任能力の有無ないし程度について
まず,本件犯行が決して高度ではないものの計画性を有し,その犯行態様か
らみれば,Xを殺害するために,同人が実家に宿泊している可能性が高いゴールデンウィーク中を具体的に想定していた上,従前から思い描いていたように自宅から手袋や本件刀を持ち出して用い,逃走を容易にするために近距離にもかかわらず自動車で,かつ敢えて遠回りをして本件家屋まで移動し,離れた場所に駐車させ,また,素顔を隠すために本件サングラスを着用した上で深夜本件家屋に侵入したばかりか,X殺害のためにYやZらをも殺害するか否かをその場で決断し,さらにZらに警察に通報されそうになるや電話機からコードを抜き,これを投げて通報を妨害し,その後もZにX殺害を邪魔されぬよう,血痕を辿り,同女の行方を捜索するなどしているのであるから,本件犯行は,X殺害という目的達成に向けられた一貫して合理的かつ計画的なものであって,被告人が相応の興奮状態下においてもなお冷静な思考を保っていたことが明らかである。そして,犯行後も,車で逃走し,タイヤがパンクしたことを知るや,以前に行った経験のある人目に付きにくい山中を目指して移動してこれを交換しようとしているばかりか,本件刀を山中に隠匿するなどしているのであって,依然として冷静な思考を保っていたことが認められる。2
そして,丙の述べる前記犯行動機の点については,前記のとおり,被告人が
Xから加えられた性的暴行が執拗なものであって,それにより生じた精神的打撃の程度も相当なものであったと認定できるのであるから,被告人がXに対する恨みを晴らすと共に,しばしば襲ってくるPTSD様の症状を治すために本件犯行に及んだという点において,その動機も決して了解不能とはいえず,犯行直前における被告人の行動にも不可解なものはなく,PTSDによる急性の幻覚妄想状態によって説明する以外に殺人に及んだ動機が説明できないものとは解されない。3
さらに,被告人が幻覚妄想状態に陥っていたとの疑いの点についてみても,
一方で,本件の上記犯行態様は,いずれも,被告人自身が,日常生活や就労状況に何ら問題がなく,特段の幻覚妄想状態などに陥った形跡も窺えない状態の中でこれまで企図してきたとおりのものであって,本件犯行直前に突き動かされるような衝動により,幻覚妄想状態に陥ったが故に犯行を決意し,かつ,犯行を思い止まれなかったとの疑いを生じさせる事情は窺われず,さらには,これまで現実的なX殺害行為の実行にまでは一度も着手することのなかった被告人が,本件時に限って犯行を決意するに至った経緯についても,直前の体調不良が治まらずこれを治めたかったことに加え,その前にXを見かけていたという事情が併存していたことが,今ならXがいるかも知れないとの思いに結び付いたとして合理的に説明されており,しかも,その上で,被告人は,本件家屋前でXの在宅を最終確認し,一旦は躊躇すらしていた気持ちから,改めて犯行を決意するという犯意の形成もしているのである。さらには,本件犯行時に突然幻覚妄想状態に陥り,犯行後にその状態から脱したことを窺わせる事情も窺われない。むしろ,本件犯行に至るまでの間,犯行時,その後の逃走時,逮捕,勾留,公判段階の各時点を通じて,PTSD様の症状と犯行との関連づけ,Xに対する罪障感の乏しさ,本件犯罪を躊躇ったり,その重大性故に罪証を隠滅しようとする行動等に関する被告人の思考過程には,終始連続性が認められるとさえいえる。そうすると,本件犯行時に,被告人が幻覚妄想状態に陥っていた事実は認められないというべきである。
4
以上の諸事情に加えて,被告人は,Y及びZに対する具体的な犯行方法の一
部などについてはやや記憶が不明瞭ではあるものの,その余の記憶が相当程度に清明であることをも併せ考慮すれば,被告人が,本件犯行当時,完全な責任能力を有していたことに疑念はないというべきである。
(法令の適用)
被告人の判示第1の所為のうち,住居侵入の点は刑法130条前段に,被害者X及び同Yに対する殺人の点はいずれも同法199条に,殺人未遂の点は同法203条,199条に,判示第2の所為は平成18年法律第41号による改正前の銃砲刀
剣類所持等取締法31条の16第1項1号,3条1項にそれぞれ該当するところ,判示第1の住居侵入と被害者X及び同Yに対する各殺人並びに殺人未遂との間にはそれぞれ手段結果の関係があるので,刑法54条1項後段,10条により結局以上を1罪として刑及び犯情の最も重い被害者Xに対する殺人罪の刑で処断することとし,各所定刑中判示第1の罪については無期懲役刑を,判示第2の罪については懲役刑をそれぞれ選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるが,判示第1の罪の刑について無期懲役刑を選択したので,同法46条2項本文によりその余の罪については刑を科さないこととして被告人を無期懲役に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中200日をその刑に算入し,押収してある刀1振(平成18年押第23号符号1)は,判示各殺人の用に供した物で被告人以外の者に属しないから,同法19条1項2号,2項本文を適用してこれを没収し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。(量刑の理由)
1
本件は,小学生のころ,遠縁の幼友達であり,当時中学生であったXから執
拗な性的暴行を受け,これが原因でその後の自分の人格形成や私生活面に大きな影響が生じ,また,体調にも顕著な変調を来したと感じていた被告人が,Xを強く恨み,本件刀を用いた同人の殺害をも企図していたところ,本件当夜に生じた体調不良が治まらなかったことなどから,本件家屋に侵入して所携の本件刀でXを殺害しようと決意し,これを遂げるとともに,その犯行の邪魔となったYやZの殺害をも決意し,Yを殺害し,Zには加療約4か月の傷害を負わせたが殺害するには至らなかったという住居侵入,殺人,同未遂及び銃刀法違反の事案である。2
このように,本件においては,X及びYが惨殺されて2名の尊い命が失われ
た上,Zに対しても,腹部や右手の貫通創,右第4,5中手骨開放粉砕骨折等による加療約4か月という重篤な傷害を負わせたというその結果が極めて重大なものであることは明らかである上,とりわけ,Xの身体には,全身に約25か所もの創傷等の他,頭蓋骨の陥没骨折や,顔面の陥没骨折による顔面のどす黒い腫れなども認
められ,また,同人が頭蓋底骨骨折,クモ膜下出血を伴う頭蓋内損傷や腸管膜の裂傷をも負っていることからも明らかなように,被告人のXに対する攻撃は,頭部等に対する本件刀による執拗かつ強力なものに加え,その頭部や腹部を力一杯殴ったり,蹴ったり,踏みつけたりするものにまで敢えて及んでいるのであって,本件は,その残虐性の点において際立った事案である。
そのXは,生前は,明るく情熱的な性格で,人望もある27歳の青年であって,約6年に及ぶ交際を実らせ,婚約者との結婚を本件犯行の約6か月後に控えていたにもかかわらず,安息の地であるはずの実家において,母Zの命を守ろうとし,被告人に対し必死で抵抗したのも虚しく,自らが殺害される理由を知ることもなく,本件刀で何度も何度も突き刺されるなどしたばかりか,さらに殴る蹴るなどの執拗な暴行をも受けて惨殺されてしまったのである。上記のようなXの惨たらしい創傷から推察される肉体的な苦痛はもとより,愛する婚約者を残し,夢や希望を一瞬にして奪い取られ,恐怖と苦しみの中で一人殺害されなければならなかったXの無念さ,口惜しさには筆舌に尽くし難いものがある。
そして,Yは,温厚で面倒見の良い性格で周囲からの人望も厚く,肺癌による摘出手術を乗り越えるなどの苦労をしつつも,カメラ店を切り盛りして育て上げた実の息子2人の結婚式を間近に控え,まさに,これから親として無上の喜びを享受しようとしていた矢先,最も安全であるはずの住み慣れた自宅において,本件刀で何度も突き刺されるなどして無惨にも殺害されたのであって,心待ちにしていたであろう2組の息子夫婦やその孫達に囲まれた幸福な老後を永久に失われたその無念さは察するに余りがある。またYも,全身に18か所もの刺切創等を受け,その場で大量の失血により即死し,その腹部の創傷からは腸の一部が飛び出すなどしているのであって,同人が味わったであろう恐怖や上記創傷による多大な肉体的苦痛,さらには理由も分からぬまま突然人生を絶たれた口惜しさなどはこれを十二分に推察することができる。
さらに,Zも,被告人により,腹部の貫通創などの重篤な傷害を含む全身に6か
所もの創傷を負わされているところ,その腹部の創傷か所は,腸管まで約3センチメートルの位置にあり,また後頭部から後背部にかけての創傷か所周辺には,頚動脈などがあり,その刺された場所や角度が少しでもずれれば,腸管損傷による腹腔内出血や頚動脈切断などにより,短時間のうちに死亡するに至る可能性が極めて高かったばかりか,現に,同女は,大量の出血により,出血性ショック等の症状を併発し,度々意識を喪失し,2回にもわたり一時的な心肺停止状態にも至ったというのであるから,まさに同女は本件犯行により瀕死の重傷を負ったといえる。同女が紙一重で一命をとりとめたのは,受傷後直ちに病院に搬送され,医師による緊急手術を受け得たからなのであって,Zに対する犯行が未遂に止まったとの点を殊更に重視することはできないと同時に,Zは,長年連れ添った伴侶と愛する長男をその目前で惨殺され,自らも上記のような重篤な傷害を負ったことで,本件後は,消灯して就寝することができなかったり,ベランダに干してある洗濯物を見て誰かが立っていると危惧する言動にまで及んでいるのであって,本件犯行によりZが受けた肉体的,精神的被害は今なお実に甚大である。しかも,Zは,上記創傷により,4回にもわたる右手の手術を余儀なくされ,現在右手掌の筋肉を失い,右手の機能の完全回復の見込みもない状態となり,長年勤めてきた看護師の仕事を今後継続できない可能性を医師から示唆されているのであって,今後の人生に対する強い失望感を抱かされているのである。
また,Xの婚約者は,挙式を間近に控えた幸せの絶頂から突き落とされ,Xの子供を育てるという夢も完全に潰されたのであって,Xと共に穏やかで温かい家庭を終生築くことを切望していた同女の胸中は察するに余りあり,乙も,地獄絵図ともいうべき本件犯行現場に居合わせ,孫が惨殺されゆく様を目の当たりにしたのであって,同女が受けた精神的な衝撃は極めて大きく,さらに,Xの弟は,現職の警察官であるにもかかわらず,家族を守ことができなかったことに強い無力感を覚え,本来であればXとともに迎えるはずであった新婚生活にも大きな影を落とされている。

このように,本件は,2名もの被害者を次々と惨殺し,さらに,Zに対しても重篤な傷害を負わせたばかりか,その遺族らの人生にも大きな爪痕を残しているのであって,本件から生じた結果は極めて大きく,遺族や被害者の友人らまでが揃って被告人に対する極刑を切望しているのも誠に当然というべきであって,その心情は,当裁判所も十分に理解することができる。それにもかかわらず,本件においては,現時点で,被告人側から被害者らに対する慰藉の措置は一切講じられていない。3
次に,その犯行態様は,前記認定のとおり,Xの殺害を妨害されないために
は,その両親をも殺害する必要があると判断するや,立ち向かってきたYに対し,強い殺傷能力を有する本件刀で躊躇なくその腹部を突き刺した上,その後の揉み合いの中で,前記のとおり,冷静な攻撃に終始していたとは窺われない面が存するものの,その身体を本件刀で滅多刺しにしたものといえる。さらに,Xの姿を目にするや,長年抱き続けた強い憎悪の念に駆られ,いきなりその腹部ないし胸部を本件刀で突き刺した上,前記のとおりの執拗で残虐な攻撃に及び,その際,Xの殺害を防止しようと,Zが被告人の背部から腰にしがみつくなどしてきたため,X殺害を完遂するために同人を殺害するべく,その上半身を狙い,本件刀で2回も刺すなどしたのである。
そうすると,このような犯行態様からも明らかなように,本件各犯行は,前記認定のとおりのX殺害に向けられた強固な犯意に基づき,いずれも確定的殺意を有しつつ敢行された,大胆かつ執拗で危険極まりない非道なものであることは明白である。
4
最後に,本件における評価の最も分かれる点は,その動機の理解とそこに酌
むべき事情の有無にある。そして,Xに対する関係では,一方で,被告人が自覚するPTSD様の症状が犯行動機の形成に影響を与えたとの点については,仮にその程度においてこれがPTSDの罹患に該当するものだとしても,その期間の長さに鑑みれば,このような症状を払拭すべき種々方策を被告人やその家族が採り得る余地が十二分に存したというべきであるとともに,他方で,中学校の同級生らにより
受けた明らかに無関係な苛め等をも,Xから受けた性的暴行が原因であると被告人が思い込むなどした面の存する経緯も明らかな中で,10年以上前に受けた性的暴行による積年の恨みを晴らすと共に,自らの体調不良を根絶するためには,同人を殺害するしかないなどと考えて本件のような重大な犯行を計画して決行したのであるから,もとより,これをXの落ち度等として評するのは相当ではない。加えて,とりわけ,Y及びZに対する関係では,Xを殺害するためにはその両親を殺害してもやむを得ないなどという甚だ身勝手かつ人命を軽視すること甚だしいものであり,そうすると,仮に被告人がPTSDに罹患していたとしても,それが責任能力に何らの影響を与えていないことが明らかな本件においては,その動機に酌量の余地があるとまではいえないというべきである。
5
以上の諸事情に加え,本件はi町というのどかな山村に生じた重大事件であ
り,本件犯行直後には,警察の協力要請に備え,i町役場の職員が招集されて待機するなどし,また,i町内の小学校では,生徒の集団下校や教師の巡回等の措置を,中学校では生徒に外出を控えるなどの指示を出さざるを得ず,その後も生徒らに生じるストレス等を懸念せざるを得ない状況が続いたというのであるから,近隣の住民らは本件により少なからぬ恐怖や不安を抱かされたといえ,本件が社会に与えた影響は大きく,かような事情を量刑上無視することはできず,また,被告人は,犯行直後,凶器である本件刀を山中に隠匿の上廃棄するなどの罪証隠滅行為に及び,公判廷においても,弁護人が主張するような記憶の欠落などでは説明し得ない種々不合理な弁解を弄し,自己保身に汲々としているものとみざるを得ないのであって,このような被告人の態度からは,自己の責任の重さを自覚した上での被害者らに対する真摯な反省の情を披瀝しようとする気持ちを十二分に汲み取ることはできず,犯行後の情状も芳しくないといえる。
6
ところで,このような被告人に対する刑種の選択にあたって,死刑について
は,それが人間存在の根源である生命の剥奪を内容とする究極の刑罰であることを考慮すると,その選択は特に慎重を期する必要があるというべきであるが,犯行の
罪質,動機,態様特に殺害の手段方法の執拗性,残虐性,結果の重大性特に殺害された被害者の数,遺族の処罰感情,社会的影響,犯人の年齢,前科,犯行後の情状等諸般の事情を併せ考慮した際,その罪責が誠に重大であり,罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむを得ないと認められる場合には,死刑の選択も許されるというべきである。
そして,以上のとおり,本件の結果が極めて大きく,犯行態様も凄惨で冷酷な面を兼ね備えており,また,遺族らの被害感情も極めて厳しく,犯行の社会的影響も大きい上,被告人の犯行後の情状も芳しくないなどの諸般の事情からすると,被告人の刑事責任は誠に重大であって,もとより,本件は,仮に被告人がPTSDに罹患していたとしても,同居家族を襲うことを意図して本件を敢行したその動機になお酌量の余地があるとまではいえないことからも,有期懲役刑に止まる事案でないのはいうまでもないばかりか,検察官が主張するように,被告人を極刑である死刑に処することを視野に入れ,その量刑を検討しなければならない事案というべきであるところ,当裁判所としては,罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも,被告人を極刑に処することがやむを得ないか否かという観点から本件の量刑事情を検討する際,まず,以下の点において,検察官の本件事案に対する見方には賛同することはできないと考える。
すなわち,犯行の計画性についてみると,前記認定のとおり,被告人は,本件刀を携え,屋内に侵入しての犯行を企図して本件家屋に赴くなどしており,もとより,本件は相応の計画性を有する事案であるものの,同時に,被告人が,X殺害を決意したのは,その決行の直前の体調不良を契機とするものであり,また,被告人は,犯行前,YらがX殺害を妨害してきた際には,同人らを殺害することもやむを得ないなどと考えていたとみるべきであるところ,この点につき,検察官は,被告人は,Xの殺害を実行するにあたり,本件刃物でXを刺して直ぐに殺してしまうのではなく,手拳等でXを殴打するなどしてXに十分な苦痛を与えて苦しませた上で殺害することを考えていたとし,従って,狭い家の中に深夜に侵入してそのような手順で
Xを殺害するためには,YやZの抵抗を排除する必要があったことから,Y殺害の極めて強固な殺意があったことは火を見るよりも明らかである旨主張するが,被告人は,寝室で寝ている両親を見つけても気付かれないように部屋を出た理由を,できれば両親は殺したくなかったからであるとして合理的に説明しているのであって,検察官の主張には無理があるものといわざるを得ない。したがって,本件の計画性は決して綿密かつ高度なものではなく,むしろ,被告人が前記のような残虐かつ結果の重大な本件犯行にまで及んだ点については,衝動的で場当たり的な側面を肯定すべき犯行であることからすると,本件は,検察官が主張するような,いわゆる計画的な一家皆殺しに比肩し得る事案ともいえず,もとより,複数名の被害者の殺害を予め強く企図して着々とその準備を進めていたとか,その実行の機会を冷静かつ沈着に窺っていたなどといった,事前に周到な計画を立案した上で平然と犯行を完遂したような事案とは,その性質を大きく異にする面を有する。
その結果,本件は,X殺害の手段方法は執拗かつ残虐であるものの,YやZに対する犯行態様については,X殺害の邪魔を排除するためのものに止まりその殺害行為の執拗性・残虐性の点においては,Xに対するそれとの間にかなりの差異があり,その程度の著しいものにまでは至っていないといえる。
さらには,前記認定のとおり,本件は,被害者らに対する明らかな逆恨みなどに基づきその家族らの皆殺しを計画的に図った事案などとはその性質を異にし,被告人が残虐な攻撃態様に固執するほどのXに対する強固な殺意を形成した動機,経緯には,10年以上も前の出来事とはいえ,被告人が,多数回にわたり,Xの性器を銜えさせられた上,射精されるなどの性的暴行を受けた結果,PTSD様の症状を発症するなどして,中学,高校,専門学校時代と10年以上にわたり,家族に相談することもできないまま,その人格形成過程に陰を落とされ,Xに対する恨みや,体の変調に繰り返し悩まされたことが大きく影響しているのは否定し難い事案であって,被告人が突如として本件のような重大な犯行に及んだ理由が,その反社会的性格の発露のみによるものと断じるのが相当な事案とはいい難い。そして,この点
においても,検察官が,一方で,被告人の自白供述に依拠しつつ本件に及んだ動機としてはこの性的暴行の事実以外には考えられないとしながら,他方で,①被告人が述べる性的暴行の内容には変遷がある上,複数回加えられた性的暴行の個別具体的な差異にも言及していないことなどからすれば,被告人は,性的暴行の内容,回数について,事実を誇張して供述している可能性が高いとし,かつ,②それ自体が10年以上前の一時期に限定された一過性の出来事に過ぎず,被告人自らが成長し,境遇や人間関係も変化した時の経過の中で,Xに対する憎悪の感情を沈静させることなく増幅させて殺意を抱き,10年以上後に突如殺害を実行した原因は,被告人の人格特性にあると考えるのが合理的であるとする意見にも容易には賛同することはできない。すなわち,検察官が,①の主張の論拠とする,丁医師の

性的な空想は,実際の事実を膨らませることがよくあります。

精液を飲ませられた等の供述については,やや行き過ぎであると推測され,もしかしたら,実際の事実を膨らませている可能性も否定できない。

旨の供述は,その内容自体が,被告人との面談等を得ずになされた一般論に基づいた抽象的な可能性を述べたものであって,本件に直ちに当てはまるものとはいえない上,そもそも,この誇張の有無や程度は,その後の被告人に生じていたする種々影響に関する供述の信用性に直結するともいえない。また,検察官は,②の理由として,被告人が,情動や衝動の制御が悪く,執着があり,時として行動化する傾向にあり,また,自己の所業が気にならず,他人の心の痛みを思いやる気持ちに欠け,自己の内省もできないような情性の乏しい人格であると認められ,これがXに対する殺意を形成した原因であるというのであるが,この点についても,一方で,被告人が,体の変調に悩まされるなどしながら長年にわたり繰り返しその影響を受け続けてきた事実を全く捨象して一過性の出来事と断じた上,他方で,弁護人のPTSDの主張に対しても争点化されることのなかった被告人の人格特性を,過去のエピソードを断片的につなぎ合わせ,一教師の感想を根拠にするなどしつつ即断している面が拭いきれない。もとより,当裁判所としても,前記のとおり,このような動機,経緯を,被害者であるXの落
ち度等と評し得る事情とは考えず,また,両親に対する殺意をも生じさせた事案という観点からは,これを酌むべき事情とまで評価することはできないと考える。ただ,このような,いわばXにとっては中学時代の過ち,被告人にとっては幼少時の異常な体験という遠い過去の出来事が,不幸な連鎖を辿り,被告人の十分な人格形成をも阻害しつつXに対する強い怨恨の情や,強固で残虐な殺意の形成に結び付き,長く交わることのなかった2人の人生が最悪の形で交わることとなったその経緯に思いを致すと,結果論としては,前記のとおり被告人側がその苦悩を解消する種々手段を採るべきであったとはいえても,その経緯が,被告人の重要な人格形成期とも重なり,その形成とも密接に関連していたことに鑑みるとともに,このような動機,経緯に基づく犯行であるが故に,その犯行の計画性や執拗性,残虐性にも上記のような特質が認められるのであって,そうすると,前述した死刑選択基準の観点においては,被告人に,この不幸な連鎖を断ち切ってその人格を矯正する余地がないものと断ずるには躊躇を覚えざるを得ない。
そして,被告人は,本件以外には,何ら粗暴な行為等には及んでおらず,前科前歴も全く有しないばかりか,捜査段階において,

犯行当時の自分は,犯行に及んだ際の影響や,周囲の者の気持ちを考えることなく,Xを殺害するしかないなどと思い込んでしまった。

Xやその両親らに対し素直に済まないことをしたと思えるようになった。

人形で再現したXの傷跡を見たとき,なんて惨いことをしたんだろうと自分が恐ろしくさえ思えた。

などと自らの問題点を認識し,被害者らに対する謝罪の弁を述べ,罪障感を高めるとともに,被害者らの心情を察し,同人らに対する謝罪の手紙を送付しようとした上,公判廷においても,

取調べの際,Xの家族思いの面を知り,同人に性的暴行を加えられたことのみに囚われ,社会人となったXの人間性等に思いを馳せることができずに本件犯行に及び,取り返しのつかないことをした。

などと述べ,自らの視野の狭さを自覚し,本件の重大性を真摯に受け止めようとする姿勢を見せており,必ずしも,これを通り一遍の謝罪の弁と断じることはできず,また,被告人が前記のとおり一見不合理な自己保身に尽
きる弁解に汲々とし,感情の起伏を見せない冷徹とも受け取れる応訴態度に終始していたのも,被告人の未熟で稚拙な感受性の乏しい性格傾向の現れやPTSD様の症状との関連があるものとみる余地があること,さらには,被告人の母親や友人らの供述からは,家族思いで優しい被告人の一面も窺われることを併せ考慮すると被告人には,検察官が主張するような強固な反社会的性格があるとまでは認めらないのであって,これらに加えて,被告人は,現在25歳と比較的若年であり,可塑性を喪失しているともいえないことをも併せ考慮すれば,その反社会的性格がもはや固着化していると評価することもできず,被告人が,強い自覚と決意に基づき,その反社会的な性格を矯正し,更生を果たす余地は相当程度残されているというべきである。
7
以上のとおり,本件は,誠に痛ましい事案ではあるものの,上述した被告人
のために斟酌すべき事情,とりわけ本件は高度の計画性を備えたものではなく,むしろ衝動的犯行としての側面を多分に持ち合わせている犯行であり,また,Y殺害の点やZに対する殺人未遂の点などは,被告人が積極的に望んだ結果ではなく,犯行現場において形成された確定的殺意に基づき,その残虐性が際立ったものではないこと,何よりも,これらの本件犯行の特質が,被告人が本件を敢行するに至った上記不幸な連鎖に帰因するとの観点から,被告人の矯正可能性を総合判断すると,本件において,被告人を極刑に処することが,罪刑の均衡の見地,一般予防の見地及び近年における我が国の死刑求刑事案に関する量刑の実情等との均等のいずれの見地からしても,真にやむを得ない場合に該当すると評価することはできない。そこで,当裁判所は,被告人を無期懲役に処し,自らの所為に対する刑事責任の重さを自覚させつつ,その生涯をかけて被害者らの冥福を祈らせると共に,遺族らに対する心底からの贖罪と自らの性格上の問題点を自覚した上での猛省の生活を送らせることが被告人にとって不可欠であり,また相当でもあると判断した。よって,主文のとおり判決する(求刑・死刑,刀1振没収)。
平成19年5月23日

山形地方裁判所刑事部

裁判長裁判官

金子武志
裁判官

光岡弘志
裁判官

南雲大輔
(別紙)
省略

トップに戻る

saiban.in