判例検索β > 平成18年(わ)第83号
暴行、強要被告事件
事件番号平成18(わ)83
事件名暴行、強要被告事件
裁判年月日平成19年3月23日
裁判所名・部岡山地方裁判所  倉敷支部
裁判日:西暦2007-03-23
情報公開日2017-10-13 01:38:48
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主文
被告人を懲役1年6月に処する
この裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,平成14年8月から平成17年6月まで,A高校野球部監督として活動し,同年7月以降,同校職員として事実上,野球部員を指導する活動に従事していたところ,
第1(事務室での暴行
1
平成17年6月上旬ころの午後10時過ぎころ,岡山県浅口郡a町bc番地所在のA高校野球部グラウンド裏プレハブ建物2階事務室において,1年生部員Bに夜間の個別練習(スイングチェック)を行っていた際,その腕のあざを見とがめて,部員間の暴行事件が発生したとして,Bが告げる2年生部員Cを同所に呼び出し,暴行を加えたかどうか問い詰めたところ,Cが言うことを聞かないから殴ったと弁解するので,同所において,C(当時16歳)をやにわに投げ飛ばした上,その顔面,腹部等を数回踏み付け,さらにCを立たせてその顔面を手拳で数回殴打するなどの暴行を加え

2
前記日時・場所において,引き続き,お前も2年の言うことを聞けえと怒号して,B(当時15歳)に対し,その顔面を多数回にわたり手拳あるいは平手で殴打するなどの暴行を加え

第2(全裸でのランニング強要
同年6月上旬ころの午後8時ころ,同町bc番地所在のA高校野球部グラウンドにおいて,日ごろから,野球部員の間の暴行窃盗事件や,練習や掃除等の指示を守らないことには,殴ってでも言うことを聞かせていたことから,被告人の指示に従わないと怠けているとして殴られるかもしれない旨,野球部員が畏怖していたことに乗じ,もしその指示に応じなければ殴られかねない旨を
暗に示して,全体練習の終了時の運動(クールダウン)を全裸で行わせるべく,今日はフルランと申し向けるとともに,数を数え始めて,キャプテンの3年生部員Dを介して,野球部員に対し,全裸ランニングを指示し,かつ,その指示に従わせようとする言動を示して,野球部員をして,もしその指示に従わない場合には殴られるかもしれない旨畏怖させ,よって,そのころ,同所において,野球部員であるD,B,E,F,G,H,I,J,K,L及びMをして,全裸の状態のままランニングさせ,もって,野球部員11名に義務のないことを行わせ
第3(雨天練習場での暴行
同年8月13日午後3時ころ,野球部グラウンド併設の寮の食堂の掃除を怠けて散らかすなどしていた3年生部員の態度が好ましくないと考え,食堂にいた3年生部員のD,M,Fを同町bc番地所在のA高校野球部グラウンド雨天練習場横空き地に呼び付け,同所において,同人らを問い詰めたところ,同人らが弁解するので,
1
同日午後3時ころ,上記雨天練習場横空き地において,D(当時17歳)の顔面を手拳で数回殴打する暴行を加え

2
前記日時・場所において,引き続き,M(当時18歳)の顔面を手拳で1回殴打する暴行を加え

3
前記日時・場所において,引き続き,F(当時17歳)の顔面を手拳で数回殴打する暴行を加え

たものである。
(補足説明)
1
争点


暴行罪について

野球部員に対する暴行が,被告人が認める態様及び回数以上あったのか。

学校教育法11条の懲戒として刑法上の正当行為に当たらないのか。


強要罪について
かねてからの被告人の野球部員への対応自体が,懲戒として刑法上の正当行為に当たらないのか。本件の全裸ランニングが,メンタルな部分を含めた練習方法として同意のないまま義務なきことを行わせたものなのか。野球部員が被告人を畏怖していたか。

2
裁判所の判断
関係証拠を検討した結果,判示のとおり認定した。その理由は,以下のとおりである。


判断の前提となる事実

被告人は,高校卒業後に職を転々とし,平成11年ころからスポーツ専門学校に講師として就職したが,教員の普通免許状を有しておらず,教育学等の豊富な専門知識を有するとはいえない。被告人には,手伝いなどで母校のN高校の野球部の監督をしていた際,平成12年夏の甲子園に出場したという甲子園監督としての実績がある。


被告人は,教員免許の要らない私立高校を探し,平成14年2月,4年間で甲子園出場を目指すとの条件で,A高校の野球部監督に就任することになった。しかし,前任の監督からは地元出身者の入部への協力が得られず,特別待遇の学生(以下特待生という。)を他府県から入学させるよう要望して,同年8月に野球部監督に就任した。被告人は,休日や夜間練習を導入して,部員を基礎から指導するとともに,部員の非行や日常の怠けた振る舞いに厳しい姿勢でのぞんだ。平成15年2月以降は,野球部の寮に住み込み,午前には教育相談,午後には野球部の全体練習,夜には個別練習等,昼夜問わず,部員の指導を行った。


被告人は,平成15年5月ころから,他の部員を暴行したり,悪ふざけや喫煙をしたり,練習や掃除等の指示を守らない部員に対して,注意する際に暴力を振るってでも被告人の指示に従わせようとしはじめた。

遅くとも平成17年春ころまでには,当時,3年生部員のD,M,F,2年生部員のC,1年生部員のEらは,以下の各事情により,被告人の指示に従わないと怠けているとして殴られるかもしれないと考えるようになった。

当時3年生のキャプテンであったDは,1年生のころ,先輩部員が被告人にひどく殴られている様を見ており,2年生のころには,坂掃除をやっていないとして,被告人から腹部を前蹴りされ,手拳で顔面を殴られ,手のひらでたたかれたことがあった。



当時3年生のMは,1年生のころ,お前らは一般生なんだからどうせ試合には出れないんだから,特待生のおれらの練習の補助をすればいいんだなどと言って他の部員に個別練習をさせなかったり,実力のある部員に陰で暴力を振るって転校させたり,喫煙をしたり,後輩部員から何度も恐喝したり,Mの暴力を嫌って実家に帰った部員の私物を盗み出すなど,数え切れないくらいの不祥事を頻発させ,そのたびごとに,被告人から殴られ,厳しく注意された。2年生の夏には,野球部グラウンド裏プレハブ建物2階事務室に呼び出され,被告人から手のひらでたたかれた上,倒され,さらには手拳で殴られて,上唇が切れて血でTシャツが真っ赤になり,顔をはらしたことがあった。



当時3年生のFは,1年生のころ,Mと一緒に被告人から注意されて殴られたり,練習の際にはミスをして,ペナルティの坂ダッシュを命じられた時,グローブをベンチに置かず,ほうり投げたことから,被告人から胸を足蹴りされた。これとは別に,顔のあごを手拳で殴られたこともあった。


当時3年生のMらが1年生の平成16年2月ころ,野球部グラウンド内で卵の殻を散らかしたことがあり,これに被告人は怒り出して,Mらを立たせ,しりをバットでそれぞれ殴打したことがあった。その2日後,Mら14,5名は,学校を抜け出して,集団で広島県福山市内へと逃げ出し,1年生部員のまとめ役だった親に苦情を告げたことがあった。



当時2年生のCは,かつて学校内で自転車レースをしたことから,被告人から殴られたことがある。これとは別に,Cは,授業中の居眠りを理由に被告人から殴られたこともあった。Cは,入部して数か月もたたずに,被告人が部員に暴力を振るう旨先輩らから聞き,野球部員は全員一度は被告人から殴られたことがあると供述する。



当時1年生のEは,入学してすぐまゆ毛をそって,被告人から3回ぐらい頭を平手で殴られたことがあった。


一方で,被告人は,特待生らを含む部員の不祥事のために,学校から公式な処分が出ないように尽力し,不祥事を起こした部員とその被害を受けた部員とを和解させようとしたり,部員を引き連れて親元まで出向いて謝罪したり,部員一人一人と夜遅くから朝方まで話し合うなど,努力を重ねた。とりわけ,何度も不祥事を繰り返すMに対しては,平成16年夏から秋にかけて,他の部員の父母らからの強い不満にもかかわらず,Mから懇願されて退部処分を思いとどまり,平成17年2月ころまで謹慎させて反省させるにとどめるなど,その自覚を高める努力をした。また,窃盗や下級生いじめを頻発させるCに対しても,平成17年6月に謹慎させるにとどめた。



暴行罪の争点(態様及び回数,学校教育法11条の正当行為)

証人B,同D,同Mの各公判供述や証人Cの尋問によれば,以下の事実が認められる。
すなわち,当時1年生のBが喫煙をしたことを3年生から聞いた1年生指導係のC(当時2年生)が,Bを呼び出して殴る蹴るの暴行を加えた。このためにBの両腕にあざが残った。Bが判示第1の夜間練習の際,グラウンド裏プレハブ建物2階事務室(以下本部という。)内でスイングチェックを被告人から受けていた時,ノースリーブの腕からあざが見えたので,被告人から詳しく事情を聞かれ,Cから暴行を受けたことを告げた。被告人は事情を確認しようとして,C及び3年生部員の幹部であるD,M,F,Iを本
部に呼び出し,Cにやったんやろと尋ねた。Cが暴行を認め,Bの態度が反抗的であると言った。すると,被告人はCを足払いで投げ飛ばした上,足で顔や腹部を踏み付け,さらに胸ぐらをつかんで身体を引き上げ,もう1回下に落とし,さらに身体を引き上げて手拳で顔面を5,6回殴打した。引き続いて,被告人は,Bに対して,何か言いながら,両手拳であごを挟むように10回くらい左右のあごを殴打し,5回くらい平手でほおを強く殴った。これにより,Bの口の中が切れた。
被告人は,CのBへの暴行が野球選手として大切な肩に対するものである点を重視したと述べているが,Cを投げ飛ばした点自体を認めており,その興奮する様子は証拠上明白である。投げ飛ばしたCをけがをしない程度に踏み付けたとしても決して不自然ではない。そして当公判廷の証言で,証人B,同Dは,被告人がCを投げ飛ばした後,身体を踏み付けたことを目撃したと一致して述べている。加えて,証人Eの公判供述によれば,本部の下でグラウンド整備をしていると,突然,叫び声がして,ドーンという音がしたので,本部を見ると,立っていたCが窓から消えていたというのである。被告人が非常に興奮していた状況が裏付けられる。なお,弁護人請求に係る証人Oは,当公判廷でCと同じ2年生部員であり,キャプテンをつとめていたから,その場にいたが,被告人がCを蹴ったりはしていない旨述べるのであるが,被告人はよく覚えていないが,蹴ったかもしれないと述べ,同証人の供述内容と相反する内容を供述する。加えて,証人Oの述べる内容は,被告人の興奮した様子と全く反しており,不合理である。弁護人の指摘する被告人の反対動作の不存在も,力を加えた動作に対しては前提を欠く主張である。以上を種々検討すれば,被告人が決して人の顔を踏んだりとかおなかを踏んだりということは絶対にないと述べるけれど,証人B,同Dが一致して述べる内容と反する限り,不自然,不合理であって採用できないといわねばならない。そして,被告人がBを多数回殴打したことも明らかであって,あごは殴っていないと述べる被告人の供述を採用できない。以上にあわせて,被告人の警察官調書の内容等にも照らすと,判示第1の1,2の各事実が認定できるというべきである。

また,証人D,同M,同Fの各公判供述によれば,以下の事実が認められる。
すなわち,夏の大会が終了して,D,M,Fほか2名が,野球部の寮の食堂で,甲子園のP高校(岡山)対Q高校(京都)の試合を見ていると,突然,被告人がやってきて,雨天に来いと言い,Dらが走って雨天練習場に行くと,被告人は

父兄の人から聞いた。寮の食堂の掃除をしてないだろう

と言い,最初にDの左右のあごを左右の手拳で2回ずつ,合計4回殴打し,次にDの一人おいて右側にいたMの左顔面を右手拳で1回殴打し,さらにDとMの間にいたFの右顔面を手の甲で殴打して,Fの左顔面を手拳で殴打した。
被告人は,上記の点につき,当公判廷でほとんどそのとおりだと思う旨述べる。上記の各内容は3名の供述において一致している。当時,寮内の食堂の掃除を怠けて散らかしたままであった点を裏付ける供述もある。以上にあわせて,被告人の警察官調書の内容等にも照らすと,判示第3の1ないし3の各事実が認定できるというべきである。


主任弁護人及び相弁護人(以下弁護人という。)は,前記ア,イの各暴行行為は,学校教育法11条の懲戒行為の範囲内である旨主張する。

前記ア,イの各暴行行為の背景につき,さらに詳しく見る。
前記アにおいては,被告人が入学させた最初の特待生らが3年生となり,甲子園出場の結果を出せるかどうかの重要な時期であって,不祥事が発覚すれば,被告人の監督責任が問われるという状況にあった。実際に平成17年6月,Cを不祥事で謹慎させた後,野球部の寮でのいじめ,喫煙等につき野球連盟へと通告されて,被告人は,同月下旬,監督を辞めた。
しかし被告人は,その後も事実上,野球部員を指導する活動に従事したものの,夏の大会は1回戦で敗退した。部員の父母らからはいじめの苦情がひどく,公表されない他の不祥事につき父母らから書面で確認を求められたこともあった。被告人が野球部の寮を出て,夏の大会も終了したことから,寮内の秩序が乱れ,食堂内の掃除も放置されていた。当時とても信頼していたDにおいてさえもいじめを行っていたと分かり,被告人は非常に落胆した。被告人が不祥事をかばっているとして,部員の父母らからの謝罪の要求もあった。そして前記イの暴行に至った。


ところで,生徒に教育的な指導を行うに際しては,教育学等の豊富な専門知識が必要であることはいうまでもない。他方で,教育従事者である被告人においても,必要があると認める時には,生徒に懲戒を加えることができるのであって,その限りで,不利益な処分を生徒に強制しても違法とはいえず,身体に対する有形力の行使も懲戒権の行使の相当な範囲内として許容される場合があり,懲戒を受ける生徒の年齢,健康状態,心身の発達状況,懲戒の場所及び時間,懲戒の態様等の諸事情を総合的に考慮し,個別具体的に判断する必要がある。
確かに,被告人は,前記ア,イの各暴行行為において,単なる腹立だしい気持ちから,きまぐれにCを投げ飛ばしたり,信頼していたDに悪感情をぶつけるために殴打してはいない。野球部員は野球部の寮に入っており,夜間の個別練習や日常生活を含め,被告人から昼夜指導される生徒であって,いずれも野球部の練習に長期にわたり参加する健康な心身を有する。各暴行行為により医学治療が必要な傷害の結果が発生したわけでもない。前記アのCは,1年生のころから不祥事を頻発させており,注意しても指示に従わず,他の生徒への悪影響を防ぐ必要があり,前記イの各3名は,生活態度の悪い3年生部員として,口頭での注意を聞き入れない状況にあり,部員の父母らからの苦情に対応する必要があった。

しかしながら,前記各暴行行為が,生活指導の一環として,説諭しながら軽くたたいたという軽度のものといえないことは明白であるし,有形力の行使につき,いたずらに感情に走らないよう教育者として抑制に配慮したものでもなく,態様自体において教育的活動としての節度を有しているものでもない。行為の程度として,いわば身体的説諭や訓戒,叱責として口頭でのそれと同一視してよい程度の軽微な暴行でもない。前記各ア,イの暴行行為は,単なる有形力の行使ではなく,その程度が,軽微とはいえない身体的侵害,すなわち投げ飛ばす,殴る,踏み付けるというものであって,肉体的な苦痛が伴うと推認できるものである。このような暴行は,たとえ生徒指導の目的をもってしても,体罰に該当するのであって,当該生徒には不当に罰せられた感覚を植え付けるのみならず,体罰のかわりに退部,退学等,学校の公式な処分をなしにすませることで,体罰の原因となる暴行窃盗等の被害を受けた生徒が保護される利益や規則等に従う他の生徒の利益を不当に軽んじることとなり,教育従事者を信頼して指導をゆだねた父母らの賛同を決して得られないものである。他に適切な指導方法がなかったと弁護人が主張する点も,事実を調査の上,公正な基準にのっとり,比例原則に従って,公式な処分を加えていくとの適法な懲戒行為の効果を無視するものであり,相当ではない。


以上検討するところによれば,判示第1の1,2の各暴行,判示第3の1ないし3の各暴行は,行き過ぎた懲戒であって,体罰に該当することは明らかである。弁護人の主張には理由がない。



強要罪の争点(懲戒の該当性,義務なき行為か,畏怖の有無等)

この争点は,ある者が行った暴行のために相手が畏怖している時,その暴行を行った者が,その畏怖する状態に乗じて相手にいかなる行為を行えば黙示の脅迫となるのか,教育従事者が生徒を指導する際,日ごろの有形力の行使が,体罰を繰り返したと見ることができるか,指示どおりに従わなければ
殴られかねないと生徒が畏怖したのかどうかという問題であり,また,全裸の状態でランニングすることがどのような理由から行われたのかという問題である。

弁護人は,被告人は練習中の指示に従わなかったために部員を暴行したことは一度としてなく,危険な行動を取った時に暴行したにすぎない旨主張するが,関係証拠によれば,前記判断の前提となる事実のとおり,被告人は,Fに対し,練習で坂をダッシュする際,グローブをほうり投げたことから,その胸を足蹴りしたことがあった。前記のとおり,被告人は,Dが2年生のころ,坂掃除をやっていないとして,その腹部を前蹴りし,手拳で顔面を殴り,手のひらでたたいたことがあった。加えて,被告人は,N高校で監督をしていた際,ウェートトレーニングでしゃべったりするふまじめな対応を取る生徒を平手で殴ったことがあり,Mの同級生で当時3年生部員のRが1年生の春の大会で,ミーティングの際にふざけた話をしたとして,学校の野球部グラウンドでRをしかり付け,もっと強くなれと言って,平手で繰り返し叩いたこともあった。Rは吐き気を催して,自動車で病院へ運ばれ,点滴を受けた。
これら以外にも,平成15年5月以降,前記判断の前提となる事実ウにある種々の暴行が,被告人によって加えられたことにより,遅くとも平成17年春ころまでには,当時,3年生部員のD,M,F,2年生部員のC,1年生部員のEらは,被告人の指示に従わないと怠けているとして殴られるかもしれないと考えるようになったと認められる。そして,証人Bの公判供述等によれば,判示第1の1,2の暴行事実も併せて,他の部員の間一般に,被告人の種々の暴行事実の存在が伝播していったものと認められる。上記の種々の暴行については,Rへの暴行,Mへの平成16年夏の本部での暴行を除いて,傷害の結果を発生させたとは証拠上うかがわれないのであるが,いずれも生活指導の一環として説諭しながら軽くたたいたという軽度
のものと到底いえず,各態様自体において教育的活動としての節度を有しているわけでもなく,それらの程度が軽微とはいえない身体的侵害,すなわち殴る,蹴るというものであって,肉体的な苦痛が伴うものと推認できるのであるから,たとえ生徒指導の目的をもってしても,体罰に該当する違法な懲戒であるというべきである。
以上によれば,被告人によって加えられた度重なる暴行により,平成17年春ころには,部員の間の暴行窃盗事件があった場合や,練習や掃除等の指示に従わない場合に被告人から体罰を加えられるかもしれない旨,部員が畏怖するという特別な状況が,被告人と野球部員一般との間に存在したことは明らかである。

関係証拠によれば,平成17年6月上旬ころの午後8時ころ,A高校の野球部グラウンドで全体練習が終わり,グラウンド整備が行われ,終了時の運動(クールダウン)をするために野球部員がスパイクシューズからアップシューズに履き替えようとする際,被告人は,部員に全裸の状態でランニングさせようと,キャプテンの3年生部員のDに対し,今日はフルランと命じた。被告人からの指示は,部員が復唱するという方針の下,3年生の部員がフルランと大きな声で言い,後輩部員らに早うせえなどと命じた。3年生部員らが服を脱ぎ始めると,被告人は10,9・・・と,数を数えて指示に従わせようとする言動を取り,同様に3年生部員らによって10,9・・・と復唱された。当時の部員は約40名にのぼるものであり,部員全員が服を脱ぎ,下着を全く付けず,はだしの状態で,3年生部員のD,F,Iを先頭に,3列の隊列を組んで,かけ声をかけて野球部グラウンドを3,4周した。足をそろえて,練習を一生懸命やっている姿勢を示さなければならず,部員らは大きな声を出してランニングをしたと認められる。グラウンドには照明がともっており,明るい状態であった。コーチのSがDVDカメラで撮影した(映像記録は残っていない。)。

なお,2年生部員のCは,謹慎中であって全裸ランニングをしなかった。3年生部員のMは,野球連盟からの禁止処分が下される同年6月下旬以前であったので,全裸ランニングを行った。全裸ランニングの時期は,同年6月上旬ころと認められる。
上記の具体的な状況に,前記イで検討したとおりの部員が被告人の体罰を畏怖する特別な状況を併せて考慮すれば,被告人が,日ごろ,部員の間の暴行窃盗事件や,練習や掃除等の指示を守らないことには殴ってでも言うことを聞かせていたことから,その指示に従わないと殴られるかもしれない旨,部員が畏怖していたことに乗じ,指示に応じなければ殴られかねない旨を暗に示して,今日はフルランと申し向けて数を数え始め,全裸ランニングの指示に従わせようと黙示に脅迫したものであり,部員は実際に衣服を脱ぎ,屋外で全裸になるような畏怖状態であったと認められる。

弁護人は,被告人は部員の練習の要望に応じており,全裸ランニングをやめるように要望されたことはなく,部員約40名のうち,11名の被害申告しかないのは不自然であり,被害申告が3年生と1年生に偏っていることは偶然とはいえず,被告人に対する感情を基にした学年間の対立がある証左であって,被害申告には事実を基礎としない不当な意図がある,あるいは,全裸ランニングによってむしろ部員は盛り上がって楽しい雰囲気となっており,メンタルな部分を含めた練習方法として,暗くつらい練習の気分転換・リフレッシュ効果があって,部員は楽しみながら全裸ランニングをした,少なくとも被告人はそのような効果があると認識していたから強要の犯意が欠ける旨るる主張する。
関係証拠によれば,被告人は,平成16年の夏以降,Mを巡って部員の父母らから苦情を申し述べられたり,他の問題で部員に厳しく接していた際,ペナルティでさせられる練習が多いから,新しく来た臨時のコーチに付いて練習したいとの要望が部員から出され,期限付でこれを承認したことがある。
しかしこれは,被告人が,当時,Mを巡って落ち着かない野球部内を掌握するために承認したと見るべきであって,実際にも,被告人は部員に結果を出すよう求め,また,その期限とした平成17年2月には,Mを練習に復帰させ,特待生の特典をはく奪することも取りやめている。また,弁護人請求の証人Tは,全裸でランニングしたことが非常に楽しい思い出になっていると当公判廷で述べるのであるが,a町所在のA高校のグラウンド周辺の状況等を考慮しても,夜間のそれ程遅くない時間帯に,高校の野球部グラウンドという文教区域において,屋外で,下着も付けない状態で全裸でランニングすること自体に,真意から嫌悪感を覚えないという生徒はおよそ存在しないといわねばならない(証人B,同E,同M,同D,同Fの各公判供述,同Cの尋問)。むしろ,全裸ランニングを行って,被害申告を行わない残りの部員には,被告人の指導手法のユニークさ(N高校の際,捕手や三塁手に左利きの選手を起用したり,転がすのではなく打たせる打法を奨励したことなど)や甲子園監督という実績に遠慮する様がうかがわれる(被告人は必要以上の暴力を振るっていないと述べる弁護人請求証人O)。被告人は,平成15年の夏の大会が終了した後,U高校の野球部が練習試合に来た際,試合が終了して雨が降ってきて,U高校の部員がバスで帰ろうとする際,バスから部員や女子マネージャーが見ているかもしれない状況で,A高校の部員に全裸でグラウンドをランニングするよう命じ,実際にグラウンドを3周させたものと認められる。他にも被告人は,平成14年に,一度全裸ランニングを部員にさせたことがある。また,平成16年にV高校が練習試合に来た際,雨のために試合が始められず,中止となった時,被告人は,部員に命じて,アップ運動を兼ねたエアロビクスをグラウンドで踊らせ,さらにホームベースに意味もなくスライディングさせたものであり,それらの部員の中の1名であるWは,パンツ1枚の状態であった。このような被告人の姿勢は,およそ社会的に許される気分転換・リフレッシュといえないよう
な公然わいせつや迷惑行為を生徒に強いるもので,教育的活動としての節度を伴っておらず,生徒の尊厳を軽んじており,教育従事者を信頼して指導をゆだねた父母らからの賛同を到底得られないものである。
以上を種々考察すれば,証人Dらの供述でテンションを無理やり上げていた,あるいは弁護人請求に係る証人らの供述で盛り上がる祭りみたい等とあるのは,いずれも生徒の尊厳が軽んじられた,平静を到底保てない異常な心理状態を意味するというほかない。弁護人請求に係る証人らが雰囲気が立ち話というか,笑いながら話してたような感じはしゃぐような感じと述べる内容も,上記のような心理状態と理解するのが自然かつ合理的である。

以上によれば,判示第2に係る被害申告のあった部員11名がそれぞれ全裸の状態でランニングした点につき,被告人の黙示の脅迫によるもので,部員の畏怖状態において敢行され,かつ,部員や父母らの同意が到底得られないものであって,実際にも部員からの同意がなく,義務のない行為であったことはいずれも明らかである(なお,弁護人は,被告人がどのような指示をしても逆らえない状態が証明されなければならない旨主張するが,野球部員が実際に衣服を脱ぎ,屋外で全裸になるような畏怖状態であったと認められれば足りる。)。
そして,a町所在の私立高校の野球部グラウンドという文教区域において,夜間のそれ程遅くない時間帯に,屋外で,下着も付けない全裸の状態でランニングさせた被告人が,その行為の意味や程度等を十分に認識できない事情もないことから,本件において,同意がないことなどの被告人の認識が存在したといえることもまた明らかである
これまで被告人が全裸ランニング等を生徒に強いたことが判示第2の当時に至るまでに父母らからの直接の苦情対象とならなかったなどの事情は,その行為の意味や程度等を打ち消すに足りるものではなく,それまでの被告人
の実績等を信頼し,警察等への被害申告がなかったことを意味するにすぎない。被告人が当公判廷で父母会の会長等から,あれはすごく盛り上がるし,気分転換にもいいからと言われて,実施を勧められたなどと述べる内容を信用することができない。
(法令の適用)
被告人の判示第1の1,2,判示第3の1ないし3の各所為はいずれも刑法208条に,判示第2の所為は各被害者ごとに同法223条1項にそれぞれ該当するところ,判示第2は1個の行為が11個の罪名に触れる場合であるから,同法54条1項前段,10条により1罪として犯情の最も重いBに対する強要罪の刑で処断することとし,判示第1の1,2,判示第3の1ないし3の各罪についていずれも所定刑中懲役刑を選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により最も重い判示第2の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役1年6月に処し,情状により同法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
本件は,私立高校の野球部監督であった被告人が,懲戒のために体罰に該当する暴行を合計5名の野球部員に加えた各事案,及び,野球部員11名にそれぞれ全裸の状態でのランニングを強要した事案である。
本件暴行の動機,経緯を見ると,被告人の内心では,教育上の必要を認めて懲戒に及び,その対象も野球部の寮に入り,被告人から昼夜指導される生徒であって,従来から不祥事を頻発させたり,生活態度が悪く,口頭での注意を聞き入れない状況があった。しかしながら,やにわに投げ飛ばしたり,顔面を手拳で5,6回殴打するなどの暴行は,体罰であることは明らかで,各被害生徒には不当に罰せられた感覚を植え付けるのみならず,体罰のかわりに退部,退学等,学校の公式な処分をなしにすませることで,体罰の原因となる暴行窃盗等の被害を受けた生徒が保護
される利益や規則等に従う他の生徒の利益を不当に軽んじることとなり,教育従事者を信頼して指導をゆだねた父母らの賛同を決して得られないといわねばならない。被告人は,生徒が退部すれば高校野球を続けられなくなるから,続けられるような配慮が必要であるというが,他の部員への暴行窃盗等を繰り返し,体罰が必要な程度にまで達している生徒には,そのような配慮を行うこと自体が体罰を肯定することとなり,全く好ましくない。次に,本件強要の態様等を見ると,全裸の状態で屋外をランニングさせる行為は,生徒に嫌悪感を覚えさせ,その尊厳をいたずらに軽んじるものであって,上記暴行と同様,教育従事者を信頼して指導をゆだねた父母らからの賛同を到底得られないものであり,およそ社会的に許される気分転換・リフレッシュとはいえず,裸体を周囲にさらす迷惑行為を生徒に強いるもので,まことに芳しくない。本件強要は,直接の明示的な脅迫によるものではないが,従前からの暴行等により畏怖する生徒らを暗に脅迫し,強制したというべきであって,その犯情は決して軽いものではない。被告人は一応,暴行の被害者らに謝罪の手紙を送付するなど,反省の姿勢を示しているが,本件の審理内容等に照らすと,その規範意識の高まりは遂にうかがわれず,自らの事実に直面する姿勢は乏しいといわざるを得ない。被告人に対しては厳しい非難が免れない。
他方で,被告人が当公判廷で暴行の一部や全裸ランニングの事実そのものについては認めていること,もとより前科はなく,身体を拘束されて捜査を受けるなど,自分を見つめ直す機会を既に得たこと,本件暴行の被害弁償として,5名に各10万円ずつを送金したこと,本件により被告人は社会的な制裁を受け,野球監督業の将来を絶たれたこと,被告人は許されない体罰や全裸ランニング以外においては学校教育において多大な貢献をしていると認められることなどの酌むべき事情がある。以上を総合考慮すれば,被告人に主文の懲役猶予刑を科するのが相当である。よって,主文のとおり判決する。
出席検察官


平成19年3月23日

岡山地方裁判所倉敷支部

裁判官

樋上慎二
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