判例検索β > 平成15年(わ)第940号
略取、殺人
事件番号平成15(わ)940
事件名略取,殺人
裁判年月日平成18年1月24日
裁判所名・部名古屋地方裁判所  刑事第5部
結果その他
判示事項の要旨被告人が幼児を略取し,岸壁から海中に投げ落として殺害したという略取及び殺人の公訴事実に対し,被告人が犯人であることを示す客観的事実ないし事情は存在せず,捜査段階における自白にも不自然な変遷がある上,いわゆる秘密の暴露が含まれておらず,その信用性を認めるのに重大な疑問があるとして,無罪を言い渡した事例
裁判日:西暦2006-01-24
情報公開日2017-10-13 01:40:15
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平成18年1月24日宣告
平成15年第940号
判決主

被告人は無罪

理由
(公訴事実の要旨)
被告人は,
第1

平成14年7月28日午前1時10分ころ,愛知県豊川市a町字bc番地のdAa店駐車場において,同駐車場に駐車中の普通乗用自動車内にいたB(平成12年9月21日生,当時1年10月)を抱きかかえて被告人運転の普通乗用自動車(軽四)内に移し置いた上,同県宝飯郡e町大字f字g号地eg区北側岸壁付近路上まで同車を運転して同児を連れ去り,もって未成年者である同児を略取し

第2

同日午前1時40分ころ,上記岸壁において,殺意をもって,上記Bを同岸壁北方の海中に投げ落とし,よって,そのころ,同所付近海中において,同児を溺水吸引による窒息により死亡させて殺害し

たものである。
(理由)
検察官は,被告人が捜査段階において本件各公訴事実を認める供述をし,その供述の信用性が高いとして,本件の犯人は被告人であると主張している。一方,弁護人は,被告人は無罪であると主張し,被告人も当公判廷においては本件各公訴事実を否認している。
そこで,当裁判所が,被告人が本件各公訴事実の犯人であると認定するには合理的な疑いを入れる余地があることから,被告人は無罪であると判断した理由について以下説明する。

第1

関係証拠から認められる前提となる事実

1

B(当時1歳10か月)は,CとD夫妻の長男として平成12年9月21日に生まれ,事件当時は両親及び姉と愛知県宝飯郡e町内に居住し,両親らの愛情に包まれて元気に成長していた。
Bは,平成14年7月27日午後9時30分ころ,Cが運転する普通乗用自動車(以下サファリという。)に,Cの兄及び友人らと共に乗せられて愛知県豊川市a町字bc番地のd所在のゲームセンターAa店(以下Aともいう。)へ赴いた。Cは,サファリを,同店建物西側の駐車場のA建物側から2列目,同建物と同じ敷地内にあり,同駐車場の北側にあるコンビニエンスストアの建物側から見て2番目の位置に,正面をA建物側(東側)に向けて駐車し,Bを連れてA内へ入った。
しばらくすると,Bが眠ってしまったことから,翌28日午前零時ころ,Cは,Bをサファリに連れて行き,2列目のシートを倒した状態の後部座席に寝かせ,ドアを施錠した上,Aに戻った。なお,Bは,1人で施錠されたドアを開けることはできなかったが,パワーウインドーを操作してドアガラスを開閉することはできた。
事件当日のBの服装の特徴としては,上半身に紺色地でミッキーマウスの絵柄の入った甚平を着て,青色のかかとにフックが付いて脱げないようになったサンダルを履いていた。Bは,泣き出すとCかDがあやさないと泣きやまない子であった。



当時交際していたEとFは,同月27日午後11時ころ,出かけていた遊園地や花火大会から,Fの自動車を駐車させてあった西側駐車場に戻り,A建物寄り駐車スペースの南から6番目の位置に駐車していた同車の南隣である5番目の位置(被告人が当時使用していた小豆色の軽四乗用自動車(以下ワゴンRという。)を駐車していたと自白している位置の2台置いた南隣に当たる。)に,後部を建物側にして西向きにEの自動車(以下E車
という。)を駐車させ,コンビニで購入したジュース等を飲みながら同月28日午前3時ころまで話をしていた。同日午前零時ころ,同車の右斜め前方の,建物から2列目の北から2番目の位置に駐車されていた白色のワンボクッス型の左ハンドルの自動車(サファリを指すものと思われる。)の助手席側ドアガラスが全開となっていて,2歳になるかならないかの小さな男の子が窓から身を乗り出しているのに気付いた。落ちそうで危ないと思って時々見ていた。同日午前1時30分ころ,E車のところに赤ちゃんを捜しているという人がきて,車の中に寝かせておいた子供がいなくなったが見かけなかったか聞かれた。その間にサファリに近づいた車や人で気付いたのは,最初が原付2台に乗った高校生風の男女で,原付を降りて車内をのぞき込むようにして手を振っていた女性2人と,その後,サファリの助手席側に近づいていった3人連れの女性だけである。誰かが子供を連れ出したり触ったりしているのは見ていない。


同日午前零時ころ,豊川市内に住む高校生であるGほか8名が,原動機付自転車(以下原付という。)3台にそれぞれ3人ずつ乗車して,Aを訪れ,西側駐車場のA建物寄りでサファリの正面辺りに原付を駐車した。その際,サファリの運転席と助手席の間辺りに赤ちゃんがいるのに気づいた。Gらは,それぞれAでゲームをするなどした後,同日午前零時57分ころ,原付を駐車した場所に戻ると,3人の女性がサファリ内の赤ちゃんをあやすように,サファリのフロントガラス等をたたいているのを見た。
Gらは,同日午前1時5分ころ,原付に乗車して,西側駐車場を離れた。


Hほか5名は,同日午前零時30分ころ西側駐車場を訪れ,Hが運転する車両(以下エスクードという。)をサファリの北隣(左側,コンビニ建物寄り)に駐車してコンビニへ行き,同日午前零時57分ころ,エスクードへ戻る際,赤ちゃんの泣き声を聞いた。Hが,一緒にいた女性2人と,エスクードに近づいていくと,エスクードの右隣に駐車中のサファリ内に1歳か
ら2歳くらいの男の子がいるのが見えた。Hら3人が,同児に手を振ったり,サファリのドアガラスをたたいたりしていると,次第に泣き止むようになった。Hらは,同日午前1時5分ころ,エスクードに乗車して,西側駐車場を離れた。


Jは,同日午前零時過ぎころ,友人ら3人と,Jが運転する車両(黒のシーマ)に乗ってA建物北側(コンビニ建物東側)の駐車場へ行き,A建物側から2列目,コンビニ建物側から1番目及び2番目の2台分の駐車スペースに正面をコンビニ側に向け,A建物から見ると斜めになる格好で車両を駐車した。Jら4人は,同日午前2時ころに駐車場を離れるまで,コンビニの北東角辺りで話し込んでいた。



Kは,同日午前1時10分ころ,知人男性との待ち合わせのために自ら車両を運転してAを訪れ,西側駐車場のサファリと同じ列の南側(A建物に向かって右側から4番目の位置)に自己車両を駐車した。そして,同日午前1時15分ころ,コンビニで買い物をしたが,同車両とコンビニとの行き帰りの際,子どもの泣き声等は聞いておらず,付近に人がいる気配も感じなかった。その後,Kは,同日午前1時30分ころに到着した知人男性の車両に乗って西側駐車場を離れ,同日午前6時ころ,同駐車場に戻った。



同日午前1時21分ころ,CらがAを出て,サファリに戻ると,助手席側ドアガラスが開いており,Bの姿が見えなかったことから,Cらは,Bを見つけるため,車内や周囲を探すなどし,Aの店員らにも,子どもを見なかったかなどと尋ねた。Cは,妻Dに電話で連絡した後,Bが警察で保護されているかもしれないなどと考え,豊川警察署へ行って事情を説明したが,Bが保護されていないことを確認し,同署員に対し,Bが発見された場合には連絡を入れてもらうよう依頼してAへ戻った。
なお,Cが,Bの所在不明に気づいた後の西側駐車場の様子について記載した,車に戻りBがいない事に気づいた時の様子と題する図面には,被
告人が捜査段階において,本件犯行前にワゴンRを駐車していたと述べ,下記のとおり,LもワゴンRが駐車されていたと述べている駐車位置に車両は記載されていない。


同日午前2時5分ころ,Cの届出により,Bが所在不明となったことを認知した警察は,同日午前2時15分ころ,交番勤務員に対して,無線でBの発見に努めるように指示した。その後,同日午前3時ころから午前3時20分ころまでの間,西側駐車場を含めたA敷地内の駐車場(以下A駐車場という。)に駐車中の車両のナンバーチェックが捜査員により実施され,詳細な位置は判然としないが,同敷地内の衣料品販売店(M。その店舗はAと同一敷地内でAの東側にある。)の北側辺りの,建物から二列目又は三列目に駐車中の自動車の車両ナンバーが,ワゴンRのナンバー(ijくk)と一致した。なお,同日午前5時30分から開始された2度目及び同日午前10時から開始された3度目のナンバーチェックにおいては,いずれもワゴンRと一致する車両のナンバーは確認されていない。



同日午前5時30分ころ,A駐車場から西南方向に直線距離で約4.5キロメートル離れた愛知県宝飯郡e町大字f字g号地eg区北側岸壁(以下北側岸壁という。)付近において,かに採りをしていたN及びOは,北側岸壁から約七,八メートル離れた海面に人形様の物体が浮かんでいることに気づいた。上記Nらは,同物体が,徐々に北側岸壁に近づいてきたことから,これを陸に引き上げるため,さお付きの網を使って,海面に手が届く東方の岸壁まで同物体を移動させたが,その途中,同物体が子どもの死体であることが分かったことから,これを陸に引き上げた上,同日午前5時53分ころ,警察に通報した。



その後,引き上げられた死体がBであることが確認され,司法解剖の結果,Bの死因は,溺水吸引による窒息と認められるほか,Bの頭部,顔面,頸部,左右上肢には皮下出血及び浅く鈍な皮膚損傷が,左右下肢に陳旧な皮下出血
がそれぞれ存在したことが認められる。また,成傷器具は,鈍体であると考えられ,解剖開始時である同月29日午前10時20分において,死後1日ないし2日経過しているものと推定される。
Bの死体が発見された地点及び岸壁付近に漂着した地点を基点とし,同漂着時刻を同月28日午前5時30分として漂流経路を逆算すると,同日午前3時ころ,漂着した地点から約400メートル西方の北側岸壁から漂流を開始したと予測される(ただし,漂流経路の逆算の結果,同時刻ころにBが岸壁に当たると予測されたことから,その時点が漂流開始時点とされている。また,上記予測は,漂流場所が岸壁付近であること等の事情は考慮されておらず,漂着時刻を同日午前5時30分としている(上記Nの供述では発見時刻が同日午前5時30分ころとされている。)ことから,予測された漂流開始地点より西方の地点から漂流した可能性を否定することはできない一方,潮流等から考えて,北側岸壁の対岸や西側の岸壁又は発見地点より東方の北側岸壁から漂流を開始した可能性は低いものと考えられる。)。
そのころ,同岸壁付近でワゴンRを見かけた者はいない。


同年10月5日,警察は,被告人が当時使用していて,その数日前ころ売却したワゴンRについて実況見分を実施し,車内から指紋や毛髪等を採取するなどしたが,Bの指紋や毛髪等は発見されなかった。また,被告人に対しては,任意同行直後にポリグラフ検査が実施されたと認められるが,その結果については証拠請求されていない。



被告人が自白したワゴンRの駐車位置は,西側駐車場のA建物寄り駐車スペースの南から8番目の位置に当たる。

2
Lの供述内容及びその信用性


Lは,当公判廷において,平成14年7月27日午後10時30分ころ,車でアルバイト先であるAa店へ行き,鉄塔のある付近の駐車場(西側駐車場を指す。)の,同店の建物から2列目,コンビニの建物から二,三列目にAの建物を正面にして車両を駐車した。左隣には,以前から知っていた店の客の車両(サファリを指す。)が駐車してあり,斜め前には小豆色のワゴンRが駐車してあった。車にエンジンがかかっていたので,中に人がいたと思う。iナンバーの小豆色のワゴンRは,本件事件の一,二か月くらい前から何度か見たことがあり,事件の後は,見かけていないと思うが,はっきりしない。などと述べている。

Lの公判供述は,実際にサファリの隣にL車両が駐車されていたこと等,客観証拠とも合致しており,内容も具体性があるといえる上,Bが行方不明となって殺害されたという特異な出来事が起きた前日の西側駐車場の状況について記憶を喚起したものであるなど,その信用性を基礎付ける事情を有している。
しかしながら,Lは,最初にワゴンRのことを聞かれたのがいつのことか覚えていないが,警察官から,ワゴンRを見たことがあるかと聞かれて,何度かあるなどと答えたなどと述べており,時期は判然としないものの,事件後,相当時間が経過した後に,警察官から問われてワゴンRを見たことがある旨供述したことが認められること,その当初,Lは不審な車はなかったなどと述べており,ワゴンRの存在を特に意識していた事情はうかがわれないこと,Aを訪れる客の車は見ないようにしているとも述べていること,(上記の駐車場所にワゴンRが駐車されていたのが)平成14年7月27日のことであるかを確認する弁護人の質問に対しては,正しく言えば,いつもどおりの車があるなどと述べていることに,Lが以前から,iナンバーの小豆色のワゴンRを西側駐車場で何度か見かけたことがあるという事情をも考慮すると,Lが,その供述するワゴンRを目撃した日は平成14年7月27日ではない別の日である可能性が皆無ではなく,Lに記憶の混同が生じている可能性を否定することは難しい。また,Lは,車のエンジンがかかっていたことから,中に人がいたと思ったなどと述べているが,この状況は,
車のエンジンを止め窓を開けていたという被告人の捜査段階の供述と異なっている。
加えて,上記のとおり,Bが略取されたのは同月28日午前1時5分ころから同日午前1時15分ころまで,遅くとも同日午前1時21分ころまでの間と認められるところ,そのころ西側駐車場に出入りしてサファリ内で泣いたりしていたBを見かけて声を掛けたり関心を持って見ていた,F,E,P,Q,R,H,G及びKらのいずれの供述調書にも,そのころ,被告人が当時乗っていた小豆色のワゴンRを見かけたとの供述は記載されていない(因みに,Pが図示している小豆色の自動車は,その駐車位置及び車体の形状から被告人のワゴンRとは別の物と思料される。)。殊に,F及びEは,被告人が自白したとされる駐車位置の2台ほど南側に駐車した自動車内にいて,Bの行動に注意を払っており,上記犯行可能時刻の間中その車内にいて,サファリ付近を通行した車両等の動向について詳細に述べていて,Bがいなくなったのに気づいたCからBを見かけなかったかどうか問われたりしていたのに,被告人のワゴンRについての供述は全くされていない。
このような,Lの公判供述の信用性を減殺する事情が,一方で存在している。


そうすると,Lの公判供述を一概に信用することができるものと考えることはできず,Bが略取された時刻に,Lの述べる位置にワゴンRが駐車されていたことを認定し,そのワゴンR内に被告人がいたことを推認するのは困難である。Lの公判供述から認定することができる事実は,Lが,西側駐車場において,iナンバーの小豆色のワゴンRを目撃したことがあるという限度にとどまるものである。

3
上記事実を総合すれば,Bは,平成14年7月28日午前1時5分ころから同日午前1時15分ころまで,遅くとも同日午前1時21分ころまでの間に,西側駐車場に駐車中のサファリ内から何者かにより連れ出され,海中に投棄さ
れるなどして,同日午前5時30分ころまでには,溺水吸引による窒息により死亡したこと,同日午前3時ころから同日午前3時20分ころまでの間に,被告人が当時使用していたワゴンRがA駐車場に駐車されていたことが認められるものであり,被告人が本件各公訴事実を行った犯人であることを指し示す客観的事実ないし事情は存在していないといわざるを得ない。
第2

被告人の捜査段階における自白について
そうすると,本件では各公訴事実を自認する被告人の捜査段階における供述が,被告人が犯人であることを証明するための重要な証拠として位置付けられることとなり,検察官及び弁護人も,その供述の証拠能力(任意性等)の有無及び証明力(信用性)の有無を,ほぼ唯一の争点としていることから,以下,これらの点について検討する。

1
証拠能力について


弁護人は,被告人が逮捕状に基づかずに実質的に逮捕されているという令状主義に違反する重大な違法があることから,被告人の捜査段階における供述調書並びに被告人が作成した書面は,違法収集証拠として排除されるべきであると主張し,捜査段階における自白は,捜査官による脅迫や暴行により被告人が供述を強制されたものであるとして,その任意性を争った。


被告人を逮捕するまでの経緯,捜査段階における被告人の供述状況及び被告人に対する取調べ状況等に関する警察官Sの公判供述の要旨は次のとおりである。

平成15年4月13日午前4時20分ころ,S警察官及びT警察官らが,当時被告人が車内で寝泊まりしていた駐車場へ行き,S警察官が被告人の車両の運転席ドアガラスをたたいて寝ていた被告人を起こし,本件について豊川警察署で話を聞きたい旨伝えた。被告人は,最初は今日は仕事があるからなどと言って断ったが,S警察官が,今日は休みでしょうなどと言うと,それ以上拒否することはなく,任意同行に応じた。

同日午前4時35分ころ豊川警察署に到着し,S警察官が,同署の取調室で,被告人に対し,駐車場で寝泊まりする理由や経歴,生活状況等を尋ねた。同日午前5時45分ころから同日午前7時50分ころまでの間は,被告人に対し,ポリグラフ検査が実施され,被告人が食事をした後,同日午前8時35分ころから,再度S警察官が被告人に対する取調べを行った。

被告人は,当初,平成14年7月27日にA駐車場で会社の同僚と待ち合わせをして出掛けたなどと述べていたが,S警察官が,それは嘘だときつく言うと,被告人は嘘をついていたことを認め,同日午後8時30分ころに,1人でA駐車場へ行ったと述べた。そして,平成15年4月13日午前9時21分ころになって,被告人は,当日,西側駐車場のA建物沿いの位置にワゴンRを止めていたこと,赤ちゃんの声で目が覚めたこと,赤ちゃんを自分の車に乗せ,eの海岸で海に突き落としたこと等,犯行を認める供述をした。なお,S警察官は,この取調べの際に,嘘をつくなと強く言ったことはあるが,その後の取調べでは怒鳴ったことはなく,机をたたいたり,いすを蹴ったりしたことも全くない。


S警察官が,当時の状況について更に取調べを行っていると,平成15年4月13日午前10時20分ころ,被告人が,S警察官に死刑ですかと尋ねてきた。その後,被告人は,赤ちゃんは連れ出したが,海に捨ててはいない,公園に置き去りにしてきたなどと,それまでとは異なる供述をするようになった。
その後も,同日午後9時14分ころまで,本件に関する取調べ等を行い,被告人に図面等を書かせるなどしたが,その日は,最後まで殺人について否定していた。


その日の取調べの最後の段階で,S警察官は,被告人に対して,翌日も取調べをする旨伝え,どこに泊まるのか尋ねた。S警察官が,被告人に対し,車で休むか,どこか宿泊先を取るからそれでよいかと尋ねたところ,
被告人がどちらでもよいと言ったことから,その旨の書面(乙30)を被告人に作成させた。ホテルを予約した後,被告人に対し再度ホテルに宿泊することでよいか確認すると,被告人がそれでよいなどと答えたことから,被告人をUビジネスホテルに宿泊させることとなった。ホテルの宿泊料金は警察が負担している。

同日午後9時25分ころ,Uビジネスホテルに到着し,同ホテル3階の304号室に被告人が単独で,隣の303号室にS警察官を含む警察官3人がそれぞれ宿泊した。304号室は,自殺等の事故防止のために,チェーン錠の留め金部分をドアの外に出し,ドアが少し開いた状態にしておき,翌14日午前2時ないし3時ころまで,警察官3人が1人ずつ交替で304号室前の廊下にいて,同室内の様子をうかがっていた。朝まで継続しなかったのは,被告人に自殺や逃亡の様子が見られなかった上,その二,三日前から捜査のためにほとんど寝ておらず,全員疲れていたためである。

同日午前7時30分ころ,ホテルを出て豊川警察署へ行き,その後,被告人が述べた,赤ちゃんを連れ去った場所及び置き去りにした公園について,引き当たり捜査を行うこととした。
被告人の案内により,まず西側駐車場へ行き,赤ちゃんを連れ出した場所や連れ出した状況,ワゴンRを止めた位置等を被告人が説明し,次いで,赤ちゃんを置き去りにしたと被告人が述べている公園へ向かった。公園の近くまで来たところで,S警察官が,被告人に対し,まだ言ってないことがあるんじゃないのかな,このまま今赤ちゃんを連れ去っただけの罪で罪を償っても,一生後悔するよなどと言ったところ,被告人が,涙を流して,ごめんなさい,本当は海に捨てましたなどと言ったことから,被告人に,赤ちゃんを捨てたという場所へ案内させた。


その後,豊川警察署に戻って,同日午前9時30分ころから被告人に対する取調べを行い,被告人に書面や図面を書かせた。そして,同日午後1
1時ころに豊橋簡易裁判所に逮捕状を請求して,翌15日午前零時50分ころ,被告人を通常逮捕し,同日午前1時8分ころ,検察官に送致する手続をした。

逮捕後,被告人は,警察官及び検察官による取調べにおいて,本件各公訴事実を認める供述をし,勾留質問の際にも,さらには,同月16日に接見した当番弁護士,同月17日及び22日に接見した本件の弁護人であるV弁護士に対しても,事実を認める供述をしていた。


同月29日,V弁護人が,3回目に被告人と接見し,被告人から本件について事情を聴取しようとした際,被告人は本件各事実を否認した。同日午後のS警察官による取調べにおいて,被告人は,S警察官が話しかけても答えることなく,黙秘あるいは否認と何度も繰り返して言い続けた。一,二日前から,被告人が,聞くことが細かすぎるからS警察官のことが嫌いだなどと述べていたことから,取調べの担当をT警察官と交替した。取調べ警察官が交替すると,被告人は,再び本件各事実を認める供述をするようになった。


同年5月1日午前,被告人が,S警察官に対して,弁護士から聞くと自分の子どもが学校に行っていない,Sさんは元気に通っているようだと言ってくれたじゃないかなどと言い,警察は嘘つきだなどと言って,事件の取調べができなくなった。
そのため,S警察官は,被告人の子どもが通う学校の教師及び幼稚園の保母に豊川警察署まで来てもらい,被告人と接見させた。すると,被告人は,これまでと同じような供述態度に戻った。


同月2日の取調べの際には,被告人は,もう話をすることはないなどと言って,30分ほどで自分から手錠を掛けて留置場の居房に戻った。


S警察官の上記公判供述は,被告人の任意同行及びその後の取調べ状況,ホテルに宿泊させた経緯や状況等に関し,具体的かつ詳細で,その内容もお
おむね自然なものである。S警察官が述べた被告人の供述状況が,被告人の捜査段階における供述や被告人が作成した書面の内容とも符合している上,平成15年5月1日に被告人の子が通っていた学校の教師らが被告人と接見していること,同月2日午前中の取調べは約2時間30分の予定であったにもかかわらず,被告人が約30分で留置場に戻っていること等は,捜査報告書(甲105)に添付された被留置者出入簿,留置人接見簿と合致している。このように,S警察官の上記公判供述には相当に高度の信用性がある。ただし,被告人をホテルに宿泊させた状況について,S警察官が,被告人に自殺や逃亡の様子がなく,当時,本件を担当していた警察官らはそれまでの捜査で疲労していたこともあって,午前2時か3時ころに304号室の監視をやめたなどと述べている部分は,略取,殺人という重大事件の被疑者である被告人が,殺人について否認している状況であり,かつ,S警察官らは,被告人が車内で寝泊まりし,午前4時30分ころに起床する習慣があることを知っていたのであるから,このような被告人について,逃亡のおそれ等がないと判断した上,警察官が疲労していたなどという理由で,その時間帯に監視をしていないというのは不自然かつ不合理である。そうすると,この点に関するS警察官の上記公判供述は必ずしも信用性があるとは言えず,少なくとも,ホテルでの宿泊中は,常時,被告人は警察の監視下にあったと認定するのが相当である。


令状主義違反の主張について

被告人は,当公判廷において,警察官から任意同行を求められた際,拒否したにもかかわらず,警察官に身体をつかまれて車から引きずり降ろされ,無理やり警察署に連れていかれた上,帰りたいと何度も言ったのに,帰してもらえず,ホテルへの宿泊についても,車で寝ることを希望したのに,警察官からホテルに宿泊するように言われたなどと述べている。

被告人の上記公判供述は,S警察官の上記公判供述に相反しているのみ
ならず,警察官に身体をつかまれたか否かの重要な点について供述が変遷しており,その変遷の理由は明らかにされていない。加えて,捜査段階において,検察官に対し,警察署へ行くことを拒めば,かえって怪しまれると思ったことから,警察署へ行くことにし,ホテルへの宿泊についても,警察官からホテルを用意したがどうするかと尋ねられて,ホテルに泊めてもらえるのであれば,その方がゆっくり休めると思ったなどと,任意同行に応じた理由及びホテルに宿泊した理由を具体的に述べており,ホテルに宿泊することに同意する旨の書面も作成していることからすると,被告人の上記公判供述は信用性に乏しいといわざるを得ない。

しかしながら,S警察官の上記公判供述等関係証拠によれば,被疑者である被告人を平成15年4月13日午前4時20分ころに警察署に任意同行し,その後同日午後9時過ぎまで,食事の時間を除いて取調べを実施し,さらに警察が宿泊料金を負担してホテルに宿泊させて,翌14日も引き当たり捜査や取調べを行い,同日午後11時ころ,裁判所に逮捕状を請求し,発付された逮捕状に基づき通常逮捕していることが認められるほか,上記及びのとおり,ホテル内においては警察官が常に被告人を監視をしていたことが認められる。このように,被疑者を逮捕することなく,宿泊を伴い2日間にわたって取調べ等を実施するのは,被疑者がホテルに宿泊することに同意し,翌日の取調べにも応じる旨の書面を提出していることを考慮しても,捜査手法としてその相当性には問題があるというべきである。もっとも,本件は略取,殺人という重大事件であり,被疑者である被告人が車両内で寝泊まりしている状況にあることもあって,解放すれば逃走等のおそれが高いこと,被告人が略取に関しては犯行を認めており,平成15年4月13日午前に,殺人に関して犯行を否認しても,その時点で略取被疑事件の被疑者として被告人を逮捕することも可能であったと考えられること,任意同行の際及び取調べの際に暴行等が行われたとは認められ
ないこと,被告人がホテルに宿泊することに同意する内容の書面を作成していることに加えて,任意同行から48時間以内には検察官に送致する手続をしていることをも考慮すれば,被告人の捜査段階における供述調書あるいは被告人が作成した書面の証拠能力を否定しなければならないほどの重大な違法があったとまでは言えない。
よって,弁護人のこの点の主張は採用しない。


供述の任意性について

被告人は,犯行を認めた捜査段階の供述について,否認するたびに,取調べを担当していたS警察官又はT警察官のいずれかから怒鳴られたり,机をたたかれたり,いすを蹴られたりして自白を強要され,自ら作成した書面も,警察官が下書きしたものを写したものであるなどと供述している。

しかしながら,被告人の検察官に対する供述調書(乙24)には,警察での取調べに関して,平成15年4月13日に,警察官から,大きな声で嘘をつくななどと言われたことがあるが,それ以外には大きな声を上げられたことはない旨の,S警察官の公判供述と符合する内容が記載されており,机をたたかれたこと等は記載されていない。被告人は,公判廷において,警察官をおそれて,警察官から怒鳴られたり,机をたたかれたりしたことを検察官に話すことができなかったなどと述べているが,大きな声で嘘をつくななどと言われたことは検察官に述べているにもかかわらず,それ以外に警察官からされたことを話すことができなかったというのは不自然かつ不合理である。また,被告人は,犯行状況等について,説明ができなくなると否認していたなどとも述べているが,検察官に対しては,Bを海中に投棄した態様等について,警察官に対する供述よりも詳細に供述している部分も認められるにもかかわらず,検察官に対して否認した形跡はない。そして,検察官による取調べの際には,検察官から暴行等を受けなかったことを被告人も認めている。さらに,被告人は,平成15年4月1
3日に,一旦は略取,殺人ともに認める供述をしながら,その後,殺人についてのみ否定する供述をしていることが認められるところ,被告人は,殺人の説明ができずに否定したと述べ,略取についても説明できなかったなどと述べる一方で,略取については犯行を認める供述をしていたこと,否認すると警察官から怒鳴られたとも述べているにもかかわらず,殺人については否定し続けていたことが認められる。加えて,否認すると怒鳴ったり,机をたたいたりするという警察官に対して犯行を否認しながら,警察官をおそれる余り,検察官のみならず,当初は弁護人に対しても,犯行を否認することができなかったなどと不自然かつ不合理な供述もしている。ウ
このように見てくると,取調べ状況に関する被告人の上記公判供述は直ちに信用することができるものではなく,他方,S警察官の取調べ状況等に関する上記公判供述が,相当に高度の信用性を有することにかんがみると,被告人の捜査段階における供述調書等の任意性に疑いを差し挟む事情があるとまでは認めることはできない。
したがって,弁護人のこの点の主張も採用しない。



もっとも,被告人の供述調書等が,指摘したような過程を経て作成されたものであることからすると,その信用性判断については,慎重に検討を加える必要がある。

2
証明力について


犯行状況等に関する被告人の捜査段階における供述の要旨は,以下のとおりである。

被告人は,平成14年7月27日午後9時前ころ,ワゴンRを運転してAの西側駐車場へ向かった。A建物から離れた場所には既に車両が駐車してあったことから,同店建物西側に沿った,北側から四,五台目の位置に後部を建物側にしてワゴンRを駐車した。
エンジンを切って,運転席側の窓を10センチメートルくらい下げて開
け,運転席シートを倒して横になった。子どもに宿題の答えを教えたことで妻から文句を言われたことが頭から離れず,なかなか眠れなかったが,しばらくすると眠っていた。

その後,突然バリバリという大きなエンジンの音が聞こえてきたので目を覚まし,少し上体を起こしてみたところ,左から右に向かって,2人乗りの原付が3台走っていくのが見えた。原付を見た視線の先の辺りに,白い大きなワゴン車があり,その右前の窓が全開になっているのに気づき,その車の方から,うわーん,うわーんと,甲高い赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。被告人は,再び眠ろうと思い,運転席シートに横になったが,赤ちゃんはいつまでたっても静かにならず,眠ることができなかった。赤ちゃんの泣き声は,だんだん大きくなって,最後には力の限り泣き叫ぶというような泣き方になった。30分くらい(乙8では,1時間くらい続いていたかもしれないなどと述べている。),赤ちゃんの泣き声を聞いていたが,妻から文句を言われてイライラしていたところに,赤ちゃんが泣いて眠れなくなったので,腹が立ち,赤ちゃんをどこかに連れていって,置いてこようと考えた。


被告人が,運転席シートを起こして辺りを見回すと,周囲に人影はなかったことから,今なら連れ去ることができると思い,ワゴンRから外に出て,ワゴン車の方へ歩いていった。ワゴン車へ向かう途中で,車内にいた赤ちゃんの姿が見え,被告人が車両に近づくと,赤ちゃんは助手席側窓に寄ってきて,窓の下枠に両手をついて,上半身を窓の外に乗り出してきた。赤ちゃんは,泣き疲れているようだった。
車内や周囲に人が見当たらなかったことから,赤ちゃんの両脇の下に両手を入れて抱き上げ,車内から出した。被告人は,赤ちゃんを抱いてワゴンRに戻り,赤ちゃんを助手席に座らせた。
赤ちゃんは,紺色のはんぺん(半纏)を着ており,紙パンツをはい
ているようだった。また,赤ちゃんの乗っていた自動車は,左ハンドルで,後部の窓には黒色のフィルムが張ってあり,後部座席を倒した状態で,ダッシュボードの中央辺りにぬいぐるみが置いてあった。
被告人は,赤ちゃんをワゴンRに乗せると,すぐにエンジンをかけて,車を発進させた。そのときの状況で,コンビニの横に3人くらいの若い男が立っていたこと,コンビニ近くの駐車枠2つを使って斜めに駐車していた暴走族が乗るような車があったことを覚えている。

被告人は,A駐車場の東側出口を出て右折した。最初の信号が赤だったので止まり,赤ちゃんの方を見ると,赤ちゃんは眠りかけている様子だった。被告人は,赤ちゃんが目を覚ましたときに動き回らないようにするため,助手席のシートベルトをかけた。このとき,赤ちゃんをどこに置いてくるか考え,初めはWに置いてくることを考えたが,そこは夜でも人がいることを知っていたので,緑地公園へ行くことにした。
被告人は,信号が青に変わると,交差点を右折して直進し,eバイパスの交差点を左折して,国道h号線と交わる交差点を左折した。国道h号線を走行し,右前角にラーメン屋のある交差点を右折しようとしたところ,赤ちゃんが目を覚まして泣き出し,頭を前に振ったり,手を振ったりしていた。
被告人が,交差点を右折してすぐの所にある緑地公園の駐車場に入ると,駐車場には数台のトラックや普通乗用自動車が止まっており,奥の方にも車が止まっていた。そのため,赤ちゃんを駐車場に置いていくことができず,また,赤ちゃんが大きな声で泣いていたことから,駐車場にいる人に聞こえてしまうのではないかと思い,緑地公園から出た。


被告人は,人気のない場所へ行こうと考え,公園を出て左折し,最初の交差点を右折した。そのころ,とっさに,赤ちゃんを海に投げ捨ててしまおうと考えた。そして,Xの倉庫がある交差点を右折して岸壁に向か
った。
岸壁に沿った道路の真ん中辺りにワゴンRを止め,ライトを消し,エンジンも止めた。赤ちゃんは眠った様子で,静かになっていた。被告人は,ワゴンRから降り,助手席側に行った。辺りに人や車は見当たらなかった。被告人は,助手席ドアを開け,左手で赤ちゃんにかけていたシートベルトをはずし,赤ちゃんの背中側から両脇の下に手を入れて赤ちゃんを抱え上げ,ワゴンRの外に出した。
被告人は,海の方に正面を向いて,赤ちゃんを持ち上げ,ガードレールを越えさせて,岸壁とガードレールの間に立たせた。赤ちゃんは,完全には目が覚めていない様子だったが,自分の足で立っていた。そして,被告人もガードレールを越え,赤ちゃんの肩の下辺りの腕に両手を添えて前に押し,赤ちゃんを岸壁の縁に近づけた。被告人は,赤ちゃんの真後ろに移動し,膝を90度くらいに曲げて屈み,両肘を90度くらいに曲げて両手を赤ちゃんの両肩の下辺りに当て,赤ちゃんの頭が被告人の顔の前辺りにくるくらいまで身体を抱き上げ,一気に両肘をまっすぐ前方に伸ばして海の方に向かって投げた。赤ちゃんは,頭から海面に落ちていき,白い水しぶきが上がったのが見えた。赤ちゃんの身体は,一旦海面の下に沈んだが,すぐに頭のようなものが浮かんできた。

被告人は,開いていたワゴンRの助手席ドアを閉め,運転席に乗り込んで車を発進させた。岸壁に沿った道路を走行していくと,道路がカーブしているところのガードレールの向こう側に白いワゴンタイプの車が止まっており,その向こう辺りに人が立っていた。
その後,被告人は,赤ちゃんを連れ去ったことが警察に発覚しているか気になったことから,Aの様子を見に行くことにした。逮捕当初,自首するためにA駐車場へ行ったと述べたのは嘘である。M側の出入口からA駐車場に入ると,パトカーが3台くらい止まっているのが見えたことから,
赤ちゃんがいなくなったことが警察に知られているのだと思い,MとAの間くらいの位置に車を止めた。被告人は,シートを倒して横になり,どうしよう,捕まったら死刑になるなどと考えていたが,30分(乙36では,1時間くらいと述べている。)くらいしてから,この場所にいることはできないと思って,Wの駐車場へ移動した。


検察官は,被告人の捜査段階における上記供述について,具体的かつ詳細で,客観証拠とも合致していることから,その信用性は高いと主張している。ア
被告人の上記供述の内容を見ると,相当具体的かつ詳細であり,ワゴンRの駐車位置もLの公判供述と符合している。Gらが原付でA駐車場を訪れていること,2台分の駐車枠を使用して斜めに駐車してあった車両があり,コンビニの横に3人くらいの若い男がいたこと等は当時のA駐車場の状況と符合している上,Bの服装やBがいたサファリの状況等に関しても客観的状況と符合している。Bの投棄場所として被告人が指示した場所も,漂流経路の逆算によって予測された漂流開始地点よりも200メートルほど東方ではあるが,その予測と矛盾するものではない(なお,検察官は,被告人が,Bの投棄場所として,予測されていた上記地点よりも約200メートル東方を指示したことをもって,警察官による誘導がなされずに,被告人が任意に指示した証左であると主張しているが,Bの発見場所が北側岸壁であることは報道等で明らかとなっていたこと,被告人がかつてその付近に居住していたこと等からすると,被告人が犯人でない場合でも,警察官に誘導されずにBの投棄場所として北側岸壁まで案内することは十分可能であると推測される。そうすると,警察官による誘導がなされずに,被告人がBを投棄したとされる場所まで案内したとしても,これをもって捜査段階における供述の信用性が高いと評価することはできない。)。

そして,上記のとおり,供述の任意性に疑いを差し挟む事情があるとまでは認められない上,略取,殺人という重大事案であり,犯人でない者が
容易に認めるとは考え難いにもかかわらず,被告人が,任意同行後,比較的短時間で本件各犯行を認める供述をし,警察官に死刑ですかと聞いた後,殺人については否定したこと,当初は当番弁護士あるいはV弁護人に対しても犯行を認めていたこと,平成15年4月29日にV弁護人に対して犯行を否認し,事実と異なる内容の供述調書には署名指印しないよう同弁護人から言われた後も,犯行を認める内容の供述調書に署名指印していることが認められる。

被告人が豊川警察署に留置されていた際,同じ居房に留置されていたYの検察官調書によると,平成15年4月15日午前2時ころ,Yがいた居房に被告人が入ってきたが,同日午前7時ころ,被告人に何をしたのか聞いたところ,被告人は当初は保険金詐欺をやったなどと話していた。Yは,外にテレビ局の人がたくさん集まってきていることを聞いていたことから,『こんなに人が来るわけないでしょう。』などと言うと,被告人は,『本当は,eの。』と言った。Yが,やった理由を尋ねると,被告人は身の代金目的であったと答え,事件のことについても話してくれた。同月29日昼に,被告人は,やっていないなどと言い出したが,Yが,『自分にはやってると言ったじゃないか。』などと言うと,『本当はやった。』などと答えた。その日以後,被告人は,否認するか迷っていた様子であったが,本当はやったなどとも述べていた。また,取調べの状況に関して,いい加減なことを言うと怒られる,細かくて取調べがきついなどという話はしていたが,警察官から怒鳴られたり,机をたたかれたりしたなどということは聞いていない。などと供述しており,被告人が,Yに対して,本件犯行を認めていたことが認められる。(もっとも,被告人は,Yに対し,略取が身の代金目的であったなどと,捜査段階における自らの供述と異なる内容も述べていること,犯行を行ったかどうかの根幹部分についての供述に変転があること,被告人が,同じ時期に弁護人に対しても犯行を認め
ていたこと等を考慮すると,Yに対して犯行を認めたことがあるとの事実をもって,直ちに被告人が本件の犯人であると認めることはできない。)エ
これら事情は,被告人の捜査段階における供述の信用性を基礎付ける事情であると言うことができる。



しかしながら,更に詳細に自白内容を検討すると,以下のような,被告人の捜査段階の供述の信用性を減殺させる事情が認められる。

ワゴンR内の実況見分結果
被告人は,BがワゴンR内で,泣いたり,頭や手を振るなどしていたなどと述べている。そして,被告人の供述を前提とすれば,Bが,ワゴンR助手席でシートベルトをかけられていた際,シートベルトがその頸部に当たった状況にあったことがうかがわれ,現にBの左頸部にはシートベルトが当たったことによって生じた可能性を否定することのできない皮膚損傷が存在する。
そうすると,ワゴンR内にBの毛髪や皮膚組織,衣服の繊維,涙の成分等が遺留する可能性があるにもかかわらず,実況見分の際には,BがワゴンRに乗車したことをうかがわせる痕跡等は全く発見されていない。当該実況見分が,被告人がワゴンRを売却して他人の手に渡った後で,かつ,事件から約2か月を経た平成14年10月5日に実施された事情を考慮しても,その痕跡等が全く残っていないことは,そもそもBがワゴンRに乗っていない事実を推認させるものである。


犯行態様について


略取について

被告人の自白によると,被告人がBを略取した際には,その泣き声に睡眠が妨げられたという思いで怒りが爆発して,よそに連れて行って置いてこようと決意して周囲の様子をうかがい,人影がなかったことからサファリに近づくと,Bが助手席側窓に寄ってきて,窓の下枠
に両手をついて上半身を窓の外に乗り出してきたので,Bを抱き上げ,車内や周囲に人が見当たらないのを確かめてからワゴンRに戻り連れ出したというものである。

しかしながら,上記のとおり,一旦泣き出すと,C夫妻以外があやしても泣きやまないというBが,その直後に見も知らない被告人が近づいたところ,窓に自ら近づいてきて身を乗り出し,抱き上げられても泣くこともなかったというのは,上記認定のとおり,その前に車内で泣いていたり,一人でいるBに気付いて何人かの女性が近づいたり,あやしかけたりした際にも,そのような態度は示していなかった事実に照らすと,Cの検察官に対する知らない人にでも笑いかけ,手を差し伸べれば抱きついて行く旨の供述を考慮に入れても,やはり不自然さは残る。


しかも,ワゴンRのすぐ横には,FとEが運転席と助手席に座って前方を見ている自動車が同一方向に向けて駐車していたのであるから,周囲をうかがった被告人がこれに気付かなかったというのもまことに不自然である。


こうしてみると,略取の犯行態様についての自白が,現に犯行を行った者の供述としての信用性を有すると評価しうるかについては大きな疑問がある。



殺人について

被告人は,殺人の犯行態様に関して,平成15年4月14日の逮捕前の段階においては,岸壁の先に立たせたBの背中をどんと押して海に突き落としたと述べており(乙31),同月15日の検察官による取調べ以降は,バスケットボールを投げるようにして投げたと述べている(乙36)。そして,同月30日には,Bの頭が自分の顔の前辺りまでくる程度に持ち上げてから投げたなどと述べている(乙23)。
また,変遷は見られるものの,投げ込んだ後,Bの頭部が水面に浮かび上がったのが見えたとも供述した。

上記の投げ込んだ状況についての供述の変遷は,検察官及びS警察官が指摘するとおり,捜査官が,被告人に対し,犯行態様を詳細に尋ねていった結果,被告人の供述が詳細になっていったと考えることができる反面,背中を押して突き落とす行為と,バスケットボールを投げるようにして投げるないし持ち上げてから投げる行為とでは,行為の態様が明らかに異なることから,弁護人指摘のとおり,供述が変遷したと評価することもできる。
そして,被告人がBを投げたと述べている北側岸壁の状況として,干潮時には,岸壁から北方の対岸に向かって最大約2.6メートルにわたり,捨て石が海面上に現れることがあり(甲95),被告人が述べる犯行日時である平成14年7月28日午前1時40分ころは,干潮時であったことが認められるから,単に背中を押して突き落とした場合,Bが捨て石に当たるなどして負傷する可能性があったと認められる。
この点については,上記の証拠によると,北側岸壁の高さが捨て石の表面から約3.55メートルであると認められることからすると,背中を押して突き落とす態様であったとしても,Bが捨て石に当たることなく,北方の対岸寄りの海面に着水する可能性もあり,当初被告人が述べた行為態様が北側岸壁の客観的状況と矛盾するものであったとまでは言えない。
しかしながら,単に処置に困って海に投げ込もうとしただけの被告人が,遠くに届くような投げ方をすること自体不自然といわざるを得ない上,被告人自身が,まるで岸壁の状況及びBの遺体の創傷の状況に合わせるように,2回にわたって供述を変えているのも不自然な感
を禁じ得ない。
以上からすると,上記のような北側岸壁の状況が認められるにもかかわらず,Bが捨て石に当たったことをうかがわせる身体の損傷が全くないことから,その客観的事実に矛盾が生じないよう,捜査官が被告人の供述を誘導したという弁護人の指摘を直ちに排斥することはできない。

加えて,裁判所の検証結果によれば,被告人がBを投げ込んだとされる北側岸壁沖の海上は夜間には大変暗い状態にあることが認められ,海中に投げ込まれたBの頭部が岸壁から視認し得たというのには疑問がある。


略取時における西側駐車場の他の車両についての供述内容の変更について


被告人は捜査段階において,当時のA駐車場の状況に関して,サファリの近くに3人の女性がおり,そのうちの1人がBに手を振っていた状況及びワゴンRの近くに女性が乗った自動車が駐車していたことを記載した各図面を,平成15年4月19日に作成していた。ところが,同月28日には,検察官に対して,2人乗りの3台の原付を見て,サファリの助手席の窓が全開となっているのを見てから,ワゴンRを降りる直前まで,車の外を見たことがないと記憶しており,上記の3人の女性やワゴンR近くに駐車した女性が乗った自動車を見たのは別の日のことであったかもしれないなどと述べて,これを変更している。



上記図面には,女性3人の年齢,サファリの北隣に駐車してある自動車の種類(エスクードかカルタス)等が記載されており,前記のHの自動車がエスクードであること等の認定事実に照らせば,上記の女性3人とはHらのことを示しているものと考えられる。また,被告人が見た原付は,Gらが乗車する原付であると考えられるが,その目撃の時刻
は,被告人が,目を覚ましてから,Bの泣き声が30分ないし1時間くらい続いていたなどと述べていることも考えると,GらがAを訪れた平成14年7月28日午前零時ころか,Aを離れた同日午前1時5分ころかを特定することは難しい。
GらがAを訪れた際の状況を目撃したとすれば,被告人が,原付を見た後,Bを連れ去ろうと考えて起き上がるまで,車外を見ておらず,起き上がったときには周囲には人がいなかったと述べている捜査段階の供述を前提とする限り,被告人がHらを目撃することはなかったと考えられる。
一方,GらがAを離れた際の状況を目撃したとすれば,Hと共にいたPが,駐車場を出発する際に5名くらいの若い人がサファリの前方に止めてあった原付の近くにいた旨を,また,原付の近くにいたQが,女性3人がサファリの北隣に駐車してあったジープのような車に乗って帰っていった旨をそれぞれ述べていること等から,Gらが原付に乗車してAを離れる時点で既にHらは駐車場を離れていることが認められるのであって,同様に,被告人がHらを目撃する状況は生じ難い。(なお,G,Qらと行動をともにしていたRは,同人らが帰るときにはまだ女性3人がサファリの周りにいたと述べているが,P及びQの供述が符合していること,さらに,Qが,女性3人が同車の北隣のジープようの車に乗って帰っていったなどと,その場面を目撃していなければできない供述をしていることから,Rの上記供述は信用することはできない。)
そうすると,2人乗りの原付が3台走っていくのが見えた旨の被告人の捜査段階における供述を前提とした場合,被告人がサファリ近くにいたHら3人を目撃する機会はなかったと考えるのが合理的である。女性3人が車両の前で手を振るなどしていたのが別の日の出来事であって,被告人がこれを目撃した可能性も乏しい。

もちろん,捜査段階の,原付を見た後,Bを連れ去ろうと考えて起き上がるまで,車両の外を見ていないという記憶が誤っており,実際には被告人が,走っていく原付も,サファリ付近にいたHらも共に目撃したが,記憶があいまいであったことから後に供述を訂正した余地がないではない。しかしながら,取調捜査官は,取調べにあたり,上記のようなA駐車場の状況やBの略取が可能な時間帯を予め把握して被告人の取調べに臨んでいることがうかがわれるから,捜査官が,当初,被告人の供述を事件当日の客観的状況と一致させようとして問いかけ,被告人もそれに合わせて,サファリの前で手を振るなどしていた女性3人を目撃したという内容の書面を作成した可能性を排斥できない。


次に,ワゴンR近くに駐車していた女性が乗った車両は,ワゴンRの前方という駐車位置等からKの車両を指すと考えられる。
しかしながら,Kは,当日午前1時10分すぎころ,西側駐車場を訪れて車両を停止し,その約5分後には,コンビニへ行っているが,その往復の際には人の気配がしなかったと述べていることに加え,被告人が捜査段階において,Bを連れ出す際には周囲に人がいなかったと述べていることからすると,被告人の供述を前提としても,Kが西側駐車場に車両を駐車した際,ワゴンRは同駐車場に存在していなかったと考えられる。
女性が乗った車両が自車の前方に駐車してあるという状況が,本件当日以外の日にも生じる事態を否定することはできないが,被告人が作成した図面にあるとおり,当日,被告人がK車両の存在を認識していたのであれば(少なくとも,午前1時15分ころにコンビニへ行ったほかは,午前1時10分すぎころから午前1時30分ころまでの間,Kは車両内にいたことが認められる。),そのような状況下でBをサファリ内から連れ出したという供述は不自然というほかない。にもかかわらず,この
ような図面が作成されたのは,事前に西側駐車場の客観的な状況を把握していた捜査官が,これと矛盾しない供述を得るために被告人に働き掛けた結果である可能性がないとは言えない。

上記のほかにも,西側駐車場において目を覚ました理由について,被告人は,当初,赤ちゃんの泣き声で目を覚ましたと述べていたのに,後に原付のエンジン音で目を覚ましたと述べて供述を変更している。また,北側岸壁において,BをワゴンR内から出す際の態様についても,供述を変えているが,これらの変更理由は明らかにされていない。


動機について
弁護人は,弁護人らが実施した音量測定の結果に基づき,Aがゲームセンターであり,営業中であったこと,A周辺の道路状況等を考えると,赤ん坊の泣き声の有無によって騒音の程度に顕著な差が認められないことから,Bの泣き声でイライラして,Bを略取するに至った旨被告人が捜査段階で述べている犯行動機は不合理であると主張している。ゲームセンター等の騒音があったとしても,心理的に子どもの泣き声が気になるということは十分に考えられる。そうすると,被告人が捜査段階で述べていた犯行動機を,不合理であると断定することは難しい。
しかしながら,弁護人が実施した上記音量測定の結果によれば,被告人が自白した位置関係に駐車した両自動車(右前部間の距離8.8メートル)のサファリ車内にいる幼児の泣き声が,被告人の睡眠を妨げるほどの騒音の音源となることについては弁護人指摘の疑問の余地は残る。そして,ワゴンRの窓を閉めたり,その駐車位置を変えることで,泣き声を聞かなくても済む環境を整えることは容易にできると考えられるのであり,また,上記のような動機から,本件のような重大犯罪を行うというのは,余りにも短絡的であって,この種犯罪の動機としては納得し難いものがある。

加えて,当初Bを置き去りにする予定であった公園にほかの車が駐車されており,置き去りにすることができなかったからといって,ほかの場所に置き去りにすることは十分可能な周囲の地理的状況が認められるにもかかわらず,ほかの場所を探すこともなく,直ちに殺害を決意した点に不自然さがあることは否定し難い。

犯行後の行動について


被告人は,Bを海に投棄した後,Bを連れ去ったことが警察に発覚しているか確認するため,A駐車場に戻り,パトカーを見た後も,同駐車場に車両を止めたまま,30分から1時間にわたって,車内で横になってとどまっていたと述べている。これは,本件のような重大な犯行を行った犯人の行動としてはやや合理性を欠くものといえなくもない。被告人は,この行動の理由として,Bへの罪滅ぼしとして,警察に事件が発覚していて,警察官からBについて質問を受けたら自首するつもりであったが,その勇気がなく質問も受けなかったのでその場から立ち去ったと検察官調書では述べている(乙36)。ところが,この説明は,後になって,警察官調書において,この説明が嘘であったとわざわざ述べる形で変更されている(乙10)。
そうすると,何故このような行動をしたのかについては改めて疑問となる。被告人にはこのような変更をしなければならない必要が認められないことからすると,その行動の不自然さを意識した取調警察官が被告人に働きかけたと見るのが自然である。



さらに,被告人は,平成14年7月28日早朝から,妻と2人の子を連れて,遊園地へ遊びに行き,その夜には再びA駐車場を訪れて,同所に車を止めて寝たと述べている。また,A店長であるZは,本件後に,A駐車場において被告人のワゴンRと思われる車両を目撃したことがある旨述べている。このような被告人の行動は,被告人が犯人とすると,
いささか理解に苦しむものといわざるを得ない。

被告人の捜査段階における供述調書及び作成書面には,A駐車場の当時の状況として,当時同駐車場にいた人物や車両等について記載がされている。しかし,その内容は,被告人が目撃した人物の年齢や様子,車両の状況等かなり具体的であるのみならず,夜間,特に被告人が注視していたという事情がうかがわれない状況も含めて客観証拠と一致する部分が多く,事件から約8か月半余りが経過した後に被告人の記憶に基づいて作成されたものであることを考えると,不自然さを禁じ得ない。加えて,上記2ウ記載のとおり,当時の客観的状況と符合した内容であった供述が後に変更された部分があることや,平成15年4月24日付警察官調書(乙8)において,被告人は,コンビニの角辺りにいた,三,四人の若い男達(関係証拠に照らすとこの男性らはJら4人を指すと考えられる。)を見て右に回ると,左手に黒っぽい大型の普通乗用自動車が駐車枠2台分を使用して斜めに駐車してあったなどと述べているが,コンビニの位置や実況見分調書(甲62。不同意部分を除く)によって認められるJらがいた位置からすると,被告人が上記のような状況でJらを目撃することはできないこと等,合理的に説明することが困難な点が散見される。


被告人は,公判廷において,右利きであると述べ,父親であるIも同様に述べているが,警察官調書には左利きであるという記載がされている。また,甚平又は半纏のことを,福井県の方言でははんぺんと言うなどという説明が警察官調書に記載されているが,同県出身の被告人は,そのような言葉は知らないと述べている。これらは,被告人が自己の知識に基づいて述べていたとすれば生じ得ない食い違いである。



被告人の捜査段階における供述のうち,上記の,供述が変遷していると評価できる部分や供述を変更している部分については,本件が発生してから約8か月半余りが経過した後に取調べがなされていること等から,検察官主張
のとおり捜査の進行に伴って被告人の記憶が喚起され,供述が詳細になっていったと評価することは可能であり,供述の内容が不自然な部分についても,上記のとおり,捜査段階の供述の信用性を基礎付ける事情も存在することから,直ちに捜査段階における供述の信用性を損なうものではない。しかしながら,被告人は,捜査段階から否認と自白を繰り返すなど,基本的部分について供述が一貫していない上,犯行を認める供述について,上記のとおり,内容が変遷していると評価せざるを得ない部分や犯行動機,行動等に不自然な点があることも否定できない。そして,客観的状況と符合している供述についても,捜査官が客観的状況と符合した供述を得るために誘導等した結果なされた可能性を排斥できない上,それらは,既に捜査機関によって把握されていたと考えられる事実や被告人が犯人でなくとも想像して供述することができる事実等であって,本件当日に西側駐車場におり,又は北側岸壁等へ行った者でなければ知ることができない事実であるとは言い難い。さらには,被告人が供述した後に客観的に裏付けられた事実は存在せず,いわゆる秘密の暴露が含まれていない。加えて,被告人が当時使用していたワゴンR内から,Bを乗車させたことをうかがわせる証拠が全く発見されていないなど,被告人の自白を前提とすると,説明し難い事情が存在する。上記の諸事情に,本件においては,罪体部分について,被告人の自白を補強するに足りる十分な証拠が存在しているとは言い難い事情があることをも併せ考慮すると,被告人の捜査段階における供述が,相当程度具体的かつ詳細で,客観的状況と符合している部分が認められるとしても,他方で,その信用性を減殺する多くの事情があることから,直ちに供述の信用性を肯定することにはちゅうちょを禁じ得ない。
第3

上記のとおり,被告人の捜査段階における供述を除くと,被告人が本件の犯人であることを直接証明する証拠がない上,被告人の供述も,証拠能力については前記のとおり一応肯定したものの,その信用性を認めるのに重大な疑問を
抱かせる内容となっている。そうすると,被告人が犯人であることを指向するいくつかの事情が存在し,その疑いを全面的にぬぐい去ることはできないが,上記のような証拠関係を前提にする限り,被告人が本件各犯行を犯したと認定するのは困難であり,合理的疑いを入れる余地があると言わなければならない。第4

以上の次第で,本件の各公訴事実を被告人が行ったことについては,犯罪の証明がないので,刑事訴訟法336条により,被告人に対し無罪の言渡しをする。
平成18年2月22日
名古屋地方裁判所刑事第5部

裁判長裁判官

伊藤
裁判官

丹羽芳徳
裁判官

鈴木清志新一郎
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