判例検索β > 平成16年(行ウ)第372号
住基ネット受信義務確認等請求事件
事件番号平成16(行ウ)372
事件名住基ネット受信義務確認等請求事件
裁判年月日平成18年3月24日
法廷名東京地方裁判所
判示事項1 都の特別区が,都に対し,住民基本台帳ネットワークシステムの導入に当たり住民基本台帳法30条の5第1項所定の本人確認情報(以下「本人確認情報」という。)を都へ通知することを受諾した者のみに係る本人確認情報を都に送信する場合に,都に同情報を受信する義務があることの確認を求めた訴えが,法律上の争訟に当たらず,不適法であるとされた事例 2 都の特別区が住民基本台帳ネットワークシステムの導入に当たり住民基本台帳法30条の5第1項所定の本人確認情報(以下「本人確認情報」という。)を都へ通知することを受諾した者のみに係る本人確認情報を都に送信する場合に,都が同情報の受信義務を怠り,国が前記受信義務を履行しない都に対して適切な指導,監督等を行わなかったことが違法であるなどとして国家賠償を請求する訴えが,法律上の争訟に当たるとされた事例 3 都の特別区が住民台帳ネットワークシステム(以下「住基ネット」という。)の導入に当たり住民基本台帳法30条の5第1項所定の本人確認情報(以下「本人確認情報」という。)を都へ通知することを受諾した者(以下「通知希望者」という。)のみに係る本人確認情報を都に送信する場合に,都は同情報の受信義務を負っているにもかかわらずこれに応ぜず,国は前記受信義務を履行しない都に対して住民台帳基本法31条1項及び2項に基づき必要な協力をするよう適切な指導,監督等を行うべき立場にあったにもかかわらずこれを履行しなかったほか,通知希望者のみに係る本人確認情報の送信を前提とする他市の住基ネットの参加方式は違法である旨の誤った法解釈を都に対して示した行為はそれぞれ違法であるとして,都の特別区が都及び国に対して提起した各国家賠償請求が,それぞれ棄却された事例
裁判要旨1 都の特別区が,都に対し,住民基本台帳ネットワークシステムの導入に当たり住民基本台帳法30条の5第1項所定の本人確認情報(以下「本人確認情報」という。)を都へ通知することを受諾した者のみに係る本人確認情報を都に送信する場合に,都に同情報を受信する義務があることの確認を求めた訴えにつき,前記訴えは,市町村が都道府県知事の行為が帰属する都道府県に対して住民基本台帳法に基づく市町村長の本人確認情報の送信に対応する都道府県知事の受信義務の確認を求めているものということができ,その実質において市町村長及び都道府県知事の住民基本台帳法に基づくそれぞれの権限の存否又は行使をめぐる訴訟であり,行政事件訴訟法6条にいう機関訴訟であるというべきであるから,裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」に当たらず,また,このような紛争の審判を裁判所の権限とする特別の定めも存しないとして,前記訴えを不適法とした事例 2 都の特別区が住民基本台帳ネットワークシステムの導入に当たり住民基本台帳法30条の5第1項所定の本人確認情報(以下「本人確認情報」という。)を都へ通知することを受諾した者のみに係る本人確認情報を都に送信する場合に,都が同情報の受信義務を怠り,国が前記受信義務を履行しない都に対して適切な指導,監督等を行わなかったことが違法であるなどとして国家賠償を請求する訴えにつき,前記訴えは,損害賠償請求権の存否をめぐる紛争であって,原告が財産権の主体として自己の財産上の権利利益の保護救済を求めるものであり,自己の権利利益の保護救済を目的とするものであるから,裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」に当たるとした事例 3 都の特別区がいわゆる住民台帳ネットワークシステム(以下「住基ネット」という。)の導入に当たり住民基本台帳法30条の5第1項所定の本人確認情報(以下「本人確認情報」という。)を都へ通知することを受諾した者(以下「通知希望者」といい,これを受諾しなかった者を「非通知希望者」という。)に係る本人確認情報を都に送信する場合に,都は同情報の受信義務を負っているにもかかわらずこれに応ぜず,国は前記受信義務を履行しない都に対して住民台帳基本法31条1項及び2項に基づき必要な協力をするよう適切な指導,監督等を行うべき立場にあったにもかかわらずこれを履行しなかったほか,通知希望者のみに係る本人確認情報の送信を前提とする他市によって採られている住基ネットの参加方式は違法である旨の誤った法解釈を都に対して示した行為はそれぞれ違法であるとして,都の特別区が都及び国に対して提起した各国家賠償請求につき,都の特別区が都に対し通知希望者のみに係る本人確認情報の送信を行い,非通知希望者に係る本人確認情報の送信を行わないとする扱いは,住民基本台帳法30条の5第1項及び第2項に違反し許容されない以上,都には都の特別区が送信する通知希望者のみに係る本人確認情報を受信すべき義務は存せず,通知希望者のみに係る本人確認情報の送信を前提とする他市の住基ネットの参加方式は違法というべきであるから,都及び国の前記各行為には何ら違法性はないとして,前記国家賠償請求をそれぞれ棄却した事例
裁判日:西暦2006-03-24
情報公開日2017-10-19 19:47:45
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主一文
本件訴えのうち、当該情報を被告東京都へ通知することを
受諾した杉並区の住民に係る住民基本台帳法30条の5第1
項所定の本人確認情報を、原告が被告東京都に対して住民基
本台帳ネットワークシステムを通じて送信する場合に、被告
東京都がこれを受信する義務を有することの確認を求める訴
えを却下する。


原告の被告東京都に対するその余の請求及び被告国に対す
る請求をいずれも棄却する。


訴訟費用は、原告の負担とする。

第一
一実及び理由
請求の趣旨
被告東京都は、当該情報を被告東京都へ通知することを受諾した杉並区の住民に係る住民基本台帳法30条の5第1項所定の本人確認情報を、原告が被告東京都に対して住民基本台帳ネットワークシステムを通じて送信する場合に、これを受信する義務を有することを確認する。

被告らは、原告に対し、各自4476万9677円及びこれに対する平成16年9月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第二

事案の概要


事案の骨子
原告は、住民基本台帳ネットワークシステム(以下住基ネットと

いう。
)の導入に当たって、住基ネットには個人情報の流出等の危険が
存在するとして、被告東京都に対し、住基ネットの安全性が確認されるまでの間、杉並区民のうち、住民基本台帳法30条の5第1項所定の本人確認情報(以下、単に本人確認情報という。
)を被告東京都へ通
知することを受諾した者(以下、一般に、市町村長(特別区の区長も含む。
)から都道府県知事へ本人確認情報を通知することを受諾した者を通知希望者
といい、
これを希望しない者を非通知希望者」
という。)に係る本人確認情報のみを被告東京都に通知し、非通知希望者に係る本人確認情報を被告東京都に通知しない方式によって住基ネットへ参加することを申し入れたところ、被告東京都からこれを拒否された。本件のうち、請求の趣旨第一項に係る訴えは、原告が、杉並区民のうちの通知希望者に係る本人確認情報を住基ネットを通じて被告東京都に送信する場合に、被告東京都はこれを受信する義務があると主張して、被告東京都に対し、その確認を求めるものである(以下、請求の趣旨第一項に係る訴えを「本件確認の訴えという。。)
また、請求の趣旨第二項に係る訴えは、被告東京都は、前記受信義務を怠り、また、被告国は、被告東京都に対して適切な指導を行わないとともに、原告に対し横浜市に対する対応と異なった対応をして、その結果、原告に損害を与えたなどと主張して、被告らに対し、国家賠償法1条に基づく損害賠償及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである(以下、請求の趣旨第二項に係る請求を本件国賠請求という。。)


関係法令の定め
本件に関連する住民基本台帳法(以下住基法という。の規定は、

以下のとおりである。
なお、住基法においては、
市町村は、特別区を含むものとされ、
市町村長は、特別区の区長を含むものとされている(住基法1条、2条。本判決においても、以下、市町村」は、特別区を含むものとし、「市町村長は、特別区の区長を含むものとする。。また、住基法は、)
住民基本台帳法の一部を改正する法律(平成11年法律第133号。以下改正法という。
)により、住基ネット及び住基法7条13号の住
民票コード等に関する規定が新設され、これらの改正規定については、平成14年8月5日から施行されている(改正法附則1条1項本文、住民基本台帳法の一部を改正する法律の施行日を定める政令(平成13年政令第430号)。

7条(住民票の記載事項)
住民票には、次に掲げる事項について記載(前条第3項の規定により磁気ディスクをもつて調製する住民票にあつては、
記録。
以下同じ。

をする。
1号

氏名

2号

出生の年月日

3号

男女の別

4号から6号まで
7号

(省略)

住所及び一の市町村の区域内において新たに住所を変更した者

については、その住所を定めた年月日
8号から12号まで
13号

(省略)

住民票コード(番号、記号その他の符号であつて総務省令で

定めるものをいう。以下同じ。

14号

(省略)

30条の5(都道府県知事への通知)
1項

市町村長は、住民票の記載、消除又は第7条第1号から第3号
まで、第7号及び第13号に掲げる事項(同条第7号に掲げる事
項については、住所とする。以下この項において同じ。
)の全部
若しくは一部についての記載の修正を行つた場合には、当該住民
票の記載等に係る本人確認情報(住民票に記載されている同条第
1号から第3号まで、第7号及び第13号に掲げる事項(住民票
の消除を行つた場合には、当該住民票に記載されていたこれらの
事項)並びに住民票の記載等に関する事項で政令で定めるものを
いう。以下同じ。
)を都道府県知事に通知するものとする。

2項

前項の規定による通知は、総務省令で定めるところにより、市
町村長の使用に係る電子計算機から電気通信回線を通じて都道府
県知事の使用に係る電子計算機に送信することによつて行うもの
とする。

3項

第1項の規定による通知を受けた都道府県知事は、総務省令で
定めるところにより、当該通知に係る本人確認情報を磁気ディス
クに記録し、これを当該通知の日から政令で定める期間保存しな

ければならない。
30条の6(他の市町村への本人確認情報の提供)
市町村長は、他の市町村の市町村長その他の執行機関であつて条例で定めるものから条例で定める事務の処理に関し求めがあつたときは、
条例で定めるところにより、
本人確認情報を提供するものとする。
30条の7(都道府県知事の事務)
1項及び2項
3項

(省略)

都道府県知事は、別表第1の上欄に掲げる国の機関又は法人か
ら同表の下欄に掲げる事務の処理に関し、住民の居住関係の確認
のための求めがあつたときに限り、政令で定めるところにより、
保存期間に係る本人確認情報(第30条の5第1項の規定による
通知に係る本人確認情報であつて同条第3項の規定による保存期
間が経過していないものをいう。以下同じ。
)を提供するものと
する。

4項

都道府県知事は、次の各号のいずれかに該当する場合には、第
1号又は第3号に掲げる場合にあつては政令で定めるところによ
り、第2号に掲げる場合にあつては条例で定めるところにより、
当該都道府県の区域内の市町村の市町村長その他の執行機関(以
下この項及び第30条の10第1項第4号において区域内の市町村の執行機関という。)に対し、保存期間に係る本人確認情
報を提供するものとする。

1号

区域内の市町村の執行機関であつて別表第2の上欄に掲げる

ものから同表の下欄に掲げる事務の処理に関し求めがあつたと
き。
2号

区域内の市町村の執行機関であつて条例で定めるものから条
例で定める事務の処理に関し求めがあつたとき。

3号

当該都道府県の区域内の市町村の市町村長から住民基本台帳
に関する事務の処理に関し求めがあつたとき。

(以下省略)
30条の8(都道府県における本人確認情報等の利用)
1項

都道府県知事は、次の各号のいずれかに該当する場合には、保
存期間に係る本人確認情報を利用することができる。

1号

別表第5に掲げる事務を遂行するとき。

2号

条例で定める事務を遂行するとき。

3号

本人確認情報の利用につき当該本人確認情報に係る本人が同
意した事務を遂行するとき。

4号

統計資料の作成を行うとき。

(以下省略)
30条の10(指定情報処理機関の指定等)
1項

都道府県知事は、総務大臣の指定する者(以下指定情報処理機関という。)に、次に掲げる事務(以下本人確認情報処理事務という。
)を行わせることができる。

1号

第30条の7第1項の規定による住民票コードの指定及びそ
の通知

2号

第30条の7第2項の規定による協議及び調整

3号

第30条の7第3項の規定による本人確認情報の別表第1の
上欄に掲げる国の機関及び法人への提供

4号

第30条の7第4項の規定による本人確認情報の別表第2の
上欄に掲げる区域内の市町村の執行機関及び同項第3号に規定
する当該都道府県の区域内の市町村の市町村長への提供

(以下省略)
30条の29(本人確認情報の安全確保)
1項

都道府県知事又は指定情報処理機関が第30条の5第1項又は
第30条の11第1項の規定による通知に係る本人確認情報の電
子計算機処理等を行うに当たつては、当該都道府県知事又は指定
情報処理機関は、当該本人確認情報の漏えい、滅失及びき損の防
止その他の当該本人確認情報の適切な管理のために必要な措置を
講じなければならない。

2項

(省略)

36条の2(住民票に記載されている事項の安全確保等)
1項

市町村長は、住民基本台帳又は戸籍の附票に関する事務の処理
に当たつては、住民票又は戸籍の附票に記載されている事項の漏
えい、滅失及びき損の防止その他の住民票又は戸籍の附票に記載
されている事項の適切な管理のために必要な措置を講じなければ
ならない。

2項

(省略)


前提事実
本件の前提となる事実は、次のとおりである。なお、証拠及び弁論の全趣旨により容易に認めることのできる事実並びに当裁判所に顕著な事実は、その旨付記しており、それ以外の事実は、当事者間に争いのない事実である。
1
住基ネットの概要
(一)

住基ネットは、住民の居住関係を公的に証明する住民基本台帳

のネットワーク化を図り、本人確認情報(氏名、生年月日、性別、住所、住民票コード及び付随情報)により、全国共通の本人確認ができるようにした仕組みをいう(乙5、弁論の全趣旨)

(二)

住基ネットの基本的な仕組みは、以下のとおりである(乙5、

7、弁論の全趣旨)

(1)

市町村長は、住民票の記載、消除、又は氏名、生年月日、性

別、住所及び住民票コードに掲げる事項の全部若しくは一部の記
載の修正を行った場合には、市町村に設置されている住民基本台
帳事務の電子計算機から、電気通信回線により送信すること等に
より、本人確認情報を、橋渡しをするための電子計算機(コミュ
ニケーションサーバ。以下CSという。
)に記録し、都道府
県知事に電気通信回線を通じて送信する。
(2)

本人確認情報の送信を受けた都道府県知事は、本人確認情報

を都道府県に設置された電子計算機に記録する(以下、この役割
をする都道府県に設置された電子計算機を都道府県サーバと

いう。。

(3)

都道府県知事は、住基法30条の7第3項から6項までに基

づき、国の機関又は法人、他の都道府県、当該都道府県の区域内
の市町村等の機関等から、事務の処理に関し求めがあったときに
は、電気通信回線等を通じて、本人確認情報を提供する。また、
都道府県知事は、住基法30条の8に基づき、自ら本人確認情報
を利用する。
(4)

現在、47都道府県知事すべてが、住基法30条の10に基

づき、本人確認情報処理事務を指定情報処理機関に行わせること
としている。
そこで、市町村長から本人確認情報の送信を受けた都道府県知
事は、本人確認情報を指定情報処理機関に電気通信回線を通じて
送信し、これを受けた指定情報処理機関は、指定情報処理機関に
設置された電子計算機に本人確認情報を記録する(以下、この役
割をする指定情報処理機関に設置された電子計算機を全国サーバという。。そして、指定情報処理機関は、都道府県知事に)
代わって、国の機関等への本人確認情報の提供を行う。
財団法人地方自治情報センター以下地方自治情報センター」

という。は、旧自治大臣から、指定情報処理機関の指定を受け、)上記業務を行っている。(三)住基ネットは、平成14年7月22日から仮運用がされ、同年8月5日から第1次運用が、平成15年8月25日から第2次運用がそれぞれ開始された(弁論の全趣旨)。2横浜市の対応と四者合意について(一)四者合意成立までの経緯について(1)横浜市は、住基ネットに参加することを前提として、平成14年5月ころから、全国の他の市町村と同様に、横浜市民に係る仮の本人確認情報を、神奈川県に送信した。さらに、平成14年8月2日までに変更のあった分の本人確認情報についても、同様に送信していた(弁論の全趣旨)。(2)横浜市は、平成14年8月2日、改正法附則1条2項で予定されていた個人情報保護に関する法整備がいまだにされていないことなどを理由に、神奈川県に対し、準備段階で送信した横浜市民に係る仮の本人確認情報の消去を申し入れるとともに、住基ネットに参加することを前提としつつも、住基ネットの安全性が総合的に確認することができるまで緊急避難措置として、非通知希望者である住民に係る本人確認情報を神奈川県へ送信しないこととする方式による参加を表明した(弁論の全趣旨)。(3)横浜市は、平成14年8月ころから、上記方式による参加のため、被告国及び神奈川県との調整協議を開始し、同年8月5日の第1次稼働の際に、神奈川県の都道府県サーバとの接続を行わなかった(弁論の全趣旨)。(二)四者合意の成立について被告国、神奈川県、地方自治情報センター及び横浜市は、平成15年4月9日、横浜市の住基ネットへの参加に当たっての措置として、概要、以下の内容の合意をした(以下、四者間で成立したこの合意を「四者合意といい、四者合意に基づく住基ネットへの参加の方式を横浜方式という。甲1)

(1)

全国サーバ及び神奈川県の都道府県サーバには、準備段階で

蓄積された平成14年8月2日時点の横浜市民に係る本人確認情
報が保存されている。
一方、横浜市のデータは、通知希望者と非通知希望者が分かる
ように個別に管理されている。
ところで、横浜市民全員の更新データの送信が完了するまでの
間は、データ全体の真正性を担保することができないため、横浜
市民の本人確認情報を利用及び提供することができない。
そこで、横浜市民全員の本人確認情報についての住基ネットへ
の参加に至るまでの段階的な対応として、横浜市は、横浜市民の
更新データ及び更新されていない旨のデータを送信することとす
る。
(2)

通知希望者については、平成15年6月9日をめどとして、

本人確認情報の利用及び提供が可能となることを目指す。
(3)

横浜市は、住基ネットの本格的な稼働を踏まえて、住基ネッ

トの安全性を総合的に確認し、速やかに市民全員の本人確認情報
の更新データの送信を完了する。
(三)

その後の経緯について
(1)

総務省自治行政局市町村課長は、平成15年4月9日、各都

道府県及び政令指定都市の住基ネット担当部長あてに、四者合意
の概要を添付した横浜市の住基ネットへの参加にあたっての措置についてと題する事務連絡を発出した。上記事務連絡においては、四者合意は、横浜市が速やかに市民全員に係る本人確認情
報について住基ネットに参加することを前提に、その具体的な手
順について取り決めを行ったものであり、市町村長が本人確認情
報を都道府県知事に通知するか否かを住民の選択にゆだねる選択制を採るものではないこと、住基ネットにおいて選択制は認められていないことがそれぞれ記載されていた。
(甲1)
(2)

横浜市は、その後も、神奈川県知事に、横浜市民のうちの通

知希望者に係る本人確認情報を送信しただけであり、非通知希望
者に係る本人確認情報を送信していない。これに対して、神奈川
県は、横浜市との住基ネットの接続を拒絶していない。
(弁論の
全趣旨)
3
住基ネットへの原告の対応とこれに対する被告らの対応
(一)

住基ネットへの原告の対応

(1)

原告は、住基ネットに参加することを前提として、平成14

年6月26日から、杉並区民に係る仮の本人確認情報を被告東京
都に送信し、さらに、平成14年8月1日までに変更のあった分
の本人確認情報についても、同様に送信した(弁論の全趣旨)

(2)

原告が、平成14年7月9日から同月31日までに、杉並区
民を対象に、アンケート調査を行ったところ、2764人の回答
者のうち、1995人(約72.2%)が、同年8月5日の住基
ネットの稼働について、
凍結又は延期すべきである旨回答した甲

2)

また、原告が、同年7月下旬に、杉並区内在住者を対象に電話
によるアンケート調査を行ったところ、
859人の回答者のうち、
511人(約59.5%)が、同年8月5日の住基ネットの稼働
について、凍結又は延期すべきである旨回答した(甲3)

(3)

原告は、平成14年7月、住基ネットの構築に伴う法制度上、

技術上、運用上の諸問題につき、専門家の意見を聴くため、杉並
区住民基本台帳ネットワークシステム調査会議(以下杉並区調査会議という。)を設置した(甲5)

杉並区調査会議は、杉並区長に対し、平成14年8月1日付け
で、住基ネットは万全の個人情報保護対策を講じているとはいえ
ず、住基ネットへの接続については、慎重に対応すべきである旨
の中間報告を提出した(甲6)

(4)

原告は、平成14年8月1日、杉並区長の見解として、被告

東京都に対して、住基ネットの第1次稼働当初から、本人確認情
報を送信しないこと、及び準備段階で送信した情報については被
告東京都に対して消去を求めることを発表した(甲7)

(5)

原告は、被告東京都に対し、平成14年8月2日、住基ネッ

トの前提とされる確固とした個人情報保護のための法制度が整備
されるまでの間は、同月5日以降、被告東京都への杉並区民に係
る本人確認情報の送信は行わないことを告知するとともに、既に
送信した杉並区民に係る本人確認情報については、これを消去す
るように申し入れた(甲8)

(6)

原告は、平成14年10月11日付けで、内閣総理大臣あて

に、同年8月5日の住基ネットの第1次稼働に対して抗議すると
ともに、行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(以下
行政機関個人情報保護法という。
)の改正や、本人確認情報
の利用事務の拡大の規制等を要望する内容の書面を提出した(甲
9)

(7)

原告が、平成15年5月12日から同月23日まで、杉並区

民に対して、
ホームページを通じてアンケートを実施したところ、
回答数1255件のうち、843件(約67%)が、このまま住
基ネットに参加しない方がよいと回答し、177件(約14%)
が、住基ネットに参加するかどうかを個人の選択にゆだねられる
ようにした方がよいと回答した(甲10)

(8)

杉並区調査会議は、杉並区長に対し、平成15年5月29日、

住基ネットには現段階でも多くの問題点がある一方、住基ネット
による利便性を求める区民も一定数いるなどとして、全体として
原告が適切な判断をすることを希望すると結論付けた第3回報告
書を提出した(甲11)

(9)

原告は、平成15年6月4日、住基ネットに対する対応方針
を発表し、横浜方式による住基ネットへの参加を表明した(甲1
2)

(二)

被告らの対応等

(1)

被告東京都は、平成15年6月4日、原告の横浜方式による

住基ネットへの参加の表明について、横浜方式による住基ネット
への参加は、住民全員が参加した段階では適法であるが、それ以
前の段階では住基法に違反していること、被告東京都としては、
原告が提案した方式への対応はできないこと等の見解を表明した
(甲13)

(2)

原告は、被告東京都に対し、平成15年6月25日及び同年

8月19日に、原告の住基ネットへの参加のための協議を申し入
れた(甲14、15)

(3)

原告は、平成15年8月25日、横浜方式による住基ネット

への参加が認められるように、被告東京都及び被告国に対し、強
く要望すること、今後は、横浜方式による住基ネットへの参加の
ため、具体的準備に着手することなどを表明した(甲16)

(4)

原告は、平成15年10月6日、準備段階での住民票コード

をそのまま住民票コードとして付番した(弁論の全趣旨)

(5)

原告は、杉並区民全員に対し、平成15年10月20日、被

告東京都に本人確認情報の送信を希望しない区民には本人確認情報非通知申出書に記入の上、原告に申し出るように呼びかける内容の住基ネットについてのお知らせ

本人確認情報非、通知申出書

及び住民票コード通知票を送付した(甲17)。
上記本人確認情報非通知申出書を郵送した51万3501人の
うち、8万6563人(約16.86%)の者が、被告東京都へ
の本人確認情報の送信を希望しない旨を申し出た(甲18)

(6)

原告は、平成15年12月9日、上記非通知申出の結果を発

表するとともに、平成16年1月中には、横浜方式で被告東京都
に杉並区民に係る本人確認情報を送信することができるよう準備
をすること、被告らと協議を進めていくことなどを表明した(甲
18)

(7)

原告は、総務大臣及び被告東京都に対し、平成16年1月1

4日、横浜方式による住基ネットへの参加を認めること、及びこ
れを認めない場合には同月末日までに文書にてその理由を回答す
ることをそれぞれ申し入れた(甲19の1及び2)

(8)

これに対して、総務省自治行政局長は、杉並区長に対し、平

成16年1月30日、住基法に基づき、早急に杉並区民全員に係
る本人確認情報の更新データを被告東京都に送信するよう求める
文書を送付した。また、東京都総務局長は、杉並区長に対し、同
日、住基法は、市町村長に、住民全員に係る本人確認情報の都道
府県知事への通知を義務付けているとして、速やかに法令に規定
する事務を執行することを求める文書を送付した。
(甲20の1
及び2)

争点
1
本件確認の訴えは、裁判所法3条1項にいう法律上の争訟に当
たり、適法な訴えであるということができるか。
(本案前の争点)

2
本件国賠請求に係る訴えは、裁判所法3条1項にいう法律上の争訟に当たり、適法な訴えであるということができるか。(本案前の
争点)

3
本件国賠請求に係る訴えは、併合提起された本件確認の訴えが不適法であることから、併合提起の要件を欠くものとして、不適法な訴えとなるか。
(本案前の争点)

4
被告東京都の受信義務の存否(本案の争点)
具体的には、被告東京都は、杉並区民のうちの通知希望者に係る本人確認情報のみを、原告が被告東京都に対して住基ネットを通じて送信する場合に、これを受信する義務を負うか。

5
被告東京都の行為の違法性の有無(本案の争点)
具体的には、原告が、被告東京都に対して、杉並区民のうちの通知希望者に係る本人確認情報を送信しようとしたのに、これに応じない被告東京都の行為は違法であるか。

6
被告国の行為の違法性の有無(本案の争点)
具体的には、被告国が、被告東京都に対して、横浜方式による住基ネットへの参加について、適切な指導、監督等を行わず、横浜市に対するのと異なった対応をした行為が違法であるか。

7
原告の損害の有無及び損害額(本案の争点)
具体的には、原告は、被告東京都及び被告国の上記違法な行為の結果として、財産的損害を被ったということができるか、また、財産的損害を被ったということができる場合には、その損害額は幾らか。五
争点に関する当事者の主張の要旨
別紙のとおり

第三

争点に対する判断


争点1(本件確認の訴えが法律上の争訟に当たるか)について
1
本件確認の訴えは、原告が、杉並区民のうちの通知希望者に係る本人確認情報を住基ネットを通じて被告東京都に送信する場合に、被告東京都はこれを受信する義務があるとして、その確認を求めるものである。
原告は、本件確認の訴えは、行政事件訴訟法4条所定の当事者訴訟である旨主張する。他方、被告東京都は、本件確認の訴えは、客観訴訟である行政事件訴訟法6条所定の機関訴訟に当たるものであり、また、仮に機関訴訟でないとしても、裁判所法3条1項にいう法律上の争訟には当たらない旨主張する。ところで、当事者訴訟は、主観訴訟の一類型であるから、本件確認の訴えが原告の主張するように当事者訴訟に当たるということができるためには、その前提として、本件確認の訴えが裁判所法3条1項にいう法律上の争訟に当たることが必要となる。
また、被告東京都は、本件確認の訴えが機関訴訟である旨主張するが、機関訴訟は、裁判所法3条1項にいう法律上の争訟に当たら
ない争訟の一類型であるから、本件確認の訴えが法律上の争訟に当たらない争訟であると判断されて初めて、そのような争訟について裁判所が審判の対象とすることができるかを検討するに当たり、本件確認の訴えが法律で規定された機関訴訟に当たるか否かが問題となるのである。
そこで、まず、本件確認の訴えが、裁判所法3条1項にいう法律上の争訟に当たるか否かについて検討することとする。2(一)(1)

行政事件を含む民事事件において、裁判所がその固有の権

限に基づいて審判することのできる対象は、裁判所法3条1項に
いう法律上の争訟
、すなわち、当事者間の具体的な権利義務
ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、それが法令
の適用により終局的に解決することができるものに限られるとい
うべきである(最高裁昭和51年(オ)第749号同56年4月7日第三小法廷判決(昭和56年最高裁判決)参照)

これを国又は地方公共団体が提起した訴訟について見ると、国
又は地方公共団体が提起した訴訟であって、財産権の主体として
自己の財産上の権利利益の保護救済を求めるような場合には、か
かる訴訟は、裁判所法3条1項にいう法律上の争訟に当たる
というべきであるが、国又は地方公共団体が専ら行政権の主体と
して国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は、法規の適
用の適正ないし一般公益の保護を目的とするものであって、自己
の権利利益の保護救済を目的とするものということができないか
ら、法律上の争訟として当然に裁判所の審判の対象となるもので
はないというべきである(最高裁平成10年(行ツ)第239号
同14年7月9日第三小法廷判決平成14年最高裁判決)

参照)

(2)

そして、平成14年最高裁判決にいう国又は地方公共団体が

専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求め
る訴訟についての判断は、国若しくは地方公共団体又はそれらの
機関相互間の権限の存否又は行使に関する訴訟についても妥当
し、後者の訴訟も、裁判所法3条1項にいう法律上の争訟に
当たらないというべきである。
なぜなら、国若しくは地方公共団体又はそれらの機関相互間の
権限の存否又は行使に関する訴訟は、結局、国又は地方公共団体
が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求
める訴訟と同様に、法規の適用の適正ないし一般公益の保護を目
的とするものにすぎないからである。
また、裁判所がその固有の権限に基づいて審判することのでき
る対象である法律上の争訟の概念は、国民の裁判を受ける権
利(憲法32条)との関係で検討されるべきであり、行政主体又
はその機関相互間において、その権限の存否又は行使に関して提
起した訴訟は、行政主体が国民と同様の立場から、自己の権利利
益の保護救済を目的とするものということはできないのであっ
て、法律上の争訟」に当たらないというべきであるからである。
(二)(1)これを本件について見ると、原告は、本件確認の訴えにおいて、原告が被告東京都に対して杉並区民のうちの通知希望者に係る本人確認情報を住基ネットを通じて送信する場合に、被告東京都はこれを受信する義務があるとして、被告東京都に対し、その確認を求めている。(2)アそこで、市町村から都道府県に対する本人確認情報の送信及び都道府県の受信についての法令の定めを見ると、住基法30条の5第1項は、「市町村長は、住民票の記載、消除又は第7条第1号から第3号まで、第7号及び第13号に掲げる事項(…略…)の全部若しくは一部についての記載の修正を行つた場合には、当該住民票の記載等に係る本人確認情報(…略…)を都道府県知事に通知するものとする。と規定し、同条2項は、

前項の規定による通知は、総務省令で定めるところにより、市町村長の使用に係る電子計算機から電気通信回線を通じて都道府県知事の使用に係る電子計算機に送信することによつて行うものとする。

と規定し、さらに、同条3項は、

第1項の規定による通知を受けた都道府県知事は、総務省令で定めるところにより、当該通知に係る本人確認情報を磁気ディスクに記録し、これを当該通知の日から政令で定める期間保存しなければならない。

と規定している。以上の住基法の各規定からすると、いずれも、住基法に基づ
き、市町村長は、電気通信回線を通じての送信の形で、本人確
認情報を都道府県知事に通知するものとされ、他方、都道府県
知事は、その本人確認情報を市町村長から受けるものとされて
いるということができる。
そうすると、本件確認の訴えは、市町村が、都道府県知事の
行為が帰属する都道府県に対して、住基法に基づく市町村長の
本人確認情報の送信に対応する都道府県知事の受信義務の確認
を求めているものということができ、その実質において、市町
村長及び都道府県知事の住基法に基づくそれぞれの権限の存否
又は行使をめぐる訴訟であるということができる。

したがって、本件確認の訴えは、その実質において、地方公
共団体の機関相互間の権限の存否又は行使に関する訴訟であ
り、それぞれの機関の権限の帰属主体である地方公共団体をそ
れぞれ原告及び被告とした訴訟である点で、地方公共団体相互
間の権限の存否又は行使に関する訴訟であるということができ
る。

(3)ア

また、本件確認の訴えは、以下のとおり、財産権の主体と

して自己の財産上の権利利益の保護救済を求める場合のよう
に、自己の権利利益の保護救済を目的とするものと見ることは
できない。

前示の本人確認情報の送信及び受信についての住基法の規定
によると、本人確認情報の送信及び受信は、住基法に基づく住
民基本台帳事務の一つであることが明らかである。
そして、住基法1条は、住民基本台帳制度について、
市町村(…略…)において、住民の居住関係の公証、選挙人名簿の登録その他の住民に関する事務の処理の基礎とするとともに住民の住所に関する届出等の簡素化を図り、あわせて住民に関する記録の適正な管理を図るため、住民に関する記録を正確かつ統一的に行うものであり、それにより

住民の利便を増進するとともに、国及び地方公共団体の行政の合理化に資することを目的とする

ものである旨規定している。ウ
これらによると、本件確認の訴えは、原告における住民基本
台帳事務の適切な実施や杉並区民に関する記録の適正な管理等
を希求するものであって、行政権限の適切な行使の実現を目的
とするものというべきである。
そうすると、
本件確認の訴えは、
行政主体が、その所有する不動産の所有権等に基づいて何らか
の請求を行う場合などのように、財産権の主体として自己の財
産上の権利利益の保護救済を求めるものと解することはできな
いというべきである。
したがって、本件確認の訴えは、行政主体としての原告が、
行政権限の適正な行使の実現のため、提起したものであって、
自己の権利利益の保護救済を目的とするものと見ることができ
ないものというべきである。

(4)

以上によると、本件確認の訴えは、地方公共団体若しくは国

又はそれらの機関相互間の権限の存否又は行使に関する訴訟であ
って、自己の権利利益の保護救済を目的とするものと見ることが
できないものであるから、裁判所法3条1項にいう法律上の争訟には当たらないというべきである。(三)(1)ア

これに対して、原告は、
行政権主体として、本件確

認の訴えを提起しているのではなく、広義の財産権主体と
して、本件確認の訴えを提起しているものであり、本件確認の
訴えは、法律上の争訟に当たる旨主張する。そして、原告は、
そのように主張する理由として、①市町村長による本人確認情報の送信及び都道府県知事による受信は、行政処分ではなく、
事実行為である上、非権力的な事業行政としての性格を有する
ものであり、民間企業のデータ・ネットワーキングと同様のも
のであること、②原告は、被告東京都が本人確認情報を受信せず、杉並区民のうちの通知希望者が住基ネットによるサービス
を受けられないために、原告が代替サービスの費用を予算執行
せざるを得ないこと、③原告が被告東京都に対して本人確認情報の受信を求めることは、杉並区民のうちの通知希望者の住基
ネットによるサービス享有権を実質的に代位しているといえる
ことを挙げる。
そこで、以下、これらの原告の主張についても検討すること
とする。
イ(ア)

まず、原告の上記ア①の主張について検討すると、確か
に、市町村長による本人確認情報の送信及び都道府県知事に
よる受信を、電気通信回線を用いた情報の送受信としての視
点から見てみると、民間企業のデータ・ネットワーキングと
同様のものであるということができる。
(イ)

しかし、市町村長による本人確認情報の送信及び都道府

県知事による受信は、前記のとおり、住基法に基づく住民基
本台帳事務の一つであり、住民の利便を増進するとともに、
国及び地方公共団体の行政の合理化に資することを目的とす
る行政事務である。住民基本台帳事務が上記のような公益的
な目的を有するからこそ、それが、都道府県、市町村やそれ
らの機関にゆだねられたものというべきである。
そうすると、市町村長による本人確認情報の送信及び都道
府県知事による受信を、民間企業のネット・ワーキングと同
様のものということはできない上、これが行政処分ではない
としても、行政主体が住基法に基づく行政権限の行使として
行う事務と見るべきであって、
財産権主体としての事務
と見ることはできないというべきである。
(ウ)

したがって、前記ア①の原告の主張を根拠に、原告が、
財産権主体として、本件確認の訴えを提起しているもの
と解することはできないから、電気通信回線を用いた情報の
送受信の行為である点で民間企業におけるものと同様である
からといって、それを理由に、本件確認の訴えが法律上の争
訟に当たるということはできない。
ウ(ア)

次に、原告の前記ア②の主張について検討するに、原告
が代替サービスの費用を予算執行せざるを得ないとしても、
本件確認の訴え自体は、行政主体としての原告が行政主体と
しての被告東京都に対して、住基法に基づく行政権限の行使
として行う事務についての確認を求めるものであるというこ
とができるのである。
そうすると、例えば、地方公共団体が所有する土地や建物
等についてその所有権に基づいて権利行使をする場合とは異
なり、本件確認の訴えは、財産権の主体としての権利行使と
見ることのできるものではないというべきである。
そもそも地方公共団体の行政事務のほとんどは、地方公共
団体の財政に影響するものである。原告が住基ネットを利用
した住民基本台帳事務の代替サービスの費用の支出を余儀な
くされるとしても、そのことを理由に、原告が、
財産権主体として、本件確認の訴えを提起しているということはできないというべきである。
(イ)

これに対して、原告は、損害が現に継続して発生し続け

ている以上、原告には、これを防止する権利利益がある旨主
張する。
しかし、仮に、損害が原告に発生し続けていたとしても、
原告は、その損害を理由とする何らかの権利利益に基づき、
本件確認の訴えを提起しているものということはできないの
である。また、本件確認の訴え自体は、あくまで、実体法上
の権利義務関係の確認の訴訟にすぎないから、仮に、損害が
原告に継続して発生し続けていたとしても、その発生を防止
するためにされたものということはできないというべきであ
る。
(ウ)

そうすると、前記ア②の原告の主張を根拠に、原告が本
件確認の訴えを財産権主体として提起しているものと見
ることはできない。したがって、仮に、原告が代替サービス
の費用を予算執行せざるを得ないこと等により損害が生じた
としても、そのことを理由に、本件確認の訴えが法律上の争
訟に当たるということはできないというべきである。
エ(ア)

さらに、原告の前記ア③の主張について検討するに、原
告が主張するところによれば、住基ネットによるサービス享
有権は、杉並区民の権利ということであるから、原告の主張
によっても、原告の権利利益ではないというべきである。
これに対して、原告は、地方自治法2条14項等の規定や
憲法92条以下の規定を根拠として、原告が杉並区民の権利
を代位行使することができる旨主張するが、上記の地方自治
法や憲法の規定を見ても、原告が杉並区民の権利を代位する
ことを根拠付ける規定は見当たらない。
(イ)

そうすると、前記ア③の原告の主張を根拠に、原告が本
件確認の訴えを財産権主体として提起しているものと見
ることはできず、本件確認の訴えが法律上の争訟に当たると
いうことはできないというべきである。

以上のとおり、原告の前記アの主張を根拠に、本件確認の訴
えが法律上の争訟に当たるということはできないから、この主
張は、採用することができない。

(2)ア

原告は、本件確認の訴えは、原告が住基法30条の5に基

づく本人確認情報の送信につき裁量権を有しており、その裁量
権を行使したことにつき保護救済を求めるものであるところ、
原告が地域の特性を踏まえ、各種の具体的状況の下で裁量権を
行使したことは、
他の自治体等に共通に見られるものではなく、
原告に固有のものであるから、本件確認の訴えは、原告が自己
の権利利益の保護救済を目的とするものにほかならないのであ
って、法律上の争訟に当たる旨主張する。
原告が主張するところは、要するに、原告が住基法30条の
5に基づく本人確認情報の送信につき裁量権を行使したのは、
地方公共団体の中でも、原告等に限られることから、この裁量
権は、
原告に固有の自己の権利利益であり、
本件確認の訴えは、
この裁量権の保護救済を目的とするものという点で、原告に固
有の権利利益の保護救済を目的とするものであると解すること
ができる。

しかし、平成14年最高裁判決にいう自己の権利利益の保護救済を目的とするとは、例えば、財産権の主体として自己の財産上の権利利益の保護救済を求めるような場合をいうので
あって、行政主体の行政権限の適正な行使の実現を目的とする
ものではないことは明らかである。
ところが、原告が主張するところの裁量権は、住基法30条
の5に基づく本人確認情報の送信の場面において、原告がその
送信内容につき裁量があるというものであるから、行政権の主
体が有する行政権限における裁量権にほかならないというべき
である。そうすると、原告の主張するところによっても、本件
確認の訴えは、結局、行政権限の適正な行使の実現を求めてい
るものということになるのであるから、法規の適用の適正ない
し一般公益の保護を目的とするものであって、自己の権利利益
の保護救済を目的とするものではないというべきである。

したがって、原告の前記アの主張を根拠に、本件確認の訴え
が法律上の争訟に当たるということはできないから、この主張
は、採用することができない。

(3)ア

さらに、原告は、原告から都道府県に対して本人確認情報

を送信することを是認する住民とこれを是認しない住民とのい
ずれもがいる中で、いずれからも訴訟を提起されないようにす
るためには、住基法30条の5に基づく本人確認情報の送信に
ついての裁量権を行使して、通知希望者に係る本人確認情報の
みを送信せざるを得ないのであって、原告にとって、本件確認
の訴えについて裁判所の審判を受けることが不可欠であり、そ
うであれば、本件確認の訴えは、原告の自己の権利利益の保護救済を目的とするものにほかならない旨主張する。イ
しかし、原告の上記主張は、要するに、被告東京都の受信義
務の存否について、裁判所の審判を受けることの不可欠性をい
うものにすぎず、
そのことが仮に認められたからといって、自
己の権利利益の保護救済を目的とするものであるというため
の根拠にはならないというべきである。
また、原告の上記主張は、住民から国家賠償請求訴訟や住民
訴訟を提起される危険があることを主張するものと解される
が、国家賠償請求訴訟や住民訴訟を提起されること自体は、原
告の権利利益と直結するものということはできないのである。
さらに、国家賠償請求についていえば、その職員に違法な行
為がなければ、地方公共団体において、賠償の責めを負うこと
はないというべきである(国家賠償法1条1項)
。また、住民
訴訟についていえば、むしろ地方公共団体の損害を填補するた
めに提起されるものであるから、そもそも原告の財産の減少を
もたらすものではないのである(地方自治法242条、242
条の2)



したがって、原告の前記アの主張を根拠に、本件確認の訴え
が法律上の争訟に当たるということはできないから、この主張
は、採用することができない。

(4)ア

さらに、原告は、相当数の杉並区民が住基ネットについて

プライバシー保護に欠けるとの危ぐを抱いていることを踏まえ
れば、原告が、住基法36条の2第1項に基づき、住民票に記
載されている事項の漏えい等の防止等の適切な管理のために必
要な措置を執ることは、原告自身の主観的な権利利益であると
して、本件確認の訴えは、このような原告の権利利益の保護救
済を目的とするものである旨主張する。

しかし、相当数の杉並区民が住基ネットについてプライバシ
ー保護に欠けるとの危ぐを抱いていることと、原告自身の主観
的な権利利益の有無とは関係がないというべきである。
また、住民票に記載されている事項の漏えい等の防止等の適
切な管理のために必要な措置を執ることは、正に、住民基本台
帳事務の内容であり、そうすると、原告の主張によっても、本
件確認の訴えは、行政権限の適切な行使の実現のため、提起さ
れたものであって、自己の権利利益の保護救済を目的とするも
のと見ることはできないというべきである。


したがって、原告の前記アの主張を根拠に、本件確認の訴え
が法律上の争訟に当たるということはできないから、この主張
は、採用することができない。

(四)(1)

以上のとおり、本件確認の訴えは、裁判所法3条1項にい

う法律上の争訟に当たらないのである。むしろ、本件確認の
訴えは、前示のとおり、その実質を見ると、地方公共団体の機関
相互間の権限の存否又は行使に関する訴訟であって、行政事件訴
訟法6条にいう機関訴訟であるというべきである。
(2)

そして、機関訴訟を含む法律上の争訟に当たらない事件は、
裁判所がその固有の権限に基づいて審判することのできる対象に
は当たらないのであって、法律において特に定める場合に限り、
訴えを提起することができるのである(裁判所法3条1項、行政
事件訴訟法42条)
。ところが、本件確認の訴えについて、これ
を認める法令の規定は存在しないから、本件確認の訴えは不適法
であるというべきである。
3(一)(1)

これに対して、原告は、平成14年最高裁判決は、専ら行

政権主体として行政上の義務履行を求める訴訟について法律上の
争訟性を否定するものであるから、行政権主体としての権利行使
であるとともに、財産権主体として自己の財産上の権利利益の保
護救済を求める場合については、法律上の争訟性を否定していな
いと解されるのであり、本人確認情報の送信及び受信は、非権力
的な事業行政たる性格を有し、財産権主体性も多分に帯びるので
あって、財産権主体性あるいは自己の財産上の権利利益の保護救
済の目的を否定することができない旨主張する。
(2)

確かに、平成14年最高裁判決は、専ら行政権主体として行

政上の義務履行を求める訴訟について法律上の争訟性を否定する
ものであり、当該義務が行政主体の財産的権利に由来するもので
ある場合、すなわち、財産権主体として自己の財産上の権利利益
の保護救済を求める場合でもある場合には、法律上の争訟性を否
定していないということができる。
しかし、住基法に基づく市町村長の本人確認情報の送信及びこ
に対応する都道府県知事の受信が、
行政処分ではないという点で、
非権力的であったとしても、前記2(二)(3)のとおり、本件確認の訴えは、財産権主体として自己の財産上の権利利益の保護救済
を求める場合に当たるということはできないのである。
(3)

そうすると、
原告の前記(1)主張は、
採用することができない。

(二)(1)

また、原告は、平成14年最高裁判決は、行政上の義務の

履行を求める訴訟についての判断であるところ、本件確認の訴え
は、確認請求に係る訴えであり、給付請求に係る訴えではないか
ら、平成14年最高裁判決の判断とは関係がない旨主張する。
(2)

確かに、平成14年最高裁判決は、
国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟についての判断であり、本件確認の訴えのように、確認請求に係る訴えや国若しくは地方公共団体又はそれらの機関相互
間の権限の存否又は行使に関する訴訟について直接判断したもの
ということはできない。
しかし、平成14年最高裁判決は国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟について、この訴訟が

法規の適用の適正ないし一般公益の保護を目的とするものであって、自己の権利利益の保護救済を目的とするものということはできないから、法律上の争訟として当然に裁判所の審判の対象となるものではな

いと判断したものである。そして、上記判断の実質的な理由は、上記訴訟と同じく行
政権限の適正な行使の実現を目的とする、国若しくは地方公共団
体又はそれらの機関相互間の権限の存否又は行使に関する訴訟に
ついても当てはまるということができるのである。
(3)

したがって、原告の前記(1)の主張は、採用することができな

い。
(三)(1)

さらに、原告は、平成14年最高裁判決の射程は、行政権

力で規制することができる国民に対する場合である専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟に限定すべきであり、地方公共団体が国を被告として提起する訴訟
については、
平成14年最高裁判決の射程に入らないのであって、
法律上の争訟に該当する旨主張する。
(2)

確かに、前記(二)のとおり、平成14年最高裁判決は、
専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟についての判断であるが、その判断の実質的な理由は、本件確認の訴えについても妥当するということができる。
すなわち、
平成14年最高裁判決は、
専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟が法律上の争訟に該当しない理由として、国民に対しては行政権力で規制することができる
ことを挙げているわけではないのである。むしろ、平成14年最
高裁判決は、上記訴訟が

法規の適用の適正ないし一般公益の保護を目的とするものであって、自己の権利利益の保護救済を目的とするものということはできないから、法律上の争訟として当然に裁判所の審判の対象となるものではな

いと判断したのであるから、原告の主張は、平成14年最高裁判決の理解を誤ったもの
といわなければならない。
(3)

したがって、原告の前記(1)の主張は、採用することができな

い。
(四)(1)

原告は、最高裁平成8年(行ツ)第261号同13年7月

13日第二小法廷判決(平成13年最高裁判決)は、

警備上の支障が生じるほか、外部からの攻撃に対応する機能の減殺により本件建物の安全性が低減するなど、本件建物の所有者として有する固有の利益が侵害されること

が重視されて、国が地方公共団体の長に対して提起した訴訟が法律上の争訟に当たる旨判断して
いるところ、上記利益は、自衛隊の司令部の庁舎であるからこそ
問題になるのであり、一般の私人の建物には認められないもので
あって、防衛行政に固有の利益に係るものということができるか
ら、行政主体が、その行政上の固有の利益の保護救済を求めて他
の行政主体に対して出訴する場合にも、法律上の争訟に当たると
いうべきである旨主張する。
(2)

しかし、平成13年最高裁判決は、地方公共団体の長が情報

公開条例に基づいてした建築工事計画通知書等の公開決定に対し
て、国が提起した取消しを求める訴えについて、あくまで、

本件建物の所有者として有する固有の利益が侵害されることをも理由として、本件各処分の取消しを求めているものと理解することができる

ことから、法律上の争訟に当たると判断したものである。
そうすると、平成13年最高裁判決は、上記訴えを、建物の所
有者として有する固有の利益の保護救済を求めたものであると解
したというべきであって、行政上の固有の利益の実現を求めて他
の行政主体に対して出訴する場合については判断していないとい
うべきである。むしろ、平成13年最高裁判決は、建物の所有者
として有する固有の利益の侵害を理由に法律上の争訟に当たるこ
とを認めているのであって、平成14年最高裁判決と同様の考え
方に立つものと理解すべきである。
なお、平成13年最高裁判決は、その理由において、

本件建物の内部構造等が明らかになると、警備上の支障が生じるほか、外部からの攻撃に対応する機能の減殺により本件建物の安全性が低減する

ことを挙げているが、これらは、あくまで本件建物の所有者として有する固有の利益が侵害されることの考慮要素であって、行政主体が、その行政上の固有の利益の実現を求めて
他の行政主体に対して出訴する場合にも、法律上の争訟に当たる
と判断しているわけではないと解すべきである。
(3)

以上によると、原告の前記(1)の主張は、平成13年最高裁判

決の理解を誤ったものというべきであって、採用することができ
ない。
(五)(1)

さらに、原告は、憲法により地方公共団体の自治権が保障
され、
地方分権改革によりそれが具体化された現時点においては、
国家と地方公共団体とは法律関係に立つのであって、その間の紛
争は法律上の争訟に該当する旨主張する。また、原告は、諸
外国は地方公共団体の出訴資格を否定していないのであり、本件
確認の訴えを適法とすることが自然であるとも主張する。
(2)

確かに、憲法92条以下は、地方公共団体に対して、一定の

自治権能を付与しているということができる。
しかし、憲法92条以下の規定によっても、地方公共団体が、
国に対する何らかの実体的な権利として自治権を保障してい
るものと見ることはできない。
むしろ、
地方公共団体の自治権」

といわれるものには、課税権や条例制定権のような統治権能を含むことからすると、憲法は、地方公共団体に対し、人権のように国家から侵害されないものとしての「自治権

を実体的な権利として保障していると解することはできないのである。
また、前記のとおり、裁判所がその固有の権限に基づいて審判
することのできる対象である法律上の争訟の観念は、国民の
裁判を受ける権利(憲法32条)との関係で検討されるべきであ
り、行政主体又はその機関相互間において、その権限の存否又は
行使に関して提起した訴訟は、
行政主体が国民と同様の立場から、
自己の権利利益の保護救済を目的とするものということはいえな
いのであって、
法律上の争訟に当たらないというべきなので
ある。
なお、原告は、諸外国においては、地方公共団体の出訴資格を
否定していない旨主張するが、立法権、行政権及び司法権の三権
間の関係や、その中での裁判所の位置付けは国ごとに異なるので
あるから、諸外国の例を引いて、そのことから、我が国において
も、地方公共団体において自治権の侵害を理由に出訴権を認
めるべきであるということはできない。
(3)

以上によると、原告の前記(1)の主張は、採用することができ

ない。
(六)(1)

原告は、平成16年に行われた行政事件訴訟法の改正によ

り、実質的当事者訴訟の一類型として公法上の法律関係に関する確認の訴えが明示され、処分性がない段階での実効的な権利救済を求め得ることが明確にされたことを考えれば、本件確認の
訴えを不適法であるとするのは不当である旨主張する。
(2)

確かに、行政事件訴訟法の一部を改正する法律(平成16年

法律第84号)により、行政事件訴訟法4条が改正され、
公法上の法律関係に関する確認の訴えが当事者訴訟の一類型として明示されている。
しかし、上記改正は、国民と行政との間の多様な関係に応じた
実効的な権利利益の救済を可能にする趣旨で行われたものと見る
べきであって、地方公共団体相互間の訴訟であり、かつ、権利利
益の救済の問題ではない本件確認の訴えを認めるかどうかについ
ては、上記改正の趣旨とは何の関係もないというべきである。
しかも、
公法上の法律関係に関する確認の訴えも、主観訴
訟である当事者訴訟の一類型であるから、裁判所法3条1項にい
う法律上の争訟」

に当たることが要件となるのである。そして、「法律上の争訟

の要件自体については、上記行政事件訴訟法の一部を改正する法律により、改正されたものではないのである。
(3)

よって、原告の前記(1)の主張は、採用することができない。

(七)(1)

原告は、国や地方公共団体が

是正の要求、許可の拒否その他の処分その他公権力の行使に当たるもの

を行わない場合について、訴えを提起することができるとする定めが地方自治法に
は置かれていないのであって、本件のように、国及び都道府県が
是正の要求等をしない場合には、紛争が永遠に解決されない事態
が生ずるのであり、このような事態を放置することは正当といえ
ない旨主張する。
(2)

確かに、このような事態について法が予定している解決策と

しては、住基法31条1項に基づく国又は都道府県の指導、地方
自治法245条の5に基づく是正の要求などがあるが、訴えを提
起することができる場合としては、同法251条の5及び252
条に基づく国又は都道府県の関与に関する訴えしかなく、かつ、
これらの訴えは、

是正の要求、許可の拒否その他の処分その他公権力の行使に当たるもの

があることが前提とされているのである(同法251条の5第1項、250条の13第1項、252
条、251条の3第1項)

しかし、前記のとおり、行政事件を含む民事事件において、裁
判所がその固有の権限に基づいて審判する対象は、裁判所法3条
1項にいう法律上の争訟である。したがって、
法律上の争訟に当たらないものについては、法律上、特に裁判所の権限とされなければ、裁判所は審判をすることができないのは当然であ
る(同項)

そうすると、
法律上の争訟に当たらない本件確認の訴えに
ついて、出訴が認められていないことが不当であるということは
できない。
結局、このような紛争は、立法権、行政権、司法権の三権のう
ちの行政権の内部の紛争なのであるから、法は、行政主体間の政
治的な交渉、合意等によって解決されることを予定していると見
るべきである。
(3)

したがって、原告の前記(1)の主張は、採用することができな

い。
(八)(1)

なお、原告は、本件確認の訴えは、国又は地方公共団体の

間の訴訟であり、同一主体内部における争いではなく、機関相互
の争いでもないから、機関訴訟には当たらない旨主張する。
(2)

しかし、前記のとおり、機関訴訟は、
法律上の争訟に当

たらない争訟の一類型であって、このような法律上の争訟に
当たらないものであっても、
法律で特に規定されている場合には、
裁判所が審判の対象とすることができるというにすぎないのであ
る。
そうすると、裁判所の審判の対象となるか否かの判断に当たっ
ては、そのような訴訟について法律で規定されているか否かは問
題となるが、単に概念法学的にそれが機関訴訟に当たるか否かを
論ずる意味は乏しいといわなければならない。
(3)

また、この点はさておくとしても、現に、市町村の境界確定

の訴え(地方自治法9条9項)は、地方公共団体が行政権主体と
して提起する訴えであり、課税権の帰属等に関する訴え(地方税
法8条10項等)及び住民の住所の認定に関する訴え(住基法3
3条4項)は、地方公共団体の長が行政権主体として提起する訴
えであり、これらは、いずれも法律上の争訟に当たらないも
のの、裁判所が審判することができるものであって、一般に機関
訴訟の一例と解されている。
そして、これらの訴えが法定されていることからすると、行政
事件訴訟法6条にいう機関訴訟は、同一法人の機関相互の紛争の
みならず、別法人の機関相互間の紛争や別法人相互間の紛争も含
むと解すべきである。
(4)

したがって、原告の前記(1)の主張は、いずれにせよ採用する

ことができない。
(九)(1)

さらに、原告は、平成13年最高裁判決に係る事件におい

て上告人である国が上告理由において主張したことと異なる主張
をすることは、国の公益性及び一貫性等から許されない旨主張す
る。
(2)

しかし、行政事件訴訟法は、主張の制限に関して特段の規定

を置いていないのである。また、民事訴訟においては、ある事実
を主張するかしないかは、当事者の任意である。そして、このこ
とは、訴訟の当事者が国であっても、異なるものではない。
(3)

そうすると、国が別訴において一定の主張をしていたからと

いって、被告東京都が本訴においてそれと異なる主張をしてはな
らないとする根拠はないというべきである。
したがって、原告の前記(1)の主張は、採用することができな
い。
なお、本件確認の訴えは、被告国に対する訴えではないから、
その点からも、原告の前記(1)の主張は、失当であるというべきである。

争点2(本件国賠請求に係る訴えが法律上の争訟に当たるか)に
ついて
1
本件国賠請求に係る訴えは、原告である杉並区が、被告東京都は、前記受信義務を怠り、また、被告国は、被告東京都に対して適切な指導、監督等を行わないとともに、原告に対して横浜市に対する対応と異なった対応をして、
その結果、
原告に損害を与えたなどと主張して、
被告東京都及び被告国に対し、国家賠償法1条に基づく損害賠償及びその遅延損害金の支払を求めるものである。
原告は、本件国賠請求に係る訴えは、損害賠償請求権の存否が問題となるのであり、法律上の争訟に当たる旨主張し、被告らは、本件国賠請求に係る訴えの実体は、住基法上の権限の存否又は行使に関する紛争であるなどとして、法律上の争訟に当たらない旨主張する。
2
そこで、本件国賠請求に係る訴えが裁判所法3条1項にいう法律上の争訟に当たるか否かについて検討することとする。本件国賠請求に係る訴えそれ自体は、損害賠償請求権の存否をめぐる紛争であり、原告は、自己の金銭債権という財産上の権利の保護救済を求めているものということができる。
そうすると、本件国賠請求に係る訴えは、原告が財産権の主体として自己の財産上の権利利益の保護救済を求めるものであって、自己の権利利益の保護救済を目的とするものであるということができるから、
法律上の争訟に当たるというべきである。
すなわち、本件国賠請求に係る訴えは、平成14年最高裁判決にいう財産権の主体として自己の財産上の権利利益の保護救済を求める」場合に当たるということができるのである。3(一)(1)これに対して、被告らは、原告の主張するところは、被告東京都に対しては、東京都知事は、住基法上、原告から送信された本人確認情報の受信義務があり、それを怠ったというものであり、被告国に対しては、被告国が住基法31条1項の指導権限の行使を怠った、あるいは、平等原則の下で、住基法に従った適切な指導権限の行使をしなかったというものであるから、本件国賠請求に係る訴えは、住民基本台帳事務に関する原告又は杉並区長と被告らとの関与のあり方をめぐる紛争であり、紛争の実体は、住基法上の権限の存否又はその行使に関するものであって、法律上の争訟に当たらない旨主張する。(2)確かに、本件国賠請求に係る訴えにおいて、原告が主張する損害賠償請求権の発生原因事実には、東京都知事が、住基法に基づく、原告から送信された本人確認情報の受信義務を怠ったことが含まれている。しかし、本件国賠請求に係る訴えにおいて、原告の請求に係る権利は、損害賠償請求権である。そして、損害賠償請求権の発生原因事実に、東京都知事が、住基法に基づく、原告から送信された本人確認情報の受信義務を怠ったことが含まれていたとしても、そのことから、原告が主張する損害賠償請求権が、原告の財産上の権利であることを否定することはできないというべきである。また、仮に、本件国賠請求に係る訴えの紛争の実体が、住基法上の権限の存否又はその行使に関するものであったとしても、そのことを理由として、原告の主張する損害賠償請求権が原告の財産上の権利であることを否定することはできないというべきである。そうすると、本件国賠請求に係る訴えは、原告が、財産権の主体として自己の財産上の権利利益の保護救済を求めているものである場合として、法律上の争訟に当たるというべきである。(3)したがって、被告らの前記(1)の主張は、採用することができない。(二)(1)また、被告らは、原告が主張する損害は、私的な権利利益の侵害ではなく、住基法の規定により処理することとされた事務の遂行に伴う効果であって、公行政責任遂行に伴う効果にほかならないのであり、原告の主張する損害賠償請求権は、私法上のものではあり得ず、本件国賠請求に係る訴えは、地方公共団体が行政権の主体として、他の地方公共団体又は国に対し、行政上の義務の履行を求める訴訟にほかならないのであって、法律上の争訟に当たらない旨主張する。(2)しかし、原告が主張する損害が、住基法の規定により処理することとされた事務の遂行に伴って発生するものであったとしても、それによって原告が取得したと主張する損害賠償請求権と、建物の所有権侵害などを理由として発生する不法行為に基づく損害賠償請求権とは、金銭債権という点で同一のものであるから、質的に変わるものということはできない。そして、国家賠償法や不法行為に基づく損害賠償義務は、行政上の義務ということはできないのである。そうすると、本件国賠請求に係る訴えを、地方公共団体が行政権の主体として、他の地方公共団体又は国に対し、行政上の義務の履行を求める訴訟ということはできないというべきである。むしろ、前示のとおり、本件国賠請求に係る訴えそれ自体は、損害賠償請求権の存否をめぐる紛争であり、原告は、金銭債権という自己の財産上の権利の保護救済を求めているものということができるのであるから、本件国賠請求に係る訴えは、「法律上の争訟に当たるのである。(3)

したがって、被告らの前記(1)の主張は、採用することができ

ない。
(三)(1)

さらに、被告らは、昭和56年最高裁判決を引用した上で、

本件国賠請求に係る訴えは、原告から送信される本人確認情報に
ついての受信義務の被告東京都の不履行を理由として、事務の遂
行に要した費用の負担を求めるものであって、前記受信義務の存
否に関する判断が、本件国賠請求の帰すうを左右する必要不可欠
のものと認められるところ、この受信義務の存否の確認を求める
本件確認の訴え自体は、法律上の争訟性を認め難いことからする
と、本件国賠請求に係る訴えも、法律上の争訟ということはでき
ない旨主張する。
(2)

昭和56年最高裁判決は、訴訟が具体的な権利義務ないし法

律関係に関する紛争の形式をとっており、信仰の対象の価値ない
し宗教上の教義に関する判断は請求の当否を決するについての前
提問題にとどまるものとされていても、それが訴訟の帰すうを左
右する必要不可欠のものであり、紛争の核心となっている場合に
は、当該訴訟は、その実質において法令の適用による結局的な解
決の不可能なものであって、法律上の争訟に当たらないと判断し
たものである。
すなわち、昭和56年最高裁判決は、信仰の対象の価値ないし
宗教上の教義に関する判断については、法令の適用により解決が
不可能であるから、そのような判断が訴訟の帰すうを左右する必
要不可欠のものであり、紛争の核心となっている場合には、当該
訴訟は、その実質において法令の適用による結局的な解決の不可
能なものと判断したものである。
確かに、当事者の主張によると、本件国賠請求に係る訴えは、
原告から送信される本人確認情報についての被告東京都の受信義
務の存否に関する判断が訴訟の帰すうを左右する必要不可欠のも
のであり、紛争の核心になっているということができる。
しかし、前記のとおり、本件確認の訴えが不適法となるのは、
それが、地方公共団体若しくは国又はそれらの機関相互間の権限
の存否又は行使に関する訴訟であって、自己の権利利益の保護救
済を目的とするものと見ることができないものであり、法律上の
争訟に当たらないからなのであって、上記受信義務の存否に関す
る判断が、法令の適用により解決が不可能なものであるからでは
ないのである。
そして、
被告東京都の上記受信義務の存否に関する判断自体は、
昭和56年最高裁判決で問題となった信仰の対象の価値ないし宗
教上の教義に関する判断に類似するようなものではなく、法令の
解釈により解決可能な問題というべきである。
そうすると、本件国賠請求に係る訴えと、昭和56年最高裁判
決とは、事案を異にするというべきである。
(3)

本件国賠請求に係る訴えは、前示のとおり、原告が、財産権

の主体として自己の財産上の権利利益の保護救済を求めているも
のであって、本件確認の訴えとは、自己の権利利益の保護救済を
目的としているか否かの点で異なるのである。
そうすると、本件確認の訴えが法律上の争訟に当たらないこと
と、本件国賠請求に係る訴えが法律上の争訟に当たることは矛盾
しないというべきである。
(4)

したがって、被告らの前記(1)の主張は、採用することができ

ない。
(四)(1)

さらに、被告らは、本件国賠請求は、金銭の支払請求とい

う形を採ってはいるものの、紛争の実体は住民基本台帳事務に関
する機関相互の住基法上の権限の存否又はその行使とその費用負
担に関する争いというべきであるから、行政機関内部の問題とし
て、法律に特別の定めがない場合については、自主的処理にゆだ
ねられるのが相当である旨主張する。
(2)

しかし、前示のとおり、仮に、本件国賠請求に係る訴えの紛

争の実体が、住基法上の権限の存否又はその行使に関するもので
あったとしても、そのことを理由として、原告の主張する損害賠
償請求権が原告の財産上の権利であることを否定することはでき
ないというべきである。
そうすると、本件国賠請求に係る訴えは、原告が財産権の主体
として自己の財産上の権利利益の保護救済を求めているものとし
て、法律上の争訟に当たるというべきである。
そして、
法律上の争訟については、裁判所の固有の権限と
して、当然に審判の対象となるのである。
(3)

したがって、被告らの前記(1)の主張は、採用することができ

ない。
4
以上によれば、本件国賠請求に係る訴えは、裁判所法3条1項にいう法律上の争訟に当たるというべきである。


争点3(本件国賠請求に係る訴えが併合提起の要件を欠くとして不適法となるか)について
1
被告らは、本件国賠請求に係る訴えは、本件確認の訴えの関連請求(行政事件訴訟法41条2項、16条1項、13条)に該当することを前提に併合提起されているところ、併合が許されるためには、本件確認の訴えと本件国賠請求に係る訴えがいずれも適法であることが要件とされているが、本件確認の訴えは不適法であるから、本件国賠請求に係る訴えは、併合提起の要件を欠いており、不適法である旨主張する。

2
確かに、関連請求として併合提起が許されるためには、基本となる訴え及び関連請求に係る訴えがともに適法な訴えであることを要するというべきである。
しかし、基本となる訴えが不適法である場合には、これに関連請求に係る訴えを併合提起することが許されなくなるだけであり、関連請求に係る訴えが、それ自体独立の訴えとして適法なものである限り、原則として、
これを独立した訴えとして取り扱うべきである。
そして、
併合提起が許されない結果として、当該裁判所に管轄権が認められないときは、この訴えを管轄裁判所に移送すべきである。例外的に、関連請求に係る訴えが、基本となる訴えと同一訴訟手続内で審判されることを前提とし、専らかかる併合審判を受けることを目的として提起されたものと認められるときに限り、このような請求に係る訴えは不適法な訴えとして却下されるにとどまるというべきである(最高裁昭和55年(行ツ)第141号同59年3月29日第一小法廷判決・訟務月報30巻8号1455頁参照)

3
本件国賠請求に係る訴えは、それ自体独立の訴えとしては、適法なものである。また、本件国賠請求に係る訴えは、本件確認の訴えと同一訴訟手続内で審判されることを前提とし、専らかかる併合審判を受けることを目的としてされたものと認めることはできない。
さらに、本件国賠請求に係る訴えについては、当裁判所に管轄権を認めることができる。

4
したがって、被告らの前記1の主張は採用することができないのであって、本件国賠請求に係る訴えは、併合提起の要件を欠くものとして不適法となるということはできない。
本件国賠請求に係る訴えは、それ自体独立の訴えとして適法なものというべきである。

争点4(被告東京都の受信義務の存否)について
1(一)

原告は、原告が被告東京都に対して杉並区民のうちの通知希望

者に係る本人確認情報を住基ネットを通じて送信する場合に、被告東京都は、これを受信すべき義務がある旨主張している。
(二)

ところで、前記前提事実によると、原告は、横浜方式による住

基ネットへの接続を希望し、住基ネットの安全性を確認することができていない現在においては、杉並区民のうちの非通知希望者に係る本人確認情報を被告東京都へ通知することを拒否する一方、被告東京都に対して、通知希望者の本人確認情報のみを電気通信回線を用いて送信することを表明していることが認められる。
そうすると、原告は、被告東京都に対し、杉並区民のうちの通知
希望者のみに係る本人確認情報の送信を行い、非通知希望者に係る本人確認情報の送信を行わないとする取扱いをしようとしていることが明らかである。
(三)

したがって、被告東京都の受信義務を検討するに当たっては、

原告が杉並区民のうちの非通知希望者に係る本人確認情報については送信しない状況においても、原告から送信される、杉並区民のうちの通知希望者のみに係る本人確認情報の受信義務があるか否かについて検討する必要がある。
そうすると、原告の主張する被告東京都の受信義務について検討
するためには、原告が、非通知希望者に係る本人確認情報については送信せず、通知希望者のみに係る本人確認情報の送信を行うことが、
適法か否かについて検討しなければならないというべきである。
そこで、以下、これらの点について、検討することとする。
2(一)(1)

住基法30条の5第1項は、
市町村長は、住民票の記載、消除又は第7条第1号から第3号まで、第7号及び第13号に掲げる事項(…略…)の全部若しくは一部についての記載の修正を行つた場合には、当該住民票の記載等に係る本人確認情報(…略…)を都道府県知事に通知するものとする。と規定し、同条2項は、

前項の規定による通知は、総務省令で定めるところにより、市町村長の使用に係る電子計算機から電気通信回線を通じて都道府県知事の使用に係る電子計算機に送信することによつて行うものとする。

と規定している。上記住基法30条の5第1項及び2項の文言からすると、市町
村長は、住民票の記載、消除等を行った場合には、都道府県知事
に対して、当該住民票の記載等に係る本人確認情報を電気通信回
線を通じて送信するものとされているのである。
そして、住基法30条の5第1項及び2項には、市町村長が、
住民票の記載、消除等を行った場合に、都道府県知事に対して、
当該住民票の記載等に係る本人確認情報を電気通信回線を通じて
送信しなくてもよいとすることは、規定されておらず、住基法の
他の規定にも、このようなことは規定されていないのである。
(2)

そして、住基法においては、市町村長から都道府県知事に対

し、住民に係る本人確認情報の通知があることを前提として、都
道府県知事から、国の機関等を始めとする本人確認情報の利用者
へ本人確認情報を提供することが定められており(住基法30条
の7第3項から6項まで)
、また、都道府県知事が、住基法30
条の10第1項に基づき、指定情報処理機関に本人確認情報処理
事務を行わせる場合においては、当該都道府県知事は、市町村長
から通知を受けた住民に係る本人確認情報を指定情報処理機関に
通知し、指定情報処理機関が、国の機関等を始めとする本人確認
情報の利用者に対し、本人確認情報を提供することが定められて
いるのである。したがって、市町村長から都道府県知事に対する
市町村の住民に係る本人確認情報の通知は、住基ネットの根幹を
構成する必須のものであるということができる。
そうすると、仮に、市町村長が、住民票の記載、消除等を行っ
た場合であっても、都道府県知事に対して、当該住民票の記載等
に係る本人確認情報を電気通信回線を通じて送信しなくてもよい
場合があるのであれば、その旨の規定が設けられているはずであ
る。ところが、住基法には、前述したように、市町村長が、住民
票の記載、消除等を行った場合に、都道府県知事に対して、当該
住民票の記載等に係る本人確認情報を電気通信回線を通じて送信
しなくてもよい場合があることは一切、規定されていないのであ
る。
(3)ア

また、前示のとおり、住基法30条の7第3項から6項ま

で、及び30条の10第1項は、都道府県知事又は指定情報処
理機関が、
国の機関等からその事務に関し求めがあったときは、
保存期間に係る本人確認情報を提供することを規定している。
しかし、仮に、市町村長が、住民票の記載、消除等を行った
場合であっても、都道府県知事に対して、当該住民票の記載等
に係る本人確認情報を電気通信回線を通じて送信しなくてもよ
い場合があるとすれば、
都道府県知事及び指定情報処理機関は、
一部の住民について正確な本人確認情報を保存していない事態
になる。
そうすると、都道府県知事又は指定情報処理機関は、国の機
関等からその事務に関し求めがあったときに、正確な本人確認
情報を提供することができなくなってしまうというべきであ
る。
このような事態を回避するため、都道府県知事は、住基ネッ
ト以外の方法で、
本人確認情報を収集することが考えられるが、
住基法には、都道府県知事が、住基ネット以外の方法で、本人
確認情報の提供を受けることを予定している規定はないのであ
る。また、仮に、都道府県知事が、住基ネット以外の方法で、
本人確認情報を収集することが許容されるとしても、そのよう
な方法を執ることは、いわば二重の事務処理体制を設けるとい
うことになり、後に詳述するように、行政事務の効率化と行政
サービスの向上を目指した改正法の趣旨に著しく反し、不合理
であるというべきである。

なお、これに対して、原告は、原告が主張するように市町村
長に裁量権が認められる場合には、都道府県知事は、非通知希
望者に係る本人確認情報について、住基法30条の7に基づく
提供の事務を実施する必要はないのであり、そのために何らの
措置を執る必要はない旨主張する。
しかし、原告の主張する解釈は、住基法30条の7等の文言
に反するというべきである。
したがって、原告の上記主張は、採用することができない。

(4)

以上からすると、市町村長は、住基法30条の5第1項及び

2項に基づき、住民票の記載、消除等を行った場合には、当該住
民票に記載等された住民の意向等のいかんにかかわらず、都道府
県知事に対して、当該住民票の記載等に係る本人確認情報を電気
通信回線を通じて送信する法律上の義務を負うというべきであ
る。
(5)

したがって、原告も、住基法30条の5第1項及び2項に基

づき、住民票の記載、消除等を行った場合には、一律にすべて、
被告東京都に対して、当該住民票の記載等に係る本人確認情報を
電気通信回線を通じて送信する法律上の義務を負うというべきで
ある。
そうすると、原告が、被告東京都に対し、杉並区民のうちの通
知希望者のみに係る本人確認情報の送信を行い、非通知希望者に
係る本人確認情報の送信を行わないとする取扱いは、住基法30
条の5第1項及び2項に違反し、許容されないといわなければな
らない。
(二)(1)

さらに、念のため、改正法制定の経緯、趣旨及び目的に照

らして、より実質的な検討を加えてみたとしても、市町村長が、
都道府県知事に対して、住民のうちの通知希望者のみに係る本人
確認情報の送信を行い、非通知希望者に係る本人確認情報の送信
を行わないとする取扱いは、以下のとおり、許容されないという
べきである。
(2)

証拠(甲45、乙1から5まで及び弁論の全趣旨)によると、

次の事実が認められる。

平成6年8月に、旧自治省行政局長の私的研究会として、住
民記録システムのネットワークの構築等に関する研究会が発足
した。上記研究会は、平成8年3月28日に、住民サービスの
向上と行政の簡素効率化を図るため、住民基本台帳を基礎とし
た、市町村や都道府県の区域を越える本人確認のためのネット
ワークシステムの構築等を内容とする報告書(乙2)を作成し
た。
上記報告書には、一部の住民について本人確認情報が通知さ
れない制度については全く触れられておらず、むしろ、すべて
の住民を対象としている旨の記載がある(5頁目)
。また、自
治省行政局振興課がまとめた住民記録システムネットワー『クの構築等に関する研究会』報告書のポイント乙1)には、(
目的として、

住民基本台帳に記録された全ての住民を対象とした、市町村や都道府県の区域を越える本人確認のためのネットワークシステムを構築する。

との記載がある。イ
旧自治省は、平成8年7月から同年12月にわたって、旧自
治大臣主催の住民基本台帳ネットワーク懇談会を3回開催し、
上記報告書に記載されたネットワークシステム(住基ネット)
のあり方等について、幅広く意見を聴取した。


旧自治省は、前記アの報告書及び上記懇談会の意見の概要等
を基礎に、国会での議論等を踏まえ、平成9年6月に、
住民基本台帳ネットワークシステム構築について(住民基本台帳法の一部改正試案)を公表した。

旧自治省は、平成10年2月に、個人情報の保護のための措
置を加えた住民基本台帳法の一部を改正する法律案の骨子
を公表した。さらに、同年3月には、住民基本台帳法の一部を
改正する法律案が、閣議決定され、国会に提出された。


住民基本台帳法の一部を改正する法律案は、衆議院における
議員修正として、附則1条2項として、

この法律の施行に当たっては、政府は、個人情報の保護に万全を期するため、速やかに、所要の措置を講ずるものとする。

との規定が追加されたものの、それ以外の修正はなく、平成10年8月12日、国
会において可決された。住民基本台帳法の一部を改正する法律
は、同月18日に公布された。

国会においては、住民基本台帳法の一部を改正する法律案の
提案理由として、
住民の利便を増進するとともに、国及び地方公共団体の行政の合理化に資するため、住民票の記載事項として新たに住民票コードを加え、住民票コードをもとに、市町村の区域を越えた住民基本台帳に関する事務の処理及び国の機関等に対する本人確認情報の提供を行うための体制を整備し、あわせて住民の本人確認情報を保護するための措置を講じようとするものであります。と説明されている。

改正法の立法担当者による解説(乙5)においても、市町村
長が都道府県知事に一部の住民に係る本人確認情報を通知しな
い制度については、触れられていない。

(3)ア

以上のような改正法の制定過程等によると、改正法の制定

過程においては、新たに構築される住基ネットは、市町村から
都道府県に対して市町村の全住民に係る本人確認情報が通知さ
れる制度であると認識されていたものというべきである。そし
て、改正法の制定過程においては、一部の住民に係る本人確認
情報が通知されない事態は、想定されていなかったというべき
である。

また、前記(2)カの国会における提案理由説明によると、改
正法の目的の一つは、住民の利便を増進するとともに、国及び
地方公共団体の行政の合理化に資するため、市町村の区域を越
えた住民基本台帳に関する事務の処理及び国の機関等に対する
本人確認情報の提供を行うための体制を整備することにあると
認められる。
換言すると、改正法は、行政サービスの向上と行政事務の効
率化のために、全国的な本人確認システムである住基ネットを
導入することをその趣旨及び目的としているのである。このこ
とは、前記(2)アの住民記録システムのネットワークの構築等
に関する研究会の報告書の記載からも明らかである。
ところが、住基ネットにおいて一部の住民に係る本人確認情
報を利用することができないこととなると、国の機関等を始め
とする本人確認情報の利用者において、従来のシステムや事務
処理を存置するとともに、これらの住民について、本人確認情
報の利用が必要な場合には、住基ネット以外の手段により、当
該事務に必要な氏名、住所等の情報をこれらの者から収集する
か、又は提出させるかせざるを得なくなるのである。
また、市町村においても、一部の住民に係る本人確認情報を
住基ネットによって提供しないとすると、住基ネットによらな
い住民基本台帳事務の処理を存置せざるを得なくなるのであ
る。
このような事態は、
全国的な本人確認システムの導入により、
行政事務の効率化を図ろうとした改正法の趣旨及び目的を没却
させることになるというべきである。
そうすると、このような改正法の趣旨及び目的を没却させる
ような方向で住基法の規定の文理解釈を修正することは許容さ
れないというべきである。むしろ、改正法の趣旨及び目的から
みても、すべての住民に係る本人確認情報が、住基ネットにお
いて、提供及び利用されるべきなのである。
(4)

また、恩給法の一部を改正する法律(平成17年法律第6号)

により、恩給権者に係る失権等の届出義務に関する規定(同法に
よる改正前の恩給法9条の3)は削除されている。上記規定の削
除は、
すべての住民について、
住基ネットによって、
漏れのない、
正確な本人確認情報が提供されることを前提としているものとい
うことができる。
(5)

以上のとおり、改正法制定の経緯、趣旨及び目的に照らして、

より実質的に検討してみても、市町村長が、都道府県知事に対し
て、住民のうちの通知希望者のみに係る本人確認情報の送信を行
い、非通知希望者に係る本人確認情報の送信を行わないとする取
扱いは、住基法30条の5第1項及び2項に違反し、許容されな
いというべきである。
(三)(1)

以上によれば、原告が、被告東京都に対し、杉並区民のう

ちの通知希望者のみに係る本人確認情報の送信を行い、非通知希
望者に係る本人確認情報の送信を行わないとする取扱いは、住基
法30条の5第1項及び2項に違反し、許容されないのである。
そうすると、
原告が、
そのような違法な取扱いをしようとして、
被告東京都に対し、杉並区民のうちの通知希望者のみに係る本人
確認情報の送信を行おうとした場合に、被告東京都が、このよう
な違法な方式により原告から送信された本人確認情報を受信すべ
き義務は、存しないというべきである。
なぜなら、被告東京都が、原告から、杉並区民のうちの通知希
望者のみに係る本人確認情報を受信したとすれば、結果として、
原告に、被告東京都に対し、杉並区民のうちの通知希望者のみに
係る本人確認情報の送信を行い、非通知希望者に係る本人確認情
報の送信を行わないとする取扱いを許容することになり、住基法
30条の5第1項及び2項に違反する事態を招来することになる
からである。
(2)

したがって、被告東京都が、原告が送信する、杉並区民のう

ちの通知希望者のみに係る本人確認情報を受信すべき義務は存し
ないというべきである。
3(一)(1)

これに対して、原告は、住基法30条の5第1項の末尾が

通知するものとすると規定され、同条3項の末尾がしなければならないと規定されていることに照らせば、市町村には、合理的な理由があれば、一定の情報を送信しない裁量権がある一
方で、この通知を受けた都道府県については、送信された情報を
そのまま受信すべき義務があるのであり、これを拒否する裁量権
は一切ない旨主張する。
(2)

しかし、法令解釈上、
するものとするという用語は、
しなければならないという義務付けの用語と全く同義語として用
いられることもあるのである。また、
するものとするという
用語は、行政機関等に一定の拘束を与える場合に用いられること
が多いということができる。
さらに、住基法においても、するものとする」という用語は、

30条の5以外の多くの条文において用いられているのである。そして、住基法30条の5において、「するものとする

という用語と、
しなければならないという用語が意図的に使い分け
られたことを認めるに足りる証拠は存在しないのである。
(3)

そうすると、住基法30条の5第1項末尾においてするものとするという用語が用いられていることを理由として、市町村には、合理的な理由があれば、一定の情報を送信しない裁量権
があると解釈すべきであるということはできないというべきであ
る。
したがって、原告の前記(1)の主張は、採用することができな
い。
(二)(1)ア

原告は、住基法30条の5第3項によると、都道府県知

事は、通知を受けた本人確認情報を磁気ディスクに記録するこ
とが義務付けられているところ、この規定からは、通知を受け
た本人確認情報の全部又は一部を記録しない権限は読み取れな
いというべきであるから、都道府県知事は、市町村から通知を
受けた本人確認情報の受信が義務付けられている旨主張する。
また、原告は、住基法のその他の規定からすると、住民基本台
帳の作成及び管理については、市町村ないし市町村長の専権と
されるのであって、このような基本的枠組みからも、都道府県
知事が、市町村長からの送信内容いかんによってその受信を拒
否する権限は認められていない旨主張する。

しかし、住基法30条の5第3項は、
第1項の規定による通知を受けた場合について規定しているところ、原告が行おうとしているのは、杉並区民のうちの通知希望者のみに係る本
人確認情報の通知であり、同条1項の定める要件に適合しない
違法な通知である。
そうすると、原告が住基法30条の5第1項に違反した通知
をしようとしている本件の場合には、同条3項の適用の前提を
欠くのであって、被告東京都は、同条3項の規定に従って、本
人確認情報を磁気ディスクに記録する義務は負わないというべ
きである。


実際上も、仮に、被告東京都が、原告から送信された、杉並
区民のうちの通知希望者のみに係る本人確認情報を受信したと
すれば、結果として、原告の住基法30条の5第1項及び2項
に違反する取扱いを容認する事態となるのである。
また、東京都知事は、国の機関等からの求めに応じて、本人
確認情報を提供する立場にあるのである(住基法30条の7第
3項から6項まで)が、前述したように、杉並区民のうちの通
知希望者のみに係る本人確認情報を受領するのみでは、住基法
に基づく本人確認情報の提供を行うことができなくなるのであ
る。
そうすると、被告東京都が、このような原告から送信された
本人確認情報の受信を拒否し、原告に、再度正しい本人確認情
報を送信するように求めることは、当然に許容されるというよ
りも、むしろそのようにしなければならないものというべきで
ある。

また、原告は、住民基本台帳の作成及び管理は、市町村ない
し市町村長の専権とされるのであることから、
都道府県知事が、
市町村長からの送信内容いかんによってその受信を拒否する権
限は認められていない旨主張する。
しかし、住民基本台帳の作成及び管理について、市町村ない
し市町村長の事務とされていたとしても、そのことと、市町村
長が送信内容を限定することができるか否かとか、都道府県知
事がその送信内容いかんによって受信を拒否することができる
か否かという問題は、全く別の問題であるというべきである。


したがって、原告の前記アの主張は、採用する余地がないと
いうべきである。

(2)ア

さらに、原告は、都道府県知事が、市町村からの送信を違

法と判断した場合には、住基法12条の3に基づく市町村長あ
ての通報、住基法14条に基づく必要な措置の促しをすべ
きであって、そのような措置をしたにもかかわらず、市町村長
が必要な措置を執らなかった場合には、住基法31条1項及び
2項に基づき、国又は都道府県による指導、主務大臣又は都道
府県知事による市町村長に対する助言又は勧告等を行うべきで
あり、さらに、都道府県知事は、総務大臣の指示により、地方
自治法245条の5第2項及び3項に基づき、市町村に違反の
是正又は改善のため必要な措置を講ずべきことを求め、また、
自ら、同法245条の6に基づき、是正の勧告を行うべきあっ
て、それにもかかわらず、被告東京都は、全面的に受信を拒否
するという法定外の行動に出たものであって、このような行為
は、許容されない旨主張する。

しかし、そもそも、被告東京都に他に執り得る措置があった
としても、受信を拒否することが許容されないとすべき理由は
なく、原告の主張は、主張自体失当である。
また、住基法12条の3は、都道府県知事が、当該都道府県
の区域内の市町村の住民基本台帳に脱漏若しくは誤載があり、
又は住民票に誤記若しくは記載漏れがあることを知った場合の
規定である。また、住基法14条1項は、市町村長が、住民基
本台帳に脱漏若しくは誤載があり、又は住民票に誤記若しくは
記載漏れがあることを知った場合の規定である。そうすると、
元々、上記各規定は、いずれも住基法30条の5第1項及び2
項に基づく市町村長から都道府県知事への本人確認情報の送信
自体が一部しかされていなかった場合を想定した規定ではない
というべきである。

そして、住基法30条の5第1項及び2項に基づく市町村長
から都道府県知事への本人確認情報の送信が一部しかされてい
なかった場合について、住基法は執るべき措置を明示していな
いのであるから、被告東京都は、原告の対応等の諸般の事情を
考慮して、必要な措置を執ることができるのであって、必ずし
も、原告が主張するような措置を執るべき義務はないというべ
きである。
そうすると、前記のとおり、被告東京都が、原告から送信さ
れた不十分な本人確認情報を受信しないで、原告に、再度、正
しい本人確認情報の送信を求めることは、許容されるというべ
きである。


なお、甲20号証の2(添付の勧告)によると、東京都知事
は、杉並区長に対し、平成15年5月30日、地方自治法24
5条の6により、杉並区長が住民基本台帳法等に規定する事務
の執行を違法に怠っているとして、その速やかな執行を行うよ
う勧告していることが認められる。また、前記前提事実のとお
り、原告が、総務大臣及び被告東京都に対し、横浜方式による
住基ネットへの参加を認めるよう申し入れたのに対して、総務
省自治行政局長及び東京都総務局長は、いずれもこれを拒否す
る対応をしているのである。
そうすると、被告らが、何らの対応もしていないということ
はできない。

以上によると、原告の前記アの主張は、元々失当なものであ
る上、
その前提も欠き、
いずれにせよ採用することができない。

4(一)(1)

原告は、住基法30条の5の規定の文言上、市町村長が都

道府県知事に住民に係る本人確認情報を通知するに当たって、一
部の住民に係る本人確認情報を送信しないことが許容されること
があるかについては明記されていないが、そのことから直ちに結
論を導き出すのは早計であり、住基法36条の2第1項等の住基
法の関連規定、市町村と都道府県との関係、地方自治法の規定、
プライバシー権や地方自治の本旨などの憲法原理、OECD8原
則、自己情報コントロール権及びこれらを前提とする個人情報保
護法制にさかのぼり、体系的解釈を行う必要がある旨主張する。
(2)

しかし、前記のとおり、住基法30条の5第1項及び2項に

よれば、市町村長が、都道府県知事に対し、住民の本人確認情報
を通知するに当たって、一部の住民に係る本人確認情報を送信し
ないことが許容されていないことは、住基法の各規定の文理解釈
上、明らかというべきであり、かつ、このような解釈は、改正法
の趣旨及び目的にも合致しているというべきである。
そうであるにもかかわらず、このような明示の規定や改正法の
趣旨及び目的を軽視して、体系的解釈の名の下に、抽象的な文言
の規定や抽象的一般的原則等から、個別具体的な本件の問題につ
いての解釈を導き出すのは、法解釈の手法として、到底採り得る
ところではないというべきである。
また、一般論として、憲法の定めるプライバシー権や地方自治
の本旨に配慮した解釈が求められるということは正当であるとし
ても、前記のとおり、住基法の規定自体から明らかな問題につい
て、住基法の明文の規定にも、改正法の制定経過や立法趣旨にも
反する解釈を採ることは許容されないというべきである。
(3)

なお、原告は、行政事件訴訟法9条2項は、行政法規に関す

る体系的解釈の必要性を確認的に例示したものである旨主張す
る。
しかし、行政事件訴訟法9条2項は、取消訴訟の原告適格に関
し、処分又は裁決の相手方以外の者について、同条1項に規定す
る法律上の利益の有無を判断するに当たって、裁判所が考慮すべ
き事項を確認的に定めたものであり、行政法規の解釈のあり方一
般について、一定の指針を示すものではないというべきであるか
ら、上記主張は的を射ないものであるといわざるを得ない。
(4)

したがって、原告の前記(1)の体系的解釈を行うべきである旨

の主張は、そもそも、一般論として、採用する余地がないという
べきである。
なお、
原告が主張する個別の条文等に依拠する主張については、
念のため以下に順次検討することとする。
(二)(1)

原告は、住基法36条の2第1項により、市町村長は、住

民票に記載されている事項の適切な管理のために必要な措置を講
じる権限があるところ、同条は、
適切な管理及び必要な措置という不確定概念を用いていることから、市町村長には、適切な裁量権を行使することが認められているのであり、一部の住
民に係る本人確認情報のみを送信することは許容されるべきであ
る旨主張する。すなわち、原告は、住基ネットについて、万全の
安全体制にあることが確認されておらず、かつ、そのことにつき
危ぐを抱く杉並区民が相当数存在する場合、住基法36条の2第
1項に基づく必要な措置として、非通知希望者に係る本人確
認情報を、被告東京都に対して、送信しない取扱いを行い得る旨
主張する。また、原告は、住基法30条の29第1項に基づき、
被告東京都は、原告の送信に応じて、限定された情報を受け入れ
る義務がある旨主張する。
(2)

しかし、まず、住基法36条の2第1項は、
市町村長は、住民基本台帳又は戸籍の附票に関する事務の処理に当たつては、住民票又は戸籍の附票に記載されている事項の漏えい、滅失及びき損の防止その他の住民票又は戸籍の附票に記載されている事項の適切な管理のために必要な措置を講じなければならない。と規定しているにとどまっている。
そうすると、同項は、市町村長が、必要な措置を講じることを
抽象的に定めているにとどまり、一部の住民のみに係る本人確認
情報を都道府県知事に送信する取扱いを許容するような文言があ
るということはできない。そうすると、単に住民票に記載されて
いる事項等の適切な管理のために必要な措置を講じなければ
ならないと定めている同項の規定を根拠として、市町村長が、住
民票の記載等を行った場合に、都道府県知事に対して当該住民票
の記載等に係る本人確認情報を電気通信回線を通じて送信するも
のと明示的に規定している住基法30条の5第1項及び2項の規
定を、実質的に読み替えるような解釈をすることは許容されない
というべきである。
(3)

原告は、住基ネットについて、万全の安全体制にあることが

確認されていない場合には、原告のような解釈を採る余地がある
旨主張するが、上記のとおり、住基法30条の5第1項及び2項
の規定を、実質的に読み替えるような解釈をすることは許容され
ないというべきであるから、現実の情報の漏えいが認められてい
るなど緊急の措置を採る必要がある特別の状況下においては格
別、そうでない状況において、一般的に、市町村長が、都道府県
知事に対して、本人確認情報の送信を行わないことは許容されな
いのである。
また、上記の解釈は、住基ネットの安全体制について危ぐを抱
く杉並区民が存在することによって、変わるものではないという
べきである。
(4)さらに、前述のとおり、改正法は、行政サービスの向上と行政事務の効率化のために、全国的な本人確認システムである住基ネ
ットを導入することをその趣旨及び目的とするところ、市町村長
から都道府県知事に対して、一部の住民に係る本人確認情報につ
いてのみ送信することが許容されるとすれば、このような改正法
の趣旨及び目的を没却することになるのであるから、抽象的な文
言の規定にすぎない住基法36条の2第1項等の規定を根拠に、
改正法の趣旨及び目的を没却する、原告の主張するような解釈を
採ることはできないというべきである。
(5)

したがって、原告の前記(1)の主張は、採用することができな

い。
(三)(1)

さらに、原告は、地方自治法13条の2及び住基法3条1

項の規定によれば、住民基本台帳を整備し、住民基本台帳の住民
に関する記録を管理する責任を負うのは、市町村であり、住基法
3条1項によれば、市町村長は、記録管理の適正を図るために、
必要な措置を執る第一次判断権及び実施権を有することを規
定している旨主張する。また、原告は、住基法2条の規定は、都
道府県が市町村と対等の関係にあることを前提としつつ、市町村
の第一次的判断を尊重し、これをサポートするための必要な措置
を講じることを義務付けたものである旨主張する。そして、原告
は、
これらの規定を根拠に、
非通知希望者に係る本人確認情報を、
被告東京都に対して送信しない取扱いを行い得る旨主張する。
(2)

しかし、住基法3条1項の規定は、市町村長の住民基本台帳

事務についての一般的な責務を、また、住基法2条の規定も、住
民基本台帳事務についての国及び都道府県の一般的な責務をそれ
ぞれ規定するにとどまっており、これらの抽象的な文言の規定を
根拠として、市町村長が、住民票の記載等を行った場合に、都道
府県知事に対して当該住民票の記載等に係る本人確認情報を電気
通信回線を通じて送信するものと明示的に規定している住基法3
0条の5第1項及び2項の規定を、実質的に読み替えるような解
釈をすることは許容されないというべきである。
また、前記のとおり、改正法は、行政サービスの向上と行政事
務の効率化のために、全国的な本人確認システムである住基ネッ
トを導入することをその趣旨及び目的とするところ、市町村長か
ら都道府県知事に対して、一部の住民に係る本人確認情報のみに
ついて送信することが許容されるとすれば、このような改正法の
趣旨及び目的を没却することになるというべきである。
(3)

したがって、原告の前記(1)の主張は、採用することができな

いというべきである。
(四)(1)

原告は、地方自治法1条の2、2条13項等に規定された

分権保障原理からすれば、地方公共団体の処理する事務とりわけ
自治事務については、地方公共団体に地域の特性に応じた裁量を
可能とする方向での解釈が要請されるべきであるし、地方自治法
2条3項は、地方自治における市町村優先の原則を規定している
というべきである旨主張する。また、住民基本台帳事務は、自治
事務であるから、市町村は、地域住民の利便の推進など住民の権
利利益を守る立場に立って、主体的に判断し行動することが要請
されるというべきであり、その反面として、全国的な統一性は、
地方公共団体の判断により多少害されてもやむを得ないものとさ
れているということができる旨主張する。
(2)ア

しかし、地方自治法13条の2は、

市町村は、別に法律の定めるところにより、その住民につき、住民たる地位に関する正確な記録を常に整備しておかなければならない。

と規定し、同条の法律の定めとして制定されているのが住基法な
のであるから、住基法は、地方自治法の特別法というべきであ
る。したがって、住基法に規定のある事項については、地方自
治法の規定よりも、住基法の規定が優先するのである。
そして、前記のとおり、住基法は、30条の5第1項及び2
項において、市町村長から都道府県知事への住民に係る本人確
認情報の送信を規定しているのであるから、この規定がまず第
一に適用されるというべきである。

また、地方自治法の規定により、自治事務については、地方
公共団体に地域の特性に応じた裁量を可能とする方向での解釈
が要請され、さらに、地方自治における市町村優先の原則が解
釈原理としてある程度認められるとしても、これらの地方自治
全般における抽象的な解釈原理を根拠として、住民基本台帳事
務において、市町村長から都道府県知事に対して一部の住民に
係る本人確認情報を送信しないことが認められるかという極め
て具体的な問題について、市町村長から都道府県知事に対する
本人確認情報の送信について規定する住基法30条の5第1項
及び2項の規定や改正法の趣旨及び目的に反した解釈をするこ
とは認められないというべきである。

さらに、住基法1条は、住基法の目的として、
住民に関する記録を正確かつ統一的に行う住民基本台帳の制度を定めることを規定し、前記のとおり、改正法も、全国的な本人確認シ
ステムである住基ネットを導入することを目的としているので
あるから、原告の主張するように、全国的な統一性は、地方公
共団体の判断により多少害されてもやむを得ないなどというこ
とは到底できないのである。

(3)
(五)(1)

したがって、原告の前記(1)の主張も、採用する余地はない。
原告は、セキュリティ基準第2.5(2)アが、データの漏え

いのおそれがある場合の事務処理体制として、
データの漏えいのおそれがある場合の行動計画(住民基本台帳ネットワークシステムの全部又は一部を停止する基準の策定を含む。)…(中略)…について、都道府県知事、市町村長及び指定情報処理機関は、相互に密接な連携を図り定めること。と規定しているところ、これは、被告国自身が、市町村が、データの漏えいのおそれがあ
る場合に、住基ネットの全部又は一部を停止することができるこ
とを前提としているということができ、市町村長の裁量権行使の
一場面であるということができる旨主張する。
(2)

しかし、セキュリティ基準第2.5は、
緊急時体制につ
いて規定しているのであり、日常の処理体制について規定したも
のということはできない。また、セキュリティ基準第2.5(2)アは、住基ネットの全部又は一部の停止を定めているのであり、
市町村長から都道府県知事に対して送信する本人確認情報の内容
について規定しているものではないのである。
そして、このような緊急時の例外的な場合に、技術的措置とし
て、一時的に住基ネットの全部又は一部の停止の措置が講じられ
ることがあることを根拠として、市町村長に、恒常的に、都道府
県知事に対して、一部の住民に係る本人確認情報を送信しない取
扱いをする裁量権があるということはできないというべきであ
る。
(3)

したがって、原告の前記(1)の主張は、採用することができな

い。
(六)(1)

原告は、住基法30条の5に基づく市町村長から都道府県

知事に対する本人確認情報の送信は、個人情報の目的外利用及び
提供に当たり、このままでは、OECD8原則のうちの目的明確
化の原則(第3原則)及び利用制限の原則(第4原則)に違反す
るのであって、個人情報に係る本人の同意が必要である旨主張す
る。
(2)

しかし、そもそもOECD8原則は、OECDにおいて19

80年に採択されたプライバシー保護と個人データの国際流通についてのガイドラインに関する理事会勧告の付属文書中に記載されたものであり、このようなOECDの理事会勧告自体に、
法的拘束力を認めることはできないというべきである。
(3)

また、OECD8原則のうちの目的明確化の原則(第3原則)

との関係では、住基法は、その1条において、住民基本台帳及び
その事務の目的を規定するとともに、その30条の6から30条
の8までにおいて、本人確認情報の提供先と利用事務を明示し、
かつ、これに限定しているのであるから、住基法の制度が、目的
明確化の原則に違反するということはできないのである。
なお、住基法1条は、
この法律は、市町村(特別区を含む。以下同じ。)において、住民の居住関係の公証、選挙人名簿の登録その他の住民に関する事務の処理の基礎とするとともに住民の住所に関する届出等の簡素化を図り、あわせて住民に関する記録の適正な管理を図るため、住民に関する記録を正確かつ統一的に行う住民基本台帳の制度を定め、もつて住民の利便を増進するとともに、国及び地方公共団体の行政の合理化に資することを目的とする。と定めている。したがって、住民基本台帳制度は、その目的として、当該住民の居住する市町村における事務処理の便
宜等のみならず、
国及び地方公共団体の行政の合理化に資することも含むのであるから、住民基本台帳に記載された事項の全国的・広域的な行政利用をも予定していたものというべきであ
る。
(4)ア

さらに、OECD8原則のうちの利用制限の原則(第4原
則)は、
個人データは、第9条(注:目的明確化の原則を定めている。により明確化された目的以外の目的のために開示、)利用、その他の使用に供されるべきではないが、次の場合はこの限りではない。(a)データ主体の同意がある場合、又は(b)法律の規定による場合と定めている。そうすると、個人情報を収集目的の範囲内で利用、提供すること又は法律の規定によ
る場合には、個人情報の利用等が許容されているというべきで
ある。

ところで、住基法は、その30条の6から30条の8までに
おいて、本人確認情報の提供先と利用事務を明示し、かつ、こ
れに限定しているのである。また、住基法30条の30及び3
0条の34は、本人確認情報の目的外利用を禁止しているので
ある。そうすると、住基法においては、本人確認情報を収集目
的の範囲内で利用、提供することが、担保されているというべ
きである。
また、住基法1条の規定によると、住民基本台帳の制度にお
ける本人に係る情報の収集目的には、国及び地方公共団体の行
政に用いることも含まれるというべきである。
そうすると、住基法に規定された都道府県知事や国の機関等
が、居住関係の公証等の事務のために、住民基本台帳に記載さ
れた本人確認情報を用いることは、明確化された収集目的内の
利用に当たるというべきである。また、市町村長が、このよう
な目的のために、住基法30条の5に基づき、都道府県知事に
対して、本人確認情報を送信することは、明確化された収集目
的内の情報の提供に当たるというべきである。

さらに、そもそも、住基法に規定された国の機関等が、住基
法に規定された事務のために本人確認情報を利用することや、
住基法に規定された国の機関等に対して、住基法の規定に従っ
て、本人確認情報を提供することは、いずれも、法律に基づく
場合ということもできるのである。
したがって、住基法30条の5に基づく市町村長から都道府
県知事への本人確認情報の提供は、法律に基づく場合であると
いうこともできるのである。
なお、原告は、OECD8原則のうちの利用制限の原則にい
う法律の規定による場合の法律とは、すべての法律を
指すものではなく、目的外利用・提供を合理的に認め得る実質
的内容を伴った法律的根拠を意味する旨主張するが、そのよう
に解すべき根拠は何もないのであって、この点についての原告
の主張は、採用することができない。


以上によれば、住基法30条の5に基づく市町村長から都道
府県知事に対する本人確認情報の送信は、OECD8原則のう
ちの目的明確化の原則(第3原則)及び利用制限の原則(第4
原則)に適合するものであるということができる。

(5)

以上によると、原告の前記(1)の主張は、いずれにせよ採用す
ることができない。
(七)(1)

原告は、憲法13条に基づく自己情報のコントロール権に

照らせば、個人情報の目的外利用・提供を行う際には、あくまで
本人の同意こそが必要である旨主張する。
(2)

しかし、前記(六)記載のとおり、市町村長から都道府県知事

への本人確認情報の送信、国の機関等の利用は、いずれも個人情
報の目的外利用及び提供に当たらないというべきであるから、原
告の前記(1)の主張は、その前提を欠くというべきである。
(3)

また、上記の点はさておくとしても、原告が主張する自己情

報のコントロール権は、内容が不明確であり、それ自体憲法13
条によって保障されるか疑問があるというべきである。原告が主
張するような個人情報の憲法上の保護としては、後記のようにプ
ライバシー権の問題として検討されるべきである。
(4)

したがって、原告の前記(1)の主張は、採用することができな

い。
(八)(1)

原告は、住基ネットをめぐる問題状況として、改正法によ

る住基ネットの導入の目的自体が正当なものでない上、セキュリ
ティ上の問題点や個人情報保護法制の不備のために、憲法13条
の保障するプライバシー権の侵害の危険性があることが挙げられ
るのであって、この点は、原告が被告東京都へ本人確認情報を送
信するに当たって、裁量権を行使する際の重要な考慮要素とすべ
きである旨主張する。
(2)

しかし、そもそも、原告の主張は、住基法30条の5の文言

から離れた解釈を志向するものであり、およそ採用することがで
きない。
なお、原告の主張は、改正法の立法目的を正当なものでないと
し、住基ネットには、現実上の問題点があると指摘するものであ
るが、
仮に、
そのような問題点があったとしても、
そのことから、
市町村長が都道府県知事に対して住民のうちの非通知希望者に係
る本人確認情報の送信を行わないとする取扱いが許容されること
にはならないというべきである。
(3)ア

また、原告は、住基ネットの導入による本人確認情報の提

供等によるプライバシー権の侵害の危険を主張する。

確かに、個人的な情報をみだりに収集、開示されないという
利益については、その限度で、法的保護が認められるべきであ
る。
しかし、住基法30条の5第1項及び2項により、市町村長
から都道府県知事に送信される本人確認情報は、氏名、生年月
日、性別、住所及び当該市町村において住所を定めた日、住民
票コード、住民票の記載等を行った場合のその記載等の事由で
ある。
そして、上記の事項のうち、氏名、生年月日、性別及び住所
については、従前から、原則として、何人も、閲覧や交付を求
めることが可能であった(住基法11条1項、12条)ことも
あり、これらの情報については、完全に秘匿される必要性が高
いものであるとまでいうことはできないのである。また、住基
法7条13号によると、住民票コードは、住民票の記載事項で
あるにすぎず、行政機関からの住民に対する呼称として、氏名
等に代わり用いられるというものでもないのであって、私生活
上重要なものということはできないものである。その他の情報
についても、必ずしも、私生活上重要であり、完全に秘匿され
る必要性が高いものであるとまではいえないのである。

これに対して、住基ネットの導入は、住民に係る住民票を備
える市町村以外の行政機関等が、その事務処理において、当該
住民本人であるか否かを確認する際の事務の効率化や正確性の
向上に資するものである。それだけでなく、住基ネットの導入
により、住民は、全国どこの市町村においても、自己に係る住
民票の写しの交付を請求することができるほか、今まで場合に
よっては必要であった、恩給等の支給や資格の付与の際におけ
る住民票の提出が不要になるなど、住民の利便性の増進を図る
ことも可能になるのである。
そうすると、改正法は、正当な目的を有するというべきであ
る。


したがって、改正法ないし住基ネットの導入によって、個人
情報について、みだりに収集、開示が行われているということ
はできないのである。
(4)

以上からすると、原告の前記(1)の主張は、採用することがで

きない。
(5)ア

これに対して、原告は、住基ネットを採用することによる

住民のメリットとして、全国どこの市町村においても、自己に
係る住民票の写しの交付を請求することができるという住民票
の写しの広域交付や、異なる市町村への転入の際に、転入先の
市町村の窓口に赴くだけで足りるという転入転出の特例処理が
挙げられるが、いずれも多数の住民にとって利便性が乏しいも
のである旨主張する。また、原告は、住基ネットの導入による
経費削減効果には疑問があり、行政事務の効率化については、
住民のプライバシーの権利の保護に優先するような高度な必要
性は認められない旨主張する。

しかし、
住民票の写しの広域交付や転入転出の特例が、
仮に、
多数の住民にとっては利便性の乏しいものであったとしても、
それは、単に、このような制度を利用した者が多数ではなかっ
たというだけであり、住基ネットを導入した立法目的の正当性
とは、原則として、関係しないというべきである。
また、住基ネットについては、国の機関等へ本人確認情報が
提供されることにより、住民票を提出しなければならない機会
を減らすことができることなどによって、住民の利便性が向上
することがあるし、前述したとおり、行政事務の効率化、正確
性の向上に資する目的もあるのである。
そして、前記のように、本人確認情報に含まれる事項は、い
ずれも完全な秘匿性が要求されるものとまではいえない情報な
のである。

そうすると、原告の前記アの主張は、採用することができな
い。

(6)ア

さらに、原告は、住基ネットについて、個人情報保護の制

度が不十分である旨主張する。原告は、①使用済み本人確認情報の消去義務が規定されていないこと、②住民本人に対して、いかなる行政機関へ本人確認情報が通知されたか通知する義務
が規定されていないこと、③住基法30条の7第4項から7項までの規定では、総務省令や市町村及び都道府県の条例の規定
の仕方によっては、利用目的が不当に拡大しかねないこと、④本人確認情報の目的外利用があるか否かについて、住基法上、
捕捉する手段が設けられていないことを挙げる。
しかし、原告が指摘するような規定等が設けられていないか
らといって、住基ネットに関する個人情報保護のための措置が
不十分であり、本人確認情報について漏えい等が生じる具体的
な危険性があるということはできないというべきである。

また、原告は、住基ネットについてのセキュリティ上の問題
点として、①そもそもコンピュータ・ネットワークにおいて完全なセキュリティを確保することは不可能であること、②住基ネットには、膨大な数のコンピュータが接続されることになる
が、それらのすべてについて、完全なセキュリティを確保する
ことはほとんど不可能であること、③住基ネットに接続されている国や地方公共団体のコンピュータが庁内LANを介してイ
ンターネットに接続されていること、④都道府県サーバには都道府県の全住民の本人確認情報が、全国サーバには全国民の本
人確認情報が集積されており、これらのコンピュータへ外部か
ら侵入がされ、
情報が流出すると、
その被害は甚大となること、
⑤CSや庁内LANなどに利用されていると思われるOSであるWindows2000には、セキュリティ・ホールがしばしば見つかっていること、⑥住基ネットにおいては、セキュリティ統括責任者が不明確であり、セキュリティ対策が強力に行われにく
いこと、⑦違法な利用・提供を捕捉するための、生体認証システムは導入されていないことを指摘し、住基ネットは、個人情
報の流出の危険がある旨主張する。
しかし、このような原告の主張は、本人確認情報の漏えい等
に関する抽象的な危険を述べるにすぎないというべきである。

さらに、住基法においては、下記のとおり、個人情報保護の
措置が採られているのである。
(ア)

全国サーバや都道府県サーバにおける保有情報の限定
全国サーバや都道府県サーバにおいて保有する情報を本人

確認情報に限定している(住基法30条の5第1項)

(イ)

民間における利用の禁止の措置

民間部門には、本人確認情報を提供することができない
ように、法令で本人確認情報の提供先を公共部門に限定し
ている(住基法30条の6から30条の8まで、別表第1
から第5まで)



民間の者が、他人に住民票コードを告知するよう求める
ことを禁止している(住基法30条の43第1項)



民間の者が、契約の相手方に住民票コードを告知するよ
うに求めることを禁止するとともに、住民票コードの記録
されたデータベースを作成することを禁止し、これらに違
反する行為をした者に対し、都道府県知事が中止の勧告及
び命令をすることができるものとし、その命令の違反には
罰則を科している(住基法30条の43第2項から5項ま
で、44条)


(ウ)

ネットワークの外部への情報提供の限定
行政機関のうち、提供先機関と利用事務が法律で具体的に

列挙されたものに限り、情報を提供することとしている(住
基法30条の6から30条の8まで、別表第1から第5ま
で)

(エ)

行政機関に対する保護措置義務
本人確認情報の提供を受けた行政機関等の職員について
は、本人確認情報の安全確保措置義務が課されている(住
基法30条の33)


本人確認情報の提供を受けた行政機関等の職員は、法律
で規定された利用事務以外の目的への本人確認情報の利用
が禁止されている(住基法30条の34)



本人確認情報の提供を受けた行政機関等の職員につい
て、国家公務員法等よりも重い罰則付きの守秘義務を課し
ている(住基法30条の35、42条)


(オ)

情報の漏えい防止
本人確認情報の漏出等を防止するため、市町村長、都道
府県知事、指定情報処理機関及び本人確認情報の提供を受
けた国の機関、地方公共団体の機関等における本人確認情
報等の安全確保措置義務を課している(住基法30条の2
9、30条の33、36条の2)



指定情報処理機関の職員を含めて、関係職員に通常より
も重い罰則付きの守秘義務を課している(住基法30条の
17、30条の31、42条)


(カ)

自己情報の開示請求等
何人も、都道府県知事又は指定情報処理機関に対し、自己

に係る本人確認情報の開示を請求し得るものとし、さらに、
開示を受けた者から、開示された本人確認情報について、訂
正、追加又は削除の申出をする等の手続を設けている(住基
法30条の37、30条の40)


以上からすると、原告の前記ア及びイの主張は、いずれも採
用することができないというべきである。
(7)ア

なお、意見書(甲33)は、住基ネットについて、金沢地

裁平成14年(ワ)第836号及び同15年(ワ)第114号
同17年5月30日判決(甲29)を引用し、複数の個人情報
ファイルに含まれる電子データを比較、検索及び結合すること
(以下データマッチングという。
)や、当該個人の氏名を
用いて複数の個人情報ファイルに含まれる電子データの検索等
を行うこと(以下名寄せという。
)の危険性を指摘する。

確かに、事務を行うために本人確認情報を受領した者は、当
該事務処理の遂行に必要な範囲内で、受領した本人確認情報を
利用し、
又は提供することとされている住基法30条の34)


したがって、住基法30条の34の規定の定める範囲内で、
本人確認情報と他の個人情報ファイルに含まれる電子データを
比較、検索及び結合すること(データマッチング)は許容され
るのである。
しかし、住基ネットの運用以前においても、国の行政機関等
が事務を遂行する際には、
市町村から、
住基法12条に基づき、
当該市町村の住民の住民票の写しの交付を受けるなど、住民基
本台帳に係る住民に関する情報を住基ネット以外の方法で受領
した上、従前から保有する当該機関の事務に係る住民に関する
情報と、住民基本台帳に係る住民に関する情報を照合し、必要
な行政目的を達していたのである。
そうすると、国の行政機関等は、住基ネットを用いることに
よって、本人確認情報の提供を受けることができる点は異なる
ものの、住民に関する情報の取扱い自体は、住基ネットの導入
前と住基ネットを利用する場合とで同じであるということがで
きる。

また、住基法30条の34は、受領者は、当該本人確認情報
の提供を受けることが認められた事務の処理以外の目的のため
に、受領した本人確認情報の利用又は提供をしてはならないと
明確に規定し、目的の範囲内の利用等に当たらないデータマッ
チングを禁止している。そして、目的の範囲内の利用等に当た
らないデータマッチングを行うことは、住基法30条の34所
定の職務上の義務の違反に該当するため、懲戒処分の対象とな
る(国家公務員法82条及び地方公務員法29条)のである。


さらに、都道府県には本人確認情報の保護に関する審議会が
置かれるとともに、指定情報処理機関にも、本人確認情報保護
委員会が設置されており、第三者機関による監視が規定されて
いる(住基法30条の9第1項、2項、30条の15第1項、
2項)



加えて、住基法上、本人確認情報の提供が認められている国
の機関等は多数に上るものの、これらの機関等の保有する情報
を一元的に管理する主体は存在しないのである。
すなわち、指定情報処理機関においても、国の機関等からそ
の保有する本人確認情報以外の住民に関する情報を収集し、こ
れを管理することができる権限は付与されておらず、また、国
の機関等もそのような情報を指定情報処理機関に対し、提供す
る権限は認められていないのである。また、住基ネットは、そ
れぞれの機関が受領した本人確認情報を分散して管理すること
を制度として予定していることから、これらの機関が分散管理
している情報を統一的に収集し得る主体もシステムも存在しな
いのである。

以上によれば、住基ネットの導入により、目的の範囲内の利
用等を越えて行政機関が持っている個人情報がデータマッチン
グされ、住民票コードをいわばマスターキーのように使って名
寄せされる具体的な危険性があるとは認め難いというべきであ
る。

(九)(1)ア

原告は、横浜市が、四者合意により、被告国及び神奈川

県等と協議の上、住基ネットの安全性の総合的な確認に至るま
での間の段階的措置として、非通知希望者の住民に係る本人確
認情報を除いた本人確認情報を送信し、神奈川県もこれを受信
することで合意し、実際に、横浜市及び神奈川県は、上記措置
を実施し、被告国も、神奈川県に対して横浜市からのデータの
受信を拒否するように指導していない旨主張する。

しかし、
前記のとおり、
市町村長が、
都道府県知事に対して、
住民のうちの通知希望者のみに係る本人確認情報の送信を行
い、非通知希望者に係る本人確認情報の送信を行わないとする
取扱いは、許容されないのである。
したがって、横浜市が、現在、神奈川県に対して、非通知希
望者の住民に係る本人確認情報を除いた本人確認情報のみを送
信している取扱いは、住基法30条の5第1項及び2項に違反
する違法なものというべきである。
そして、現に、一部の地方公共団体において、住基法に基づ
かない違法な取扱いがされているからといって、あるいは、そ
れを被告国が事実上容認したからといって、原告においても、
あるいは他の地方公共団体においても、そのような違法な取扱
いが許容されるということにはならないのである。

したがって、原告の前記アの主張は、採用することができな
い。

(2)ア

また、原告は、四者合意に基づく取扱いを行っている横浜

市において、住基ネット全体の運営に多大な支障を及ぼしてい
る事実はない旨主張する。

しかし、仮に、住基ネット全体の運営に多大な支障を及ぼさ
ないからといって、違法な取扱いが許容されるわけではないか
ら、原告の主張は、主張自体失当である。


また、この点をさておくとしても、証拠(甲43、44の1
及び2)によると、①本来であれば、住基ネットを利用することによって、年金受給者の現況届の提出等が不要になったにも
かかわらず、横浜市民については、通知希望者を含めて住基ネ
ットを利用することができず、現況届の提出等が余儀なくされ
ていること、②通知希望者の横浜市民から、①の点について、苦情が申し立てられていること、
③①の点について、
横浜市は、
通知希望者に係る本人確認情報の利用については住基ネットを
利用してもらうように、国の機関等に要望しているものの、受
け入れてもらえていない機関もあること、及び④横浜市の住民に係る本人確認情報の提供を利用する国の機関等においても、
住基ネットを利用することができない事態が生じ、本来実施す
る必要がない旧来の方法による事務処理を存置することを余儀
なくされていることが認められる。
そうすると、横浜市が、現在採用している方式により、少な
くとも、通知希望者を含めた市民の利便性や、横浜市民に係る
本人確認情報を利用する国の機関等の事務の利便性が損なわれ
ているということができるのである。
したがって、上記のような支障の程度を大きいものと評価す
るか否かはともかくとして、少なくとも、このような事態は、
改正法の目的及び趣旨を没却しているものといわざるを得な
い。
よって、原告の前記アの主張は、採用することができない。
(一〇)(1)

原告は、杉並区においては、住民の自治意識が高いこと

などから、原告が、被告東京都に対し、杉並区民のうちの通知希
望者のみに係る本人確認情報の送信を行い、非通知希望者に係る
本人確認情報の送信を行わないとする取扱いは、住基法30条の
5第1項の認める裁量権の範囲内である旨主張する。
(2)

しかし、原告の主張は、そもそも市町村長が、都道府県知事

に対して、住民のうちの通知希望者のみに係る本人確認情報の送
信を行い、非通知希望者に係る本人確認情報の送信を行わないと
する取扱いを行う裁量権を有することを前提とするものであると
ころ、前示のとおり、そのような裁量権は認められないから、原
告の主張は、その前提を欠くというべきである。
よって、原告の前記(1)の主張は、採用することができない。

争点5(被告東京都の行為の違法性の有無)について
1
原告は、被告東京都に対して、通知希望者の住民のみに係る本人確認情報を送信しようとしたところ、被告東京都は、このような原告からの送信に対して、受信義務を負っているにもかかわらず、これに応じないとして、
このような被告東京都の行為が違法である旨主張する。

2
しかし、前記四のとおり、被告東京都は、原告が送信する杉並区民のうちの通知希望者のみに係る本人確認情報について、受信義務を負っていないというべきであるから、被告東京都の上記行為には何ら違法性はないというべきである。


争点6(被告国の行為の違法性の有無)について
1(1)

原告は、被告東京都が、原告が送信する杉並区民のうちの通知

希望者のみに係る本人確認情報について、受信義務を履行しないことから、被告国は、住基法31条1項及び2項に基づき、被告東京都に対し、横浜方式による住基ネットへの参加について、必要な協力をするよう適切な指導、監督等を行うべき立場にあったにもかかわらず、これを履行しないばかりか、横浜方式による住基ネットの参加は違法である旨の誤った法解釈を被告東京都に示した旨主張する。
(2)

しかし、前記四のとおり、被告東京都は、原告が送信する杉並

区民のうちの通知希望者のみに係る本人確認情報について、受信義務を負っておらず、また、このような通知希望者のみに係る本人確認情報の送信を前提とする横浜方式による住基ネットへの参加は違法というべきである。
したがって、被告国が、被告東京都に対し、横浜方式による住基
ネットへの参加について、必要な協力をするよう適切な指導、監督等をしなかったことや、横浜方式による住基ネットの参加は違法である旨の法解釈を示したことに、何ら違法性はないというべきである。
2(1)

さらに、原告は、被告国が、法の下の平等を定めた憲法14条

の精神に則り、行政など国家作用のあらゆる分野での平等取扱いを要請されているにもかかわらず、横浜市に対しては、非通知希望者の本人確認情報を送信しない方式での住基ネットへの参加を容認しながら、原告に対しては、横浜方式による住基ネットへの参加については違法である旨告知するのは、平等原則に反している旨主張する。
(2)

しかし、前記のとおり、市町村長において、都道府県知事に対

して、住民のうち通知希望者の本人確認情報のみを送信し、非通知希望者の本人確認情報を送信しない取扱いは、横浜方式を含め、違法なのである。
そのため、被告国は、原告に対して、上記のような取扱いを是認
しなかったのであるから、そのような被告国の行為には何ら違法性はないというべきである。
なお、原告は、行政主体なのであるから、原告について、憲法の
基本的人権の規定の適用はないのであり、憲法14条の平等権侵害を主張すること自体、失当というべきである。
(3)

したがって、被告国の行為には、何ら違法性はないというべき

である。

被告東京都及び被告国に対する損害賠償請求権の成否について
1
前記五によると、被告東京都の行為に何ら違法性はないから、争点7(原告の損害の有無及び損害額)について検討するまでもなく、被告東京都は、原告に対して、損害賠償義務を負わないというべきである。

2
前記六によると、被告国の行為にも何ら違法性はないから、争点7(原告の損害の有無及び損害額)について検討するまでもなく、被告国は、原告に対して、損害賠償義務を負わないというべきである。

よって、本件訴えのうち、原告が、被告東京都に対し、杉並区民のうちの通知希望者に係る本人確認情報を住基ネットを通じて送信する場合に、被告東京都がこれを受信する義務があるとして、被告東京都に対して、その確認を求める訴えについては不適法であるから、これを却下することとし、原告の被告東京都に対するその余の請求及び被告国に対する請求はいずれも理由がないから、これらを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第38部

裁判長裁判官

菅野博之
裁判官

市原義孝
裁判官

近道暁

(別紙)
争点に関する当事者の主張の要旨

1
争点1(本件確認の訴えが法律上の争訟に当たるか)について
(一)

原告の主張

(1)

主張の骨子
以下のとおり、本件確認の訴えは、行政事件訴訟法4条の当事者

訴訟である。したがって、本件確認の訴えは、
法律上の争訟に
当たるのであって、
被告東京都が主張する機関訴訟には該当しない。
(2)

本件確認の訴えが法律上の争訟に当たることについて

ア(ア)

住基法に基づき杉並区長が東京都知事に対して杉並区民の

本人確認情報を送信することや東京都知事がこれを受信するこ
とは、住民基本台帳事務における重要な法定権限の行使ではあ
るが、その法定手段は、行政処分ではなく、専ら行政の事実行
為である。しかも、本人確認情報の送信及び受信は、コンピュ
ータネットワークシステムを通じたデータ送信という電子通信
事業活動にほかならないのであり、民間私企業におけるデータ
・ネットワーキングと同様である。
したがって、住基ネットのデータの送受信は、非権力的な事
業行政の中でも、さらに、私企業の事業活動に類似しているも
のと見ることができる。
(イ)

また、原告が被告東京都に対する杉並区民のデータの送信
を妨げられていることは、杉並区民のうちの通知希望者の住基
ネットサービスを受ける法定の権利が害されていることを意味
する。そこで、原告が、被告東京都に対して本人確認情報の受
信を求めることは、当該区民の住基ネットサービス享有権に実
質的に代位していることにほかならないというべきである。
この住基ネットサービス享有権は、住基ネットを通じて
遠隔地での住民票の写しを取得するなどの改正法に規定されて
いる行政上の役務提供を受けることのできる権利であり、地方
自治法10条2項及び改正法により保障されているのである。
また、原告は、地方自治法2条14項等の規定及び憲法92条
以下の規定を根拠として、上記住民の権利を代位行使すること
ができるのである。
(ウ)

さらに、杉並区民のうちの通知希望者が住基ネットサービ

スを受けられないために原告が代替サービスの費用を予算執行
せざるを得ない支出額等は、原告にとって損害に当たるので、
原告としては、当該損害発生の継続を防止するために、その原
因である住基ネットによる本人確認情報の送信を被告東京都に
対して主張することは、原告の自己法益であると解すべきであ
る。
これに対して、被告東京都は、原告の主張によれば、本件確
認の訴えに係る義務が履行される限り損害が発生しないのであ
り、このような場合は、義務の確認を求める訴えが同時に損害
賠償請求権の行使でもあるような関係にはない旨主張する。
しかし、損害が現に継続して発生し続けている以上、原告に
は、これを防止すべき権利利益が存在するというべきである。
(エ)

以上によれば、原告は、公権力行使の行政権主体とし

て出訴しているのではなく、相当額の予算支出にかかわるコン
ピュータデータを送信する電子通信事業の主体であり、区民の
権利に代位して予算支出を実効あらしめようとする広義の財産権主体の立場で提訴しているということができ、法律上の争訟性の要件を満たすというべきである。

本件確認の訴えは、原告が住基法30条の5に基づく本人確認
情報の送信につき裁量権が原告にあることを前提として、その裁
量権を行使したことにつき保護救済を求めるものであるところ、
原告が地域の特性を踏まえ、各種の具体的状況の下で裁量権を行
使したことは、他の自治体などに共通に見られるものではなく、
原告に固有のものであり、本件確認の訴えは、原告が自己の権利
利益の保護救済を目的とするものにほかならない。


住基ネットにおいて本人確認情報を送信することを是認しない
住民がいる中で、仮に、原告が、全住民に係る本人確認情報を送
信すれば、原告は、このような住民から訴訟を起こされる可能性
がある。他方、住基ネットにおいて本人確認情報を送信すること
を是認する住民もいることから、仮に、原告が、全住民の本人確
認情報を一切送信しないとすれば、原告は、このような住民から
逆に訴訟を起こされる可能性があるのである。
したがって、原告は、上記の住基ネットにおいて本人確認情報
を送信することを是認する住民及び是認しない住民のいずれから
も提訴されないようにするために、住基法30条の5に基づく本
人確認情報の送信についての裁量権を行使せざるを得ないのであ
る。原告とすれば、本件確認の訴えについて裁判所の審判を受け
ることが不可欠であるというべきである。
そうであれば、本件確認の訴えは、原告の自己の権利利益の保護救済を目的とするものにほかならないというべきである。エ
相当数の杉並区民が住基ネットについてプライバシー保護に欠
けるとの危ぐを抱いていることを踏まえれば、原告が、住基法3
6条の2第1項に基づき、住民票に記載されている事項の漏えい
等の防止等の適切な管理のため必要な措置を執ることは、原告自
身の主観的な権利利益であると解される。


最高裁平成10年(行ツ)第239号同14年7月9日第三小
法廷判決・民集56巻6号1134頁(以下平成14年最高裁判決という。)は、
専ら行政権主体として行政上の義務の
履行を求める訴訟について、法律上の争訟性を否定するものであ
るから、行政権主体としての権利行使であるとともに、財産権主
体として自己の財産上の権利利益の保護救済を求める場合につい
ては、法律上の争訟性を否定していないと解される。
そうすると、行政主体の行う行政サービスが非権力的な事業行
政たる性格を有する場合には、財産権主体性も多分に帯びるので
あるから、その場合には、仮に行政権主体性やそれに即した訴訟
目的が一部に認められるからといって、
財産権主体性あるいは自
己の財産上の権利利益の保護救済の目的は否定されないという
べきである。

平成14年最高裁判決は、行政上の義務の履行を求める訴訟に
ついての判断であるところ、
本件確認の訴えは、
確認請求であり、
給付請求ではないから、行政上の義務の履行請求とは関係しない
というべきである。


平成14年最高裁判決の射程は、権力で規制することができる
場合である専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟に限定すべきである。地方公共団体が他の地方公共団体を被告として提起する訴訟については、平成14年
最高裁判決の射程に入らないのであって、
法律上の争訟に該
当するというべきである。
すなわち、地方公共団体の提起する行政上の訴訟としては、住
民に対するものと、他の地方公共団体なり国に対するものがある
ところ、住民に対するものであれば、中止命令に対する違反行為
を処罰する規定を置くなど、権力をもって規制することができる
のである。これに対して、地方公共団体が他の地方公共団体等に
対して求めるものについては、権力で規制する方法はないのであ
る。

最高裁平成8年(行ツ)第261号同13年7月13日第二小
法廷判決・訟務月報48巻8号2014頁(以下平成13年最高裁判決という。)は、

警備上の支障が生じるほか、外部からの攻撃に対応する機能の減殺により本件建物の安全性が低減するなど、本件建物の所有者として有する固有の利益が侵害されること

が重視されて、国の地方公共団体に対する訴訟が法律上の争訟に当たる旨判断している。ところが、上記利益は、自衛隊の
司令部の庁舎であるからこそ問題になるのであり、一般の私人の
建物には認められないものであり、防衛行政に固有の利益に係る
ものということができる。
そうすると、行政主体が、その行政上の固有の利益の保護救済
を求めて他の行政主体に対して出訴する場合にも法律上の争訟性
が認められるというべきである。

ケ(ア)

憲法により地方公共団体の自治権が保障され、地方分権改

革によりそれが具体化された現時点においては、国家と地方公
共団体は、法律関係に立つのであって、その間の紛争は法律上の争訟に該当するというべきである。(イ)

地方公共団体の出訴資格に関する先進諸外国法制について

見ると、米国、英国、フランス、ドイツの各国において、市町
村などの地方公共団体の出訴資格を一般的には否定していない
というべきである。そうすると、本件確認の訴えを適法とする
ことは国際的に見ても自然であり、否定する方が異常である。
(ウ)

これに対して、被告東京都は、憲法は、国に対する地方公

共団体の自治権を実体的な権利として保障しているものではな
く、手続法において何らかの訴訟を提起する権利として認めて
いるものでもないのであり、
さらに、
実体的な権利としての自
治権に基づく抗告訴訟の提起を認めることは、現行法上の抗
告訴訟が個人の主観的利益の保護を目的とする主観訴訟とされ
ていることと整合しない旨主張する。また、被告東京都は、自
治権侵害を主張する主観的な訴訟の提起の保障は地方自治の本
旨には含まれない旨主張する。
しかし、被告東京都の主張は、行政主体間の関係を内部関係
と見て、その間の訴訟を機関訴訟であると見ることに起因する
ものであるから、前提を誤ったものである。
また、被告東京都の主張は、地方自治制度を憲法自身が規定
している趣旨を全く無視した議論であり、不当である。

平成16年の行政事件訴訟法の改正により、実質的当事者訴訟
の一類型として公法上の法律関係に関する確認の訴えが明示
され、処分性がない段階で実効的な権利救済を求め得ることが明
確にされたことも考えれば、被告東京都の志向する解釈の方向性
は明らかにこの方向性に反する。

サ(ア)

国の関与に関する訴えは、国が

是正の要求、許可の拒否その他の処分その他公権力の行使に当たるもの

を行った場合の手続である(地方自治法250条の13以下)
。また、市町
村に対する都道府県の関与についても同様の仕組みが採用され
ているのである(同法252条)

しかし、国や地方公共団体が

是正の要求、許可の拒否その他の処分その他公権力の行使に当たるもの

を行わない場合についての定めは地方自治法に置かれていない。
そうすると、自治事務に関して国、都道府県が是正の要求等
をしない場合は、紛争が永遠に解決されない事態が生ずるので
あり、そのような事態を容認し放置することは、正当とはいえ
ないというべきである。
(イ)

これに対して、被告東京都は、法が予定している解決策と

して、住基法31条や地方自治法245条の5、250条の1
3、251条の3などがあるが、裁判手続をすることができる
場合としては同法251条の5、252条しか規定されていな
い旨主張する。
しかし、上記のような裁判手続をすることができる場合の規
定があるからといって、それ以外の紛争が法律上の争訟になら
ないということではないというべきである。
また、住基法31条についていえば、国及び都道府県は指導
権限しかないのであって、命令権限がある場合と異なり、上下
関係をもって解決を図ることはできないのである。
また、本件では、本来、被告東京都は、地方自治法上の是正
の要求をするはずであるところ、その場合には、自治紛争委員
の審査を経て杉並区長から高等裁判所への提訴が想定されるこ
とから、あえてその提訴を妨げるために是正の要求を回避した
ものと思われる。被告東京都の主張によれば、原告は、この場
合に、法的紛争解決のために何らの手段も取り得ないことにな
るのである。このような結果は、法治国家における司法の役割
を考えれば、到底容認することができない結論といわなければ
ならない。
(3)

本件確認の訴えが機関訴訟に該当しないことについて
機関訴訟は、本来的には、同一主体内部における機関相互の争
いをいうのであり、国又は公共団体相互間の訴訟は、機関訴訟に
は該当しないというべきである。
なぜなら、行政事件訴訟法6条によれば、機関訴訟とは、
国又は公共団体の機関相互間における権限の存否又はその行使に関する紛争と規定されているからである。また、法人の機関は、法人の内部組織であり、一般に、独立して権利義務を有するに値
しないものであるから、機関相互間における紛争については、一
般に訴訟の提起を認めるべきでないとされたのであり、国又は地
方公共団体相互間については、この理が当てはまらないからであ
る。

イ(ア)

被告東京都は、本件確認の訴えについて、住基法30条の

5等の各規定が、市町村長及び都道府県知事の権限・義務につ
いて定めていることを根拠に、本件確認の訴えの実質は、機関
訴訟に当たるから、行政内部における問題として解決すべきで
ある旨主張する。
(イ)

しかし、これは、住基法の規定において市町村「都、道府県」という文言が使用されておらず、市町村長

都道、府県知事

という文言が使用されていることを理由とするものであるが、上記前提自体が不当である。なぜなら、国又は公共
団体の機関がその権限に基づいて行った行為は、国又は公共団
体にその法的効果が帰属するのであり、市町村」都道府県
、という法主体の中で、どの機関が権限を行使することができるのかを明らかにする意味を持っているにすぎないからである。そうすると、本件における杉並区長と東京都知事との関係は、原告である杉並区と被告東京都という別個独立した法主体間の権利義務関係に帰着するのであり、その権利義務関係は、もはや内部関係ではなく、それに関する争訟も機関訴訟の内実を備えるものではないというべきである。ウ(ア)被告東京都は、本件確認の訴えに係る紛争を解決するために、本来杉並区長が東京都知事を相手として訴えを提起すべきであり、そうすれば機関訴訟であるから不適法であるのに、行政主体間の確認訴訟の形式を借りて訴えることにより適法になるとすれば、行政事件訴訟法42条の立法趣旨が損なわれる旨主張する。(イ)しかし、杉並区長の行為は原告である杉並区に帰属し、東京都知事の行為は被告東京都に帰属するのであるから、本来、杉並区長と東京都知事との間の紛争であるということはできないというべきである。また、被告東京都の主張する行政事件訴訟法42条の立法趣旨は、行政内部の問題は、内部で解決すべきであるということであろうが、地方分権改革の流れに反するもので、不当である。(4)被告東京都の主張が不当であることについて平成13年最高裁判決に係る事件において、上告人である国は、上告理由において、①憲法が地方自治の保障を基本原理として掲げたことから、国と地方公共団体とが独立した別個の法主体として利害の対立を生ずる事態を生ずることもあるのであり、この利害の対立が具体的な紛争となって現れたときに、法を適用することは、司法の役割にほかならないこと、②司法権の範囲は、裁判を受ける権利の権利主体の範囲と対応関係に立つものではないこと、③地方公共団体が国の行政機関に対し抗告訴訟を提起することができるかについては、これを認めるのが学説の大勢であることなどを主張しているのである。被告東京都が、これらの主張と異なる主張を本件において行うことは、国の公益性及び一貫性などから許されないというべきである。(二)(1)被告東京都の主張主張の骨子以下のとおり、本件確認の訴えは、客観訴訟である行政事件訴訟法6条所定の機関訴訟に当たるのであり、仮に、機関訴訟でないとしても、裁判所法3条1項にいう法律上の争訟には当たらない。(2)本件確認の訴えが機関訴訟の内実を備えていることについてア(ア)国又は公共団体の機関相互間における権限の存否又はその行使に関する紛争についての訴訟(機関訴訟)については、法律上の争訟に当たらず、法律に定める場合において、法律に定める者に限り、提起することができるのである(行政事件訴訟法6条、42条)。(イ)原告の主張によると、本件確認の訴えは、住基法30条の5第1項及び2項、30条の29第1項並びに36条の2第1項等に基づき被告東京都の義務の確認を求めているものと解される。そして、上記各規定は、いずれも市町村長及び都道府県知事の住民基本台帳事務に関する権限、義務について定めたものということができる。そうすると、本件確認の訴えは、行政主体としての原告である杉並区の被告東京都に対する確認の訴えという形式を取ってはいるものの、その実質は、杉並区長と東京都知事の間における上記各規定に基づく住基法上の権限の存否又はその行使に関する紛争にほかならず、機関訴訟に当たるべき内実を備えているものというべきである。したがって、特別に法律で定めるほかは、行政内部における問題として解決すべき問題であって、裁判手続で解決することは認められないというべきである。イ原告は、機関訴訟は、行政事件訴訟法6条の字義どおり、国又は公共団体の「機関相互間におけるもののみを指し、国と公共団体の間、公共団体相互間におけるものは含まないと解すべきで
ある旨主張する。
しかし、一般に、
国又は公共団体の機関相互間における権限の存否又はその行使に関する紛争には、同一法人の機関相互間の紛争のみならず、別法人の機関相互間の紛争、更に別法人相互
間の紛争も含まれるものと解されているというべきである。
例えば、市町村の境界確定の訴え(地方自治法9条等)
、課税
権の帰属等に関する訴え(地方税法8条等)及び住民の住所の認
定に関する訴え(住基法33条)は、いずれも、形式的にも実質
的にも同一とはいえない別法人相互間の紛争について訴えの提起
を認めたものであるが、これらの訴えは、機関訴訟の一類型とし
て分類されている。

ウ(ア)

原告は、法人格を認められている原告には、独立の権利主

体性が認められているから、
住民基本台帳に関する事務につき、
原告は被告国や被告東京都の行政組織の機関ではあり得ないこ
と、
機関訴訟の法律上の争訟性が否定される実質的な理由は機

関相互の紛争は、これらの上級機関によって解決することができ、また解決すべきものである

ということにあると考えられるところ、
原告と被告らとの間には上級機関は存在しないから、
本件紛争を上級機関によって解決することは不可能であるこ
と、原告が行う住民基本台帳に関する事務は原告の自治事務で
あり、被告らが指揮命令を行うこともできないことを挙げて、
本件訴訟が機関訴訟であることを否定する。
(イ)

しかし、機関訴訟は、同一行政主体に属する機関相互間の

紛争に限られないのであり、紛争を解決する上級機関が存在す
ることは、機関訴訟と認めるための前提条件であるとはされて
いないというべきである。
また、本件について見れば、住民基本台帳に関する事務につ
いて地方公共団体相互間ないし地方公共団体と国との間に紛争
等が生じたときは、
原則として、
住基法31条に基づく指導等、
地方自治法245条の5に基づく是正の要求、同法245条の
6に基づく是正の勧告、同法250条に基づく協議、同法25
0条の13以下に基づく国地方係争処理委員会による審査の手
続、同法251条の2以下に基づく自治紛争処理委員会による
調停及び審査の手続などを利用して解決することが予定されて
いるのである。
さらに、地方自治法251条の5、252条には、国又は都
道府県の関与に関する訴えの手続が設けられている。そして、
同法251条の5第8項及び9項、252条4項及び5項が設
けられていることからも明らかなとおり、この訴えは機関訴訟
と位置づけられており、法律上の争訟に該当しないことが前提
とされている。
(3)

本件確認の訴えが法律上の争訟に当たらないことについて
仮に、本件確認の訴えが機関訴訟に該当しないとしても、本件
確認の訴えは、法律上の争訟には当たらないというべきである。
すなわち、住民基本台帳事務は、原告を始めとする全国の市町
村等の地方公共団体にとって基本的かつ重要な自治事務であり、
かつ、一般公益の維持・確保を目的とする公行政としての事務で
あることは明らかである。
そこで、本件確認の訴えは、原告である杉並区における住民基
本台帳事務の適切な実施や杉並区民に関する記録の適正な管理等
のための法規の適用の適正ないし一般公益の保護のために認めら
れている行政上の権限の実現を目的として提起されたものであっ
て、当事者間の具体的権利義務に関する争いではないから、法律
上の争訟には当たらないというべきである。

イ(ア)

原告は、住基ネットの送受信が非権力的な事業行政である

性格を有することに照らせば、本件確認の訴えは、平成14年
最高裁判決のいう財産権の主体としての原告が提起するも
のであり、法律上の争訟に該当する旨主張する。
(イ)

しかし、
平成14年最高裁判決は、
司法権の概念について、

国民の権利利益の保護救済ととらえ、行政主体の行政権限
の救済を本来的な司法権の枠外の問題と位置づけてきた従来の
考え方の延長線上に立つものと理解することができるから、法
律上の争訟の概念についても、国民の権利義務に関する紛争の
概念を中心に構成されていると解すべきである。このような理
解を前提とすれば、行政主体が、法規の適用ないし一般公益の
保護ではなく、自己の主観的な権利利益に基づき保護救済を求
めている場合に限り、法律上の争訟性を肯定することができる
旨を判示したものと解すべきである。
ところが、仮に、住基ネットを使用したデータの送受信が非
権力的な事業行政の性格を有するものであったとしても、当該
データの送受信は、原告である杉並区における住民基本台帳事
務の適切な実施や杉並区民に関する記録の適正な管理のために
行っているのであるから、原告は、法規の適用の適正ないし一
般公益の保護を目的として本件確認の訴えを提起するものにほ
かならないというべきである。
そうすると、本件確認の訴えは、自己の主観的な権利利益に
基づき保護救済を求める場合に当たらないというべきである。
ウ(ア)

原告は、杉並区民の住基ネットサービス享有権に実質

的に代位している、あるいは、原告は公権力行使の行政権主体として出訴しているのではなく、コンピュータデータを送信する電子通信事業の主体であり、区民の権利に代位して予算
支出を実効あらしめようとする広義の財産権主体の立場で
提訴しているなどと主張する。
(イ)

しかし、原告が主張する住基ネットサービス享有権な
るものの根拠、
内容が不明確である上、
原告がいかなる根拠で、
杉並区民の住基ネットサービス享有権を実質的に代位する
ことができるのかも明らかでない。
エ(ア)

原告は、住基ネットへの参加を希望しながらサービスを受

けられない杉並区民のために、原告が、代替サービスを提供す
るために支出した費用は原告の損害に当たるので、損害発生の
継続を防止するために、住基ネットにデータを送信する権利を
主張することは、原告の自己の利益を図るためのものであるな
どとも主張する。
(イ)

しかし、平成14年最高裁判決は、行政権の主体として行

政上の義務の履行を求める訴訟自体が財産権の主体としての権
利行使とも見られる場合には、法律上の争訟に当たると判断し
ているのである。
これに対して、本件確認の訴えは、その確認を求める訴訟自
体は財産権の主体としての権利行使と見られるものではなく、
専ら法規の適用ないし一般公益の保護を目的とするものにほか
ならないというべきである。原告の主張によれば本件確認の訴
えに係る義務が履行される限り損害が発生しないのであり、こ
のような場合には、義務の確認を求める訴えは、同時に損害賠
償請求権の行使でもあるような関係にはないのである。
オ(ア)

原告は、地方分権改革により具体化された憲法の自治権保

障の下では、地方公共団体は国家の外部にあり、国家と地方公
共団体とは法律関係に立つのであって、その間の紛争は法律上の争訟に該当する旨主張する。このような原告の主張は、地方公共団体はその固有の自治権の侵害を根拠として抗告訴訟
を提起することができるとする学説と共通する考え方に立つも
のと解される。
(イ)

しかし、そもそも憲法は、国に対する地方公共団体の自治

権を実体的な権利として保障しているものではなく、手続法に
おいて何らかの訴訟を提起する権利として認めているものでも
ないのである。また、実体的な権利としての自治権に基づ
く抗告訴訟の提起を認めることは、現行法上の抗告訴訟が私人
の主観的利益の保護を目的とする主観訴訟とされていることと
整合しないというべきである。
むしろ、地方公共団体の自治権は、課税権、条例制定権のよ
うな国家的な統治権を含むから、人権のように国家から侵され
ないものとしての保障を受けるものではなく、したがって、自
治権侵害を理由する主観訴訟の提起の保障は、地方自治の本旨
には含まれないというべきである。
カ(ア)

原告は、住基法30条の5に基づく本人確認情報の送信に

つき原告に裁量権が認められることを前提として、本件確認の
訴えが自己の権利利益の保護救済を目的とするものである
旨主張する。
(イ)

しかし、住基法30条の5に基づき本人確認情報を送信す
るに当たり、原告には、送信するか否かについて、あるいは送
信する情報の範囲を決定するについて、裁量権」はないから、
原告の上記主張は前提を欠き、失当である。キ(ア)原告は、平成13年最高裁判決は、行政主体がその行政上の固有の保護救済を求めて他の行政主体に対して出訴する場合に、法律上の争訟性を認めたものである旨主張する。(イ)しかし、平成13年最高裁判決は、「本件建物の所有者として有する固有の利益が侵害されることをも理由として、本件各処分の取消しを求めていると理解することができる。と判示していることからすれば、財産権の主体として自己の財産上
の権利利益の保護救済を求めていることを理由として、法律上
の争訟性を認めたものであり、行政上の固有の利益の保護救済
を求めた場合に法律上の争訟性を肯定したものではないという
べきである。
ク(ア)

原告は、自治事務に関して国や都道府県が是正の要求等を

しない場合は、紛争が永遠に解決されない事態が生じる旨主張
する。
(イ)

しかし、紛争解決に向けていかなる方策が採られるべきか

は状況に応じて判断されるものであり、国及び地方公共団体の
間の紛争が解決されないまま永遠に放置されることなどおよそ
考え難い。現に、東京都知事は、杉並区長に対し、平成15年
5月30日、杉並区長が住民基本台帳法等に規定する事務の執
行を違法に怠っているとして、その速やかな執行を行うよう勧
告しているところである。
2
争点2(本件国賠請求に係る訴えが法律上の争訟に当たるか)に
ついて
(一)

原告の主張

(1)

本件国賠請求に係る訴えは、損害賠償請求権の存否が問題とな

るのであり、正に当事者間の具体的な権利義務に関する紛争に当たる。
また、被告らの行為が違法であるか否かは、住基法上の受信義務
違反があるか否かにかかるところ、
これは法律の解釈の問題であり、
法を適用して終局的に解決することが可能な問題である。
さらに、本件国賠請求に係る訴えは、平成14年最高裁判決にい

地方公共団体が提起した訴訟であって、財産権の主体として自己の財産上の権利利益の保護救済を求めるような場合

に当たるから、法律上の争訟に当たるというべきである。
(2)ア

被告らは、本件国賠請求の実体は、住基法上の権限の存否又

はその行使に関するものである上、原告が主張する損害は、私的
な権利利益の侵害の結果ではなく、住基法の規定により処理する
こととされた事務の遂行に伴う効果であって、公行政責任遂行に
伴う効果にほかならないから、本件国賠請求は、地方公共団体が
行政権の主体として、国に対し行政上の義務の履行を求める訴訟
である旨主張する。

しかし、原告が、被告らの行為による損害の賠償を求めること
は、自己の財産上の権利利益の保護救済を求めることにほかなら
ないというべきである。原告が、本件国賠請求により、被告らに
対して請求しているのは、自己の財産上の損害の賠償義務の履行
であって、行政上の義務の履行ではないというべきである。


被告らの主張によれば、地方公共団体に発生する損害には、私
的な権利利益の侵害の結果生ずる損害と、公行政責任遂行に伴う
効果として生ずる損害とがあり、後者は、損害賠償請求権も私法
上のものではあり得ず、その履行も行政上の義務履行であり、そ
れを求める訴訟は、法律上の争訟に当たらないというもののよう
である。
しかし、そのような主張は、法律上の争訟につき、従来の裁判
例にない新たな限定要件を持ち込むものであって、合理的根拠を
欠くというべきである。

(二)

被告らの主張

(1)ア

原告は、住基ネット設備関連費用、転入転出手続上の郵便費

用、住民票交付手数料及び人件費について、国家賠償法に基づく
損害賠償を求めている。

しかし、原告の主張するところは、被告東京都に対しては、杉
並区長が、住基法上、上記受信義務があることを主張することが
できる法的地位を有するというものであり、また、被告国に対し
ては、被告国が住基法31条1項の指導権限の行使を怠った、あ
るいは、平等原則の下で、住基法に従った適切な指導権限の行使
をしなかったというものである。
そうすると、本件国賠請求は、原告が自己の権利利益が侵害さ
れたことを理由にその賠償を求めるものではなく、自治事務であ
る住民基本台帳事務に関する被告らと原告の関与のあり方を巡る
紛争であり、いずれも、紛争の実体は、住基法上の権限の存否又
はその行使に関するものである。
また、原告が主張する損害(経済的利害)は、私的な権利利益
の侵害の結果ではなく、住基法の規定により処理することとされ
た事務の遂行に伴う効果であって、公行政責任遂行に伴う効果に
ほかならない。そうすると、その主張する損害賠償請求権も私法
上のものではあり得ず、本件国賠請求は、地方公共団体が行政権
の主体として、他の地方公共団体又は国に対し行政上の義務の履
行を求める訴訟というほかない。

したがって、本件国賠請求は、私人と同様の立場で自己の権利
利益の保護救済を求めるものではないから、法律上の争訟に当た
らないというべきである。

(2)

さらに、本件国賠請求は、被告東京都の受信義務の不履行を理

由として、事務の遂行に要した費用の負担を求めるものであって、上記受信義務の存否に関する判断が、本件国賠請求の帰すうを左右する必要不可欠のものと認められる。そして、この受信義務の存否の確認自体は、法律上の争訟性が認め難い。
そうすると、本件国賠請求に係る訴えも、法律上の争訟というこ
とはできないというべきである(最高裁昭和51年(オ)第749号同56年4月7日第三小法廷判決・民集35巻3号443頁(以下昭和56年最高裁判決という。
)参照)

(3)

自治事務をめぐって、関係する機関の間で紛争が生じた場合、

その解決については、本来、行政組織の内部の問題として、自主的処理にゆだねられるべきであり、法律に特別の定めのある場合に限り、裁判所での司法的解決が図られるものである(行政事件訴訟法6条、42条等)

本件国賠請求は、金銭の支払請求という形を取ってはいるが、紛
争の実体は自治事務である住民基本台帳事務に関する機関相互の住基法上の権限の存否又はその行使とその費用負担に関する争いというべきであるから、行政機関内部の問題として自主的処理にゆだねられるのが相当というべきである。
3
争点3(本件国賠請求に係る訴えが併合提起の要件を欠くとして不適法となるか)について
(一)

原告の主張
併合して提起された関連請求に係る訴えは、それ自体独立の訴えと
して適法なものである限り、原則として、これを独立した訴えとして取り扱い、仮に、併合されない結果、当該裁判所に管轄権が認められないときは、管轄裁判所に移送すべきである。基本となる取消訴訟が不適法である場合には、併合が許されないこととなるにすぎないというべきである。
ただし、併合して提起された関連請求に係る訴えが、取消訴訟と同一訴訟手続内で審判されることを前提とし、専ら併合審判を受けることを目的として併合提起されたものであると認められるときには、このような併合して提起された訴えは不適法な訴えとして却下すべきであるとされているにすぎないのである。
本件国賠請求に係る訴えは、それ自体独立の訴えとして適法であるし、本件確認の訴えと同一の訴訟手続内で審判されることを前提としたものでも、専ら併合審判を受けることを目的として併合提起されたものでもないから、適法である。
(二)

被告らの主張
本件国賠請求に係る訴えは、本件確認の訴えの関連請求に該当する
ことを前提に、併合提起されていると解されるところ、併合が許されるためには、本件確認の訴え及び本件国賠請求に係る訴えがいずれも適法であることが要件とされている。
ところで、本件確認の訴えは前記のとおり、不適法であるから、本件国賠請求に係る訴えは併合して提起し得る要件を欠いているというべきである。
したがって、本件国賠請求に係る訴えは不適法である。
4
争点4(被告東京都の受信義務の存否)について
(一)
(1)

原告の主張
主張の骨子
以下のとおり、原告が、被告東京都に対して、杉並区民のうちの
通知希望者のみに係る本人確認情報を通知することは、許容されるのであり、被告東京都は、住基法30条の5第1項及び2項等の規定により、原告からの上記のような本人確認情報の送信に対して、これを受信する義務を負うというべきである。
(2)

住基法30条の5の解釈のあり方について
住基法30条の5第1項は、

通知するものとする。

と規定
している。これに対して、同条3項は、

保存しなければならない。

と規定している。このような規定ぶりからすると、住基法30条の5の解釈とし
ては、
市町村には、
合理的な理由があれば、
本人確認情報のうち、
一定の情報を送信しない裁量権がある一方で、この通知を受けた
都道府県は、送信された情報をそのまま受信する義務があり、こ
れを拒否する裁量権は一切ないというべきである。

イ(ア)

住基法30条の5の規定の文言上は、市町村長が都道府県

知事に住民の本人確認情報を通知するに当たって、一部住民の
本人確認情報を送信しないことが許される場合があるかについ
ては明記されていない。
(イ)

しかし、そのことから、被告ら主張のように、市町村長が

一部の住民に係る本人確認情報を都道府県知事に通知しないこ
とを許容していないとの結論を導き出すのは早計である。
市町村にとって極めて重要な自治事務である住民基本台帳事
務の処理に当たって、市町村長にどのような権限が与えられて
いるかは、住基法36条の2第1項等の住基法の関連規定や市
町村と都道府県の関係、地方自治法の規定にさかのぼり、体系
的解釈を行う必要がある。さらに、行政法規も憲法体系の下に
ある以上、プライバシー権や地方自治の本旨などの憲法原理を
踏まえた解釈論を展開すべきである。
(ウ)

このことは、平成16年の行政事件訴訟法の改正により新

設された行政事件訴訟法9条2項の規定からも根拠付けられる
というべきである。
ウ(ア)

住基法30条の5第3項によると、都道府県知事は、通知

を受けた本人確認情報を磁気ディスクに記録することが義務付
けられているところ、この規定からは、通知を受けた本人確認
情報の全部又は一部を記録しない権限は読み取れないというべ
きである。
そうすると、都道府県知事は、市町村から通知を受けた本人
確認情報の受信が義務付けられているというべきである。
(イ)

また、住基法のその他の規定からすると、住民基本台帳の

作成・管理については、市町村ないし市町村長の専権とされ、
これに対して、国、都道府県は、あくまで、指導・助言の限度
で関与が認められているにすぎず、指揮命令権は一切付与され
ていないのである。
そうすると、このような基本的枠組みからも、都道府県知事
が、市町村長からの送信内容いかんによってその受信を拒否す
る権限は認められていないというべきである。
エ(ア)

都道府県知事が、市町村からの送信を違法と判断した場合

には、住基法12条の3に基づく市町村長あての通報をし、1
4条に基づく必要な措置を促すことになる。
また、そのような措置をしたにもかかわらず、市町村長が必
要な措置を執らなかった場合には、住基法31条1項及び2項
に基づき、国又は都道府県による指導、主務大臣又は都道府県
知事による市町村長に対する助言・勧告等を行うべきである。
さらに、都道府県知事は、総務大臣の指示により、地方自治
法245条の5第2項及び3項に基づき、市町村に違反の是正
又は改善のため必要な措置を講ずべきことを求め、
また、
自ら、
同法245条の6に基づき、
是正の勧告を行うべきなのである。
(イ)

それにもかかわらず、被告らは、法の予定した手段を講ず

ることなく、被告東京都は受信を全面的に拒否するという法定
外の行動に出たものであって、許されないというべきである。
(3)

住基法36条の2等の規定及び地方自治法制との関係について

ア(ア)

住基法36条の2第1項は、市町村長に、住民票に記載さ

れている事項の適切な管理のために必要な措置を講じ
ることを義務付けている。
ここでいう適切な管理や必要な措置は、不確定概念
であるし、必要な措置は具体的状況によって異なるものである
以上、同項は、市町村長に対して、適切な裁量権を行使するこ
とを認めているものというべきである。
(イ)

すなわち、住基ネットにつき、万全の安全体制にあること

が確認されるまでには至っておらず、かつ、このことにつき危
ぐを抱く相当数の区民が存在する場合、原告は、住基法36条
の2第1項に基づく必要な措置として、少なくとも、本人確認
情報を被告東京都に通知しないことを希望する者については、
横浜市の先例にならい、その本人確認情報を被告東京都に送信
しない扱いをし得るというべきである。
そして、その限りで、住基法30条の5第1項及び2項に基
づく被告東京都への送信義務の内容も限定されると解すべきで
ある。
さらに、被告東京都は、これに応じて、本人確認情報の適切
な管理のための必要な措置を定めた住基法30条の29第1項
に基づき、上記のように限定された情報を受け入れる義務があ
るというべきである。
イ(ア)

また、地方自治法13条の2及び住基法3条1項の規定に

よれば、住民基本台帳を整備し、住民基本台帳上の住民に関す
る記録を管理する責任を負うのは、市町村である。そして、住
基法3条1項は、その反面として、市町村長が、記録管理の適
正を図るために必要な措置を執る第一次判断権・実施権を
有することを規定しているというべきである。
また、都道府県知事の市町村長に対する必要な協力が住基法
30条の7第10項に定められていることからすると、住基法
30条の29第1項の規定は、市町村長が住基法36条の2第
1項に基づく裁量権を行使する場合に、これを受け入れること
としなければならないものとされた規定であると解釈すべきで
ある。
(イ)

住基法2条の規定は、都道府県が、市町村と対等の関係に

あることを前提としつつ、
市町村の第一次的判断を尊重しつつ、
これをサポートするための必要な措置を講じることを義務付け
たものというべきである。
ウ(ア)

被告らは、住基法30条の29及び36条の2は、住基法

30条の5に基づく本人確認情報等の通知がすべての住民につ
いて行われることを当然の前提とするものであり、住基法36
条の2も住基法30条の5と整合するように解釈すべきである
旨主張する。
(イ)

しかし、住基法30条の5が、通知を希望しない者につい

て通知しないことを許容しているかどうかは、住基法30条の
29や36の2等の規定や地方自治法、個人情報保護法制など
に照らして、総合的に判断されるべき問題であり、被告らの主
張は失当である。
また、被告東京都自身は、平成15年6月4日付け総務局長
コメント(甲13)において、横浜方式は、横浜市民全員の住
民票コードを住民票に記載した上で、あくまでも、住民基本台
帳ネットワークシステムに全員参加することを前提として総務
省が認めた特例措置である旨、住基法30条の5第1項及び2
項の例外を被告国自身が許容している旨自認しているのであ
る。
エ(ア)

地方自治法1条の2、2条13項等に規定された分権保障

原理からすれば、地方公共団体の処理する事務とりわけ自治事
務については、地方公共団体に地域の特性に応じた裁量を可能
とする方向での解釈が要請されているというべきである。
また、地方自治法2条3項は、地方自治における市町村優先
の原則を規定しているというべきである。
(イ)

また、地方自治法によれば、住民基本台帳事務は、自治事

務である。
したがって、市町村は、地域住民の利便の推進など住民の権
利利益を守る立場に立って、主体的に判断し、行動することが
要請されているというべきである。
そうすると、その反面として、全国的な統一性は、地方公共
団体の判断により多少害されてもやむを得ないものとされてい
るということができるのである。

総務省令である住民基本台帳法施行規則に基づく、電気通信回
線を通じた送信又は磁気ディスクの送付の方法並びに磁気ディス
クへの記録及びその保存の方法に関する技術的基準」
(平成14
年総務省告示第334号。乙17。以下セキュリティ基準と
いう。
)の第2の5(2)アは、市町村において、データの漏えい
のおそれがある場合、住基ネットの全部又は一部を停止すること
ができることを前提としている。このことは、市町村長の裁量権
行使の一場面であるということができる。
(4)

個人情報保護法制との関連

ア(ア)

昭和55年1980年)

にOECD経済協力開発機構)


において採択されたプライバシー保護と個人データの国際流通についてのガイドラインに関する理事会勧告の付属文書であるプライバシー保護と個人データの国際流通についてのガイドライン中に示された8原則(以下OECD8原則という。
)には、個人情報データの収集目的は、収集時よりも遅
くない時点において明確化されなければならないという目的明
確化の原則(第3原則)
、個人データは、データ主体の同意が
ある場合又は法律の規定による場合を除くほか、明確化された
目的以外の目的のために開示、利用その他の使用に供されては
ならないとする利用制限の原則(第4原則)が含まれている。
そして、我が国の個人情報保護法制は、上記OECD8原則
に沿って制定されている。
(イ)

また、憲法13条には、自己情報のコントロール権が含ま

れている。
(ウ)

このように、
国際的に見ても、
我が国の憲法に照らしても、
個人は自己の情報をコントロールする権利を有するため、個人
情報を収集する際には、その目的が明確化される必要があり、
かつ、その利用は、当該収集目的の達成のために限定されなけ
ればならないとされている。
イ(ア)

住基法30条の5第1項に基づく住基ネットを通じた本人

確認情報の送信が、目的外利用・提供に該当することは明らか
である。
(イ)

もっとも、住基ネットが法令で規定されたものであること

から、一見すると、住基ネット接続による本人確認情報の
外部提供は、個人情報の収集目的内のものであるということが
できそうである。
しかし、改正法附則1条2項は、改正法の施行に当たって、
政府は、
所要の措置を講ずることとされ、この所要の措置
として個人情報保護法制が整備された立法経緯に照らせば、
改正法を法令に基づく場合
(行政機関個人情報保護法8条
1項)であるとして、本人確認情報の行政機関等への外部提供
ないし目的外利用・提供を、無条件に認めたものと解すること
はできないというべきである。
(ウ)

また、OECD8原則も、法律に基づく目的外利用・提供

を認めているが、ここでいう法律は、行政法上の法治主義原則
として行政事務を根拠付ける法律のすべてを意味するのではな
く、あくまでも目的明確化の原則に対する例外として、目的外
利用・提供を合理的に認め得る実質的内容を伴った法律的根拠
を意味している。
(5)

住基ネットをめぐる問題状況について
住基ネットを採用することによる住民のメリットとして、住民
票の写しの広域交付や転入転出の特例処理が挙げられるが、いず
れも多数の住民にとって利便性が乏しいものである。


また、住基ネットの導入による経費削減効果には、疑問がある
というべきであり、行政事務の効率化については、住民のプライ
バシーの権利の保護に優先するような高度な必要性は認められな
い。

ウ(ア)

改正法附則1条2項は、住基ネットの稼働の前提として、

個人情報保護に関する法制度の整備を講じることを規定してい
る。
その後、平成15年5月30日に、個人情報の保護に関する
法律や行政機関個人情報保護法等いわゆる個人情報保護関連5
法が制定された。しかし、これによっても、公共部門の個人情
報の保護は万全にはならなかった。
(イ)

すなわち、①使用済み本人確認情報の消去義務が規定され
ていないこと、②住民本人に対し、いかなる行政機関へ本人確認情報が通知されたか通知する義務が規定されていないこと、
③行政機関によるデータマッチングが禁止されていないことの問題点がある。
また、住基法30条の7第4項から7項までによると、総務
省令や市町村・都道府県の条例の規定の仕方によっては、利用
目的が不当に拡大しかねないのである。また、目的外利用がな
いかどうかについて、住基法上、捕捉する手段が設けられてい
ないというべきである。

住基ネットにおいては、一定のセキュリティ対策が施されてい
る。
しかし、①そもそもコンピュータ・ネットワークにおいて完全なセキュリティを確保することは不可能であること、②住基ネットには、膨大な数のコンピュータが接続されることになるが、そ
れらのすべてについて、完全なセキュリティを確保することはほ
とんど不可能であること、③住基ネットに接続されている国や地方公共団体のコンピュータが庁内LANを介してインターネット
に接続されていること、④都道府県サーバには都道府県の全住民の本人確認情報が、全国サーバには全国民の本人確認情報が集積
されており、これらのコンピュータへ外部から侵入がされ、情報
が流出すると、その被害は甚大となること、⑤CSや庁内LANなどに利用されていると思われるOSであるWindows2000には、セキュリティ・ホールがしばしば見つかっていること、⑥住基ネットにおいては、セキュリティ統括責任者が不明確であり、セキ
ュリティ対策が強力に行われにくいこと、⑦違法な利用・提供を捕捉するための、
生体認証システムは導入されていないことから、
住基ネットは、セキュリティの点において、個人情報の流出の危
険がある。
(6)

先例としての横浜方式について

ア(ア)

横浜市は、被告国及び神奈川県等と協議の上、住基ネット

の安全性の総合的な確認に至るまでの間の段階的措置として、
通知を希望しない住民の本人確認情報を除いたデータを送信
し、神奈川県もこれを受信することで合意した。
(イ)

そして、横浜市は、そのように限定されたデータを神奈川

県に送信し続けており、現在でも、神奈川県は、これを拒否す
ることなく受信している。
さらに、被告国も、神奈川県に対して、横浜市からのデータ
の受信を拒否するように指導していないのである。
(ウ)

また、上記のように横浜市が限定されたデータのみを送信

し続けているからといって、住基ネット全体の運営に多大な支
障を及ぼしている事実はないのである。
イ(ア)

被告らは、四者合意は、通知希望者と非通知希望者を区分

して送信する方式を容認するものではない旨主張する。
(イ)

しかし、四者合意は、一時的にしろ非通知希望者のデータ

の不送信を前提としているといわざるを得ない。また、被告国
は、違法な対応をしている横浜市及び横浜市からの違法な通知
についてその受信を拒絶していない神奈川県に対し、是正の要
求をすべきであるのに、是正の要求を出していないのであるか
ら、これを放置しているというべきである。
ウ(ア)

被告らは、現に、横浜市民に係る事務を処理する際には、

住基ネットを利用した本人確認情報の利用・提供等によること
ができず、従前の住民基本台帳事務におけると同様、住民票の
提出を求めて本人確認事務を行うなどの不合理な対応を強いら
れている旨主張する。
(イ)

しかし、全国規模での住基ネットの導入による行政効率化

については、疑問があるのであり、横浜方式により不合理な対
応が強いられるとしても微細なことにすぎないのであるから、
被告らの主張は、失当である。
(7)

住基法に基づく裁量権行使の適法性について
杉並区においては、住民の自治意識が高いことに対応し、杉並
区自治基本条例や個人情報保護条例が制定されたところである。
原告は、個人情報保護に資するとともに、杉並区民の自主的判断
を尊重する立場から、
住基ネット問題に対処してきたものである。
そうすると、原告の行為は、杉並区という地域の特性に応じた
必要な措置であって、しかも、プライバシー権侵害への危ぐ
を払しょくするほどに住基ネットの安全性が確保されていない現
段階においては、非通知希望者の判断をも十分に尊重したもので
あるから、住基法30条の5第1項の認める裁量権行使の範囲内
であるというべきである。


また、住民が安全で安心な生活を営むことができるように配慮
すべき原告の責務、及び原告が本人確認情報をそのまま被告東京
都に送信すると住民から訴えられて責任を負わされる危険もあ
り、そのリスクマネジメントを行う必要があることからしても、
上記結論は正当である。
(8)

被告らの主張に対する反論について

ア(ア)

被告らは、改正法の立法目的は適正であり、その立法目的

に反する住基法解釈は許されず、かつ、原告の解釈では多大の
支障が発生して立法目的は達成されない旨主張する。
(イ)

しかし、以前から住民基本台帳を備えていた市町村は、住

基ネットを必要としないのであり、転入転出手続の簡素化や、
住民票の広域交付、住基カードによる身元確認も、実際にはほ
とんど必要性がないのである。また、住基ネットには、プライ
バシー権侵害の危険性がある一方で、その利便は少ないという
べきである。
そうすると、改正法は、立法目的及びその手段のいずれにお
いても、問題があるというべきである。
イ(ア)

被告らは、住基ネットに係る住基法の改正において、一部

の住民について本人確認情報が通知されない制度を設計するこ
となど、全く想定されていなかった旨主張する。
(イ)

しかし、住基ネットは、国の指揮命令下にある統一的シス

テムとしてではなく、地方公共団体共同の分散分権的システム
として制度設計されたからには、住民基本台帳事務の担い手で
ある市町村の自主的判断が尊重されるのは当然である。
また、『住民基本台帳ネットワークシステム懇談会』意見
の概要
(乙4)においても、全国一律のシステムを前提とし
ない意見も残っているのである。
ウ(ア)

被告らは、仮に、本人確認情報の通知について原告が主張

するような内容の裁量権が認められるとすれば、一部の住民に
ついて正確な本人確認情報が通知されない事態が生じることに
なるから、都道府県知事が住基法30条の7に基づく本人確認
情報の提供の事務を適正に実施するためには、このような裁量
権が行使された市町村の住民については、通知が実施されてい
る住民と実施されていない住民を区別し、通知されていない住
民について、別途、住基ネットを使用しない方法を講じて、そ
の本人確認情報を保存するなどの対応を強いられる旨主張す
る。
(イ)

しかし、原告が主張するように市町村長に裁量権が認めら

れる場合には、都道府県知事は、通知希望者についてのみ住基
法30条の7に基づく本人確認情報の提供の事務を実施すれば
足りるから、何らかの措置を講じなければならない理由はない
というべきである。そして、通知が実施されていない住民の本
人確認情報の保存及び管理は、当該市町村が行えば足りるとい
うべきである。
したがって、上記被告らの主張は失当である。
エ(ア)

被告らは、原告が平成14年6月26日から同年8月1日

までの間に杉並区民全員について行った通知済みの情報の中に
は、いわゆる通知希望者と非通知希望者の本人確認情報が混在
しているため、今後、いわゆる通知希望者のみの本人確認情報
の通知が行われた場合には、被告東京都としては、別途、個々
の住民がいわゆる通知希望者であるのか、非通知希望者である
のかを区別するための何らかの措置を講じなければならない旨
主張する。
(イ)

しかし、そのような措置を講ずる必要はない。すなわち、

原告は、被告東京都に対して、住基ネットにおいて、非通知希
望者分については、
職権消除の情報を上書き情報として送
信することで足りるというべきである。
したがって、被告らの主張は、失当である。
(二)

被告らの主張

(1)

主張の骨子
以下のとおり、市町村長が、都道府県知事に対して、その住民の

一部に係る本人確認情報についてのみ通知を行うことは、住基法30条の5に反し、違法である。
そこで、
このような違法な本人確認情報の通知があったとしても、
都道府県知事は、このような通知について受信の措置を執る住基法上の義務を負わないというべきである。
原告は、横浜方式の採用を主張し、その住民の一部に係る本人確
認情報について通知を行わない旨をあらかじめ宣言した上で、残る住民に係る本人確認情報について被告東京都に対する通知をしようとするものであるから、被告東京都がこのような通知について受信の措置を執る義務を負わないことは明らかである。
(2)

住基法30条の5の文理等について
住基法30条の5第1項は、市町村長は、住民票の記載、消除
又は記載の修正を行った場合には、住基ネットを利用して、当該
住民票の記載等に係る本人確認情報を都道府県知事に通知すべき
旨を定めたものであることが明らかである。上記規定は、一定の
場合に本人確認情報の通知を行わないことを認めておらず、
また、
通知する本人確認情報の範囲につき、市町村長に裁量権を認めた
ものと解する余地はない。

イ(ア)

原告は、住基法30条の5第1項の末尾がするものとすると規定され、同条3項の末尾がしなければならないと規定されていることに照らせば、市町村には、合理的な理由が
あれば、一定の情報を送信しない裁量権がある一方で、この通
知を受けた都道府県の方は、送信されたものをそのまま受信す
る義務があり、これを拒否する裁量権は一切ない旨主張する。
(イ)

しかし、法令解釈上、
するものとするという用語は、

しなければならないという義務付けと全く同義語として用
いられることもあるほか、多岐にわたる用例があるとされてい
るのである。さらに、住基法においても、
するものとする
という用語が、住基法30条の5以外の多くの条文で、用いら
れているのであって、住基法30条の5において、
するものとするという用語と、
しなければならないという用語が
意図的に使い分けられたことを認めるに足りる資料等は存在し
ない。
(ウ)

したがって、住基法30条の5第1項においてするものとするという用語が用いられていることから直ちに、同項の規定を、原告が主張するような裁量権が認められると解釈する
べきであるということにはならないというべきである。
ウ(ア)

原告は、住基法30条の5の規定を解釈する際には、
地方自治法の分権保障原理及び住基法における市町村の役割・権限を考慮すべきである旨主張する。(イ)

しかし、原告の上記主張は、当該規定の文理解釈や当該法

令の趣旨及び目的の検討といった作業を無視ないし軽視し、上
記のような抽象的・一般的原則等から、直ちに、住基法30条
の5の規定について、その文理や改正法の趣旨及び目的からは
考えられない解釈を導こうとするもので、失当である。
そもそも、地方分権一括法による改正後の地方自治法の下に
おいても、地方公共団体は、自治事務であると法定受託事務で
あるとを問わず、法令に違反してその事務を処理してはならな
いのは当然である。また、住基法は、地方自治法の特別法に位
置づけられるものである。
そうすると、
市町村長が住民基本台帳事務を処理する際には、
住基法の規定に従うのが当然であり、地方自治法の規定やこれ
から導かれる原則等を根拠にして、住基法の規定の文理や目的
・趣旨に反した恣意的な取扱いを行うことは許されないという
べきである。
また、住基法は、その目的を達成するため、住民基本台帳事
務の実施に関し、市町村及び都道府県の役割分担を定めている
のであるから、住民基本台帳事務が自治事務であることを理由
に、住民基本台帳事務は専ら市町村長が自主的に運営すべきで
あり、これに対する都道府県や国の関与は許されるべきではな
いなどとする原告の主張は、失当である。
(ウ)

また、原告は、行政事件訴訟法9条2項は、行政法規に関

する体系的解釈の必要性を確認的に例示したものである旨主張
する。
しかし、同項は、取消訴訟の原告適格に関し、処分又は裁決
の相手方以外の者について、同条1項に規定する法律上の利益
の有無を判断するに当たって、裁判所が考慮すべき事項を定め
るものであり、法令の規定の解釈のあり方一般について一定の
指針を示すものではないというべきである。
(3)

改正法の趣旨及び目的との関係について

ア(ア)

住基ネットは、本人確認情報を国の機関等、都道府県及び

市町村で共有することにより、行政コストの削減等を図ること
を一つの重要な行政目的としている。
仮に、住民の一部に不参加があると、国の機関等を始めとす
る本人確認情報の利用者において、従来のシステムや事務処理
を存置するとともに、本人確認情報の提供・利用が必要な業務
が行われる都度、いわゆる非通知希望者については、住基ネッ
ト以外の手段により、当該事務に必要な氏名、住所等の情報を
非通知希望者から収集するか、提出させざるを得なくなる。
そうすると、住基法が予定する効果の達成は著しく困難とな
る。対象となる事務の内容によっては、一定の行政機関等にお
いて、非通知希望者に関するもののみならず、通知申出者に関
するものを含めて住基ネットの利用を全面的に見合わせざるを
得なくなることも予想される。
また、住基ネットは、市町村間をネットワーク化し、住民基
本台帳事務の広域化、効率化を図ることを一つの重要な行政目
的としているが、住民の一部にでも不参加があると、市町村に
おいてネットワークによらない住民基本台帳事務の処理方法を
存置せざるを得ないことになり、住基法が目的とする市町村に
おける住民基本台帳事務の効率化が阻害されることになる。
(イ)

このような事態は、情報通信技術を利用して住民サービス

の向上と行政事務の効率化を図るという改正法の趣旨及び目的
に明らかに反するものである。なお、改正法施行時における研
究会の報告書や改正法の概要等の文献においても、一部の住民
について本人確認情報が通知されない制度を設計することな
ど、全く想定されていなかったのである。
(ウ)

したがって、住基法30条の5が、市町村長が都道府県知

事に対して本人確認情報を送信するか否か等について裁量権を
認めているなどということは、改正法の趣旨及び目的に照らし
てあり得ないというべきである。
イ(ア)

仮に、本人確認情報の通知について原告が主張するような

内容の裁量権が認められるとすれば、一部の住民について正確
な本人確認情報が通知されない事態になる。
そのような状況下において、都道府県知事が住基法30条の
7に基づく本人確認情報の提供の事務を適正に実施するために
は、すべての住民の本人確認情報を正確に把握することが不可
欠となる。
そこで、都道府県知事は、上記のような裁量権が行使された
市町村に係る通知が実施されていない住民の本人確認情報につ
いては、別途、住基ネットを使用しない方法を講じて、それを
保存するなどの対応を強いられることになる。
(イ)

しかし、都道府県知事が住基ネットの運用以外にこのよう

な事務を行うことは、事務の効率化に逆行し、煩さであり、不
合理である。このような事態は、改正法の目的である住民票コードを基に市町村の区域を越えた住民基本台帳に関する事務の処理及び国の機関等に対する本人確認情報の提供を行うための体制の構築を阻害するものであるばかりか、住民の利便を増進し、国及び地方公共団体の行政の合理化を図るという改正
法の趣旨及び目的に反するものであることは明らかである。

また、原告は、平成14年6月26日から同年8月1日までの
間、杉並区民全員について被告東京都に対する本人確認情報及び
いわゆる更新情報の通知を行った後、更新情報の送信を停止する
に至ったものであり、通知済みの情報の中には、いわゆる通知希
望者と非通知希望者の本人確認情報が混在している。
したがって、今後、原告が主張するようないわゆる通知希望者
のみの本人確認情報の通知が行われた場合には、被告東京都とし
ては、別途、個々の住民がいわゆる通知希望者であるのか、非通
知希望者であるのかを区別するための何らかの措置を講じなけれ
ばならないことになる。
しかし、このような措置を講じること自体、住基法が全く予定
していないものであるし、仮に都道府県知事においてこのような
措置を講じなければならないとすれば、都道府県知事に住基法が
全く予定していない義務を新たに負わせるというべきである。


恩給法は、恩給法の一部を改正する法律(平成17年法律第6
号)によって、すべての住民について住基ネットを利用して恩給
事務に関する本人確認情報が実施されることを前提として、恩給
権者に係る失権等の届出義務に関する規定が削除された。この関
連法令の改正経緯に照らしても、住基法30条の5が、市町村長
に対して、一部の住民について本人確認情報を通知しない裁量権
を認めているとの解釈は成り立ち得ないことは明らかである。
(4)

住基法36条の2及び30条の29との関係について

ア(ア)

原告は、住基法36条の2第1項により、市町村長は、住

民票に記載されている事項の適切な管理のための必要な措置を
講ずる権限があるところ、同条は、
適切な管理

必要な措、置

という不確定概念を使用しているから、市町村長には適切な裁量権を行使することが認められている旨主張する。また、
原告は、住基法30条の5を住基法36条の2及び30条の2
9と一体的に解釈すれば、本人確認情報の通知につき市町村長
に裁量権が認められるべきである旨主張する。
(イ)

しかし、改正法の趣旨及び目的は、行政サービスの向上と

行政事務の効率化のために、全国的な本人確認システムである
住基ネットを導入することにある。そうすると、改正法の規定
について、全国的な本人確認システムの住基ネットの導入・運
用を困難にするような解釈を行うことは、改正法の趣旨及び目
的を没却するものとして許されないというべきである。
(ウ)

したがって、
住基法36条の2及び30条の29について、

原告主張に係る解釈を採る余地はなく、上記各条文は、住基法
に定める事務を実施することを前提として、住民票等に記載さ
れている事項又は本人確認情報の適切な管理のために必要な措
置を講ずべきことを定めたものにすぎないというべきである。
イ(ア)

セキュリティ基準第4.9(4)は、不正アクセスが判明し

た場合の対応について、

都道府県知事、市町村長及び指定情報処理機関は、不正アクセスが判明した場合、相互に連絡調整を行い、被害状況の把握、被害拡大を防止するための措置等必要な措置を講ずること

を定めており、ファイアウォールで不正アクセスの兆候を発見したときなど本人確認情報に脅威を及
ぼすおそれの高い事象が確認され、本人確認情報の漏えい等の
危険が具体的に発生した場合のように、緊急かつやむを得ない
と客観的に認められる事情の存する場合に、応急的な措置とし
て、市町村長又は都道府県知事が、一時的に住基ネットとの切
断等の措置を講ずることを認めている。
(イ)

しかし、このような措置は、本人確認情報の漏えい等の危

険が具体的に発生したような例外的場合に、被害状況を把握し
たり、被害拡大を防止するための技術的措置として、一時的に
講じられることがあり得るものにすぎない。
(ウ)

したがって、具体的な漏えい等の危険性が生じていないに

もかかわらず、住基法36条の2及び30条の29を根拠とし
て、一部の住民の本人確認情報を通知しないという取扱いを恒
常的に行うことは許されないというべきである。
(5)

地方自治法制との関係について
原告は、住民基本台帳事務が自治事務であることから、住民基
本台帳制度は、全国的な統一性よりも、地方公共団体の自主性及
び自立性が十分に発揮されるように設計されているというべきで
あり、市町村は、住民基本台帳法の解釈運用についても、地域の
特性に応じて事務処理をする裁量権が与えられているというべき
である旨主張する。

しかし、自治事務は、

地方公共団体が処理する事務のうち、法定受託事務以外のものをいう

(地方自治法2条8号)とされ
ているとおり、
法定受託事務以外の広範な事務をいうのであって、
自治事務であることから直ちにそのすべての事務処理についての
裁量性を導き出せるような性質のものということはできないとい
うべきである。
そして、地方自治法1条の2第2項において、国は全国的に統一して定めることが望ましい国民の諸活動及び全国的な規模で若しくは全国的な視点に立って行わなければならない施策及び事業の実施等を重点的に担うものとされている。

住民基本台帳制度は、市町村の事務処理のみならず、都道府県
及び国の行政機関等において利用され、私人間における取引の安
全にも資する多岐にわたる機能を果たすべきものである。これら
の機能を果たすためには、市町村長の行う住民基本台帳事務が、
住基法に基づき、正確かつ統一的に実施されることが必要不可欠
である。


さらに、改正法は、行政サービスの向上と行政事務の効率化の
ために、全国的な本人確認システムである住基ネットを導入する
ことを行政目的とするものであり、住民の一部にでも不参加があ
ると、改正法が予定する行政コストの削減や市町村における住民
基本台帳事務の効率化などという効果の達成が著しく困難とな
る。
そうすると、住基ネットの運用における統一的な事務処理の必
要性は、より一層高まったものというべきである。
(6)

個人情報保護法制との関連について
住基法は、OECD8原則を踏まえた厳重な保護措置を講じて
いるから、住基法の規定の内容がOECD8原則の内容に照らし
て不相当であるとはいえない。
すなわち、住基法においては、①民間での利用の禁止、②全国サーバや都道府県サーバでの保有情報の限定、③ネットワークの外部への情報提供の限定、④行政機関に対する保護措置義務、⑤情報漏えい防止措置、⑥市町村における住民基本台帳システムの保護、⑦制度運用に関する住民参加等、⑧記録の最新性及び正確性の確保といった保護措置が講じられているものである。


住基法は、行政機関個人情報保護法との関係では、特別法であ
り、また、地方公共団体の個人情報保護条例との関係では、上位
規範にある。そうすると、住基法の規定について、行政機関個人
情報保護法や個人情報保護条例の内容に照らして、あえてその文
理を離れた解釈を採るべき必要性はないというべきである。

ウ(ア)

原告は、自己情報のコントロール権が実体法上の権利であ
ることを前提として、個人情報の目的外利用又は提供を行う際
には、あくまで本人同意が必要である旨主張する。
(イ)

しかし、自己情報のコントロール権を実体法上の権利とし

て定めた法文は存在しないというべきである。また、自己情報
のコントロール権を肯定するとすれば、その権利の対象となる
情報がどの範囲にあるのかが、不明確である。さらに、自己情
報のコントロール権を肯定する見解が、個人情報の開示請求権
・訂正請求権といった請求権的内容を認める点については、そ
もそも憲法13条の文言解釈を逸脱するものではないかとの疑
問がある。
そうすると、自己情報のコントロール権の概念はまだ不明確
であるから、自己情報のコントロール権を実体法上の権利とし
て承認することは相当ではないというべきである。
(ウ)

そして、プライバシーの法的保護の内容は、

みだりに私生活(私的生活領域)へ侵入されたり、他人に知られたくない私生活上の事実又は情報を公開されたくない利益

として把握されるべきであって、プライバシーに属する情報をコントロー
ルすることを内容とする権利とは認められないというべきであ
る。
(エ)

また、
仮に、
自己情報のコントロール権を認めるとしても、

これを認める論者の見解によれば、住基ネットの運用が直ちに
自己情報のコントロール権を侵害するものではないというべき
である。
エ(ア)

原告は、住基法30条の5第1項に基づく住基ネットを通

じた本人確認情報の送信は、目的外利用及び提供に該当するこ
とは明らかである旨主張する。
(イ)

しかし、住基法の目的の一つである居住関係の公証とは、

住民の住所、住居等の居住関係について公に証明することであ
り、その証明の相手方としては、住民本人のほか国や地方公共
団体の各種行政機関等が予定されているというべきである。そ
して、この目的を達成するために、各市町村において住民基本
台帳事務が整備されているのであって、その記載事項の一部で
ある本人確認情報を住基法別表に掲げられた国の行政機関等に
対して別表に掲げられた行政目的のために提供することは、住
民基本台帳の本来の目的の範囲内での個人情報の利用であると
解すべきである。
そして、OECD8原則との関係においても、住基ネットを
通じて本人確認情報を通知・提供することにつき、個別の住民
の同意を得ること等が求められているとは考えられないという
べきである。
オ(ア)

さらに、現行の住基ネットにおいて、原告が危ぐするよう

な行政機関による大規模なデータマッチングや名寄せが行われ
る具体的危険は存在しないというべきである。
(イ)

すなわち、まず、住基ネットの運用以前においても、国の
行政機関等が住基法別表の事務を行う際には、市町村から、住
基法12条に基づく当該市町村の住民の住民票の写しの交付を
受けるなど、住民基本台帳に係る住民に関する情報を住基ネッ
ト以外の方法で受領した上、従前から保有する当該機関の事務
に係る住民に関する情報と住基ネット以外の方法で受領した住
民基本台帳に係る住民に関する情報とを照合し、必要な行政目
的を達していたのであって、住民に関する情報の取扱いは、住
基ネットを利用する場合と全く同じであるというべきである。
(ウ)

また、住基法30条の34は、目的の範囲内の利用等に当

たらないデータマッチングを禁止している。さらに、目的の範
囲内の利用等に当たらないデータマッチングを行うことは、懲
戒処分の対象となるなどの措置が設けられている。加えて、住
基法30条の9第1項により、都道府県には本人確認情報の保
護に関する審議会が置かれているなど、違反行為に対する第三
者機関の監視も規定されている。
(エ)

さらに、本人確認情報の提供が認められている事務は、平

成17年4月1日現在で275あるが、これらの国の機関等の
保有する情報を一元的に管理する主体は存在しない。また、住
基ネットは、それぞれの機関がそれぞれ受領した本人確認情報
を分散して管理することを制度として予定しており、これらの
機関が分散管理している情報を統一的に収集し得る主体もシス
テムも存在しない。そうすると、住民個々人の多面的な情報が
瞬時に集められるという事態は、およそ想定することができな
いというべきである。
(オ)

加えて、住基カードの利用がデータマッチングをもたらす

ということもできないのである。
(7)

原告の指摘する住基法をめぐる問題状況について

ア(ア)

原告は、本人確認情報の通知について市町村長に裁量権が

認められるかどうかを検討する際に、
住基ネットをめぐる問題状況として、住基ネットの行政目的等を考慮することが必要不可欠である旨主張する。
(イ)

しかし、原告の上記主張は、法令解釈の名の下に、国会が

制定した改正法の趣旨及び目的を否定しようとするものにほか
ならず、法律を誠実に執行すべき責務を放棄するものといわざ
るを得ない。
イ(ア)

原告は、住基ネットについてのセキュリティ上の問題を指

摘する。
(イ)

しかし、これらは、本人確認情報の漏えい等に関する抽象

的な危険を述べるにすぎないのである。また、原告の上記主張
は、住基法30条の5の解釈と何ら関係しない事情を述べるに
すぎないというべきである。
ウ(ア)

原告は、個人情報保護法制の不備を指摘し、使用済み本人

確認情報の消去義務等について規定を設けるべきである旨主張
する。
(イ)

しかし、原告が指摘するような規定が存在しないからとい

って、住基ネットに関する個人情報保護のための措置が不十分
であり、本人確認情報について漏えい等が生じる具体的な危険
性があるというわけではないというべきである。また、原告の
上記主張は、住基法30条の5の解釈と何ら関係しない事情を
述べるにすぎないというべきである。
(8)

横浜方式について

ア(ア)

四者合意は、横浜市が住基ネットに接続していない違法な

状態にあることについて、住基ネットの本格的な稼働までの期
間を念頭に置いて当該違法状態を速やかに解消するための具体
的な手順について国、神奈川県、地方自治情報センター及び横
浜市の間で確認したものにすぎない。四者合意は、原告が主張
するように、
通知希望者と非通知希望者とを区分して送信する方式を容認するものではなく、また、安全性の総合的な確認を横浜市の全くの裁量に任せたものでもないのである。
なお、横浜市は、現在においても、市民全員の本人確認情報
を神奈川県に通知していないが、これは住基法30条の5等に
反する違法な状態であり、四者合意はこのような取扱いを容認
するものではない。
(イ)

したがって、横浜方式を採用し、一部の住民に係る本人確

認情報についてのみ被告東京都に対する通知を行うことが当然
許容されるかのような原告の主張は、四者合意に基づく取扱い
の法的な意味を正解していないというべきである。
イ(ア)

原告は、横浜市において、現在も以前の運用が継続されて

おり、それにもかかわらず、住基ネット全体の運営に多大な支
障を及ぼしている事実はない旨主張する。
(イ)

しかし、一部の住民について本人確認情報の通知が行われ

ないことは、住基ネットの運用にとって極めて重大な悪影響を
及ぼすものである。現に、横浜市の住民に関する国の機関等の
事務処理の一部については、住基ネットを利用した本人確認等
の事務を行うことができず、行政サービスの向上と行政事務の
効率化が阻害された状態が継続しているのである。
(9)

原告のその他の主張について
原告は、住基ネットの運用に関する原告の行為は、杉並区とい
う地域の特性に応じた必要な措置であり、原告の住民の意向
を踏まえても適法である旨主張する。


しかし、原告の主張は、住基法30条の5第1項について一定
の裁量権が認められることを前提とするものであり、このような
前提自体が失当であることは、これまで述べてきたことから明ら
かである。

5
争点5(被告東京都の行為の違法性の有無)について
(一)

原告の主張

(1)

被告東京都は、前記のとおり、住基法30条の5第1項及び2

項に基づき、原告からの通知希望者のみに係る本人確認情報の送信に対して、これを受信する義務を負っているところ、原告の横浜方式による参加への協力要請に応じず、上記受信義務を履行しない。被告東京都は、被告国及び神奈川県が、四者合意により、横浜方
式を受け入れ、さらに、住基法が横浜方式を許容していることを認識しながら、原告からの通知の受領を一方的に拒否し、上記受信義務に違反しているのである。
(2)

そうすると、東京都知事の行為は、職務上通常尽くすべき注意

義務を尽くさないどころか、故意に職務上の任務に違背したものというべきである。
(3)

よって、被告東京都の行為は、住基法30条の5第1項ないし

3項に違反し、違法性を有する。
(二)

被告東京都の主張

(1)

国家賠償法1条1項の違法とは、公務員が個別の国民に対して

負う職務上の法的義務に違背することをいう。
また、公務員が通常尽くすべき注意義務を尽くさず、漫然と行為
をしたと認め得るような事情がある場合に限り、同法1条1項の違法の評価を受けるというべきである。
(2)

被告東京都は、前記のとおり、原告が主張するような原告から

の本人確認情報の受信義務を負っていないというべきであるし、まして、被告東京都に所属する公務員が、通常尽くすべき注意義務を尽くさず漫然と行為をしたとは認められない。
6
争点6(被告国の行為の違法性の有無)について
(一)

原告の主張

(1)

被告東京都に対する必要な指導義務違反について
被告国は、住民基本台帳法31条1項及び2項に基づき、都道府

県や都道府県知事に対し、指導や勧告等を行うこととされている。ここで、被告東京都は受信義務を履行しないから、被告国は、上
記条項に基づき、横浜方式の例にならい、被告東京都に対し、原告の横浜方式による参加につき、必要な協力をするよう適切な指導又は監督等を行うべき立場にあった。
ところが、被告国は、これを行わないのみならず、原告の横浜方
式による参加については違法である旨の誤った法解釈を被告東京都に示した。
(2)

原告に対する平等取扱違反について
被告国は、法の下の平等を定めた憲法14条の精神にのっとり、

行政など国家作用のあらゆる分野での平等取扱いを要請されてい
る。
ところが、被告国は、横浜市に対して横浜方式による住基ネット
参加を容認しながら、原告に対しては横浜方式による参加については違法である旨告知して、平等原則に反する違法を犯している。
(二)

被告国の主張

(1)

国家賠償法1条1項の違法の意義について
国家賠償法1条1項の違法とは、公務員が個別の国民に対して負

う職務上の法的義務に違背することをいう。
また、公務員が通常尽くすべき注意義務を尽くさず、漫然と行為
をしたと認め得るような事情がある場合に限り、同法1条1項の違法の評価を受けるというべきである。
(2)

被告東京都に対する必要な指導義務違反の主張について
原告は、被告国が、被告東京都に対し、原告が主張するような受

信義務を履行するよう指導しないことが住基法31条1項、地方自治法2条13項、憲法14条に反し、違法である旨主張する。
しかし、そもそも被告東京都が原告が主張するような受信義務を
負うものでないことは前記のとおりであるから、このような受信義務の存在を前提とした原告の上記主張は失当である。
(3)

原告に対する平等取扱違反の主張について
原告は、被告国の原告への対応が、横浜市への対応と比べて不平

等であり、憲法14条に反し、違法である旨主張する。
しかし、四者合意は、横浜市が住基ネットに接続していない違法
な状態にあることについて、住基ネットの本格的な稼働までの期間を念頭に置いて当該違法状態を速やかに解消するための具体的な手順について国、神奈川県、地方自治情報センター及び横浜市の間で確認したにすぎないものである。
したがって、被告国の原告への対応が、横浜市への対応と比べて
不平等であるとはいえないのであって、原告の上記主張は失当である。
7
争点7(原告の損害の有無及び損害額)について
(一)

原告の主張

(1)

住基ネット設備関連費用について
原告は、平成14年2月1日、P1株式会社との間で、CSを
始めとする住基ネット関連機器等の賃貸借契約を締結し、平成1
5年4月からは、賃借料として、毎月84万2940円の支払を
継続している。
ところで、原告は、平成15年6月4日、横浜方式による住基
ネットへの参加を表明したが、
被告東京都は、
被告国と共同して、
現在まで、原告の参加を認めず、自らの受信義務を履行しない。
そこで、原告は、被告らの違法行為により、住基ネットへの参
加が不可能となり、不要な支出を余儀なくされた。また、原告と
しては、被告東京都が将来受信義務を履行した場合、直ちに横浜
方式による参加が可能となる態勢を維持しておく必要があること
から前記賃貸借契約を解約することができない。
したがって、原告は、平成15年6月4日から平成16年7月
31日までの間の賃借料相当額の1171万6866円の損害を
被った。


これに対して、被告らは、被告らの行為の有無にかかわらず、
原告において当然に支出しなければならなかったものであり、住
基ネット設備関連費用については、被告らの行為と相当因果関係
がない旨主張する。
しかし、平成15年6月4日以降の原告による住基ネット関連
機器等の賃借料支出については、本来の効果を発揮することがな
く、無為に帰しているのである。また、原告は、いつでも横浜方
式による参加が可能となる体制を維持しておかなければならない
のである。
そうすると、住基ネット設備関連費用と被告らの行為との間に
相当因果関係があることは明らかである。
(2)

転入転出手続上の郵便費用について
原告に転入する住民については、本来、住基ネット上で処理を
行うことができるにもかかわらず、原告の費用で転入通知を転出
地市町村役場へ郵送せざるを得ない。
また、原告から転出する住民について、原告は、転入市町村に
対して横浜市と異なる負担をさせないために、転出届の提出に来
た住民に対し、
転入地市町村役場の担当者に渡すように依頼して、
転出証明書と併せて受取人払用封筒を交付せざるを得ず、受取人
払郵便の費用相当額が原告の損害となった。
そこで、原告は、平成15年8月から平成16年6月までの期
間の上記転入通知に係る郵便費用及び上記受取人払郵便の費用で
ある合計304万2160円の損害を被った。


これに対して、被告らは、原告から転出する住民の転入通知に
係る郵便費用については、本来、転入地の市町村において支出す
べきものであり、原告が負担すべき法的義務はなく、相当因果関
係がない旨主張する。
しかし、本来、原告にしろ転入地の市町村にしろ、このような
郵便費用を支出すべき法的義務はない。しかし、これは、原告か
ら転出する住民の転入通知にかかわる事務処理をするためにかか
る費用であるから、いずれかの市町村がこれを支出せざるを得な
いのである。そして、このような問題は、原告と被告らとの紛争
に起因するものであるから、転入地の市町村に支出させるべきで
はなく、条理上原告がこれを支出し、原告に被った損害として、
被告らに対し、損害賠償を求めることは当然許容されるべきであ
る。

被告らは、非通知希望者については、横浜方式で参加した場合
でも、従前と同様の事務処理を継続することになるから、非通知
希望者に係る郵便費用は原告が負担すべき旨主張する。
しかし、横浜市は、非通知希望者の転入転出手続について、通
常の市区町村と同様に、住基ネットを通じたデータ送信を行って
いるのであるから、原告においても、住基ネットに参加している
限り、負担するものではないのである。

(3)

住民票無料交付の費用について
原告は、被告らにより、住基ネットへの参加を妨害されている
ために、住基ネットを通じた本人確認手続ができず、杉並区民に
よるパスポート申請や所定の資格試験に際しては、必ず住民票が
必要となる。
そこで、原告は、パスポート申請等のために住民票を要する杉
並区民に対し、横浜市民とは異なる負担をさせないため、原告が
手数料を負担せざるを得なくなった。
その手数料相当額は、平成15年6月4日からの上記用途の住
民票交付2万3478通に、単価300円を乗じ、非通知希望者
の割合(16.86%)分を差し引いた585万5882円であ
り、原告は、上記金額分の損害を被った。

これに対して、
被告らは、
原告が通知希望者である住民に対し、
住民票を無料で交付すべき法的義務はないから、被告らの行為と
損害との間に相当因果関係を欠く旨主張する。
しかし、住民票交付手数料については、通知希望者と原告との
いずれかがこれを負担せざるを得ないところ、被告東京都の受信
義務等に係る損害賠償請求訴訟を考えた場合、訴訟の費用対効果
の点から見て、住民に提訴を強いるのは不当である。そして、原
告は、住民の住基ネットサービス享有権を実質的に代位する立場
にあることからすれば、条理上、原告の損害賠償請求が認められ
てしかるべきである。


被告らは、原告に転入した住民の転入通知の郵便費用は、法律
上の義務に基づく費用ではなくなったことから、被告らの違法行
為と相当因果関係がない旨主張する。
しかし、被告らの違法行為により、電気通信回線を通じた送信
ができない以上、従前と同様に郵送の措置を執らざるを得ないこ
とは、条理上当然であるというべきである。

被告らは、通知希望者に交付した住民票数と非通知希望者に交
付した住民票数の比率が通知希望者と非通知希望者の比率と一致
する根拠が示されていないことから、原告の主張する算定額は不
当である旨主張する。
しかし、住民票を必要とする住民が、通知希望者か非通知希望
者のいずれかに偏る特別の理由はないのであるから、原告の主張
する算定額は合理的というべきである。

(4)

人件費について
杉並区から前住所地市町村への転入通知について、少なくとも
一人1週間で12時間の作業時間を要し、年間では624時間を
要している。また、転入地市町村から送付される転入通知の入力
処理について、平均1件5分の処理時間を要し、年間少なくとも
3万3000件の処理が行われていることから、年間2750時
間を要している。これらは、横浜方式による住基ネットへの参加
により、不必要となる事務処理である。
また、住民票の写しの交付には、平均で1件につき4分の処理
時間を要し、少なくとも年間1万7963件を処理していること
から、年間1198時間の事務処理が必要となる。住民票の写し
の交付も、横浜方式による住基ネットへの参加により、不必要と
なる。
上記の不必要となる合計時間は、4572時間となり、原告の
職員の1時間当たりの平均人件費が4194円であるから、原告
は、少なくとも年間で1917万4968円の余計な出費を余儀
なくされたものである。平成15年6月4日から447日分につ
いて計算すると、この額は、2348万2769円に相当する。
したがって、原告は、削減可能であった人件費相当額2348
万2769円の損害を被ったものである。

原告は、横浜方式で住基ネットへ参加することができないため
に、
杉並区民の転入転出が多い3月ないし4月の繁忙期において、
人員不足に陥り、転入転出手続の事務補助のため、アルバイトを
採用せざるを得なくなり、これにより、アルバイト報酬相当額の
支出を余儀なくされた。
そこで、原告は、平成15年3月分のアルバイト報酬相当額で
ある67万2000円の損害を被った。


これに対して、被告らは、非通知希望者については従前の事務
処理を継続する必要があることを前提に、原告主張の人件費の増
減が生じるとは即断できない旨主張する。
しかし、
前記のとおり、
非通知希望者の転入転出手続について、
従前の事務処理を継続して行う必要はなく、前提自体に誤りがあ
るから、被告らの主張は失当である。

(二)

被告らの主張

(1)

住基ネット設備関連費用について
CSを始めとする住基ネットに関連する機器等は、住基法の規定

に従った本人確認情報の処理及び利用等を行うために必要とされるものであり、原告は、住基法上、住基ネットに係る業務を行うべき義務を負っていたのであるから、これらの機器等の賃借料は、被告らの行為の有無にかかわらず、原告において、当然に支出しなければならなかったものである。したがって、被告らの行為と上記賃借料の支出の間には相当因果関係がないというべきである。
(2)

転入転出手続上の郵便費用について
杉並区から転出する住民の転入通知を転入地の市町村役場から
郵送するために支出したとされる郵便費用は、仮に、被告東京都
に通知希望者である杉並区民の本人確認情報の受信義務違反があ
ったとしても、本来、転入地の市町村役場において支出すべきも
のであり、原告が代わりに負担する法的義務はないものである。
そうすると、前記郵便費用は、原告が自らの選択の結果、支出せ
ざるを得なくなった費用にすぎず、通常発生する費用負担とはい
えないから、被告らの行為と相当因果関係を有するものというこ
とはできない。


杉並区に転入した住民の転入通知に係る郵便費用は、改正法に
よる住基法の改正以前は、住民基本台帳事務という公の行政事務
を法律に基づいて遂行するために必要とされた費用であった。し
かし、住基法の改正後は、原告は住基法の規定上、原告に転入し
た住民の転入通知を電気通信回線を通じて送信する義務は負うも
のの、このような郵送の措置は、法律上予定された行為ではなく
なったのであるから、上記郵便費用は、法律上の義務に基づき支
出された費用ではなく、被告らの行為と相当因果関係を有するも
のではないというべきである。

なお、原告が主張する郵便費用は、いわゆる非通知希望者に係
るものを含むものと解されるところ、原告が主張する横浜方式に
おいては、いわゆる非通知希望者について、従前の住民基本台帳
事務におけるのと同様の事務を継続しなければならないことにな
るはずであり、非通知希望者に係る郵便費用は、元々原告が負担
すべきものである。

(3)

住民票無料交付の費用について
原告は、通知希望者である杉並区民に対して、無料で交付した
住民票に係る交付手数料に相当する費用が、被告らの行為による
損害である旨主張するが、仮に、被告東京都に通知希望者である
杉並区民の本人確認情報の受信義務違反があったとしても、杉並
区が通知希望者である杉並区民に対し住民票を無料で交付しなけ
ればならない法的義務があるわけではないのである。
そうすると、
住民票の無料交付費用については、法律上、原告において負担す
る理由のない費用を、原告自らの判断において負担したというに
すぎないのであって、通常発生する費用負担ということはできな
い。したがって、このような費用は、被告らの行為と相当因果関
係を有するものではないというべきである。


原告は、杉並区民に対して無料で交付した住民票に係る交付手
数料に相当する費用から、いわゆる非通知希望者の割合に相当す
る部分を減額した額が、通知希望者である杉並区民に対して無料
で交付した住民票に係る交付手数料に相当する費用である旨主張
するが、通知希望者に交付した住民票数と非通知希望者に交付し
た住民票数の比率が、通知希望者数と非通知希望者数の比率と一
致すると解すべき根拠は何ら示されていないのであるから、原告
の算定する費用額は不当である。
(4)

人件費について
原告が主張する横浜方式においては、いわゆる非通知希望者につ

いて、従前の住民基本台帳事務におけるのと同様の事務を継続しなければならない。そうすると、住基ネットを利用しない場合と住基ネットを利用した場合とを比較して、原告が主張するような人件費の増減が生じると即断することはできない。
-以上-
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