判例検索β > 平成17年(わ)第1355号
強制わいせつ致死、殺人、死体遺棄、出入国管理及び難民認定法違反被告事件
事件番号平成17(わ)1355
事件名強制わいせつ致死,殺人,死体遺棄,出入国管理及び難民認定法違反被告事件
裁判年月日平成18年7月4日
裁判所名・部広島地方裁判所
判示事項の要旨日本に不法入国し,そのまま不法滞在を続けていたペルー国籍の被告人が,通りすがりの小学1年生の女児にわいせつ行為をした上,同女を殺害し,その死体を遺棄したという事件につき,死刑が求刑され,無期懲役の判決が出された事案。
裁判日:西暦2006-07-04
情報公開日2017-10-13 01:39:41
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平成18年7月4日宣告

裁判所書記官

神田佳瑞恵

平成17年(わ)第1355号,平成18年(わ)第254号
判国籍
ペルー共和国

住居決
不定
(元

職業
広島市a区bc丁目d番e号

X荘f号室)

無職
被告人甲
○○年○月○日生

被告事件名

強制わいせつ致死,殺人,死体遺棄,出入国管理及び難民認定法違反
検察官

萩原良典,島本恭子,河野智香

弁護人

久保豊年(国選・主任),今枝仁(国選・副主任),田中陽(国選)主文
被告人を無期懲役に処する
理由
(罪となるべき事実)
被告人は
第1

ペルー共和国(以下ペルーという。)の国籍を有する外国人であるが,平成16年4月18日,有効な旅券又は乗員手帳を所持せずに航空機で愛知県西春日井郡豊山町大字豊場字林先62番地所在の当時の名古屋空港に到着し,そのころ,同所に上陸した後,引き続き平成17年11月29日までの間,広島市a区bc丁目d番e号に所在したX荘(以下X荘という。)f号室に居住するなどし,もって,本邦に不法に入国し,上陸後引き続き不法に在留し
第2

乙(平成××年×月×日生。以下被害児童という。)に強いてわいせつな行為をすることを企て,平成17年11月22日午後零時50分ころから同日午後1時40分ころまでの間,X荘及びその付近において,強いて被害児童
の陰部である膣口,外子宮口及び肛門部に手指を挿入するなどした上,これに引き続き,あるいは,その直前ないしはそれと並行して,殺意を持って,被害児童の頚部を片手で絞め付け,その後も更に強いて同児の肛門部に手指を挿入するなどし,もって,強いてわいせつな行為をするとともに,そのころ,同所において,同児を頚部圧迫による窒息により死亡させて殺害し
第3

前記第2の日時ころ,前記X荘及びその付近において,被害児童の死体を段ボール箱に入れ,黒色ビニールテープで梱包した上,同区bc丁目g番地所在の空き地まで運んでこれを放置し,もって,死体を遺棄し

たものである。
(証拠の標目)略
(争点に対する判断)
1
核心的争点の所在
判示第2の事実について,弁護人(複数選任されているが,以下単に弁護人という。)は被告人の無罪を主張するところ,公判前整理手続において確認された判示第2の事実に係る核心的な争点の所在並びにこれに関する検察官及び弁護人双方の主張の要旨は以下のとおりである。
(1)

被告人が被害児童を死に至らしめた行為の態様及び殺意の有無(争点①)検察官主張の要旨
被告人は,片手であれば,その手を広げた状態で被害児童の頚部を前からその蒼白部に沿って突き上げるようにして手を回し,筋肉内出血の認められる左後頚部から右側頚部に指を置く形で,仮に両手であったとすれば上記同様に指を置く形で手で強く締め付けるなどして頚部圧迫による窒息により死亡させた。このような行為態様等からすれば,被告人に殺意があったことが推認される(論告要旨6ページ)。


弁護人主張の要旨
被告人は,利腕でない左手を被害児童の首付近に置き,右手を被害児童の
顔に置いたに過ぎない上,被告人の性癖,上記行為前後の被告人の心境等からしても,被告人には,被害児童に対する殺意は認められない(弁論要旨66,67ページ)。
(2)

被告人のわいせつ目的の有無(争点②)
検察官主張の要旨
被告人は,被害児童に対する上記(争点に対する判断)1・(1)・アの殺害行為中に,それと並行して,あるいは被害児童の呼吸停止期で,なおその心臓が拍動している時に,被害児童のパンツ及びブルマーを脱がせ,陰部に指を差し込んでもてあそび,心臓の拍動が微弱となった死戦期に更に肛門までもてあそんだという経過があるが,このような行為態様からすれば,被告人にわいせつ目的があったことは明らかである(論告要旨8ページ)。

弁護人主張の要旨
被告人は,被害児童に対し,同児童を死に至らしめる行為をした後に,自慰行為をし,その後同児童の陰部,肛門部等を触ったものであるが,このような行為を後記(争点に対する判断)1・(3)・イ(争点③についての弁護人主張の要旨)のとおり,屋外で行っていること,被告人が上記一連の行動をするのに要したと推認できる時間,上記一連の行動の順序,その他被告人の性癖や生活状況,更には検察官主張の不明確性等からすれば,被告人が被害児童を死に至らしめる行為を行った当時,被告人にはわいせつ目的はなかったというべきである(弁論要旨83ページ)。

(3)

判示第2の事実に係る犯行場所(争点③)
検察官主張の要旨
被告人は,被害児童に声をかけ,巧みにその警戒心を解いた上で,X荘f号室の当時の被告人方(以下,単に被告人方ともいう。)に計画的に連れ込んだとみるのが自然かつ合理的である。ただ,被告人が,後記A方前の石段付近で,いきなり被害児童に襲いかかったり,あるいはX荘内の階段下
まで被告人に付いてきた被害児童が階段を上がるのを拒むなどしたため,その場でいきなり被害児童に襲いかかった上で,犯行に及んだという場合があり得ないではない(論告要旨12ページ)。

弁護人主張の要旨
被告人が,上記(争点に対する判断)1・(1)・イ,1・(2)・イの一連の行動を行った場所はX荘西隣敷地端の石段からX荘敷地内階段下付近である(弁論要旨35ページ)。

(4)

判示第2の事実における被告人の責任能力(争点④)検察官主張の要旨
被告人の判示第2の犯行前の状況,その犯行当時の状況,その犯行後の状況のいずれにおいても,被告人の言動に精神の異常を疑わせるような事情は何も認められず,むしろ自己の行為の意味を理解する能力を十分に備えた上,四囲の状況や自らの置かれた立場を十分に把握して,冷静な判断に基づき合目的的に行動できる能力を備えていたことが認められ,被告人に完全責任能力が認められることは明らかである(論告要旨19ページ)。


弁護人主張の要旨
被告人は,上記(争点に対する判断)1・(1)・イ,1・(2)・イの一連の行動を行った当時は,自己に害悪行為を指示する悪魔の声が聞こえ,その声に従って他動的に行動しており,自己の行為をまるで映画の一場面を見るかのように空中から眺めていたものである。そのため,自己の行動の意味を理解し制御することができなくなっていたので,是非を弁識する能力(弁識能力),または弁識に従って行動する能力(制御能力)を全く欠いた状態(心神喪失状態)にあったか,少なくとも弁識能力,または制御能力が著しく低い状態(心神耗弱状態)にあった(弁論要旨83,84ページ)。
2
事実認定上の争点(争点①ないし③)についての判断(1)

上記争点に係る認定事実

前掲関係各証拠によると,判示第2の犯行及びその前後の経緯につき以下の事実が認められる。

被告人は,平成17年11月22日当時,X荘2階f号室を賃借して一人で居住し,X荘1階には,被告人の親戚であるB(以下Bという。)がその父及び息子と居住していた(証人Bの公判供述・第5回公判調書添付反訳書1,2ページ,Cの警察官調書・弁2)。


X荘及びその近辺の状況
平成17年11月30日午前10時6分から同日午後6時30分までの間に2回の休憩を挟んで実施された検証(以下本件検証という。)の結果(検証調書・甲30)によれば,X荘は,1階及び2階に各2戸ずつの2階建てアパートで,2階には,北側に幅員約1.2メートルの通路があり,その通路には外付けされた幅員約0.9メートルの通行自由な鉄製階段(以下本件階段という。)によって上れるようになっていた。X荘の敷地は,北側の幅員約3.4メートルの市道(以下本件市道という。)よりも約0.7メートル高くなっており,北側にある本件市道とX荘敷地の一部を隔てるブロック塀(高さ約0.62メートル)と東側に隣接する通路とX荘敷地を隔てるブロック塀(高さ約1.1ないし0.63メートル)で囲まれ,本件市道を挟んで向かい側にA方家屋(以下A方という。)が建てられていた。X荘敷地の南側と西側にはそれぞれ民家が隣接して建てられ,北西角部には北側ブロック塀と西隣敷地までの間に約4.3メートルの門扉等のない開放部があり,そこからのみX荘敷地への出入りが可能であった。X荘建物と東側ブロック塀との間の敷地の幅員は約0.64ないし0.7メートルで,そこにはエアコン室外機が置かれており,X荘建物と東側ブロック塀と東側に隣接する民家の壁に遮られて,本件市道からの見通しはよくない。また,X荘建物と隣接する西側隣家車庫との間の敷地はセメント張りで,その幅員約0.77ないし0.82メートルであり,X荘建物や西側に隣接す
る民家の建物により日蔭となるため,本件検証当時は晴天であったが日中でも薄暗い状況であった。X荘建物と南側に隣接する民家との間の敷地の幅員は約0.83ないし0.88メートルで,エアコン室外機やプロパンガスボンベ等が置かれており,日中でもX荘建物と南側に隣接する民家の日蔭となって,西側と同様に薄暗く,本件市道側からは全く見通せない。本件階段下には,本件検証当時,洗濯機2台及び自転車4台等が置かれていた。なお,X荘付近は,曲折した小路が交わるなど,一般民家やアパート等が密集する旧来の住宅街であるが,日中のX荘及びその付近を撮影したビデオテープには,付近を通行する人車や付近の家屋からの人の出入りは多くはなかった(検証調書・甲30,ビデオテープ・弁9)。なお,本件検証当時,被告人方室内には,複数のディズニーの日本語ビデオやぬいぐるみがあった(検証調書・甲30)。

判示第2の犯行直前の状況
平成17年11月22日は火曜日であったが,被害児童の通っていた広島市立D小学校(以下D小学校という。)では就学前検診を行うため3時間目の授業終了後に児童は下校することになっており,被害児童も,給食を食べた後の同日午後零時40分ころ下校の途についた。被告人は,同日午後零時48分ないし53分ころ,A方前の石段に本件市道の方に向かって腰掛け,手にちょっと濃い目の赤色の折りたたみ式携帯電話機を開いて持って見るなどしながら,学校帰りの被害児童と,手の届く距離で向き合い,スペイン語のあいさつの言葉であるオーラと言うなどして言葉を交わした(被告人の公判供述・第3回公判調書添付反訳書6ないし9ページ,第4回公判調書添付反訳書1ないし5ページ,25ないし29ページ,証人Eの公判供述,Fの検察官調書・甲41,Gの警察官調書写し・弁1)。
なお,被告人は,X荘の隣にある大家の家の前の石段に座っていたものの,A方前の石段には一度も座っていない旨供述する(被告人の公判供述・第3
回公判調書添付反訳書6ないし8ページ)。しかしながら,証人E(以下証人Eという。)及びG(以下Gという。)は,いずれも,上記認定のとおり,平成17年11月22日午後零時50分前後ころ,A方前石段に座った南米系外国人男性に,赤いランドセルを背負い,あるいはサスペンダー付の灰色のスカートをはいた女の子が向き合っているのを目撃した旨一致して供述しているほか,証人E及びGは,被告人とも被害児童とも格別の利害関係があるとはうかがわれない上,その供述内容から,当時の目撃状況が相当詳細に印象に残っていることがうかがわれることからすれば,上記各供述内容はいずれも信用することができるところ,上記各供述に照らして,A方前石段に座っていないとする被告人の上記公判供述は,信用することができない。

判示第2の犯行状況
被告人は,同日午後零時50分ころから同日午後1時40分ころまでの間,
X荘及びその付近において,被害児童に対し,その陰部である膣口,外子宮口及び肛門部に手指を挿入するなどしてもてあそび,膣口部に約0.2ないし0.3センチメートルの亀裂,外子宮口の周囲に多数の点状の出血,肛門部やや上部に米粒大の赤褐色表皮剥脱1個の各傷をつけたほか,上記行為と並行して,あるいは,それに引き続いて,片手を開いて親指と人差し指の間で被害児童の頚部を前から握るように絞めつけ,被害児童を頚部圧迫による窒息により死亡させた。また,被告人は,これらの行為と相前後して,自慰行為をして射精した上,被害児童の頚部を圧迫した際,あるいはその直後に,自己の手指を被害児童の肛門部に挿入するなどし,同部位に1センチメートル前後の表皮亀裂部4個を生じさせた(犯行時刻につき,合意書面・甲72,弁17,その余の認定の詳細ないしは認定に用いた主な証拠は後記(争点に対する判断)2・(2)のとおり。)。

被告人による被害児童の死体遺棄等

被告人は,被害児童の死亡後,被害児童の死体を,買って間のない被告人方のガスコンロの段ボール箱(以下本件段ボール箱という。)に入れ,黒色ビニールテープで梱包した上,自転車で同区bc丁目g番地所在の空き地(以下本件死体遺棄場所という。)まで運んでこれを放置した後,いったんX荘に戻り,引き続き,被害児童の赤色ランドセル(以下本件ランドセルという。)に被害児童の帽子を入れた上,これを空の紙袋に入れ,これも自転車に乗せて本件段ボール箱を放置した場所まで放置しに行ったが,同所には人がいたので恐くなり,結局,同区bc丁目h番i号H駐車場(以下H駐車場という。)付近に本件ランドセルの入った上記紙袋を置いた。被告人は,その後,I駅の横にあるファミリーマートでタバコ等を買って,X荘に戻る途中の同日午後3時ころ,Bに出会った。被告人は,Bにどこに行くのかと尋ね,おむつを買いに行くという同女に付いて一緒に薬局に行き,薬局から同女と一緒にX荘に帰り,被告人方でコーヒーをいれ,料理をして,同女と一緒に食事をした後,被告人方居間でテレビを見た。その間,Bは,自室にレモンを取りに降りた際に警察官や新聞記者が付近に大勢集っているのを見掛けたことから,その旨被告人に告げたが,被告人は特に変わった様子を示さなかった(被告人の公判供述・第4回公判調書添付反訳書18ないし23ページ,被告人の警察官調書写し・弁10,証人Bの公判供述・第5回公判調書添付反訳書2ないし10ページ,写真撮影報告書・甲28,実況見分調書・甲29,捜査報告書・甲31)。

被害児童の死体は,同日午後1時40分(合意書面・甲72,弁17)から同日午後3時ころ(Fの検察官調書・甲41,実況見分調書・甲2)の間に,本件死体遺棄場所において,本件段ボール箱の中に,その頭部を南方にし,顔面を西方に向けて,膝を抱え込むようにして折り曲げて横臥した状態で発見されたが(実況見分調書・甲2),その際の着衣は,両手に黄色手袋をし,左足にのみ靴下をはき,D小学校の制服である紺色ジャケット,灰色
スカートを着用し,そのほかに白色ポロシャツ,白色シャツ,白とオレンジのチェック柄のパンツ(以下本件パンツという。)を着用していたが,本件パンツは前後逆に着用されていた(実況見分調書・甲2,4,捜査報告書・甲53)。

本件ランドセルは,同日午後10時40分までの間に,H駐車場北側植込み内から発見されたが,その中には,被害児童の学用品等のほか,被害児童の帽子とブルマーが在中していた(写真撮影報告書・甲28,実況見分調書・甲29,捜査報告書・甲31)。

(2)

致死行為の態様及び殺意の有無(争点①)について被害児童の死体の状況
証人Jの公判供述(以下J証言という。),鑑定書(甲51,以下J鑑定書という。),写真撮影報告書(甲5)など前掲関係各証拠によると,被害児童の死体及び着衣の状況につき,以下の事実を認めることができる。
(ア)

被害児童は,身長125.0センチメートル,体重22.5キログラムで,その顔面は,全体にややうっ血し,左眼瞼結膜に十数個,右眼瞼結
膜に数個,右眼球結膜に数個,心臓前面に9個,後面に20数個,左肺胸膜下に十数個,右肺胸膜下に多数,右腎盂粘膜下に数個の溢血点(右肺胸膜下については溢血斑)があり,心臓内血液は暗赤色流動性であり,左肺粘膜,口腔・頚部器官の粘膜,左右側頚リンパ節が腫大して,うっ血があり,一部出血した状態にあった。また,被害児童の脳には,くも膜下血管の強度の拡張,くも膜下腔の浮腫が見られた。
(イ)

被害児童の頚部には,左前頚下部から前頚下部及び右前頚下部を経由し
て不鮮明であるが幅約1センチメートルの蒼白帯があり,左下顎下部に米粒大以下の淡褐色表皮剥脱1個,左側頚中部4.0×2.5センチメートルの範囲内にゴマ粒大以下の暗褐色表皮剥脱十数個,右頚下部から前頚下
部にかけて,10.0×6.0センチメートルの範囲内に,ゴマ粒大以下の赤褐色表皮剥脱十数個が認められたが,電気コードや縄ひものようなもので頚部を圧迫したような表皮剥脱や出血は見られず(J証言・第2回公判調書添付反訳書12ページ),また,典型的な扼痕も認められなかった(J証言・第2回公判調書添付反訳書24ページ)。また,内景所見では,左右胸鎖乳突筋後面上部(左右の耳の下辺り),胸骨舌骨筋後面(のど仏の辺り),左胸骨甲状筋下部,左頭最長筋(左後頚部)に筋肉内出血があり,それが上から下へ点々と広がっていること(J証言・第2回公判調書添付反訳書2ないし5,15,16ページ),左右側頚リンパ節が腫大してうっ血し,一部出血が見られたが,舌骨や甲状軟骨の骨折は認められなかった(J証言・第2回公判調書添付反訳書2,24ページ)。

上記被害児童の死体の状況から推認される致死行為の態様について(ア)

認定した致死行為の態様
上記(争点に対する判断)2・(2)・アの認定事実からすれば,被害児童
の司法解剖を担当した医師J(以下J医師という。)が述べるとおり(J証言,J鑑定書),被害児童の死因は,手指等の材質の比較的柔らかい物での頚部圧迫による扼死と推認されるところ,その圧痕の幅,出血状況からすると,手指が最も考えやすい凶器であること,上記(争点に対する判断)2・(2)・ア・(ア),(イ)のような,左右リンパ節頚部の蒼白帯や筋肉
内出血の部位・状況,出血が上から下まで点々と広がっていること,
被害児童が当時7歳で首回りが成人より小さいことを総合すれば,片手を広げた状態で首を前から突き上げるように握って絞めたものと推認できる上(J証言・第2回公判調書添付反訳書2ないし5ページ,J鑑定書),被告人自身,左手の親指と人差し指の間を広げて,その親指を被害児童の首の左側,そのほかの4本の指を被害児童の首の右側に回し,その首に沿わせた状態で手を置いた旨述べていることからすれば(被告人の公判供述
・第4回公判調書添付反訳書31ページ),その状態で被害児童の頚部を相当程度の力で一定時間握るように絞め付け,その結果同児を窒息死するに至らしめたものと推認するのが相当である。
(イ)

弁護人の主張について
なお,弁護人は,J医師の意見の合理性につき疑問を指摘しながら,上
記致死態様の認定について疑問を差し挟む。しかしながら,J医師は,S大学大学院医歯薬学総合研究科教授であるが,年間120件を超える解剖を実施する専門家であり,その証言内容や鑑定書の内容を見ても,不合理と思われる点はなく,弁護人の反対尋問によっても根拠を示した上で,自己の意見を述べ,ゆらぐことはなく,一部の誤記を除いて鑑定書の内容に変更を加える必要はない旨述べているほか,弁護人が指摘する個々の点を考慮しても,以下に検討したとおり,J証言ないしJ鑑定書の内容は合理的であって,その信用性はゆらぐことはなく,ひいては,上記認定も左右されないというべきである。

J証言の変遷の有無等について
弁護人は,被害児童の死因についてのJ医師の意見に変遷が見られるほか,絞死と扼死との概念も明確でないなどとして,J証言の
信用性に疑問を差し挟む(弁論要旨39,40ページ)。
しかしながら,この点について,J医師は,頚部の損傷状況等からして,ひも状物や,あるいは手指,そういったもので圧迫したことが一番考えられるが,そのなかでも,頚部の蒼白帯の幅等々,あるいは出血の状況を考えると,手指が最も考えやすい凶器であり,手指を伸ばせば一つの索状物と同じような状況になることから,それを持って絞めるということがあれば,これは,正確な意味で扼死ということになる旨述べて,もっとも考えやすい死因として手指による扼死を推論しており(J証言・第2回公判調書添付反訳書1,2ページ),ひも状の索状物による絞
死の可能性を否定しないからといって,その意見が不明確であるとはいえないし,その合理性が損なわれるものでもなく,その証言内容や意見に不合理な変遷があるということはできない。したがって,上記弁護人の指摘は当たらず,これをもって,J証言ないしJ鑑定書の信用性が左右されるものではない。

扼死の根拠について
J医師は,頚部の筋肉内出血,左右両側頚リンパ節の腫大や頚部の蒼白帯,顔面がややうっ血していることやその位置関係から,上記(争点に対する判断)2・(2)・イ・(ア)のとおり頚部の圧迫状況を推論している。これに対し,弁護人は,扼死の場合には,扼痕,顔面部の変化,皮膚・可視粘膜下の溢血点,頚部諸軟骨等の骨折,頚部皮下,筋肉組織及び軟部組織の出血並びに一般的窒息所見が認められるべきことを前提として,J医師が,筋肉内出血,リンパ節の出血及び顔面がややうっ血した状態であることだけから扼死を推論したことが不合理である旨主張するようである(弁論要旨42ないし59ページ)。しかしながら,扼死の場合に上記の所見がすべて揃うのが通常であることの証拠はなく,J医師も,実際の事例において,上記扼死の所見がすべて出揃うわけではなく,扼痕については,実際に扼殺された死体に残されている事例は極めて少なく,頚部を強く圧迫しても舌骨を骨折しないことはいくらでもある旨供述しているところであり(J証言・第2回公判調書添付反訳書17,24,34ページ),その供述内容に不合理と思われる点はなく,むしろ,文献の記載に依拠した弁護人の主張に対し,多数の解剖経験を有する医師の専門的知見に基づいて反論しているのであって,その信用性は高い。
次に,弁護人は,頚部の筋肉内出血は頚椎捻挫によっても生じ得ると主張するが(弁論要旨49ページ),証拠上判示第2の犯行直前の被害
児童が頚椎捻挫を患っていたことをうかがわせるような事実はないし,被告人自身も,判示第2の犯行に際して被害児童に頚椎捻挫を生じさせるような行動をとったとは述べていない。また,弁護人は,被害児童の左右側頚リンパ節の腫大は,被告人が被害児童の頚部に手を置いたことによるものとしているが(弁論要旨50ページ),J医師が述べるとおり(J証言・第2回公判調書添付反訳書3ページ),被告人が被害児童の頚部を手で軽く押さえただけで,上記(争点に対する判断)2・(2)・ア・(ア)のように被害児童の頚部リンパ節の腫大や出血が生じるとは考え難い。
さらに,弁護人は,頚部筋肉内出血と蒼白帯の位置が一致せず,また,胸骨舌骨筋の表側に出血が見られないのにその裏側に出血が見られるのは頚部筋肉内出血が頚部圧迫によるものでないことを示唆するとも主張するが(弁論要旨49ページ),蒼白帯と筋肉内出血の位置が必ず一致するとの弁護人の主張を裏付ける証拠はなく,また,J医師は,頚部圧迫行為は複数回あった可能性も指摘しているところ(J証言・第2回公判調書添付反訳書14ページ),最終的に残った蒼白帯と,それまでの圧迫行為による筋肉内出血の位置が必ずしも一致しないとしても不合理ではなく,さらに,圧力を受けた筋肉のどの部分に出血が見られるかは,圧力の加わり方や組織の状態にもよるから,胸骨舌骨筋の表側に出血が見られないのにその裏側に出血が見られたからといって,その出血が頚部圧迫行為によって生じたものであるとの推認を妨げるものではない。加えて,弁護人は,被害児童の頚部の内部所見は,被害児童の口と鼻を手でふさぐことによっても現れ得るのであり,この点は,J医師も同意見である旨主張する(弁論要旨50,51ページ)。しかし,弁護人がその根拠として引用するJ証言(J証言・第2回公判調書添付反訳書21ページ)は,被害児童の口鼻をふさぐことにより,くも膜下血管の
充血やくも膜下腔の浮腫という急性窒息の所見が出てくることを述べているに過ぎず,かえって,被害児童の口鼻付近や頚部付近に手を置いただけでは,被害児童に見られた頚部筋肉内出血やリンパ節の腫大は発生しないと明確に述べているのであって(J証言・第2回公判調書添付反訳書3ページ,37ページ),弁護人の上記主張は採用できず,これによって,J証言ないしJ鑑定書の信用性が左右されることはない。c
頚部圧迫の強さについて
弁護人は,J医師が,縊死の場合に頚部にかかる圧迫力が18ないし20キログラムでも死亡に至る例があり,成人に比べれば,被害児童のような年少者の場合,より小さな圧迫力によっても死に至る場合があることから,被告人が述べるように,片手を被害児童の頚部に置いただけで被害児童が死に至った場合も想定できると主張する(弁論要旨52ページ)。確かに,J医師は,頚部に18ないし20キログラムの圧迫力が加われば人が死亡するに至る可能性があると述べているが(J証言・第2回公判調書添付反訳書13ページ),18ないし20キログラムという圧迫力は決して軽微なものではなく,被害児童の頚部に被告人が手を置いただけでそのような圧迫力が生じ,気道閉鎖に至るとは考え難く,現に,J医師も,弁護人が主張するような形態で頚部筋肉内の出血等が生じることは起こり得ない旨明言しているのであって(J証言・第2回公判調書添付反訳書3ページ),弁護人の上記指摘は,上記J証言の信用性を左右しない。なお,弁護人は,成人男性である被告人が,その体重を加えて手指を狭く開いて被害児童の頚部を突っ張って押さえたとしても被害児童の所見と矛盾はないとも指摘するが(弁論要旨53ページ),このような行為があったことをうかがわせる証拠は,被告人自身の供述(被告人の公判供述・第4回公判調書添付反訳書31ページ)も含めて存在しない。


窒息死の機序について
弁護人は,被害児童の窒息死の機序につき,被告人が被害児童の口鼻や頚部に手を置いたことにより,被害児童が頚動脈洞反射を起こしてショック死した,あるいは,ギャグリフレックスにより窒息死した可能性がある旨主張する(弁論要旨54ないし56ページ)。しかしながら,頸動脈洞反射とは,総頚動脈が外頚動脈と内頚動脈とに分岐する頸動脈洞が圧迫されることにより迷走神経の混乱等を起こし,時には心停止に至る場合もある機序をいうが,被害児童の頚動脈洞には出血はなく,頚動脈洞反射が起こったことを積極的にうかがわせる所見はないし(J証言・第2回公判調書添付反訳書26ページ),被告人もそのような事態があったとは供述していない。また,ギャグリフレックスとは,猿ぐつわをかまされたときなどに,反射的に胃の内容物が気道に入るなどして死亡する機序をいうが,被害児童の口付近には,そのような事態があったことを疑わせるに足りる外傷はなく,このことから,J医師は,そのようなことが起きた可能性は否定できる旨明言している上(J証言・第2回公判調書添付反訳書28ページ),そもそも,被害児童に猿ぐつわをしたことをうかがわせる証拠は,被告人自身の供述を含めて存在しない。したがって,弁護人の上記主張は,被害児童の窒息死の機序として相当でなく,これによってJ証言ないしJ鑑定書の信用性がゆらぐことはない。


被告人の殺意について
上記致死行為の態様等の認定事実によると,以下のとおり,被告人には被害児童に対する確定的な殺意があったと推認することができる。
(ア)

致死行為の態様からの推認
上記(争点に対する判断)2・(1)・エ,2・(2)・ア及びイで認定した
事実によれば,成人男性である被告人が,事件当時7歳で,身長125.
0センチメートル,体重22.5キログラムの女児である被害児童に対し,上記(争点に対する判断)2・(2)・アで認定したとおり,頚部筋肉内出血やリンパ節の腫大を生じさせるほどの力で,その首を片手で前から突き上げるように握って絞めた結果,被害児童を窒息死するに至らせたものであり,通常,このような行為をすれば被害児童が死亡するに至ることは容易に予想されることからすれば,被告人がその行為当時被害児童に対する確定的な殺意を有していたものと強く推認することができる。
なお,弁護人は,被告人が利き腕でない左手を用いたと述べていることをもって,被告人の殺意の認定を妨げる根拠としているが(弁論要旨59ページ),仮に,被告人が左手で被害児童の頚部を絞めたとしても,上記のような致死行為の態様や被告人と被害児童との体格差を考慮すれば,上記殺意の推認を妨げるには足りず,これをもって,被告人が被害児童を絞め殺すことを予定していなかったとは到底いえない。
また,弁護人は,被告人がX荘階段下付近で被害児童に対する致死行為を行ったことを前提に,これが被告人の殺意の推認を妨げる根拠になる旨主張するが(弁論要旨60ページ),殺害行為は屋外でも行われ得るほか,上記(争点に対する判断)2・(1)・イのとおり,X荘付近がさして人通りの多くない場所であることからすれば,弁護人の主張は採用できない。次に,弁護人は,被害児童の遺体の外傷状況から,被害児童が抵抗した形跡がないとして,これを被告人の殺意の認定を妨げる根拠としているが(弁論要旨61ページ),被告人と被害児童の体格差からすれば,仮に被害児童が手足を動かして抵抗したとしても,被告人はそれを制する必要もなく,したがって,被害児童にさしたる外傷をつけることなく,致死行為を継続できたと考え得るのであって,被害児童の遺体の外傷状況から,被害児童が抵抗しなかったということはできないのであるから,上記弁護人の主張は採用できない。

(イ)

動機について
後記(争点に対する判断)2・(3)・ウのとおり,被告人は,被害児童に
対して,頚部圧迫行為に先行ないし並行してわいせつ行為をしたと認められるところ,そのわいせつ目的を遂げるため,あるいは,顔を知られた被害児童を殺害して犯行の発覚を免れるために被害児童の殺害を決意したと推認できるのであって,動機の点においても,被告人の殺意の推認を妨げる点はない。弁護人は,およそわいせつ行為をするために人を殺害することはあり得ないかのような主張をするが(弁論要旨62ページ),到底採用できない。
他にも,弁護人は,被告人の供述を前提に,被告人には暴力癖等がなかったこと,被害児童を見て自分の子供を思い出していたこと,被害児童との接触は偶然の出来事であったことを指摘して,これらが被告人の殺意の推認を妨げる根拠となる旨主張するが(弁論要旨63ないし65ページ),仮にこれらの事情があったとしても,被告人の殺意の推認を妨げるものではない。
(ウ)

被告人の犯行後の行動等について
弁護人は,被告人の犯行後の行動が,被告人の殺意の推認を妨げる根拠
となる旨主張するが(弁論要旨66ページ),上記(争点に対する判断)2・(1)・オのとおり,被告人は,被害児童の死体を本件段ボール箱に入れてこれを本件死体遺棄場所まで運んで放置し,さらに,本件ランドセルをH駐車場付近に置いているところ,これは,後記(争点に対する判断)3・(3)・イのとおり,自己の犯行の隠ぺい行為と認めるのが相当であって,何ら被告人の殺意の推認を妨げるものではない。したがって,弁護人の上記主張は採用できない。
(3)

わいせつ目的の有無について(争点②)
被害児童の死体の状況

(ア)

被害児童の外陰部には,膣口部が6時の位置で下方に向けて約0.2ないし0.3センチメートルの亀裂(以下陰部亀裂という。)が入り,
外子宮口の周囲に点状の出血が多数あった(J証言・第2回公判調書添付反訳書5ページ,J鑑定書・写真10,11)。また,肛門部やや上部に米粒大の赤褐色表皮剥脱が1個(以下肛門部表皮剥脱という。)あり,そこには,はっきりとした出血が認められる(J証言・第2回公判調書添付反訳書8ページ,J鑑定書・写真12)。さらに,被害児童の肛門部3時,6時,9時,11時の位置に1センチメートル前後の表皮亀裂部4個(以下肛門部亀裂という。)があったが,その部分からの出血は少量である(J証言・第2回公判調書添付反訳書10ページ,J鑑定書・写真12,写真撮影報告書・甲5)。
(イ)

被害児童の肛門の表面約1センチメートルの周囲幅及び肛門表面から約
1センチメートル内部,本件パンツの表面前面右側に人精液が付着しており,これらの精液は被告人の精液のDNA型と矛盾しなかった(証人Kの公判供述,鑑定嘱託書謄本・甲12,14,19,鑑定書・甲13,15,20,実況見分調書・甲4,捜査報告書・甲21)。

上記被害児童の状況から推認される被告人の行為態様について
(ア)

認定した被告人の行為態様
上記(争点に対する判断)2・(3)・アで認定した陰部亀裂,肛門部表皮
剥脱及び肛門部亀裂の形状,出血状況からすれば,陰部亀裂は,手指あるいは棒状物が被害児童の陰部の中に挿入されたことによって生じたものであり,手指の挿入によって生じたものであれば,複数回挿入されたことによって生じたものと推認でき(J証言・第2回公判調書添付反訳書7ページ),肛門部表皮剥脱は,手指等の小さな鈍体で生じたものであり,手指で生じたものであれば,手指の爪によって生じたものと推認でき(J証言・第2回公判調書添付反訳書8ページ),肛門部亀裂も,陰部亀裂と同様,
手指等の棒状物によって生じたものと推認できる(J証言・第2回公判調書添付反訳書9ページ)ところ,被告人自身,被害児童の陰部を手で触れたことを自認していること(被告人公判供述・第4回公判調書添付反訳書14ページ)からすれば,被告人は,被害児童の陰部である膣口部から外子宮口,肛門部に手指を挿入したものと推認できる。
また,陰部亀裂及び肛門部表皮剥脱は,生活反応である出血を伴っていることから,被害児童の生前に生じたものと推認できるが(J証言・第2回公判調書添付反訳書8ページ),肛門部亀裂は,弱い生活反応があることから,被害児童の心臓がわずかに拍動している,いわゆる死戦期に生じたものと推認できる(J証言・第2回公判調書添付反訳書10ページ,J鑑定書5ページ)。
また,被害児童の肛門部や本件パンツの人精液の付着状況やそのDNA型が上記(争点に対する判断)2・(3)・ア・(イ)のとおりであることや被告人自身の供述内容(被告人の公判供述・第4回公判調書添付反訳書13ページ)からすれば,被告人は,被害児童の陰部等に手指を挿入した前後ころに,自慰をして射精したことが認められる。
(イ)

弁護人の主張について
弁護人は,陰部亀裂及び表皮剥脱が生前に生じたとするJ証言につき,
J鑑定書の表現があいまいであるとか,呼吸停止後の心室細動の時間は平均15分は継続するなどとして,その信用性を争うが(弁論要旨73ないし75ページ),J鑑定書の表現は,そのJ証言と合わせ考えれば,到底あいまいなものとはいえず,心室細動の点についても,J医師は,弁護人の反対尋問にゆらぐことなく,明確に供述しているのであって(J証言・第2回公判調書添付反訳書23,24ページ),弁護人の上記主張は当を得ず,上記認定を左右するものではない。

被告人のわいせつ目的について

(ア)

被告人の上記一連の行為態様からの推認
上記(争点に対する判断)2・(3)・イで認定した事実によれば,被告人
は,被害児童に対し,殺意をもって上記致死行為(以下被告人の殺意に基づく被害児童に対する上記致死行為を本件殺害行為という。)を行った前後,いまだ被害児童が生存しているときに,被害児童の陰部である膣口部から外子宮口,あるいは肛門部に自己の手指を挿入し,さらに,本件殺害行為の結果,被害児童の心臓の拍動が弱くなった,その死戦期において,被害児童の肛門部に自己の手指を挿入したほか(以下,わいせつ目的をもって被害児童の陰部及び肛門部に自己の手指を挿入した一連の被告人の行為を本件わいせつ行為という。),本件わいせつ行為の前後において,自慰行為をして射精していることが認められるところ,このような被告人の行為態様からすれば,被告人にわいせつ目的があったことが推認できる。
(イ)

検察官の主張について
検察官は,本件パンツ及びブルマーに相当量の尿が付着していたこと
(証人Lの公判供述,鑑定書・甲17),被害児童が,死体発見当時ブルマーをはいておらず,本件パンツも前後逆に左臀部がはみ出すようにはいていたこと(実況見分調書・甲2,4,写真撮影報告書・甲28)から,本件わいせつ行為の前に本件殺害行為があり,本件殺害行為中に,被害児童が失禁し,被告人は,本件殺害行為と並行して,あるいは,被害児童の呼吸停止後その心臓拍動期に,被害児童が着用していた本件パンツ及びブルマーを脱がせ,その陰部に手指を挿入してもてあそび,心臓の拍動が微弱となった死戦期にその肛門部をもてあそんだ旨主張する(論告要旨8ページ)。しかしながら,被害児童が恐怖や驚愕のため失禁することは否定できないことからすれば,本件パンツに尿が付着していた事実から,直ちに,本件殺害行為が本件わいせつ行為に先行して始まったとまで推認する
には足りないこと,J医師は,被告人が被害児童の頚部を絞めて二,三分で死に至ったと供述しているところ(J証言・第2回公判調書添付反訳書4ページ),検察官の主張によれば,上記一連の行為が二,三分で行われたことになるが,被告人が片手で被害児童の頚部を絞めながら,片手で本件パンツ等を脱がせ,本件わいせつ行為を行ったとするには,時間的に無理があるとの疑いを払拭できないことからすれば,結局,上記認定のとおり,本件わいせつ行為のうち陰部亀裂及び肛門部表皮剥脱を生じさせた行為が本件殺害行為に先だって行われた可能性を含めた上で,本件わいせつ行為が行われたと認めるのが相当である。
(ウ)

弁護人の主張について
弁護人は,被告人が本件殺害行為を行う前に本件パンツを脱がせていないこと及び被害児童の身体に争った形跡がないことから,本件わいせつ行為が本件殺害行為の前に行われていない旨主張するが(弁論要旨68ないし73ページ),被害児童の身体の外傷状況から被害児童が抵抗していないと推認できないことは,上記(争点に対する判断)2・(2)・ウ・(ア)で指摘したとおりである。また,本件殺害行為前に本件パンツを脱がせていないことが,本件わいせつ行為が本件殺害行為の前に行われていないことの根拠とする理由について,弁護人は,わいせつ行為をしようとする者は,下着を脱がせるものであることを前提にするようだが(弁論要旨80ページ),その前提自体が失当というほかない。したがって,弁護人の上記主張をもって,上記認定が左右されるものではない。


弁護人は,被告人が本件わいせつ行為を屋外で行っていること,被害児童の死体を短時間で遺棄していること,被害児童を全裸にしていないこと,被害児童の肛門部に付着した糞便を払拭していないこと,被害児童の身体を触る前に自慰をしていること,当時の被告人方から被告人が
幼児性愛者であることを裏付けるビデオ等が発見されていないこと,被告人が成人女性と交際していたことを,被告人が本件わいせつ行為を行った際,わいせつ目的を有していなかったことの根拠として主張するが(弁論要旨79ないし82ページ),これらの主張自体,本件わいせつ行為の行為態様等から被告人がわいせつ目的を有していたとの上記推認やそれを裏付けるJ証言ないしJ鑑定書の信用性を左右するに足りるものではなく,弁護人の上記主張はいずれも失当というべきである。(4)

判示第2の犯行場所について(争点③)
毛布に被害児童の毛髪等が付着していることの評価
(ア)

検察官は,被告人方居間押入天袋から発見された毛布(以下本件毛布という。)に,極めて高い蓋然性で被害児童のものと認められる毛髪1本が付着していた(証人M,鑑定書・甲11,24,67,検証調書・甲30)ほか,被害児童のDNA型と被告人のDNA型が混在したものと見ても矛盾しないと判断される人血等の体液が付着していた(鑑定書・甲11,13,27,検証調書・甲30)ことを主な根拠として,本件殺害行為及び本件わいせつ行為はいずれも被告人方室内で行われたものと主張する(論告要旨10ページ)。これに対し,被告人は,本件毛布は,当日被害児童に会う前に,X荘1階に置いてある洗濯機で洗濯すべく,被告人方居間東側の押入から持ち出したが,洗濯機に入らないことがわかったので,洗濯機の横に置いていたところ(被告人の公判供述・第3回公判調書添付反訳書5ページ),本件殺害行為及び本件わいせつ行為の後,洗濯機の横に置いていた本件毛布を取ってきて置き,その上に被害児童の死体を置いて,本件毛布でくるみ,その後被告人方の外に置いてあった本件段ボール箱をX荘階段下に降ろしてきて,その中に被害児童を入れた旨供述する(被告人の公判供述・第4回公判調書添付反訳書17,18ページ)が,その内容自体が,およそ不自然であって信用できないとして排斥するに足
りるものではないし,この被告人の供述によっても,本件毛布に被害児童の毛髪や人血,さらには被害児童の肛門部付近に付着した被告人の人精液が付着したとしても不自然ではないことになる。
(イ)

そこで,検察官は,被告人が,本件毛布を洗濯しようとした際,同時に,
ポロシャツ四,五枚とパンツ1枚を洗濯しようとしていたと述べていること(被告人の公判供述・第3回公判調書添付反訳書2ページ)をとらえて,溜まった洗濯物を洗濯するのなら,ポロシャツの枚数に比べて,パンツの枚数が少ないことが不自然である旨主張する(論告要旨17ページ)。しかしながら,被告人が供述するような洗濯方法があり得ないほど不自然なものであるとはいえない上,被告人が本件ランドセルを遺棄した後,被告人方を訪れたBが,被告人方室内にはポロシャツが何枚か干してあったと述べていること(証人Bの公判供述・第5回公判調書添付反訳書5ページ)からしても,検察官の上記指摘をもって,被告人の上記供述が信用できないというには足りない。なお,検察官は,本件毛布が洗濯機で洗えるかどうかわからないのに,いきなり本件毛布を洗濯機で洗濯すべく持ち出したのは不自然である旨指摘するが(論告要旨17ページ),被告人のような行動を取ることが,およそ考え難いほど不自然ともいえず,この指摘をもってしても,被告人の上記供述の信用性を否定するには足りない。(ウ)

なお,弁護人は,本件毛布に被害児童の毛髪が付着していたとする上記
鑑定書等関係各証拠の信用性や証拠能力を否定するべきであるとるる主張するが(弁論要旨7ないし23ページ),これら鑑定書作成者の証人尋問の結果をみても,その信用性を否定すべき事情は見出せない上,被告人の上記供述によっても,本件毛布に被害児童の毛髪や人血が付着したとの上記鑑定書等の信用性は補強されているのであって,上記弁護人の主張は採用できない。

その他の検察官の論拠について

(ア)

検察官は,本件殺害行為及び本件わいせつ行為の態様からすれば,午後零時50分ころから午後1時40分ころまでの日中に,人目につきやす
い屋外で行われたことは考えられない旨指摘する(論告要旨11ページ)。しかしながら,A方前からX荘の外付け階段を上って2階にある被告人方まで被害児童を連れ込むこともまた人目に付くおそれがあるという点では同様であるが,そのような行為を目撃した者がいたとは証拠上うかがわれないし,上記(争点に対する判断)2・(1)・イのとおり,X荘敷地内は,X荘階段下付近も含めて,本件市道からの見通しはよくない上,昼間であっても,付近を通行する人や車の量は多くないこと,X荘北側のブロック塀の高さは約0.62メートルであるが,X荘敷地自体が本件市道から約0.7メートル高くなっていることからすれば,被告人の供述する犯行場所が極めて人目に付きやすい場所であるとまではいえないし,後記(争点に対する判断)2・(5)のとおり,判示第2の犯行が,被告人が被害児童と言葉を交わすうちに,にわかに被害児童に対する劣情を抱き,その欲望の赴くままに,後先を考えないまま敢行したものとも考え得ることからすれば,被告人において,慎重に犯行場所を選択しなかったとしても不自然とはいえないのであって,結局,被告人が本件殺害行為及び本件わいせつ行為を屋外で行った疑いは払拭できない。
(イ)

検察官は,被告人が,上記(争点に対する判断)2・(1)・ウのとおり,
判示第2の犯行当日の午後零時50分前後ころ,携帯電話機を開いて被害児童と言葉を交わしたこと,被告人方室内に複数のディズニーの日本語ビデオやぬいぐるみがあったことから,被告人が,携帯電話機の画像を見せて被害児童の興味を引き,その警戒心を和らげた上(論告要旨10ページ),上記ビデオなどで更に被害児童の興味を引いて,被告人方室内に連れ込んだと主張する(論告要旨11ページ)。しかしながら,被告人の携帯電話機に保存されている画像(以下本件携帯画像という。)は,被
告人と思われる外国人男性が子供を抱きかかえているものや,外国人の子供だけが一人又は数人で映っているもの,外国人の子供と成人女性が映っているものにHappyBirthday等の文字やハートマーク等の絵柄や枠が付されたものがあるに過ぎず(写真撮影報告書・甲35),これらの画像に格別子供心を刺激するものがあるとも思えない上,上記ディズニーのビデオやぬいぐるみは被告人方室内に置かれていたに過ぎないところ,一見して外国人の風貌であり日本語に通じず(被告人の公判供述・第4回公判調書添付反訳書2ページ,論告要旨9ページ),被害児童とは一面識もない被告人が,幼いなりにもしっかりとした性格であり(Fの検察官調書・甲41,Rの検察官調書・甲42),両親から見知らぬ人に付いていくことのないように言いつけられていたであろうと推察される被害児童(論告要旨9ページ)を,上記のような携帯電話機の画像やディズニーのビデオ等を材料にして,被告人方室内に誘い込めたとは,容易には考え難く,上記検察官指摘の点をもってしても,被告人が本件殺害行為及び本件わいせつ行為を屋外で行ったとの疑いは払拭できない。

証拠から認定できる犯行場所について
(ア)

以上みたところからすれば,判示第2の犯行は,A方前石段からX荘階段下を含めた敷地内あるいは当時の被告人方室内を含むX荘及びその付
近を超えない範囲の場所で行われたものと認めることができるものの,更にそのうちのいずれかを確定することはできないから,判示第2のとおり,その犯行場所については,X荘及びその付近の限度で認定できるにとどまる。
(イ)

なお,検察官は,公判前整理手続で判示第2の犯行はX荘f号室の被告
人方室内で行われた旨主張していたところ,第5回公判期日において,これをX荘及びその付近に変更する旨訴因変更請求をし,当裁判所は,これを許可したものであるが,弁護人は,検察官の上記訴因変更請求が被告人
の防御権を侵害するもので権利濫用に当たり許されない旨主張する(弁論要旨100ないし104ページ)。しかしながら,検察官の上記訴因変更請求は,公訴事実の同一性を損なうものではなく,また,その変更により含まれることになる犯行場所は,公判前整理手続で確認された当事者双方の主張の範囲内にあって,被告人の防御も尽くされているばかりか,むしろ,弁護人の主張に沿ったものである上,更に新たな証拠調べを要するものでもない。したがって,検察官の上記訴因変更請求は権利濫用には当たらず適法であって,これを当裁判所が許可したことに違法な点はない。(5)

判示第2の犯意の発生時期について(争点①,②に関連して)検察官の主張について
検察官は,被告人が,あらかじめわいせつ行為をしようとの意図のもとに,判示第2の犯行当日,児童等の下校時間帯に,A方前石段に座って対象とすべき女児を物色し,そこを通りかかった被害児童に声をかけ,携帯電話の画像を示すなどして巧みにその警戒心を和らげ,当時の被告人方に被害児童を連れ込んで本件殺害行為及び本件わいせつ行為を遂げたものであり,被告人の携帯電話機には本件携帯画像が収録されていたことや当時の被告人方に置かれていたディズニーのビデオやぬいぐるみは,そのための道具であったと主張し(論告要旨10,12,24ページ),判示第2の犯行は計画的犯行に準じるものであると指摘する(論告要旨24ページ)。しかしながら,上記検察官の主張には,以下のような疑問が残り,証拠上これを認めるには足りない。
(ア)

上記(争点に対する判断)2・(1)・ウのとおり,判示第2の犯行当日

ある平成17年11月22日は火曜日であったが,被害児童が通っていたD小学校で就学前検診が行われるため,被害児童ら在校生は,3時間目の授業終了後,給食を食べて下校することになったのであり,被害児童がA
方前石段付近を通りかかったのは,いつもの下校時間より早かったものと推認できるが(Cの警察官調書写し・弁2),単身で日本語にも通じない被告人が,このような事情を知っていたとは認め難く,検察官が主張するように,被告人が児童の下校時間帯を狙ってA方前石段付近に座っていたと推認するには足りない。また,被告人は,Bからもらった電話番号をメモするため屋外で携帯電話機を操作していた旨述べるが(被告人の公判供述・第3回公判調書添付反訳書8ページ),このような携帯電話機の操作を,当時無職の被告人が日中屋外で行ったとしても,格別不自然とはいえず,これをもって,被告人がわいせつ行為をするために女児を物色していた根拠とするには足りない。
(イ)

また,上記(争点に対する判断)2・(4)・イ・(イ)のとおり,本件携帯
画像は格別子供の興味をひくものともいえない上,その内容は被告人の家族と思われる子供の写真等であり,被告人が自己の携帯電話機に収録していたとしても格別不自然とはいえず,また,ディズニーのビデオ等も被告人方室内に置いてあったもので,被告人がこれらを屋外に持ち出して被害児童に示したものではないが,日本語に通じない被告人が,これらディズニーのビデオ等を屋外で被害児童を誘うために道具としてどのように用いたのかは証拠上判然とせず,検察官も,巧みにその警戒心を解いた上でとか被害児童の興味をひくような優しい外国人を演じていたと主張する(論告要旨12ページ)のみで,日本語に通じない被告人がどのようにして巧みに被害児童の警戒心を解いたのかにつき証拠に基づいた具体的な主張をなし得ないのである。したがって,本件携帯画像や被告人方にディズニーのビデオ等があったことをもって,被告人がわいせつ行為をするために女児を物色していた根拠とするには足りない。

証拠上認定できる犯意の発生時期について
結局,上記(争点に対する判断)2・(1)ないし(3)で認定した事実からす
れば,被告人は,判示第2の犯行当日午後零時50分ころ,A方前石段付近で被害児童と言葉を交わし,その後,同日午後1時40分ころまでの間に,被害児童を少なくともA方前石段付近からX荘階段下付近あるいは当時の被告人方室内を含むX荘付近に連れ込み,本件殺害行為及び本件わいせつ行為を遂げた後,被害児童の死体を本件段ボール箱に入れて黒色ビニールテープを用いるなどして梱包し,これを本件死体遺棄場所に遺棄するまでの行為を遂げたことになるが,これらに要する時間を考慮すれば,被告人は,被害児童と言葉を交わすのを目撃された後,短時間のうちに被害児童をX荘敷地内に向けて連れ込む行為を開始したものと推認することができる。このような行為態様に加えて,性犯罪は,自己の劣情の赴くままに,後先を考えず衝動的に犯行に及んだとしても不自然とはいえない犯罪形態であることからすれば,被告人は,判示第2の犯行当日午後零時50分ころ,被害児童と何らかの言葉を交わすうちに,被害児童に対する劣情を抱き,自己の欲望の赴くままに,被害児童に対し強いてわいせつな行為をしようと企てた疑いが払拭できず,遅くとも被害児童をX荘敷地内に向けて連れ込む行為を開始した時点において,本件わいせつ行為の犯意が生じたと推認できるにとどまるというほかない。また,被告人は,上記(争点に対する判断)2・(2)・ウのとおり,本件わいせつ行為の目的を遂げるため,あるいは,その発覚を免れるため,被害児童の殺害を決意したと推認できるが,その殺意を推認する主な根拠が,上記(争点に対する判断)2・(2)・イ・(ア)のとおり,被告人の被害児童に対す

る致死行為の態様であることからすれば,被害児童に対する殺意は,
遅くとも当該致死行為を始めたとき,すなわち,被害児童の頚部を片手で絞める行為を始めるまでには生じていたものと推認できるにとどまるというほかない。
3
責任能力の有無(争点④)についての判断
(1)

弁護人の主張

弁護人は,判示第2の犯行当時,被告人は,自己に害悪行為を指示する悪魔の声が聞こえ,その声の指示に従って他動的に行動しており,自己の行為をまるで映画の一場面を見るかのように空中から眺めているという精神状況にあったものであるから,心神喪失ないし心神耗弱状態にあった旨主張し(弁論要旨83,84ページ),被告人は,これに沿う供述をするので,以下この点について検討する。
(2)

認定事実
前掲関係各証拠によれば,上記2で認定した事実のほか,以下の事実を認め
ることができる。

被告人は,従前悪魔が入ってきたなどと言って精神に失調を来した様子を見せたことはなく,来日後複数の女性と交際し,また,背中の痛みのために長続きしないながらも勤めをし,兄N(以下Nという。)の生活面の助言を聞き入れており,NやX荘の階下に居住していた親戚のBからみても,格別異常な点は見られず,普通の日常生活を送っていた(被告人の公判供述,証人B及び同Nの各公判供述)。


被告人は,上記(争点に対する判断)2・(1)・オのとおり,判示第2の犯行後,本件ランドセルの入った紙袋を放置してから,Bと出会い,一緒に薬局に行ったり,食事を作って食べたりしたが,格別変わった様子はなかった。また,被告人は,マスコミがうるさいので,買ったばかりのガスコンロを捨てたいとBに言うことがあり,平成17年11月26日の土曜日に,被告人方台所に備え付けてあった上記ガスコンロをアンテナ用の段ボール箱に入れて梱包した上,2階からロープで下に降ろし,X荘南側敷地に置いていたが,同月27日の日曜日午前中に,被告人を訪ねてきたX荘の大家に対しては,上記ガスコンロは多分盗まれたと言った。また,被告人は,同月28日の月曜日から,広島にあるO社で働く予定であったのに,同月27日に,三重県鈴鹿市内にある姉P方に行った(被告人の公判供述・第5回公判調書添付反
訳書1ないし4,20,21ページ,証人Bの公判供述・第5回公判調書添付反訳書11,12ページ,同Nの公判供述・第3回公判調書添付反訳書7ないし16ページ)。

被告人は,逮捕された後,当初は本名を偽り,自分にはアリバイがあるなどと嘘をついていたが,Nが弁護人を通じて,本当のことを言うように被告人に伝えると,判示第2の犯行への関与自体は認めるに至った(証人Nの公判供述・第3回公判調書添付反訳書32,33ページ)。

(3)

認定事実からの判断
上記(争点に対する判断)2,3・(2)で認定した事実を総合すれば,以下の
とおり,被告人の判示第2の犯行態様,動機に奇異な点,了解不可能な点はないほか,被告人が判示第2の犯行後,犯跡隠ぺい行為に出ていること,被告人の判示第2の犯行当時の記憶は詳細に保たれていること,被告人の生活歴や当公判廷での言動において,特に精神障害をうかがわせる異常な言動はなく,むしろ,自己の行為の是非を認識した上で,的確な防御活動に及んでいるとうかがわれることからすれば,被告人は,判示第2の犯行当時是非を弁識し,これに従って行動する能力を有していたと認めるのが相当である。

犯行態様,動機について
(ア)

被告人は,上記2で認定したとおり,本件わいせつ行為及び本件殺害行為を敢行するにあたって,被害児童の陰部や肛門部に手指を挿入し,自
慰行為をして射精し,そのわいせつ行為を遂げるため,あるいは,その犯跡を隠ぺいするため,本件殺害行為に及んだものと推認されるところ,このような犯行態様・動機は,それ自体不当ではあっても,その目的に照らせば了解可能な行為であり,判示第2の犯行全体を通じて奇異な点,了解不可能な点はうかがえない。
(イ)

もっとも,弁護人は,被告人が,判示第2の犯行を屋外の開放された場
所で行い,特に,性器を露出して自慰行為をしたことや,犯行前に被害児
童と一緒にいるところを目撃されていることを認識していながら犯行に及んだことは不合理である旨主張する(弁論要旨84,85ページ)。しかしながら,判示第2の犯行場所は,上記(争点に対する判断)2・(4)のとおり,被告人の供述するX荘階段下を含めたX荘付近の屋外であったことは否定できないものの,上記(争点に対する判断)2・(1)・イのとおり,付近の人通りはさして多くなく,X荘階段下を含めて,見通しがよいとは言えないこと,屋外で性犯罪が行われること自体,さして奇異とはいえないことからすれば,判示第2の犯行が屋外で行われたとしても,そのことから被告人の行動が奇異であるとはいえない。また,上記(争点に対する判断)2・(1)・ウによれば,被告人は判示第2の犯行直前に被害児童と一緒にいるところをGらに目撃されているが,仮に被告人がそのことを認識していたとしても,上記(争点に対する判断)2・(5)のとおり,にわかに劣情を催し,その結果後先を考えないまま判示第2の犯行に至ったとしても不自然とはいえない。したがって,弁護人の上記主張は採用できない。イ
被告人の犯跡隠ぺい行為
(ア)

被告人は,上記(争点に対する判断)2のとおり,被害児童殺害直後に,
その死体を本件段ボール箱に入れて梱包し,一見して死体が入っていると分からないよう隠ぺいした上で,判示第2の犯行場所から100メートル以上離れた本件死体遺棄場所まで自転車で運んで遺棄し,その後,本件ランドセルも,紙袋に入れて隠ぺいした上,これもいったん本件死体遺棄場所に遺棄しようとしたが,人がいたため断念し,H駐車場付近まで運んで放置したのであり,被告人自身,そのときの心境について,人が通っていましたので,女の子が見られるかもしれないと思いました(被告人の公判供述・第4回公判調書添付反訳書18ページ),人から見られないようにして,袋の中にランドセルを入れました(被告人の公判供述・第4回公判調書添付反訳書20ページ),その人が私を見たかもしれないと思うと怖くなってきたので,駅のほうに行って交番を通り過ぎた辺りのお店のところに袋を置きました(被告人の公判供述・第4回公判調書添付反訳書21ページ)などと,犯行の発覚を免れたいとの思いがあったことを率直に述べている。
また,被告人は,上記(争点に対する判断)3・(2)のとおり,買ったばかりのガスコンロを梱包して,被告人方の窓からロープで吊して出し,上記(争点に対する判断)2・(1)・イのとおり,X荘敷地の出入口とは反対側にあって人目には付きにくいX荘南側敷地に置いているが,これも,被害児童の死体を入れた本件段ボール箱との結びつきを隠すため犯跡隠ぺいの意図で行ったものと推認できる。
さらに,被告人は,上記(争点に対する判断)3・(2)のとおり,就職先に働きに出る前日である平成17年11月27日に,三重県鈴鹿市の姉P方に赴いているが,これは,逮捕された当初,警察官に対し,本名を偽り,虚偽のアリバイを述べるなどした供述態度と併せ考えれば,捜査の手が自己に及ぶのを避けるため,逃走を図ったものと推認するのが相当である。(イ)

弁護人は,被告人が被害児童の死体を本件死体遺棄場所に遺棄したこと
など,上記行為の内容をみるに,これらの行為は,犯跡隠ぺい行為としては拙劣であって,かえって被告人と判示第2の犯行を結びつけることにもなりかねないが,このような行為に出たこと自体,被告人の責任能力を疑わせる根拠になる旨主張する(弁論要旨90ページ)。しかしながら,被告人の上記行為が,犯跡隠ぺい行為として常軌を逸しているほど拙劣であるとは到底いうことはできないし,仮により巧妙な犯跡隠ぺいの方法が考えられたとしても,そのような行動を被告人がとらず,結果的に被告人の犯跡隠ぺい行為が失敗に終わったことが,被告人の行為の異常性を裏付けることにはならず,弁護人の上記主張は採用できない。
(ウ)

なお,被告人は,ガスコンロを隠したのは,新聞記者が被告人を訪ねて
きて,ガスコンロを盗んだと疑われていると思ったためである旨供述しているが(被告人の公判供述・第5回公判調書添付反訳書2ページ),被告人において,判示第2の犯行ではなくガスコンロ窃盗に対する嫌疑を心配したということ自体不自然であって,被告人の上記供述は信用できない。また,被告人は,P方に行ったのは,新聞記者にうんざりしたため頭を冷やしてリラックスするためである旨供述するが(被告人の公判供述・第5回公判調書添付反訳書4ページ),広島の就職先へ出勤する予定を放棄してまでP方に行った理由としては不自然であり,上記のとおり,被告人が他にも種々の罪証隠滅行為に及んでいることにも照らすと,被告人の上記供述は信用することができない。

被告人の記憶の保持状況等
被告人は,公判廷においても,判示第2の犯行及びその前後の状況について,極めて詳細かつ具体的に供述をしていて,意識は清明で,記憶の欠落があるとはうかがわれないし,公判での供述内容を見ても,質問に対し意味不明な応答をすることもなく,自己が行った行為の結果に対して,被害児童の遺族に謝罪する旨述べる一方で,殺意やわいせつ目的はなかったなどと供述して,自己の罪責を軽減するための防御活動を行っている。


被告人の生活歴
(ア)

被告人は,上記(争点に対する判断)3・(2)のとおり,判示第2の犯

前には,破綻なく社会生活を送っていたものといえ,精神障害をうかがわせるような事情はなく,精神障害を来すような効果を持つ薬物等を摂取した形跡もなく,被告人の兄であるNにおいても,以前に被告人が自分に悪魔が入ってきたなどと言うことを聞いたことがない旨述べている(証人Nの公判供述・第3回公判調書添付反訳書45ページ)。
(イ)

もっとも,弁護人は,被告人が,幼児期に実父からベルトで殴られるな
どの虐待を受け,また,15歳で入隊した軍隊で脱走を余儀なくされるほどのいじめを受けたことがあり,そのことが,被告人に解離性同一障害やPTSDないしそれに類する障害を引き起こした可能性がある旨指摘する(弁論要旨87,88ページ)。しかしながら,弁護人が指摘する,幼少時の父親からの虐待や軍隊でのいじめがあったとしても,被告人や証人Nの公判供述によれば,判示第2の犯行は,そのようなストレス体験から既に相当期間が経過した後に敢行されたものである上,判示第2の犯行前後に心身の障害をうかがわせる言動等もうかがえない以上,上記のようなストレス体験が被告人の精神障害を疑うべき根拠になるとはいえない。(4)

被告人の供述する異常体験について
被告人の供述する異常体験の内容
被告人は,被害児童と会話を交わしていると,突然寒気を感じて鳥肌が立ち,身体が少し持ち上った感じがして,上から物を見る感じになり,被害児童だけが劇場でスポットライトを浴びたように映し出されて視界に入り,この子を殺せという声が聞こえて,逆らうことができず,被害児童を引き寄せるようにして抱き寄せ,右手を被害児童の口と鼻に置き,左手をその首に置いたところ,もう死んでいる,マスターベーションをしろという声が聞こえたので,それに従って自慰行為をして射精し,さらに,被害児童の陰部を触れとの声が聞こえたので,それに従ったが,その後,彼女をバラバラにしろとの声が聞こえたものの,それに従わなかったところ,悪霊は出て行って,普通の視界に戻ったが,それまでの間,自分が何をしているのかもわからず,寒さ暑さも感じなくなり,感情もなくなった旨供述する(被告人の公判供述・第4回公判調書添付反訳書5ないし16,35,46,50,51ページ)。


上記被告人供述の信用性
しかしながら,上記被告人の供述は,以下に指摘する点から,信用するこ
とができず,上記(争点に対する判断)3・(3)の判断を左右するに足りない。(ア)

被告人は,上記のとおり,悪魔にとり憑かれている間は,全く感覚がないかのような供述をする一方で,被害児童の脈がないのを確認した(被
告人の公判供述・第4回公判調書添付反訳書13ページ),被害児童を我が子を抱き上げるような感覚で抱き上げた(被告人の公判供述・第4回公判調書添付反訳書30ページ),被害児童を地面に横たえたときには,力も何もない状態だった(被告人の公判供述・第4回公判調書添付反訳書40ページ)などと,実際には感覚があったことをうかがわせる供述もるるしているが,このことは,被告人が,感覚の有無を,自己の都合のいいように使い分けていることをうかがわせる。
(イ)

被告人は,上記(争点に対する判断)2・(1)・オのとおり,判示第2
の犯行後早々に被害児童の死体やランドセルの遺棄を手際よくやり遂げた上,その帰りにBと出会うと,一緒に買い物に行ったり,食事をしたりして過ごし,特に変わった様子は見られなかったというのである。しかしながら,被告人が,真実その供述するような異常な体験をしたのであれば,それをもたらした悪魔に対する恐怖から,親戚であるBに助けを求め,あるいは,それを払うために宗教的行動に出るなり,それを依頼できる場所に行こうとするなど,異常な体験にふさわしい特異な行動に出たとしても不思議ではないが,被告人は,上記のとおり,一切そのような行動に出ることなく,極めて普通の態度でBに接するなど,普通に日常生活を送っているのであるが,このような被告人の行動は,その供述するような異常な体験をした者がとる行動としては,不自然というほかない。
(ウ)

また,被告人が供述する異常体験が真実あり,かつ,それが何らかの精
神障害に由来するものであれば,それ自体相当に重度の精神障害であるというほかなく,したがって,被告人の日常生活においても,そのような精神障害をうかがわせる行動となって現れるのが自然であるのに,上記(争
点に対する判断)3・(2),(3)のとおり,被告人の判示第2の犯行前後の行動に不自然な点がないばかりか,生活歴においても,そのような行動があったとはうかがえない。そうすると,被告人は,判示第2の犯行前後の極めて短時間においてのみ,突如そのような重篤な精神障害を来したというほかないが,被告人が薬物等を摂取したともうかがわれない以上,そのような不自然なことが起きることは考えられないというべきである。(エ)

なお,弁護人は,被告人の姉Qが悪魔にとりつかれたかのような

異常な言動をしたことがあったことや(被告人の公判供述・第4回公判調書添付反訳書24ページ,証人Nの公判供述・第3回公判調書添付反訳書19ないし21,29,30ページ),Bが,ペルーで異常な行動をとりながら悪魔が入っているなどと言う女性を見たこと(証人B公判供述・第5回公判調書添付反訳書16,17ページ)から,このような悪魔が入ったという精神障害の症状があり得る旨主張する(弁論要旨85,86ページ)。しかし,Bの見た女性やQの症状が,そもそも精神障害に基づくものか全く明らかでない上,かえって,これらの者の症状が,精神科医による治療によってではなく,牧師や教会関係者の祈りによって治癒したことからすれば(証人Nの公判供述・第3回公判調書添付反訳書21ページ,証人B公判供述・第5回公判調書添付反訳書16ページ),これらの事実が仮にあったとしても,それらが精神障害に由来するものとは考え難く,このことをもって被告人に精神障害についての遺伝的な負因があるとはいえないし,ましてや,被告人の上記供述の信用性を補強するものともいえない。さらに,Bによれば,ペルーでは,人を殺してしまったり,暴力を働いてしまったときに,その人の中に悪魔が入ってきたというのは,よく使う表現だと述べているが(証人B公判供述・第5回公判調書添付反訳書15ページ),これからすれば,ペルーにあっては,悪魔が入ってきたというような表現は,精神障害を示唆するものではなく,
むしろ,よくない行為をしたときに使われる慣用句として用いられていることがうかがえるのであって,上記弁護人の主張をもっても,被告人の上記供述が信用できないとの結論を左右するものではない。
(5)

以上みたところによれば,被告人が,判示第2の犯行当時,是非善悪を弁別
し,これに従って自己の行為を制御する能力を有していたことは明らかである。(法令の適用)
(前略)
なお,弁護人は,判示第2の事実につき,1人の死を殺人罪と強制わいせつ致死罪とで二重評価するのは相当でなく,殺人罪と強制わいせつ罪の観念的競合として処理すべき旨主張する(弁論要旨91,92ページ)が,本件では,被告人は,当時7歳に過ぎない被害児童に対して,手指を陰部等に挿入して傷を負わせる強制わいせつ行為をする過程のなかで,強制わいせつ行為に引き続き,あるいは,これと並行して,同児の反抗を抑圧して強制わいせつ目的を遂げるため,ないしは,これに加えて犯行の発覚を防ぐために,同児に対する殺意をもって殺害行為に及んだ上,更に肛門部に手指を挿入するなどしているのであり,このような事実関係のもとでは,包括して強制わいせつ致死罪が成立するとともに殺人罪が成立し,両罪は観念的競合の関係に立つと解するのが相当である(最高裁判所昭和31年10月25日第1小法廷判決・刑集10巻10号1455ページ,最高裁判所昭和36年8月17日第1小法廷判決・刑集15巻7号1244ページ)。
(量刑の理由)
1
事案の概要
本件は,ペルー国籍の被告人が,有効な旅券又は乗員手帳を所持せずに本邦に入国して,引き続き約1年7か月の間不法に在留した出入国管理及び難民認定法違反1件(判示第1)と,その間,当時7歳の女子小学生に強制わいせつ行為をして殺害した上(判示第2),その死体を遺棄した(判示第3)という強制わいせつ致死・殺人及び死体遺棄各1件の事案である。

2
判示第2及び第3の各犯行について
(1)

犯行に至る動機・経緯について
判示第2及び第3の各犯行に至る動機・経緯において,被告人のために酌む
べき点はない。
すなわち,被告人が判示第2の犯行に至った経緯は,上記(争点に対する判断)2で認定したとおりであるが,これによれば,上記(争点に対する判断)2・(5)・イのとおり,被告人は,判示第2の犯行当日午後零時50分ころ,オーラなどとスペイン語であいさつの言葉を述べる被告人と言葉を交わすなどした当時7歳の純情無垢な被害児童に対し,あろうことか劣情を抱き,自己の欲望の赴くままに直ちに本件わいせつ行為に及ぶとともに,そのわいせつ目的を遂げるため,あるいは,その発覚を妨げるため,ためらうことなく被害児童の殺害を企てたものであって,その動機・経緯は,卑劣かつ冷酷というほかなく,何ら酌むべき点はない。さらに,被告人は,判示第2の犯行を遂げた後,上記(争点に対する判断)2・(1)・オ,同3・(3)・イのとおり,判示第2の犯跡を隠ぺいするため,これもためらうことなく判示第3の犯行に至ったもので,自らの手によって陵辱し,殺害した被害児童に対する憐憫の情や重大な犯行を犯したことに対する自責の念など全くうかがわれない身勝手極まりないものであって,この動機・経緯についても何ら酌量すべき点はない。(2)

犯行態様について
次に,判示第2及び第3の各犯行の態様も悪質である。
すなわち,被告人は,いまだ年端もいかず,そもそも通常は性的欲望の対象
とはなり得ず,また身体の状況もそのような状態にはない,いたいけな当時7歳の被害児童に対し,上記(争点に対する判断)2・(1)・エのとおり,その陰部に対し,自己の手指を,被害児童の外子宮口に至るまで深く,また相当な出血をみる亀裂を生じさせるほど強引に何度も挿入し,さらに,被害児童の肛門部に対しても,その死戦期に至るまで,やはり相当の亀裂を生じさせるほど強
引に自己の手指を挿入したばかりか,その前後ころ,自慰行為をして射精までして,自己のゆがんだ性的欲望を遂げたものであって,それだけでも極めて陰湿かつ執ような犯行態様であるほか,これに加えて,被告人は,確定的殺意を持って,およそ抵抗力があるとは思われない被害児童のか細い頚部に前から片手を広げて相当の力で絞め続け,同児を窒息死するに至らしめたものであって,冷酷非情で残忍な犯行態様でもある。さらに,被告人は,被害児童を殺害後,上記(争点に対する判断)2・(1)・オ,カのとおり,その犯跡を隠ぺいするため,直ちに,被告人方にあった本件段ボール箱に,被害児童の遺体を折り曲げるようにして入れ,これを黒色ビニールテープで梱包した後,これをちゅうちょすることなく,自転車で運んで遺棄しており,自己の手に掛かって死亡した被害児童に対する思いやりなどみじんも見えない,大胆かつ冷酷な犯行態様というべきであって,判示第2及び第3の一連の各犯行態様は,極めて悪質というほかない。
(3)

犯行後の被告人の行動等
被告人は,判示第2及び第3の各犯行後,さらに,上記(争点に対する判
断)2・(1)・オ,キのとおり,被害児童の所持していた本件ランドセルを紙袋に入れ自転車に乗せた上,いったん被害児童の死体を遺棄した場所に遺棄しようとしたが,同所に人がいることを発見するや,これをH駐車場付近に投棄して犯跡隠ぺいを図ったほか,その後も,上記(争点に対する判断)3・(2)のとおり,本件段ボール箱と結びつくおそれのあるガスコンロを被告人方台所から外して別の箱に梱包してX荘南側敷地に隠匿し,さらに,上記各犯行の5日後には,X荘からも出奔して所在をくらまし,自己に捜査の手が及ぶことから逃れようとしているばかりか,上記(争点に対する判断)2・(1)・オのとおり,判示第2及び第3の犯行当日,偶然出会った被告人の親戚である女性と一緒に,平然と買い物をしたり食事をとったりした上,同女から警察官等が大勢集まっていると告げられても,特に動揺を見せることはなかったというのであるが,
このような被告人の態度からは,被害児童に対する憐憫の情や自己の犯行の重大性を認識し,これを後悔する気持ちなどは,到底見て取れない。加えて,被告人は,上記(争点に対する判断)3・(2)・ウのとおり,逮捕直後は虚偽のアリバイを述べるなどして判示第2及び第3の各犯行への関与すら否認し,その後兄の忠告を受け入れて,上記各犯行への関与自体は認めるに至ったものの,判示第2の犯行については,公判段階に至っても殺意やわいせつ目的を否認するほか,その犯行の原因を自己の身体に入ってきた悪魔のせいにするなど,不合理極まりない責任転嫁に終始し,せめて愛娘の最期について真実を明らかにした上,素直に罪を認めて欲しいという被害児童の両親の切なる願いに対しても,ついに最後まで応えることはなかったのであって,被告人が,当公判廷で,被害児童やその遺族に対する謝罪の言葉を繰り返し述べていることを考慮しても,その反省の気持ちは到底十分なものとはいえない。(4)

犯行結果について
以下のとおり,被告人の敢行した判示第2及び第3の各犯行により,被害児
童はその尊い一命を失ったばかりか,被告人の上記凶行により愛する家族を突如失った遺族の悲しみも甚大であり,加えて,社会に与えた影響も多大なものであったと推察できるのであって,その結果は極めて重大である。ア
被害児童は,平成10年4月10日に,自衛官の父(以下単に父という。)と元看護師の母(以下単に母といい,父と合わせて両親という。)との間に待望の第1子として誕生した。被害児童は,母から愛する宝物という思いを込めて乙と名付けられたとおり,両親や祖父母の愛情を一身に受け,被告人の凶行に遭うまでは,転勤の多い父に従って,家族と共に各地を転居しながらも,幼稚園に入園し,更には小学校に入学し,いずれも元気に通うなど,健やかに成長していたのである。被害児童は,日頃,幼稚園や学校での出来事や新しい友達ができたことなどを,母に笑顔で一生懸命話しかけ,また,父の転勤に伴って友達と離ればなれになるときにも,
仲良くなりたいと思ってくれた児童と遊んであげ,母の日には,自らパーティーを企画して,自作の歌を弟と一緒に歌って聴かせるとともに,手作りのカードをプレゼントするなど,幼いながらも気配りのできる心優しい性格である一方,平成13年に弟が生まれるや,忙しくしている母に代わってミルクを飲ませるなどして面倒を見,弟が成長して言葉を理解するようになると,幼稚園や学校で教わってきたことを,まるで小さな先生になったかのようにして話して聞かせ,母が体調を崩して寝込むと,母の身体を気遣って,水や食べ物を枕元に持って来たり,留守番を頼めば,その間に部屋を掃除するなど,利発でしっかりした一面も併せ持ち,将来は,母と同じ看護師さんになりたいなどと言って,将来への夢をふくらませ,英語教室,ピアノ教室,さらには学習塾にも元気に通い,被害に遭う3日前にも家族そろって呉市に遊びに行くなど(押収してある手帳・平成18年押第15号符号3,平成17年11月19日欄の記載),家族とともに幸せいっぱいの生活を送っていたのである。このようななか,被害児童は,判示第2及び第3の犯行当日,いつものように出勤する父を,バイバイと手を振って元気に見送った後,母に,

いってきます。

と言って登校し,元気に授業を受けた後,父が習っていた少林寺拳法の正式の部員になることを楽しみにし,あるいは,いつものように大切にしている宝物の箱(Rの検察官調書・甲42添付写真17)に入れようとしてか,ドングリの実を拾ってポケットに入れるなど(実況見分調書・甲4,写真第9号)しながら,元気に帰宅する途中,安全であるべき白昼の通学路において,たまたま被告人と言葉を交わす機会があったばかりに,助けを求めるひまもなく,また,なぜ自己がこのような理不尽な被害に遭うのかも理解できないままに,劣情にかられた被告人の凶行に遭い,これまで経験したことのない恐怖や苦痛のなかで,何らの落ち度もないのに,陵辱された挙げ句,わずか7歳でそのかけがえのない尊い一命を失い,楽しみにしていたクリスマスを迎えることも(押収してある手帳・平成
18年押第15号符号3,平成17年10月4日の記載),絵を描くほど大好きだったハニードーナツをピアノ教室の帰りに買って口にすることも(Rの検察官調書・甲42,写真20,押収してある手帳・平成18年押第15号符号3,平成18年3月20日の記載),封筒に入れて父にあげたひまわりの種(Rの検察官調書・甲42)が芽を出して花を咲かせるのも見ないまま,そして,夢と希望で満ちていたであろうはずの人生を謳歌することもないまま,その可能性に満ちた未来を一瞬にして奪われたばかりか,死後は段ボール箱に詰められて無惨な姿で遺棄されたのであって,被害児童が本件凶行によって被ったであろう恐怖や苦痛,さらに,その無念の情には,察するに余りあるものがある。

両親は,いずれも,上記のとおり優しく利発な被害児童を心から慈しみ育ててきたものであり,また,母にあっては,将来被害児童がその夢を叶えて看護師になったとき,

お母さん,こんなんだったんだよ。

などと自己の看護師としての経験を教えることを楽しみにし,また,父にあっては,被害児童が自衛隊に勤務する看護師になって,いつかは自衛官の妻となることを夢に見るなどして,その将来を幸多かれと願い,また,楽しみにしてきたものである。被害当日も,母は,いつものように,

乙ちゃんに力を下さい。今日も一日,乙ちゃんが楽しく過ごせますように。

などと,被害児童の手をしっかり握って,その無事を祈って小学校に送り出し,父も,被害に遭う前日に測った被害児童の身長などを記入した少林寺拳法部への願書を,被害当日の夜に被害児童と提出することを楽しみに,勤務に励んでいたものである。このようななか,母は,被害児童の帰宅が遅いことから,その通学路を自転車に乗って探し回り,その安否を心配して不安にさいなまれる時間を過ごすなか,警察官から被害児童が被害に遭ったことを告げられ,急いで夫である父に連絡するとともに,被害児童が収容された病院に赴いたのである。そこで,両親は,当日の朝まであれほど元気だった被害児童の変わり果てた
姿と対面することになったのであるが,母は,

乙ちゃん,乙ちゃん,どうして,どうして。

と叫びながら,被害児童の身体にすがって泣き崩れ,父もまた,

くそー,くそー。

と言いながら同様に泣き崩れたというのであり,被害児童の両親が被ったであろう衝撃やその尽きることのない悲しみは,いかばかりのものであったろうかと察するに余りあるものがある。両親は,現在も,そして今後も決して瘉されることはないであろう被害児童を失った喪失感や悲しみを(たとえば,押収してある手帳・平成18年押第15号符号3,平成18年1月31日,同年2月5日,同月12日,同年3月20日,同月24日,同年4月17日の各記載等多数),その悲痛な心情と共に,公判廷において切々と訴え,母にあっては,

余計に憎しみと怒りが強くなりました。

と,父にあっても,

何も悪いことをしていない幼い子供を平気で暴行し殺すような人間を絶対に許すことができません。

と,それぞれ被告人に対して極刑を望む旨述べて,極めて峻厳な処罰感情を吐露しているが,被害児童の遺族の心情としては当然というべきである。
また,仲の良かった姉を突然失った被害児童の幼い弟の悲嘆も深く,被害児童の死ということを十分に理解できないままに,

どうやったら,乙ちゃん,生き返るの。

僕も死んで,乙ちゃんのところに行きたい。

などと言い,母から,被害児童が星になったと教えられるや,昼間でも空に星を探すなどしており(Fの検察官調書・甲41),その幼い心が受けた悲しみや喪失感もまた多大なものがあると察せられる上,今後,姉である被害児童が殺害された状況を知ったときに受けるであろう精神的衝撃の大きさも憂慮される。さらに,被害児童の祖父母らも,愛してやまない孫娘である被害児童が殺害されたとの悲報に接して,泣き叫ぶなどしたというのであり(Rの検察官調書・甲42),その悲痛な心情も筆舌に尽くし難いものがあると察せられるのであって,被害児童の両親同様,被告人に対し極刑を望んでいるのも(押収してある手帳・平成18年押第15号符号3,平成18年4月1
5日欄の記載),遺族の心情として,やはり十分に理解できる。

加えて,判示第2及び第3の各犯行は,白昼学校帰りのわずか7歳の被害児童が,判示のとおり,極めて悲惨な被害に遭った事件として,地域の住民,特に被害児童と同じ年齢の女児を持つ親たちや学校関係者に与えた衝撃,恐怖もまた多大なものがあったものと容易に推察されるところ,これら社会に与えた影響も到底軽視できるものではない。

3
判示第1の不法入国・在留事件について
被告人は,姉から,日本に行けば金を稼ぐことができるなどと聞いて,全く実体のない架空人名義の出生証明書等を利用してその名義で旅券を入手し,これを使用して本邦に不正に入国した上,その後引き続き,1年7か月以上の長期にわたり本法に在留していたものであって,判示第1の犯行態様は計画的で悪質なものであり,我が国の出入国管理行政の適正な運用に及ぼした悪影響も軽視できない。

4
量刑選択の判断
(1)

判例の示す死刑選択の基準について
以上見てきたところによれば,被告人の犯情は甚だ悪く,その刑責は極めて
重大といわざるを得ない。そして,被害児童の父母は,被告人を極刑に処することを望む旨述べているのであり,愛娘をこのような理不尽な形で喪った遺族の心情としては,まさに当然というべきであって,当裁判所も,その心情は十分理解できるのである。
しかしながら,死刑は,国家が,その司法権行使の結果として人間存在の根元である生命そのものを永遠に奪い去る冷厳な刑であり,誠にやむを得ない場合における窮極の刑罰であることにかんがみると,死刑を法定刑として設ける重大な犯罪に対する場合であっても,その適用については,極めて慎重な検討をすべきものであることは,疑いのないところであって,検察官も論告で援用する,最高裁判所昭和58年7月8日第2小法廷判決(刑集37巻6号609
ページ。以下永山判決という。)が,死刑適用の基準として,死刑制度を存置する現行法制の下では,犯行の罪質,動機,態様ことに殺害の手段方法の執よう性・残虐性,結果の重大性ことに殺害された被害者の数,遺族の被害感情,社会的影響,犯人の年齢,前科,犯行後の情状等各般の情状を併せ考察したとき,その罪責が誠に重大であって,罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむを得ないと認められる場合には,死刑の選択も許される旨判示するところであるところ,上記永山判決の示す死刑選択の一般的基準は,永山判決以後現在に至るまでの最高裁判所判決を含む多くの裁判例においても踏襲されているところである(たとえば,最高裁判所平成8年9月20日第2小法廷判決・刑集50巻8号571ページ,最高裁判所平成11年11月29日第2小法廷判決・裁判集刑事276号595ページ,最高裁判所平成11年12月10日第2小法廷判決・刑集53巻9号1160ページ参照)。そこで,本件において,永山判決の示す上記基準に照らして,死刑を選択することが真にやむを得ないというに足りる事情があるといえるか,あるいは,上記基準を満たすことについて合理的な疑いが払拭できないか否かについて,更に検討を進めることにする。
(2)

判示第2及び第3の各犯行の悪質性,遺族の被害感情について
判示各犯行,特に判示第2及び第3の各犯行については,上記(量刑の理
由)2・(1)のとおり,その犯行動機・経緯は,当時7歳の女児に対し,わいせつ目的で本件わいせつ行為に及ぶとともに,その犯行を遂げ,あるいは,その発覚を防ぐため,殺害を企てて本件殺害行為に至り,もって判示第2の犯行を敢行し,その犯行後,その犯跡隠ぺいのため判示第3の犯行に至ったというのであって,その卑劣かつ冷酷で身勝手極まりない動機・経緯に何ら酌むべき点はなく,上記(量刑の理由)2・(2)のとおり,判示第2の一連の犯行態様も冷酷非情であって極めて悪質というほかなく,犯行後の被告人の行動等をみても,上記(量刑の理由)2・(3)のとおり,犯跡隠ぺい工作や逃亡を企ててそれを実
行するなどしているほか,その反省の態度も到底真しなものがあるとはいえず,さらに,犯行結果をみても,上記(量刑の理由)2・(4)のとおり,被害児童を陵辱した挙げ句,その尊い一命を奪ったばかりか,その遺族に対し決して瘉されることのない甚大な悲しみや苦しみを与え,さらには,社会にも多大な影響を与え,遺族の被害感情は現在においても極めて峻烈で,被告人の極刑を求めているのであって,これらの量刑要素においては,永山判決が示す死刑の適用基準を満たしていると考えても,あながち不当とはいえないというべきである。(3)

永山判決に現れた他の量刑要素の検討
しかしながら,本件で死刑の適用を考えるにあたっては,永山判決で示され
た他の量刑要素についても,慎重に検討すべきである。

殺害された被害者の数
永山判決は,死刑適用の判断をするに当たって,犯行結果の重大性を考慮すべき要素として掲げた上,ことに殺害された被害者の数をしんしゃくすべき事情としてあげている。確かに,人ひとりひとりの命は,まさにかけがえのない尊いものであり,それを一つであっても奪うこと自体,極めて強い非難に値する重大な犯行結果というべきであって,他の量刑事情を総合して極めて重大悪質というべき情状がある場合には,死刑の適用を考慮すべきことは当然であって(上記最高裁判所平成11年11月29日第2小法廷判決・裁判集刑事276号595ページ参照),現に,過去の裁判例においても,殺害された被害者が単数にとどまる場合でも死刑を選択すべきであるとされた事例がある(たとえば,最高裁判所平成11年12月10日第2小法廷判決・刑集53巻9号1160ページ)。しかしながら,人ひとりひとりの命がかけがえのない尊いものであるからこそ,それを複数奪う行為と単数奪う行為とを比較した場合,共に強い非難に値する行為とはいえ,なおその非難の程度に相当の差異があり,犯罪結果の重大性の観点においては,複数の命を奪う行為がより強い非難に値することも,また否定できないところで
あって,上記永山判決の趣旨からすれば,殺害された被害者が単数の事案において死刑を選択するには,それが複数である事案に比べて,他の量刑要素においてより悪質性の高い事案であると認められることを要するものと解されるのである(上記最高裁判所平成8年9月20日第2小法廷判決・刑集50巻8号571ページ参照)。

犯行の計画性について
(ア)

次に,永山判決は,判文上犯行の計画性という文言は使用していな
いものの,計画性を犯行の動機・態様に含めて重要な量刑要素と考えているものと理解できるところ(上記最高裁判所平成11年11月29日第2小法廷判決・裁判集刑事276号595ページ,最高裁判所平成11年12月10日第2小法廷判決・刑集53巻9号1160ページ参照),犯行を事前に計画した上で,それに対する準備を遂げ,それに従って,長時間犯意を翻すことなく犯行を完遂したという犯人の態度からは,その反社会性,犯罪性の強固さをみてとることができ,ひいては,犯罪自体の悪質性のほか,犯人の矯正が困難であることを強く推認することができるというべきである。
(イ)

これを本件についてみるに,上記(争点に対する判断)2・(5)・アで
指摘したとおり,検察官が主張するように,被告人が,あらかじめわいせつ行為の対象となる児童を物色する目的でA方前石段付近に出て携帯電話機を操作していたとまでは認めるには足りず,かえって,上記(争点に対する判断)2・(5)・イのとおり,被害児童と話すうちに,同児童に対する劣情を催し,その欲望の赴くままに,衝動的に判示第2の犯行に至った疑いが払拭できないのである。そうすると,本件は,殺害行為のみならず,強制わいせつ行為の点においても,計画性がなく衝動的に行われた疑いが払拭できない事案というほかなく,この点では,上記(量刑の理由)4・(3)・イ・(ア)のような意味において,特に非難の程度が高いとまではいい

い。

前科について
(ア)

永山判決は,死刑適用の判断をするに当たって考慮すべき要素として,
犯人の前科の存在もあげている。これは,犯人の前科の存在,特に,当該犯行と類似の重大犯罪の前科があり,それによって服役したような事実がある場合には,そのこと自体から,犯人の犯罪傾向の根深さが強くうかがえるほか,前刑による長期の服役のなか,自己の犯罪に対する十分な反省の機会が与えられるとともに,厳しい規律のもとでの集団生活や矯正労働等,社会性を身につけるための措置が取られたにもかかわらず,その効果もなく,なお同種の重大犯罪を敢行したという点において,犯人の反社会性,犯罪性が,もはや矯正不可能な程度に達していることを容易に推認できることが考慮されたものと理解できる。したがって,被害者が単数にとどまる事案において死刑の適用を考慮する場合,犯人の前科の有無,内容は,その反社会性,犯罪性が矯正不可能な程度に達しているかを判断する上での重要な量刑要素になるというべきである(上記最高裁判所平成8年9月20日第2小法廷判決・刑集50巻8号571ページ,上記最高裁判所平成11年12月10日第2小法廷判決・刑集53巻9号1160ページ参照)。
(イ)

これを本件についてみるに,被告人には,我が国においてはもとより,
ペルーにおいても,前科が見当たらない。
もっとも,この点について,検察官は,被告人が,ペルーで2度にわたり,幼女に対する性犯罪で告発されたことを認めているとした上,これをもって,被告人の異常な性癖による根深い犯罪性向が裏付けられている旨主張する(論告要旨25,26ページ)。しかしながら,被告人は,ペルーで上記のような性犯罪により取調べを受けたことを認める供述はするも
のの,その嫌疑については否定しているところ(被告人の公判供述・第5回公判調書添付反訳書17ページ),有罪の判決を受けたという立証がなされていないにもかかわらず,このような嫌疑を受けたことだけをもって,量刑上,前科があるのと同様の不利な取扱いをすることは許されないというべきである。
そうすると,本件は,被告人の前科の点においては,特に悪質性が高く,したがって,また,非難の程度が高い事案であるというには足りないというほかない。
(4)

選択すべき量刑
以上検討してきたところからすれば,上記(量刑の理由)4・(2)のとおり,本件は,その犯行動機・経緯,犯行態様,犯行後の行動,犯行結果,遺族の処罰感情,社会に与えた影響のいずれをみても,極めて悪質ではあるものの,殺害された被害者が単数にとどまる事案であるほか,犯行の計画性が認められず,むしろ衝動的犯行である疑いが払拭できない事案であること,被告人の前科につき,これを認めるに足りる証拠がないこと,したがって,犯行の計画性及び前科のいずれの点においても,被告人に矯正不可能な程度までの反社会性,犯罪性があると裏付けられたと言い切るには足りず,以上からすれば,被告人に死刑をもって臨むには,なお疑念が残る事案であるといわざるを得ない。


確かに,先にもみたように,被害児童の両親を初めとする遺族の処罰感情は極めて厳しいものがあり,その悲痛な心情については,検察官が指摘する(論告要旨32ページ)までもなく,その量刑上最大限考慮すべきである。しかしながら,死刑をその法定刑に持つ殺人罪において殺害された被害者の遺族がほぼ等しく犯人に対するしゅんれつな処罰感情を持っているものと推察されることからすれば,それは最大限考慮されるべき重要な量刑要素ではあるが,死刑の適否を決する決定的な量刑要素とまでは断じ難く,上記のと
おり,遺族の被害感情を含む様々な量刑要素を検討して結論を導き出す手法によるのが相当であることには変わりない。

さらに,検察官は,本件のように幼児を被害者とする犯罪に対しては死刑をもって臨むことが国民の法感情に沿い,かつ,それに応えないことは刑事司法に対する信頼を失うとも主張する(論告要旨33,34ページ)。しかしながら,先にも指摘したように,死刑は,国家が,その司法権行使の結果として人間存在の根元である生命そのものを永遠に奪い去る冷厳な刑であり,誠にやむを得ない場合における窮極の刑罰であることにかんがみると,死刑を法定刑として設ける重大な犯罪に対する場合であっても,その適用については,徒に怯懦に陥ってはならない反面,極めて慎重な検討をすべきものであることも,また,疑いのないところである。そして,死刑適用の是非という重大な判断を下すにあたって,永山判決が示し,以後現在に至るまでの最高裁判所判決を含む多くの裁判例が踏襲してきた死刑選択の一般的な基準に従い,殺害された被害者が単数であり,かつ,犯人の反社会性,犯罪性,ひいては,その矯正困難性を裏付ける量刑上の重要な要素と解される前科や犯行の計画性のいずれの点においても,これを認めるに足りるだけの証拠がない本件事案において,上記のとおり,法的判断の安定性や永山判決においても考慮すべき量刑要素とされる罪刑均衡の見地にも配慮して,慎重な態度をとることが,刑事司法への信頼を損なうことになるとは思われず,また,上記各最高裁判所判決含む多くの裁判例の量刑判断から逸脱することにもならないものと考える。

5
結論
以上検討してきたところによれば,被告人には無期懲役をもって臨むほかないが,本件の犯情や遺族の被害感情にかんがみれば,被害児童の尊い一命を奪った罪の深さは決して許されるものではなく,被告人の一生をもって償わせるのが相当であって,その仮釈放については可能な限り慎重な運用がなされるよう当裁判
所の希望として付言する。
(求刑・死刑)
平成18年7月4日
広島地方裁判所刑事第2部

裁判長裁判官

岩倉広修
裁判官

甲斐野

正行
裁判官


優美子


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