判例検索β > 平成17年(行ウ)第24号
退去強制令書発布処分等取消請求
事件番号平成17(行ウ)24
事件名退去強制令書発布処分等取消請求
裁判年月日平成18年6月29日
裁判所名・部名古屋地方裁判所  民事9部
結果その他
判示事項の要旨日本人の配偶者である原告(外国人)が,不法残留に当たる旨の判定に対して異議の申出(入管法49条1項)をしたところ,法務大臣から権限の委任を受けた名古屋入国管理局長によって上記申出は理由がない旨の裁決及び名古屋入国管理局主任審査官によって退去強制令書の発付処分を受けたため,各処分の取消しを求めた事案において,婚姻の実体を誤認してなされた本件裁決には裁量権の逸脱又は濫用があるとして各処分の取消しを認容した事例
裁判日:西暦2006-06-29
情報公開日2017-10-18 04:13:37
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平成18年6月29日判決言渡
平成17年(行ウ)第24号
口頭弁論終結の日

同日原本領収

裁判所書記官

退去強制令書発付処分等取消請求事件

平成18年4月20日
判主1決文
名古屋入国管理局長が,原告に対し,平成17年3月22日付けでした出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく異議の申出には理由がない旨の裁決を取り消す。

2
名古屋入国管理局主任審査官が,原告に対し,平成17年3月22日付けでした退去強制令書発付処分を取り消す。

3
訴訟費用は被告の負担とする。

第1

請実及び理由求
主文同旨
第2

事案の概要等
本件は,出入国管理及び難民認定法(平成16年法律第73号による改正前のもの。以下,法又は入管法という。)24条4号ロ所定の退去強制事由に該当するとの認定及び判定を受けた外国人である原告が,法49条1項に基づいて法務大臣に対し異議を申し出たところ,法務大臣から権限の委任を受けた名古屋入国管理局長(名古屋入管局長)によって上記申出は理由がない旨の裁決(本件裁決)を受け,次いで,名古屋入国管理局主任審査官(名古屋入管主任審査官)によって退去強制令書の発付処分(本件発付処分,本件裁決と併せて本件各処分という。)を受けたため,本件裁決には裁量権の範囲を逸脱又は濫用して在留特別許可を付与しなかった違法があり,本件裁決を前提とする本件発付処分も違法であると主張して,本件各処分の取消しを求めた抗告訴訟である。
1
前提事実(証拠を摘示した部分の他は,当事者間に争いがない。)(1)当事者等

原告は,昭和47年(1972年)8月4日生まれのパキスタン・イスラム共和国(以下パキスタンという。)国籍を有する外国人である。

被告は,名古屋入管局長及び名古屋入管主任審査官が所属する行政主体である。


名古屋入管局長は,法69条の2及び出入国管理及び難民認定法施行規則(以下規則という。)61条の2第10号に基づいて,法務大臣から法49条3項に基づく裁決を行う権限の委任を受けた行政機関である。また,名古屋入管主任審査官は,法49条5項に基づく退去強制令書の発付権限を有する行政機関である。

(2)本件各処分に至る経緯

本邦への入国と不法残留
原告は,平成13年5月19日,在留資格を短期滞在,在留期間を90日とする上陸許可を得て本邦に上陸したが,上記許可期限である同年8月17日を超えて本邦に不法に残留した(乙1号証)。


原告の出頭と違反調査の実施
原告は,平成16年1月21日,愛知県春日井市役所に,Aとの婚姻届をし,同年2月23日,名古屋入管に出頭して,入管法違反の事実があることを申告した。なお,原告はこの時点ではパキスタンに妻子がおり,Aとの婚姻は重婚であった(乙1号証,9号証)。
名古屋入管入国警備官は,同日,原告について法24条4号ロ違反(不法残留)の容疑で調査を実施した。


本件各処分
名古屋入管入国審査官は,平成16年11月8日,原告に対する違反審査を実施し,原告が法24条4号ロに該当すると認定した。これに対し,原告は,同日,名古屋入管特別審理官に対し,口頭審理の請求をした(乙6号証,12号証)。
名古屋入管特別審理官は,平成17年2月14日,原告に対する口頭審理を実施し,同日,原告が法24条4号ロに該当すると判定した。これに対し,原告は,同日,法務大臣に対し,異議を申し出た(甲4号証,乙13号証)。
法務大臣から権限の委任を受けた名古屋入管局長は,同年3月22日付けで,原告の異議の申出には理由がない旨の本件裁決をした(甲5号証,乙14号証)。
本件裁決があった旨の通知を受けた名古屋入管主任審査官は,同日,本件発付処分をした(乙15号証)。

本訴提起
原告は,平成17年5月31日,本件各処分の取消しを求める本訴を提起した。

2
本件の争点
本件裁決が違法か否か(争点(1),日本人であるAと婚姻した原告に対して在留特別許可を付与せず,異議の申出は理由がないとした本件裁決は,裁量権の範囲を逸脱又は濫用したものであるか。),及びこれを前提とする本件発付処分は違法か否か(争点(2))

3
争点に関する当事者の主張
(1)原告の主張

異議を棄却する旨の裁決の仕組みと違法性について
(ア)裁決の仕組み
法49条3項に基づき異議を棄却する旨の裁決については,①異議の申出に理由があるかどうかの内部的な判断と,②理由がないと認められた場合であっても法50条1項各号の在留特別許可をすべきか否かという判断が含まれ,これらのいずれもが認められない場合に異議の申出には理由がない旨の裁決がされる仕組みになっている。(イ)異議の申出に理由がない旨の判断をしたことの違法性について入管法上,法49条1項の異議理由は定められていないが,この点に関する規則42条は,

法第49条第1項の規定による異議の申出は,別記第60号様式による異議申出書1通及び次の各号の1に該当する不服の理由を示す資料各1通を提出して行わなければならない。

と規定し,1号から4号までの異議理由を定めているところ,同4号は退去強制が著しく不当であることを理由として申し出るときは,審査,口頭審理及び証拠に現われている事実で退去強制が著しく不当であることを信ずるに足りるものとしていることから,退去強制が著しく不当であることが異議理由になると考えられる。そして,ここにいう著しく不当か否かの判断は事実認定作業であ
るから,そこに裁量判断の働く余地はない。
したがって,退去強制が著しく不当であれば,当該裁決は端的に取り消されることになる。
(ウ)在留特別許可をしないという判断の違法性について

仮に退去強制が著しく不当であるとはいえなくとも,第2段階の判断としての在留特別許可を付与しなかったことの適法性が検討されなければならないが,この点に一定の裁量判断が認められることはやむを得ない。
しかし,本件においては,在留特別許可を付与しないとの判断をしたのは,法務大臣から権限を委任された名古屋入管局長であり,その裁量判断には自ずから限界があるといわざるを得ない。


法務大臣の裁量権
法務大臣は,在留特別許可の判断をするについて,広範な裁量権を有するとされているが,その理由は,在留特別許可の許否を的確に判断するに当たっては,当該外国人の個人的事情のみならず,その時々の国内の政治・経済・社会の諸事情,外交政策,当該外国人の本国との外交関係等の諸般の事情を総合的に考慮すべきであり,多面的専門的知識を要し,かつ政治的配慮をしなければならないため,国内及び国外の情勢について通暁し,常に出入国管理の衝に当たる法務大臣の裁量に委ねるのでなければ,到底適切な結果を期待することはできないことにあるとされている。

入国管理局長の地位
しかしながら,法務大臣から権限を委任された入国管理局長は,法務省の局の1つである入国管理局の下に8つある地方入国管理局のうちの1つの長にすぎず,地方部門の統括役であって,当該管轄地域における外国人の在留状況や,過去の在留特別許可に関する取扱いについては通暁していても,日本全国にわたる入管実務を統括し,内閣の一員として国会に対し責任を負う法務大臣とは異なり,上記事由を総合的に考慮する特別な能力もなければ,政治的配慮をする資格もない。

小括(入国管理局長の裁量権)
以上に加え,これまでの入管実務において,在留特別許可の付与について,おおむね画一的な判断がされてきたことをも考慮すれば,在留特別許可に関する入国管理局長の判断は,法50条1項の文言からある程度の裁量が予定されていると解釈せざるを得ないとしても,法務大臣に関し議論されるような広範なものではあり得ない。したがって,処分の前提となる重要な事実関係に誤認があり,処分自体の基礎が失われると評価できる場合は,裁量の広狭にかかわらず当該処分は違法であるというべきであるし,事実を正確に把握した上で各種通達,先例,出入国管理基本計画,国際的な準則等の示すところに従い,退去強制が著しく不当であるか否かを慎重に判断すべきであり,考慮すべき事項を考慮せず(不当評価),考慮すべきでない事実を考慮して(他事考慮)判断された場合や,その判断が合理性を欠くものとして許容されない場合には,在留特別許可を付与しないとの判断は裁量権の範囲を超え又はその濫用があるとして違法というべきである。

異議の申出に理由がない旨の判断をしたことの違法性について(退去強制が著しく不当であることについて)
(ア)原告とAとの婚姻が真正なものであることについて

入籍に至るまでの経緯
原告とAは,原告が入国して数か月も経たない平成13年末ころに出会い,その後主として原告から連絡して時々会うようになり,原告から不法残留を打ち明けるなど親密な関係となって,徐々に結婚の話も出るようになっていった。しかし,Aは,平成11年3月24日に前夫と死別しており,その間に子供も二人いたため,結婚をちゅうちょしていたものの,原告に会うたびに結婚を希望されるうち,Aも徐々に原告に惹かれるようになって,平成15年11月ころ,両者は婚約した。
Aの親族のうち,子供二人は原告との婚姻に賛成しており,原告と長男との折り合いもよい。また,アメリカに居住している次男との関係も良好である。Aの両親は,原告との婚姻に不安を示していたが,原告とAの新居となる賃貸住宅の連帯保証人をAの父親が引き受けるなどしており,原告との婚姻を了解している。
このように,原告とAとの婚姻は,在留資格のための便宜的なものではなく,慎重に話し合われ,時間をかけてはぐくまれた愛情に基づき真摯に合意されたものである上,Aの親族の同意ないし了解もあり,実体を伴う真正なものである。

入籍とAの改宗
原告は,Aとの入籍に当たり知り合いの外国人に諸手続を尋ねたところ,同人が手続に必要な書類をパキスタンから取り寄せてくれた。取り寄せられた書類には,原告の父母が原告の独身を証明する内容の独身証明書等が含まれており,原告はこれを不審に思ったが,不法残留のままではAに不安定な生活を強いることになるという思いから焦りが生じたことや,パキスタンでは内容に誤りのある書類を公的機関に提出することも横行していたという背景もあって,平成16年1月の婚姻届の際,これらの書類を提出した。
また,原告とAは,平成16年2月22日,名古屋モスクにも婚姻届をし,その際,Aはイスラム教に改宗した。
そして,原告は,Aとともに名古屋入管に自主出頭し,日本人配偶者であることを理由として在留特別許可を求めたため,名古屋入管入国警備官による調査が開始された。


婚姻の実体
原告とAは,入籍以前から愛知県春日井市a町b番地のc所在のコーポd号室(以下本件居室ともいう。)に同居している。
Aは,平日には,午前5時半過ぎに起きて,午前7時過ぎに出勤する原告のために朝食と弁当を作り,原告の出勤後,午前8時ころから,元々居住していた名古屋市a区b丁目c番地所在の居宅(原告の肩書地。以下a区の居宅という。)で子供の世話をし,午前8時30
分過ぎに出社するという生活を送っていた。また,退勤時間は原告の方がやや早いため,原告が夕食の準備をすることも多かった。
休日には,一緒に出かけて食事をすることなどもあれば,一日中家でゆっくりすることもあった。
Aは,平成16年7月1日に原告が椎間板ヘルニアで入院したときには,原告の身の回りの世話をしている。
このように,原告とAとは,食事を共にし,肉体関係を持つなど通常の夫婦としての生活を送っていた。

重婚の解消
(a)原告は,平成4年ころ,パキスタンにおいて,Bと婚姻し,その後,半ば別居状態で婚姻生活を継続し,その間に4人の子供をもうけた。原告の第4子が生まれたのは,原告がサウジアラビアに滞在していた平成12年末ころであるが,原告はパキスタンに帰国することなく,平成13年5月19日に本邦に入国し,その後は本邦で生活している。
(b)原告は,平成16年5月5日,Bと離婚する旨の通知をパキスタンの所定の役所に送付し,同年8月4日,4人の子供の養育費を負担することなどを条件に同人と正式に離婚した。
(c)Aは,平成16年11月8日,原告がパキスタンにおいて婚姻していたことを知り,いったんは,原告との婚姻を考え直そうと思ったものの,原告が重婚解消のために努力していたこと,原告とBとの婚姻は,原告の家庭の事情によるものであり,原告自身が希望したものではなく,親からの押しつけであったこと,A自身が原告を必要と感じたことなどから,原告との婚姻を維持することを決意した。

(イ)真正な日本人配偶者に対する在留特別許可が認められるべきことについて
そもそも日本人配偶者等という在留資格が認められた趣旨は,我
が国においても国際社会においても,家族という結合が社会生活上の最小の単位として機能しており,それ自体,法的保護に値すること,そして,そのような結合に可能な限りの法的保護を与えない場合,男女間の愛情やその間にもうけられる子供の養育を著しく損ない,個人の尊厳を害し,あるいは人道上到底容認できない事態を招きかねないことを重く見たものと解される。
事実,憲法24条2項,世界人権宣言16条1項,3項及び経済的・社会的及び文化的権利に関する国際規約10条1において,家族結合の保護がうたわれている。
このような日本人の配偶者の保護にかんがみれば,婚姻実体を伴
う法律婚が成立している場合,当該法律婚の配偶者には,原則として在留資格が認められるべきであり,現に,入管実務においても,そのような運用がなされている。
(ウ)平穏な在留状況
原告は,本邦入国後,愛知県小牧市所在の株式会社C工業所に勤務し,日中は勤務に励み,それ以外の時間帯も特段の非違行為を犯すことなく平穏に生活してきた。Aと知り合い,交際を始めた後もこれは変わらず,日本人のAには奇異に映るくらい宗教心に篤く,勤務先においても質素勤勉であると評価されていた。また,無免許運転を指摘されるやこれを中止するなど,日本の法規を遵守する規範意識を有していた。
このように,原告の在留状況は極めて平穏であり,このことは在留特別許可の判断に当たって当該外国人に有利に斟酌されるべきである。(エ)良好な就労状況
原告は,上記のとおり,溶接を業とするC工業所に勤務し,就労してきたが,そこでの評価は極めて高く,原告のまじめさや飲み込みの良さを見込んだ同社代表者のDは,原告を後継者候補と目し,最新の機械の使用方法を真っ先に覚えさせるなどして目をかけてきた。また,原告の人柄や日本語の習得状況から,他の外国人労働者の統率役としての期待もかけてきた。このような期待の大きさは,平成17年になって原告の月給を15万円から25万円に値上げしたことに現れている。
以上のように,原告の就労状況は良好であり,それ故,Dは,原告が不法残留になったことを黙っていたことや入管への収容を秘匿していたことを承知した上で原告の滞在と職場復帰を切望している。
平穏な在留それ自体が法的保護に値する以上,いわゆる不法就労といえども良好な就労状況である限り,法的保護に値するというべきである。(オ)日本文化への理解
原告は,Dの評価によると,極めて礼儀正しく,顧客対応もそつなくこなしており,日本文化になじんでいた。
原告はイスラム教徒であり,日本文化と折り合える点,折り合えない点は様々に存在するが,少なくとも原告が,日本において文化的に共生することが可能であることは明らかである。
(カ)被告の主張に対する反論

被告は,原告が,本国の妻子の存在をAに隠して婚姻したことを背信行為であると非難する。
しかし,Aは,その事実を知った当初は動揺したものの,本件各処分時においては,原告と離婚することもなく,むしろ収容されていた原告に頻繁に面会に行き,訴訟の準備に協力して費用等を捻出するなど,原告との婚姻を継続する途を選択していた。
したがって,上記のようなAの決断にもかかわらず,被告が,Aの意思に反してまで,原告の背信行為を論難し不利益に評価することは許されない。


また,被告は,①Aがパキスタンで原告と生活することが可能であること,②外国人の退去強制は国際慣習法上国家の自由裁量に属する問題であり,条約や憲法上の外国人の権利保障もその枠内で与えられているにすぎないことなどと主張する。
しかし,①については,Aは,現在,成人したとはいえ若年の子供2人をもち,福祉関係の職業に就いているため,短期に生活を一変させ,言語の通じず,文化習俗も異なるパキスタンに行くことは,心情的にも,物理的にも不可能である。
また,②については,そもそも明文の条約や憲法が,単なる慣習法に劣後するとは到底考えられないし,外国人の退去に関する国家の諸施策は,世界人権宣言や国際人権規約の枠内で考えられるべきである。c
さらに,被告は,原告の在留状況を非難するが,原告は少なくともその生活する地域社会,ことに就労先では高い評価を受けており,関係者からその在留を積極的に支持する声が上がっているのであって,このことは,原告が収容中にDから受け取った手紙や同僚から寄せられた嘆願書からも明らかである。

(キ)小括
以上のとおり,原告は,本件裁決当時において,法的にも実体的にも日本人の配偶者であり,入国後3年半以上にわたって平穏かつ勤勉な生活を送ってきたものである。
他方,原告の非違行為としては,偽造された独身証明書等を入手して春日井市役所に提出したことであるが,これ自体何ら犯罪ではなく,文化的な背景の相違からしても酌量に値する。
重婚自体は犯罪であるが処罰例もほとんどなく,民法上は有効であることとの整合性を考慮すると,これらの事情を根拠として,原告を本邦から追放することは著しく不当である。
本件裁決は,真正な日本人配偶者である原告の退去を認めるものであり,憲法13条,24条,世界人権宣言,国際人権規約に反し,著しく不当である。

在留特別許可をしないという判断の違法性について(名古屋入管局長に裁量権の逸脱・濫用があることについて)
(ア)原告の婚姻に関する事実誤認

憲法24条,国際人権規約及び日本人配偶者等の在留資格を規定した入管法の趣旨に従い,日本人配偶者としての実体がある不法残留外国人には,特に在留を不相当とする事情がない限りは,在留特別許可を付与すべきである。
そして,原告には,上記イのとおり,日本人の配偶者としての実体があるから,名古屋入管局長が,原告の日本人の配偶者性を否定
したのであれば,それは明白な不当評価(事実誤認)である。また,日本人の配偶者であることを認めつつ,なお本件裁決をしたので
あれば,それは,原告の在留状況等について,一方的な不当評価,他事考慮をしたものであり,裁量権を逸脱,濫用したものである。


ところで,名古屋入管局長は,本件裁決に当たり,原告の重婚未解消の事実を特に重視しており,これが本件裁決の前提をなす重要な事実関係であったことは明らかである。
しかし,重婚における後婚として始まった原告とAとの法律婚は,その当時は取り消し得るものであったものの,原告とBとの間で平成16年8月4日に離婚が成立したことにより,平成17年3月22日付けでされた本件裁決当時においては,既に瑕疵が解消され,完全に有効なものとなっていた。
被告もパキスタン領事館からの回答を受けて,原告とBが平成16年8月4日に離婚したことを前提に,それまでの重婚が未解消であるとの主張を撤回している。
以上によれば,本件裁決は,重婚が未解消であることにつき,明白な事実誤認に基づきなされたものであって,基礎を欠くことが明らかであるから違法というほかない。
これに対し,被告は,原告とBとの間の婚姻が未解消であるとの従来の主張を撤回したものの,なお,その離婚は形式にすぎないなどと主張するが,いずれも原告の不当性を印象づける可能性論にとど
まり,何らかの事実認定を可能とするような具体性をもった主張ではない。

また,原告とAとは,婚姻の若干前から同居を開始し,原告が収容された一時期を除き,その後は終始同居を継続しているし,夫婦として協力して日常生活を営み,原告も家事の一部を手伝うなどしている。また,時には一緒に外出し,肉体関係もあり,Aの連れ子との交流状況も極めて良好である。
したがって,原告とAとの婚姻は実体を伴ったものである。
これに対し,被告は,原告とAとが同居していない旨主張するがこのような主張は,処分理由を追加するものであり許されないだけでなく,時機に後れた攻撃防御方法の提出でもあり,民訴法157条1項により許されない。
そもそも,上記主張は虚偽であることが判明している。すなわち,Aが,本件居室のあるコーポdとa区の居宅を往復しながら,子供の世話をしつつ,原告との夫婦生活を両立させていたことが,Aの知人によって明らかにされているのである。原告の仮放免後は,原告が就労できなくなったことから,コーポdの本件居室を引き払い,A自身の都合に合わせてa区の居宅で同居するようになった。しかし,近所には両人の結婚に強く反対しているAの母親が居住するなどの事情があるため,できるだけ婚姻の事実を知られないよう生活していたことに加え,Aが初婚でもなく,原告に不法滞在外国人という弱みもあったことから,ことさら結婚の事実を吹聴していないだけである。

(イ)他事考慮及び不当評価
在留特別許可をするか否かは,婚姻の相手方であるAの福祉に重点を置き,原告及びAの婚姻実体を中心に検討すべきである。
すなわち,日本との関わりが薄く,当初不法就労目的で来日した外国人が日本人との間に法的保護に値する婚姻関係を始めとする人間関係を形成した場合に,主として日本人の福祉の観点から,そのような人間関係の擁護のために認められるのが日本人配偶者の在留資格であり,考慮すべきは婚姻実体でなければならないのである。
それにもかかわらず,在留特別許可の判断において,原告と日本との関わりの薄さや不法就労実体を取り上げることは他事考慮として許されない。
(ウ)小括
原告は,就労目的で来日して不法就労した上,Aとの婚姻を焦る余り,虚偽の独身証明書をそれと知りながら利用する行動に出て,日本政府及びAをだますとともに,瑕疵ある重婚状態を作出した。
これらの事情はそれ自体極めて遺憾であるが,あくまで婚姻実体ある日本人配偶者を保護するための制度目的に照らして,不当に不利な評価をすべきではない。
当初の就労目的や不法就労自体は制度に織り込まれていることや,独身証明書等を偽造したのは原告自身ではなく,これを利用したにとどまること,瑕疵ある重婚状態も処分当時には解消されていたこと,被害者的地位にあったAもこれを宥恕していること等を総合的に考慮すれば,日本人女性であるAと原告との真摯な婚姻生活を破壊しなければならない事情があるとは到底考えられない。
したがって,両者によって形成された婚姻実体の保護を優先すべきであるにもかかわらず,これについての判断を誤り,法的保護に値する婚姻実体の破壊を容認した本件裁決には裁量逸脱の違法がある。

本件処分理由と被告主張の変遷について
(ア)被告は,在留特別許可を発するか否かの判断は名古屋入管局長の広範な裁量権に委ねられていることを根拠に,司法審査のあり方も,基本的には判断代置主義ではなく,事後的に行政判断の適法性を審査することになると主張する。
しかし,そうすると,処分当時に行政庁が判断根拠としていなかった事情を,訴訟になってるる主張し,判断の適法性を補強することは,結局,判断代置主義を採用したに等しく許されないことになるはずである。(イ)しかし,被告は,以下のとおり,処分理由を追加主張した。すなわち,被告は,平成17年8月5日付け被告第1準備書面において,本件裁決の理由として,おおむね,①原告に日本人配偶者としての在留活動が認められるとしても直ちに本件裁決が違法になるものではないこと,②原告の重婚が解消されていないこと,③原告がその弟の不法就労を助けていたこと等を主張していた。
ところが,平成18年3月22日付け被告最終準備書面において,処分理由を追加し,(ア)処分当時の同居実体の不存在,(イ)仮放免後の同居実体の不存在,(ウ)Bとの離婚が形式にすぎないこと,(エ)AもEなる外国人への貸付の回収の便宜のため,原告と結婚したこと,これらを処分理由として付加する一方,原告とBが離婚し,本件各処分時において原告が重婚状態にないことは争わないとするに至った。(ウ)しかし,原告とAとの同居の実体は,婚姻実体の間接事実であるから,本件裁決時において当然調査されていたはずであり,これを追加主張した経緯によれば,かかる事情を本件裁決の適法性を論ずる上での資料とすることは信義則上許されない。
また,本件裁決時において,原告とAとの婚姻実体を否定する根拠ともなっていた重婚未解消の主張が撤回され,代わりにこれと矛盾する重婚解消が形式にすぎないとの主張が追加されており,これを本件裁決の適法性を論ずる上で資料とすることは許されない。
さらに,Aの交際相手としてEなる外国人を登場させ,新たなストーリーを強調し,Aの婚姻の動機を追加主張しているが,これは従前主張されてきた本件裁決の処分理由とは異質であるから,これを本件裁決の適法性を論ずる上で資料とすることは許されない。
なお,Aは,原告と入籍したことによって,二月に1度18万円以上支給されてきた前夫の遺族年金受給資格を喪失していることに加え,原告の入院の際にその費用を支払ってきていることからも,Aの婚姻動機が貸金回収の便宜にあるとの被告の主張は荒唐無稽である。

本件発付処分の違法性
本件発付処分は,上記のとおり,違法な本件裁決を前提としてされたものであり,当然に違法である。


結論
以上のとおり,本件各処分はいずれも違法であるから取り消されるべきである。

(2)被告の主張
原告の主張は否認ないし争う。

在留特別許可における法務大臣の広範な裁量について
(ア)法務大臣は,法49条3項の裁決に当たって,異議の申出には理由がないと認める場合でも,特別に在留を許可すべき事情があると認めるときには,その者の在留を許可することができるのであるところ(法50条1項),そもそも,国家は,国際慣習法上,外国人を受け入れる義務を負うものではなく,特別な条約がない限り,外国人を自国内に受け入れるかどうか,また,受け入れる場合にいかなる条件を付すかを自由に決することができ,憲法上も,外国人は,我が国に入国する自由を保障されているものではないことはもちろん,在留の権利ないし引き続き本邦に在留することを要求する権利を保障されているものでもない(最高裁昭和53年10月4日大法廷判決・民集32巻7号1223頁等参照)。
(イ)我が国においては,外国人の出入国が,日本社会の治安と善良な風俗の維持,保健衛生の確保,労働市場の安定性等,政治経済はもちろん,国民生活一般へ重大な影響を与えるものであることから,その無秩序・無制限な出入国及び滞在は認められておらず,これらの分野における国益の保持を目的として,入管法において在留資格制度を中核とする出入国管理制度が設けられている。
したがって,外国人が,上記制度の下において,法24条に列挙されている退去強制事由に該当するということは,類型的にみて,我が国の社会に滞在させることが好ましくない者であるということであり,これを前提とした上で,当該外国人の滞在中の一切の行状等の個別事情のみならず,国内の治安や善良な風俗の維持,保健衛生の確保,労働市場の安定等の政治,経済,社会等の諸事情,当該外国人の本国との外交関係,我が国の外交政策,国際情勢といった諸般の事情をその時々に応じ,各事情に関する将来の変化の可能性なども含めて総合的に考慮し,我が国の国益を害さず,むしろ積極的に利すると認めるか否かを判断して,恩恵として,在留を特別に許可するか否かを決すべきである。
(ウ)以上のような判断は,国内はもとより国際的にも広範な情報を収集し,その分析の上に立って,先例にとらわれず,時宜に応じて的確かつ慎重に行う必要があり,時には高度に政治的な判断を要求される場合もあり得ることなどにかんがみれば,法務大臣及びその委任を受けた入国管理局長(以下法務大臣等という。)の極めて広範な裁量に委ねるのが相当である。

司法審査のあり方
(ア)在留特別許可を付与しなかった法務大臣等の判断の適否に対する司法審査のあり方は,法務大臣等と同一の立場に立って在留特別許可をすべきか否かを判断するのではなく,法務大臣等の第一次的な裁量判断が既に存在することを前提に,同判断が裁量権を付与した目的を逸脱し,又はこれを濫用したと認められるか否かについて判断すべきである。(イ)そして,法24条各号の退去強制事由に該当する外国人の滞在が我が国にとって好ましくない以上,在留特別許可に係る法務大臣の裁量は極めて広範なものであり,その逸脱・濫用に当たるとして違法とされるような事態は容易には想定し難いというべきであって,極めて例外的にその判断が違法となりうる場合があるとしても,それは,法律上当然に退去強制されるべき外国人について,なお我が国に在留することを認めなければならない積極的な理由があったにもかかわらず,これが看過されたなど在留特別許可の制度を設けた法の趣旨に明らかに反するような極めて特別な事情が認められる場合に限られるというべきである。


本件裁決が適法であること
(ア)退去強制事由の存在
原告は,在留期限である平成13年8月17日を超えて我が国に不法に残留する者であり,法24条4号ロに該当し,本邦から退去強制されるべき者である。
原告が不法残留していた者であること自体,我が国において在留させることが好ましくない者であり,退去強制されるべき者であることが明らかである。
(イ)我が国に在留することを認めなければならない積極的な理由の不存在a
我が国との関係の希薄さ
原告は,パキスタンで出生,成育し,教育を受けて生活してきたものであり,我が国に入国するまで我が国とは何ら関わりがなかったのであって,我が国との関わりは薄い。

長期間にわたる不法就労
原告は,入国して約1か月後から小牧市内のC工業所で稼働しており,平成17年2月23日に名古屋入管に出頭するまでの3年9か月あまりにわたって,本邦において不法就労を継続していた。
不法残留による不法就労は,在留資格に基づいて活動する場合に限って外国人の入国,在留を認める入管法上の制度の根幹にかかわる重大な問題であって,公正な出入国管理の秩序を乱すものである。
このように,原告が長期間にわたって不法残留し,不法就労していた事実は,在留特別許可を付与すべきか否かの判断において,これを否定すべき要素であると評価すべきである。


弟の不法就労の援助
原告は,自ら不法就労しただけでなく,弟であるFに対し,我が国における稼働先を紹介し,更には,Fの不法残留の発覚を困難にするため,その旅券を預かっていたものであり,その在留状況は不良であって,我が国の出入国管理行政上望ましくない者であることが明らかである。


Aとの重婚
(a)原告は,平成16年1月21日にAとの婚姻届出をしたが,重婚であって不適法な婚姻であり,かかる婚姻届を提出したこと自体,我が国の公益に反する行為である。
また,原告がAとの婚姻に当たって,春日井市役所に提出した未
婚証明書等は偽造されたものであり,原告の両親による宣誓供述書及び原告自身の申述書はいずれも虚偽の内容のものであって,原告は,これら不正な書類を提出して婚姻届を受理させ,Aとの重婚となる不適法な婚姻を成立させたものである。
このように,原告は,不適法な婚姻を作出して在留特別許可を画
策したものであり,我が国の法規を遵守しようとする姿勢は見られない。
(b)日本人女性にとって,婚姻の相手となる男性に妻子がいるか否かは婚姻の意思決定に当たり極めて重要な事実であるところ,原告は,本国に妻と4人の子がいるにもかかわらず,Aに対し,妻子はいないと虚偽の事実を告げており,背信行為というべきである。
Aにとっては,本国の妻子の存在は,婚姻の意思決定において極
めて重要な事実であり,真実を知っていれば婚姻を決意しなかったと考えられるのであって,Aとの婚姻は,Aの重大な錯誤に基づくものである。
(c)重婚は,民法上,不適法婚とされており取消し得るものであるし,刑法上も重婚罪として処罰の対象とされているのであって,これが我が国の善良な風俗に反する行為であることは明らかである。
したがって,原告が偽造の書類等を提出し,その上,Aに対し虚
偽の事実を告げるなどして背信行為に及んでいることからすると,その在留状況は極めて不良である。

日本人の配偶者としての在留活動の不存在
(a)日本人の配偶者として在留特別許可が付与されるためには,形式的に婚姻届が提出されているだけではなく,夫婦としての扶助,協力の実体があり,かつ将来にわたってもその実体が維持されることが相当程度確実でなければならない(最高裁平成14年10月17日第一小法廷判決・民集56巻8号1823頁)。
原告が,Aに対し,本国の妻子の存在を隠して婚姻した経緯に照
らすと,本国の妻との離婚が成立したことが認められるとしても,真摯で永続的な婚姻関係を維持する意思があるとは認められない。また,Aの母は原告との婚姻に反対しており,両親と原告との間
には親族としての交流が認められないことからも,原告には,日本人配偶者として将来にわたって在留活動を行うことが確実なものとは認められない。
(b)原告は,平成16年1月21日に婚姻届を提出した後,平成17年3月22日に収容されるまでの間,本件居室においてAと同居していた旨主張する。
仮にそのような事実があれば,a区の居宅からの転居の際,近隣
者にあいさつをするのが自然であるし,原告との婚姻についてもあいさつがあってしかるべきである。また,Aがa区の居宅に長期間居住していなかったと認識されているはずである。
それにもかかわらず,名古屋入管職員が平成17年9月に調査し
た結果,近隣者は一致してAがa区の居宅で息子と生活している旨述べ,Aが原告と婚姻したことは全く認識していなかった。
(c)名古屋入管職員は,本件裁決の前である平成16年3月8日に実施した電話調査,同年7月12日に実施したコーポdへの調査によっても,原告とAとの同居の事実を確認することができなかった。そもそも,原告とAの供述するコーポdでの同居状況は,Aにa区の居宅との二重生活を強いるものであること,コーポdの賃借は経済的にも合理的理由がないこと,Aは,原告が収容された後,間もなくコーポdを解約していることなどからも合理的ではない。原告が春日井市に居住し続けたのは,不法就労を継続するためにすぎない。
(d)また,原告は,平成17年9月14日に仮放免後,継続してa区の居宅に居住していると主張する。
仮にそうであれば,a区の居宅の近隣住民は,日常的に原告が同
居宅に出入りする状況を目撃しているはずである。
ところが,平成18年1月,2月の2回にわたって,名古屋入管
が行った調査でも,原告はほとんど近隣者に目撃されたことがないことが判明した。
仮放免後の同居の有無は処分後の事情ではあるが,原告がa区の
居宅を仮放免後の住所として届け出ていたにもかかわらず,実際にはそこに居住していないのであるから,原告が,Aの日本人の配偶者として在留活動を行う者といえないことは明らかである。(e)愛知県内に住むパキスタン人2名の供述(乙35号証,36号証),パキスタン人の事情に詳しい日本人女性からの手紙(乙37号証)によれば,原告は,形式的にBとの離婚手続をしたにすぎず,本件訴訟に勝訴して在留資格が得られれば,Aと離婚し,Bと再婚する可能性が高い。
他方,Aは,Eというパキスタン人に貸した金の回収に苦労
しており,原告がその仲立ちになってくれることを期待して,原告との婚姻関係を継続している様子がうかがえる。
(f)また,原告の重婚の事実を知ったAが動揺していたとおり,未婚であるとの原告の言葉を信じたAを裏切り,その心を深く傷つけ,信頼関係を破壊させかねないものであったことが明らかである。Aは,現在,原告との婚姻の維持を望んでいるようであるが,両者の信頼関係の維持,信頼関係に基づく婚姻生活が将来にわたっても維持されることが相当確実であるとは認められない。
(g)以上によれば,原告には,日本人の配偶者としての活動実体を認めることができない。
(ウ)退去強制が人道に反するという事情の不存在

帰国後の生活が可能であること
原告は,パキスタンで生まれ育って教育を受けたほか,稼働能力を有する成人男性であって,パキスタンに帰国しても生活上何ら支障はなく,パキスタンに送還することが健康,経済などの理由から著しく人道にもとるといった事情は何ら認められない。


Aとの婚姻の維持について人道にもとる事情もないこと
原告は,退去強制が,Aとの婚姻生活を不可能にするものであり,憲法13条,24条,世界人権宣言,国際人権規約に反し,著しく不当であると主張する。
しかし,以下のとおり,原告の主張には理由がない。
(a)婚姻生活継続が不可能であるとの主張について
本件婚姻は不適法な重婚であったのであり,上記のとおり,原告
が日本人の配偶者としての在留活動を行い,かつ将来にわたっ
てこれを継続するとは認められない上,Aが健康であり養育すべき乳幼児がいるものでもないのであるから,原告とともにパキスタンに渡り婚姻生活を継続することも可能であって,原告の退去強制によって婚姻生活が不可能になるものではない。
(b)条約等に違反するとの主張について
在留特別許可の判断に当たり,法務大臣等に広範な裁量権がある
ことは,既に述べたとおりであるが,国際慣習法上も,国家は特別の条約等がない限り,外国人を受け入れる義務を負うものではないところ,世界人権宣言や国際人権規約においてもこのような国際慣習法を否定する規定はなく,家族の保護,家庭離散の防止が上記国家の裁量に優先することを保障するものではない。
(c)憲法違反の主張について
外国人に対する憲法上の人権保障は,在留の許否を決する国家の
裁量を拘束するまでの保障を含むものではない。
原告が主張する憲法13条,24条の保障は,結局,原告が日本人の配偶者として在留活動を行い,かつ将来にわたってもその活動を継続することが相当程度確実なものとして扱われるべきであるか否かの判断に含まれるものであり,本件裁決に裁量権の逸脱濫用があるか否かの判断に当たって考慮される一要素にとどまる。
(エ)結論
以上のとおり,原告は,本来退去強制されるべき者であり,在留を特別に認めるべき積極的理由が何ら認められず,かつ,原告に在留特別許可を付与しなかったことが制度の趣旨に明らかに反し,名古屋入管局長の裁量権の逸脱濫用となるといった事情は何ら認められないから,本件裁決には裁量権の逸脱濫用は認められない。
したがって,本件裁決は適法であることが明らかであり,本件裁決を前提とした本件発付処分も適法である。
第3
1
当裁判所の判断
証拠抗弁について
(1)原告は,被告が平成18年3月22日付け最終準備書面において,①婚姻後の本件居室(コーポd号室)での原告とAとの同居生活の事実が認められないこと,②本件各処分後の調査によっても,原告の仮放免後におけるAとの同居生活の事実が認められないこと,③Aは,以前交際していたEなるパキスタン人に対する貸金の回収を図るために,原告との婚姻を継続している可能性があることについて主張し,これに沿う証拠(乙28号証ないし40号証。以下書証は枝番を含む。)を提出したことにつき,これらの主張が,いずれも民訴法157条1項の時機に後れて提出した攻撃又は防御の方法に当たるとして却下を求めた。そして,上記の各証拠に対する証拠抗弁として,主位的に,(1)名古屋入管入国審査官の調査報告書(4通)の調査結果記載部分(乙28号証,32号証ないし34号証),匿名のパキスタン人の供述録取書(乙35号証,36号証)及び匿名の日本人の書簡(乙37号証)の成立をいずれも否認するとともに,(2)本件において人証の取調べが実施された平成18年2月8日の第4回口頭弁論期日前に作成された乙29号証ないし31号証及び39号証は,時機に後れて提出された攻撃又は防御の方法であるとして,これらの却下を求め,予備的に,乙28号証ないし34号証及び39号証は,上記と同様の理由により,いずれも時機に後れて提出された攻撃又は防御の方法であるとして,これらの却下を求める旨主張している。
(2)

本件記録及び弁論の全趣旨によれば,上記主張に関する事実経過は次の
とおりである。

被告は,これまで平成17年6月29日付け答弁書,同年8月5日付け第1準備書面及び平成18年3月22日付け最終準備書面(被告最終準備書面)を提出しているが,上記第1準備書面において,本件各処分が適法であることの理由として,(1)原告に退去強制事由が認められること,(2)我が国との関わりが薄いこと,(3)就労目的で入国していること,(4)不法就労を長期間継続したこと,(5)弟の不法就労を助けたこと,(6)Aとの婚姻が重婚であったこと,(7)Bとの離婚が成立したことが信用できないこと,(8)Aの母が婚姻に反対していること,(9)退去強制が人道に反するという事情もないこと,以上の主張をしていた。


当裁判所は,平成18年2月8日の第4回口頭弁論期日において人証の取調べを実施した上,被告が甲8号証(Bとの離婚調書)に関する主張の補充の要否を検討して,同年3月22日までに被告最終準備書面を提出すること,原告は被告最終準備書面の提出を受けて,同年4月17日までに最終準備書面を提出することをそれぞれ確認し,次回期日を同年4月20日と指定して,同期日に終結の予定である旨を確認した。

被告は,同年3月22日に,上記(1)の①ないし③の各事実に関する主張を記載した被告最終準備書面と,原告とAとの同居の事実関係についての調査結果や匿名の者の供述内容を記載した供述録取書等である乙28号証ないし40号証を提出した。


原告代理人は,同年4月17日に同月20日付け証拠抗弁と題する書面で上記のとおりの証拠抗弁を主張して被告の取調請求を却下するよう求め,同月18日に同月20日付けの原告最終準備書面と,被告最終準備書面において主張された原告とAとの同居の事実が認められないことに対する反対証拠として,甲29号証ないし43号証を提出した。


当裁判所は,同月20日の第5回口頭弁論期日において,甲27号証ないし43号証並びに乙28号証ないし36号証及び38号証ないし40号証を取調べ,乙37号証は,作成者が不明であって形式的証拠力がないとしてこれを却下した。

(3)そこで検討するに,原告が成立の真正を否認する乙28号証,32号証ないし36号証は,その方式及び趣旨に照らし,いずれも入国審査官が職務上作成したものと認められ,真正に成立した公文書と推定すべきものである。次に,原告が上記のとおり主位的又は予備的に時機に後れて提出された攻撃又は防御方法であると主張する乙28号証ないし34号証及び39号証は,それらの作成日付により上記人証の取調べが実施された平成18年2月8日以前に作成されたものであることが明らかであり,それらの記載内容に照らせば,これらの文書に基づく主張も含めて上記人証の取調べ前に提出することが可能であったものと解される。
しかしながら,上記の各文書は,いずれも即時に取り調べることが可能である上,その記載内容は,調査対象者の氏名・住所等がすべてマスキングされているため,証拠価値が低いもの(乙28号証,32号証ないし34号証,39号証),又は原告やAと入管職員とのやりとりが記載されており,原告において反証が容易なもの(乙29号証ないし31号証)であって,これらを採用して取り調べても訴訟の完結を遅延させるものとは認められない。したがって,これらの証拠は,時機に後れて提出されたものとして却下する必要はないというべきである。
2
在留特別許可に関する法務大臣等の裁量権について
(1)裁量権の広範性について

国家は,国際慣習法上,国家主権の属性として,外国人を受け入れる義務を負うものではなく,特別の条約がない限り,外国人を自国内に受け入れるか否か,また,受け入れる場合にいかなる条件を付するかに関する諸制度を自由に決定することができるものとされており,我が国の憲法も,外国人に対し,我が国に入国する自由又は在留する権利を保障する規定を設けていない。


法50条1項は,法務大臣等が,法49条1項に基づく異議の申出に理由があるかどうかを裁決するに当たっては,当該外国人の異議の申出には理由がないと認める場合においても,当該外国人が,①永住許可を受けているとき,②かつて日本国民として本邦に本籍を有したことがあるとき,③特別に在留を許可すべき事情があると認めるときのいずれかに該当する場合には,その者の在留を特別に許可することができるとしており,法50条3項は,上記許可をもって異議の申出には理由がある旨の裁決とみなすと定めている。そして,それ以外には,入管法上,法務大臣等が在留特別許可の許否の判断に当たって考慮すべき事項は定められていない。しかし,国家は,上記のとおり,外国人の入国・在留の許否に関する裁量権を有している上,上記判断の対象となる外国人には退去強制事由が認められ,本来,我が国からの退去を強制されるべき地位にあることや,外国人の出入国管理が,国内の治安と善良の風俗の維持,保健・衛生の確保,労働市場の安定などの国益と密接にかかわっており,これらについて総合的に分析・検討した上で,当該外国人の在留の許否を決する必要があることからすると,上記在留特別許可をすべきか否かの判断は,法務大臣等の広範な裁量に委ねられているものと解するのが相当である。

したがって,在留特別許可を付与するか否かに関する法務大臣等の判断が違法となるのは,判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等から,その判断が事実的な基礎を欠く場合,又は事実に対する評価判断が明白に合理性を欠いて,社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかである場合など,法務大臣等に与えられた裁量権の範囲を逸脱又は濫用した場合に限られるというべきである。

(2)原告の主張について

原告は,法49条3項に基づく裁決は,入国審査官の認定という原処分に対する裁決と,在留特別許可の許否を決する原処分の2段階からなっていることを前提に,①前者については,事実認定に基づき退去強制が著しく不当か否かを判断するものであって,裁量権の働く余地がなく,②後者については,法務大臣から権限を委任された入国管理局長が主体となって判断する場合には,その裁量の範囲が法務大臣と同等ではあり得ないと主張する。


原告が主張する①の点についてみるに,裁決における判断の対象となる入国審査官の認定は,当該容疑者が法24条各号に定める退去強制事由に該当するか否かについての判断の結果であるから,その該当性の有無については事実認定の問題であって裁量権の作用する余地はないというべきであるが,退去強制することが著しく不当か否かは,法務大臣等の裁量に委ねられている在留特別許可の許否の判断と同一に帰するのであって,これについても事実認定の問題として,法務大臣等の裁量が及ばないと解することはできない。


原告の主張する②の点について検討するに,入管法の定める法務大臣の権限は多様であり,各処分の頻度,効果も異なるため,これら処分をする権限のうち,いかなるものを入国管理局長に委任するかについては,これら処分の内容,性質を勘案して判断されるものであるところ,在留特別許可は,これを受けた外国人に対し,新たに在留資格を付与し,これに対応する在留期間を定める処分であり,その結果,当該外国人の我が国への在留も,一定の活動範囲,期間に限定されるものであって,かかる限定された在留資格の範囲内で必ずしも長期間とはいえない期間の在留を許可することによって生ずる国益等への様々な影響は,入管実務に通暁した入国管理局長が法務大臣と同等によく判断し得るところであって,在留特別許可の許否の判断を法務大臣が行うか,その権限の委任を受けた名古屋入管局長が行うかによって,その裁量権の範囲に差があるものとは解されない。3
争点(1)(本件裁決が違法か否か)について
(1)在留特別許可の許否の判断と法務大臣等の裁量について
原告は,原告とAとの婚姻は実体を伴ったものであるから,原告には日本人の配偶者として在留特別許可を認めるべきであるなどとして,本件裁決が違法である旨主張する。
ところで,在留特別許可の許否の判断は,上記のとおり,法務大臣等の広範な裁量に委ねられており,当該外国人が,既に退去強制を余儀なくされる地位にあること等からすると,当該外国人が我が国に在留中に日本人と婚姻したからといって,直ちに在留特別許可が認められるものではなく,それが実体を伴ったものであることを前提として,在留特別許可の許否の判断をする際に考慮される事情の一つと解するのが相当であって,日本人の配偶者と認められる外国人であっても,不法に我が国に残留していた期間の長短や,在留中の行状その他諸般の事情から,在留特別許可をすることが相当ではないと判断される場合もあり得るものと解される。
もっとも,婚姻関係は,社会生活の基本単位としての家族の中核をなす男女の結合体であって,それが可能な限り維持されることが健全な社会の維持,形成にとって望ましいのであるから,在留特別許可の拒否の判断に当たってもその点は基本的に尊重されるべきものと解される。したがって,裁決が,当該外国人と日本人の婚姻関係の実体の存否に関する事実の誤認等に基づいてなされた場合には,当該裁決は判断の事実の基礎を欠き,社会通念上著しく妥当性を欠くものとして違法になる場合があると解すべきである。(2)原告とAの婚姻関係の実体について
前記前提事実に証拠(甲3号証ないし5号証,8号証ないし11号証,13号証ないし15号証,17号証ないし27号証,33号証,37号証ないし40号証,乙1号証ないし19号証,21号証ないし26号証,40号証,証人A,原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。

我が国への入国に至る経緯と入国後の活動
(ア)原告は,1972年(昭和47年)8月4日,パキスタンのシアルコート州カジュリワレにおいて,農業を営むGとHとの間の次男として出生した。
原告は,1990年(平成2年)ころ,ゴールミットハイスクールを卒業し,1993年(平成5年)ころには,親の勧めもあって,Bと結婚し,夫婦で原告の両親や兄弟と一緒に生活をしていた。しかし,その後,単身カラチに出稼ぎに出て5,6年滞在し,その間は1年に1回,約2,3か月間家族の下に帰るという生活をしていた。
また,原告は,1999年(平成11年)ころには,左官屋としてサウジアラビアに出稼ぎに行き,2001年(平成13年)にパキスタンに戻った。この間,2000年(平成12年)までに,Bとの間に4人の子供をもうけた。
(イ)原告は,日本で自動車の部品等を買い付け,パキスタンに持ち帰って転売して利益を得ようと考え,平成13年5月19日,在留資格を短期滞在,在留期間を90日として,成田空港から本邦に入国したが,在留期限である平成13年8月17日を超えて不法に残留した。そのころ,原告は,愛知県春日井市a町b丁目c番地dアパートe号(以下dアパートという。)に居住していた。
(ウ)原告は,日本語を解さなかったため,結局,自動車の部品等の取引を行うことはできず,会社勤めをして日本語を覚えようと考え,入国後1か月ほど経過した平成13年6月29日,知人の紹介で小牧市において溶接業を営むC工業所に就職し,以後,時々別の仕事をするために長期欠勤した外は,同社に継続して勤務していた。同社での原告の勤務態度はまじめで,仕事の飲み込みもよく,同社代表者であるDは,原告を後継者の一人とも目している旨表明しており,原告の収容中も原告と手紙のやりとりをし,原告が本邦に在留することを希望している。

Aとの交際と結婚
(ア)Aは,昭和30年7月1日生まれの女性で,平成11年3月24日に前夫と死別した。前夫との間には二人の子(いずれも成人男性)がおり,長男(K)とともに,名古屋市a区b丁目c番地所在のa区の居宅に居住していた。なお,次男(I)はアメリカ留学中である。Aは,a区の居宅の近くに住んでいる実母が,リウマチを患って車いすを使用しているため,父親や実姉とともにその面倒を見ている。
(イ)Aには,もともとパキスタン人の知り合いがおり,平成13年8月ころ,そのパキスタン人がゲーリーズというバーに原告を連れてきたことをきっかけに原告と知り合い,その3,4か月後から二人で食事に出かけるようになり,徐々に会う回数も増えていった。
原告とAは,二人で名古屋市内の栄,名駅,金山方面に出かけて食事をしたり,飲酒したりすることが多かったが,ドライブをしたりして遠出することはなかった。
平成15年8月ころになると,原告からAに対して結婚話が持ちかけられるようになり,同年11月ころに至ってAがこれに応じて結婚することになった。
(ウ)原告とAは,平成16年1月21日,春日井市役所に婚姻届を提出した。その婚姻届には,同居を始めたときを記載する欄は空欄になっており,その理由として,結婚式を挙げておらず,同居も始めていないためとされていた。また,原告は,上記婚姻届を提出する際に,私の息子はパキスタンではまだ結婚していなくまたどんな女性とも婚約していないと記載された原告の両親による宣誓供述書2通,彼はパキスタンではまだ未婚であると記載された未婚証明書1通及び私儀Aと婚姻届出をなすについて,婚姻要件の具備することの本国官憲の証明書を提出すべきところ,努力したにもかかわらずこれらの書面の交付を受けることができませんでした。しかし,この婚姻は,本国法に規定されている婚姻のための実質的要件を具備した適法なものでありますから,受理くださるようお願いします。また,私は重婚ではないことを誓います。と記載された申述書1通を提出した。Aは,原告と婚姻したことで,前夫の死亡によって受給していた月額約9万円の遺族年金の受給資格を喪失した
(エ)このころから,原告とAは同居先を探したが,原告が外国人であったことや二人の勤務先が相当離れていたため,その確保に難渋したものの,結局,Aの父親が保証人になって,愛知県春日井市a町b番地の8のコーポd号を賃借し,平成16年2月ころから同居を始めた。
また,Aは,春日井市役所に婚姻届を提出した後,イスラム教徒である原告と婚姻するため,平成16年2月22日,名古屋モスクにおいてイスラム教に入信し,同日,イスラム教の宗教儀式に則り結婚式をした。原告は,Aと同居生活を始めてから,炊事や洗濯はほとんどAに任せていた。また,2人で鈴鹿方面に魚釣りに出かけたり,ボーリングにいったり,長島公園に出かけたりし,友人やAの実姉を招いたりすることもあった。
(オ)原告は,C工業所において稼働しており,勤務時間は,基本的には朝8時から夕方5時までであるが,夜7時くらいまで残業することもあり,月平均20万円程度の収入を得ていた。他方,Aは,a区の居宅から,自動車で5分から10分くらいのところに所在する老人ホームで事務の仕事をしており,勤務時間は,朝8時30分から夕方5時30分までとなっていた。
Aは,毎朝5時半ころに起きて原告の弁当を作り,原告と一緒に午前7時ころにコーポdを出て,8時ころにいったんa区の居宅に赴き,同所に居住している長男のために食事を作ったり掃除をしたりした後,午前8時30分ころには老人ホームに出勤し,午後5時30分に退勤してからは,いったんa区の居宅に立ち寄って長男の食事の用意をするなどし,その後,コーポdに戻るという生活をしていた。ただ,夜遅くなったときなどはa区の居宅に泊まることがあり,週に一度くらいの頻度で泊まることもあった。
Aは,イスラム教徒の原告と結婚するに当たって自らもイスラム教に改宗し,豚肉を食さないことになったことから,肉料理には豚肉以外の肉を使用し,調味料にも豚のエキスなどが使用されていないかを確認するなどの配慮をしている。
原告は,平成16年6月19日から同月24日までの間,椎間板ヘルニアのため,春日井市民病院に入院し,同年7月1日から同月5日までの間,再度同病院に入院して手術した。Aは,原告が手術をしてからは毎日見舞いにいっていた。
(カ)原告とAの2人の息子との関係は良好で,一緒に出かけたりすることもあった。また,Aの父親は,原告との結婚に好意的ではなかったが,娘の決めたこととして半ばあきらめた形でコーポdの連帯保証人になった。Aの母親は,Aと原告の結婚に反対している。

原告の出頭と違反調査
(ア)原告は,平成16年2月23日,Aとともに,戸籍謄本,住民票,外国人登録原票記載事項証明書,婚姻証明書及び陳述書等を持参して名古屋入管を訪れ,名古屋入管入国警備官に対し,

日本の女性と知り合い,結婚した。彼女と日本で暮らし,仕事ももっとがんばってやりたい。今の生活を安定させるためにも日本で暮らしたい。

として,不法残留している事実を申告し,これを受けた名古屋入管入国警備官は,原告に対し,法24条4号ロ該当容疑で違反調査を実施した。
原告の持参した陳述書には,原告の両親及び兄弟はすべてパキスタン又はサウジアラビアに居住している旨記載されていた。
(イ)しかし,平成16年3月3日に原告の弟であるFが入管法違反で逮捕され,同人が平成15年10月9日に本邦に入国し,平成16年1月7日を超えて不法に残留していたことが判明したため,同年3月8日,名古屋入管の調査部門担当者が原告に架電したところ,原告は,Fが逮捕されたことは知っており,上記陳述書の在日親族欄にFを記載しなかったのは,Aが作成した書面に署名しただけの経緯であったので分からなかった旨回答した。
(ウ)名古屋入管入国警備官は,平成16年3月26日,名古屋法務局長に対し,法28条2項に基づき原告とAとの婚姻届謄本の送付を依頼し,婚姻届のほか添付書類である婚姻証明書等を入手した。そして,名古屋入管は,ある日本人から,原告には本国に妻子がいるとの情報を得たことから,本件証明書等の信ぴょう性と原告の本国における婚姻の有無を確認すべく,同月31日付けで外務省経由でパキスタン政府に照会を依頼した。その結果,平成16年9月6日付けで在パキスタン日本国大使館から

本件婚姻事実(当該人は既婚者であり,4人の子持ち)を確認したので右ご報告する。

との回答があり,同年10月4日,重婚の事実が名古屋入管入国警備官に把握されるに至った。
(エ)名古屋入管入国警備官は,違反調査の一環として,平成16年7月12日,コーポdへの訪問と近隣住民への聞込調査を実施したところ,原告もAも不在で,その向いの部屋の住人からは,住人相互の関わりがないため,原告夫妻のことはよく分からないとの回答を得た。

違反審査における原告の供述等
(ア)原告は,平成16年9月9日,収容期間を同年10月8日までとする収容令書に基づき収容され,名古屋入管入国審査官により,法24条4号ロ該当容疑で違反審査を受け,同年9月9日,仮放免された。
(イ)原告は,同年11月8日にも再度違反審査を受け,入国の動機及び経緯,C工業所への就職と稼働状況,Aとの出会いと婚姻に至る経緯について供述したほか,本国の妻子の存在を確認されたが,これを否定した。(ウ)同日,Aも名古屋入管入国審査官による事情聴取を受けたが,その際,同審査官から原告には本国に妻子がいることを伝えられ,結婚を継続するかどうかよく考えるようにと勧められた。
(エ)名古屋入管入国審査官は,平成16年11月8日,原告が,法24条4号ロに該当するとの認定をしたため,原告は,口頭審理の請求をした。

口頭審理における原告の供述等
(ア)Aは,平成16年12月10日,名古屋入管局長に対し,原告と連名で①同年11月8日に名古屋入管入国審査官から原告の本国の妻子のことを聞いていささか動揺したが,冷静に話し合ったところ,原告が本国の妻と離婚し,Aとの婚姻を継続すること,②原告が本国の妻と離婚でき次第,その事実を記載した公的書面を2通取り寄せてそのうち1通を名古屋入管に提出すること,③離婚成立までに1,2か月を要することなどが記載された上申書を提出した。
(イ)また,原告は,在日していた親戚であるJが,平成16年11月に所用でパキスタンに一時帰国するため,同人に離婚関係の書類を持ち帰るよう依頼し,同年12月13日に帰国した同人から,これらの書類を受け取り,名古屋入管局長に対し,平成16年12月25日付けで離婚証明書及びその翻訳書を送付した。
同離婚証明書には,パキスタンにおいて,平成16年5月5日に原告の離婚調停申立てが受理され,同年8月4日に離婚が成立したことが記載されていた。
(ウ)原告に対する口頭審理は,平成17年2月14日に実施された。原告は,口頭審理において,平成13年8月17日を超えて不法残留しているという違反事実を認め,①違反調査の際に提出した陳述書に,在日親族は不在であると記載していたことが虚偽であったこと,②平成16年8月に本国の妻との離婚が成立していたにもかかわらず,同年11月に実施された違反審査において未婚であると虚偽の供述をしていたこと,③本件証明書等が偽造であること,④離婚の条件は,4人の子供に毎月一人につき800ルピー,日本円にすると4人合計6000円を支払うものであること,⑤春日井市役所に提出した宣誓供述書及び未婚証明書はいずれも偽造であり,パキスタンに住む友人に頼んで作ってもらったことなどについて供述した。
名古屋入管特別審理官は,要旨以上のとおりの供述を受け,平成17年2月14日,原告に対し,法24条4号ロに該当する旨の判定をしたところ,原告は,同日,上記判定に対し,異議申出をした。

本件各処分の発令
法務大臣から権限を委任された名古屋入管局長は,平成17年3月22日付けで原告の法49条1項に基づく異議の申出には理由がない旨の裁決をし,同日,名古屋入管主任審査官はこれを原告に通知した上,本件発付処分をした。
本件発付処分は,同日執行され,原告は,名古屋入管に収容された。キ
収容中の原告及びAの状況
原告は,本件発付処分がなされた平成17年3月22日,退去強制令書の執行により,名古屋入国管理局に収容され,同年4月22日,西日本入国管理センターに収容された。
Aは,原告の仮放免の申請をする一方,平成17年4月から同年9月までの間に前後6回にわたって,片道4時間をかけて自動車で面会に赴き(内1回はK及びIも同行した。),荷物を数回送付したほか,ほぼ毎日のように電話をしていた。また,原告は,C工業所の代表者のDとも手紙のやりとりをし,C工業所の従業員は,原告の本邦への在留を求める嘆願書を作成した。
Aは,同年6月15日,C工業所を訪ね,原告の問題についてDと相談をした。
原告は,同年9月14日に仮放免になり,その後はAとその長男とともに3人でa区の居宅で生活している。


原告のBとの離婚手続
原告は,父親に依頼して,平成16年5月5日,パキスタンのカンブランワラ地方調停委員会に離婚届を提出し,Bとの離婚手続を開始した。しかし,調停はまとまらず,当事者間での和解も不成功になったため,1961年イスラム信仰家庭法7条3項5号に基づき,イッダトの満期後,平成16年8月4日付けで離婚が認められ,その旨の調停調書が作成された。その結果,原告はBと離婚し,4人の子供に対して,定期的に一人当たり毎月の生活費として800ルピー(4人合計3200ルピー)を,Bに対しては,離婚が有効になるまでの期間(90日),1万ルピーを支払うべきことになった。

名古屋入管による補充調査
名古屋入管入国審査官は,平成17年9月4日に,原告の前住所地であるdアパートの調査を実施したほか,同月9日,平成18年1月及び同年2月にはa区の居宅付近の住民に対する聞込調査を実施した。さらに,平成18年2月には,原告とAとの婚姻について,匿名のパキスタン人に対する事情聴取を行った。

(3)原告とAの婚姻の実体について

以上の認定事実によってみれば,①原告とAとは,平成13年末ころから約2年間の交際期間を経て平成16年1月に婚姻し,その翌月から原告が平成17年3月に本件発付処分の執行によって収容されるまでの約1年にわたってコーポdで同居生活を営んでいたこと,②その間,原告は,本国の父親にBとの離婚の手続を依頼し,平成16年5月には本国で離婚のための手続が開始され,同年8月4日に離婚が成立していること,③Aは,平成16年11月に実施された名古屋入管入国審査官による事情聴取において,原告の重婚の事実を知らされたが,原告と話し合った結果,従前と同様の婚姻生活を継続することにしたこと,④Aは,原告との婚姻に当たって原告と同じイスラム教に改宗し,豚肉を食べないなどその教義に沿った日常生活を送っていること,また,Aは,原告との婚姻により,月額約9万円の前夫の遺族年金の受給資格を喪失したこと,⑤原告の収容生活は約6か月間に及んだが,この間,Aはたびたび面会に赴き,手紙でのやりとりや電話を頻繁にしていたこと,⑥原告の仮放免後においては,a区の居宅にて同居生活を送っていること,⑦原告とAの子供との関係は良好であること,⑧Aは,原告が入院・手術を受けた際にも見舞いに行くなどしていたこと,⑨原告の収容中,AはC工業所を訪ね,原告の近況をDに知らせて相談するなどしており,DもAを原告の妻と認識し,Aの親族,友人らも,同様の認識であることがそれぞれ認められるのであって,これらの諸事実によれば,原告とAの婚姻は,原告がAに秘匿していたBとの重婚の問題を除いては,特に不自然とすべきところのない通常の婚姻の経過,実体であったと認められる。

そして,原告は,違反調査の過程で上記重婚の事実が発覚するより前から,本国での離婚手続を手配しており,原告が名古屋入管に収容される以前の平成16年8月4日の時点で離婚が成立していたこと,後にこれを知らされたAも本国での妻子の存在を隠していた原告を許し,婚姻関係の継続を切望して,原告に対する口頭審理が実施される前に名古屋入管にその旨を知らせており,その意思は本件各処分の前後を通じて変化がないことが認められる。


これに対し,被告は,①Aの両親が婚姻に反対しており親族としての交流がないこと,②婚姻後,コーポdでの同居生活の事実が認められないこと,③原告の仮放免後の住所であるa区の居宅においても同居生活の事実が認められないこと,④Aは,以前交際していたEなるパキスタン人に対する貸金の回収を図るため,原告との婚姻を継続している可能性があること,これらを理由に,原告とAとの婚姻の実体がない旨主張する。しかし,①の点は,原告とAの婚姻関係の実体があるか否かとは直接の関係をもたない性質のことがらであり,むしろ上記認定事実によれば,Aの父親は,コーポdの賃貸借契約の際に連帯保証人になっており,原告とAとの婚姻を事実上受け入れているものと認められる。
②の点については,上記認定事実によってみれば,Aは,コーポdで原告との新婚生活を送っていた当時,a区の居宅との間を行き来していたのであるから,a区の居宅の近隣住民がたびたびAを目撃していた(乙28号証)としても格別不審ではなく,その他被告がその主張の裏付けとする資料(乙29号証ないし31号証)も,原告とAの同居の事実を否定する根拠とするに足るものとは認められない。
③の点についても,被告の根拠とする資料は,調査対象者の氏名・住所などが伏せられているため,その信用性の確認ができないものである(乙33号証,34号証)上,原告からはこれに反する証拠(甲32号証,35号証)も提出されているから,被告の上記主張は採用することができない。Aは,原告が不法残留の外国人であることや,a区の居宅の近くには原告との婚姻に強く反対している母親が居住していること等の事情から,極力目立たないように生活していたというのであり,近隣住民が被告の調査に対して原告を見かけない旨を供述したとしても,それは被告の上記主張を裏付けるに足るものではない。
④の点については,Aが,貸金の回収の便宜のために,上記のように遺族年金の受給資格を喪失してまで,原告と婚姻した外形を作出する必要があったとは到底考え難い上,これらの主張も氏名不詳のパキスタン人の供述に基づくものであって,相当な裏付資料に欠ける主張というほかなく,採用できない。
(4)本件裁決の違法性について

以上に認定・判断したとおり,原告とAとの婚姻は実体を伴ったものと認められるのであるところ,本件裁決及びこれに至るまでの一連の手続(入国警備官による違反調査,入国審査官による違反審査及び特別審理官による口頭審理の各手続)においては,原告が本国で婚姻していたこと,すなわち,Aとの婚姻が重婚に当たることから,原告とAの婚姻が実体を欠く婚姻であるとの判断がなされたものと解される。
そして,本件訴訟においても,被告は当初,原告とAとの婚姻が重婚であること,原告がBと離婚したことは信用できないことを主張し,原告とAとの婚姻の実体に関する同居の状況や家計の一体性の有無などの事情についての主張をしていなかった。

しかしながら,既に認定したとおり,原告の重婚の事実は,本件裁決の前提手続である名古屋入管入国審査官による違反審査の時点では既に解消していたのであって,この事実が正確に認識されていれば,原告とAとの婚姻が実体を備えたものであることについて正しい認識がなされ,これに基づいた判断がなされた可能性が高いものと思料される。


そうすると,本件裁決は,重婚状態にない原告とAとの婚姻を,重婚状態にあるものと誤認したことを前提として,婚姻関係の実体の存否に関する事実誤認に基づいてなされたものであると解するのが相当である。

もっとも,前述したとおり,在留特別許可の判断は,婚姻の実体の有無の点を重視すべきであるとはいっても,当該外国人の入国の経緯,在留状況等をも総合的に検討してなされるべきものであって,婚姻の実体の有無について事実誤認があったとしても,それ以外の諸事情から,我が国に在留させることが不適当な事情があると認められる場合には,在留特別許可を付与しないことも法務大臣等の裁量権の範囲に属するものと解される。そこで,次に,この観点から原告の本邦における行状等について検討する。
(ア)原告は,Aとの婚姻の際,春日井市役所に虚偽の内容が記載された未婚証明書や宣誓供述書を提出して重婚状態を作出しており,それ自体,強い非難を免れない。
また,原告は,不法就労を目的として本邦に入国し,名古屋入管に出頭するまでの約4年間にわたって不法就労を継続したことが認められ,これも在留資格に基づく活動を一定期間行うことを前提に外国人の入国を許容する我が国の入国管理制度に反する悪質な行為というほかはない。(イ)しかしながら,原告は,Aとの婚姻を契機としたものではあるが,不法残留という違法状態を解消するため,自主的に名古屋入管に出頭していること,原告は,入国直後から継続してC工業所にて稼働しているところ,その勤務態度は良好で,職場での信頼も厚く,代表者らからも高い評価を受け,同社の従業員から,原告の在留を希望する嘆願がなされていることが認められ,本邦在留中に違法な手段によって金銭を得ていたような事情も認められない。
また,原告は,弟のFの不法残留について,同人を本邦に招き入れたとか,不法就労を手助けしたなど同人に対する積極的な援助行為をしたことを認めるに足りる証拠はない。
一方,Aは,定職を持って,a区の居宅近くに居住する実姉とともに両親の面倒をみているが,外国での生活経験があるとはうかがわれず,パキスタンで原告との婚姻生活を継続することは事実上困難な状態にあると解される。
以上の諸事情を総合検討してみれば,原告には,上述したとおりの違法な行為があったと認められるものの,これがAとの間で形成された婚姻関係を事実上終了させても,なお本邦での在留を許すべきでない事情であるとまでは認められない
そして,以上のほかに,我が国の政治・経済・社会等の諸事情に照らして,パキスタン人である原告を我が国に引き続き在留させることが妥当でない状況や,我が国を取りまく国際情勢,外交関係,国際礼譲などの諸般の事情からこれが相当ではないとする事情も認められない。

以上の検討によってみれば,原告とAとの婚姻の実体につき,事実を誤認してなされた本件裁決は,その基礎を欠いており,社会通念上も妥当性を欠くものと解するのが相当である。
したがって,名古屋入管局長の本件裁決は,その裁量権を逸脱又は濫用した違法があり,これを取り消すべきものである。
4
争点(2)(本件発付処分が違法か否か)について
以上のとおり,本件裁決は,名古屋入管局長の裁量権を逸脱・濫用するものとして違法であるから,本件裁決を前提として発せられた本件発付処分も違法であって取り消しを免れない。

5結論
以上の次第であって,原告の本訴請求はいずれも理由があるから認容し,訴訟費用の負担につき,行政事件訴訟法7条,民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。

名古屋地方裁判所民事第9部

裁判長裁判官

中村直文
裁判官

前田郁勝
裁判官

片山博

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