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傷害致死被告事件
事件番号平成16(わ)460
事件名傷害致死被告事件
裁判年月日平成17年10月27日
裁判所名・部甲府地方裁判所  刑事部
裁判日:西暦2005-10-27
情報公開日2017-10-13 01:40:33
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主文
被告人を懲役2年に処する
未決勾留日数中230日をその刑に算入する。
理由
【犯罪事実】
被告人は,平成16年10月27日午後8時20分ころ,当時の山梨県北都留郡a町bc番地先路上において,A(当時38歳。以下被害者ともいう。)に対し,路上に投げ倒した上,馬乗りになり,その頸部を手で圧迫するなどの暴行を加え,よって,被害者に甲状軟骨左上角骨折等の傷害を負わせ,そのころ同所から逃走した被害者をして冠状動脈硬化症による心筋梗塞を発症させ,同日午後9時40分ころ,同町bd番地B病院において,被害者を上記心筋梗塞により死亡するに至らしめた。
【証拠】
(省略)
【争点に対する判断】
1
被告人及び弁護人は,①被害者に対する暴行のうち,馬乗りになった事実は認めるものの,被害者を路上に投げ倒した事実及び被害者の頸部を手で絞めた事実については争うほか,②被告人の暴行と被害者の死亡事実との間に因果関係はない旨主張し,また,③被告人の暴行は正当防衛,自救行為,過剰防衛のいずれかにあたる旨主張している。

2
被害者に対する暴行の内容について
(1)

被害者の遺体の司法解剖を行ったCの公判廷供述及び同人作成の被害者の死
因等に関する鑑定書(証拠略)は,被害者の首の左右に表皮の剥脱や圧迫痕跡が認められるほか,甲状軟骨の骨折や筋肉内出血も生じていたとし,これらの傷が生じた原因としては,首の左右を右手の親指とその他の指で相当強く圧迫された可能性がある旨結論づけているところ,以上の所見について特段不自然,
不合理な点は認められない上,被害者に対してこのような傷害を生じさせうる機会があった者は被告人以外にうかがえないことからすれば,被告人が,被害者に対し,その頸部を強く圧迫する暴行を加えたものと強く推認できる。(2)

また,被告人は,本件犯行直後,D(以下D証人という。)を呼びだし
て本件に関する話をしているところ,D証人は,その際,被告人が,背負い投げの動作や曲げた腕で押さえつける動作をしながら,

こっち来いと言われて,それで投げて,馬乗りになって,押さえ付けた。

などと告げた旨証言しているが,その証言内容は具体的であり,犯行時間の1時間ほど後に被告人から電話で

胸ぐらを掴まれたので投げ飛ばしちゃいました。

などと告げられたという被告人の雇用主の供述とも符合し,D証人が被告人の約10年来の友人であることをも考慮すると,その証言の信用性は高い。
(3)

以上に加え,暴行態様に関する被告人の供述自体,

被害者とつかみ合いになった後,気がついてみると,仰向けになった被害者の上に馬乗りになり,被害者の襟付近を掴んでいた。夢中だったのでよく覚えていない。

というものであることにも照らすと,被告人が,被害者を路上に投げ倒した上,馬乗りになり,その頸部を手で圧迫した事実を優に認定することができる。3
暴行と被害者の死亡の因果関係の有無について
(1)

関係各証拠によれば,被害者の死亡に至るまでの経過として,以下の事実が
認められる。


被告人は,平成16年10月27日午後8時20分ころ,当時の山梨県北都留郡a町bc番地先路上(以下暴行現場という。)において,被害者と掴み合いになった後,立腹のあまり無我夢中で揉み合ううち,前記認定のとおり,被害者を路上に投げ倒し,その上に馬乗りになり,手で被害者の頸部を圧迫するなどの暴行を加えた。被害者の頸部に対する圧迫の程度は,一時的に窒息状態に陥らせるほどのかなり強いものであった。



その後,被告人は,被害者が降参する態度を示したため,被害者の体の上
からおりたが,その直後,被害者は,被告人の隙をついて走り出し,被告人から逃げ出した。


被告人は,

汚ねえじゃねえか。

などと大声を出しつつ,走ったり歩いたりしながら被害者の後を追いかけたが,被害者も,走ったり歩いたりしながら逃げ続けた。両者の間隔は,当初10メートル以上の距離があったものの,その後,両者が非常に接近することもあった。



このように被告人から逃げ続けるうち,被害者は,暴行現場から約335メートル離れたa町bd番地先路上において倒れ込んだ。被害者は,間もなく通行人に発見され救急車で病院に搬送されて救命措置を施されたが,同日午後9時40分ころに死亡した。死因は,冠状動脈硬化症による心筋梗塞であった。



被害者は冠状動脈硬化症による心筋梗塞に罹患したという既往歴を有し,通常人の場合に比して心臓が負荷に耐えにくい状態にあった。

(2)

以上の事実関係の下では,被告人の被害者に対する暴行が被害者の死因であ
る心筋梗塞の唯一かつ直接の原因であったと断じることはできず,心筋梗塞を発症しやすいと考えられる体質にあった被害者が300メートル以上の距離を走るなどしたことも影響して心筋梗塞を発症させたとみる余地がある。しかし,被害者が,被告人から強度の暴行を受けた後,それから逃がれるべく追いつ追われつの逃走をしている過程で,しかも,暴行を受けてからさほど経過しない時間帯に,心筋梗塞を発症して死亡したものである以上は,被害者の死亡結果は,被告人の暴行によって引き起こされたものと評価するのが相当であって,両者の間に因果関係を肯認することができる。
4
正当防衛,過剰防衛,自救行為の成否について
(1)

生命,身体を守るための正当防衛等の成否について
弁護人は,被告人の暴行につき,後ろ襟首を掴んで引きずるという被害者による突然の攻撃から身を守るために行われたものであり,自己の生命・身
体を守るための正当防衛ないし過剰防衛が成立する旨主張し,被告人も当公判廷でこれに沿う供述をしている。

関係各証拠によれば,本件暴行に至る経緯として,以下の事実が認められる。


被告人は,平成15年10月ころに被害者から車(以下本件車両という。)を購入したが,本件当時未だ代金のうち一部が未払いの状態であったことから,被害者から,残代金の支払い等を要求されていた。これに対し,被告人は,本件車両の車検が切れてしまったことなどを理由に,残代金の支払いに先だって被害者を通じて車検をとってもらうことを希望していた。本件当日に行われたラーメン店における両者の間の話し合いでは,車検をとるのが先か残代金を支払うのが先か等について意見の応酬があったが,最終的には,被害者が,車検代として13万円を支払うという被告人の要求を受け入れる形で話し合いを終了し,被告人と被害者は,現金の受け渡しをすべく,被害者の車で被告人方に向かった(なお,検察官は,被告人から被害者に手渡すことになった13万円は,これまでの経緯や金額等に照らし本件車両の残代金の趣旨であったと主張するが,かかる合意の成立を認めるに足りる根拠に乏しい上,残代金の趣旨であったとみた場合,その後に被告人と被害者との間で口論等が生じるとは考えがたいのであって,この点は被告人の供述に沿った認定をするのが相当である。)。


被告人は,自宅に戻ると,自宅内から13万円を持ち出して,被害者の車の中で被害者に交付したが,被害者は,現金を受領した後,被告人に対し,

13万円で軽を買え。

などと車検を取る替わりに手頃な軽自動車を買うよう持ちかけるなどした。これを聞いた被告人は,被害者に騙されたと感じ,両者は,そのまま被害者の車の中で口論をした。



その後,被害者は,被告人の後ろ襟首付近を掴んで引っ張り,「外へ出ろ。」などと言ったため,被告人も,大事な金を騙し取られたという気持
ちや馬鹿にされたという気持ちから被害者に対し頭に来ていたことから,被害者の誘いに応じて自分で被害者の車の外に出た。そして,被告人と被害者が車外で対峙すると,被害者は,

生意気だ。こっち来い。

と言いながら,再度被告人の後ろ襟首を掴んで道路の中央付近に引っ張った。被告人は,自分より若い被害者と喧嘩になるのが怖いという思いもあったものの,年下の被害者に馬鹿にされて悔しかったことや,頭に来て興奮していたことなどから,意地でも金を取り返してやろうなどと考え,被害者に引っ張られるままに道路の中央付近まで移動し,被害者に対し,

人を馬鹿にしやがって。金返せ。

などと怒鳴り返した。そして,両者は,互いに向き合って掴み合いの喧嘩を始めたが,被告人は,先に認定したとおり,立腹のあまり無我夢中で揉み合ううち,被害者に対し,路上に投げ倒すなどの暴行を加え,さらに,隙を見て逃げ出した被害者を追いかけるなどした。
なお,以上の事実を認定する上での中心的な証拠である被告人の捜査機関に対する供述調書について,被告人は,当公判廷で,警察官に罵声を浴びせられるなどしたため,自分の言ったことが書かれていない警察官の筋書きどおりの供述調書に署名指印した旨述べている。しかし,供述調書の作成状況に関する被告人の公判供述自体曖昧ないし不自然な部分も少なくない上,被告人の捜査段階の供述調書には,逃走した被害者を追いかけるのを諦めた地点などにつき被告人に有利な内容が被告人の言い分どおりそのまま調書に記載されていることなどからすると,かかる被告人の弁解は信用することができない。

以上の認定事実を前提に生命・身体を守る為の正当防衛等にあたるとする主張について検討すると,確かに,被告人による本件暴行に先立って,被害者から襟首付近を掴まれるなどの有形力の行使をされた事実が認められるものの,被告人は,これらの行為によって暴行現場まで同行を強いられたわけ
ではなく,むしろ,被害者との間の相当な時間にわたる口論の後,被害者の対応等に腹を立て,意地でも金を取り返そうなどという意図の下,喧嘩に発展することを十分予期しつつ,被害者の誘いに積極的に応じるつもりで,被害者に引っ張られるままについていって暴行現場に移動した上,互いに掴み合いの喧嘩となった挙げ句,判示のとおり積極的かつ強度な暴行を加え,さらに,隙を見て逃げる被害者に対し,追いかけるなどまでしていたものである。このような一連の経過に照らすと,被害者が先に被告人の襟首付近を掴んだとはいえこの点をとらえて正当防衛における急迫性の要件が満たされているとみる余地はなく,被告人の本件暴行行為につき,生命,身体を守るための正当防衛,過剰防衛はいずれも成立しない。
(2)

財産を守るための正当防衛,自救行為等の成否について
弁護人は,被告人の暴行について,①被告人は,13万円を被害者に奪われ
まいとするために暴行をしたものであって,自己の財産を守るための正当防衛,過剰防衛が成立する,②13万円が被害者の占有下に移転していたとしても,自救行為が成立するとも主張している。
しかし,被告人が,本件暴行に先立ち,自らの意思で被害者に対し13万円を既に手渡してしまっている以上,これに対する急迫不正の侵害を認めることはできず,このような観点からの正当防衛,過剰防衛もいずれも成立しないことは明らかであるし,関係各証拠によっても,被告人の暴行を自救行為として正当化する事情は認められず,自救行為も成立しないことは明らかである。【法令の適用】
被告人の判示所為は,行為時においては平成16年法律第156号(刑法等の一部を改正する法律)による改正前の刑法205条(刑の長期はその改正前の刑法12条1項による。)に,裁判時においてはその改正後の刑法205条(刑の長期はその改正後の刑法12条1項による。)に該当するが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから,刑法6条,10条により軽い行為時法の刑
によることとし,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役2年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中230日をその刑に算入し,訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項ただし書により被告人に負担させないこととする。【量刑の理由】
本件は,車の売主である被害者と買主である被告人との間で,金の受渡しに関するトラブルが発展して喧嘩になった際,被告人が,被害者の頸部を圧迫するなどの暴行を加えるなどし,それに起因して,被害者が心筋梗塞を発症し,死亡したという傷害致死の事案である。
暴行の態様及び程度は,被害者を投げ倒し,馬乗りになった上,被害者の頸部を窒息死を引き起してもおかしくないほどの強い力で圧迫するなどしたというものであり,危険かつ粗暴で悪質といわなければならない。
被害者は,被告人から上記の暴行を受けた後,追いかけてくる被告人から逃走する最中に路上に倒れ,救命措置の甲斐なく約1時間後に絶命したものであるが,暴行による肉体的苦痛はもとより,人生の半ばにしてその生涯を終えなければならなかった精神的苦痛や無念さは察するに余りある。また,被害者の遺族の怒りや悲しみも計り知れず,被害者の実父は厳しい処罰感情を吐露している。にもかかわらず,被告人は,いまだ被害者の遺族に対し,被害弁償や手紙の送付といった具体的な慰藉の措置を何ら講じていない。
本件犯行に至る経緯を見ても,被告人は,これまで買主として無責任な対応を続けてきた自己の行状を省みず,被害者の対応に安易に腹を立てた上,相手が誘いを掛けてきたからとはいえ,一時の激情にかられて暴力によって物事を解決しようとしたものであって,経緯や動機面において酌量しうる点は多くない。以上によれば,被告人の刑事責任は重いといわなければならない。しかしながら,他方で,本件は被害者との間の金銭トラブルに端を発した偶発的な犯行であること,被害者が先に被告人の後ろ襟首を引っ張るなどした行為が被告人の暴行を誘発している面があること,被告人の暴行ももみ合いの中で無我夢中で
加えられたものであり,我に返った後被害者が降参する態度を示すと暴行をやめていること,被告人の予想もできなかった心筋梗塞の既往歴という被害者の基礎疾患が存在していたことなどが重なって被害者の死亡という不幸な結果が発生した可能性があること,被告人の雇用主が情状証人として出廷し,できる範囲で被告人の更生に助力する旨述べていること,被告人は,被害者及び遺族に対する謝罪の気持ちを示すなどそれなりに反省の態度を示していること,被告人には古い業務上過失傷害による罰金前科以外には前科がないことなど,被告人にとって酌むべき事情も認められる。
そこで,当裁判所は,これらの被告人にとって有利,不利な一切の事情を総合考慮した上,主文のとおりの刑を量定した次第である。
(検察官千石奈央,国選弁護人川手一郎各出席)
(求刑

懲役5年)

平成17年10月27日
甲府地方裁判所刑事部

裁判長裁判官

川島利夫
裁判官

矢野直邦
裁判官

肥田薫
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