事件番号 | 昭和24(控訴)272 |
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事件名 | 窃盗被告事件 |
裁判年月日 | 昭和24年8月8日 |
法廷名 | 福岡高等裁判所 |
結果 | 破棄自判 |
判例集等巻・号・頁 | 第2巻2号90頁 |
判示事項 | 刑訴施行法第五条の規定と新法施行後に発生した事件 |
裁判要旨 | 刑訴施行法第五条にいわゆる事件のうちには、新法施行後に発生した事件をも含むものと解すベきである。 |
裁判日:西暦 | 1949-08-08 |
情報公開日 | 2017-10-18 03:52:36 |
原判決を破棄する。 被告人を懲役一年に処する。 但し、この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。 理 由 弁護人大八木喬輔、同三原道也の控訴趣意は、末尾添付の書面記載のとおりである。 第一点に対すを判断。 刑事訴訟法施行法第四条には、新法施行の際まだ公訴が提起されていない事件については、新法を適用すると規定し、同法第五条には、前條の事件について、被告人からあらかじめ書面で弁護人を必要としない旨の申出があつたときは、簡易裁判所においては新法施行の日から一年間は、新法第二百八十九条の規定にかかわらず、弁護人がなくても開廷することができると規定する。その第五条にいわゆる前条の事件、すなはち、その第四条にいわゆる新法施行の際まだ公訴が提起されていない事件というのは、所論のように、新法の施行以前に発生した事件であつて、新法施行の際まだ公訴の提起されていない事件のみを指称するのであるか、はたまた新法の施行以後に発生した事件をも包含する趣旨であるかは、その文言自体のみからは必ずしも確定し難いものがあるので、その立法の趣旨等から合理的にこれを推断するのほかない。一般的に立言すれば、新法施行後に発生した事件を新法所定の手続に従つて処置すべきことは当然の事理であつて、特に明文を俟つまでもないところであり、ただ、新法の施行以前に発生した事件を新法施行の後に処理するにあたり、果して旧法によるべきであるか、新法によるべきであるかについて問題を残す余地があるので、経過法たる刑事訴訟法施行法はこの点に関して明文をもつて確定したものである。従つて、同法第五条、第四条にいわゆる事件は、新法の施行以前に発生した事件のみを指称するものと解すべきであり、殊に同法第五条の規定は、簡易裁判所において、弁護人なくして開廷できる事件の範囲に関するもので、被告人の利益の保護に至大の影響がある規定であるから、このような規定については、なるべく被告人の利益に帰するような解釈を採ることが、新憲法の精神にも新刑事訴訟法の趣旨にも合致する。ということもいえるので、論旨は相当傾聴すべき理由を具えているといわなければならない。しかしなおよく檢討を加えて見るのに、いわゆる必要的弁護事件の範囲は新法によつて著しく拡大されたのであるが、わが国における弁護土事務所の所在分布の情況は、比較的都市部に集中していて、すべての簡易裁判所所在地に洩れなくゆきわたつているとはいい難い実情であり、新法施行と同時に新法所定の必要的弁護の規定を、簡易裁判所にも例外なく適用することになれば、運営上円滑を欠くに至ることがあるかも知れぬ事情があり、新法施行法は殊に、これらの事情を考慮に入れ、簡易裁判所においては新法施行後一年を限り、新法第三百八十九条の規定の一律的な適用を見合わせ、新法運営の円滑を所期したものであると解することができるのであつて、右の事情による新法第二百八十九条の規定の適用の一時的除外は、新法<要旨>施行前に発生した事件に限局すべき理由がないのであるから、従つて、新法施行法第五条にいわゆる事件のうちには、新法施行後に発生した事件をも含むものと解して然るべきである。殊に同法第五条により簡易裁判所において弁護人がなくても開廷することが許される事件は、被告人からあらかじめ書面で弁護人を必要としない旨の申出があつた事件に限るのでおり、仮りに、被告人からあらかじめ書面で弁護人を必要としない旨の申出があつた事件についても、裁判所は刑事訴訟法第二十七条、第二百九十条により、必要と認めるときは時宜に応じ職権で弁護人を附することができるのであるから、刑訴施行法第五条にいわゆる事件のうちに新法施行後に発生した事件をも含むという右解釈に従うことにしても必ずしも訴訟上被告人の保護を不当に制限する結果になるものとはいえない。被告人は本件について弁護人の選任はしない。国選弁護人の請求はしない。弁護人の必要はない旨の書面を、開廷前原裁判所に差し出しているので、原裁判所がその裁量により弁護人なくして開廷審判したのは相当であつて、その手続に法令違背の違法はないというべきである。この点に関する論旨は理由がない。 第二点に対する判断 被告人の経歴、犯行の動機態様、犯行後の心情、被害品の還付、家族並びに環境等諸般の情状に照し、本件については、被告人に対して今直ちに実刑をもつて臨むよりは、むしろ刑法第二十五条により刑の執行を猶予し藉すにしばらくの時日をもつてして自責反省の機会を与え、おもむろに進んで善に遷るの途を選ばせるのが相 当と認められる。被告人に対して懲役一年の実刑を言渡し、執行猶予の言渡をしなかつた原判決の量刑は不当であつて、この点に関する論旨は理由あり、原判決は破棄を免かれない。 よつて刑事訴訟法第三百九十七条に則り、原判決を破棄し、但し本件記録及び原裁判所において取調べた証拠により直ちに判決をすることができるものと認められるので、当裁判所は原判決が証拠によつて適法に認定した原判決摘示の窃盗の事実につき、刑法第二百三十五条を適用し、所定刑期の範囲内で被告人を懲役一年に処し、犯情刑の執行を猶予するを相当と認め、刑法第二十五条により、この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予すべきものとし、主文のとおり判決する。 (裁判長判事 石橋鞆次郎 判事 筒井義彦 判事 柳原幸雄) |