判例検索β > 昭和26年(う)第1306号
業務上過失致死被告事件
事件番号昭和26(う)1306
事件名業務上過失致死被告事件
裁判年月日昭和26年12月10日
法廷名大阪高等裁判所
結果棄却
判例集等巻・号・頁第4巻11号1527頁
判示事項服薬方法の指示に関する医師の注意義務
裁判要旨泣き続けている満二年二月の幼児に対して、豌豆大の丸薬を服薬させることを、看護婦に命じる場合においては、医師は看護婦に対して、服薬せしめる方法につき、適当な指示を与える業務上の注意義務がある。
裁判日:西暦1951-12-10
情報公開日2017-10-13 02:00:32
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主 文
本件各控訴を棄却する
当審の訴訟費用は被告人等の負担とする。
理 由
本件控訴の理由は末尾添付の弁護人川口弘提出の控訴趣意書の通りである。 第一点について、
業務上過失傷害罪は業務上の注意義務を怠り因て傷害の結果を発生せしめたときに成立するのであつて、注意義務の内容は各業務の種類及び性質に応じて当然の条理に従い自ら定まるべきもので、必ずしも法令の規定をまつものではない。そして注意義務を怠つたものと為すには当該危険が予想し得べかりしもので、しかも避け得べかりしものであることを要する。それゆえに判決には注意義務の内容を明示し、具体的に如何なる作為を為すべかりしに之を為さず、若くは如何なる作為を避止すべかりしに之を避止しなかつたかを判示しなければならない。換言すれば、被告人の如何なる行為(作為又は不作為)を過失と認むべきかを具体的に示さなければならない。されば、注意義務に関する具体的事項を判示しないときは理由不備となり、判示した具体的事項が注意義務として条理上要求せられないものとなるときは事実誤認の疑が存することとなるのである。ところで原判決の事実理由における判示は所論のように誠に拙劣であつて、本件事故が具体的に如何なる注意義務の欠缺に因るものとして被告人にその責任を帰せしむべきものなるかを判定するに窮する次第であるが、その判示を引用証拠と対照して検討するに原判決は第一事実の中段に

かかる幼児に対しては服薬の際惹起すべき危険につき十分の配慮を払い、最も飲み易い散剤、錠剤を粉とせるものを与える等周到看る業務上の注意義務あるに拘らず之を怠り

と判示せる前後においてA(当時満二年二月余)が診察及び投薬されることを嫌忌して常に之を拒否し又泣き続ける状況であつたところ

気管内に嵌入するときは直ちに窒息死に至る危険ある豌豆大のヘキシルレゾルシン丸三粒を蛔虫症治療の為之を与えんとせしも、右Aが泣いて受けつけないところがら、被告人Bに待合室において服薬せしめる様命じた為

と判示しているところがら見れば、原判決の趣旨とするところは、所論が非難するように散剤又は錠剤を粉とせるものを与えなかつた点のみに被告人の過失を認定したものではなく、泣き続ける幼児であることに重点をおき、かかる幼児に対しては散剤を与えるか或は豌豆大の錠剤を与えるような特殊な場合は医師の面前を恐れ泣き止まぬがゆえに、看護婦をして待合室において泣き止むを待つて服薬せしむる様適宜な指示を与えず、漫然服薬せしむる様命じた点<要旨>に被告人の過失を認定したものと考えられるのである。ところで被告人は内科小児科医院を開業していた医師であるが、医療法によれば医師はその診療所を管理し、医師たる管理者はその診療所に勤務する看護婦その他の従業者を監督し、その業務遂行に欠けるところのないよう必要な注意をしなければならないのであつて、医師法にいわゆる医薬とは反覆継続の意思を以つて疾病の診療手術、投薬等の医行為を為すことを指称し、投薬中には内服薬の用法すなわち飲み方飲ませ方をも含むものと解するを相当とする。それゆえに医師が看護婦その他の従業者をして服薬を拒否し泣き続ける幼児に豌豆大の錠剤を服薬せしめるような特殊な場合は、泣くこと自体既に深呼吸をなす状態であるから、この際錠剤は気管内に嵌入し直ちに窒息死に至る危険あることは当然容易に予想されるが故に、この危険を避けるために看護婦等に対し適宜な方法を指示すべき業務上の注意義務を有することは条理上当然である。そして、この適宜な方法としては最も飲み易い散剤又は錠剤を粉とせるものを与えるとか、幼児の泣き止むを待つて、服薬の練習を為さしめた後与えるとか、呼気の状態を十分査察し、服薬の際直ちに水を与え嚥下意識と作用を助長せしめるとかの方法が考えられるのである。ところが被告人はかような適宜な方法について条理上当然なすべき看護婦に対する指示を何等与えていないのであるから、看護婦に過失があるからとて被告人にも到底過失の責あることを免れないのである。所論は錠剤が気管に嵌入して窒息死を来した事例は文献にも見たことはなく、経験したこともないことは証拠上明白であるから、通常予想されない危険であると云うけれども、かかる事例のないことはとりもなおさず、普通幼児に対しては、所論の危険が予想されるが故に幼児に対する駆虫剤としては、サントニン、マクニン等の散剤を使用するか或は錠剤を与える外なき場合は予め数回に亘り嚥下の練習を為さしめた上使用するからであつて、稀有の事例であるからとて予想し得ない危険であるとの所論は当らない。結局原判決には理由不備ないしは事実誤認の違法は存しない。論旨は理由がない。 第二点について、

およそ、一定の業務に従事する者がその業務の執行により発生することの予想される生命身体等に対する危険を防止するに必要な一切の注意をなす義務を有することは条理上当然である。ところで、被告人は診療所において看護婦の業務に従事していたものであるが、医師の命を受け、服薬を拒否し泣き続ける幼児に対し豌豆大の錠剤を服薬せしめるような場合は、論旨第一点において説明する通り、錠剤は気管内に嵌入し窒息死に至る危険あることは容易に予想されるが故に、この危険を防止するために医師の指示を求めて論旨第一点に説明する適宜な方法を採るべき義務あることは業務の性質上当然であるところで、原判決認定の事実によれば被告人はかような業務上の業務を怠り服薬の際舌圧子を以て患者の口を開けて舌を押え、豌豆大の錠剤一個を同人の口中に投入し気管内に嵌入せしめたと云うのであるから、被告人に過失の責あることは明白である。右の危険は何人も予想できない偶然の不可抗力であるとの所論は当らない。論旨は理由がない。
よつて、刑事訴訟法第三百九十六条第百八十一条第一項に従い主文の通り判決する。
(裁判長判事 斎藤朔郎 判事 松本圭三 判事 網田覚一)

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