判例検索β > 昭和27年(う)第2817号
医師法違反被告事件
事件番号昭和27(う)2817
事件名医師法違反被告事件
裁判年月日昭和28年7月17日
法廷名東京高等裁判所
結果棄却
判例集等巻・号・頁第6巻7号902頁
判示事項一、 占領中日本国内にある米空軍基地内の日本人診療所における日本人の日本人に対する医師法違反行為とその処罰
二、 米軍に雇われてなした無免許医業と刑法第三五条の正当業務に該当の有無
裁判要旨一、 連合国による日本国占領中米空軍横田基地内の日本人診療所において、日本の医師の免許を受けていない日本人が日本人に対し医業をした場合でも、日本の法権が及び医師法第三一条第一号、第一七条に該当する。
二、 連合国による日本国占領中、米空軍横田基地内において、日本の医師の免許を受けていない日本人が、米軍に雇われて医師兼医務顧問として日本人に対し治療行為をしたとしても、これを刑法第三五条の正当業務行為と解することはできない。
裁判日:西暦1953-07-17
情報公開日2017-10-13 01:59:18
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主 文
本件控訴を棄却する
理 由
本件控訴の趣意は末尾添附の弁護人林徹名義の控訴趣意書と題する書面に記載の通りである。これに対して次の様に判断する。
論旨第一点に対して
<要旨第一>ポツダム宣言第七項に依ると、平和、安全及び正義の新秩序が建設せられ且日本国の戦争遂行能力が破砕せ</要旨第一>られたことが確認せられる迄は、連合国の指定すべき日本国領域内の諸地点は合衆国大統領、中華民国政府主席及びグレート・ブリテン国総理大臣が同宣言第八乃至第十一項において指示する基本的目的の達成を確保する為占領せらるべきものである。従つて右第七項によつて占領せられた日本国領域内の諸地点は依然として日本の領土であるから、右の占領に直接に関連のない事項及び場所に対しては、右占領地域内においても日本国の主権は及ぶもの(同宣言第八項に依つて日本の本州の一部なる米空軍横田基地には日本国の主権は及んでいる)と解するのを相当とする。而して右の占領に直接に関連のある事項及び場所とは右の基本的目的の達成を確保する為に必要と思われる、軍事及び軍務に関連のある事項及び場所であると解すべきである。而して米空軍横田基地は右に謂わゆる被占領地域ではあるが、その地域内の一部たる日本人診療所において行われる日本人に対する診療は、右の基本的目的の達成を確保するために必要でもなければ、軍事及び軍務にも属しないから、右の占領に直接に関連のある事項には属せず、従つて又右基地内にある日本人診療所は右占領に直接に関連のある場所ではないと解するを相当とする。被告人の原判示犯行当時は右日本人診療所の経営は米軍の直営から離れて特別調達庁の経営となつていた点から考えても、右の結論は正しいと謂わねばならない。されば右基地内においても日本人診療所において日本人が日本人に対して為す診療行為に対しては日本国の主権、従つて又法権が作用すべきことは法理上当然である。されば被告人の原判示行為は日本国の法権の及ぶ地域内における日本人の行為であり、それに対しては当然日本法たる医師法の適用があるから、原判決が被告人の原判示行為を問擬するに原判示法条を以てしたのは正当である。即ち本件は医師法が日本国の法権の行われる地点において当然適用される場合であるから、医師法中に同法が日本国の法権の行われない地域においても適用せられる旨の規定がなくても、そのことは原判決における法令の適用には無関係のことである。被告人が所論の様に米軍から医師兼顧問として米空軍横田基地内日本人診療所において治療行為及び医務一切を行うことを指示せられていたとしてもその指示は、前述した法理に従つて明白であるように、米軍の日本国占領に直接に関連する事項に関するものではないから、日本の医師法の本件に対する適用を排除する効力を有するものとは解せられない。所論は結局米空軍横田基地の全地域を以て直ちに一様に日本領海内における米国軍艦内と同様視するものに外ならないのであつて、同基地内の日本人診療所が同基地における本来の占領施設と異る所以の特殊事情を考えないところに欠点を有するものと謂わなければならない。原審弁護人が原審公判廷において、米空軍横田基地内における医師でない者の医業は医師法違反として処罰することはできないと主張したことに対する原判決の所論説示は必ずしも詳細に亘つて適切になされたものとは謂えないが、その主旨とするところは、被告人の原判示行為は米空軍の横田基地内日本人診療所において行われたにしても、それに対しては日本の医師法の適用がある旨を述べたものであるから、かかる説示における抽象的粗雑性は、その説示が法令の適用に関するものであるところから見て、控訴適法の理由たる判断の遺脱にならないばかりでなく、たとえそれを判断の遺脱であるとしても、それは結局判決には影響を及ぼさないものである。米空軍横田基地はその全地域に亘つて一様に日本領海内における米国軍艦内と同様に視るべきものではなく、同基地内における或る地点にして米軍の占領事業たる軍事並びに軍務に直接に関連のない場所には依然として日本の主権、従つて又法権の及ぶべきことは既に述べた通りであるから、かかる場所に該当するものと解せられる同基地内の日本人診療所を目して右軍艦内と同様に視なかつた原判決は正当であつて、所論の様に、国際法上認められた治外法権の法理に違反して被告人を処罰した違法を蔵するものではない。以上の如くに原判示日本人診療所内は刑法第一条に謂わゆる日本国内に属するから、該地域における、日本人たる被告人の行為に対しては当然に日本法たる医師法が適用せられ、そのために特に所論の様に同法第二条乃至第四条の様な特別規定を必要とすることはない。又右診療所内には、前述の様に、当然に日本の法権が及ぶから、所論判例の趣旨とするとこ
ろは毫も原判決と牴触しない。之を要するに、日本の法権の当然に及ぶところの原判示日本人診療所内において、日本人たる被告人が日本人たる患者を治療する行為に対しては、日本の国法たる医師法が当然に適用せられるのであるから、被告人が、原判示の様に、厚生大臣からの医師の免許を受けないで為した医業行為に対して原判示法条を適用した原判決は正当であり、その措置は毫も所論の様に医師法立法の趣旨並びに国際法の精神に背くことはない。原判決には所論の様な違法は一も存することなく、論旨は理由がない。
論旨第二点に対して
米軍の被告人に対する所論医師兼医務顧問として米空軍横田基地内日本人診療所において治療行為及び医務一切を取扱うべき旨の命令を所論の様にポツダム宣言、降伏文書及び連合軍最高司令官の一般命令第一号(軍事篇)第二項に基く指示であると解しても、その指示は私人たる被告人に一定の行為を命じたものであつて、それが日本法たる医師法の効力を廃止又は制限する性質のものでないことは明白である。何となれば該指示には日本の医師法の効力を廃止又は制限する趣旨の事項は毫も示されていないばかりでなく、実質的に考えても、日本の医師法は米軍の前述日本占領の目的から見てその効力を廃止又は制限せらるべき事項を内容としていないからである。原判決が

進駐軍正当権限者が医師法を排除する法規的命令を発布した事跡なく、仮に被告人に対し便宜医療行為を許したとしても医師法を排除する効力ありとは認められない

と説示しているのは、此の理に基くものと見るべきものである。従つて日本医師法は、被告人に対する所論指示があつたに拘らず、被告人の行為に対して効力を有するものであるから、被告人の原判示行為は、単にそれが所論指<要旨第二(イ)>示に従つて為されたことの為に合法性を帯びることにはならないのである。尚これに、所論指示が被告人の原判示行為に対する医師法の適用を排除し得ない所以について論旨第一点に対して既に説明したところを綜合して考えると、被告人の行為は明かに違法性を有するものであり、因つて以てその違法性を阻却するに足る法令は存しないばかりでなく、被告人は恰も不当に業務に従事したものであつて、刑法第三五条に謂わゆる正当業務行為をしたものではないのである。換言すれば、被告人が原判示行為を為すについて所論指示に従つたことは、該行為をして刑法第三五条に謂わゆる法令に因る行為又は正当業務行為たらしめ得ないのである。即ち被告人が所論の様に米軍の指示に従つたことは同人の行為を米軍に対する関係において正当ならしめる所以となつても、日本法の適用を受くべき被告人の原判示行為を正当業務たらしめる所以とはならないのである。之を要するに所論指示は被告人の原判示行為に対する日本法の価値判断に毫も影響を及ぼし得ないから、被告人の行為は結局刑法第三五条によつてその違法性を阻却せられるものではない。弁護人の所論主張に対して原判決の示した判断もその主旨はこれと同様に帰するものと解する。従つて弁護人の所論主張は排斥せらるべきものであり、これに対する原判決の判断説示はやや粗雑の嫌はあるけれども、その趣旨においては刑訴法第三三五条第二項の要求するところを満しているから、原判決には所論判断遺脱の違法は存しない。尚被告人が本件治療行為を為すに当つて、所論の様に米軍から患者を連行せられた具体的事実があつたとしても、それは単に事実上の特殊状態であるにすぎなく、そのために前述法理上の結論は毫も影響を受けないから、この点について詳細な説明を与えなかつた原判決を目して敢て刑訴法第三三五条第二項所定の判断を遺脱したものと為すを得ない。加之所論指示に基く許可が一般的に医師法を排除する効力があるかどうかの判断は前示法理を展開するために必要な契機であるから、この点を説明した原判決の判断説示は適切であつて、所論の様な非難は当らない。原判決には所論違法は一も存することなく、論旨は理由がない。
論旨第三点に対して
洗濯業者が洗濯を依頼せられた洗濯物を自宅において所持することは洗濯業を営む上において必要な行為であつて、それが刑法第三五条に謂わゆる正当業務に因つて為した行為であることは明白である。而して右の所持行為の正当性は、それが洗濯業なる正当業務の遂行上必要であることに由るものであつて、その洗濯物の入手行為がその洗濯の依頼者によつて許容せられて正当であつたこととは直接の関係はない。所論は所論判例における洗濯物所持行為の正当性はその洗濯を依頼した進駐軍将兵がその洗濯物の持出を許容したことに由る旨主張するけれども、右の許容はその持出自体を正当ならしめる理由にはなるけれども、その洗濯物を自宅で所<要旨第二(ロ)>持することが正当業務行為として正当であることとは直接に関係がない。所論は更に右の論旨を演繹して、米空軍からその占領地域た
る横田基地内で医師兼医務顧問の職務を与えられて治療行為を為すことを許容せられていた被告人がその基地内で治療行為を為すことは正当の業務に因つて為した行為であると主張するけれども、右の米空軍の許容は被告人の判示治療行為を米軍に対する関係において正当ならしめる所以となつても、該行為を日本の法律上正当業務行為たらしめる所以とはなり得ない。何となれば被告人の右行為に対しては日本医師法の適用のあることは論旨第一点及び第二点に対して既に説明した通りであり、同法によれば右の治療行為を正当業務行為として為すがためには医師の免許を要するところ、右米空軍の許容は右医師の免許そのものではないばかりでなく、論旨第二点に対して既に説明したところによつても明白である様に、右免許に代るべき効力を有するもの又は右免許を必要とさせない効力を有するものでもないからである。かくして日本国厚生大臣の医師免許を受けなかつた被告人の判示治療行為が正当業務行為でないことは明白であるから、原判決が被告人の原判示行為を刑法第三五条に謂わゆる正当業務行為と解しなかつたことは正当である。援用にかかる判例は本件には適切でなく、又原判決は刑法第三五条の解釈を誤つてもいない。論旨は理由がない。
(その他の判決理由は省略する)
(裁判長判事 久礼田益喜 判事 武田軍冶 判事 河合清六)
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