判例検索β > 昭和28年(う)第3805号
印紙犯罪処罰法違反被告事件
事件番号昭和28(う)3805
事件名印紙犯罪処罰法違反被告事件
裁判年月日昭和29年12月27日
法廷名東京高等裁判所
結果棄却
判例集等巻・号・頁第7巻12号1785頁
判示事項印紙犯罪処罰法第二条第二項所定の印紙交付未遂罪の成立時期
裁判要旨印紙犯罪処罰法第二条第二項所定の印紙交付未遂罪の成立に必要な交付行為の実行の着手があるとするには、右印紙の占有を移転する意思ないしは認識をもつて、現実にその占有を移転する行為の一部またはこれに直接密接な行為を開始したものと認められる場合でなければならない。
裁判日:西暦1954-12-27
情報公開日2017-10-13 01:58:24
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主 文
本件各控訴を棄却する
理 由
本件控訴の趣意は東京地方検察庁検事正代理検事田中万一名義の、被告人A外三名に対する、控訴趣意書と題する書面及び被告人Bに対する、控訴趣意書と題する書面に記載されたとおりであり、これに対する答弁は被告人Aの弁護人大高三千助、被告人Bの弁護人渡辺靖一提出の各答弁書に記載されたとおりであるからいずれもここにこれを引用する。
検察官の本件控訴趣意の要旨は、原判決には事実誤認及び法令の解釈適用の誤があるというのである。よつて本件記録を調査し並びに当審における事実の取調の結果を総合考察するに、本件においては未だ被告人等が印紙犯罪処罰法第二条所定の交付行為の実行に着手したものとは認められないので、原審の事実の認定並びに法令の適用は相当であり論旨はすべて採用するを得ない。(本件被告人等の所為が同条にいわゆる消印を除去した印紙を交付しようとしたものであるか又はこれを使用しようとしたものであるかの点は問題の余地があるが、本件の結論には影響を及ぼさないものと認めるので、この点に対する判断はこれを省略し、以下本件訴因に即し交付しようとした場合にあたるものとして論議を進めることとする。)
先ず印紙犯罪処罰法第二条にいわゆる交付行為の実行の着手の観念について考察すると、一般に実行の着手とは犯罪構成要件を実現する意思を以て、その実行即ち犯罪構成要件に該当する行為を開始することを指称するものと解すべく、即ち犯罪行為の実行の着手があつたかどうかは主観的には犯罪構成要件を実現する意思乃至は認識を以てその行為をしたかどうか、客観的には、一般的に犯罪構成事実を実現する抽象的危険ある行為がなされたかどうかを探究して個々の場合につき具体的に認定さるべき事実問題であるということができる。
犯罪構成事実に属する行為及びこれに直接密接する行為がなされたときに犯罪実行の着手があるとするのも、実行の着手の客観的方面に即してこれを定義したものに外ならない。而して印紙犯罪処罰法第二条にいわゆる交付とは同条所定の印紙をその情を知りながら行使の目的で自己以外のものにその占有を移転する行為と解せられるのであるから(情を知らない第三者に右印紙が正当なものとして占有を移転する場合は交付で<要旨>はなく使用にあたると云う問題は本件においては一応論外とする。)同条にいわゆる交付行為の実行の着手があるとするには、右印紙の占有を移転する意思乃至は認識を以て、現実にその占有を移転する行為の一部又はこれに面接密接な行為を開始したものと認められる場合でなければならない。
今本件事案について考察すると、検察官論旨第一点引用の各証拠並びに当審における証人C及びDの各供述を総合するときは被告人等はE及びF等と共謀の上、本件消印除去印紙をいずれもその情を知りながら他に売却しようとしたものであるが、そのうちEにおいてDにこれを売り込もうとしてその交渉に当り、FよりA、G、Eに順次手交された右消印除去印紙の見本を同人に示した上交渉の結果、Dより、右印紙が確実なものであれば買うと云う話があり、取引は一月二十一日東京都中野区aH方で行うと云う話合になり、当日Bは本件消印除去印紙を携えてA、I、G、Eと共に、中野区b附近の飲食店でDと会つたが、その時は本件印紙の取引価格について協議がまとまらず、又Dが取引に必要な額の現金の準備がなかつた等のため、Bが持参した印紙をその場に出すこともしないで取引はその翌日これを行うこととして別れたのであるが、翌二十二日A、I、GはEからの伝言により正午過頃前示H方に赴き、その附近で待つていたところDとEが出て来て取引をするからBを呼んでくれと云つたので、IがBに印紙を持つて来るよう電話を掛け、Bは当日は愈愈現実に取引をするつもりで本件印紙を携えてH方に向け自宅を出立したが、その間において一方Dは現品を取引するについては郵便局において右印紙の鑑定をしてもらうことを条件として持ち出した為、被告人A、G、I等はDが今に至つてそのようなことを云い出しては本件取引は成立の見込がないと考え、Bが本件印紙を携えて右H方附近に到着したとき同人にその事情を告げE、I、G等は間もなく現場を立ち去つたのであるが、A及びBは何とか取引を成立させようとして、Aから本件印紙は消印を除去した印紙であるが司法書士にいくらか金を使えば登記所等では使えるものである等と説明して買受方を求めたがDの応ずるところとならず本件取引は不成立となり、被告人A及びBはDが警察署に通報した為現場附近で逮捕されるに至つたことが認められるのである。即ち右一月二十二日午後被告
人Bが本件印紙を携えて自宅を出立した時においてけ同人に本件売買契約が成立し本件印紙を引き渡すつもりでその準備をととのえて同人方を出たものではあるが、同人が前示H方附近に至るまでに事情は全く一変し本件取引は殆んど成立の見込がなくなり、同人が現場に到着した頃はG、I、E等は本件印紙の信買が成立しその引渡をすることは見込がないと考えており、また被告人A及びBはなおもDに本件印紙が消印を除去したものである事情を打ち明けて買受け方を求めたものの、同人等としてもその取引が成立するかどうかは全く不明であり、従つていわゆる現実売買を常とする被告人等としては当時の状況の下において本件印紙を相手方に引き渡す意思もなく、又現実にこれを引き渡す行為或はこれに直接密接な行為例えば右印紙を相手方の前に提出展示し、又は印紙を持参したから直ちに引き渡しうる旨を告げて口頭により提供する等の行為も何等なされなかつたことが認められるのである。
叙上認定の経緯に徴するときは本件において被告人等は共謀の上本件消印除去印紙を売却しようとしてDと交渉を行い上記のように一月二十二日現実に取引をするという段階にまで到達したが、愈々取引をすると云う直前においてDから前示のように印紙の鑑定などという条件を持ち出された為右取引現場においては右取引を成立させて印紙を引き渡すと云う意思はなくなつたと共に、現実に右印紙の占有を移転する行為又はこれと密接な行為をするに至らなかつたものと認めるの外はないのである。
検察官はBが自宅を出たときに本件交付罪の着手があつたものと主張するが、右行為は一般的に観察して未だ交付に直接密接な行為とは認め難く、いわゆる予備の段階たるに止まるものと認めるのが相当である。又検察官は印紙犯罪処罰法が交付の未遂罪を処罰すべきものとしている法意に照らし本件のような段階の行為をも未遂として処罰すべきであると主張するけれども右のように解するときは実行の着手と予備との段階を不明確にする結果となり、印紙犯罪処罰法が偽造変造又は消印除去印紙等につき不法所持を罰する旨の規定を設けていない以上、本件のような行為は未だ犯罪を構成するに至らないものと做す外はなく、本件事案を未遂を以て処罰することは不当に構成要件の解釈を緩くするものであるとの非難を免れない。 原判決がその理理中に説示するところは叙上の説示といささか趣を異にするところはあるが、本件事案について交付罪の実行の着手があつたものと認めず無罪を言い渡した点において正鵠を失わないものであり、所論のように事実の認定、法令の解釈適用を誤つたと云う違法はないから、検察官の各控訴は理由がないものとしてこれを棄却すべきものと認める。よつて刑事訴訟法第三百九十六条に従い主文のとおり判決する。
(裁判長判事 谷中董 判事 坂間孝司 判事 荒川省三)

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