判例検索β > 昭和40年(う)第2074号
児童福祉法違反被告事件
事件番号昭和40(う)2074
事件名児童福祉法違反被告事件
裁判年月日昭和41年7月19日
法廷名東京高等裁判所
判例集等巻・号・頁第19巻4号481頁
判示事項児童福祉法第三四条第一項各号に違反する同法第六〇条第一項第二項の罪の判示方法
裁判要旨児童福祉法第三四条第一項各号に違反する同法第六〇条第一項第二項の罪となるべき事実としては、児童を使用する者において児童の年齢を知つていたか、あるいは過失によりその年齢を知らなかつたかを判示することは、必ずしも必要ではないと解すべきである。
裁判日:西暦1966-07-19
情報公開日2017-10-13 01:54:17
裁判所の詳細 / 戻る / PDF版
主 文
原判決を破棄する
被告人を懲役四月に処する
但し、本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。 右猶予の期間中被告人を保護観察に付する。
当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理 由
本件控訴の趣意は、弁護人大久保弘武及び同鈴木光友連名提出の控訴趣意書、弁護人杉村進、同安藤嘉範及び同寺口真夫連名提出の控訴趣意書並びに弁護人木村善太郎提出の控訴趣意補充書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対し次のように判断する。
本村弁護人の控訴趣意第一点の理由不備ないし理由くいちがいの主張について。 論旨は、原判決は原判示事実につき児童福祉法第三四条第一項第九号、第六〇条第二項を適用しているが、第六〇条第二項は故意犯を処罰する趣旨であり、同条第三項は児童(満十八歳に満たないもの)を使用する者が児童の年齢を知らないことにつき過失のある場合にかぎり、その故意のある場合と同様にこれを処罰する趣旨を示したものと解すべきところ、原判決は被告人がAを雇い入れるに際し同女が児童であることを認識していたかどうか、もし児童であることを認識していなかつたとすれば、その認識しなかつたことにつき過失があつたかどうかについて、何ら判示するところがないから、原判決には理由不備の違法があり、もし原判決が被告人において同女が児童であることを認識していた趣旨を認定判示したものとすれば、かかる事実は原判決の引用証拠によりこれを認定するに由ないから、原判決には理由くいちがいの違法があるというのである。
児童福祉法第三四条第一項及び第二項は、児童福祉上有害であると認められる児童に対する特定の行為を禁止し、同法第六〇条第一項及び第二項は右禁止規定違反に対する罰則を定め、同条第三項は

児童を使用する者は、児童の年齢を知らないことを理由として、前二項の規定による処罰を免かれることはできない。 但し、過失のないときは、この限りではない。

と規定している。ところで、第六〇条第一項及び第二項が前記禁止規定違反の故意犯のみの処罰規定であり、同条第三項が児童を使用する者が過失により児童の年齢を知らないで右の違反行為に出た場合の処罰規定であると解すべきかどうかは、文理上必ずしも明らかではない。同条第一項及び第二項は、一応故意犯の規定形式を採つているが、さりとて、同条第三項は、その立言方法が消極的であつて、過失犯の構成要件を積極的に規定したものとしての形式を採つていないのである。おもうに、以上摘示の諸規定を対照し総合して勘案すると、第三四条第一項及び第二項の禁止規定違反に対する基本的な罰則規定は、第六〇条第一項及び第二項であり、同条第三項は、同条第一項及び第二項が児童を使用する者については児童の年齢の認識の有無を主観的構成要件としていないことを明らかにするとともに、その年齢を知らないことにつき過失のないときは処罰を免かれるということを定めた同条第一項及び第二項に対する一種の解釈的な補充規定であつて、特に過失犯の類型を規定したものではないと解するのが相当である。
<要旨>したがつて、児童を使用する者の右禁止規定違反の罪となるべき事実としては、その者において児童の年齢を知つていたか、あるいは過失によりその年齢を知らなかつたかを判示することは、必ずしも必要ではないと解すべきである。昭和三十三年三月二十七日の最高裁判所第一小法廷判決(刑集一二巻四号六五八頁)は、本件の場合と同様同条第一項及び第三項の解釈が争点となつた事案において、同条第一項は故意犯の規定であり、同条第三項は過失犯の規定であるとの見解を採る上告論旨に対し、児童を使用する者の本件犯罪について、同条第三項本文は、児童の年齢を知らないことは、刑事訴訟法第三百三五条第二項にいう法律上犯罪の成立を妨げる理由…………となる事実とならない旨を定めるとともに、右第三項但書は、児童の年齢を知らないことにつき過失がないことは、右犯罪成立阻却事由となる旨を定めたものと解するのを相当とするとの判断を示して右上告論旨を却けたのは、根本的には当裁判所の示した前記見解と同旨の見解を採つているものと解することができる。されば、原判決が被告人において児童であるAを雇い入れるに際し同女の年齢を知つていたか、あるいは過失によりその年齢を知らなかつたかを特に認定判示しなかつたことを目して、所論のように理由不備ないし理由くいちがいの違法があるものということはできない。論旨は理由がない。(なお、被告人の右認識如何の点については次項の説明参照。)

本村弁護人の控訴趣意第二点の事実誤認の主張について。
論旨は、被告人は、Aを雇い入れるに際し同女が児童であることを知らず、かつその知らなかつたことにつき過失がなかつたというに帰する。
静岡県浜松市長B作成の戸籍謄本によると、Aは、昭和二十三年三月二日生れであることが明らかであるから、被告人が同女を雇い入れた当時の昭和四十年六月十日頃には同女は満十八歳に満たない者すなわち児童であつたことが明らかである。ところで、Aの司法巡査に対する供述調書(二通)、C及びDの各司法警察員に対する供述調書、被告人の司法警察員に対する昭和四十年六月二十三日付供述調書並びに被告人の原審公廷における供述によると、Aは、昭和四十年四月末頃から浜松市内の社交クラブEで社交婦として働いていたが、間もなくそこをやめて、同年五月末頃Cの内妻の経営する同市内の社交クラブFに同様社交婦として雇われ、Cから現金十万円を借り受けたが、その後Fには一日も働きに出ないで右金員を使い果し、知合いのDに右事情を打ち明けて相談し、同年六月十日頃Dとともに被告人の経営する社交クラブGにおいて被告人と面談し、Fとの叙上の関係を話し、Cの諒解も得たうえで、Gに社交婦として勤めることとなり、なお被告人に対し十万円の金借を申し入れたが拒まれ、結局Dが被告人の斡旋によりその保証を受けて他より借り受けた現金十万円をもつてCに対する借金を返済し、同月十四日頃から約七日間Hという芸名でGに住み込んで働いていたものであることが認められる。ところで、被告人がAを雇い入れる際同女が児童であることを知つていたかどうかの点は、証拠上必ずしも明瞭ではない。A及びDと被告人との最初の面談において、Aの年齢についても問答の取り交わされたことは、右三名の前掲各供述調書、Aに対する当審証人尋問調書、Dの当審公廷における証言及び被告人の原審公廷における供述により明らかであるが、A及びDは被告人に対し十九歳であると話したと述べ、被告人はA及びDから十八歳であると聞いた」と述べ、双方の供述は、相照応するとはいえないにもせよ、AがD及び被告人に対し同女の年齢を偽り満十八歳以上であるように装うていたという趣旨においては一致しているのである。Aが真実の年齢を明かせば、被告人に雇うことを拒否される虞があるから、右のごとく同女の年齢を偽つたということは、あながち首肯しえないことではない。ところが、Cは、前掲供述調書において六月十日か十一日頃被告人から電話でHを雇つてもよいかとの問合せがあり、同女から借金を返してもらつたし、同女が十八歳未満であることを知つて雇う気もなくなつたので、あんたさえよかつたら、そのようにしてくれ、しかしその子は十八歳未満だよと話した旨述べている。しかるに、Cは、当審証人尋問調書において、一貫した明確な供述をしているわけではないが、被告人から電話で君のところの女を私のところで使つてもよいかとの問合せがあつたので、使つても結構ですと答えた。それから三、四日たつてDとAが私のところへ来て十万円を返してくれた。被告人から問合せの電話があつた日の二日前にIという女からAが十八歳未満であることを聞いた。警察では被告人から問合せの電話があつた時被告人にAは十八歳未満であると話した旨述べたが、当時もはつきりした記憶はなかつたのであり、被告人にAが十八歳未満であると話せば、被告人は同女を雇わなくなり、そうなると私が同女に貸した十万円の金も返してもらえなくなるので、右電話のあつた日の二、三日後に被告人に同女の年齢を話したのかもしれないと述べている。Cが右供述どおりに事を運んだものとすれば、そのやり口は甚だ打算的であるとのそしりは免かれないが、筋は一応通つているのであつて、この点に関する同人の前掲司法警察員に対する供述の真否は、はなはだ疑わしくなるのである。以上をかれこれ勘案すると、被告人がAを雇い入れる際同女が満十八歳未満であることを知つていたことを確認するに足りる証拠はないのであつて、結局、被告人は同女が満十八歳未満であることを当時知らなかつたものと認定するのほかはない。
よつて進んで、被告人においてAが満十八歳未満であることを当時知らなかつたことにつき過失があつたかどうかにつき審按するに、原判決の引用証拠により明らかであるとおり、いわゆる社交クラブなるものの正常の業態は、社交婦すなわち料亭等の酒席に侍し客を接待する婦女子を派出することを業とするものである。しかして、かような社交クラブに社交婦として雇われることを希望する満十八歳未満の婦女子が、その希望を遂げるため、みずからまたは周旋人等を通じ、その年齢を偽つて満十八歳以上であるもののように装い、雇主を欺いて雇われる事例が世上けつして稀でないことは経験上明らかであり、(このことは、A自身がさきに社交クラブEで社交婦として働き、同Fで同様働く約束をしたことによつても実証されている)、したがつて、同種職業に就いた前歴を有する婦女子についても、その前歴自
体は、常に必ずしも同女が満十八歳以上であることを裏書きする資料として充分であるとはいえないのである。されば、社交クラブの経営者が、十八歳あるいは十九歳であると自称するような若い年齢層の婦女子を雇い入れるに当つては、単に本人若しくは周旋人等の供述、本人の身体の外観的発育状況や同種職業に従事した前歴の有無等のみに頼ることなく、更に本人の戸籍を調べ、その父兄に問い合わせる等の確実な調査方法を講じて、本人の年齢を確認すべき注意義務を負うていることは、児童福祉の理念(同法第一条)に照し当然の事理であつて、雇主に対し右程度の注意義務を課することを目して、所論のように児童を雇い入れた場合の無過失の抗弁をすべて封じ、刑法における責任主義を否定する結果になると極論しなければならぬほどに、しかく苛酷な義務を強いるものと認めることはできない。しかるに、原判決の引用証拠によると、被告人は、Aを雇い入れるに当り、前説示のとおり同女及びDから同女の偽りの年齢を聞き、さきに同女がCの内妻の経営するFで働く約束をしてCから金十万円を借り受けたことを知つて同人の諒解を得ただけで、他に同女の年齢を確認するための確実な調査方法を何ら講じなかつたことが明らかであるから、被告人は同女が満十八歳未満であることを知らなかつたことにつき過失の責があつたものといわなければならない。論旨は理由がない。 (その余の判決理由は省略する)
(裁判長判事 坂間孝司 判事 栗田正 判事 有路不二男)

トップに戻る

saiban.in