判例検索β > 昭和52年(う)第1858号
有価証券偽造、同行使被告事件
事件番号昭和52(う)1858
事件名有価証券偽造、同行使被告事件
裁判年月日昭和53年2月8日
法廷名東京高等裁判所
判例集等巻・号・頁第31巻1号1頁
判示事項偽造有価証券行使未遂罪が成立するとされた事例
裁判要旨有価証券が偽造されたものであることの情を知つている者に対し、そのことに気付かず真正を装つて呈示する等行使の行為をした場合は、偽造有価証券行使未遂罪が成立するに止まる。
裁判日:西暦1978-02-08
情報公開日2017-10-13 01:51:42
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主 文
原判決を破棄する
被告人を懲役一年六月に処する
原審における未決勾留日数中一五〇日を右の刑に算入する。 押収してあるゴム印一個(昭和五二年押第六六一号の一)、角印一個(同号の二)、丸印一個(同号の三)及び約束手形一通(同号の七)の偽造部分はいずれもこれを没収する。
理 由
本件控訴の趣意は、弁護人小林健二の提出した控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官中野林之助の提出した答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。
これらに対し当裁判所は次のとおり判断する。
一、 控訴趣意第一点(事実誤認の主張)について検討すると、所論は要するに、被告人がA株式会社とB新聞社の共同振出にかゝる額面二〇億円の本件約束手形を作成したのは、亡Cを介して知つたDの発明した相対性循環燃焼火力発電機関の開発に国家的使命感を持ち、その開発や事業化のための資金提供者を捜し出すことを目的としたもので、その方法は本件手形の割引を依頼する形で金主に近付き、その者がB新聞社へ問い合わせをする前に同人に事情を説明し、右開発の資金の出資方を依頼する考えであつたのであるから、右手形の作成に当つては、被告人には同手形を本来の用法に従つて使用する目的がなかつたのであり、またEことEに右手形を呈示したのもそのような趣旨であつたばかりでなく、本件手形の二〇億円の額面の記載は、既にB新聞社振出の約束手形がすべて偽造であることをF学会の組織を通じて調査し確知していた前記Eから被告人が無理に記入させられ、次いで同手形を呈示するよう仕向けられたのであり、もともと被告人はその額面が高額にすぎるため、本件手形は玩具と同様で市場流通性がなく、到底割引かれることはないと確信していたのであるから、本件約束手形を作成するについて被告人には行使の目的を欠き、また被告人が同手形を右Eに呈示した行為は行使に当らないのに、原判決が被告人に有価証券偽造、同行使罪の成立を認めたのは経済界の経験則に違反し、あるいは審理不尽による重大な事実誤認である、というのである。
そこで、本件記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討すると、原判決挙示の各証拠によれば、被告人は昭和五一年六月末頃亡C(昭和五二年二月八日死亡)と知り合い、同業者として互に手形割引の仲介などをしていたが、かねて被告人が休眠会社であるA株式会社の営業権を譲り受けていたところから、右Cと相談して東京都内にAの事務所を設け、銀行に当座取引の口座を開設し、約束手形を発行して割引に出す等して金員を得ようと考え、大阪市で友人を介して知り合つたGに対し、H商事のI氏の息子からAを分けてもらい、新しい燃料装置の特許を持つている右Cと共同で仕事を始めるについて融資してくれゝば、右会社の役員にする等と嘘を言つて一五〇万円を出させたほか、和歌山県J協同組合専務理事をしているKを紹介させ、同人にも右同様の話を持ちかけ、右特許を事業化する際は関西地区の代理店にしてやる等と申し向けて五〇〇万円を融資させ、同年一〇月一四日頃東京都港区ab丁目c番d号LビルにAの事務所を開き、代表取締役を被告人、取締役をC等とする変更登記をするとともに、同月末M銀行N支店に当座取引の口座を開設し、同銀行から約束手形用紙を受け取り、早速A振出名義の約束手形を作成して割引に出したが、成功しなかつたこと、同年一一月五日頃大阪市f区g町h番地の前記G方で、同人がAの振出した約束手形に信用のある宗教団体などの保証があれば割引しやすいのではないかと言い出したことから、被告人はCとも連絡し、Cが以前取引したことで知つていたB新聞社管理局長Oの氏名を勝手に使用することを考え、Cにおいて右Oを訪問して新たに同人の名刺を入手してその身分等を確認したうえ、被告人において福岡市のC方で同人の妻から以前の取引の際のOからの注文書等を受取り、これに押捺されたゴム印等を見本にして、同市内の印刷屋二軒で知人を介し東京都新宿区i町j番地B新聞社管理局長Oと刻したゴム印(昭和五二年押第六六一号の一)、B新聞社印と刻した角印(同号の二)、Oと刻した丸印(同号の三)を作成入手し、同月一二日頃前記G方で、この手形が割れれば一生食つて行けるだけの金をやる等と云つてGに用意させたスタンプ台を利用し、Aの約束手形の裏書人欄に右各印を押捺し、翌一三日Gと共にKに対し右裏書部分のみを示して三〇億円の枠の中で割引先を捜してもらいたいと依頼したが、Kから共同振出の形式の方が割引しやすいと言われたこともあつて翌
一四日頃再びG方で同人の面前で手形番号○○△△△△△、支払場所株式会社M銀行N支店、振出人東京都ab丁目c番d号A株式会社代表取締役Pと印刷された約束手形用紙の振出人欄右横の空白部分に前記ゴム印、角印、丸印を押捺してB新聞社管理局長O共同振出名義の約束手形を作成し、同月二〇日頃、Kの紹介で名古屋市において米穀商のQに会い、Gと共に同人に対し、右手形を示し熱エネルギーの特許の事業化にB新聞社が協力することになつているから、二〇億円で六ケ月位先の支払期日で割引先を捜して欲しいと依頼し、Qは額面二〇億円、支払期日は昭和五二年五月二五日の約束手形があると説明して知人のRに同様依頼し、その旨被告人に連絡し、Rは大阪市で金融会社嘱託をしているEことEを紹介したので、同月二七日大阪市のSホテルで被告人は右K、Q、Rと共に割引先の代理人と称するEに会い、金利は日歩五銭とする等割引の条件を話し合つたものゝ、前示約束手形には金額、支払期日を記載していなかつたゝめ、口実を設けて改めて同月二九日に手形を持参して確認させることとし、G方において同人に事情を話してチェックライターを購入させ、なおCとも電話連絡して経緯を説明し、同月二八日G方で前記約束手形用紙の空白になつている金額欄にチエックライターを使つて¥2.000.000.000と記入し、支払期日欄にゴム印を用いて52.5.25と記入し、金額を二〇億円、支払期日を昭和五二年五月二五日とするAとB新聞社との共同振出名義の約束手形一通(同号の七)を作成し、同月二九日大阪市k区lm丁目n番o号ホテルTで印紙を貼つたうえ、二階コーヒーショップ内でEに対し、この手形を割引いた金は、Aの持つている特殊の発熱装置の特許の事業化にB新聞社が応援することになつていて、一部を使わせてもらうが、残りはF学会の大講堂建築の未払金に充てるため共同振出になつている旨説明しながら、右約束手形が真正なものであるように装つて呈示したことを認めることができ、なお、Dの司法警察員に対する供述調書によれば、同人は昭和四八年秋頃、同人が研究し、特許申請中のいわゆる相対性循環燃焼火力発電機関の開発について応援すると称して近付いた前記Cに対し申請書の写を渡したが、その後音信不通となり、Aの役員となる等交渉をもつたことはなかつたことが明らかであり、Cの司法警察員に対する昭和五一年一二月四日付供述調書によつても、登記上Aの営業目的に半導体応用の湯沸器の製造販売を掲げ、監査役にDが就いたことになつているが、実体はなく、手形割引をするための会社というのが真相であり、被告人の原審および、当公判廷の供述によつても、被告人はDと会つたこともなく、Cとの間でも蒋に具体的に前記燃焼機関の事業化の計画を練つたこともないというのであるから、以上を総合すると、被告人はC、Gと共謀のうえ、Aの単独振出の約束手形の信用を高めるためB新聞社の名を編つて共同振出とし、燃焼機関の事業化を口実にして右手形の割引を図り、つてを求めて次々に割引先を捜すうち、前記Qから金額と支払期日欄の補充を求められてこれを記入し本件約束手形の偽造を遂げたうえ、これをEに呈示したことを認めることができ、被告人の原審および当審公判廷における各供述中、弁護人の所論に沿う、燃焼機関の開発、事業化のための資金提供者に近付く目的のための偽造である旨の供述部分はそれ自体甚だ不自然であるばかりでなく前記認定の共犯者、Kら仲介者の意図、行動に照し到底措信できず、またEが執拗に呈示を求めたゝめに金額欄等を補充して偽造するに至つたとの供述部分も、前示のように被告人が割引先の照会を依頼した際の説明に従い、Qが額面、支払期日を特定してRやEに割引方を依頼し、その旨被告人に報告して約束手形を完成させるよう奨めたことが、右補充の原因であつて、Eから約束手形の呈示を求められることは被告人として当然予期していたと推認されるから、右供述部分も採用し難く、また本件約束手形は金額から見て玩具と同様で決して割引かれることはないと確信していたとの供述部分も、前示のように被告人がKら仲介者に次々に依頼し、同人らは被告人の言を信じて真正な約束手形として割引先を捜し廻つたことに照すと、被告人自身額面どおりの金額では無理だとしても、かなりの金額で割引がなされ、現金化されることを希望していたと認めるのが相当であるから右供述部分も措信し難く、所論の前提とする事実関係はいずれも認められない。そして有価証券偽造罪、同行使罪にいう行使とは、有価証券としての用法に従つて真正なものとしてその効用を充たす行為があれば足り、特にこれを流通に置くことを要しないから、約束手形を割引依頼のため他人に呈示して閲覧させることも行使と解すべきであり、金員を得るため割引に出すことを目的として本件約束手形をほしいまゝに作成し、また割引を依頼するため割引先の代理人と称するEに確認させようとして本件約束手形を呈示した行為は、それぞれ行使の目的を以て有価証券を偽造し、また偽造した有価証券を行使したものというべきであるから所論は採用の限りでない。論旨は理由がない。
二、 しかし、所論に鑑み職権をもつて検討すると、O、Eの司法警察員並びに検察官に対する各供述調書によれば、Eは、一一月二二日頃かねて知り合いの前記Eから電話で、AとB新聞社の共同振出にかゝる額面二〇億円、支払期限昭和五二年五月二五日の約束手形があるが、割引いてもらえないかとの依頼を受け、更に翌日B新聞社の代表者として管理局長Oが振出名義人となつていることや手形番号等の詳細についても連絡を受けたところ、同人は古くからのF学会の会員であつたことから、同学会の組織を通じ同学会機関紙であるB新聞社について手形振出の真偽を調査しようと考え、同月二五日同学会関西センターを通じOに確めたところ、そのような約束手形振出の事実はない旨の返答を受けたので、翌二六日上京し直接Oと面談の結果、同新聞社はかつて約束手形を振出したことはなく、本件手形は偽造であることを確信するに至つたので、偶々翌二七日前記Qの計らいで被告人に紹介されたのを機に更に約束手形の内容を被告人から問い質し、確認のため約束手形の現物を見せてもらうことゝし、同月二九日前<要旨>記ホテルTにおいて本件偽造の約束手形の呈示を受けたことを認めることができるから、前示のように、被告人は本件偽造にかゝる約束手形を真正なもののように装つてEに呈示した際、Eはそれが偽造されたものであることを知つていたことが明らかであるところ、偽造有価証券行使罪の保護法益が有価証券に対する公共的信用を確保し、取引秩序の安全を保護することにあり、従つて行使とは当該偽造有価証券を真正なものとして偽造であることの情を知らない相手方に呈示する等その内容を認識させ、又は認識しうる状態におくことをいうものと解すべきであるから、その偽造であることの情を知つている者に対し、そのことを気付かず真正を装つて呈示する等行使の行為をした場合は行使の実行行為は完了するが、法益侵害の結果を生ぜず、行使罪の構成要件を充足するに至らないので、未遂に止るものと解するのが相当であるから、被告人のEに対する本件偽造約束手形の呈示も偽造有価証券行使未遂罪を構成するものというべきであるところ、原判決はこれにつき、同行使罪の既遂の事実を認定し、その旨の法令を適用しているから、原判決には判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があり、ひいて法令適用の誤りを犯したものであり、破棄すべきものといわなければならない。
三、 よつて、弁護人のその余の控訴趣意(量刑不当)についての判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三八二条、三八〇条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書に従い、当裁判所において次のとおり自判する。
原判決挙示の各証拠および当審公判廷における被告人の供述を総合し次の事実を認める。
(罪となるべき事実)
被告人は、昭和五一年一〇月一四日頃それまで殆ど活動していないA株式会社の代表取締役となつたが、亡C(昭和五二年二月八日死亡)、Gと共謀のうえ、右A株式会社とB新聞社の共同振出の約束手形を偽造してこれを割引に出し、金員を得ようと企て、同年一一月一四日頃、大阪市f区g町h番地の右G方において、行使の目的をもつて、勝手に、手形番号○○△△△△△、支払場所株式会社M銀行N支店、振出人東京都港区ab丁目c番d号A株式会社代表取締役Pと印刷された手形用紙の振出人欄右横の空白部分に、共同振出人として予て用意した東京都新宿区i町j番地B新聞社管理局長Oと刻したゴム印(昭和五二年押第六六一号の一)を押捺し、その名下に同様用意したOと刻した丸印(同号の三)を押捺したうえ、右ゴム印の印影の上に同様用意したB新聞社印と刻した角印(同号の二)を押捺し、同月二八日頃前回G方において、右手形用紙の金額欄にチェックライターを使つて¥2.000.000.000と記入し、支払期日欄に52.5.25と記入し、もつて、額面を二〇億円、支払期日を昭和五二年五月工五日とするA株式会社とB新聞社の共同振出にかゝる約束手形一通(同号の七)の偽造を遂げ、同月二九日、大阪市k区lm丁目n番o号ホテルT二階コーヒーショップ内において、EことEに対して右偽造にかゝる約束手形を真正に成立したもののように装つて呈示しこれを行使しようとしたが、右Eは、当時前記Oと連絡して右約束手形の偽造であることを確認していたゝめ、行使の目的を遂げなかつたものである。
(法令の適用)
被告人の判示所為中、有価証券偽造の点は刑法六〇条、一六二条一項に、偽造有価証券行使未遂の点は同法六〇条、一六三条二項、一項にそれぞれ該当するところ、有価証券偽造の罪と同行使未遂の罪とは互に手段結果の関係にあるから同法五四条一項後段、一〇条により一罪として犯情の重い有価証券偽造罪の刑で処断する
こととするが、被告人の本件犯行は信用の厚い著名な宗教団体の機関紙の発行会社の名を騙り、高額の約束手形を偽造し、行使しようとしたものであつて、有価証券の信用を害し、また関係者個々人にも多大の迷惑を及ぼした悪質な犯行であり、しかも被告人は、昭和四八年八月一〇日東京高等裁判所において有印公文書偽造、同行使、有印私文書偽造、無印私文書偽造、同行使、詐欺の罪により懲役三年、五年間刑執行猶予の判決を受け、現にその猶予期間中に類似の犯行をなしたことに照すと、被告人の刑責は重いというべきであるが、幸に実害が生じなかつたこと、現在深く反省していることその他幼少の子供二人を抱え病弱の妻が困窮した生活を余儀なくされていること等の事情を考慮し、所定刑期の範囲内で被告人を懲役一年六月に処し、同法二一条に従い、原審における未決勾留日数中一五〇日を右の刑に算入し、なお押収してあるゴム印一個(昭和五二年押第六六一号の一)、角印一個(同号の二)、丸印一個(同号の三)は判示有価証券偽造の犯行に供したもので被告人以外の者に属せず、また約束手形一通(同号の七)の偽造部分は判示有価証券偽造の犯行から生じたもので何人の所有をも許さないものであるから同法一九条一項二号、三号、二項によりいずれもこれを没収することとし、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官 小松正富 裁判官 千葉和郎 裁判官 鈴木勝利)
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