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医師法違反被告事件
事件番号平成6(う)646
事件名医師法違反被告事件
裁判年月日平成6年11月15日
法廷名東京高等裁判所
判例集等巻・号・頁第47巻3号299頁
判示事項コンタクトレンズの処方のために行われる検眼及び着脱と医師法一七条に定める医業の内容となる医行為
裁判要旨コンタクトレンズの処方のために行われる検眼及び着脱は、医師法一七条に定める医業の内容となる医行為に当たる。
裁判日:西暦1994-11-15
情報公開日2017-10-13 01:50:00
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主 文
本件控訴棄却する。
理 由
本件控訴の趣意は、弁護人山口紀洋が提出した控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。
第一 訴訟手続の法令違反の主張について
所論は、要するに、原判決は、原審相被告人Aが被告人と共謀のうえ医師の資格なしに行なった医行為である検眼及びコンタクトレンズの着脱を、公訴事実とは異なり、コンタクトレンズの処方をするために行なわれるものに限定しているが、これは公訴事実における訴因不特定を看過したまま判決をしたことに帰し、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反を冒したものである、と主張する。 原判決が検眼及びコンタクトレンズの着脱はコンタクトレンズの処方をするために行われるものに限り医行為に当たると解していることは、その理由中の説示から明らかであるが、訴因ないし罪となるべき事実の医行為の記載としては、その趣旨を明示することなく、単に検眼、コンタクトレンズの着脱と表示しても犯罪事実の記載としては欠けるところがないと解すべきであり、原判決も罪となるべき事実及び別表においては、検眼、(テスト用の)コンタクトレンズの着脱としか記載していないのである。したがって、本件公訴事実における訴因が不特定であるとはいえないから、所論はその前提を欠き失当である。 ちなみに、所論は、原審において右検眼及びコンタクトレンズの着脱の範囲の点は争点とならなかったと述べており、その趣旨は、原審が判決で初めてそのような解釈を示したことが被告人、弁護人にとって不意打ちとなることを問題とするものとも考えられるが、記録によると、起訴状における右記載について、弁護人は、原審第一回公判期日において、

検眼、コンタクトレンズの着脱、処方

等の言葉の具体的意味内容に関して求釈明を行い、これに対して検察官が、検眼についてコンタクトレンズの処方の前提として行う患者の目の状態の検査と、またコンタクトレンズの着脱については字義のとおりとそれぞれ回答をしているのであり、弁護人の証人B及び同C等に対する尋問及び被告人に対する質問の各内容、さらには弁護人が弁論要旨において、検察官はあらゆる検眼、コンタクトレンズの着脱を問題とするのかそれらのうちの特定の行為を違法とする趣旨なのかを公判において明確にすべきであったと非難しつつ、自らあらゆる観点から見て危険性がないことをるる説明していること等にかんがみると、原審が訴因変更等の手続を経ずに判決中で前記のような判断をしたからといって、それが被告人、弁護人にとって不意打ちになるといえないことは明らかである。
第二 法令適用の誤りの主張について
所論は、要するに、原判決は、医師法の解釈、適用を誤った結果、本件被告人の行為に同法を適用し、被告人に対し有罪判決をした点において判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りを冒したものである、と主張する。 しかし、原判決が、争点についての判断の項において医師法の解釈等について説示するところはおおむね正当として是認することができるのであって、原判決に所論の法令適用の誤りがあるとは認められない。以下、若干補足する。 一 まず、所論は、原判決は、医師法一七条において医師資格を有しないものが業として行うことを禁じられている医行為について、これを医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為と解し、被告人と共謀したAの行った検眼、コンタクトレンズ着脱、コンタクトレンズ処方等の各行為をこの意味における医行為に該当するとしたが、医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為などというものは世の中に存在せず、ある行為から右危害を生ずるか否かはその行為に関する技能に習熟しているかどうかによって決まるのであって医師資格の有無に関係しないとして、医師法に関する原判決の前記のような解釈は社会の実態を無視した恣意的な解釈である、と主張する。
そこで検討するに、医師法は、医師について厚生大臣の免許制度をとること及び医師国家試験の目的・内容・受験資格等について詳細な規定を置いたうえ、その一七条において医師でなければ医業をしてはならないと定めているところからすれば、同法は、医学の専門的知識、技能を習得して国家試験に合格し厚生大臣<要旨>の免許を得た医師のみが医業を行うことができるとの基本的立場に立っているものと考えられる。そうすると、同条の医業の内容をなす医行為とは、原判決が説示するように医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為と理解するのが正当というべきであって、これと異なる見解に立つ所論は、
独自の主張であって、採用の限りでない。
所論はまた、このような解釈に従うと、医師であっても危険を伴う治療行為を行う場合は医業といえなくなるなどと主張するが、本条は、その文理に照らし、医行為を業として行う場合の規制であって個々の医療行為の適否を判断しこれを取り締まることを目的としたものではないのであるから、この点の所論も失当というほかない。
二 次に所論は、国民には職業選択の自由(憲法二二条一項)が保障されているのであるから、職業の制限は公共の利益のために必要かつ合理的なものでなければならず、特に医師法による制限は業務によってはその全般に及ぶ広範な規制であるから、その必要性、合理性は厳格に主張、立証されなければならないところ、本件において医師法違反に該当するとされた検眼、コンタクトレンズの着脱の各行為については、人体に対し何らの危険性も認められない行為であり、これを規制する必要性、合理性が全く立証されていないのに、これを医師法違反として処罰するのは憲法二二条一項に違反する、と主張する。
しかし、医師法一七条及びこれに違反した者に関する罰則を定める同法三一条一項一号の規定が憲法二二条一項に違反するものでないことは、原判決が争点についての判断中の憲法違反の主張についての項において説示するとおりである。
なお、所論は、本件で医師法に違反するとされた検眼、コンタクトレンズの着脱の各行為は、人体に対し何らの危険性も認められないと主張するので、この点についてさらに考察するに、医師法一七条がその取締りの根拠としている無資格者の行う医業における危険は、抽象的危険で足り、被診療者の生命、健康が現実に危険にさらされることまでは必要としないと解するのが相当であり、所論の当否もこの観点から決すべきである。
ところで、コンタクトレンズが普及しだしたころ、厚生省における行政解釈として、コンタクトレンズ使用のための検眼、装用の指導等は医行為に当たる(昭三三・八・二八医発六八六)との見解が示され、以来今日に至るまで右解釈に添った行政指導等がなされてきたものであることが認められる。そして、右行政解釈をも参考にして考えるに、記録によれば、それが発せられた当時からみると現在では医療機器等の格段の進歩が認められ、検眼機を用いての検眼及びテスト用コンタクトレンズの着脱自体による人体への危険は相当程度減少しているということができるが、なお担当者の医学的知識が不十分であることに起因し、検眼機の操作、データの分析を誤り、またテスト用コンタクトレンズ着脱の際に眼球損傷、細菌感染を招くとかコンタクトレンズの適合性の判断を誤る等の事態が皆無とはいえないうえ、特に最終的にコンタクトレンズの処方をすることを目的としてこれらの行為が行われる本件のような事案においては、検眼またはテスト用コンタクトレンズ着脱時の判断の誤りがひいてコンタクトレンズの処方の誤りと結び付くことにより、コンタクトレンズを装着した者に頭痛、吐き気、充血、眼痛、視力の低下等の結果をもたらし、最悪の場合は失明に至る危険性もないとは<要旨>いえないことが認められる。そうすると、少なくとも処方のために行われる検眼及びコンタクトレンズの着脱の各行為については、原判決のようにこれをコンタクトレンズの処方の一部というかどうかはともかくとしても、実際に各患者に対してコンタクトレンズを処方した場合はもとより、原判決別表番号7、8及び10の事案のようにたまたま事情があって診療当日処方するまでに至らなかった場合を含め、行為の性質上すべて医行為に当たるというべきである。論旨は採用できない。
三 次に、所論は、本件検眼等の行為を行ったAには医師等の資格はないにしてもOMAの資格があり、コンタクトレンズの取扱いには習熟していたのであるから、同人が行った検眼等の行為に保健衛生上の危険性はなく、同人の行為を医師法違反とした原判決は同法及び憲法に違反する、と主張する。
記録によれば、社団法人D会においては、眼科医療に従事する者全般の資質を向上せしめる目的で各都道府県の支部単位で年一回、合計約四〇時間程度の講習会を実施し、講習終了者に対しては試験を行い、これに合格した者に対し合格証を交付しており、所論指摘のOMA(オフサルミック・メディカル・アシスタント)は、眼科関係者の間で、右講習終了後所定の試験に合格して合格証を取得した者をさす呼称として広く用いられていること、そしてAが右合格証を取得していることが認められる。しかし、右講習は、その内容、単位数等にかんがみ、講習終了者が眼科医院における受付業務、保険請求事務、視力検査(裸眼及び所持眼鏡による視力)、色覚検査(検査表の判読)等の行為を円滑に行える程度のことをねらいとし
たものに過ぎず、この講習を受講し所定の試験に合格したからといって、形式的にも実質的にも医師資格や看護婦資格等に代替しうるものでないことはいうまでもないのであるから、Aの本件行為を医師法に違反するとした原判決に所論の法令適用の誤りは認められない。論旨は理由がない。
第三 量刑不当の主張について
所論は、要するに、被告人を懲役八月(二年間執行猶予)に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である、というのである。
記録によれば、本件は、株式会社Eクリニックの実質的経営者であり、かつF眼科医院を管理する医師である被告人が、原審相被告人Aと共謀のうえ、業として、医師資格を有しないAにおいて原判示の各日時、場所において、前後一〇回にわたり、Gほか八名に対し、検眼、テスト用コンタクトレンズの着脱、コンタクトレンズの処方等の診療行為をし、医師でないのに医業を行った、というのであるが、その経過を多少遡って考察すると、次のとおりである。
1 被告人は、昭和三六年に医籍に登録し、昭和四五年に東京都港区内のaビルb階においてH眼科医院を開設するとともに、そのころ株式会社Eクリニックを設立し、H眼科と同一の場所に本店を置いて、コンタクトレンズの処方、販売等を開始した。そして、老後は一般眼科診療をやめ、体力的に楽なコンタクトレンズの処方、販売を専門とする眼科医として過ごそうと考え、その準備として東京都大田区内にEの本店を移転するとともに同所にH眼科医院とは別にF眼科医院を開設し、昭和五五年二月にはEの本店を原判示記載のcビルd階に移転し、次いで昭和五九年一〇月F眼科医院を同所に移転開設した。
2 被告人は、Eをcビルに開設した当初はコンタクトレンズ会社からの派遣従業員にその業務一切をまかせていたが、やがてこれに満足できなくなって自らコンタクトレンズの販売等の経験豊富な従業員を雇って業務運営に当たった。そして、F眼科医院を併設した後の昭和六三年二月ころ、右従業員が退職することとなったためその後任を募集し、これに応募してきた原判示の共犯者Aを面接のうえ採用した。同人は、それまで家具販売会社やレンタカー会社などに勤務した経験があるものの、医師資格はもとより看護婦、視能訓練士等の資格を有せず、コンタクトレンズに関する知識も皆無であったことから、被告人は、雇用当初の約三箇月間、自らcビルに赴いてAの指導に当たったほか、同人にOMAの講習を受けるように勧め、同人においてもEでの業務の傍ら眼科関係の知識の修得に励んだ結果、平成元年六月ころ講習終了の試験にも合格し、同人単独でF眼科医院及びEの受付事務、問診、検眼、レンズの着脱、処方、装用指導、販売事務、投薬、カルテの記載等をすることができるまでになった。
3 一方、被告人は、そのころH眼科医院の患者が増えた結果、その診療に追われるようになり、営業時間中にEを訪れることが困難になったことから、AにF相談室室長という肩書を与えてEの業務の大部分を任せることとし、さらに平成三年ころになると、cビルに赴いても、被告人は集金やコンタクトレンズ業者との打合せ、広告の発注等の指示に当たるだけで、Aの処方したコンタクトレンズに問題があって患者から苦情が出た場合などに限って例外的に直接患者の診療に当たるだけの状態となった。
4 このような状況下で被告人らは、本件一連の犯行に及んだのであるが、コンタクトレンズの購入のためEを訪れた原判示別表3記載のIが、医師資格のないAが単独でコンタクトレンズの処方をしていることに疑問を抱き、Aに対し、違法行為をやめるよう忠告したものの、数週間後においても、あまり診療態勢を改めた形跡が見られなかったところから、Iが警察に申告し、本件が発覚した。 以上の経過にかんがみると、本件犯行の動機について被告人に同情する余地は乏しく、また本件はコンタクトレンズの処方を求めてEを訪れた患者合計九名に対し、約九箇月間にわたり反復して継続された検眼等の診療行為であって、それらが長期間、多数回にわたって行われてきた同種犯行の一部であることをも合わせ考えると、犯情は悪質といわざるを得ず、医師としての自覚に著しく欠ける被告人の刑事責任をゆるがせにすることはできない。
そうすると、OMAの講習を受けたうえ経験も積んだAの処方にそれほど大きな誤りがあったとは認められないこと、当初被告人自らもEの営業時間に合わせて同店に実際に足を運ぶつもりでいたところ、H眼科医院における患者が予想外に増加して時間が取りにくくなり、やむなくAに任せっきりの状態になってしまったものであること、Eにおける業務は小規模であって被告人が大きな営利を企図したわけではないこと、犯行発覚後直ちにcビルにおける営業を廃止し、Aも退職したた
め、被告人が再び本件のような行為に出るおそれはなく、被告人もひたすら謹慎、反省の日々を送っていること、被告人が眼科医師としてこれまで診療に励み地域医療に貢献してきたこと、被告人に前科はなく、本件が新聞等で報道されたことや一定期間身柄を拘束されるなどしたことにより既に相応の社会的制裁を受けていることに加え、コンタクトレンズを扱う眼科医院における診療の実態や眼鏡店の業務の実情など被告人に有利な諸事情を十分に考慮してみても、被告人を懲役八月(二年間執行猶予)に処した原判決の量刑は、やむを得ないものであって、これが重過ぎて不当であるとは認められず、論旨は理由がない。
よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小林充 裁判官 若原正樹 裁判官 小川正明)
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