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児童福祉法違反被告事件
事件番号平成8(う)683
事件名児童福祉法違反被告事件
裁判年月日平成8年10月30日
法廷名東京高等裁判所
判例集等巻・号・頁第49巻3号434頁
判示事項中学校教師の教え子に対する行為が児童福祉法三四条一項六号にいう児童に淫行をさせる行為に当たるとされた事例
裁判要旨中学校の教師が、生徒への強い立場を利用して、女子中学生に対し、性具を与え、自らの面前において自慰行為を行わせた本件行為(判文参照)は、児童福祉法三四条一項六号にいう児童に淫行をさせる行為に当たる。
裁判日:西暦1996-10-30
情報公開日2017-10-13 01:49:51
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主 文
本件控訴を棄却する
理 由
本件控訴の趣意は、弁護人諏訪雅顕、同石原寛、同青木英憲が連名で提出した控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官加藤康榮作成名義の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。
そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも加えて検討する。 一 事実誤認の論旨について
論旨は、要するに、原判決は、被害児童の各証言(証人に対する尋問調書をいう。以下同じ。)中、その一部の信用性を否定し、原判示第一に関しては、Aが自慰行為をしている最中に被告人がバイブレーターのスイッチを操作したとの事実を認めることは困難であるとし、原判示第二に関しては、Bがバイブレーターを用いての自慰行為を開始する前に被告人が同女に対し自慰行為をするよう勧めた事実や、同女が自慰行為をしている最中に被告人が自らバイブレーターを同女の性器に挿入したとの事実を認めることはできないとしているにもかかわらず、被害児童の各証言に基づいて、A及びBがそれぞれバイブレーターを自己の性器に挿入して自慰行為をした旨の事実を認定しているが、右の点た関する被害児童の各証言に信用性はなく、バイブレーターはただ性器の付近にあてていただけであって、これを性器に挿入した事実はないから、原判決にはその点で事実誤認があるというのである。
しかしながら、Aは、いわゆる性具である電動バイブレータ―(以下バイブレーターという。)の卵型の部分が半分くらい性器の中に入り痛かった旨を明瞭に証言しているところ、その内容は、詳細かつ具体的で迫真性に富んでおり、他方、翌朝再度被告人からオナニーをするように言われたときは、バイブレーターをパンツの中には入れたが性器の中には入れなかった旨区別して証言しているのであって、反対尋問にも揺らいでおらず、その信用性に問題は認められない。また、Bは、バイブレーターを性器の中に入れたところ痛かった旨を明瞭に証言しているところ、その内容は、詳細かつ具体的で迫真性に富んでおり、バイブレーターを使うのを断ると先生の機嫌が悪くなると思った、身体にふとんがかかっていても挿入したふりをしてごまかすことはできなかった旨その心情を率直に述べているのであって、反対尋問にも揺らいでおらず、その信用性に問題は認められない。さらに、A及びBが、実際には存在しなかった事実を捏造してまで虚偽の証言をする動機も認められない。そして、Aの証言を事件当時被告人方に一緒にいた女子中学生Cの証言と対比すると、両者が共通して体験した事実に関する限り、両証言は基本的に符合しており、また、Bの証言を事件当時ホテルDに一緒にいた女子中学生Eの証言と対比すると、両者が共通して体験した事実に関する限り、両証言は基本的に符合しているのであつて、A、Bの各証言は、現場に居合わせた第三者によっても裏付けられていることになり、その信用性に対する疑問は生じない。原判決は、弁護人の主張に対する判断の項二において、括弧書きで、原判示第一にっき、Aが自慰行為をしている最中に被告人がバイブレーターのスイッチを操作したとの事実を認めることは困難であり、原判示第二にっき、Bがバイブレーターを用いての自慰行為を開始する前に被告人が同女に対し自慰行為をするよう勧めた事実や同女が自慰行為をしている最中に被告人が自らバイブレーターを同女の性器に挿入したとの事実を認めることはできない旨説示しているが、これらの点に関しても被害児童の各証言の信用性に問題はないと認められ、右説示は誤りであるから、この説示を援用して被害児童の証言全体の信用性を争う所論は採用できない。
以上のとおり、被害児童の各証言は、その信用性に格別の問題はなく、十分これを信用することができるのであって、右両名がそれぞれバイブレーターを自己の性器に挿入して自慰行為をした事実を認めるに十分である。その他記録を検討しても、原判決が摘示する罪となるべき事実については、その認定に誤りはない。論旨は理由がない。
なお、原判決が認めなかった所論指摘の前記各事実は被告人にとって不利益な事実であるから、被告人のみが控訴を申し立てている本件の訴訟経過にかんがみ、以下においては、右各事実を捨象して検討を進めることとする。
二 法令の解釈適用の誤りをいう論旨について
論旨は、要するに、(1)児童福祉法三四条一項六号にいう淫行に含まれる性交類似行為とは、男女間の性交に類似する行為であって、児童の行為の相手方として第三者が登場し、その第三者との間で肌の接触がある行為であり、かつ、その
行為が児童の健全育成を著しく阻害することが明らかなものと限定解釈しなければならないとした上、器具を用いて行われた本件各自慰行為は、右のように限定解釈された淫行には該当しない、(2)同号にいう淫行をさせる行為とは、犯人以外の第三者を相手方として淫行させることをいうものであり、犯人が自ら児童と淫行する場合を含まない、(3)同号にいう淫行をさせる行為とは、その目的、手段、態様、児童の意思等にかんがみ社会的に強く非難されるべき当罰性の高いものと限定解釈すべきところ、本件における被告人の各行為は、右のように限定解釈されたさせる行為には該当しないと主張し、右と異なる判断のもとに被告人を有罪とした原判決には、法令の解釈適用を誤った違法があるというのである。 1 淫行について(所論(1))
児童福祉法三四条一項六号にいう淫行には、性交そのもののほか性交類似行為をも含むものと解される(最高裁判所昭和四七年一一月二八日第一小法廷決定刑集二六巻九号六一七頁参照)。ところで、同法は、すべての国民は、児童が心身ともに健やかに生まれ、かっ、育成されるよう努めなければならないこと、すべて児童は、ひとしくその生活を保護され、愛護されなければならないこと、国及び地方公共団体は、児童の保護者とともに、児童を心身ともに健やかに育成する責任を負うことをもって、児童の福祉を保障するための原理とし、この原理は、すべて児童に関する法令の施行に当たって、常に尊重されなければならないと規定している。そして、同法三四条は、このような基本理念に基づいて、児童を保護するための各種禁止行為について規定しているが、なかでも同条一項六号は、児童が精神的にも肉体的にも性的に未成熟であるため、そのような児童に淫行をさせる行為は児童の心身に与える有害性が特に大きいとみて、これを規制する趣旨であると解される。右のような児童福祉法の基本理念や同法三四条一項六号の趣旨目的に照らせば、児童の相手方がバイブレーターを自らの手で児童の性器に挿入する行為が性交類似行為に当たることは、多言を要しないが、仮に相手方が自らの手でバイブレーターを児童の性器に挿入しない場合であっても、バイブレーターを調達して児童に交付した上、自己の面前において児童をしてこれを性器に挿入させる行為も、相手方が自らの手でバイブレーターを児童の性器に挿入する場合と、児童の心身に与える有害性は異ならないものと認められるのであって、性交類似行為に当たるものと解するのが相当である。
本件においては、被告人は、被害児童に対し、自ら購入しておいたバイブレーターを示し、スイッチを操作するなどしてその使用方法を説明した上、これを自己の性器に挿入して自慰行為をするよう勧め、よって、同児をして、被告人も入っている同じこたつの中に下半身を入れた状態で、右バイブレーターを自己の性器に挿入せしめて自慰行為をさせ(原判示第一)、あるいは、被害児童に対し、自ら注文して入手したバイブレーターを示し、スイッチを操作するなどしてその使用方法を説明した上、同児がこれを使用するであろうことを承知していながら、これを同児に手渡し、よって、同児をして、被告人も入っている同じベッド上のふとんの中で、右バイブレーターを自己の性器に挿入して自慰行為をするに至らしめた(原判示第二)というのであって、右のような被告人と各被害児童との間の行為が前記性交類似行為、すなわち淫行に該当することは明らかというべきである。 ところで、原判決は、前記淫行について、男女間の性交に限らず、児童の心身に与える有害性が認められ、実質的にみて性交と同視し得る程度の行為、すなわち男女間の性交を模した、あるいは性交を連想させるような姿態での手淫・口淫行為や同性愛行為等の性交類似行為をも含むとして、基本的には当裁判所と同様の見解に立った上、その具体的な適用として、性交類似行為は、通常は相手方となるべき人間の存在が予想されていると考えられるが、相手方が存在せず行為者が単独で行う場合においても、単に行為者が素手で自慰行為をするなどの行為に止まるのではなく、例えば人間の姿形を模して造られた人形を用いて自慰行為をし、あるいは女性が男性性器を模して造られた器具を用いてこれを自己の性器にあてがい又は性器に挿入するなどの方法で自慰行為に及んだときは、これをもって性交類似行為に出たということができるとの解釈を示している。この解釈によれば、性交類似行為には必ずしも相手方の存在を必要としないことになるが、本件は、性交類似行為の相手方として被告人が存在した事案であるから、原判決の右解釈の当否について更に立ち入って検討を加えるまでもなく、原判示の各行為が児童福祉法三四条一項六号にいう淫行の要件を充たすとした原判決の結論に誤りはない。 所論のうち、淫行には、児童の行為の相手方として第三者が登場することを要する旨をいう点は、そのように解されないことは、後記2において述べるとおり
である。また、淫行には、相手方との間で肌が接触することを要する旨をいう点は、本件におけるようにバイブレーターが用いられている場合には、相手方との間における肌の接触の有無は、淫行に当たるか否かを判定するに際し、差異をもたらすべき事項とは考えられない。さらに、淫行というためには、その行為が児童の健全育成を著しく阻害することが明らかなものであることを要する旨をいう点は、本件における被告人の前記各行為が児童の健全育成を著しく阻害するものであることは明らかである。所論は、いずれも採用できない。
2 淫行の相手方と淫行をさせる行為をした者との同一性について(所論(2))
児童福祉法三四条一項六号は、児童に淫行をさせる行為を禁止しているところ、まず、規定の文言上、淫行の相手方を限定していないばかりでなく、右の児童に淫行をさせる行為は、文理上は、淫行をさせる行為をした者(以下行為者という。)が児童をして行為者以外の第三者と淫行をさせる行為と行為者が児童をして行為者自身と淫行をさせる行為の両者を含むと読むことができる。そして、前記1において述べた同法の基本理念や同法三四条一項六号の趣旨目的に照らせば、同号にいう淫行の相手方が行為者以外の第三者であるか、それとも行為者自身であるかは、児童の心身に与える有害性という点で、本質的な差異をもたらすべき事項とは考えられない。もっとも、同号にいう淫行をさせる行為とは、行為者以外の第三者を相手方として淫行させることをいうもので、行為者が自ら児童と淫行する場合を含まない旨の所論に沿う見解も存在する。しかし、単に児童と淫行したに過ぎない者が同号に該当しないことは当然であるとしても、行為者が児童に対しいかに淫行を働きかけた場合であっても、行為者が自ら淫行の相手方になったときは、同号に該当しないこととなるとの点については、人を納得させるに足るだけの根拠が示されておらず、その点について合理的理由を見出すことも困難であって、右のような見解を採ることはできない。以上の次第で、同号にいう児童に淫行をさせる行為とは、行為者が児童をして第三者と淫行をさせる行為のみならず、行為者が児童をして行為者自身と淫行をさせる行為をも含むものと解するのが相当である。所論は、採用できない。
3 淫行をさせる行為について(所論(3))
児童福祉法三四条一項六号にいう淫行をさせる行為とは、児童に淫行を強制する行為のみならず、児童に対し、直接であると間接であると物的であると精神的であるとを問わず、事実上の影響力を及ぼして児童が淫行することに原因を与えあるいはこれを助長する行為をも包含するものと解される(なお、最高裁判所昭和三〇年一二月二六日第三小法廷判決刑集九巻一四号三〇一八頁、最高裁判所昭和四〇年四月三〇日第二小法廷決定裁判集一五五号五九五頁参照。)。そして、前記2でみたとおり、同号には、行為者が児童をして行為者自身と淫行をさせる行為を含むと解すべきところ、同号が、いわゆる青少年保護育成条例等にみられる淫行処罰規定(条例により、何人も青少年に対し淫行をしてはならない旨を規定し、その違反に地方自治法一四条五項の範囲内で刑事罰を科するもの)とは異なり、児童に淫行をさせるという形態の行為を処罰の対象とし、法定刑も最高で懲役一〇年と重く定められていること等にかんがみれば、行為者自身が淫行の相手方となる場合について同号違反の罪が成立するためには、淫行をする行為に包摂される程度を超え、児童に対し、事実上の影響力を及ぼして淫行をするように働きかけ、その結果児童をして淫行をするに至らせることが必要であるものと解される。 これを本件についてみると、関係各証拠によれば、次の事実が認められる。 被告人は、F中学校教諭の職にあり、A及びBについて、それぞれ英語の授業を受け持ったことがあったものである。
Aは、事件当時は、同中学校一年生の課程を終えたところであり、それまでの一年間、被告人から週に四ないし五時間英語の授業を受けており、本件前に二回被告人方へ遊びに行ったことがあった。被告人は、Aが転校することを知り、同児に対し、春休みに泊まりがけで被告人方に遊びに来るように誘った。平成七年三月二四日夜、被告人は、右の誘いに応じて被告人方を訪れたA及びその同級生である前記Cに対し、酎ハイやビールを勧めてともに飲酒し、次いで男女性交の場面等を撮影したいわゆるアダルトビデオ二本を見せたり、オナニーの話をしたりした上、翌二五日午前一時ころから二時ころまでの間、Aに対し、ポルノショップで購入したバイブレーターを示し、スイッチを操作するなどしてその使用方法を説明した上、これを自己の性器に挿入して自慰行為をするよう勧めて与えた。Aは、飲酒の上アダルトビデオを見せられていたことに加え、被告人がいつもより怖くて逆らい難いと
感じたことから、被告人の言に従い、被告人の面前において、こたつの中に下半身を入れた状態で、原判示第一のとおり、バイブレーターによる自慰行為をした。 Bは、事件当時は、同中学校三年生で、二年生のとき以来、被告人から週一時間英語の授業を受け、また英語係として英語研究室に出入りしており、本件前にその同級生である前記Eと被告人方に遊びに行ったことがあった。その際、被告人は、両名に対し、酒を勧めてともに飲酒し、セックスやオナニーの話をし、深夜のホテル街に連れて行ってホテルの外観を見せ、

今度は入ろう。

などと言った。平成七年四月二九日、再び被告人方を訪れた両名に対し、被告人は、酒を勧めてともに飲酒し、同行してきていた男子生徒二名を帰宅させた後、B及びEの両名に対し、オナニーやバイブレーターの話をした上、翌三〇日午前三時ころ、両名を連れていわゆるラブホテルであるホテルDのG号室へ入った。被告人は、同室内において、両名に客室備付けのアダルトビデオを見せ、さらにセックスの話をするなどして、その性的好奇心をあおった。すると、Bは、ベッドで手指を用いて自慰行為を始めたが、さらに被告人は、ホテルのフロントにバイブレーターを注文して入手し、両名にこれを示し、スイッチを操作するなどしてその使用方法を説明した上、Bがこれを自己の性器に挿入して自慰行為をするであろうことを承知していながら、これを同児に手渡した。Bは、このバイブレーターを使わざるを得ない状況にあると感じたことから、被告人の面前において、ベッド上のふとんの中で、原判示第二のとおり、バイブレーターによる自慰行為をした。
<要旨>右の事実関係によれば、要するに、被告人は、中学校の教師という生徒への強い立場を利用して、その生徒である女子中学生にバイブレーターを与えて淫行を勧め、同児をして淫行をするに至らせ(原判示第一)、また、同じく中学校の教師という生徒への強い立場を利用して、その生徒である女子中学生にバイブレーターを入手した上その使用方法を説明して手渡し、同児をして淫行をするに至らせた(原判示第二)ものであって、まさに児童に対し事実上の影響力を及ぼして児童が淫行することに原因を与えあるいはこれを助長する行為をし、それが淫行をする行為に包摂される程度を超えていたことが認められるから、右各行為が児童福祉法三四条一項六号にいう淫行をさせる行為に該当することは明らかである。 そして、被告人の右各行為は、社会的に強く非難されるべき当罰性の高い行為であって、所論のうち、その当罰性が高くないかのようにいう点も、失当である。 4 まとめ
以上のとおり、原判決が摘示する各罪となるべき事実は、当裁判所の以上の見解によっても児童福祉法六〇条一項、三四条一項六号違反の罪を構成すると解するのが相当である。その他所論に即し逐一検討しても、原判決の法令の解釈適用に誤りがあるとは認められない。論旨は理由がない。
三 量刑不当の論旨について
本件は、中学校教諭である被告人が、その教え子である女子中学生二名に対し、それぞれバイブレーターを提供するなどして被告人の面前で自慰行為をさせ、もって、児童に淫行をさせる行為をしたという事案である。教職にある者が教え子に対して行ったものである点において、まことに犯情悪質といわなければならない。若い被害者の心身に与えた悪影響は、計り知れないものがある。ところで、原判決は、量刑の事情の項において、被告人に有利な事情の一つとして、

本件各行為は自己の性欲を満たし、あるいはわいせつ目的に出たものとまでは認められない

旨説示しているところ、右は、被告人が本件各被害児童に対し、性交や強制わいせつ行為に及ぶことを企図していたものではないという限度では相当であるが、本件各犯行は、その内容、そこに至る経緯及び周辺の事情に照らし、思春期の女子中学生に対する低俗な性的興味を動機とするものと認められ、教育の名に値するようなものでないことは明白であって、その動機において酌むべきものはなんら認められない。所論は、本件各犯行が被告人の正当な教育信条の延長線上の行為であったかのようにいうが、失当である。また、被告人は、原審において、本件各行為につき道義的には反省していると述べているが、捜査段階、原審及び当審を通じ事実関係について供述するところをみると、自ら犯した行為について真実反省しているのかどうか甚だ疑わしい。以上のような諸事情に照らし、被告人の刑責は重大である。
そうしてみると、被告人が約一五年間勤務してきた中学校教諭の職を懲戒免職されていること、これまでに前科がないことなど被告人のために酌むべき諸般の情状を考慮しても、被告人に対し懲役二年、執行猶予三年の判決を言い渡した原判決の量刑が重過ぎて不当であるなどとは到底いえない。論旨は理由がない。
よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佐藤文哉 裁判官 金山薫 裁判官 永井敏雄)
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