判例検索β > 昭和41年(行ウ)第134号
課税処分取消請求事件
事件番号昭和41(行ウ)134
事件名課税処分取消請求事件
裁判年月日昭和46年10月21日
法廷名大阪地方裁判所
判示事項1 借家人が立退きに際し,他の借家権を取得するために支出した金額が,立退料収入との関係で旧所得税法(昭和40年法律第33号による改正前)第9条第1項第9号にいう「その収入を得るために支出した金額」に当たらないとされた事例 2 借家人の取得した立退料収入を旧所得税法(昭和40年法律第33号による改正前)第9条第1項第9号の一時所得に当たると解した事例
裁判日:西暦1971-10-21
情報公開日2017-10-20 01:06:17
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主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事 実
第一 当事者の求める裁判
(原告)
被告が、原告の昭和三八年分の所得税につき、昭和四〇年九月一四日付でした更正処分(異議申立決定により取消された部分を除く。)のうち、総所得金額一、四九三、四〇九円をこえ五、三〇七、八九六円に達するまでの部分および同日付でした過少申告加算税賦課決定(異議申立決定により取消された部分を除く。)を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
(被告)
主文同旨。
第二 当事者の主張
(原告の請求原因)
一 原告は昭和三八年分の所得税について、被告に対し昭和三九年三月一六日別表1欄(一時所得算出方法は後記原告の主張らん3項参照)のとおりの確定申告をしたところ、北税務署の係官から呼出され、事業所得、一時所得をそれぞれ別表2欄の修正申告額のとおり増額するよういわゆる税務指導を受けたので、これに従つて同年六月一一日同表2欄のとおり修正申告をした。
ところが、被告は昭和四〇年九月一四日に至つて、同表3欄のとおり更正処分および過少申告加算税賦課決定をし、そのころ原告に通知した。
原告はこれを不服として昭和四〇年一〇月一三日被告に対し異議申立をしたところ、被告は昭和四一年一月一三日別表4欄のとおり更正処分および過少申告加算税賦課決定を各一部取消す旨の決定をした。
原告は、同年二月一二日大阪国税局長に対し審査請求をしたところ、同局長は同年一〇月三日これを棄却する旨の裁決をなし、そのころ原告に通知した。二 しかし、原告の同年分の総所得金額は別表2欄のとおり一、四九三、四〇九円を超えないものであるから、被告のした前記昭和四〇年九月一四日付の更正処分(異議申立決定により取消された部分を除く。)中総所得金額一、四九三、四〇九円をこえ、五、三〇七、八九六円に達する部分および同日付の過少申告加算税賦課決定(異議申立決定により取消された部分を除く。)の取消を求める。(請求原因に対する被告の答弁)
一 請求原因第一項の事実は認める。
二 同第二項の主張は争う。
(被告の主張)
一 原告の昭和三八年分の所得金額の内訳は次のとおりである。(△はマイナスを示す。以下同じ)

事業所得 △一二五、四五九
不動産所得 一九二、〇〇〇
給与所得 一二〇、〇〇〇
一時所得 五、四〇〇、〇〇〇
総所得金額 五、五八六、五四一円
二 右のうち一時所得、事業所得の内容は次のとおりである。
1 一時所得

収入金額 一一、〇〇〇、〇〇〇
必要経費 五〇、〇〇〇
特別控除額 一五〇、〇〇〇
差引 一〇、八〇〇、〇〇〇
一時所得 五、四〇〇、〇〇〇
2 事業所得

収入金額 二、三三四、二五〇
必要経費 二、四五九、七〇九
減価償却費 五五、六九七

繰延費用の償却費 三四八、〇〇〇
支払家賃 二二〇、〇〇〇
その他 一、八三六、〇一二
事業所得 △一二五、四五九
三 一時所得の発生原因と算定根拠
1 原告は別紙物件目録一記載の建物(以下第一建物という。)を昭和一三年ごろから所有者Cから賃借し、右建物を使用して理髪業を営んでいた(ただし、昭和三六年一月二三日から昭和三八年八月三一日までの間は右の個人事業を廃業して夫のAらと共に株式会社理容由井を設立し、右会社に右建物を転貸していた。)。 ところが、昭和三四年六月ごろ右建物が興紀産業株式会社(以下興紀産業という。)に譲渡され、同社において右建物を取毀し、その敷地上に鉄筋ビルを新築するため、原告は同社から右建物の賃貸借契約の合意解約を求められたので、交渉の結果昭和三八年六月一四日両者間において右建物の賃貸借契約は同日これを合意解約し、原告は右建物を同年一二月一三日限り明渡し、興紀産業は原告に対し右の立退料として金一、一〇〇万を支払うとの条件で和解(西淀川簡易裁判所昭和三八年(イ)第一八号)が成立した。
そこで、原告は同日右立退料の内金一、〇〇〇万円を受領し、同年一〇月ごろ右建物を明渡し、同年一一月二九日に立退料の残金一〇〇万円を受領した。2 ところで、一般に立退料と呼ばれているものは、通常つぎの三つの性質、即ち(一)明渡しを実行するために、利用者が直接に支払わねばならぬ費用、即ち移転費用の補償たる性質(二)明渡のために、利用者が事実上失う利益の補償、いわゆる営業補償たる性質(三)明渡しによつて消滅する利用権(財産権)の補償の性質の内のいずれかを有するものと考えられ、而して、右の消滅によつて補償さるべき利用権(財産権)にあたるか否かは、社会の実情や法がその権利の存続を保障し、かつ、その譲渡を可能ならしめているかどうかによるところ、借地の場合は借地人の権利を客観的に価値ある財産権として保護しているが、借家の場合、借家法は借家人の居住を単に事実として一定要件あるとき生存権的に保護しているにすぎず、借家権なるものを認め、これを譲渡可能な財産権として保護していない。 本件においても右立退料は貸主である興紀産業が建物敷地上に鉄筋ビルを新築する目的で建物の賃借人である原告に対し、賃貸借契約の合意解約と建物の明渡を求め、これに伴い授受されたものであるから、賃借人に対する移転費用の補償および明渡しによる事実上の利益の喪失に対する補償(いわゆる営業補償)が大部分を占め、消滅する利用権(財産権)の補償としての性質は稀薄である。(利用権の補償は、権利者が現に財産権として投下した資本の回収面から算定され、補償さるべきであるが、原告が本件第一の建物を賃借したのは昭和一三年で、原告の財産目録の資産科目に計上されておらず、かつ原告が右建物の借家権を有償取得したものとは考えられず、従つて財産権としての借家権が存在したとはいえず、利用権(財産権)の消滅に対する補償は本件立退料の内にふくまれていたとは云えない。)従つて、右立退料の収入による所得は所得税法(昭和四〇年法律第三三号による改正前のもの。以下単に法という。)九条一項九号の一時所得に該当する。(一時所得とは、その計算方式および法文の規定から判断すると、つぎの三つの条件、即ち(イ)営利を目的とする継続的行為から生じたものでないこと〔非営利性〕(ロ)一時的性質を有するものであること〔非継続性〕(ハ)労務その他役務又は資産の対価たる性質を有しないものであること〔非対価性〕という条件をいずれも満たすもので、換言すれば、定型的所得源泉を有しない非回帰的、偶発的、予測不能な所得であり、対価性を有しないところの、商品交換経済ないし債権債務関係の稀薄な所得の類型である。非継続性、非営利性という点において譲渡所得と性質を同じくするが、譲渡所得が資産の譲渡による所得であるに対比し、一時所得は資産の譲渡たる性質を有しない。)そこで、被告は立退料収入一、一〇〇万円から立退きに要した費用(引越費用)五万円を法九条一項のその収入を得るために支出した金額と認めて控除し、さらに法九条一項本文による法定の控除額一五万円を控除した金額一、〇八〇万円の一〇分の五に相当する金額五四〇万円を一時所得と算定したものである。
四 事業所得について
原告は、前記第一建物の立退にともなう代替物件として、別紙物件目録二記載の建物(以下第二建物という。)の賃借権者B(所有者寺田八十二)の賃借権を八七〇万円で譲受け造作を施し、昭和三八年九月以降同建物において理髪業を営んでいるものであるが、右建物の借家権取得代金八七〇万円は、右建物の事業占有割合に
応じ、右事業による収入金額を得るために支出した必要経費とみるべきものである。ところで、建物の賃借権はその建物の存続期間または賃借期間の経過とともに消滅するものであるから、その支出の効果が及ぶ期間に繰延資産として均等償却すべきものである。そこで、被告は第二建物の借家権の存続期間を五年、残存価額を零として昭和三八年分の償却費額を三四八、〇〇〇円と算出した(注、支出金額八七〇万円、償却率二〇%〔耐用年数五年〕、当年中の償却期間4/12〔三八年九月から一二月まで〕、事業占有割合六〇%)。その結果、事業所得の正当計算額は原告主張額を下廻り△一二五、四五九円となる。
五 以上のとおり、昭和三八年分の原告の総所得金額は五、五八六、五四一円で、本件更正処分にかかる総所得金額五、三〇七、八九六円を超えるから、本件各処分は適法である。
(被告の主張に対する原告の認否並びに主張)
一 認否
被告主張の第一項の金額中不動産所得額および給与所得額は認めその余は争う。(但し事業所得額については後記参照)
同第二項1の金額のうち収入金額、特別控除額は認め必要経費額は争う。 同項2の金額のうち収入金額は認め必要経費額は争う。但し仮りに一時所得額が被告主張のとおりとすれば、右の必要経費額が二、四五九、七〇九円となること(従つて事業所得額が△一二五、四五九円となること)は争わない。 第三項1の事実は認める。
なお、原告は昭和一三年に第一の建物を賃借するため、当時の金銭で、かなりの額を支出した。また原告と興紀産業の間で和解が成立するに至つた経緯は左のとおりである。すなわち
原告は被告主張のような経過で興紀産業から第一建物の賃貸借契約の合意解約を求められ交渉を重ねていた。始め興紀産業から代りの賃借物件を提供する旨の申出もあつたが、その履行に不確実なところがあつたことなどからこの申出を一応断り、原告自ら代替物件を物色するうち、昭和三八年五月ごろ第二建物の賃借人Bとめぐり会い、同人から同建物の賃借権をおよそ八七〇万円をもつて譲受けることができそうな話合いができた。そこで、興紀産業の了承を得たうえでBから第二建物の賃借権を八七〇万円をもつて譲受けることとし、その結果原告と興紀産業との間で昭和三八年六月一四日西淀川簡易裁判所において被告主張のとおりの和解が成立した(その和解条項には一、一〇〇万円を立退料として受取ることとした旨記載されているが、原告と興紀産業の間では、右金員のうち八七〇万円で第二建物の賃借権を譲受け、残額をもつて造作を加えることが予定されていたのであり、現に原告はBに八七〇万円を交付して前記賃借権を譲受け三、五五六、一〇〇円を費して造作を施した。)。
同第三項2の一時所得の算定については被告において原告が代替物件の借家権取得に要した八七〇万円を必要経費額に算入していない点は不適法であるから、これを争う。引越費用五万円が必要経費に属することは認める。なお、本件立退料収入が一時所得に属することは争わないが、一般に立退料の算出、支払の基準は、立退のためどうしても必要となる新たな借家権の取得を可能ならしめる額をもつて決せられるのが現実であり、本件立退料も右のような観点から算出されたものである。 同第四項の事実のうち原告がBから第二建物の賃借権を譲受け造作を施し、被告主張のころから同建物において理髪業を営んでいることは認める。借家権取得費用が事業所得にかかる収入の必要経費であるとの主張は争う。右は前記のとおり一時所得の収入から控除されるべきものである。
二 主張
1 原告が第二建物の賃借権取得のため支払つた八七〇万円は、法九条一項にいうその収入を得るために支出した金額であり、必要経費として一時所得(立退料収入)の収入金額一、一〇〇万円から控除さるべきである。すなわち(一)原告が興紀産業から一、一〇〇万円を受領することで和解ができたのは、その和解前から原告が右金員中八七〇万円をBに交付して第一建物に代る新たな物件を賃借することについて、興紀産業との間で了解ができていたからであり、そのことによつて興紀産業は第一物件に代る建物を新たに賃借物件として原告に提供する必要がなくなつたのである。原告が興紀産業と和解をしたのは昭和三八年六月一四日であり、原告とB間の第二建物賃借権譲受契約はその直前に右和解を見越して締結され、手附金は和解の翌日の同年六月一五日に支払われている。原告が八七〇万円をBに支払い第二建物を取得することなくしては、原告は興紀産業から賃借していた第一建物
を立退くことは到底できず、一、一〇〇万円の立退料を取得することは不可能だつたのである。
以上の事実を統一的に把握すれば八七〇万円は一時所得の収入一、一〇〇万円を得るために直接支出した金額で、法九条一項九号にいうその収入を得るために支出した金額に該る。(二) 本件の場合、興紀産業が新たな賃借物件を提供してくれることになつた場合を想定すると、同社は和解に際して一、一〇〇万円を出すはずがなく、ほぼ二三〇万円の線がでるであろうことは明らかである。(造作を施したうえで賃借物件が提供されるということならそれ以下となるであろう。)。そうすれば、前記八七〇万円を原告の前記一時所得にかかる収入金額一、一〇〇万円を得るために支出した金額として控除すべきは当然で、そうしないと賃貸借の解約を求めるもの自身が別の物件を提供する場合と比較して著しく不平等となり、かゝる課税処分は憲法第一四条に違反する。
(三) 原告が興紀産業から取得した一、一〇〇万円のうち八七〇万円は、右から左へBに渡ることが予定されている金員であり、現にそのように移動している。してみると、八七〇万円は形式的に原告を経由しただけで、原告にとつて八七〇万円の所得の発生などはなく、右金員の実質的な取得者はBのみである。 それなのに、被告がBのみならず原告に対しても課税したのは(Bは八七〇万円を収入したのであるから当然課税されている。)二重課税であり、かかる場合は、実質課税の原則にもとづき、実質的な所得の所得者であるBのみに課税すれば足りる。従つて右八七〇万円は原告の立退料収入の必要経費に算入すべきで、これについて原告に課税すべきではない。
(四) 借家権には借地権におけるごとく租税特別措置法による買換の特例の適用はないが、それは同法において借家権の譲渡を一時所得とみていることによると思われる。従つて、借地権につき買換の特例の適用の認められることとの対比からいつても、借家の立退にともない立退収入を取得した場合、新たな物件の借家権を取得するために要した費用を一時所得の必要経費に算入すべきで、そうでないと、税法上借地人に比し一層弱い立場にある借家人の保護に欠けることとなる。2 原告は第一建物に造作を施したが、その費用のうち未償却分が七〇万円あり、これは原告の損失であるから計算上前記立退料収入から控除されるべきものである。
3 以上、前記立退料一、一〇〇万円から、借家権譲受代金八七〇万円および造作費用未償却分七〇万円合計九四〇万円並びに運送代五万円と特別控除額一五万円総計九六〇万円を控除した一四〇万円の十分の五に相当する七〇万円が一時所得にあたるから、これを以て一時所得として前記のとおり確定申告したのである。(原告の主張に対する被告の反論)
一 原告が支払つた借家権取得代金は一時所得の収入金額から控除されるべき金額にあたらない。法九条一項本文にいう一時所得の収入金額から控除さるべき収入を得るために支出した金額とは、一時所得の収入を生じた行為をするために要した金額、またはその収入を生じた原因の発生に伴い直接に要した金額をいうものであつて、収入を生じない行為または原因の発生に伴う支出金額はこれに含まれない。
ところで、借家人が賃貸借契約を終了し建物を立退く際、他の建物を新たに賃借することは従前の建物を立退くために直接必要なことではない。このことは、例えば従前の建物で事業を経営していたものがその事業を廃止するのであれば、他の事業用建物を賃借する必要もないことからも明らかであろう。従つて、かような場合に他の建物を新たに賃借するのは立退に伴つてなされたものとはいえても、立退のためになされたものではなく、むしろ事業の継続等の目的でなされたものといえよう。
かようにして、立退に際し他に経済的価値ある借家権を取得するために支出した金額は、立退料収入の発生原因たる立退に伴う支出金額とはいえても、立退行為それ自体のための、またはこれに伴い直接必要な支出金額とはいい得ない。二 仮りに、興紀産業が直接原告に対し賃借物件を提供した場合を想定しても右の結論は異ならない。
すなわち、興紀産業と原告との間に立退を条件として立退料一、一〇〇万円の支払が昭和三八年六月一四日に確定したのであつて、その支払の手段が金銭であろうと物または権利であろうと、一、一〇〇万円が立退料収入として一時所得の収入金額であることになんら変りはない(法一〇条一項参照)。

したがつて、興紀産業が自ら直接に代替物件の賃借権を原告に譲渡したとしても、それは旧物件の立退料支払のための決済手段にすぎず(立退料の一部を金銭で支払う代りに権利で支払つたことになる)、すでに原告と興紀産業との間で同社から原告に対して支払うことが確定した立退料、一、一〇〇万円が一時所得の収入金額となることを左右するものではない。
三 原告とBの間で授受された第二建物の借家権譲渡代金八七〇万円は、Bに対する関係では同人が収入したものであるから同人に課税されるのは当然であり、原告に対する関係では繰延資産として所定の計算方式にもとづき事業所得の収入金額から控除されるべき必要経費に該る。
従つて二重課税であるとの原告の主張はあたらない。
四 原告は、第一建物に施した造作費中未償却分七〇万円は一時所得の収入金額から控除すべきものであると主張するけれども、右造作等は株式会社理容由井の資産であるから原告の損失とはならない。
第三、証拠(省略)
理 由
一 原告が昭和三八年分の所得税につき昭和三九年三月一六日別表1欄のとおり確定申告を、ついで同年六月一一日別表2欄のとおり修正申告をなし、被告が右修正申告に対して昭和四〇年九月一四日同表3欄のとおり更正処分および過少申告加算税賦課決定をし、そのころこれを原告に通知し、原告の昭和四〇年一〇月一三日付異議申立に対し昭和四一年一月一三日別表4欄のとおり前記更正処分および過少申告加算税賦課決定を各一部取消す旨の決定をなし、これに対し原告が昭和四一年二月一二日大阪国税局長に対し審査請求をしたところ、同局長は同年一〇月三日右請求棄却の裁決をし、そのころ原告に通知したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
二 1 被告は、原告の昭和三八年分の総所得金額は五五八万六五四一円で、その内訳は

事業所得△一二万五四五九円、不動産所得一九万二、〇〇〇円、給与所得一二万円、一時所得五四〇万円

であるから、その範囲内でなされた本件更正(異議申立決定により取消された部分を除く。)は適法であると主張するのに対し、原告は、別表2欄のとおり、総所得の内訳は、不動産所得および給与所得は被告主張のとおりであるが、事業所得は一七万九〇二六円、一時所得は一〇〇万二三八三円であると主張する。
2 そこで、まず一時所得の点について判断する。
(一) 被告は、右一時所得を五四〇万円とした算出内容は

収入金額一、一〇〇万円、必要経費五万円、特別控除額一五万円、差引き一、〇八〇円。一時所得はその十分の五に相当する五四〇万円

であると主張するのに対し、原告は一時所得を一〇〇万二、三八三円とした根拠は被告の税務指導に従つたまでで、その実際の額は七〇万円であつて、その算出内容は収入金額および特別控除額は被告主張のとおり。必要経費は九四五万円(その内訳は転出先の借家権譲受代金八七〇万円、従前の借家である本件第一の建物の造作費用未償却分七〇万円、運送代五万円)差引き一四〇万円。一時所得はその十分の五に相当する七〇万円であると主張する。(二) ところで、右収入金額一、一〇〇万円は原告が所有者興紀産業に本件第一の建物を明渡すについての立退料収入であること、右立退料収入を得るまでの経緯はつぎのとおりであること、すなわち、原告は昭和一三年頃本件第一の建物を訴外Cから賃借し、右建物を使用して理髪業を営んでいたところ、昭和三四年六月頃右興紀産業が右建物を買受け、右建物の賃貸人たる地位を承継し、而して、右建物を取りこわしその敷地上に鉄筋ビルを新築するため、原告に対し右建物の明渡を求め、原告と興紀産業との間に、昭和三八年六月四日右建物の賃貸借を合意解除し、原告は同年一二月一三日限り右建物を明渡し、興紀産業は原告に立退料として、一、一〇〇万円を支払う旨の訴訟上の和解が成立し、その履行として原告は右立退料を受領したこと、以上の事実は当事者間に争がなく、而して右立退料が一、一〇〇万円と定められた経緯は、成立に争のない甲第二、三号証、証人Dの証言および弁論の全趣旨によると、原告と興紀産業との間の右訴訟上の和解手続において、原告の依頼した鑑定人の鑑定によると、右立退料は右建物賃借権価格五〇三万円余その他移転に伴う費用等の合計六七六万円余であり、興紀産業の依頼した鑑定人鑑定によると、右立退料は右建物賃借権価格三八九万円余その他の合計四六四万円余であつたが、原告の立退先である本件第二の建物賃借権の対価が八七〇万円であつたことと右代金の外右第二の建物に対する理容業向き造作工事費等を要したので、結局立退料は合計一、一〇〇万円と定められたことが認められ、以上の事実による
と、本件立退料の内には第一の建物賃借権を譲渡させる対価の外移転に伴う費用、第二の建物造作代等がふくまれているものと認むべく、而して右立退料収入は、後記6のとおり法第九条第一項第九号の一時所得にかゝる収入にあたるものと解される。
(三) 原告は、一時所得算出の計算上、右立退料収入一、一〇〇万円から第二の建物賃借権譲受代金八七〇万円および第一の建物の造作の未償却部分七〇万円を控除すべきであると主張する。
(1) まず、右八七〇万円が控除さるべきであるとの主張について考察するに、原告が本件第一の建物を明渡し、その代替家屋として本件第二の建物賃借権を訴外Bから八七〇万円で譲受け、昭和三八年九月以降第二の建物で理容業を営んでいることは当事者間に争がない。
イ ところで、法第九条第一項第九号の一時所得は、その年中の総収入金額からその収入を得るために支出した金額を控除した金額とする旨規定されており、右規定にいうその収入を得るために支出した金額とは、その収入を生じた行為をするために要した金額又はその収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額に限ると解すべく、本件第二の建物賃借権取得に要した八七〇万円は被告主張のとおりの理由によりこれにあたらないと解すべきであるから、これを控除するに由なく、原告のこの点の主張は採用できない。
ロ 原告の所得金額の計算上前記八七〇万円が収入を得るために支出した金額にあたらないとするならば、興紀産業から代替の賃借物件の提供を受けた場合に比し不平等であると主張するけれども、法第一〇条第一項によると、原告が直接興紀産業から第一建物に代る第二の建物の借家権を譲受けた場合を想定しても、その借家権が資産性(後記6に説示の譲渡所得の基因となる資産性)を有し八七〇万円相当と評価される限り(本件第二の建物賃借権が代金八七〇万円で適法に譲渡されたことは、右賃借権の譲渡が賃貸借契約においてもしくは、慣行により許容されているものと推認される。)原告に同額の収入があつたものとして課税対象とすべきものであること金員の交付があつた場合とかわりないから、右の点に関する原告の主張は失当である。この点についての原告の憲法違反の主張は、独自の主張で採用できない。
ハ また、原告は、八七〇万円は原告を経由しただけで実質上これを収受したのはBのみであるのに、Bと原告の両者に課税するのは二重課税であるから、実質上の所得者であるBのみに課税すれば足りると主張する。
しかし、原告がBに第二建物の借家権取得代金として支払つた八七〇万円が、原告が興紀産業から受取つた立退料一、一〇〇万円のなかから支払われたとしても、原告は一方において興紀産業から立退料として、一、一〇〇万円を収入し、他方Bに八七〇万円を支払つて第二建物の借家権を取得したにすぎないので、これをあたかも原告が興紀産業から八七〇万円を預つてBに交付したのと同様に解することはできない(仮にそう解することができたとしても、前記のようにその場合は原告は興紀産業から八七〇万円相当の資産性のある借家権を取得したこととなり、同額の収入があつたものとして課税の対象となることにかわりはない。)。ニ 更に原告は借地権について租税特別措置法における買換の特例の適用があることとの対比から、家屋の賃借人が借家を明渡すについて立退料を取得した場合にも新たな物件を賃借する費用は立退料収入の必要経費と解さなければ借家人の保護に欠けると主張するが、租税特別措置法は特定の政策目的(例えば住宅対策等)達成のため税法上各種の特別措置を規定するもので買換の特例もその一環として規定されたものであり、右規定の設けられた目的趣旨と収入から控除すべき必要経費を認むべき理由とは異なるから、単に借地権につき租税特別措置法の買換特例の適用のあることとの対比から新たな借家権取得の費用を立退料収入の必要経費とすべきであるとの原告の主張は採用することができない。
(2) つぎに、未償却部分七〇万円を控除さるべきであるとの主張について考察するに、右未償却部分は前記規定にいうその収入を得るために支出した金額にあたらないことは明らかであるから、これを控除するに由なく、原告のこの点の主張も採用できない。(尚成立に争のない乙第二号証によると、株式会社理容由井の昭和三六年一月二三日ないし同年一二月三一日事業年度にかゝる法人税確定申告書および第一回決算報告書に第一建物の固定資産、什器備品等が同社の資産として計上され、かつ、減価償却されていることが認められる。そして、右の外、第一建物に原告が造作を施したことを認めるに足る証拠はない。)
(四) 以上により、被告主張のとおり、本件立退料収入一、一〇〇万円から当事
者間に争のない立退きに要した費用五万円(本件一時所得の収入を生じた原因の発生に伴い直接要した費用)を控除し、さらに法第九条第一項本文による法定の控除額一五万円を控除した金一、〇八〇円の十分の五に相当する金額五四〇万円が一時所得であると認められる。
3 つぎに、事業所得について判断するに、右所得が被告主張のとおり△一二五、四五九円であることは、原告もこれを認めるところである。(本件立退料収入一、一〇〇万円による一時所得が前記のとおり((被告主張のとおり))五四〇万円と認定されるときには、本件事業所得は△一二五、四五九円と算定されると原告も主張する。)
4 不動産所得が一九二、〇〇〇円、給与所得が一二〇、〇〇〇円であることは当事者間に争がない。
5 以上、本件総所得の内一時所得は五四〇万円、不動産所得は一九万二、〇〇〇円給与所得は一二万円、事業所得は△一二万五、四五九円であるから、総所得金額は五五八万六、五四一円であると認められる。
6 当裁判所が本件立退料収入を以て法第九条第一項第九号の一時所得にかゝる収入であると解する論拠はつぎのとおりである。
本件立退料は、前記のとおり、本件第一の建物賃借権を消滅させる対価たる性質をもつものの外第二の建物の造作代、移転に伴う費用等の補償としての性質をもつものをふくんでおる訳で、後者は法第九条第一項九号の一時所得の基因たる収入にあたるものというべきである。
つぎに、右建物貸借権を消滅させる対価としての収入による所得が法第九条第一項八号所定の譲渡所得にあたるか、同九号所定の一時所得にあたるかを考察するに家屋賃借権は賃貸人の承諾を得れば適法に譲渡可能な権利であり、現実の社会生活において金銭に評価可能なもので、法的には財産権の一種であり、そして交換価値もしくは貨幣金額による評価可能性のある財産権はこれを資産と称するから、家屋賃借権は一般に資産の一種であると言うことができる。
ところで、法第九条第一項第八号は、いわゆる譲渡所得につき、資産の譲渡による所得云々と規定するから、家屋賃借権の譲渡(借家権を消滅させる行為は譲渡の一形態と考える。)による所得は一見右規定の譲渡所得に該当し、従つて同条同項第九号の一時所得に該当しないと解すべき観を呈する。
しかしながら、借家権一般が広く譲渡所得にかゝる資産に該当するか否かは検討を要するものがあると考える。
法第九条第一項第八号によると、資産性のあるものの譲渡による所得の内でも、同項第四号所定の営利を目的とする継続的行為より生じた所得、第七号所定の山林の伐採または譲渡による所得等を譲渡所得より除外する反面、地上権の設定その他契約により他人をして不動産又は不動産上に存する権利を長期間使用させる場合の内命令で定める場合においてその対価として一時に取得する所得を譲渡所得の内に含ましめるものであり、譲渡所得の基因となる資産の範囲を制限し、あるいは、拡張しており、右規定にいう資産の譲渡は広くすべての財産権の譲渡をいうものではないことは明らかである。
ところで、法第九条第一項第八号によると、譲渡所得はその年中の総収入金額から当該資産の取得価額………を控除した金額と規定し、法第一〇条の五第三項本文は昭和二七年一二月三一日以前から引き続き所有していた資産(有価証券を除く)で譲渡所得の基因となるものの譲渡による所得を計算する場合、当該資産の法第九条第一項第八号に規定する取得価額、設備費、改良費及び譲渡に関する経費は、第二号に掲げる金額とすると規定し、第二号は右取得価額につき、当該資産の昭和二八年一月一日における価額として命令で定めるところにより計算した金額………とする旨規定し、同法施行規則第一二条の一九第四項は右命令で定めるところにより計算した金額は昭和二八年一月一日において資産につき相続税及び贈与税の課税標準について用いるべきものとして国税庁長官が定めて公表したところによる旨規定し、而して右国税庁長官が定めて公表したものとして昭和二六年一月二〇日直資一ー五富裕税財産評価事務取扱通達があり、この通達は昭和二八年直資五通達により相続税および贈与税について昭和二八年一月一日から適用され、右通達八十一の二は借家権の価額は、その価額を権利金等の名称をもつて取引する慣行のある場合を除く外、評価しないことに取扱う旨示している。
右施行規則および通達によると、権利金等の名称を以て取引する慣行のある借家権の外、広く一般に借家権は法第九条第一項第八号所定の資産に該当しないとする見解に立つているものと解される。

ところで命令もしくは通達によつて法律の規定する資産の範囲を制限あるいは、拡張することは許されないことは勿論であるが、法第一〇条の五第四項本文によると、前項の場合において損失があるかないかについては同項の規定にかかわらず左の各号に掲げる金額を基準とし、当該資産についての収入金額から譲渡に関する経費を控除した金額が左の各号に掲げる金額に満たない場合におけるその差額をその損失とするとし、その一号は財産税法第一条に規定する調査時期以前から引き続き所有していた当該資産については調査時期における当該資産の価額(土地、家屋、借地法による借地権、借地法による借地権たるもの以外の地上権又は永小作権その他命令で定める資産の価額については、財産税法第三章の規定及びこれに基づく命令により計算した価額)………と規定し、資産として借地権その他土地の利用権については規定するが、借家権を例示していないことにかんがみると、借地権と異なり、法は収用等の場合を除き、原則として借家権一般の資産性を認めていないと解すべきである。法が借地権と借家権と差異を設けた所以は、借家の場合借家法は元来借家人の居住を一定要件が具備しているとき生存権的に保護するにあり、その譲渡性を保護するものでないのに比し、借地法による借地権、それ以外の地上権、永小作権は元来、土地の経済的利用を本質的要素とし、投下資本回収の面からその譲渡性を保護された経済性、財産性の極めて高いものであるからと考えられる。
従つて、前記施行規則および通達は法の資産に関する規定の趣旨を明らかにしたに止まると解される。即ち、借家権の内賃貸借契約において、もしくは、慣行により権利金等の名称をもつて取引されることを許容されているもののみが法第九条第一項第八号の資産に該当するものと解する。
(ちなみに現行税法上、右の如く解することは納税者に有利なところであつて、税務行政において、長年にわたり、権利金等の名称をもつて取引される慣行のある借家権のみを資産として取扱い、その他の借家権を資産として取扱わなかつた事実状態の下において、法の明文によらずに、これと異なり、借家権一般の資産性をみとめる取扱に変更することが許されるかどうかは疑問であろう。尚租税特別措置法第三一条第三項第二号について、昭和三九年一月二一日直審三通達の一八項は収用等の場合借家権消滅に対してなされる借家人補償金を同号所定の対価補償金とみなして取扱う旨借家権の資産性を広くみとめるが如き見解を示しているが、右通達は特別の救済的処置としてなされたもので、法令の改正によらず、これを拡張解釈したものと解される。)
而して、本件第一の建物の借家権が、賃貸借契約もしくは慣行により、権利金等の名称をもつて取引される借家権にあたると認めるに足りる主張立証はないから、その消滅の対価にあたる本件立退料部分は法第九条第一項第八号の譲渡所得にかゝる収入ではなく、同条同項第九号の一時所得にかゝる収入にあたるというべきである。
三 以上本件更正にかゝる総所得金額五、三〇七、八九六円は前記認定の総所得金額を超えるものではなく、本件更正および本件過少申告加算税賦課決定に違法はないから、原告の本訴請求は失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 井上三郎 矢代利則 中野保昭)
(別紙物件目録、および別表省略)

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