判例検索β > 昭和53年(行ウ)第158号
保育所措置変更処分取消請求、保育所措置解除処分取消請求事件
事件番号昭和53(行ウ)158
事件名保育所措置変更処分取消請求,保育所措置解除処分取消請求事件
裁判年月日昭和56年1月20日
法廷名東京地方裁判所
判示事項1 区福祉事務所長が,児童が児童福祉法24条にいう「児童の保育に欠ける」状況にはないとしてした保育所入所申請却下処分及び保育所措置解除処分が,違法ではないとされた事例 2 区福祉事務所長が保育所措置解除処分をするに当たり,児童の保護者に告知と聴問の機会を与えなかったとしても,違法とはいえないとした事例 3 区福祉事務所長がした保育所措置解除処分の通知書に理由附記を欠いているとしても,違法とはいえないとした事例 4 区福祉事務所長がした児童を入所させる保育所を変更する処分の取消しを求める訴えが,当該児童が変更前の保育所の保育対象児童の年齢制限を経過したことにより,訴えの利益を欠くとされた事例
裁判日:西暦1981-01-20
情報公開日2017-10-20 00:14:42
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○ 主文
一 昭和五三年(行ウ)第一五八号事件原告らの同事件の訴えを却下する。二 昭和五四年(行ウ)第四四号事件原告Aの同事件の請求をいずれも棄却する。三 訴訟費用中、昭和五四年(行ウ)第四四号事件について生じた部分は同事件原告Aの負担とし、その余は昭和五三年(行ウ)第一五八号事件原告らの負担とする。
○ 事実
(以下、昭和五三年(行ウ)第一五八号事件及び昭和五四年(行ウ)第四四号事件原告Aを原告Aと、昭和五三年(行ウ)第一五八号事件原告Bを原告Bと、また右両事件被告を単に被告とそれぞれ略称する。)
第一 当事者の求めた裁判
一 昭和五三年(行ウ)第一五八号事件について
1 原告ら
(一) 被告が原告Aに対し昭和五三年一一月四日付でしたCについての保育所措置変更処分及び原告Bに対し同日付でしたDについての保育所措置変更処分をいずれも取り消す。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
(本案前の答弁)
(一) 本件訴えを却下する。
(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。
(本案の答弁)
(一) 原告らの請求を棄却する
(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。
二 昭和五四年(行ウ)第四四号事件について
1 原告A
(一) 被告が原告Aに対し昭和五四年三月二七日付でしたC及びEについての各保育所入所申請却下処分を取り消す。
(二) 被告が原告Aに対し昭和五四年三月三〇日付でしたCについての保育所措置解除処分を取り消す。
(三) 訴訟費用は被告の負担とする
2 被告
(一) 原告Aの請求をいずれも棄却する。
(二) 訴訟費用は原告Aの負担とする。
第二 当事者の主張
一 原告らの請求原因
1 当事者の地位
原告Aは長男C(昭和四九年八月一八日生)及び長女E(昭和五二年三月二五日生)の保護者として、また、原告Bは長男D(昭和四九年一〇月二五日生)の保護者として、児童福祉法(以下法という。)第二四条により右の各児童の保育委託をなし得るものであり、被告は法第二四条、
第三条第二項及び東京都板橋区の児童福祉法施行細則(昭和四〇年東京都板橋区規則第一二号)により同区板橋福祉事務所管内の保育所に児童を入所させる等の措置権限を有するものである。
2 昭和五三年(行ウ)第一五八号事件関係
(一) 原告Aは、Cにつき昭和五〇年一月二三日付で、原告Bは、Dにつき昭和四九年一一月二五日付で、いずれも被告に対し、社会福祉法人あすなろ福祉会設立のあすなろ保育園(以下あすなろ園という。)を第一希望とする保育所入所申請をし、被告は昭和五〇年三月一〇日付で右第一希望どおりのあすなろ園にC及びDを入所措置する旨の決定をし、右決定に基づき、原告AはCを、原告BはDを、いずれも同年四月一日以降あすなろ園に在園させて来た。
(二) ところが被告は、法第二四条に基づき、原告らとあすなろ園との対立紛争の状況から判断し転園が最も適切であるとの理由により、原告らに対し、いずれも昭和五三年一一月四日付で、同月一〇日からC及びDの保育所を板橋区立かないくぼ保育園(以下かないくぼ園という。)に変更する旨の処分(以下本件各転園処分という。)をした。(三) しかしながら、本件各転園処分は次のとおり違法である。(1) 耘園処分は、旧園についての措置解除と新園についての入所措置とを含む
一体としての処分であつて、原告らにとつては旧園との関係で不利益な処分である。かかる不利益処分をするには、本人に告知聴問の機会を与えることが行政手続における原則であるのに、被告はこのような手続を経ることなく、ただ形式的に転園を勧告したのみで本件各転園処分をした。従つて、本件各転園処分は手続上違法である。
(2) 憲法第二五条及びこれをうけた法第二条、第三条、第二四条、第三九条によれば、児童の保護者は、一定の要件の下に国又は地方公共団体に対しその児童を保育所に入所させることを求める権利、すなわち保育請求権を有しており、右権利には当然施設選択権が含まれているものというべきである。従つて、法第二四条に基づき市町村長(法第三二条第二項による権限の委任がなされているときは福祉事務所長)が行なう保育所への入所措置は、保護者が右権利の行使として行なう申請又は承諾に基づいてなされるべきであり、保護者の意思に反して強制的にその権限を行使することは許されない。そしてこのことは、
転園処分の性質が前述のとおりである以上、転園の場合も同様である。原告らは、前記のとおりあすなろ園を第一希望として入所申請をし、右申請に基づいてそれぞれの児童があすなろ園に入所措置されていたものであるところ、被告は、原告らの申請又は承諾もなく、かえつて原告らの転園拒否の意思が明白であつたにもかかわらず、本件各転園処分をしたのである。しかしながら、被告には右に述べたとおり一方的に措置変更する権限はないのであるから、本件各転園処分は違法である。
(3) 仮に措置変更が被告の裁量処分であるとしても、本件各転園処分は裁量権の範囲を逸脱し又は濫用してなされたもので、違法である。
3 昭和五四年(行ウ)第四四号事件関係
(一) 前記のとおり原告らに対する本件各転園処分は違法であり、原告AはCをかないくぼ園に通園させることを拒否し、あすなろ園への就園を要求して来たが、あすなろ園は〇歳から三歳までの児童しか保育しておらず、Cが在園したとしても昭和五四年三月三一日に同園を卒園することとなるので、原告Aは、Cの卒園を前提として同年四月以降の保育につき、あらためて同年一月二〇日付で被告に対し、前記社会福祉法人あすなろ福祉会設立の第二あすなろ保育園(以下第二あすなろ園という。)を第一希望とする保育所入所申請をし、またEにつき新たに同日付で被告に対し、第二あすなろ園を第一希望とし、あすなろ園を第二希望とする同年四月以降の保育所入所申請をした。
(二) 被告は、昭和五四年三月二七日付で原告Aに対し、C及びEは保育所入所基準に該当しないとの理由で右の各申請を却下する旨の処分(以下本件各却下処分という。)をし、更に同月三〇日付で、Cのかないくぼ園への入所措置を同月三一日限りで解除する旨の処分(以下本件解除処分という。)をした。(三) しかしながら、Cについての本件却下処分及び解除処分は、次のとおり手続的に違法である。
(1) Cについての入所申請は、実質上は、あすなろ園の卒園を前提とする転園申請であつたというべきところ、転園申請に対してはその理由の有無のみを判断すべきであつて、その機会に入所基準に該当するか否かを審査して措置解除をすることは許されない。けだし、入所措置がいつたんなされると、その期間(六か月以内として定められる。)が経過する毎に、必要に応じて入所措置が更新されていく制度となつており、その際の家庭状況等の実態調査は、新規の場合と異なり簡易な方法によることが認められ(東京都民生局作成の保育措置事務の手引にその旨記載されている。)、福祉事務所においては事実上実態調査を行なつていなかつたのであるから、措置継続されることが強く保障されていたものというべきところ、転園は保育所を異にするだけで実質上は措置継続と同じであるから、転園申請についての審査において措置継続の場合以上の実態調査が行なわれ、措置解除がなされるとすれば、施設選択権に基づく転園申請をしたことにより、かえつて不利益な取扱いを受けることとなり、転園申請ができなくなるからである。
してみると、入所基準に該当しないとの理由によるCについての本件却下処分は、判断の範囲を逸脱したものであつて、違法である。
(2) 行政庁が国民に不利益処分をするには、本人に告知聴問の機会を与えることが憲法第三一条の定めるところであり、仮にそうでないとしても行政手続における支配的原理となつている。Cについてなされていた保育所入所措置は個人に一定の利益を与えたものであるから、これを解除することは重大な不利益処分であるにもかかわらず、被告は原告Aに対し告知聴問をすることなしに本件解除処分をした
のであるから、右処分は違法である。
また、Cについての入所申請は前記のとおり実質上は転園申請であつたから、これに対する却下処分は実質上入所措置の解除である。従つて、Cについての本件却下処分は右と同様の理由により違法である。
(3) 行政処分には、処分庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、相手方に不服申立ての便宜を与えるため、理由付記が要請されているのであつて、このことは法律にその旨の定めがあるか否かにかかわらず、行政手続上の原理となつている。しかるに本件解除処分には何ら理由を付記していないのであるから、違法である。
(四) C及びEは、法第二四条所定の保育に欠ける児童であり、本件各却下処分及び解除処分は同条に違反する違法な処分である。
原告Aは、筑波大学付属盲学校教諭であり、勤務時間は午前八時三〇分より午後五時まで、通勤所要時間往復八〇分、収入月額約一七万円を得ており、原告Aの妻Fは、昭和四六年七月一日から東京教育大学理学部教務補佐員をしていたところ、同大学の筑波移転を理由として昭和五二年三月三〇日付で解雇され、争議継続中の者である。右争議活動の実状は、就労闘争の日には朝八時から茗荷谷駅前においてビラ配りをし、同駅及び旧東京教育大学(同大学の跡地は筑波大学が承継し、現にその学校教育部と事務局東京分室が設置されている。)周辺の家へ戸別にビラ入れをし、その後同大学正門前において集会、演説等を行なうが、Fの争議行為はこのような解雇撤回又は就労のための交渉を要求するだけでなく、多くの人々の理解と支援を呼びかけるためのビラ書き、定期的な諸会議や集会の準備とその実施、筑波大学教職員その他国家公務員労働者へのオルグ活動、他の争議団への支援活動も数多く含まれているのであつて、以上のような活動のためFは週のうち四、五日は外出している。
右の次第で本件各転園処分がなされた後は、Fの争議行動の間は、原告らが結成したあすなろ保育園でCくんの生活を保障させる会(以下保障させる会という。)の構成員その他支援者らが交替で朝九時ころから夕方六時まで各自の家又はその友人の家などを借りてCの保育を行ない、またEについては無認可の保育園に預けている状況である。
以上のような争議の状況は被告においても十分承知していた筈であつて、被告においても原告Aの家庭の状況からCの保育に欠ける状態にあることを認めたからこそ、本件転園処分をしたのである。そして原告A及びFの就労状況及び争議活動の実態は右転園処分当時と異ならず、C及びEは引き続き保育に欠ける状態にあつたことは明らかで、このことは昭和五四年二月一五日板橋福祉事務所における面接の際にも説明した。
しかるに、被告はFの争議状況につき形式的かつ一方的な調査をしただけで十分な実態調査もせず、入所基準に該当しないとして本件各却下処分及び解除処分をしたのであつて、右の各処分は法第二四条に違反するものである。
4 よつて、原告らは本件各転園処分の取消しを、また原告Aは本件各却下処分と解除処分の取消しをそれぞれ求める。
二 請求原因に対する被告の認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実について
(一)、(二)の事実は認める。
(三) (1)のうち、転園処分が旧園との関係で措置解除、新園との関係で入所措置を一体として行なう処分であることは認めるが、その余は争う。(三) の(2)、(3)は争う。
3 同3の事実について
(一) のうち、本件各転園処分が違法であるとの点は争うが、その余は認める。(二) は認める。
(三) (1)のうち、Cについての入所申請が実質上転園申請であつたこと(但し、かないくぼ園からの転園である。)更新の際の調査については簡易な方法ですることができる旨保育措置事務の手引に記載されていることは認めるが、その余は否認する。
(三) の(2)及び(3)は争う。
(四) のうち、原告Aが筑波大学付属盲学校教諭の職にあること、Fが昭和四六年から東京教育大学理学部教務補佐員として勤務していたところ、昭和五二年三月三〇日付で解雇されたこと、本件転園処分は被告がCを保育に欠けると認めて行な
つたこと及び昭和五四年二月一五日板橋福祉事務所の職員が原告Aに面接したことは認めるが、Fの争議の実状が本件転園処分後も変りがなかつたとの点、右面接の際原告Aがその実状を説明したとの点及び被告が十分な調査をしなかつたとの点は否認し、その余は不知。
4 請求原因4の主張は争う。
三 被告の主張
1 本件各転園処分の取消しを求める訴え(昭和五三年(行ウ)第一五八号事件)について、本案前の主張
(一) あすなろ園は、〇歳児から三歳児までの児童を保育し、かつ三歳児までの児童しか保育できないので、四歳児に達した児童は卒園し、他の保育所に新たに入所措置しなければならないところ、C(昭和四九年八月一八日生)及びD(昭和四九年一〇月二五日生)はそれぞれ昭和五三年八月一八日及び同年一〇月二五日に満四歳となつたので、そのままあすなろ園に在園したとしても昭和五四年三月三一日限りで同園における保育期間は満了し、他の保育所に措置されることになる。(二) してみると、昭和五四年四月一日以降はC及びDはあすなろ園に戻つて保育を受けることはできないから、本件各転園処分の取消しを求める法律上の利益はなく、かかる処分の取消請求は許されない。
2 本件各転園処分がなされた経緯及びその適法性について
(一) 被告は、請求原因2(一)記載の入所措置決定により、C及びDを昭和五〇年四月一日からあすなろ園に入所させたところ、同園は昭和五三年九月一六日被告に対しC及びDの保育の受託拒否の申出をして来たものであつて、このような事態に至つた経緯は概ね次のとおりである。
(1) 原告Aは、Cのあすなろ園での保育にあたり、Cが蛋白質に対するアレルギー体質のため同園で出される給食のうちアレルギーを引き起こす食品(乳製品、卵、大豆等)を与えないよう求め、仮に与えるとしてもその与える方法について入園当初の昭和五〇年四月から同年一一月ころまで幾度となく、かつ何種類もの食品について指示したので、その都度同園では、Cのために特別にそれらのアレルギーを起こす食品を避けた給食を作り、対応して来た。しかし、原告Aの、アレルギーを起こす食品についての指示の仕方は、Cの湿疹の有無だけを根拠とするものであつて、医師の指導に基づくものではなく、かつ指示する食品の種類があまりにも多かつたので、その度に同園の園長及び保母らと原告Aと間に言い争いが絶えず、また丁度このころ、Dを母乳で育てることを同園に申出て拒否された原告Bが原告Aに同調して、同園と対立した。
(2) このようにCのアレルギー体質に応じた給食をめぐつて同園に感情的な不満を抱いた原告らは、同園の父兄以外の第三者とともに保障させる会を結成し、同園に対する妨害を始めた。すなわち、
(1) 原告らは、昭和五一年一一月二八日及び同年一二月四日同園の経理に不正な点があるとして約四〇名の保障させる会の構成員とともに園長及び保母を長時間にわたつて糾弾し、Cの給食をめぐる問題と不正経理について謝罪の趣旨を含む確認書を無理やり書かせた。
(2) 原告らは、昭和五二年九月ころより、同園の職員会議を傍聴中、発言を求めて騒ぎ出し、保母を追いかけ、脅かすなどしたため、以後職員会議は五か月にわたり混乱し、中止せざるを得なくなつた。
(3) 原告らは、保障させる会の構成員とともに同園の保育室に無断で侵入し、園児を保育している保母に罵声を浴びせ、ビラの受取りを強要し、逃げる保母を追いかけ回し、保育室内を騒然とさせたことがしばしばあつた。(4) 原告らと保障させる会の構成員は、入、卒園式、運動会、遠足等の行事の際、演説やシユプレヒコール等を繰り返し、保母を追いかけ回し、他の園児の保護者と言い争いをし、場内を騒然とさせるなどしたため、
同園はこれらの行事を中止せざるを得なかつた。
(5) 原告らと保障させる会の構成員は、保母が同園舎内にいるときばかりでなく、帰宅途中の保母を待ち伏せ、いやがらせをし、逃げる保母を追いかけ回し、更には保母の自宅にまで押しかけ、同様のいやがらせをした(このような執拗な妨害にたまりかねた保母数名が退職を決意するに至つたため、同園ではその補充を得られる見込みもなかつたところから、昭和五三年四月から入園する園児の募集定員を削減した。)。
(6) 原告らは、昭和五三年二月二五日保障させる会の構成員三名とともに、保育時間中、同園の保育室に侵入しようとし、これを阻止しようとした保母G
に暴行を加え、同人に全治二週間の加療を要する傷害を与え、更に保母Hにも約一週間の加療を要する傷害を与えた。その他、原告らは、同年九月にも同園の保母四、五名にそれぞれ約一週間の加療を要する傷害を与えた。
(7) 原告らの同園や保母に対するいやがらせ、暴力行為等は、昭和五三年六月以降特に激しくなり、同園の内外で度々保障させる会の構成員とともにマイクで演説、シユプレヒコールを繰り返し、近隣住民にも迷惑をかけ、これらの住民ともつかみ合いのけんかをした。なお、原告らは、シユプレヒコールを行なう際、同人の幼児らにも保母を攻撃する言動をとらせた。
(3) 保育園での園児の保育は、保護者の協力、保育園と保護者と1の相互信頼の上に立つてなされなければならないにもかかわらず、原告らは、右に述べたような園や保母への攻撃によつて正常な保育業務を妨害するだけでなく、あすなろ園の登園時間、降園時間を守らないことは度々であつたし、Cがとびひにかかつたときも、同園では他の園児に伝染する恐れがあるため、医師の治癒証明があるまで園内に入るのを拒絶したにもかかわらず、医師の証明を見せずCを園内に無理に入れようとしたりした。
(4) あすなろ園は、当時〇歳児から三歳児まで合計四四名の園児を保育していたが、以上のような原告ら及び保障させる会の構成員の行為により、同園の園児は必要な睡眠がとれず、ミルクを吐いたり、飲まなくなつたりし、情緒が不安定になり、また、園の庭や外に出して遊ばせることもできなかつたり、運動会や遠足等の行事も行なえないため、園児の発育に様々な悪影響があらわれるとともに、近隣住民にも多大の迷惑をかけ、
また、原告ら自身の子の人格形成の上でも悪影響が出て来た。
(5) 以上のような原告らの保育妨害にたまりかねたあすなろ園は、昭和五三年九月一六日被告に対し、C及びDの受託拒否の申出をして来たのである。(二) 被告は、右の経緯から原告らとあすなろ園との間による自主的解決は無理であると判断し、同園の運営を早急に正常化して保育業務が適正に行なわれるようにするため、C及びDが保育に欠ける状態にあるとの認識の下に転園処分を考え、転園先の保育園として、Cに対してあすなろ園で行なつていたアレルギー用の特別給食が実施でき、またC及びDについて特別保育が実施できて、更に原告らの居住地に近い区立保育園としてかないくぼ園を選定した。そして被告は、職権による転園措置をする前に、昭和五三年一〇月二三日付の文書によつて原告らに転園を勧めたが、何らの回答も得られなかつたので、同年一一月四日付で原告らに対し本件各転園処分をした。
(三) 右処分は、あすなろ園との関係でいえば措置解除、かないくぼ園との関係でいえば入所措置を含む処分を渾然一体として措置の変更(転園)という形でしたもので、法第二四条に基づくものであるところ、同条は措置権者の義務として、保護者の申請の有無にかかわらず、保育に欠けると認めた児童に対しては必ず保育所への入所措置その他適切な措置をとらなければならないものとしているのであり(児童福祉法施行規則(昭和二三年厚生省令第一一号、以下規則という。)第一九条第三項)、従つて、措置権者は保護者の承諾がなくても入所措置をとることができ、その保育所について保護者の希望に拘束されるものではないものというべきである。そしてこのことは転園措置にもあてはまるのであつて、いつたん希望の保育所に入所措置されている場合でも、合理的な事由がある場合には転園措置をすることは許されるものというべきである。
本件の場合、被告が調査したところによれば、(1)あすなろ園との紛争が原告らの行為に起因している、(2)原告らの行為により同園の運営、保育業務が阻害されている、(3)原告らの子供を含め園児に憂慮すべき悪影響を与えている、(4)紛争に嫌気がさして同園から転園を希望する保護者及び児童が出て来た、(5)原告らと同園との間に保育に必要な信頼関係が欠如している、等の事実が判明し、これらの事実によれば、あすなろ園の受託拒否は法第四六条の二所定の正当な理由があり、このまま放置すれば同園の運営の正常化、保育業務の適正化を図ることができず、園児に与える悪影響も除去できないと判断したため、本件各転園処分を行なつたものである。
(四) 以上のとおりであつて、本件各転園処分には何ら違法はない。原告らは、その申請又は承諾に基づかないでされた本件各転園処分の違法を主張するが、これが理由のないことは以上述べたところから明らかであるし、裁量権の逸脱又は濫用の主張が理由のないことも明らかである。
3 本件各却下処分及び解除処分がなされた経緯並びにその適法性について
(一) 原告Aは、Cにつき右のとおり本件転園処分を受けたのにCをかないくぼ園に通園させないでいたところ、昭和五四年一月二〇日付で被告に対し請求原因3(一)記載のとおりC及びEにつき保育所入所申請をした。
(二) ところで、毎年四月には学齢に達した児童の小学校入学、既措置児童の年齢の上昇、転居、保育園の新設、定員増等により、年度途中に比して多くの児童について入所措置をとることが可能となるが、被告は毎年四月に入所を希望する者の入所措置を次のような手続で行なつている。すなわち、前年の一〇月に管内各保育園に対して四月時における新規受入れ可能児童数を照会し、これを取りまとめて前年の一二月に区の広報紙によつて各保育園別の募集人員として区民に周知させる。そして翌年一月に、四月時の入所申請を受け付け、二月から三月にかけて当該児童の家庭の状況、特に母親の労働形態、家庭環境、その他の状態等の実態調査を行なつたうえ、当該児童の保育に欠ける事由及び保育に欠ける程度を児童福祉法による保育所への入所の措置基準について(昭和三六年二月二〇日児発第一二九号、厚生省児童局長通達。以下国の入所措置基準という。)及び児童福祉法による保育所への入所の措置基準について(昭和四七年四月一五日付四七民児保発第一四二号、東京都民生局長通知。以下都の入所措置基準という。)によつて判断し、三月に保育所入所措置決定を行なつている。
(三) そこで被告は、原告Aの右申請に基づき審査したのであるが、C及びEにつき、保育に欠けるものとは認められなかつたのであつて、その根拠は次のとおりである。
(1) 原告AがC及びEの保育所入所を希望する理由は、妻Fが筑波大学で争議中であるため子供らの保育ができない場合にあたるというのであつたところ、先ず被告の所部職員は昭和五四年二月一五日板橋福祉事務所において原告Aに面接し、保育所へ入所を希望する理由について尋ねたが、原告Aはその回答を一切拒否した。
(2) ところで、Cについて本件転園処分がなされたのにCはかないくぼ園に通園しなかつたため、被告は、昭和五三年一二月一五日Fが以前勤務していた旧東京教育大学(現筑波大学)に赴き、Fの争議状況について調査したところ、Fは一、二名の仲間とともに月に一、二度程度同校に来て、校門の外で約一、二時間騒ぎ、シユプレヒコールをしていくというのであり、同校ではFとの争議交渉は一切していないとの事実が判明したのであるが、なお念のため、被告は昭和五四年三月二四日再度筑波大学におけるFの解雇撤回争議の状況について調査したところ、Fは同年一月から三月にかけて三、四名の仲間の者とともに、毎週土曜日、同校に行き、校門の外で騒ぎ、シユプレヒコールを行なうだけで、同校と争議交渉を行なつているわけではないことを確認した。
右のようなFの状況を国の入所措置基準及び都の入所措置基準に照らしてみると、そのいずれにも該当しないことが明らかであつた。
(3) 被告は、この間、昭和五三年一二月二〇日、昭和五四年一月二三日及び同年三月八日の三回にわたり、書面をもつて原告Aに対し、Cをかないくぼ園に通園させるよう勧告したが、原告Aからは何らの意思表示もなく、依然としてCを同園に通園させなかつた。
また、原告Aが板橋福祉事務所に来所した際、被告からCをかないくぼ園に通園させるよう申し向けても、原告Aは、希望しないかないくぼ園には通園させないと言明した。
以上のとおり、Fの争議の状況が国及び都の入所措置基準に該当しないこと、原告AがCを四か月余りもかないくぼ園に通園させず、今後も同園に通園させる意思がなく、同園に通園させない合理的理由も存しないこと(前記のとおり、同園ではCに対するアレルギー用の給食が実施可能であるし、特例保育も実施可能であり、原告Aの居住地から十分通園可能な距離にある。)からして、被告はC及びEが保育に欠けるものとは認められないと判断し、本件各却下処分をしたのである。(四) また、以上の事由に加え、かないくぼ園に昭和五四年四月入所を希望するCと同じ四歳児が一五名あり、それに対し同園で受け入れることのできる児童の数は二名しかなかつたので、右のような事情にあるCについて措置を継続することは、他の真に保育を要する児童を放置するという公共の利益に反することとなるので、Cにつぎ本件解除処分をしたのである。
(五) 以上のとおりであるから、本件各却下処分及び解除処分は法第二四条に照らし何ら違法ではない。
また、原告Aは手続上の違法を主張するが、この主張が理由のないことは、次のと
おりである。
(1) 原告Aは、Cについての入所申請が実質上は転園申請であるのに、被告が右申請に対して実態調査を行ない、保育に欠けるか否かを判断したのは違法であると主張する。
しかしながら、被告は、従来から実質的に転園申請にあたる保育所入所申請に対しても新たな入所申請の場合と同一の実態調査を行なつて入所の可否を決定していたのであり、原告Aの右申請に対してした実態調査は通常の手続を履行したにすぎない。
(2) 原告Aは、告知聴問の機会を与えないでした処分は違法であると主張する。
しかしながら、法には措置解除処分をするにあたり告知聴問の機会を与えなければならない旨の規定は存しないから、右主張は理由がない。
(3) また、原告Aは、本件解除処分には理由が付記されていないから違法であると主張する。
しかしながら、法及びその付属施行令、規則には解除処分の通知に理由の記載を要求した定めはないし、本件解除処分の通知書には、その根拠法条として法第二四条が掲げられているから、これによつて、解除処分の理由が保育に欠けていないものと認定したことにあることが理解できた筈である。
四 被告の主張に対する原告らの認否及び反論
1 本案前の主張について
(一) 被告の主張1(一)の事実は認めるが、同(二)の主張は争う。(二) なるほど、本件各転回処分が取消されてもC及びDがあすなろ園に復帰することはできないが、その場合、同園への入所措置が継続し、昭和五四年三月三一日までC及びDは同園に在園していたことになるのであつて、原告らは同園を卒園したC及びDについて希望の保育園の入所措置申請手続をとることができた筈である。ところで、右申請は、形式は新園への入所措置申請であるが、新規の入所措置とは異なり、在園児の入所措置継続の場合と同様であり、この場合の調査の方法は前記のとおりであるから、いつたん入所措置がなされると措置継続は既得権ともいうべきものになつている。従つて原告らは、あすなろ園を卒園したC及びDにつき、既得権として原告らの希望する新園に入所措置申請をすることができ、被告はその新園に入所措置をすべき義務が生じていたことになる。本件各転園処分が取消された場合、原告らは遡及的に右権利を行使し得るのであつて、原告らには右処分の取消しを求める訴えの利益がある。
2 本件各転園処分がなされた経緯及びその適法性の主張について(一) 認否
被告の主張2(一)の冒頭の事実は、あすなろ園が受託拒否の申出をしたとの点は不知、その余は認める。
同2(一)(1)のうち、Cが蛋白質に対するアレルギー体質のため、原告Aがあすなろ園に対してアレルギーを引き起こす食品を与えないよう要求し、仮に与えるとしてもその方法について指示したとの点及び原告BがDを母乳で育てることを同園に申出て拒否されたとの点は認めるが、その余は争う。同園では原告Aの指示によりその都度特別の給食を作り対応したというが、別の献立による給食が実行されたのは昭和五二年一二月一八日以降であり、また、原告Aの指示は医学書を頼りに自らの子供の状態を把握したことに基づくもので、恣意的なものではない。同2(一)(2)の冒頭の事実中、原告らが保障させる会を結成したことは認め、あすなろ園に対する妨害を始めたとの点は否認し、その余は争う。同2(一)(2)の各項のうち、(1)は、原告ら主張の日に確認書が作成されたことは認めるが、長時間糾弾し、無理やり書かせたとの点は否認する。(2) は、職員会議の傍聴中発言を求めたことはあるが、その余は否認する。(3)、(4)の事実は否認する。
(5) の本文の事実は否認する。保母の自宅に押しかけたというが、担任保母に話し合いを求めて、同じ町内の自宅に一度行つたことがあるだけである。(5)の括弧内の事実は、昭和五三年四月からの募集定員を削減したとの点は認め、その余は不知。
(6) のうち、原告らが保育室に侵入しようとし、暴行を加えたとの事実は否認、その余は不知。
(7) のうち、演説やシユプレヒコールをしたとの点は認めるが、その余は否認する。マイクは、本件各転園処分前は園の前では使用していない。
被告の主張2(一)(3)は全部争う。原告らが登降園時間を守らないというが、あすなろ園は、時間について非常にルーズに運営しており、原告らもそれに従つたに過ぎないし、とびひの点についても、これを理由として預り拒否をした日以前、同様の症状において数日受託していたのに、突然拒否したのであり、その後医師の治癒証明を提出したのに、なお受け入れを拒否し続けた。
同2(一)(4)のうち、あすなろ園の受託児童の年齢と児童数は認めるが、園児の状況については不知。その余は争う。
同2(一)(5)のうち、受託拒否の申出の点は不知、その余は争う。同2(二)のうち、被告が原告らに転園勧告をしたうえ本件各転園処分をしたとの点は認めるが、その余は不知。但し、原告らは転園の意思がないことを明白に伝えた。
同2(三)、(四)は争う。
(二) 反論
(1) 被告は、保護者の承諾がなくても保育所への入所措置をすることができ、転園の場合も同様であるから、本件各転園処分は適法であると主張する。しかしながら、法第二四条及び規則第一九条第二項及び第三項によれば、保育所への入所措置は、第一次的には保護者等希望者の申請に基づくものであり、第二次的に申請がない場合にも措置する義務が市町村長にあるということであつて、後者の場合には保護者及び児童の意思に反しない限りで入所措置し得るに過ぎないのである。もし保育所入所について行政庁が法的手続によらず、強制力を行使するとすれば、憲法第三一条に違反する。そして、保育所入所措置は施設を特定して行なわれる処分であり(すなわち、特定の施設と無関係に先ず入所措置がなされ、後に施設が指定されるという性質のものではない。)、保護者及び児童にとつても、どの施設で保育を受けるかは保育所入所請求権の要素をなすものである。また実態としても、保育所入所申請書に希望園を記載することとされ、施設の選択を保護者の意思に委ねているのである。以上のことからすれば、被告の主張する如く保護者の希望しない保育所に入所措置することなどできないのであり、新園との関係で入所措置の性質を有する転園処分が保護者の申請又は承諾なしにできないことは明白である。(2) 被告は、あすなろ園の受託拒否は正当な理由があり、本件各転園処分には合理的理由があると主張する。しかしながら、原告らとあすなろ園との対立の発端は、園側のアレルギー児に対する差別、排除の保育体制にあるのであつて、原告らはアレルギー児に対する給食がなかなか実施されないこと等から同園の経営に不審をもち調べたところ、同園は保母の定員を満たしていず、貸おむつ代等の名目で不正な金員を徴収していることが判明したため、Cの排除を阻止し、保育体制の改善を求めるため保障させる会を結成し、同園と交渉して昭和五一年一二月一八日被告主張2(一)(2)(1)の確認書を取り交わしたのである。しかるに、その後保障させる会が右確認書に基づき同園に対し不正経理是正のための話し合いを求めたのに、同園は拒否し、一方的に確認書による合意を破棄し、恣意的に募集人員を削減し、またも原告らを排除する態度をとり始めたのである。被告は原告らが保育業務を阻害したというが、原告らはC及びDを同園に登園させており、その際原告らが話し合いを求めるのに対し、園側は一切話し合いを拒否し、暴力で排除するという対応をしたのであつて、本件各転園処分以前は、原告らは肉声でシユプレヒコールをしたり演説をしたに過ぎない。原告らは、被告が主張するように同園に無断で侵入しようとしたり、保母に罵声を浴びせるとか、追いかけ回わす等の行為をしたことはない。
このように、原告らとあすなろ園との紛争の原因は、園側の障害児差別、営利的・抑圧的運営体制、園側の暴力行為等にあるのであつて、紛争が原告らの行為によつて引き起こされたかのようにいうのは事実を歪曲したものである。以上のとおり、あすなろ園の受託拒否には何ら正当な理由はなく、転園処分が許される合理的理由はない。
3 本件各却下処分及び解除処分がなされた経緯及びその適法性の主張について(一) 認否
被告の主張3(一)の事実は認める。
同3(二)の事実は不知。
同3(三)のうち、(1)の事実は原告Aが回答を拒否したとの点は否認し、その余は認める。(2)の事実はCがかないくぼ園に通園しなかつたことは認め、被告が調査したとの点は不知、その余は争う。(3)の事実は原告Aが通園の勧告を受けたとの点及びCを通園させなかつたとの点は認めるが、その余は争う。末尾の主
張は争う。
同3(四)の事実のうち、かないくぼ園の入所希望児童数及び同園の受け入れ可能児童数の点は不知、その余は争う。
同3(五)の主張は争う。
(二) 反論
(1) 被告は、原告AがCをかないくぼ園に通園させなかつたことをもつて保育に欠けるものとは認められないと主張する。しかしながら、区立保育園ではこれまで特別給食を実施したことはないのであり、かないくぼ園には栄養士も配置されておらず、Cのため特別の献立表が作成されるのか、それはどこで、誰により、どのような内容で作成されるのか、原告Aが改善してもらいたいときはどのようにすればよいのか、等の点が全く不明であり、このような心配を解消する保障が何もなかつた。このように、給食体制の整つていないかないくぼ園にCを通園させた場合、再びCのアレルギーが悪化するおそれがあり、やむなく原告Aは原告らを支援する人々にCの保育を託していたのであるから、Cを同園に通園させなかつたことをもつて、保育に欠けるか否かの判断をすることはできない。
(2) 被告は、本件解除処分に関し、原告AがCをかないくぼ園に通園させず、通園させる意思もないのに措置を継続することは他の措置を必要とする児童を放置することとなり、公共の利益に反すると主張する。しかしながら、原告AがCをかないくぼ園へ通園させないことは確定的なものではなく、四か月にわたる自主保育と子供の状態から、特別給食体制を再度求め、四月からの通園を考慮していたのである。被告は公共の利益をいう一方で、あすなろ園の昭和五三年度募集人員の恣意的減員を認めているのであつて、Cが保育に欠ける児童であり、入所措置を求めている以上、その利益が守られるべきであり、他の児童の措置はこれに優先する利益ではない。
(3) また、被告は、措置解除につぎ告知聴問の機会を与えなければならないとの規定がないというが、具体的根拠条文がないことは何ら理由にならないのみならず、被告は昭和五〇年一二月Cを措置解除しようとし、同月一一日付で原告Aに対し措置解除予定通知を発し、原告Aの抗議によりこれを撤回したことがあつた。このように被告は、告知聴問の機会を与えることが法においても遵守されるべき手続であることを自ら認めていたのであるから、原告Aにおいても措置解除の場合はこのような通知がなされるものと信ずることも当然である。
五 原告らの反論に対する被告の認否及び再反論
前項1(二)の主張は争う。被告が入所措置申請において保護者に希望保育園を聞くのは、行政上の便宜を図るためであつて、保護者は、希望する保育園に入所措置を請求する既得権を有するものではない。
同2(二)(1)の主張は争う。右のとおり、被告が保護者に希望の保育園を聞くのは行政上の便宜を図るためであつて、保護者の希望に拘束されるわけではなく、保護者の希望しない保育園に入所措置することも可能である。
同2(二)(2)の主張は争う。
同3(二)の(1)、(2)の主張は争う。
同3(二)(3)のうち、被告(但し、当時I)が昭和五〇年一二月Cの入所措置を解除しようとし、同月一一日付でその旨の通知をしたが、原告Aの抗議によりこれを撤回したことは認めるが、その余は争う。
第三 証拠(省略)
○ 理由
一 当事者の地位
請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二 昭和五三年(行ウ)第一五八号事件について
1 請求原因2(一)、(二)の事実及び被告の主張1(一)の事実は当事者間に争いがない。
2 そこで先ず、本件各転園処分の取消しを求める訴えの利益の存否について考えるに、本件各転園処分を取り消すことによつて原告らが得るところの利益は、当初から右処分がなかつたと同一の状態、すなわち、C及びDが昭和五三年一一月一〇日以降もあすなろ園に入所措置されていたとの法律関係を復活させることにあると解されるが、右当事者間に争いのない事実によると、仮にそのような法律関係が復活したとしても、昭和五四年三月三一日の経過により右の法律関係は終了し、C及びDが同園において保育を受けることは不可能となつたことが明らかである。してみると、もはや本件各転園処分を取り消すことは無意味であつて、その取消しを求
める法律上の利益はないものというべきである。
原告らは、C及びDが昭和五四年三月三一日まであすなろ園に在園し、同園を卒園したとすれば、既得権として希望する保育園に入所申請をすることができた筈で、本件各転園処分が取り消されれば、この権利を遡及的に行使し得るから訴えの利益があると主張する。しかしながら、法第二四条に基づき保育所への入所措置がとられた児童につき、その後保育に欠ける事情が解消し、同条の措置要件がなくなつた場合には、もはや保護者が入所措置の継続を求めることができないことは同条の解釈上当然であり、原告らの主張が、措置要件を欠くに至つた後も既得権として措置請求をすることができるというのであれば到底採ることはできない。また、法第二四条の措置権者が行なう入所措置は、保護者の申請の有無にかかわらず行なわなければならないのであつて(同条及び規則第一九条第三項)、右処分の内容をなすところの個々の保育所の指定についても、実際の運用にあたつては保護者の希望を聞き、これを尊重することが望ましいにしても、右希望に拘束されるものではないと解すべく、いつたん入所措置された児童につき保育所を変更する場合も同様に解すべきである。これを本件についてみるに、原告Aについては、昭和五四年三月二七日付で保育所入所基準に該当しないとの理由でCの入所申請が却下されるとともに、同月三〇日付でかないくぼ園への入所措置が同月三一日限り解除されたことは当事者間に争いがなく、これらの処分が違法でないことは後に示すとおりであり、Cは現に入所措置されていないのであるから、原告Aが現に希望する保育園を選択する余地は全くない。また、原告Bについては、成立に争いのない乙第三六号証、第三八号証及び弁論の全趣旨によれば、Dの入所措置はいつたん解除されたが、昭和五五年四月一日から再びかないくぼ園に入所措置がとられ、Dは現に同園に通園していることが認められ、従つて原告BがDを他の保育園に転園させたいのであればその旨の申請をすることが可能であるが、その場合、Dが昭和五四年三月三一日まであすなろ園に在園し、同園を卒園したとされることによつてDに何らかの特権的地位が付与され、措置権者が右申請を容れて転園処分をするか否かの判断に影響を及ぼすことになると解すべき根拠はない。してみると、原告らの主張は理由がなく、他にC及びDが昭和五四年三月三一日まであすなろ園に在園したとされることによる法律上の利益を肯定すべき事情も見出し難い。
よつて、本件各転園処分の取消しを求める訴えは、その利益がないものとして却下を免れない。
三 昭和五四年(行ウ))第四四号事件について
1 請求原因3(一)(但し、本件各転園処分が違法であるとの点を除く)及び(二)の事実は当事者間に争いがない。
2 そこで、本件各却下処分及び解除処分がなされた経緯について検討するに、原告Aは筑波大学付属盲学校教諭として勤務し、また原告Aの妻Fは旧東京教育大学理学部教務補佐員として勤務していたが、昭和五二年三月三〇日付で解雇されたこと、しかしCが保育に欠けるとの認定の下に、被告が本件転園処分をしたこと及び原告Aの昭和五四年一月二〇日付の各保育所入所申請において、入所を希望する理由は、Fが争議中であつて子供らの保育に欠ける状況にあるというのであつたことは当事者間に争いがなく、原本の存在と成立につき争いのない甲第一号証、第四六、四七号証、第七六号証の一、二、成立に争いのない乙第二二号証、第二九、三〇号証、証人Fの証言により真正に成立したものと認められる甲第七四、七五号証、第一四四号証(原本の存在についても肯定できる。)、被告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第三一号証の一、二、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一六号証、証人Fの証言(但し、後記採用しない部分を除く)及び被告本人尋問の結果によれば次の事実が認められる。(一) 厚生省は、法第二四条に基づく保育所への入所措置の円滑かつ適正な実施を図るため、昭和三六年二月二〇日付で児童局長名による各都道府県知事及び各指定都市市長宛通達(児発第一二九号)を発したが、右通達において示された国の入所措置基準の内容は別紙一記載のとおりであり、これを受けて昭和四七年四月一五日付で発せられた東京都民生局長名による各区市町村長宛通知(四七民児保発第一四二号)において示された都の入所措置基準の内容は別紙二記載のとおりである。被告は、保育所入所申請がなされた場合、申請にかかる児童の家庭の状況、特に母親の労働形態、家庭環境等を実地に調査し、右の各基準に則り法第二四条所定の保育に欠ける状況の有無及び程度を審査していた。
(二) ところで、Fは東京教育大学理学部応用数理学科を卒業した後、昭和四六年七月一日同大学理学部の教務補佐員として採用されたが、その任用形態は任期を
一日とし、但し任命権者が別段の措置をしない限り昭和四七年三月三〇日まで任用を日日更新するというのであり、同年四月一日からは翌年の三月三〇日を期限として任用を日日更新し、同月三一日にはいつたん退職して更に四月一日に任用される形態を繰り返し、同学部応用数理学教室の事務職員として勤務を続けていたものであり、Fのこのような勤務が前記各基準に照らしCの保育に欠けるものと認められて、Cにつき入所措置がなされていた。ところがFは、昭和五二年三月三〇日をもつて終る任期の満了を機に同年四月一日からの任用がなされないこととなつたところから、これを不当解雇であるとして、その撤回ないし就労のための闘争を始めた。このようなFの勤務関係の変更は前記国及び都の入所措置基準に掲げられている保育に欠ける事情の類型に変更を来たすものであり、ことに右類型には母親が争議中であることは掲げられていないため、被告(当時I)は入所措置の継続に際し調査した結果、(1)Fは週のうち四日から五日は東京教育大学に行き、残りの二日位はオルグ活動等をし、日曜祭日も子供を連れて活動に出かけている状態である、(2)日中保育に欠けている時間は午前八時三〇分ころから午後五時ころまでである、(3)大学の職場には出勤簿があつて本人が押印しており、また机、椅子などが備えられている、(4)裁判所に訴えるかどうかについては弁護士とも連絡をとつており、場合によつては裁判手続をとることも考えている、等の調査結果を得、これらの事実によればFの争議の状況は都の入所措置基準の7の特例に当たり、指数は最高値一〇に相当するとして、同年一二月二一八日付の東京都民生局長による承認を得て、その以降もCのあすなろ園への入所措置を継続した。(三) 昭和五三年一一月四日付でなされた本件各転園処分は、原告Aがあすなろ園に対し、Cの蛋白質に対するアレルギー体質を理由として同園で出される給食のうちアレルギーを起こす食品(乳製品、卵、大豆等)を与えないよう求め、仮に与えるとしてもその方法につき入園当初から幾度となく、かつ何種類もの食品を指示し(この点は当事者間に争いがない。)、このような要求ないし指示の仕方とこれに対する同園の対応の仕方に端を発し、原告ら及び原告らが組織した保障する会の構成員と同園の園長及び保母らとの対立紛争の状態が深刻となり、ついには昭和五三年九月一六日付で同園園長が被告に対し、原告ら及びその支援者らの行為により保育業務が阻害され園児にも様々な悪影響が生じているとの理由でC及びDの保育受託を拒否する旨の申出をするに至り、これを受けた被告が、保護者と保育従事者との間の信頼関係が失われているとの判断の下に、請求原因2(二)のとおり行なつたものである。右転園処分によつて新たに指定された板橋区立かたいくぼ園は原告Aの住所地から直線距離にして約一・一キロメートル余の位置にあり、これはあすなろ園との直線距離(約五〇〇メートル)に比較すればやや遠いものの、通園することは十分可能な距離であり、また、かないくぼ園においては、被告の指示によりアレルギー体質児童のための特別給食及び原告Aから要望のあつた早朝、夕刻の特例保育についても実施することとしていた。このような一応の受入れ態勢をふまえて、同園は本件転園処分通知がなされた後原告Aに対し、円滑な保育の実施を図るため、できるだけ早く同園に来て話し合いをするよう伝え、そのころFが同園に赴いて主任保母と話し合つたが、原告Aは、同園の受入れ態勢を不満とし、またそもそも本件転園処分が違法であるとして、Cを同園に全く通園させなかつた。
(四) 右のような経過から、被告(元J)はFの保育に欠ける状況の有無を再検討する必要を感じ、昭和五三年一二月一五日自ら筑波大学学校教育部(東京教育大学は昭和五三年三月末日をもつて廃校となり、その跡地は筑波大学学校教育部及び事務局東京分室が使用している。)に赴き、庶務課庶務係長と面談してFの争議の実情について尋ねたところ、(1)Fは月に一、二度大学の門前に来て、一、二時間シユプレヒコール等をして帰る、(2)大学当局はFを構内に入れず、F及びこれを支援する者らとの交渉には応じていない、(3)大学にはFの出勤簿や机は置いていない、との説明を受けた。
(五) 原告Aからの昭和五四年一月二〇日付入所申請に基づき、被告所部の職員(K保護第一係長及びL相談係長)は、同年二月一五日板橋福祉事務所において原告A及びFと面接し(このような面接がなされたことは当事者間に争いがない。)、その保育に欠ける状況、とくにFの争議の実情について質問したが、Fの争議活動なるものの詳細な内容の説明は得られなかつた。そこで、なお念のため、右Lが同年三月筑波大学学校教育部に電話で問い合わせたところ、Fは毎週土曜日に大学の門前に来て一、二時間程度騒いで帰る外は、(四)の被告が調査したところと同じであるとの回答を得た。

(六) その間、被告は、昭和五三年一二月二〇日、同五四年一月二三日及び同年三月八日原告Aに対し書面をもつて、Cをかないくぼ園に通園させるよう勧告し、また原告Aが板橋福祉事務所に来所した際被告から同様の勧告を受けたが、原告AはCを全く同園に通園させなかつた(この項は当事者間に争いがない。)。(七) 以上の事実関係に基づき、被告は、原告Aがいうところの争議の実情は、昭和五二年一二月の調査結果とは大いに異なり、国及び都の入所措置基準のいずれにも該当せず、かないくぼ園に通園しない合理的理由もないから、結局C及びEについては保育に欠ける状況にはないと判断し、本件各却下処分をした。(八) また、昭和五四年四月からかないくぼ園に入所を希望して申請していた四歳児の数は一五名であつて、その指数別の児童数は次のとおりであり、これに対し同園への入所可能数は二名(但し、C及びDの分を除く)であつた。指数 一〇 九 八 七 六 計
人員 七 五 二 一 〇 一五
ところで、Cは都の入所措置基準の番号7の都知事協議による特例として入所措置を継続していた関係上、同年二月二六日付で板橋区長は東京都民生局長宛に、右のような事態の下におけるCの措置継続の可否について照会したところ、同年三月二六日付で、保護者が当該児童を保育所に通所させる等の事実が認められず、当該児童が保育に欠ける状態にないことが確認された場合には職権により解除することも差支えないとの回答を得、そこで被告は本件解除処分をした。以上のとおり認められ、この認定に反する証人Fの証言は採用できず、他に右認定を左右する証拠はない。
3 原告Aは、本件各却下処分及び解除処分の手続的違法を主張するので、先ず判断ずる。
一 原告Aは、Cの入所申請は実質上転園申請であり、そのような入所申請に対する却下処分は許されないと主張する。
そこで考えるに、法第二四条は保育所への入所措置についてあらかじめ入所期間を設定すべきことを要求していないが、成立に争いのない乙第一、二号証の各二、第三八号証、前掲甲第一号証及び被告本人尋問の結果によると、厚生省は児童局長通達(昭和三六年二月二〇日付児発第一二九号)及び児童家庭局長通達(昭和四四年一二月二七日付児発第八〇九号)をもつて、入所措置はあらかじめ六か月の範囲内の期間を定めて行なうものとし、その期限が到来した場合は再調査のうえ、措置理由があると認められるときは、入所措置を更新するなど適切な措置権の行使に努めるよう指導していたところ、被告の運用は、Cの場合も含めて、入所措置には入所の期間を明示せず、ただ事務処理上内部的に六か月の期間を設定し、六か月毎に(通常三月及び九月)措置されている児童の家庭の状況等を調査し、法第二四条の措置要件を満たしている場合には保護者に対し何の通知をすることなくそのまま措置を継続し、またもし右の要件を欠くと認めたときは措置解除をする取扱いであつたことが認められる。このようにいつたん入所措置がなされた後においても、法第二四条の要件を定期的に審査することは、保護者の置かれている家庭的又は社会的状況の変化により、同条にいう保育に欠ける事由の存否及び程度が変化するものであることに照らせば、入所措置の適正かつ公平な運用を期するため当然のことといわなければならない。なるほど、右の各証拠によると、被告は、措置継続の場合は新規の場合と異なり必ずしも実地調査までは行なわず、簡易な方法による調査で済ましていることが認められる(東京都民生局作成の保育措置事務の手引にも簡易な方法ですることができる旨記載されていることは当事者間に争いがない。)が、それだからといつて、法第二四条の要件が消滅しても措置継続されるような運用がなされているとは到底認められない。
Cについてなされた入所申請が実質上は転園申請であることは当事者間に争いがないが、転園申請をすることによつて、右のとおり定期的に行なわれる審査を免れることができるようになるものでないことはいうまでもないところであるし、被告本人尋問の結果によると、被告は、昭和五四年四月からの入所措置又は措置継続をひかえ、一斉に調査をしていた過程の中で、原告Aからの入所申請に基づいて調査し、その結果前記のとおり法第二四条の要件なしとしてCにつき本件却下処分をしたものであることが認められるのであるから、原告Aの主張は理由がない。(二) 原告Aは、本件解除処分は告知聴問の機会を与えないでされたものであるから違法であると主張する。
しかしながら、法及び規則には、入所措置を解除する場合に保護者に対し告知聴問の機会を与えることを要求し、又はこれを予定した規定は何ら置かれていないので
あつて、憲法第三一条の適正手続保障の精神が行政手続に推及されるにしても、これを行なうか否かは行政庁の合理的裁量に属するものというべきところ、前段認定の事実関係、ことに原告Aは被告から再三にわたりかないくぼ園への通園を勧告されたのにCを全く通園させなかつたとの事情に照らすと、被告が本件解除処分につき告知聴問の機会を与えなかつたからといつて、違法とはいえない。なお、被告は昭和五〇年一二月あすなろ園に在園していたCの入所措置を解除しようとし、原告Aに対し措置解除予定通知を発したが、原告Aの抗議によりこれを撤回したことのあつた事実は当事者間に争いがないが、このことが先例となつて、以後被告が措置解除をするときはかかる通知を発しなければならないと解すべき根拠はない。よつて、原告Aの主張は理由がない。
また、原告Aは、Cにつき本件却下処分は実質上は解除処分であるとして、同じ理由による本件却下処分の違法を主張するが、これが理由のないことは右に示したのと同一である。
(三) 原告Aは、本件解除処分は理由付記を欠いた違法があると主張する。なるほど、本件解除処分の通知書である成立に争いのない甲第一〇一号証には

昭和五三年一一月一〇日付で決定した児童福祉法第二四条の規定による措置をつぎのとおり解除します。

とあり、解除の理由は記載されていない(被告は右の記載中に法第二四条が掲げられていることをもつて理由が付されているかのように主張するが、右の文脈上これを理由の記載と見ることはできない。)。しかしながら、法及び規則には措置解除処分に理由を付さなければならない旨の定めはなく、また前記東京都民生局作成にかかる保育措置事務の手引(前掲甲第一号証)には措置解除通知書の書式が掲げられており、これによると入所措置解除の理由を記載する欄が設けられていることが認められるが、成立に争いない乙第二三号証及び被告本人尋問の結果によると、右の甲第一〇一号証は、請求原因1掲記の施行細則第六条、第一二条に基づき被告が定めた様式によるものであることが認められ、このような通知書をもつてされた本件解除処分は違法とはいえない。しかも、一般に行政処分に理由を付すべきであるといわれるところの根拠は、(1)処分庁の判断の慎重・合理性を担保して、その恣意を抑制するとともに、(2)相手方に不服申立ての便宜を与えることにあると解されるが、本件の場合、被告は本件解除処分をする三日前の昭和五四年三月二七日付でCについての入所申請を却下する処分をしたが、成立に争いのない甲第九八号証によると、その通知書にはその理由が保育所入所基準のいずれにも該当しないことにある旨記載されていることが認められるのであり、この通知書と前掲甲第一〇一号証の通知書とを併わせ読めば、本件解除処分の理由が奈辺にあるかは十分に窺い知ることができるので、行政処分に理由を付すべしとする右の必要性を一応満たしているということができる。そうすると、いずれにしても原告Aの主張は理由がない。
4 次に、原告Aは、C及びEは保育に欠ける状況にあるのに本件各却下処分及び解除処分をしたのは法第二四条に違反すると主張するので判断する。(一) 法第二四条は、保育所への入所措置をすべき要件として、(1)保護者の労働又は疾病等の事由により、(2)その監護すべき・・・・・・児童の保育に欠けるところがあると認めるとき、と規定している。そうして右要件のうち、(2)の保育に欠けるとは、現実に保護者がその児童の面倒を見ることができない状態にあることをいうものと解され、また(1)の要件は、児童を監護し健全に育成する第一次的責任を負う者はその保護者であり、保護者がその責任を果たすことができないとき、国及び地方公共団体がその責任を分担するとの法の原則(法第二条参照)に照らせば、例示として掲げられている保護者の労働又は疾病の外、これに類するような社会通念上相当と認められる事由によつて(2)の要件が生じている場合に限定した趣旨であると解される。もつとも、社会通念上相当と認められる事由といつても様々な態様があり、これによつて児童の面倒を見ることができず、公的な助力を必要とする程度にも様々な度合が存するわけであつて、国の入所措置基準は別紙一記載のとおりその態様を(一)ないし(七)に区分し、これを受けた都の入所措置基準は別紙二記載のとおり同居の親族その他の者が児童の保育に当たれない場合の母の状況に着目し、右の態様を更に類別化するとともに、必要性の度合を指数化したものであつて、被告がこれを運用指針として法第二四条の要件の審査を行なつているのは、
入所措置の適正かつ公平な実施を図るうえで十分合理性があるものというべきである。
(二) そこでこれを本件についてみるに、被告が昭和五四年三月ころのFの争議
の実情につきその相手方である筑波大学当局者から調査して得た結果は前記2の(五)記載のとおりであり、これを要するに、Fは週一回位の割合で同大学学校教育部の門前に来て騒ぐ程度であり、同大学当局としてはF及びその支援者らとの交渉には応じていないというのであつたところ、更にFの活動の実態について検討すると、証人Fの証言により真正に成立したものと認められる甲第一一一号証の一ないし九、第一一三号証の一ないし一八、第一四三号証(第一一一号証の一及び第一四三号証については原本の存在についても肯定できる。)、被告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第三七号証の一、二及び証人Fの証言によれば、Fは、昭和五二年四月以降の任用が行なわれないこととなつたのを不服とし東京教育大学理学部応用数理学教室の主任教授らに対し、任命権者にFの採用を上申するよう要求するなどして様々な交渉を重ねたものの、同年六月に至り、同月八日の同大学理学部教授会において同年度の非常勤職員の採用上申をする余地はないとの決議をしたからFについての採用上申はしない旨伝えられ、そのころからは直接の交渉も途絶えてしまつたこと、そこでFは、同年一二月ころまでは週四、五回位支援者らとともに同大学に行つて抗議デモをしたり、座り込みなどをして団体交渉を求める運動を行なつていたが、次第に大学の構内から実力で排除されるようになり、そのころから昭和五三年三月ころの間は大学に赴いてする運動の回数は週二、三回位に減つたこと、更に同年三月末日をもつて同大学が廃校となつてからは、同大学の跡地を引き継いだ筑波大学学校教育部の門前に週一回位行つて、ハンドマイクにより抗議の演説をしたりビラを配付するなどの活動をし、右以外の日にはビラを作成し、他の組合等に出かけて行つて支援を呼びかけ、自己及び支援者らが主催する集会に参加し、これらの活動の準備をし、また他の争議行為を支援するなどの活動を行なつていること、しかしながら、Fが筑波大学当局者と直接交渉する機会は全くなく、またFは同大学における地位の回復等を目的とする訴訟等の法的手段も全くとつていないことが認められる。
従つて、Fの活動の実態は、同大学に直接関わりがある部分に限定していえば、被告の前記調査結果にほぼ合致するのであり、Fが同大学の門前に出向いて行く以外の右認定の活動については、右に掲げた各証拠によつてもそれがFの同大学における地位の回復又は新規任用を実現させるためどのような具体的関連性ないし必要性を有しているのか明確でないし、仮にこれが肯定される活動があるとしても、そのために実際に家を明けなければならない日が週のうち何日あるのか、等の点は明らかでなく、他にこれらの点を確定するに足りる証拠もない。
(三) ところで、昭和五二年一二月以降におけるCの入所措置は、前記のとおりFが争議行為を行なつているとの認定の下に都の入所措置基準の7による特例として継続されて来たのであり、右特例条項(都知事協議)にいう

前各号に掲げるもののほか、明らかに保育に欠けると認められる場合

とは、都の入所措置基準の1ないし6の各場合に比肩し得るような状況にある場合を指すものと解されるが、右に認定したFの争議活動の実態は、初期の段階はさて措き、解雇後二年近くを経過した昭和五四年三月当時においては、すでに社会通念上の争議行為からかなりかけ離れたものになつていたといわざるを得ず、Fの状況は右の基準の1ないし6の各場合に比肩し得る程の事情ではないものというべきである。もつとも、証人Fの証言と同証言により真正に成立したものと認められる甲第一一七号証の一、第一一八、一一九号証によれば、原告A及びFは、子供らの面倒を見ることができない事情がある場合の手当てとして、Cについては昭和五四年一月以降支援者らの協力を得て、自分らに代つてCの面倒を見てくれる支援者らの日程表を作成し、この表に基づいてCの保育を行ない、またEについては昭和五三年五月以降同五四年二月まではいわゆる無認可保育園である共同保育子供の家に、その後は同じくなずな共同保育所に委託していることが認められるのであるが、Fの活動の実態が右に認定したとおりである以上、現実に自ら子供らの面倒を見ず、これを他に委ねる日が多いとしても、それが社会通念上相当な事由によつて生じているとは認められない。
してみると、C及びEについては法第二四条の入所措置要件を欠くものというべきであり、
本件各却下処分及び解除処分が同条に違反するとの原告Aの主張は理由がない。(四) なお、いつたん保育所に入所措置された児童について法第二四条の要件を欠くに至つた場合の措置解除については、児童福祉の理念に照らし弾力的に運用する余地も考えられないではない。しかしながら本件の場合、昭和五三年一一月四日付の本件転園処分によつてCが新たに措置されたかないくぼ園は、前記2の(三)
のとおり原告A方からは通園可能な位置にあり、被告の指示によつて特別給食、特例保育の態勢も一応準備していたのであるから、原告Aとしてはその受入れ態勢に不安があるとしてもCを同園に通園させながら不安の解消に努力していく余地もないとはいえないのに、数か月にわたり全く通園させず、またその意思もないというのであり、その他前記2の(六)及び(八)の事実に照らすならば、措置解除処分もまたやむを得ないところというべきである。
5 以上のとおりであつて、前記2のとおり行なわれた本件各却下処分及び解除処分に違法の点はない。
四 結論
よつて、原告らの本件各訴えのうち、本件各転園処分の取消しを求める訴え(昭和五三年(行ウ)第一五八号事件)は不適法として却下し、その余の原告Aの請求(昭和五四年(行ウ)第四四号事件)はいずれも失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 藤田耕三 原 健三郎 揖斐 潔)
別紙一 国の入所措置基準
児童福祉法第二十四条本文の規定により市町村長(特別区の区域にあつては都知事とする。)が行なう保育所への入所の措置は、その家庭が次のいずれかの事情に該当する場合に限り、行なうものとする。
(居宅外労働)
(一) 児童の母親が田中居宅外で労働することを常態としているため、その児童の保育ができず、かつ、同居の親族その他の者がその児童の保育に当たることができないと認められる場合
(居宅内労働)
(二) 児童の母親が日中居宅内で児童とはなれて日常の家事以外の労働をすることを常態としているため、その児童の保育ができず、かつ、同居の親族その他の者がその児童の保育に当たることができないと認められる場合。ただし、父親がその業に従事しており、かつ、そのための使用人がいる家庭を除く。
(母親のいない家庭)
(三) 母親の死亡、行方不明、拘禁等の理由により母親がいない家庭であつて、かつ、同居の親族その他の者がその児童の保育に当たることができないと認められる場合
(母親の出産等)
(四) 母親が出産の前後であり、又は疾病の状態にあり、若しくは心身に障害のあるため、その児童の保育ができず、かつ、同居の親族その他の者がその児童の保育に当たることができないと認められる場合
(疾病の看護等)
(五) その児童の家庭に長期にわたる疾病又は心身に障害のある者があり、母親が居宅内又は居宅外で常時その看護に従事しているため、その児童の保育ができず、かつ、同居の親族その他の者がその児童の保育に当たることができないと認められる場合
(家庭の災害)
(六) 火災、風水害、地震等の災害によつてその児童の居室を失ない、又は居宅を失なわないが破損した場合において、その復旧のためその児童の保育ができない場合
(特例による場合)
(七) 前各号に掲げるもののほか、それらの場合に照らして明らかにその児童の保育に欠けると市町村長が認めた事例につき、都道府県知事が承認した場合
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