判例検索β > 平成1年(行コ)第3号
損害賠償代位請求控訴事件
事件番号平成1(行コ)3
事件名損害賠償代位請求控訴事件
裁判年月日平成4年5月12日
法廷名高松高等裁判所
判示事項1 県が靖国神社等に対し玉ぐし料等の名目でした公金の支出が,憲法20条3項の禁止する国家機関による宗教的活動に当たらないとされた事例 2 県が靖国神社等に対し玉ぐし料等の名目でした公金の支出が,憲法89条の禁止する宗教上の組織又は団体の維持のための公金の支出に当たらないとされた事例 3 県が靖国神社等に対し玉ぐし料等の名目でした公金の支出が,実定法上の根拠を欠く違法なものでないとされた事例 4 県のした靖国神社及び県遺族会に対する玉ぐし料等の名目での公金の支出は憲法20条3項,89条に違反しない等として,地方自治法242条の2第1項4号前段に基づく損害賠償請求を棄却した事例
裁判要旨1 県が靖国神社等に対し玉ぐし料等の名目でした公金の支出が,その支出行為をした県知事の意図,目的及び宗教的意識の有無,程度,支出の回数及び額,当該行為が一般人に与える効果,影響等の諸般の事情に照らすと,特定の宗教である神社神道への関心を呼び起こし,これに対する援助,助長,促進又は他の宗教に対する圧迫,干渉等になるような,憲法20条3項の禁止する国家機関による宗教的活動には当たらないとされた事例 2 県が靖国神社等に対し玉ぐし料等の名目でした公金の支出が,その支出行為をした県知事の意図,目的及び宗教的意識の有無,程度,支出の回数及び額,当該行為が一般人に与える効果,影響等の諸般の事情に照らすと,特定の宗教である神社神道への関心を呼び起こし,これに対する援助,助長,促進又は他の宗教に対する圧迫,干渉等になるような,憲法89条の禁止する宗教上の組織又は団体の維持のための公金の支出には当たらないとされた事例 3 県が靖国神社等に対し玉ぐし料等の名目でした公金の支出が,遺族援護行政に関する諸法規に従った遺族援護行政としてされたものであり,実定法上の根拠を欠く違法なものでないとされた事例 4 県のした靖国神社及び県遺族会に対する玉ぐし料等の名目での公金の支出は,その目的,効果に照らすと憲法20条3項,89条に違反しない等として,地方自治法242条の2第1項4号前段に基づく損害賠償請求を棄却した事例
裁判日:西暦1992-05-12
情報公開日2017-10-19 23:23:44
裁判所の詳細 / 戻る / PDF版
○ 主文
原判決中、一審原告A、同Bを除く一審原告らの一審被告Cに対する各請求にかかる部分を取り消し、右各請求を棄却する
二 一審原告A、同Bを除く一審原告らの一審被告D、同E、同F、同G、同H、同Iに対する本件各控訴を棄却する。
三 原判決中、一審原告A、同Bに関する部分を取り消し、同一審原告らの各請求にかかる訴えをそれぞれ却下する。
四 訴訟費用は一、二審とも一審原告らの負担とする。
○ 事実
第一 当事者の求めた裁判
一 本案前
1 一審被告C
一 審原告らの一審被告Cに対する請求にかかる訴えを却下する。2 一審被告ら
一 審原告A、同Bの請求にかかる訴えは、これを却下する。
二 本案
1 一審原告ら
(控訴の趣旨)
(一) 原判決中一審被告Cを除く一審被告らに関する部分を取り消す。(二) 愛媛県に対し、
(1) 一審被告Dは五万九〇〇〇円及び内一万八〇〇〇円に対する昭和五八年六月一五日から、一万八〇〇〇円に対する昭和六〇年六月七日から、一万八〇〇〇円に対する昭和六一年六月二〇日から、五〇〇〇円に対する昭和六一年一〇月九日から、各支払済に至るまで年五分の割合による金員、
(2) 同Eは一万円及びこれに対する昭和五七年一〇月一〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員、
(3) 同Fは一万円及びこれに対する昭和五八年四月一〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員、
(4) 同Gは一万円及びこれに対する昭和五九年一〇月一〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員、
(5) 同Hは二万円及び内一万円に対する昭和六〇年四月一一日から、一万円に対する昭和六〇年一〇月一〇日から、各支払済に至るまで年五分の割合による金員、
(6) 同Iは二万円及び内一万円に対する昭和六一年四月一〇日から、一万円に対する昭和六一年一〇月一〇日から、各支払済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
(三) 訴訟費用は一、二審とも一審被告Cを除く一審被告らの負担とする。(四) (二)項につき仮執行宣言
(一審被告Cの控訴に対する答弁趣旨)
(一) 一審被告Cの本件控訴を棄却する。
(二) 控訴費用は同一審被告の負担とする。
2 一審被告C
(一) 原判決中一審被告Cに関する部分を取り消す。
(二) 一審原告らの一審被告Cに対する請求を棄却する。
(三) 一審原告らと一審被告Cとの間に生じた訴訟費用は一、二審とも一審原告らの負担とする。
3 その余の一審被告ら
(一) 本件控訴を棄却する。
(二) 控訴費用は一審原告らの負担とする。
第二 本案前の主張
一 一審被告C
一 審被告Cは、愛媛県知事であったが、本件訴訟で問題としている財務会計上の行為については、その支出権限を地方自治法の関係規定に従い愛媛県東京事務所長(以下東京事務所長という。)に一般的に権限委任をし、愛媛県生活福祉部老人福祉課長(以下老人福祉課長という。)に専決処理をさせることとしており、個々の支出に関して関与しておらず、同法二四二条の二の住民訴訟の被告適格を有しないので、同一審被告に対する請求にかかる訴えは、不適法として却下すべきものである。

二 一審被告ら
本件控訴状を提出するまでに、一審原告Aは愛媛県から宮崎県に転居し、同Bは愛媛県から北海道に転居し、それぞれ愛媛県の住民ではなくなったので、原告適格がなく、その訴えは不適法として却下すべきである。
第三 一審原告らの請求原因
一 1(一) 一審原告らはいずれも愛媛県の住民である。
(二) 一審被告Cは従前から長年愛媛県知事をしていたが、昭和五六年四月から昭和六一年一〇月までの後記玉串料等の支出のときにもその知事に在任していた。(三) 一審被告Dは右(二)の期間東京事務所長であり、同Eは昭和五七年四月一日から昭和五八年三月三一日まで、同Fは同年四月一日から昭和五九年三月三一日まで、同Gは同年四月一日から昭和六〇年三月三一日まで、同Hは同年四月一日から昭和六一年三月三一日まで、同Iは同年四月一日から昭和六二年三月三一日までいずれも老人福祉課長をしていた。
2 一審原告らは本訴提起前に愛媛県の監査委員に対し、地方自治法二四二条の住民監査請求をしたが、監査委員はいずれも理由がないとして棄却した。二 上串料、献灯料、供物料一以下玉串料等という。
一の支出
一 審被告Cは前記愛媛県知事に在任中、別表(一)、(二)記載のとおり、1靖国神社に対し、毎年春、秋の例大祭に玉串料として各五〇〇〇円ずつ九回、毎年夏のみたま祭に献灯料として七〇〇〇円一回、八〇〇〇円ずつ三回支出し、2愛媛県護国神社(以下護国神社という。)に対し、毎年春、秋の慰霊大祭に供物料として一万円ずつ九回支出した(合計二二回にわたり一六万六〇〇〇円)。三 一審被告Cの玉串料等の支出は、憲法二〇条三項、八九条に違反し、無効である。すなわち、
1 (一)憲法二〇条三項は

国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

と定めており、その文言上明らかなように、その行為が宗教的意義を有する限りいかなる程度のものであっても、国及びその機関(以下国家機関という。)の関心事になることは許されず、同条項の違反となる。宗教は、本質的に個人の良心に関する個人的、私的な、自然人の内面的な確信、純粋さに基づくものであって、国家の公的な関心に関わりがない。
(二) 一審被告Cは、愛知県知事の立場で、第二次大戦中と同様に、靖国神社等の祭神に対する畏敬崇拝として、玉串料等を支出したものであり、その点で既に同条項に違反する。すなわち、玉串料は拝殿に参上し神官を通じて祈願をする神道の儀式であり、神社に参拝し賽銭を支出する場合より進んだ儀式に則るものであり、献灯料はみたま祭に当たり灯明代として奉納するものであり、供物料は神への供え物に代えて支出する金員であるが、いずれも、祭神に対する畏敬崇拝のための神道儀式として行われるもので、神道上はその宗教的意義を有する。もしそれが何らの宗教性がないというのであれば、一審被告らがその立証を尽くすべきであるところ、その立証はない。
2 同条項の意味がそうではなく、国家機関が宗教との関わり合いを持つことを全く許さないものではないとしても、同条項の禁止する国家機関による宗教的活動とは、

諸条件(国の社会的、文化的諸条件)に照らし相当とされる限度を超えるものと認められる場合

すなわち、

その目的が宗教的意義を持ち、その効果が特定の宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるような行為

をいうものである(最高裁判所昭和六三年六月一日大法廷判決、同昭和五二年七月一三日大法廷判決)。
同条項の禁止する国家機関による宗教的活動の具体的な行為には、(1)宗教的価値を国家機関が教育、教示すること、(2)異なる宗教間の対立による政治的な紛糾を招くこと、(3)宗教に対する行政的な管理、監督、(4)国家機関と宗教の特別の結び付き(象徴的な結合)などの行為が含まれるばかりでなく、一般国民に対し、国家が特定の宗教を特別視し優遇しているとの印象を与え、その宗教への関心を呼び起こすようなことである。それらの行為は、国家機関がその宗教を信じない国民に対して、国家により是認された宗教を信奉する多数派の共同体から排除されたと感じさせ、国民の信教の自由を侵すことになる。この点では、ことに無宗教である者など少数者に対する配慮が必要となる。
3 右判断基準に従って検討すると、
(一) 玉串料等の支出が神道上の儀式として宗教的意味を有することは前記1(二)のとおりである。

(二) 玉串料等の支出の場所は靖国神社等である。
(三) 玉串料等についての一般人の宗教的評価
靖国神社等に対する玉串料についての一般的な宗教的意識は、現在においても第二大対戦中と全く同一であり、差異がない。このことは、靖国神社等を第二次大戦中と同様の法的地位に復活することが国家護持運動の目的でありその対象となっていたことから考えても、明らかである。
(四) 一審被告Cの玉串料等支出の意図、目的
(1) 靖国神社等の法的地位、法律関係の変遷
第二次大戦中の靖国神社等の法的地位、法律関係について観ると、次のとおりである。
イ 明治憲法では、大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス、天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス、天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬スと定め、天皇が神の子孫として神格を有するとされ、神道教育を述べる教育勅語を教育の基本とし、第二次大戦当時国政思想の核心にあったものが神社神道で、日本民族は神の意思を実現して全世界を指導するものであるから他の国家、他の民族より優れた国家、民族であり、神の意思に基づく神聖な行為として侵略戦争を行うものである旨その思想を統一しそれにより統制した。
ロ 当時は法律により神社につき官幣社、国幣社などの社格毎に分類して国家機関の一部とし、神社は内務省(靖国神社については陸、海軍省との共同所管を経た後に陸、海軍省)の所管、神官を官吏とし、神社を国の支配下に置いたが、靖国神社は日清、日露戦争の戦死者等を祭る東京招魂社が改称され、別格官幣社としてその中心的な地位に置かれ、その後道府県にあった招魂社が護国神社とされ、当時の地方長官は護国神社に対し絶大な指揮監督権限を有し、その祭神は軍人軍属等の戦死者、戦病者(以下戦没者という。)であり、戦争犠牲者である一般市民は入っていない。
ハ 第二次大戦中の靖国神社、護国神社の維持管理費は国家の予算から支出されその経理事務は陸軍省、各都道府県が行っていた。
(2) 終戦後の憲法改正に伴い靖国神社の第二次大戦中の法的地位、法律関係が消滅し、一般の宗教施設と同様の法的地位、法律関係になった。すなわち、戦後の占領政策の下で靖国神社を宗教施設である神社として残すか、戦没者の追悼のメモリアル的施設として残すか問題とされたが、前者とする旨の我が国の方針が当時のGHQで承認され、国政とは何らの関わりのない一個の神社となった。その後幾多の関係法規の改正があったが、靖国神社の宗教思想は依然として第二次大戦中と同様であり、国家護持運動者らもこれを受け、第二次大戦中の法的地位、法律関係の復活を目標としており、同人らの国会に対する請願により、議員提出の形式であったが、その後に靖国神社法案が国会に提出され、審議された。右法案の骨子は靖国神社の法的地位を第二次大戦中と全く同様の国家機関である行政庁の一部とし、神職を掌る者を公務員とし、国家の財政によりそれを維持するなどというものであったが、右法案は、国会で慎重審議の結果多数意見とならずに廃案となった。しかし、国家護持運動者らはそれにも拘わらず、現在もなお、その運動を継続している。
(3) イ 一審被告Cの玉串料等支出の意図、目的は、靖国神社等につき、第二次世界大戦中と全く同一の法的地位、法律関係を復活することにあり、そのため知事に在任した四期一六年間の長期にわたり玉串料等の支出を継続し、国家機関によって靖国神社を普及し、国家財政の援助によりその経営を維持しようとするもので、それはいわゆる国家護持運動による行為と一致するものである。ロ 玉串料等の支出は、一審被告Cのいうような戦没者の慰霊、遺族に対する慰謝を意図し目的とするものではない。
(a) 神社神道では、死は汚れたことであり、それを追悼し慰霊するということはなく、靖国神社等は、国のため戦って名誉の戦死等をした者として、生前の功績を顕彰、称揚し、これを祭神として合祀して畏敬崇拝することにより鎮魂を得られるとしている。
(b) もし慰霊を目的とするのであれば、東京都の千鳥ケ淵墓苑、広島市の平和都市記念碑など全国にある戦争による被災都市のいわゆるメモリアル的な性格の記念碑により慰霊をすれば足り、特定の宗教である靖国神社等による必要はない。(五) 玉串料等支出の程度は、前記二のとおりであるが、一審被告Cは、愛媛県知事に在任した四期一六年間これを同程度に継続しており、本件はその一部にすぎず、一審被告Cの宗教的意識は、第二次大戟中の地方長官と全く同様に、国家神道
をそのまま継続して信仰し、その信念に基づき、その強い意思表示である国家護持運動の一環としてしたものであり、一審被告C個人としてみても、まさに祭神に対する畏敬崇拝の意識であった。
(六) 玉串料等の支出が一般に与える効果、影響についてみると、(1) その際の一般人とは国民の多数者を意味するものではなく、信教の自由の保障が少数の信教者をも保障するところにその意義があり、無宗教者も又同条項により保護されるべき対象者であるが、無宗教者は玉串料を公金から支出したことを国家が特定宗教を援助、助長、促進したものと受け取り、国民の大多数の者から除外されたような精神的苦痛を受けるものであり、従って、無宗教者を主とした宗教的な少数者の意見に従い判断をすべきである。
(2) そうではないとしても、その一般人とは、一定の合理的な客観的判断能力を有する者の意味に理解すべきで、数の上での多数者と理解すべきではない。そのように理解すると、一般人は、前記の第二次大戦中の靖国神社等の法的地位、法律関係とその弊害、新憲法下においてもされている国家護持運動等による積極的な第二次大戦中と同様な法的地位、法律関係への復活運動などを併せ考慮すると、一審被告Cが愛媛県知事として靖国神社等への玉串料等を支出する行為は、やがて全国的に公人の靖国神社等への玉串料等の支出を呼び起こし、国家が神社神道を援助、助長、促進しているものと評価するのが通常である。
(3) そのような神道の援助、助長、促進はやがて第二次大戦のような侵略戦争を起こす虞れがあると、一般人は考えているというべきである。
(4) 玉串料等支出の一回の額は少額で回数も少なかったけれども、一六年間にわたり継続したことにより、その累計額は多額となったばかりでなく、一般人に、国家機関が靖国神社等を第二次大戦中と同様に国教的に援助しているものと思わせ、それを精神的に援助し、神道に対する特別の関心を呼び起こし、又は、その気風を醸成したものであり、一般人に対する影響は大きい。
(七) 更に、一審被告Cが玉串料等を支出した行為は、靖国神社等に対し、特権的な地位を付与した(靖国神社等が国家機関に対し、その特権の付与を求めることは、憲法二〇条一項後段の規定で禁止されている。)結果となっている。(八) 従って、一審被告Cの玉串料等の支出は、憲法二〇条三項に違反し、無効である。
四 憲法八九条違反
一 審被告Cの玉串料等の支出は、前記各諸事情によると、憲法八九条の禁止する宗教上の組織若しくは団体の維持のための公金の支出に当たり、同条違反として無効である。同条違反の判断基準も又前記憲法二〇条三項の判断基準に準じて判断すべきものである。
五 一審被告らの法律違反による責任
一 審被告Cらの玉串料等の支出が憲法に違反しないとしても、その公金を支出すべき実定法上の根拠がなく、違法な公金の支出である。
1 一審被告Cには、故意又は重大な過失がある。すなわち、文部省、引揚援護局の関係通達では、戦没者の慰霊のためであっても、神社の例祭に玉串料等を支出することは政教分離の原則に反する疑義があり避けることが望ましいとされ、昭和三九年ころからはそれを行わないのが行政実例となった。又、昭和五九年ころから愛媛県議会でも、一審被告Cの玉串料等の支出が問題とされ、質疑が繰り返されたが、一審被告Cはそれが適法であるとし、その後も玉串料等の支出を止めなかった。
2 そうではないとしても、一審被告Cには、玉串料等の支出につき、東京事務所長であった一審被告Dに権限委任をし、又歴代の老人福祉課長である前記一審被告Eらに専決処理をさせたことに関する監督義務があるのにそれを怠った過失がある。
六 一審被告Cは、前記のように合計一六万六〇〇〇円を支出して愛媛県に対しその損害を被らせたので、賠償義務を負う。
七 一審被告Dは東京事務所長として、その余の一審被告Eらは老人福祉課長として、その職責上玉串料等の支出につき一審被告Cを補佐すべき者であったから、一審被告Cと共同不法行為者であり、連帯して、その賠償義務を負う。八 よって、愛媛県民である一審原告らは、地方自治法二四二条の二の一項四号に基づき、1一審被告Cに対し別表(一)記載1ないし3、同一(二)記載1、2の各支出金額合計三万七〇〇〇円及びこれに対する最後の支出日である昭和五七年四月一〇日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金、2
一審被告C、同Dは連帯して(一)別表(一)記載4ないし6の支出金額合計一万八〇〇〇円及びこれに対する最後の支出日の翌日である昭和五八年六月一五日から、(二)同(一)記載7ないし9の支出金額合計一万八〇〇〇円及びこれに対する最後の支出日である昭和六〇年六月七日から、(三)同(一)記載10ないし12の支出金額合計一万八〇〇〇円及びこれに対する最後の支出日の翌日である昭和六一年六月二〇日から、(四)同(一)記載13の支出金額五〇〇〇円及びこれに対する支出日の翌日である同年一〇月九日から、それぞれ支払済に至るまで同年五分の割合による各遅延損害金、3 一審被告C、同Eは連帯して別表(二)記載3の支出金額一万円及びこれに対する支出日の翌日である昭和五七年一〇月一〇日から支払済に至るまで同年五分の割合による遅延損害金、4 一審被告C、同Fは連帯して同(二)記載4の支出金額一万円及びこれに対する支出日の翌日である昭和五八年四月一〇日から支払済に至るまで同年五分の割合による遅延損害金、5 一審被告C、同Gは連帝して同(二)記載5の支出金額一万円及びこれに対する支出日の翌日である昭和五九年一〇月一〇日から支払済に至るまで同年五分の割合による遅延損害金、6 一審被告C、同Hは連帯して同(二)記載6、7の支出金額合計二万円及び内一万円に対する支出日の翌日である昭和六〇年四月一一日から、内一万円に対する支出日の翌日である同年一〇月一〇日から、それぞれ支払済に至るまで同年五分の割合による各遅延損害金、7 一審被告C、同Iは連帯して同(二)記載8、9の支出金額合計二万円及び内一万円に対する支出日の翌日である昭和六一年四月一〇日から、内一万円に対する支出日の翌日である同年一〇月一〇日から、それぞれ支払済に至るまで同年五分の割合による各遅延損害金、の支払を求める。
第四 一審被告らの答弁
一 1(一) 一審原告らの請求原因1(一)の事実(住民)は、一審原告A、同Bについて否認し、その余の一審原告らについて認める。
(二) 同(二)の事実(一審被告Cの知事在任)は認める。
(三) 同(三)の事実(その余の一審被告らの職務、地位)は認める。2 同2の事実(監査請求)は認める。
二 同二の事実(玉串料等支出)は認める。但し、2の護国神社に対する支出は直接的ではなく、一審被告Cが県遺族会に交付し、県遺族会を通じてその名義により、間接的に支出したものである。
三 一審被告Cの玉串料等の支出は、憲法二〇条三項、八九条違反に当たらない。その事情は次のとおりである。
1 憲法二〇条三項が禁止した国家機関による宗教活動とは、宗教と関わり合いを持つ全ての行為を指すものではなく、当該行為の目的が宗教的意義を持ち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるような行為をいい、ある行為が宗教的活動に該当するかどうかを検討するに当たっては、当該行為の行われた場所、当該行為に対する一般人の宗教的評価、当該行為者が当該行為を行うについての意図、目的及び宗教的意識の有無、程度、当該行為の一般人に与える効果、影響等諸般の事情を考慮し、社会通念に従って、客観的に判断しなければならない(最高裁判所昭和六三年六月一日大法廷判決、同昭和五二年七月一三日大法廷判決参照)。
2 憲法八九条の宗教上の組織若しくは団体の維持のため公金の支出を禁止した趣旨も又これと同様の判断基準によるべきものである。
3 一般国民の宗教意識は必ずしも高いものではなく、神社に対する玉串料等の支出は宗教的な意義を有するとしても、それに対する一般人の宗教的評価は、宗教的意識が稀薄であって、他の宗教における賽銭、寄進と同程度の社会的儀礼ないし習俗化したものである。
4 一審被告Cが玉串料等を支出した意図、目的、程度及び宗教的意識の有無、程度
(一) 靖国神社等の法的地位、法律関係の変遷について観ると、(1) 第二次大戦中の法的地位、法律関係は、次のとおりである。国家神道の形成、変遷を観ると、その起源は平安時代に遡るが、明治憲法では大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス、天皇ハ国ノ元首二シテ統治権ヲ総覧ス、天皇ハ神聖ニシテ侵スベカラズと規定し、絶対君主制、軍国主義の政治体制と併せ、これを強化するための精神的基盤として、我が国固有の神社神道を国家権力の統制下に国教的地位に置き、その主宰者を現人神である天皇であるとした。

(2) 明治政府は祭政一致を布告し、天皇崇拝と神社信仰を主軸とする神道的政治思想の基本を示し、これにより国民を教育し、神社又はその祭神を崇敬することが国民の義務であるとした。そのため、主要な神社を国家が維持経営する官幣社とし、明治三九年に官幣社の一切の費用を国庫負担とし、各県も神餞幣帛料を負担し、その社格を定め、神官を官公吏とし神社神道に専念させることによって、他の宗教と異なる特権的な地位を築き上げ、これにより神社は国及び各県と、政治的にも財政的にも完全に結びつくに至った。
(3) 靖国神社は明治二年明治維新前からの戦死者を祭神として設立され、明治一二年別格官幣社とされて国家神道に組み入れられ、明治二〇年靖国神社の神官の任免権は内務省の所管とし、後に陸、海軍省に移管され、昭和一四年地方招魂社が内務省管轄下の護国神社に改編され、府県社に準ずる指定護国神社と村社に準ずる指定外護国神社の制度が設けられ、靖国神社の祭神を各護国神社の祭神とする旨行政組織法その他の法律上の地位、法律関係が確立され、第二次大戦中の戦没者もその祭神として合祀されるに至った。これらのことは歴史上顕著な事実である。(4) しかし、第二次大戦終了後昭和二二年五月三日から施行された現行の日本国憲法により、国民主権が宣言されて従前の天皇の地位が変わり、現人神という思想はなくなり、国民の信教の自由が保障されるに至り、第二次大戦中の前期明治憲法に基づく行政組織法上の法的地位、法律関係は完全に廃止されて消滅し、その後長年にわたる政治、経済、社会の幾多の変革に伴い、個々の国民の宗教意識も著しく変革し、現在では第二次大戦中の靖国神社等による国家神道の思想は跡形もなく消え去った。このことも又疑いのない公知の事実である。
(二) 日本遺族会は当時全国の戦没者約二六六万人(その内愛媛県の戦没者は約四万七〇〇〇人)の遺族で組織され、一審被告Cが県遺族会の会長を兼任しており、戦没者の慰霊、遺族の援護、福祉増進等を目的とする活動をしていたが、一審被告Cの知事選挙の際の重要な支持団体の一つであり、その団体等の要請に答える遺族援護行政の一つとして、戦没者慰霊のために、玉串料等を支出したものである。この政治活動のための公金支出については、後記のように、当時の法規、自治省の通達上も認められ、違憲ではないとされていた。
(三) (1) 靖国神社等は現在戦没者の慰霊すなわち故人の生前を偲び、鎮魂を祈る施設として機能しており、遺族等はもとより、一般国民も又同様に認識しているものである。例えば、我が国を訪れた外国の軍隊で靖国神社に表敬参拝したものに、昭和三八年にフランス海軍練習艦長以下乗組員一八〇名、昭和四〇年代半ばころまでの間に、アメリカを初めイタリア、西ドイツ、アルゼンチン、ペルー、チリ、ブラジル等の軍隊があり、昭和三六年にアルゼンチン大統領が公式参拝し、その他駐日大使、駐日武官なども、しばしば表敬、儀礼の目的で、靖国神社を参拝している。従って、靖国神社は、慰霊施設となっており、国家機関が個人の仏式による葬式の際に香典等の名目で金員を支出することにつき一般に何ら問題とされないのと同様に、国家機関が慰霊施設に対し慰霊の目的で一般の社会的な儀礼の限度で金銭を支出しても、そのこと自体は、なんら憲法に反するものではない。(2) 従って又、一審被告Cの行為は、一審原告らのいう、愛媛県知事という地位で第二次大戦中と同一性質すなわち靖国神社等の祭神に対する畏敬崇拝の行為として玉串料等を奉納し支出したもの、には当たらない。
(四) その玉串料等の支出の回数、金額は一審原告ら主張のとおりであって、一般に社会的儀礼、社会的な習俗の稈度を超えるものではない。
(五) 国家機関が靖国神社等との間に、右玉串料等の支出によって、前期第二次大戦中のように密接な政治的、経済的な関係を形成して、国家機関による宗教的活動をするという目的がないことはもとより、神道に深く傾倒していたものではなく、従って、玉串料を支出したことについての一審被告Cの宗教的意識は一般人と同程度である。
5 玉串料等支出の一般人に与える効果、影響を考察するのに、我が国においては、一般に、地域社会の一員としては神道を個人としては仏教を信仰し、冠婚葬祭の際においても自己の信仰と異なる宗教で行われることを気にかけず使い分けて何ら矛盾を感ずることがないというような宗教的な雑居性があり、無宗教の者もおり、神道に対する国民の関心が必ずしも高いとはいえず、神道は、一般に祭礼、儀式による宗教活動に専念し、殆どその布教、伝道活動を行わない。これらの点から観ると、一審被告Cの玉串料等の支出が一般国民の靖国神社等による神道に対する関心を特に高める影響を及ぼしたものとはいえない。
6 従って、憲法二〇条三項の禁止する国家機関の宗教的活動に当たるものではな
く、憲法八九条の宗教上の組織等の維持等のために支出したものでもない。7 以上のとおりであるから、一審被告Cのした玉串料等の支出は、憲法二〇条三項、八九条に違反するものではない。
四 遺族援護行政の適法性について
1 第二次大戦終了後の遺族援護に関する諸法規、殊に戦傷病者戦没者遺族等援護法等による遺族援護業務が厚生省の所管とされ、靖国神社等に対し慰霊のため公金を支出することが適法であり、一審被告Cの玉串料等の支出につき遺族援護行政の一環として行ったことに、何らの故意、過失もない。すなわち、
(一) 第二次大戦後軍人、軍属等の恩給、遺族扶助料の支払が停止、制限され、前記のように国家と靖国神社等との密接な法律関係が消滅したのに伴い、暫く戦没者慰霊等の場所を失い、公務員の慰霊祭等への出席等が禁止されたため、地方自治体ではその慰霊等の行政を実施できなかった。しかし、昭和二五年朝鮮戦争が始まり平和条約も締結されて連合軍の占領政策も変化し、戦没者の葬祭などについての文部次官・引揚援護庁次長昭和二六年九月一〇日通達(乙第八二号証)により緩和され、知事等の公務員が民間団体の行う慰霊祭に参列して、敬弔の意を表し、弔辞を読み、香華料を支出し、花輪を供えることなどが認められ、右の民間団体が行う慰霊祭の中に、宗教団体が主催する場合を含み、敬弔の表示として送るものの中に玉串料等を含むとされた(同年同月二八日文部大臣官房宗務課長代理通牒、乙第八三号証)が、特定の宗教に公の支援を与えて政教分離の方針に反する結果とならない限りにおいてとの留保が付され、慰霊祭を行う場合でも、

恒例祭に出席することは、特定の宗教団体それ自体が行う布教儀式に公的要素を導入して、政教分離の原則に反するような疑義を起こさせるおそれがあるから、なるべく避けることが望ましい。

(同年一一月七日文部大臣官房宗務課長通牒、乙第一一四号証)とされた。
(二) 一審被告Cは、その動機は前記の個人的政治目的であるが、その行為は右法規、通達に基づき、それに示された範囲で、遺族援護行政の一環である慰霊の目的で玉串科等を支出したものであり、適法である。
2 一審被告Cには、玉串料等の支出に関し、その余の一審被告らの監督を怠ったことはなく、その点で一審原告ら主張のような監督責任を負うものではない。五 一審被告Dが東京事務所長、Eらその余の一審被告らはいずれも老人福祉課長の職にあり、一審被告Cの玉串料等の支出を補佐し、法律に基づき正当にその職務を執行したもので、何らの違法もなく、愛媛県に対し損害を与えたことはなく、従って、その賠償義務もない。
第五 証拠関係(省略)
○ 理由
第一 本案前の主張について
一 一審被告Cの被告適格について考えると、被告適格は、その性質上、本案請求の当否を判断するための前提問題であるから、原告の主張する事実に基づいて判断することになる。本訴は、一審原告らが、地方自治法二四二条の二の一項四号により、愛媛県に代位して、愛媛県が一審被告Cに対して有する損害賠償請求をするものであり、その一審原告らの主張する請求原因では、一審被告Cが職務の執行に当たり故意又は重大な過失があること、そうではないとしても、部下であるその余の一審被告らの監督義務を怠った過失があることを主張しているのであるから、少なくても、後者の点ではその被告適格性を有するものである。更に、当該普通地方公共団体の長は、規則等の事務処理上の明確な定めにより、その権限に属する一定の範囲の財務会計上の行為をあらかじめ特定の補助職員に委任、専決処理させることとしている場合であっても、地方自治法上、右財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するものとされている以上、右財務会計上の行為の適否が問題とされている当該代位請求住民訴訟において、同条項号にいう当該職員に該当するものと解すべきであるから、前者の点でも、同様である。この点の一審被告Cの主張は理由がない。
二 住民訴訟は、原告が本訴で追及する財務会計上の行為をした地方自治体に居住していることが、地方自治法の前記条項の定めた原告適格の要件である。本件控訴状に添付された委任状によると、本件控訴提起時には既に当事者の住所欄記載のとおり一審原告Aは愛媛県から宮崎県に、同Bは愛媛県から北海道に、それぞれ転居して愛媛県の住民ではなくなったことが認められる。従って、一審原告A、同Bは本件訴訟の原告適格を失ったものであるから、同人らの請求にかかる訴えは不適法として却下を免れない。以下一審原告らというときは、右一審原告A、同Bを含ま
ない。
第二 憲法二〇条三項違反、八九条違反について
一 一審被告Cが愛媛県知事として靖国神社等に対し玉串料等として支出した行為につき、我が国が第二次大戦中に採った靖国神社等に対する措置に対比して観ると、それと同様の行為ないしその虞れのある国家機関による宗教的活動に当たり、憲法二〇条三項に違反する旨の一審原告ら主張について検討する。二 憲法二〇条三項の政教分離の規定は、所謂制度的保障の規定であって、私人に対して信教の自由そのものを直接保障するものではなく、国家機関が行うことのできない行為の範囲を定めて国家と宗教との分離を制度として保障することにより、間接的に信教の自由を確保しようとするものである(最高裁判所昭和六三年六月一日大法廷判決及び同昭和五二年七月一三日大法廷判決参照)。
1 信教の自由は、もともと、自然人が生まれながらにして有している侵されることのない天賦の人権であり、人類普遍の原理である。その信教の自由を享受する主体は個々の国民であり、自然人である。憲法二〇条一項は、このような自然人の有する信教の自由を国家機関による侵害から保障するもので、国家機関自体は、同条による保障の対象ではなく、国家機関自体が信教の自由を有することを規定したものではないし、国民に対しそれを遵守すべき側の立場にあり、自然人としての心の在り方の処理に関することのない国家機関が自然人と同様に信教の一つである神道の祭神を畏敬崇拝するということは、現行憲法の解釈としてはあり得ない法概念である。従って、本件において、一審被告Cが愛媛県を代表し、すなわち愛媛県自体が後記認定の第二次大戦中に国家機関がした行為と同様に、靖国神社、護国神社に対し、その祭神を畏敬崇拝する目的で玉串料等を支出したという一審原告らの主張は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がない。
2 国民が自然人として行う信教自体ばかりでなく、自然人の行う宗教行為に関してその場所を提供し各信教の内容を教え導くなどの宗教的活動を行う宗教法人等に関し、国家機関である立法、司法、行政の各機関が信教に関する事項を取り扱うことは国民の政府である以上当然の事理である。従って、国家機関の行為として全く信教に関する事項の処理を禁止するかの如き所論は、憲法二〇条が無宗教の者の信教の自由のみを保障し、信教の自由に関する人権の保障を無視する結果を招く議論であって理由がなく、他方、その関わり合いの目的、方法、程度等に関しては憲法二〇条三項による制限がある。
三 同条三項の国家機関による宗教的活動は、宗教と関わり合いを持つ全ての行為を指すものではなく、当該行為の目的が宗教的意義を持ち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるような行為をいい、ある行為が宗教的活動に該当するかどうかを検討するに当たっては、当該行為の行われる場所、当該行為に対する一般人の宗教的評価、当該行為者が当該行為を行うについての意図、目的及び宗教的意識の有無、程度、当該行為の一般人に与える効果、影響等、諸般の事情を考慮し、社会通念に従って、客観的に判断しなければならない(前記各最高裁判所判決参照)。
四 各成立に争いのない甲第一ないし第四号証、第五号証の一ないし四、第八号証の一七ないし二二、三五、四一、四六、第一一、第五五、第五八、第六六(但し、一部認定に反する部分を除く。)、第七三、第七七ないし第八〇号証、乙第一ないし第四五、第五三、第六〇、第六七号証、第九七、第九八号証の各一ないし三、第九九号証、第一〇一号証の一、二、第一〇二号証、各原本の存在と成立に争いがない甲第七一 (但し、一部認定に反する部分を除く。)、第七二、第八五ないし第九五号証、弁論の全趣旨により成立が認められる甲第三三ないし第三五号証、乙第一二五号証の二、原審証人J、同K、当審証人L(但し、一部認定に反する部分を除く。)の各証言、原審における一審被告D、同E、当審における一審被告C各本人尋問の結果、弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。1 (一)(1)神道の定義によると、玉串料は、その金員を神社に奉納する申込みをし、神社でそれを受け付け、申込者が拝殿に参上し、儀式に従い神社で用意した玉串を捧げ、神官が一定の儀式の後申込者に代わってその願い事を神に奏上するものである。これに対し、賽銭は参拝者が自由に神社の拝殿の外に立って賽銭箱に賽銭を入れ、願い事を自ら行うものであり、玉串料奉納はその賽銭による方式より、より進んだ正式の神道の儀式の一部であると取り扱われている。(2) 靖国神社に対する献灯料は、神社に対しみたま祭に使用する提灯、鑞燭を奉納する代わりに金員を奉納する神道の儀式の一部である。
(3) 護国神社に対する供物料は、祭神に対する供え物に代えて金員を奉納する
ものであり、神道の儀式の一部である。
(二) しかし、実際には、玉串料等を届けるだけでその後は神官に任せ(一審被告Dは例大祭、みたま祭の当日ではなく事前に神社に持参し届けたことが多かった。原審における一審被告D本人尋問の結果)、又は、全国から郵送される場合が多く、拝殿に参上する者は少ない。
(三) その程度は後記のように一般に少額である。
2 一審被告Cは、(1)靖国神社に対し、毎年春、秋の彼岸の内同神社の定める日に行われる例大祭の際に玉串料を、夏のいわゆる盆の内同神社の定める日に行われるみたま祭の際に献灯料を、毎年同神社からの案内により、あらかじめ委任していた東京事務所長の一審被告Dに愛媛県知事Cと記載した封筒に金員を入れて同神社に持参させ、それを玉串料、献灯料として奉納するものである旨明示して、宮司に交付して奉納し、(2)護国神社に対しては、県遺族会の要請により、毎年春、秋の彼岸の内神社の定める日に行われる慰霊大祭の際に、愛媛県知事である一審被告Cが(但し、実際にはその時点の老人福祉課長である一審被告Eらの専決処理による。)県遺族会会長である一審被告Cに対し、その金員を支出した後、県遺族会の希望でその名義は愛媛県知事Cの供物料として奉納した。
3 玉串料等支出自体についての一般人の宗教的評価(それによる教育をしたものではないから、主として財政上の支出の点について検討する。)は、愛媛県知事であった一審被告Cが奉納したからといって、神社が宗教儀式等について特別の取扱をしたものではなく(原審証人Jの証言)、その申込方法も一般と同一であるところから、愛媛県知事による支出も特別に靖国神社等と密接な関係を持つものとは認識していない。また、靖国神社等に賽銭による参拝ではなくそれより少し改まった形式である玉串料等を奉納しようとする一般人の意識は、特に神道の奥義を究めこれに従う者としてではなく、それらに合祀されている遺族、知人等の慰霊のほか個人的な願い事の成就が目的であって、それは神道の教義に則り靖国神社等の祭神に対する畏敬崇拝の意思を表明することとは程遠い俗事であり、多くの場合神社側が玉串料等を定めた目的、宗教行事としての本来の意味と完全に一致するものとはいえないが、靖国神社等でもその目的に沿うかどうかの個別的審査はしないし、それに沿わないからといってそのための金員を受け付けないわけではない。4 一審被告Cの玉串料等支出の意図、目的及び宗教的意識の有無、程度(一) 靖国神社等の法的地位の変遷等について観ると、
(1) 明治憲法が天皇ハ神聖ニシテ侵スベカラズと定め、天皇が現人神とされて以来、国が国民一般に対し国家神道思想の教育を行い、それが国家を支え統治する思想として支配的となり、殊に第二次大戦中の靖国神社(護国神社の取扱はこれに準ずる。以下同じ。又、本件では終戦後の靖国神社等の法的地位、法律関係の変遷との比較考慮上、第二次大戟中の状況を主として考察する。)の法的地位、法律関係が、当時の各法律の定めに従い、国家行政組織法上は内務省及び陸、海軍省、後に陸、海軍省に所属する行政機関で、その衝に当たる神官がいずれも官吏(高等官)で、その任免権は右所管行政庁が掌握し、国家予算を配付してその財政を維持し、各県も護国神社の神餞幣帛料等を支出し、これらを国家神道実践の核心的な地位に置き、第二次大戦中の戦没者を祭神として合祀し、国民に対しそれを畏敬崇拝するよう教育し、国家機関自体も自然人と同様に、その祭神を畏敬崇拝した(殊に甲第七七号証)。従って、その時代には、まさに国家機関が宗教活動を行っていたものであった。
(2) しかし、終戦後根本的な大改正をした現行憲法では、天皇の地位が日本国の象徴、日本国民統合の象徴となり、国民に主権があることを宣言し、侵略戦争を永久に放棄し、国民の基本的人権を保障するなど革命的な変革を遂げた。靖国神社等に関してもその根拠法令が全て廃止され、前記のような法的地位、法津関係がすべて消滅した。しかし、第二次大戦中の戦没者等の祭神はもとより引き続き祭られているほか、現在では、靖国神社等の決定により、公務による死亡者又はこれに準ずる者(その中には第二次大戦中に疎開した学童とか、広島市で原爆により死亡した学徒動員による者なども一部含まれている。
)も合祀されるようになった(甲第七二号証、原審における一審被告E本人尋問の結果)が、その宗教行事としては、靖国神社等自体が主催して行っており、それには国家機関は関与していない。
(3) しかし又、戦後においても、昭和四二年ころから国家護持運動者らの団体が中心となり、何度となく国会に対し、靖国神社等を第二次大戦中の法的地位、法律関係に復活することの立法を請願した結果、昭和四四年六月三〇日基本的に右要
望を相当取り入れた靖国神社法案(議員提出案)が国会に提出され審議されたが、同年八月五日の会期終了とともに成立せず廃案となり、その後さらに二度にわたり、各一部修正の上、国会に法律案が提出され審議されたが、昭和四六年五月までにいずれも廃案となり、国権の最高機関である国会の意思決定が右のとおりであって、現在ではそれが国民の大多数の意思であるとして確定されている。(4) 従って、たとえ国家機関の一部の者がその意図又は目的で玉串料等を支出した場合でも、法的に不可能な意図、目的となるから、その点では、その目的による行為が憲法二〇条三項の禁止する国家機関による宗教的活動であると評価される法的な根拠は存在しないといえる。
(5) 更に、一般に、玉串料の性質が神官を通じて神に奏上する方法であり、神殿の前で参拝し自由に行う賽銭に比較すると、それが宗教儀式の一部で、寄進ないし寄付の方法から観ると、より深い神道上の儀式であることは、何ら国政と靖国神社との結び付きを象徴するものでもない。
(二) (1) 一審被告Cの支出の意図、目的は、同人が個人的に県遺族会の会長で、その団体が同人を知事に選出した有力な政治的な支持団体の一つであって、その団体から靖国神社等に合祀されている第二次大戦中の戦没者の慰霊(靖国神社の春、秋の例大祭、夏のみたま祭、護国神社の春、秋の慰霊大祭はいずれも慰霊を主目的とする。)として玉串料等(その名目は玉串料のほか、献灯料、供物料)を支出して欲しい旨の要請に答え、遺族援護行政(それは後記のように国の委任事務及び固有事務としての福祉行政の両面を有し、いずれの意味でも、国及びその機関の行為に当たる。)を利用して、その趣旨の政治活動として行ったものである。一審被告Cの長年にわたり愛媛県知事として行った数々の政治活動、県民のためにした行政実績等をも合わせ考慮すると、一審被告Cが第二次大戦中と同様の法律関係、法的地位の靖国神社等の復活を意図ないし目的として行ったものとはいえない。
(2) 更に、一歩譲って、一審被告Cが内心の意思においてそれを意図したとしても、広く一般国民に対しその意図で玉串料等の支出を勧めるなどの自らによる宣伝活動のなかった本件においては、一般に一審被告Cが靖国神社等の例大祭等でその玉串料等を支出したことの内心の意思を知る機会に乏しく、実際にその気風を呼び起こしたものでもなく、事実上の影響力は微小である。
(3) 第二次大戦中の戦没者は約二六六万人に及ぶ(一審被告ら主張)とされているが、その慰霊の方法は個人的にはその靖国神社等に合祀されたまま更に他の宗教による慰霊、追悼、その他の方法によっている者もあるが、その大部分は依然として靖国神社等に頼らざるを得ない(原審証人J、Kの各証言)のが現状と観られる。その慰霊(その説明方法が、死者は神となるから招魂の儀式を経て祭神として合祀しこれを畏敬崇拝するといっても、それは神道上の定義にすぎず、宗教全般を通じて観た場合、それは概念上の差異にすぎず、死者の鎮魂を主な目的とする点で、慰霊、鎮魂、その他の名目で死者の平安等を願う宗教行事と変わりがなく、一般人が神道上の慰霊とその他の宗教による追悼、鎮魂等との区別を意識しているものとは考え難い。甲第七二号証)について、国家護持運動者らが軍人の生前の功績を顕彰するといっても精神的にそれを支える社会的な要請がないから、一般人がそれを受容するものとはいえず、物質的にも何らの報いのない言語だけのものでその実体がない。かえって、靖国神社等の例大祭、みたま祭、護国神社の慰霊大祭の際の慰霊に対する一般人(但し、無宗教者を除く。)の意識は、そのような第二次大戦中の靖国神社等の法的地位、法律関係への復活を願うものではなく、戦没者の家族、知人等を含む大多数の者の慰霊の真の目的が、その折に、戦没者が家族、知人等の社会の一員であった生前を偲び追悼することと、再び多数の戦没者を出すような侵略戦争の過ちを犯さないという誓いにより戦没者の鎮魂を祈ることに主眼があることを是認し、それを見守るけれどもこれに積極的には参加しないだけのことである。国家機関である一審被告愛媛県知事Cは、そのような個々の国民の宗教活動に際して、これを前記の遺族援護行政上の目的から支出したものにすぎない(玉串料等支出に関する現在における行政行為の適法性の有無については暫く置く。)。(4) 東京都の千鳥ケ淵戦没者墓苑、広島市の平和都市記念碑などの全国の被災都市にある同種施設による戦争記念日の行事なども、それが軍人ではなく一般市民の戦争犠牲者を主な対象とする点で靖国神社等と差異があるが、靖国神社等における第二次大戦中の軍人等の慰霊、追悼と同様に、戦争犠牲者の慰霊、追悼を一つの目的としている点では同一であり、それらの行事は既成の特定宗教には属さないけれども一つの新たな宗教集団(無宗教者はこのような慰霊、追悼の思想を排斥する
からそれらの者によるものではない。)による宗教行事であることは否定できず、それらについて公費の支出、花輪等の献上等がされている(愛媛県はかって右千鳥ケ淵墓苑による行事にも公金を支出し又は花輪を供えた。乙第一号証、原審における一審被告D本人尋問の結果)。
(5) 一審被告Cの玉串料等の支出は、他の宗教である仏教(原審における一審原告M本人尋問の結果)、キリスト教(同N本人尋問の結果)を圧迫、干渉等するものであるとの考えは、いずれも、各宗教による死者に対する宗教上の取扱の差異、すなわち、それを慰霊ではなく追悼(仏教)と考えるとか、神キリストの子として天に召されたと考えるなどという宗教自体の教義に関する問題を根拠とするものであって、そのこと自体は司法審査の対象となるものではなく、そのような考察方法は、前記説示のようなそれが国家機関として禁止される宗教的活動かどうかという法的視点に欠ける考察であり、相当ではない。
(三) 一審被告Cのした玉串料等支出の程度は、(1)靖国神社に対し、別表(一)のとおり昭和五六年四月二二日から昭和六一年一〇月八日までの間春、秋の例大祭の際に玉串料五〇〇〇円ずつ九回、みたま祭の際に献灯料七〇〇〇円一回、八〇〇〇円ずつ三回支出し、(2) 護国神社に対し、別表(二)のとおり昭和五六年一〇月一〇日から昭和六一年一〇月九日までの間春、秋の慰霊大祭の際に供物料一万円ずつ九回支出した(合計二二回にわたり一六万六〇〇〇円)ものであり(これらの支出については当事者間に争いがない。)、一般人の場合、当時の玉串料が五〇〇〇円ないし一万円、献灯料が七〇〇〇円ないし八〇〇〇円、供物料が五〇〇〇円ないし一万円である(甲第七二号証、原審証人Jの証言)のと同程度であった。
(四) 一審被告Cの玉串料等支出が一般人に与える効果、影響等について観ると、
(1) 長年にわたる一審被告Cの玉串料等の支出が後日の県議会の審議(甲第八五ないし第九五号証)、報道等により明らかになりその結果何らかの世論が形成されたとしても、それ自体は一審被告Cの意思、目的と直接の関係がないから、同人の責任であるとはいえず、その批判ないし是正はその後に行われる知事選挙で選挙民の意思を反映させる方法によるべきである。
(2) 一審被告Cの玉串料等の支出につき、それがやがて靖国神社を第二次大戦と同様の法的地位、法律関係に復活し侵略戦争を起こすことに繋がると一般国民に思わせる行為である(原審における一審原告M本人尋問の結果)と考えたり、靖国神社ばかりでなく全国にある護国神社への公人による公金の支出を助長し又は一般国民による特定宗教である神社神道の気風を呼び起こしてそれを助長し又は精神的な援助をすることになる(一審原告ら主張)と考えるのは、全く根拠に乏しい杞憂にすぎない議論であり、本件の玉串料等の支出がそのような結果を招くとは考え難い。そして、終戦後長年にわたる国民の努力により築き上げた憲法九条の侵略戦争の廃止による我が国の平和は、既に国際社会において公認されており、将来においても国民の努力により維持されなければならないが、その法的関係は、一審被告Cの本件の玉串料等の支出によっては影響を受けるものではない。
以上のとおり認められ、甲第六六、第七一号証、当審証人Lの証言中右認定に反する部分は、右認定事実と対比するとにわかに信用し難く、他に右認定を左右する証拠はない。
五 従って、一審被告Cの玉串料等の支出行為は、
1 神道上の宗教的な意義を持つけれども、
2 その行為の場所が靖国神社等が主催した春、秋の例大祭、夏のみたま祭、護国神社の春、秋の慰霊大祭という限定されて数少なく我が国で一般に行われる死者の慰霊の季節である彼岸、盆などに合わせこれと同趣旨の祭の際に行われ、3 一般人にとって、神社に参拝する際に玉串料等を支出することは過大でない限り社会的儀礼として受容されるという宗教的評価がされており、
4 一審被告Cの意図、目的は、(一) 同一審被告の知事選出の際の支持団体の一つである県遺族会の会長として、その団体から靖国神社等に合祀されている軍人、軍属等の戦没者の慰霊のため支出して欲しい旨の要請がありそれに応えて、遺族援護行政の一環として、その行政法規の根拠に基づき、支出したものであり、(二) 第二次大戦中の靖国神社等は国家行政組織の一部であり神職に携わるものが官公吏でその任免権を国家が有し、国家予算の中からその維持管理費用を支出していたが、終戦後の憲法の基本的大改正に従い、靖国神社等のそのような法的地位、法律関係が全て消滅し、その後国家護持運動者らが靖国神社の法的地位、法律
関係につき第二次大戦中と同様な法的地位、法律関係の復活を求める請願をし、その要望をかなり取り入れた靖国神社法案が昭和四四年六月から昭和四六年五月までの間三度にわたり国会に提出され審議されたがいずれも廃案となり、国民の大多数の意思が、そのような法的地位、法律関係を望まないものとして確定され、従って又、この点から考えても、一審被告Cの意図がこのような靖国神社等の第二次大戦中と同一の法的地位、法律関係の復活を目的としてしたものとはいえず、5 一審被告Cの宗教的意識は一般人が他の神社に対し支出するのと同程度の個人的な祈願すなわち主として次期の愛媛県知事への再当選を祈願するのにすぎず、それ以上に神道の深い宗教心に基づくものではなく、
6 その支出の程度は、本件で問題とされた知事在任中の昭和五六年四月二二日ころから昭和六一年一〇月九日ころまでの間に(一) 靖国神社に対し玉串料として五〇〇〇円ずつ九回、献灯料として七〇〇〇円一回、八〇〇〇円ずつ三回、(二)護国神社に対し供物料として一万円ずつ九回、合計二二回、一六万六〇〇〇円である。その額は、第二次大戦中の靖国神社等に対する国家財政による負担とは比較すべくもない少額であることはもとより、その支出当時においても靖国神社等の玉串料等の総額に対比して観ると、極めて零細な額であって、一般人と同程度のものということができ、社会的な儀礼の程度に止まっており、
7 その行為が一般人に与える効果、影響については前記のような靖国神社等の第二次大戦中の法的地位、法律関係の消滅に伴い、一審被告らの玉串料等の支出が、その法的地位、法律関係の復活、国家機関による神道の援助、助長について特別の関心、気風を呼び起こしたりすることは考え難いといわざるをえず、8 これらの事情及び前記の諸般の事情を総合考慮の上、社会通念に従って、客観的に判断すれば、一審被告Cの玉串料等の支出は、特定の宗教である神社神道への関心を呼び起こし、これに対する援助、助長、促進又は他の宗教に対する圧迫、干渉等になるような、憲法二〇条三項で禁止する国家機関による宗教的活動には当たらないと解するのが相当である。この点の一審原告らの主張は理由がない。六 一審被告Cの玉串料等の支出は憲法八九条の禁止する公金を宗教上の団体である靖国神社等の維持のためにした支出に当たる旨の一審原告らの主張について検討する。
1 憲法八九条で禁止する国家機関による宗教上の組織若しくは団体の維持のための公金の支出に当たるかどうかの判断基準は、その支出行為につき前記憲法二〇条三項の禁止する国家機関による宗教活動に当たるかどうかの判断基準と同一の基準により判断するのが相当である。
2 (一) 一審被告Cのした玉串料等の支出が靖国神社等の維持に当たるような国家機関による経済援助となるかについてみると、前記認定のように、一審被告Cのした程度の回数、金額では、一審被告Cのいう前記五説示の個人的政治的目的であったことを裏付けるにすぎないものであって、前記認定のように第二次大戦中のような靖国神社等に対し行政庁の一機関として予算を配付して国家財政による支出をしたことと同視できる場合に当たらないことはもとより、前記甲第七二号証、原審証人Jの証言を総合すると、当時の靖国神社の一回の例大祭の玉串料の合計額が約一〇〇〇万円から一七〇〇万円、一回のみたま祭の献灯料の合計額が約六〇〇〇万円から八〇〇〇万円であり、護国神社の一回の慰霊大祭の供物料等合計額が約二五〇万円であることが認められ、その内一審被告Cの玉串科等の占める割合は零細である。
(二) もっとも、一般に、現在の社会において、一般人が神社等宗教団体ないし宗教施設に対して行っている玉串料、賽銭等の寄進ないし寄付の一人一人の額が少なくてもそれが集合して多額に達し、その宗教団体、宗教施設等の重要な経済的な基礎になっており、他方、そのような寄進ないし寄付が殆どない神社等の事例があることは公知の事実である。しかし、それは自然人である国民の信教の自由、宗教活動の自由が憲法上保障された結果、個々の国民の宗教活動の集積により生じた現象であり、一審被告Cが前記目的で玉串料等を支出したこととは何ら相当因果関係がないことである。
3 従って、これらの事情に前記の憲法二〇条三項違反の有無に関して検討した各事情、説示を総合考察すると、一審被告Cのした玉串科等の支出は、特定の宗教である神社神道への関心を呼び起こし、これに対する援助、助長、促進又は他の宗教に対する圧迫、干渉等になるような憲法八九条の禁止する国家機関の行為には当たらないものと解するのが相当である。この点の一審原告らの主張は理由がない。第三 行政法規上の違法性の有無について

一 一審被告Cについて
1 前記甲第一一号証、各成立に争いのない乙第八二、八三号証、第一一四号証、原審における一審被告D、同E各本人尋問の結果、弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 第二次大戦後その戦後処理行政として、戦傷病者戦没者遺族等援護法等の所定法規に従い、外国にある軍人等の引揚援護ばかりでなく、その遺族の援護行政、慰霊行政もしており、その後所管が厚生省に変わり(厚生省設置法五条一〇八号等)各都道府県知事に権限委任(例えば、戦没者等の遺族に対する特別弔慰金支給法一四条など)され、遺族援護行政等が現在も続いている。なお、法規の詳細は後記4のとおりである。
(二) 第二次大戦後軍人、軍属等の恩給、遺族扶助料の支払が停止、制限され、前記のように国家と靖国神社等との密接な法律関係が消滅したのに伴い、暫く戦没者慰霊の場所を失い、公務員の慰霊場所への出席等が禁止されたため、地方自治体では遺族援護行政として必要な戦没者の慰霊等の行政を実施できなかった。しかし、昭和二五年朝鮮戦争が始まり平和条約も締結されて連合軍の占領政策によっていた従前の行政が変更され、戦没者の葬祭についての文部次官、引揚援護庁次長昭和二六年九月一〇日通達(乙第八二号証)により緩和され、知事等の公務員が民間団体の行う慰霊祭に参列して、敬弔の意を表して、弔辞を読み、香華料を支出し、花輪を供えることなどが認められ、右の民間団体が行う慰霊祭の中に、宗教団体が主催する場合を含み、敬弔の表示として送るものの中に玉串料等のようなものを含むとされた(同年同月二八日文部大臣官房宗務課長代理通牒、乙第八三号証)が、特定の宗教に公の支援を与えて政教分離の方針に反する結果とならない限りにおいてとの留保が付され、慰霊祭を行う場合でも、恒例祭に出席することは、特定の宗教団体それ自体が行う布教儀式に公的要素を導入したとして、政教分離の原則に反するような疑義を起こさせるおそれがあるから、なるべく避けることが望ましい(同年一一月七日文部大臣官房宗務課長通牒、乙第一一四号証)とされ、右通達等は現在も維持されている。しかし、それまで多かった各県知事等の靖国神社等への玉串料等の公金の支出は、昭和五七年ころ以後は殆どそれを取り止めているのが行政実例となった。
(三) 一審被告Cは、各関係法規及びその解釈運用に関する内部規範である右通達等に基づき、昭和四六年に初めて愛媛県知事に就任して以後昭和六一年まで四期一六年間にわたり、その公金の支出を継続したが、その程度は本件におけるのと同様にいずれも少額で、社会的な儀礼の程度であった。
以上のとおり認められる。
2 右認定事実によると、
(一) 一審被告Cの玉串料等の支出は、第二次大戦後の戦後処理の一環であり、今もなお僅かに残存する遺族援護等行政に関する諸法規、当時の解釈通達等に従い、遺族援護行政としてしたものであり、実定法上もその根拠があり、遺族援護に関する行政の一つとして玉串料等の支出をすることは違法ではなかったものであるということができる。
(二) しかし、他方、第二次大戦終了後その戦後処理の一環としてされた引揚その他の遺族援護等の行政も年を経る毎に急速にその社会的要請が減少して、右認定のように、昭和五七年ころ以後は靖国神社等への玉串料等の支出をしないのが行政実例となり、一審被告Cのその後の玉串料等の支出は、その行政実例に反するものである。行政実例は行政の通常の在り方を考えるのに参考となるので、当時靖国神社等への玉串料等を公費により支出することは、行政として通常の在り方ではないと評価でき妥当とはいえないが、本件の場合前記各事情から観て、それに反するとの点だけからそれ以後の支出を違法であるとすることは相当ではない。(三) 従って、一審被告Cの玉串料等支出が実定法上の根拠がない旨の一審原告らの主張は理由がない。(なお、本件以後の時点で政治的支持団体に対する寄付等の行為を禁止制限する公職選挙法改正があったが、
ここではそれには触れない。)
3 従って又、一審被告Cに故意ないし重大な過失があった旨の一審原告らの主張は理由がない。
4 一審被告Cの監督責任について観る。
前記乙第一ないし第四五号証、各成立に争いのない乙第八六号証の一ないし九、第八七号証の一ないし八、原審における一審被告D、同Eの各本人尋問の結果、当審における一審被告C本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 一審被告Cは、本件の玉串料等支払の最初である昭和五六年四月二二日から最後の昭和六一年一〇月九日までの間、知事の権限として処分できる予算の中から、(1)東京事務所長の一審被告Dに対しては、毎年靖国神社への玉串料、献灯料を支出することを専決処分のできる事項として委任し(地方自治法一五三条一項、愛媛県行政組織規則七五条、同会計規則三条二、三号。乙第八六号証の一、五)、同一審被告がその限度で一般の例に従い、前記のように支出したものであり、(2)その時点の各老人福祉課長(愛媛県行政組織規則一〇条五項により同課は老人福祉、旧軍人恩給、戦没者等の遺族援護、慰霊(同六号)、追悼に関する事務を取り扱う。乙第八七号証の一)の職にあった一審被告E、同F、同G、同H、同Iに対し、護国神社の案内に従い春、秋の各慰霊大祭に供物料を支出することを専決処理させており(地方自治法一五三条一項、愛媛県庶務細則一二条、二〇条。乙第八七号証の二)、各個の支出につき一審被告C自身が決裁することはなかった(愛媛県事務決裁規程四条、乙第八七号証の三、四)。
(二) 一審被告Cは、その余の一審被告らからの報告により右各支出を知っていたが、格別の違法は見当たらず、特にそのことについて監督したことはなかった。以上のとおり認められる。
前記各説示、右認定事実によると、一審被告Cにはその余の一審被告らに対する監督義務の不履行は見当たらず、この点の一審原告らの主張は理由がない。二 一審被告Cを除く一審被告らの過失について
一 審被告Cを除く一審被告らは前記のように各職務の執行として各認定の行為をしたものであり、一審被告Cの玉串料等の支出に違法がないことは前記のとおりであり、従って又、一審被告Cを除く一審被告らには、何ら職務執行に関する過失又は義務違反がない。
この点の一審原告らの主張は理由がない。
第四 結論
以上のとおりであるから、一審原告A、同Bを除く一審原告らの一審被告らに対する本訴各請求はいずれも理由がないので棄却し、一審原告A、同Bの本訴各請求にかかる訴えは不適法として却下すべきものであるところ、これと異なる原判決は相当ではないので、(一)一審被告Cの控訴に基づき、原判決中一審原告A、同Bを除く一審原告らの同一審被告に対する各請求に関する部分を取り消し、右各請求を棄却し、(二)一審原告A、同Bを除く一審原告らの一審被告Cを除く各一審被告らに対する本件各控訴を棄却し、(三)原判決中一審原告A、同Bに関する部分を取り消し、同一審原告らの各請求にかかる訴えは不適法として却下し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九六条、九五条、八九条、九三条の規定に従い、主文のとおり判決する。
(裁判官 高木積夫 上野利隆 高橋文仲)

トップに戻る

saiban.in