判例検索β > 平成4年(行ケ)第209号
裁決取消請求、同参加事件
事件番号平成4(行ケ)209
事件名裁決取消請求,同参加事件
裁判年月日平成5年7月19日
法廷名東京高等裁判所
判示事項市議会議員選挙において「平野(善)」と記載した投票につき,候補者の姓に続けて名の第一字を縦の丸括弧でくくった「(善)」の記載が,公職選挙法68条1項5号(平成6年法律第2号による改正前のもの)の他事記載に当たらないとして,前記投票を有効とした事例
裁判要旨市議会議員選挙において,平野姓の候補者が5名いる場合に「平野(善)」と記載した投票につき,候補者の姓に続けて名の第一字を縦の丸括弧でくくった「(善)」の記載が,この表記は,同姓者相互を区別するために一種の簡易な表示方法として用いられたものであり,これが公式表記になじまず,非定型な表記が許容される場面や用途に限定的に通用している方法であり,姓だけで人を特定表記することを前提としており,その意味で二重に限定された表記であるとはいえ,公職選挙法67条及び68条の2(平成6年法律第2号による改正前のもの)にかんがみれば,氏名又は姓若しくは名を丸括弧でくくる場合や同姓の候補者が複数存在しない場合と異なり,これを許容し得ないものではなく,同法68条1項5号(同改正前のもの)の他事記載には当たらないとして,前記投票を有効とした事例
裁判日:西暦1993-07-19
情報公開日2017-10-19 23:20:01
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○ 主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
○ 事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
被告が平成四年九月二八日にした同年四月一九日執行の千葉県富津市議会議員一般選挙の当選の効力に関するAの審査請求に対する裁決は、これを取り消す。二 被告
原告の請求を棄却する。
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 平成四年四月一九日千葉県富津市議会議員一般選挙(以下本件選挙という。)が執行され、原告及び参加人は、本件選挙に立候補した者であるところ、選挙会において、原告が従票数七二八・四一四票で当選人と決定され、参加人は得票数七二八・二八八票で次点となり、落選と決定された。
2 参加人は、同月三〇日原告の右当選の効力に異議があるとし、富津市選挙管理委員会(以下富津市選管という。)に異議申出をした。
富津市選管は、同年五月三〇日本件選挙の選挙会が無効としたBと記載された投票(一票)をAの誤記として有効投票とした一方、選挙会が有効としたCと記載された投票(二票)を他事記載をしたものとして無効投票とし、結局、選挙会の決定した得票順位に異動はないものとして右異議申出を棄却する旨の決定をした。
3 参加人は、右決定を不服として、同年六月一二日右決定について審査の申立をしたところ、被告は、同年九月二八日同市選管の行った右決定を取り消し、本件選挙における原告の当選を無効とする旨の裁決(以下本件裁決という。)をし、同裁決の要旨が同月三〇日告示された。
4 本件裁決の理由の要旨は、Bと記載された投票を本件選挙の選挙会の認定に反し富津市選管と同様にAの誤記と認め有効投票とし、Cと記載された投票(以下本件係争票という。)について選挙会の認定のとおり、富津市選管の認定に反し他事記載には該当せずAの有効投票と認めるのが相当であるとし、本件選挙の選挙会の認定に比し、参加人の基礎票が一票増加する一方、原告の基礎票は増減なく、他の候補者の基礎票についても再検討したうえで公職選挙法六八条の二第一項に規定する投票を按分して加算すると、結局、原告が七二八・四一四票、参加人が七二九・二八八票となって、当選人と決定された候補者である原告の得票数を上回ることになるから、本件選挙に関し、選挙会において当選人と決定された候補者である原告の当選は無効であり、前記異議申出を棄却した富津市選管の決定は取り消されるべきであるというものである。
5 しかし、本件係争票の縦括弧の記載は、以下にのべるように公職選挙法六八条一項五号の他事記載に該当し、本件係争票は無効と解すべきである。(一) そもそも他事記載のある投票が無効とされる(公職選挙法六八条一項五号、二項六号)のは、無記名投票(同法四六条三項)、投票の秘密保持(同法五二条)、投票記載場所の設備の整備(同法施行令三二条)、投票箱の秘密保持(同令三三条)、投票用紙公給主義(同法四五条)、投票用紙の混同(同法六六条二項)、職権濫用による選挙の自由妨害罪(同法二二六条)、投票の秘密侵害罪(同法二二七条)等の規定とともに憲法の保障する秘密投票主義(憲法一五条四項)に由来し、公職選挙法一条が掲げるように選挙が選挙人の自由に表明した意思によって公明かつ適正に行われることを制度として担保しようとするものである。この意味において、公職選挙法六八条一項五号の規定は極めて重要なものというべく、いかに投票の記載から選挙人がある候補者を選ぼうとする意思が明白であっても、制度としての、また全体としての選挙に関する右の観点からの制約は免れないというべきである。
それ故、選挙管理事務においても、公職選挙法六八条一項五号の他事とは、候補者の氏名を記載した以外の一切の記載をいい、

職業、身分、住所または敬称の類

も他事ではあるが、これらの記入を無効として取り扱わないというに過ぎないとされているのである。
そして、括弧等の付記については判例上も原則として他事記載として無効とされてきているのである。

(二) 以上を前提として、本件係争票について検討すると、Dの氏の記載のほかにCの記載がなされていることが認められ、右Cを囲んだ縦括弧の記載は公職選挙法六八条一項五号但書列挙の事項ないしこれに準じて考えられるべきものではないのはもちろん、無意識的になされたものともいえず、有意の他事記載に該当し、無効と解されるのである。
6 (一)この点、本件裁決は、括弧が余字省略の通常使用される表記方法であると認定しているが、そもそも括弧は単語の省略法として一般的なものではなく、むしろ日本語における括弧の使用法としては事柄の内容を補足的に説明するときに使うのが一般的というべきである。例えば、年齢、生年月日、所属団体、職業等の身分関係や条文、判例、出典など引用する場合などに多く使われる。単語の省略法としては、例えば、最高裁判所を最高裁、日本弁護士連合会を日弁連、東京地方裁判所を東京地裁と表記するように、単語を構成する一部を使用するほうが一般的な余字省略の表記方法といえるのである。全国に五〇余存在する地方裁判所を東京地、大阪地、千葉地、或いは東京(地)、大阪(地)、千葉(地)などとは省略しない。
括弧を用いて余字省略をする用法としては株式会社を(株)と表記する場合くらいの極めて例外的な場合に過ぎないのである。
(二) のみならず、括弧は氏名の省略法としても一般的とはいえない。即ち、通常氏名を省略する場合は氏だけを表記するのが一般であり、同姓の者が複数いる場合には名を表記するのが一般である。例えば、原告として甲野太郎と甲野次郎がいる場合、通常、原告太郎、原告次郎と表記して省略し、原告甲野(太)、原告甲野(次)という表記方法は用いない。
唯一、氏名の関係で括弧を用いて省略する場合は、氏だけで人を特定するという場合に、複数名を並列的に記載するとき、同姓が複数いて氏だけではその特定が不可能な時に名の最初の一文字を括弧で囲う表記方法が用いられることがある。例えば、お互いよく知っている者同士の間で何か企画をし、その参加者の出欠の確認等の名簿を作成するような場合、氏だけ表記しても同姓者が複数いて特定できない場合に、例外的に氏を記載したうえで名の最初の一文字を括弧なり、丸なりで囲う場合である。
しかし、この場合はあくまでも氏だけで特定することが原則とされる場合に氏だけを複数、並列的に表記しても特定が不可能な場合に例外的に使用される表記方法である。
そして、このような場合でも括弧を使うとは限らず、名の全部又は一部をそのまま記載することが多い。
ましてや、一名のみを記載する選挙などの場合は、氏を記載し名の最初の一文字だけを括弧で囲って表示することはしないのが通常であり、また、氏名を全て記載することが原則の場合にも同様である。
ところで、公職選挙法は投票の方法として候補者一人の氏名を自書することを要求しているのである(同法四六条一項)。
そうだとすれば、例え同姓の候補者が複数いる場合でも氏を記載し名の最初の一文字だけを括弧で囲う方法は極めて異例の表示方法といわざるを得ないのである。このことは実際上も、参加人の基礎票が七二八票あるものの、氏を記載し名の最初の一文字を括弧で囲んだCという票がわずか二票、即ち全体の〇・二七パーセントしかないこと及びD姓の他の四人の候補者の投票の中に名の最初の一文字を括弧で囲んだ票は皆無であったことからも裏付けられることである。
(三) 以上のように、複数の同姓の者のうち一人を特定するために名の最初の一字に括弧を付して省略することは通常使用される表記方法とはいえず、いわんや氏名の自書を要求する公職選挙法の下においては極めて異例の表記方法というべきものであって、右異例の表記方法をもって他事記載と解すべきでないとするならば、他事記載のされた投票を無効とし、投票の秘密を確保し、ひいては選挙の公正を担保しようとした法の趣旨を没却するものといわざるを得ないのである。本件裁決は、投票意思の尊重という側面を重視し過ぎた結果、選挙の公正を確保するための秘密投票主義という重要原則を軽視し、公職選挙法六八条一項五号の解釈を誤ったものといえるのである。
7 以上の理由により、被告が本件裁決において本件係争票を参加人に対する有効投票として同人の得票数に算入すべきものとしたのは不当である。従って、参加人の基礎票は、本件裁決の認定に比し、二票減少して七二六票となり、右の基礎票に応じて公職選挙法六八条の二第一項に規定する投票を按分して加
算した結果を原告及び参加人について見ると、原告は七二八・四一四票となり、参加人は七二七・二八六票となり、原告が当選人となり、参加人は落選人となるべきである。
よって、原告は、これに反する本件裁決の取り消しを求めるものである。二 被告の認否
1 請求の原因1ないし4は認める。
2 同5ないし7は争う。
三 被告の主張
1 およそ選挙人の行使した投票はいずれも貴重な一票として、その記載で候補者のいずれかを志向する投票と認められる限り、これを有効と認定すべきことが現行選挙制度における大原則であり、善意の選挙人の投票は最大限尊重されなければならないものである。もっとも、例外として、氏名記載以外の記載で秘密投票主義に基づく選挙の公正の確保が妨げられるおそれがあると認められる投票に限り、これを有意な他事記載のある投票としてこれを無効とし、もって選挙の公正を期しているものであって、公職選挙法六八条一項五号にいわゆる他事記載とはこのような有意な他事記載のみを対象とする規定と解すべく、これが同条の法意といわなければならない。被告は、以上の法意に基づき本件選挙の投票の効力を認定しているものであって、投票の効力の判定につき何程の違法も存在しない。即ち、原告が問題とするCという二票につき、被告は別表の二及び三については、申立理由二に係るものであって、『D』の下に申立人の名の第一字目を記載してこれに括弧を付したものである。本件選挙においては、申立人の他に四人のD姓の候補者があったが、複数の同姓の者のうち一人を特定するために名の最初の一字に括弧を付してその余を省略することは、通常使用される表記方法であり、括弧は名の一部の省略を示すものに過ぎないから、これを有意の他事記載と解すべきではない。名に『C』の文字を有するD姓の候補者は申立人のほかにはおらず、申立人に投票する意思をもってこのような記載をしたことは明らかであるから、申立人の有効投票と認めるのが相当である。(甲第二号証裁決書)との理由に基づきこれを有効票と認定しているのであって、法意に適した正当な認定というほかない。
原告は、この点に関し、様々反論しているけれども、結局は選挙の公正確保を第一義として殊更に選挙人の善意に基づく一票を蔑ろにした一方的主張というはかなく、到底左繕袒し得ないところである。
なお、原告挙示の判例は本件に適切な判例ということはできず、却って被告の主張を支持する判例がある。
四 参加人の主張
1 他事記載の意味
(一) 公職選挙法六八条で他事記載のある投票が無効とされる趣旨は、いうまでもなく憲法の保障する秘密投票制に由来し、同法一条の公正且つ適正な選挙を実現するためである。
(二) しかしながら、他方で、投票の記載が常に正確であることは到底期し難く、記載された文字が不明確、不正確であっても、選挙人の意思が表れている場合にはその意思を尊重して有効としなければならず、また余分な記載があってもいたずらに憶測して意識的他事記載と解してその投票を無効とすることは許されないのであって、このように選挙人の投票意思を尊重することも代表制民主主義政治の根本理念に合致し、右の秘密投票制とともに重要なことである。そもそも、原告の強調する秘密投票制が重視される所以も、憲法の根幹である代表民主制に不可欠な要素だからであり、同様の意味でやはり重視されるべき右の投票意思の尊重に比べて無条件に優越的な価値を有するものとは考えられない。そこで、これらの諸価値を合理的に調整しながらもって民主政治の健全な発達を期することが公職選挙法の目的とされるのである。(三) 多くの判例は、原告の主張とは異なり、秘密投票制を重視しながらもできるだけ投票意思を尊重しようとの配慮から

他事記載とは、投票に意識的に符号となるような何らかの記載をして、何人がその投票をしたかを他人に知らせ、よって投票における秘密保持を妨げようとするものを指す

と解して、本件のような括弧その他の余分な記載についてそれだけで直ちに無効とするような態度は採っていない。
2 括弧の使用方法について
(一) Cの効力を判断するにあたって括弧の使用方法を検討することの意義無効とされる他事記載とは、投票に意識的に符号となるような何らかの記載をして、何人がその投票をしたかを他人に知らせ、よって投票における秘密保持を妨げようとするものを指すのであって、候補者の特定に意味のある記載や候補者に対する投票意思の明確化を意図した付記については無効とされる他事記載には当たらない。本件で問題になっている「Cという投票についても、投票者が何らかの表記上有用な趣旨とする意識でCと記載したものと認められれば、投票者の意思を尊重してAの有効票と判断されるが、そのようなものと認められなければ何人がその投票をしたかを他人に知らせるために意識的に記載された符号と解され、投票の秘密を破る他事記載に該当して無効と判断されることになる。
そこで、投票者がどのような趣旨とする意識でCと記載したかの検討が必要であるが、そのためには社会一般で括弧がどのように使用されているか、とりわけ氏名を完全に表記することに代えて氏の表記の次に名前の文字の内の一文字を括弧で囲んで表記する方法がどの程度おこなわれているかを検討する必要がある。
(二) たしかに括弧は事柄の内容を補足的に説明するときに使われることがある。しかし、括弧の使用法はそれだけではないのであって、単語の省略法として一般的なものではな(い)ということはできない。(三) 括弧は、文章や語句の中で、他との区別を明らかにするためにも使われる。
ちなみに、広辞苑第四版では、かつこ(括弧)について、

数字や文章の中で、或る部分をかこって、他との区別を明らかにするための記号

と説明している。
(四) さらに、括弧は、語句あるいは文章を完全に表記することに代えてそのうちの一部のみを表記してその余を省略したことを表すためにも使われる。原告は、括弧を用いて余字省略をする用法としては『株式会社』を(株)と表記する場合くらいの極めて例外的な場合に過ぎないと主張している。しかし、原告の右主張は、社会の現実に全く合致しないものである。原告が挙げるような、括弧を使わない余字省略の表記方法と併せて、括弧を用いて余字省略をする用法が頻繁に行われているのである。
(五) 括弧を用いた余字省略の一種として、氏名を完全に表記することに代えて氏の表記に続けて名前の一部の文字を括弧で囲んで表記する用法もしばしば身受けられる。この用法は、同姓の者が複数いる場合に、そのうちの誰を指すのか特定する方法としてよく使用される。もっとも、このような表記方法は略式の方法であるから、公的な文書で使用されることは比較的少ないが、形式にこだわらない私的な文書では頻繁に使用されているのである。
原告は、氏名の略記方法として括弧を用いない方法をいくつか挙げているが、原告が挙げているような略記方法があるからといって、括弧を用いた略記方法が例外的だということはできない。括弧を用いた略記方法も括弧を用いない略記方法もともに社会で広く行われているのである。
原告は、括弧を用いて氏名を略記する投票方法は極めて異例であり、本件選挙で括弧を用いて氏名を略記した票としては二票のC票しかなかったと主張している。
確かに、選挙の投票では、
誰への投票であるかを紛れることがないようにはつきり示すために候補者の氏名を完全に記載することが多いものと思われる。しかし、それでもC票が二票あったということは、このような表記方法が日常生活の中で普通に行われていることの反映である。
3 C票の有効性について
(一) 選挙人が候補者を特定する趣旨で記載した本件Cのような、括弧を用いて氏名を略記する方法は社会で一般的に行われているものである。(二) 投票者がこのような表記をした意図は、Aに投票する意思でDと表記したうえで他の四人のD姓の候補者と区別するためにAの中の一文字である善の文字を書き、名前の文字のうち一文字だけ記載し他の文字を省略したことを表すためにCの文字を括弧で囲ったものと思われる。
即ち、この表記は、余字省略の趣旨を示すために括弧が使用された典型例である。また、この表記は、投票者が、自分が投票するDは五人のD姓の候補者のうちのAであることを補足的に説明するために括弧が使用されたものと理解される。さらに、氏の表記と名前の中の一文字の表記とを区別するために括弧が使用されたものとも理解される。

このように、Cの上下に付けられた括弧は、表記者が表記上有用なものとする意図でつけたものと解されるものであり、何人がその投票をしたかを他人に知らせるために意識的に記載された符号と解する余地はないから、C票を無効とする理由はなくこれがAの有効票であることは明らかである。
五 原告の反論
l他事記載の解釈
他事記載の解釈に当たっては、他事記載は原則として無効との考えから出発するのが合理的というべきである。
また、大量の投票に対して極めて短時間にその有効性を判断しなければならず、しかも、その判断をする選挙会の構成員が必ずしも専門的知識を有しているとは限らない選挙管理事務の実情からくる明確な基準による迅速な処理の要請の観点からも、

職業、身分住所又は敬称の類

以外の他事記載は原則として無効と考えるのが合理的である。
他事記載として無効とされるか否かは、秘密投票の原則が害されるおそれがあるか否かの観点から考察されるべきであり、その判断に当たっては、
投票に記載された事項から投票者が何人であるか推認される可能性がある限りは、秘密投票の原則を害するおそれのあるものとして無効とされるべきである。そこで、本件係争票の有効性については、結局、氏名の省略法として一般化していることを記載しただけで、投票者が何人か推認される可能性がなく、秘密投票制の原則を害するおそれがないといえるかどうかの判断にかかってくるというべきである。
2 括弧の使用法
括弧が余字省略の方法として用いられている場合があることは事実である。しかし、それは一般的な使用法とまではいえないものである。即ち、括弧が余字省略の方法として用いられる場合は新聞、広告等の紙面のように、限定された字数で、一定の目的を持つ読者(例えば就職や進学を目指している者)に対してより多くの情報を伝達する場合等特殊な場面に用いられるに過ぎない。
また、括弧は、座席票や決算書、その他名簿等において氏名の省略法として用いられる場合もあるが、それはあくまでも、人を特定する場合に、お互い知っている仲間同士の間での情報伝達手段として紙面の都合等も考えて氏だけで特定することが前提とされている場合に、氏だけを記載しても同姓者が複数いて、特定できない場合に名の最初の一文字を括弧で囲む場合であって、極めて例外的な場合の省略法であり(このような場合でも、名の最初の一文字を括弧で囲わない場合もある。)、氏名全てを記載することが前提とされている場合に氏を記載し、名の最初の一文字を括弧で囲うことは通常行われていないのである。
3 公的行為である投票の記載方法
議会制民主主義を採用する日本国憲法の下において、投票は選挙人団である国民ないし住民が議会を構成する議員を選出するという公的な行為である。それ故、限定されている余字省略法等の用語使用は許されるべきではない。前記諸原則の下に行われる投票の記載は国民誰もが一般的に使用し、万人に共通する方法で行われる必要があるというべきである。
4 本件係争票の効力
(一) 以上の検討からすれば、Cという記載の本件係争票は、Aに対する投票意思は窺われるものの、所定の用紙に当該選挙の公職の候補者一人の氏名を自書することが要求されている選挙制度の下において(公職選挙法四六条一項)、その記載自体が、無意識的になされたものでもなく、また、
同様な方法は社会の特定の分野で用いられるものの、社会的に一般化した方法で記載されているわけでもなく、もしろ、異例な方法で記載されており、少なくとも投票者が何人か推認される可能性があることは否定できないから秘密投票制の原則を害するおそれがあるものとして無効とされるべきである。
(二) 本件係争票の記載方法は、社会的に一般化していないものであるために、投票者の意図が真に何らかの他意のなかったものであるのか、それとも一部特殊な場合に利用されている括弧をいわば暗号的符号として利用し、自己が投票したことを推知させる意図だったのか投票の記載自体からは容易に判断できず、しかも、投票という公的行為における特異な記載方法であるために少なくとも投票者が何人であるかが推認される可能性があり、このような場合にも有効投票として扱うならば他事記載を禁止し、秘密投票主義を貫徹することによって選挙の公正を確保しようとした法の趣旨を没却してしまうというべきである。

また、万一、本件係争票が他事記載に該当しないとするならば、他事記載に該当するか否かの判断基準が極めて不明確となり(名前の最初の一文字を「」、○、口、△で囲うことはどうかなど)明確な基準による迅速な処理が強く要求される選挙管理事務に多大な混乱を招くということにもなる。(三) なお、同姓が複数いる場合に氏を記載し名の最初の一文字を括弧で囲って記載するという方法は、あくまで一定の範囲で氏の記載だけで人を特定することが前提とされている場合のことで、本件のような投票においては氏名の記載で人を特定することが要求されており、前提が異なる。
第三 証拠(省略)
○ 理由
第一 争いのない事実
請求の原因1(本件選挙の執行と原告の当選、参加人の落選)、2(参加人の異議申出と富津市選管の異議申出棄却)、3(参加人の審査申立と被告の富津市選管の決定を取り消し、原告の当選を無効とする旨の本件裁決とその告示)及び4(本件係争票二票を有効とし得票数の再計算により原告の当選を無効とする旨の本件裁決の理由の要旨)の事実は当事者間に争いがない。
第二 争点(本件係争票の効力)に対する判断
一 いずれも成立に争いのない甲第二号証、乙第二号証及び弁論の全趣旨によれば本件選挙においては、参加人を含め五名のD姓の候補者があったことが認められる。
二 参加人の氏名はAであるところ、本件係争票二票はいずれもCというものである(前記争いのない事実)。
三 公職選挙法六八条一項五号は、候補者の氏名のほか、他事を記載したものを無効な投票と定め、但書で職業、身分、住所又は敬称を記入したものは、この限りではないとして有効な投票とする。右規定により他事記載の投票を無効とする趣旨は、いうまでもなく、他事記載を許すことにより投票者が推認されることを防ぎ、憲法一五条四項で保障される秘密投票制を確保することにあるところ、国民主権の具体的行使の場面である公職選挙において選挙人の投票意思の尊重されるべきことも憲法一五条一、三項、公職選挙法六七条の趣旨から明らかであって、このような彼我の要請を斟酌し、前記他事記載の意義も定められるべきである。これを、本件についてみると、本件係争票は、候補者AのD姓の次にこれに続けてA名の第一字目の善の字をこれに縦の丸括弧を付してくくって一連に表記されたものであるところ、右表記は、五名のD姓の候補者のうちから参加人を区別し、かつ、参加人の名の余字を省略するとともにD姓を補足し、もって、候補者である参加人を特定する記載ということができ、かつ、右表記の意義を右のようにいうことは社会通念に適い自然で容易に可能なことであって、何ら特異なこととは考えられない。なぜなら、丸括弧の用法中に他との区別、余字の省略、事柄の補足などの用法が含まれることは一般に承認されているといってよいし、一定の人の集団中に複数の同姓者が含まれていて、姓だけの表記では区別がつけられないときに、これを補足するものとして、同姓者相互を区別するための、余字を省略した簡易な表記方法の一つ、すなわち、氏名の記載と併せて全体として一種の簡易な氏名の表示方法の一つとして、姓の次にこれに続けて名の一字を丸括弧でくくって一連に表記する方法が社会的に広く普及し、定着していると考えられるからである(こうした丸括弧の使用方法は、新聞のいわゆる三行広告欄などの極端にスペースの狭い場合に限られるものではない。)。以上の括弧の用法は、一種の公知の事実に類することであるし、本件において提出された書証-乙号証のみならず甲号証(例えば甲第六号証)-からも明らかなことと考えられる。
もっとも、右表記方法は公式表記にはなじまず、多少とも非定型な表記が許容される場面や用途に限定的に通用している方法であって、姓だけで人を特定表記することを前提としており、その意味で二重に限定された表記方法であるともいえるところ、公職選挙は選挙人の投票による公務員の選定という公的行為であり、公職選挙法四六条によっても選挙人は、当該選挙の公職の候補者の氏名を自書して投票しなければならないのであるから、このような観点からすると、氏名のすべてが記載されることが望ましいことはいうまでもなく、右表記の適否が問われることになるわけであるが、同法は姓のみを記載した投票を常に有効としている(六八条の二)うえ、その投票した選挙人の意思が明白であれば、その投票を有効とするようにしなければならないとしている(六七条)ことに鑑みれば、二重の限定付きながら社会的に広く通用している右表記方法を許容し得ないものではなく、同じ丸括弧付きで
あっても氏名または姓もしくは名を丸括弧でくくる場合や本件と同じ表記方法であっても同姓の候補者が複数存在しない場合(これらのような場合の丸括弧付き表記は、候補者の特定にとって何らの必要性や意義を有せず、氏名の表示方法の一種とは全く考えることのできないものであって、かつ、有意な意識的記載というべきものである。)とは事案を異にする。
加えて、本件のような表記を有効と扱ったからといって、右表記方法の社会的通用性に照らし、選挙管理事務の円滑な運営にとっての妨げとなるものではないと解せられる。
以上のとおりであって、本件係争票(二票)は、公職選挙法六八条一項五号の他事記載に当たらず、有効といわなければならない。
四 本件裁決の適法性
従って、本件係争票二票を有効として得票数を計算すれば本件裁決に従い参加人の得票数が七二九・二八八票となって原告の得票数の七二八・四一四票を上回ることになるのであるから、これを前提とする本件裁決に違法はない。
第三 結論
よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。(裁判官 伊藤滋夫 矢崎正彦 水谷正俊)

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