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損害賠償請求、原子爆弾被爆者認定却下処分取消請求控訴事件(原審・京都地方裁判所昭和63年(ワ)第2248号損害賠償請求、平成2年(行ウ)第17号原子爆弾被爆者認定却下処分取消請求事件)
事件番号平成11(行コ)13
事件名損害賠償請求、原子爆弾被爆者認定却下処分取消請求控訴事件(原審・京都地方裁判所昭和63年(ワ)第2248号損害賠償請求、平成2年(行ウ)第17号原子爆弾被爆者認定却下処分取消請求事件)
裁判年月日平成12年11月7日
法廷名大阪高等裁判所
判示事項1 原子爆弾被爆者の医療等に関する法律(昭和32年法律第41号,平成6年法律第117号による廃止前)8条1項に基づく認定の要件であるいわゆる放射線起因性についての立証の程度 2 原子爆弾被爆者の医療等に関する法律(昭和32年法律第41号,平成6年法律第117号による廃止前)8条1項に基づく認定申請却下処分の取消請求が,認容された事例
裁判要旨1 原子爆弾被爆者の医療等に関する法律(昭和32年法律第41号,平成6年法律117号による廃止前)8条1項の認定の要件であるいわゆる放射線起因性についての立証は,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することを必要とする通常の民事訴訟における場合と異なるものではないから,同項の認定の申請者の負傷又は罹患した疾病とその原因との因果関係につき,原爆の放射線を原因とする可能性が原爆の放射線以外のものを原因とする可能性より相対的に高いことを証明すれば足りるというものではない。
裁判日:西暦2000-11-07
情報公開日2017-10-19 22:25:13
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主 文
一 控訴人厚生大臣の本件控訴(原子爆弾被爆者医療認定申請却下処分を取り消すとの一審判決に対する控訴部分)を棄却する
二 原判決中、控訴人国に対して金銭の支払いを命じた部分を取り消す。三 被控訴人の控訴人国に対する請求(金銭請求部分)を棄却する。四 訴訟費用は、一、二審を通じて、被控訴人と控訴人厚生大臣との間に生じた分は控訴人厚生大臣の負担とし、被控訴人と控訴人国との間に生じた分は、被控訴人の負担とする。
事実及び理由
(控訴の趣旨)
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
(事案の概要)
原判決事実及び理由の第二から第五(事案の概要、主な争点等に関する当事者の主張、証拠、原爆医療法等の定め)までを、当審での双方の補充主張及び提出証拠があったことから、原判決一二頁五行目末尾に

控訴審での被控訴人の補充主張は、本判決添付別紙(一) 『被控訴人の補充主張』のとおりである。

と、原判決一二頁六行目末尾に

控訴審での控訴人らの補充主張は、本判決添付別紙(二)『控訴人らの補充主張』のとおりである。

と、原判決一二頁八行目の本件記録の次に(当審記録も含む)と付加するほかは、原判決記載のとおりであるから、これを引用する。
(判断)
原判決第六以下(判断に関する部分)を次のとおり変更する。
第一 前提事実
一 序論
1 原爆医療法七条一項に基づき医療給付を受けるには、同法八条一項により控訴人厚生大臣の確認行為である認定を受けなければならず、それには、申請者が同法七条一項の要件である被爆者が現に医療を要する負傷又は疾病が原子爆弾の放射線に起因するものであるか、又は右負傷又は疾病が放射線以外の原子爆弾の傷害作用に起因するものであって、その者の治ゆ能力が原子爆弾の放射線の影響を受けているため右状態にあること(放射線起因性)と被爆者が現に医療を要する状態にあること(要医療性)を要するところ、被控訴人は、被控訴人には肝機能障害及び白血球減少症の疾病が認められ、これら疾病は本件処分の申請時において原子爆弾の放射線に起因し、現に医療を要する状態にあったので、本件処分は違法であるとしてその取消を求めているものである。
2 後述のとおり、放射線起因性及び要医療性には、被控訴人において立証を要すると
考えるべきであるが、その判断には、被爆状況等に基づく推定被曝放射線量及び疾病の内容に加えて、当該被爆者の生活歴、健康状態の推移等の事実も重要な意味を持つことは明らかである。
また、控訴人らは、被控訴人主張の白血球減少症については、疾病の存在そのものについても疑問を呈している。
3 そこで、まず、原爆医療法八条一項の認定要件についての判断の前提となる被控訴人の被爆状況、生活歴、その健康状態の推移、検査状況、現在の状況等について見ることとする。なお、次項以下の認定において、被控訴人作成の陳述書等(甲一、二三、二四、七七、九七、一五〇、乙八、一一)及び原審被控訴人本人尋問の結果(第一、第二回)を証拠資料としたが、特に必要がある場合以外は掲記を省略する。
二 被爆状況
1 被控訴人は、大正一五年九月二三日生まれで、高等小学校中退後働きはじめ、海員養成所を経て船会社に配属中の昭和二〇年一月に徴兵検査を受けた。結果は、第一乙種合格で身体検査も異常なく、所要の訓練も終え、同年四月二二日に和歌山市の部隊に陸軍二等兵として入隊し、船舶工兵連隊に配属され、五月六日から通信技術の習得のため広島の船舶通信補充隊に分遣された。同隊での教育訓練を受け、広島市に原爆が投下された八月六日に原隊に復帰する予定であった。2 昭和二〇年八月六日朝、広島市に原子爆弾が投下された当時、被控訴人は、爆心地から一・八キロメートル離れた比治山の麓にある船舶通信補充隊通信講堂(広
島市α所在)に集合していた。右通信講堂は、木造一階建の長方形状の建物で、その周囲に土塀がはりめぐらされ、屋根には三〇センチか四〇センチ四方のガラス窓があった。
原子爆弾の投下により、講堂の屋根が落ち、周囲の壁が崩れた。講堂及び付近建物での生存者は、屋根の下敷きになるのを免れた被控訴人ら三名だけであった。 被控訴人らは非常時の集合場所と指示されていた比治山に向かい、八月六日から一三日まで、比治山付近、宇品の陸軍船舶練習部隊付近において救護作業に関与しつつ生活を続け、同月一三日に三原の分屯隊に赴き一五日の終戦を迎え、尾道の原隊に復帰し、九月一一日に帰休除隊となった。
3 被控訴人は、建物倒壊時に鼻の右側部分に傷を負ったことを宇品に移ってから気がつき、薬を塗った。傷口は、八月一〇日ころから塞がり始め、やがて黒い跡が残った程度に回復した。
4 被控訴人の放射
線被曝は、爆撃直後の身体への照射、放射性降下物であると推認される黒い灰を身体に被り、呼吸時にこれを吸入したこと、通信講堂内において受けた顔面の傷害部位から放射性物質を体内に取り込んだこと、さらに比治山付近等で救護作業に関与した間に、残留放射線による照射及び土砂、瓦礫等の挨、塵芥とともに放射性物質の吸入、また、食物、水等とともにこれらを摂取したことによるもので、初期放射線の照射、残留放射線による照射、放射性物質の体内への取り込み、体内においての長期間にわたる照射と推認されるが、八月七日から九月一一日ころまでの間、時々身体が熱っぽい感じがする程度で、他には特に身体の異常には気がつかなかった。
(乙三の証明書)
三 生活歴及び健康状況
1 被控訴人は、昭和二〇年九月一一日ころ京都府下の家に戻り、乗船業務に従事した。昭和二五年四月初めに下船し、その後、沖仲士などをしていたが、窃盗を繰返すようになり、昭和二五年五月ころ逮捕された。以来、昭和二六年から昭和三二年一一月ころまで滋賀刑務所で、昭和三三年末から昭和三五年四月ころまで京都刑務所で、同年八月から昭和三七年二月まで神戸刑務所で、昭和三九年三月から昭和四六年八月まで岐阜刑務所で、昭和四八年ころから昭和五〇年にかけて神戸刑務所で、それぞれ服役した。
そのほか、昭和五五年に短期間服役し、昭和五七年ころから昭和五八年ころまで広島刑務所に、昭和五八年八月から昭和五九年六月まで大阪刑務所に、それぞれ収容された。
2 自身の健康状態について、被控訴人は、次のように供述あるいは陳述している。
(一) 京都府下の家に戻った直後から、物を持ち上げるなどの力が出ないことに気がついた。また、しばらくして上下の歯茎からの出血や微熱が現れ、一過性の目眩があり、立ち姿勢時に目の前が暗くなり倒れそうになることがあった。また、帰省一、二か月後ころから脱毛が目立ち始めた
(二) 昭和二五年四月に下船したのは、乗船業務中、船内の階段の上り下りが辛く、また船酔いをし、歯茎の出血もあったからである。名古屋の病院や佐世保市内のえきさい会病院で診て貰ったが、特別な異常があるとの診断はなかった。(三) 京都刑務所、神戸刑務所で受刑中、身体の不調による作業拒否をしたため、軽屏禁、減食等の徴罰を受けた。
特に、神戸刑務所では、歯茎からの出血に加えて、背中から肩にかけて荷物を背負っている
ような感じが出始め、激しい耳鳴り、頭痛、目眩などが発現するようになった。そのため、再三作業拒否に及んだ。
(四) 昭和四二年三月、岐阜刑務所内の医療施設の医師に、背部痛、疲労感を訴え、広島で被爆した旨を明らかにしたことから、以後、服役中定期的に治療及び血液検査を受けることになった。さらに、血液検査の結果から、昭和四二年四月から白血球、赤血球が増加する薬の投与を受け、肝機能障害に対する点滴治療を受け、病舎に収容された。そのころに被爆者手帳の交付も受けた。
昭和四八年ころから昭和五〇年にかけて神戸刑務所で服役した際には、多量の鼻血を見たり、貧血があり、疲労感から病舎に収容され、血液検査等を受けた。 その後、広島刑務所に収容されていた際、二度にわたって刑務所外の財団法人広島県集団検診協会による血液検査を受ける機会があった。

(甲二五から二七の各一、二、八〇から八二、一〇〇、一〇一、一〇五、一〇六、乙一、三、四、五及び六の各一、二、乙一二、一三の各一、二、乙一四の一から三、原審証人P1)
四 申請経過
1 被控訴人は、昭和五九年に、大阪市β所在の大阪市民病院で診断を受け、その検査診断結果に基づいて原爆医療法五条の健康管理手当を受けた。昭和六〇年一月に京都市に移り、同月末ころγの区役所で受給手続をして生活保護を受け、現在に至っている。
2 昭和六〇年二月、疲労感が酷いことなどから京都市δの病院で血液検査を受けたところ、白血球数が二九〇〇であったので、特別手当の受給を得ようと、同年三月一八日に原爆医療法七条三項所定の指定医療機関である右京病院で受診し、原爆医療法八条一項による控訴人厚生大臣宛の同年五月一九日付認定申請書(乙一)を、大西潔作成の証明書、京都府福祉部国保援護課長作成の履歴証明書(乙三、四)、同年五月二五日付P1医師作成の意見書及び診断書(乙五、六の各一、二。なお、負傷又は疾病の名称欄は白血球減少症と記載されていた。)を添えて京都府知事に提出し、さらに、被控訴人作成の同年六月二一日付事情説明書(乙八)を追加提出した。
右認定申請書の負傷又は疾病の名称欄は、

肝臓機能障害、白血球減少症

となっていた。
3 控訴人厚生大臣は、昭和六〇年一一月二八日付で被控訴人に対し

申請に係る申請人の疾病は、原爆放射能に起因する可能性は否定できる。

との理由で同申請を却下する本件処分を
した(乙九)。
4 被控訴人は、昭和六一年二月一四日付で本件処分に対する異議を申し立て(乙一一)、補正命令書(乙一二の一)に基づき、昭和六一年二月八日付京都第二赤十字病院医師P2作成の負傷又は疾病の名称に

白血球減少症、血小板減少症、肝障害、高血圧

と記載された意見書等の関係書類(乙一二の二、一三の一、二、一四の一ないし三)を提出した。
控訴人厚生大臣は、同年六月二三日付けで異議申立人の被爆地点、被爆状況等からみて、今日の医学的知見では、申請に係る (被控訴人の)疾病は原子爆弾の放射能に起因するものとは認められない。また、当該疾病が放射能以外の原子爆弾の傷害作用に起因するものとも認められない。との理由で同申立てを棄却した(乙一五)。
五 本訴の提起後の状況
1 被控訴人は、本件処分の取消訴訟を昭和六一年一〇月一一日、自身で(後、弁護士に委任)、京都地方裁判所に提起した(京都地方裁判所昭和六一年(行ウ)第二〇号事件、以下に述べるように、この事件が、実質上、本件京都地方裁判所平成二年(行ウ)第一七号事件である。但し、国を相手方被告としており、後に表示の変更の許可の決定があった。)。
右昭和六一年(行ウ)第二〇号事件について、相手方被告厚生大臣から、昭和六三年二月一六日、移送申立があり、被控訴人側は争ったが、昭和六三年一一月二九日東京地方裁判所に移送する旨の決定があり、抗告、特別抗告がなされ、最高裁判所の平成元年六月八日付の抗告棄却決定により、移送が確定し、東京地方裁判所に移送された。
2 ところが、被控訴人が京都地方裁判所に、厚生大臣を被告として本件処分の無効確認訴訟を提起し(京都地方裁判所平成元年(行ウ)第二二号事件)、これに被告側が応訴したため、東京地方裁判所は、応訴管轄が生じたとして、平成二年六月一三日、移送されてきた事件を京都地方裁判所に移送した。この東京地方裁判所から移送された事件が本件(京都地方裁判所平成二年(行ウ)第一七号事件)として、京都地方裁判所に係属することになった。
3 この間、被控訴人は、京都地方裁判所に、国を相手方として本件損害賠償事件(京都地方裁判所昭和六三年(ワ)第二二四八号事件)を提起していたが、これに、右京都地方裁判所平成元年(行ウ)二二号事件、京都地方裁判所平成二年(行ウ)第一七号事件が併合された。
4 右のような経過から、本件処分の
取消訴訟の実質的な審理は、併合前の右昭和六三年(ワ)第二二四八号事件でなされていたが、それでも、実質的な審理が始まったのは、本件について当初の訴の提起があってから三年三月余を経過した平成二年一月二四日(昭和六三年(ワ)第二
二四八号事件の第七回口頭弁論期日)からであった(なお、本件各事件を除く関連事件は、その後、取り下げられた)。
六 通院状況、検査結果等
1 本件訴訟提起後も、被控訴人は、右京病院、京都第二赤十字病院、中京保健所、京都府立医科大学附属病院、京都市立病院において被爆者検診を受け、また、特別のことがない限り四週間に一度京都市立病院等で受診し、血圧測定、血液検査等を受け、投薬を受けていたが、日常、家で横になっていることがもっぱらであり、右治療にもかかわらず症状は悪化し、平成一〇年一一月、平成一一年八月に肝細胞癌で入院した(甲一三五の診断書、同一五〇の陳述書)。
2 右認定の生活歴から、被控訴人に関しては、岐阜刑務所、神戸刑務所、広島刑務所で受刑中の検査結果及び右各病院での検査結果及び診断結果が残されている。これを整理すると本判決添付(別紙)(三)の一検査結果表(一)(控訴人らの原審第一八準備書面添付。なお、正常値の範囲については、当然、議論のあるところで、控訴人らは白血球数について検査方法も含め問題としている。)のとおりとなる。
右のほかに、被控訴人は、平成元年から同八年にかけて京都府立医科大学附属病院で、平成一二年五月に京都市立病院で受診しているが、その際の検査結果(甲一四二の一ないし五、同一五一の健康管理手当用の診断書)及び京都府立医科大学附属病院での血液検査結果及び骨髄穿刺結果(甲一四三)は本判決添付別紙(三)の二検査結果表(二)のとおりである。
なお、京都市立病院医師P3作成平成一一年一二月二一日付診断書(甲一三五)によれば、被控訴人の病名は

肝硬変(C型肝炎ウイルス陽性)、肝細胞癌合併起立性低血圧

であり、白血球数は、一一月三〇日検査時二二〇〇(内好中球四四・五パーセント、絶対数九七九)、一二月二一日検査時三〇〇〇(内好中球四二・九パーセント、絶対数一二八七)であった。
3 被控訴人の疾病について
(一) 前述のとおり、被控訴人は、被爆直後から一貫して身体が不調であった旨供述(陳述)している。現在の状態から過去を振り返ってのものであるから、誇張した
面が多々あると推測せざるを得ないが、それでも、刑務所内でも検査治療を受けており、検査結果が残っている昭和四二年以降、肝機能のGOT、GPTの数値は一貫して正常値ではなく、昭和六一年一月以降、肝機能検査の結果は、すべて肝機能障害もしくは肝硬変の診断がなされている。
この経過から、被控訴人は、血液に関して受刑中からなんらかの治療を受けていたこと及び遅くとも昭和六一年ころから肝機能障害の疾病があることは疑いがないところである。
なお、肝機能障害に関しては、本件申請書に添付された意見書及び診断書(乙五、六の各一、二)作成時の昭和六〇年五月時点で、HBS抗体・抗原とも陰性(原審証人P1平成四年一二月七日期日尋問調書)であったが、その一年足らず後の昭和六一年一月六日の検査では、HBS抗体陽性、HBS抗原は陰性(乙一三の一)となっており、また、京都市立病院平成八年五月二三日付検査結果では、C型慢性肝炎と診断されている(甲一〇〇)。 放射線起因性に関して、ウイルス感染による疾患を考慮するべきかは検討を要するところである。そして、C型肝炎は、血液を介してC型肝炎ウイルスに感染し、慢性肝炎が長期にわたって続くが、発症までの潜伏期間がながく、ウイルスが発見されたのは平成元年で、検査方法が確立したのはその後である(乙三〇、七七の一ないし六)。
(二) 次に、本判決添付の各検査結果表から明らかなように、五〇〇〇ないし八五〇〇(per cmm)を白血球数の正常値とした場合、被控訴人の白血球数は、一時期を除けば、正常値より少ないことになる。三九〇〇ないし九八〇〇を基準値とした場合でも、検査の大半において基準値より少ない。
前記のとおりP1医師作成の意見書及び診断書(乙五、六の各一、二)には、被控訴人の負傷又は疾病の名称として白血球減少症と記載され、被控訴人は白血球減少症を原爆医療法七条一項所定の疾病であるとして、本件申請をしているところ、控訴人らは、白血球減少症というのは症状であって疾病ではないと主張する。
いかなる基礎疾患によって白血球減少症が生じているかは放射線起因性の存否との関係で当然問題となるが、医師が疾病であるとの意見書及び診断書を作成し
ており、医学事典(甲一三二)の

生体の機能が障害を受け、停止ないし異常をきたしている状態

という定義からしても、白血球減少症が疾病の概念に含まれないとは考えられないので、控訴人らのこの主張について特に検討する必要はない。
七 白血球減少症の原因
1 慢性肝機能障害ないし慢性肝疾患は、脾臓を肥大させ、白血球の減少が生じるが、その機序は、脾臓の機能は老廃した血液細胞を処理(破壊)することにあるところ、肥大した脾腫では赤色髄の増大に伴い、流入した血液が滞り、その結果、血球補足、破壊機能が増し(脾機能亢進)、その結果、末梢血中では血球が減少するというものである。
このように血液細胞の処理(破壊)の増大をきたすので、生体の恒常性維持の働きから、骨髄は造血亢進(骨髄過形成)の像を呈することになる(乙四二の内科学Ⅲ、甲一一四のP4意見書(一))。
右知見を前提に、P4意見書(一)ないし(三)(甲一一四、一二六、一四九)は、骨髄穿刺法での塗抹染色標本顕微鏡所見によれば、日本人の有核細胞数は平均値一五六〇〇〇/μ1(甲一〇七の臨床検査技術全書三、血液検査)、M/E比(白血球系の細胞と赤芽球系の細胞との比率)二・五六を下回っていて、著明な低形成性骨髄といえるもので、平成九年で低形成がいっそうすすんでおり、造血機能低下を示す骨髄低形成は一貫した所見であるとしている。 なお、右P4意見書(一)ないし(三)が根拠としている骨髄穿刺法での検査結果は、以下のとおりである。昭和六〇年(乙五、六の各一、二)有核細胞数六・〇六万/μ1 M/E比二・三場所 胸骨平成九年八月四日(甲一〇五、一〇六。報告書に「低形成骨髄との記載)有核細胞数三・二五万/μ1 Μ/E比二・三
場所 腸骨
また、当審で提出された、京都府立医科大学附属病院での昭和六一年一〇月一八日骨髄穿刺法による検査結果(甲一四三の一、二)は、M/E比二・七一であるが、有核細胞数八八八〇〇/μ1(場所胸骨)で骨髄低形成との診断がなされている。
2 P4意見書(一)ないし(三)は、被控訴人の白血球減少症が造血機能の異常による根拠として、肝機能障害に起因するとすると白血球数が肝臓の症状と整合しないことも挙げているところ、控訴人らは、右論拠に疑問を呈している。 低形成性骨髄が認められれば、控訴人らのこの疑問は、問題にする必要はないところ、低形成性骨髄が認め難い根拠として、控訴人らは、昭和六〇年の検査結果では、分画が正常で、M/E比も正常範囲であるから、骨髄機能は
正常と考えるのが医学的にみて相当であるとか、有核細胞数は日によって変化し、測定の場所によっても異なるので、被控訴人に関してはデータが不足しており、低形成性骨髄との判断はできない等縷々P4意見書に対する疑問点を指摘する。 有核細胞数の確認等について、控訴人らが主張する問題があるにしても、三回の骨髄穿刺法による検査で低形成性骨髄と診断されているのである。そして、この検査が苦痛をともなうものであることは控訴人らも争っていないことからすると、控訴人ら主張の検査結果等の疑問があることをもって、右検査結果さらには骨髄低形成を疑うことはできないというほかなく、被控訴人の白血球減少症は、造血機能の異常に起因するというP4意見書(一)ないし(三)は、論拠のあるものといえる。
第二 疾病の放射線起因性について
一 起因性の立証責任について
1 訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではないが、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とすると解すべきであるというのが確定した先例である。
そして、行政処分の要件として因果関係の存在が必要とされる場合に、その拒否処分の取消訴訟において被処分者がすべき因果関係の立証の程度は、特別の定めがない限り、通常の民事訴訟における場合と異なるものではない。
原審は、原爆医療法八条一項の認定の要件とされている放射線起因性について、
申請者の負傷又は罹患した疾病が、原爆の放射線を原因とする可能性が原爆の放射線以外のものを原因とする可能性より相対的に高いことを証明すれば足り、その場合には厚生大臣は同法八条一項の認定をしなければならないとの立場をとっているが、この見解は採用できない。
2 しかし、疾病の発症には個体差、生活歴という多数の事象が関与しているので、ある疾病がある特定の原因によって生じた機序を直接証明することは、一般的に困難である。さらに、放射線が身体になんらかの損傷を与えることは明らかだとしても、被曝放射線量と身体の損傷の相関関係は明確なものではなく、長期間経過後にその影響が出てくる可能性もある。
(放射線被曝により)出現してきた人体影響は個々の症例を観察するかぎり、放射線に特異的な症状をもっているわけではなく、一般にみられる症状とまったく同様の症状をもっており、放射線に起因するか否かの見きわめは不可能である。しかし、被曝集団として考えると、集団中に発生する疾病の頻度が高い場合があり、そのような疾病は放射線に起因している可能性が強いと判断される。このように放射線後障害は高い統計的解析のうえにその存在が明らかにされてくるという特徴がある。(乙二四の放射線被曝者医療国際協力推進協議会編原爆放射線の人体影響1992一一頁)との記述は、当然の指摘であろう。 これら事情に加え、原爆被爆者の被曝放射線量そのものも推定によるほかないうえ、広島型の原子爆弾の投下は一度のみで、その線量評価については不明な点がある。
このように放射線起因性の存否に関して用いることのできる科学的知見も、経験則も十分なものではなく、確定できる間接的事実も、要証事実(因果関係)推認の推定法則(経験則)も不十分というほかない。
3 もっとも、この点に関し、控訴人らは、被曝放射線量の推定については、核爆発実験結果、広島、長崎の被爆資料に基づく検証結果によって、また、人体に対する放射線被曝の影響については、放射線障害さらに医学等における放射線の利用から、被爆者の推定被曝線量及び人体、臓器及び細胞への放射線の影響について権威ある機関による科学的知見が十分に集積されてきており、これら知見によれば、被控訴人の疾病に放射線起因性がないことは明らかである旨主張し、これを裏付ける多数の資料を提出している(被曝放射線量の推定については乙一七、一九、三二、三三、八六等及び放射線被曝の影響については乙一八の一、二、乙二〇ないし二四、三一、四二、九〇等及び原審証人P5、同P6)。
すなわち、控訴人らは、① 従前の原子爆弾による放射線量推定方式であるT六五D(一九六五年暫定線量)を見直した放射線量評価システムであるDS八六は、線量評価に関し設置された日米合同の委員会により一九八六年(昭和六一年)三月に承認されたもので、被曝線量を検討するうえで、世界的に評価され、信頼に足るものである、② 放射線被曝の人体に及ぼす影響には、線量の増大が障害の発生確率を増大させる確率的影響と線量の増大が障害の症状を重篤化させる確定的影響とがあり、がんの誘発と遺伝的影響のみが前者に属し、それ以外はすべて後者に属する、③ 確定的影響に関しては、一定線量以上の放射線を浴びないと当該組織全体として影響を受けなかったり、影響検出前に回復するしきい値があるとされ、本件で問題となっている肝機能障害及び造血障害は確定的影響であり、肝機能に永続的な障害が生じる耐容線量は一〇〇〇ラド以上であり、白血球減少症は急性の全身被曝の場合でも二五ラド以上である(甲一三一、乙一八の一、二、乙二二、四二、原審証人P6)とも科学的知見が集積しており、そして、DS八六に基づく、被控訴人が被爆した爆心地から一八〇〇メートルにおける空中線量は一五・二ラド程度と推定されるところ、建物等の遮へい効果により、被控訴人の被曝線量はこれよりはるかに少なく、人体の臓器線量は当然これより少なくなり、放射線の人体影響のしきい値からすれば、被控訴人に放射線の影響はまったく考えられないと主張する。4 DS八六の委員会での承認時期(昭和六一年三月)からすると、本件申請時及び異議申立時において、被控訴人の推定被曝放射線量は、いずれもT六五D方式に基づいてなされたと推認されるところ、被控訴人被爆地点の空中線量は、控訴人らの主張するところでは、六・八ラドということであった(原審第六準備書面五丁裏記載)が、前記のとおりDS八六によれば、被爆地点一八〇〇メートルの空中総線量は一五・二ラドということである。
そうすると、本件申請時及び異議申立時において、推定された被控訴人の被曝放射線量は、過少に推定されたことになる。さらに、DS八六にも一定の誤差があることは控訴人らの認めているところであり、その推定被曝量が近距離では過大評
価、遠距離では過小評価であるとかの問題点が指摘されている(甲二、同七八、八七、八八、一二一の各意見書、原審証人P7、同P8。乙三二の一、二の証人調書。他方、乙五五のP9の意見書等、これら見解に対する反論もある。)。 以上、要するに、最新の知見であるDS八六の被曝線量推定方式による被控訴人の推定被曝線量は、本件申請時及び異議申立時に採用されたT六五D推定方式よる被曝線量よりも多いと推定されること、そして、控訴人らの主張するようにDS八六の被曝線量推定方式は、それなりに信頼に足るものであろうが、遠距離被曝ついて問題点が指摘されており、絶対的なものとは見なしがたいということである。5 さらに、一定線量以上の放射線を浴びないと人体に影響はな
く、なんらかの損傷があっても回復し、なんらの後遺症状が生じることがないとのしきい値理論も、絶対的なものとは受け取りがたい。
昭和三三年八月一三日付け厚生省公衆衛生局長の原子爆弾後遺障害治療指針(甲二〇)には、原子爆弾後障害症のうちで最も変化が著しく、発現率の高いのは造血機能障害であること、一見順調に機能が維持されているかにみえるものでも、将来突然変調をきたす場合もあるので注意する必要がある等の記載がある。治療指針のこの記載は、診療方針に関して留意すべき事項を定めたものであり、また、その後の知見の集積により、従前、放射線起因性の証明があったとされていたものが否定されることも生じているであろうことは、控訴人らの主張するとおりであろう。
しかし、

人間の細胞のなかで~放射線にもっとも敏感な細胞は、白血球の一種であるリンパ球である。

(乙二〇の放射線健康管理学三五頁)とか、

増殖中の造血細胞は、身体で最も放射線感受性の高いものの一つである。

(乙二二の電離放射線の非確率影響二六頁)との見解、また、放射線被曝は生体に多大な影響を与える。ことに生体内で増殖能力の高い細胞再生系が影響を受けやすくそのような組織のひとつに造血組織があげられる。放射線被曝による急性障害の鍵を握るのが造血障害であるとともに、被爆者の晩発障害としての白血病が多発することも良く知られた事実であり、その障害がきわめて長期間にわたって持続する。(甲一一三の広島大学原爆放射能医学研究所の年報三二号『一九九一年』)等の見解が示しているように、造血細胞が身体でも最も放射線感受性の高いことからすると、治療指針の右記載が、その後の知見によりまったく無意味となったとは到底考えられない。
さらに、原判決添付(別紙)(八)の平成六年九月一九日付の認定基準(内規)は、被曝放射線量を、爆心地からの距離、遮蔽の存否、滞在時間によって推定し、一定の疾病には確率的影響があるとして、推定放射線量と疾病の種類を対比させて起因性の存否を判断している。認定基準(内規)の推定被曝放射線量及び放射線によって生じる障害内容については異論はあろうが、認定基準(内規)においても、恒久的な造血機能障害については、一〇ラドをもって放射線起因性を認めている。これは、他の障害と比較して造血細胞が放射線感受性が高いことによることを前提と
していると考えられる。
これらの点から、造血作用の異常について、しきい値理論をそのまま当てはめるのは疑問と言うほかない。
二 肝機能障害の起因
1 被控訴人は、肝機能障害と被曝の統計的有意性を強調する。

放射線後遺症は高い統計的解析のうえにその存在が明らかにされてくる特徴がある。

(前記乙二四の放射線被曝者医療国際協力推進協議会編原爆放射線の人体影響1992一一頁)ことは否定できないであろうが、右乙二四においても、放射線に起因している『可能性が強い』と判断されると述べており、個別的な疾病について、統計上の有意性があるとされているからといって、その有意性のある事実が疾病の直接の原因であるとは認められない。
そして、規則正しい生活をしていたから肝炎に罹患することはないとは言えないばかりか、一般に、慢性肝炎はウイルスによるものが多いとされているところ、被控訴人がC型肝炎ウイルスに罹患していることが明らかになったのは平成八年であるが、C型肝炎ウイルスの検査方法が確立したのは平成三年ころであることなど、申請時においてもウイルスに感染していた可能性があり(乙二八、原審証人P1ほか)、被控訴人の慢性肝炎の直接の原因はウイルスによる可能性が高く、肝機能障害については放射能起因性が認められないというほかない。
2 免疫力の低下によってウイルスに罹患することはあるであろうが、そうであれ
ば、当然、肝炎ウイルスに罹患する以前に他の疾病に罹患していたはずであるが、そのような事実は窺えない。
また、認定は個別的な判断であるから、C型肝炎ウイルスの被爆者が認定された前例があることをもって、被控訴人も認定されるべきことにはならないことも明らかである。
三 白血球減少症の起因
1 原判決添付(別紙)(八)の認定基準(内規)においては、確定的影響である恒久的な造血機能障害の場合に、被曝線量一〇ラドで放射線起因性が認められる扱いとなっている。DS八六に基づく推定によれば、被控訴人の被曝地点の放射線総量は一〇ラドを上回ることになるところ、被控訴人の白血球減少症が恒久的であるかはともかく、骨髄による造血異常が原因で、造血機能障害であることは前認定のとおりである。
2 造血作用は放射線感受性が高く、従来、造血機能障害について起因性を認めていた判断も、それなりに根拠があったと考えられるので、被控訴人の造血機能障害による白血球減少症は、放射線起因性のある疾病と認めて相当である。
3 なお、控訴人らは、申請時において、被控訴人の白血球減少症については、データが不足しており、却下処分に違法はなかったと主張するが、申請時に添付されていた意見書及び診断書に骨髄検査の結果全体的に低形成を呈している旨記載してあること(乙五、六の各一、二、原審証人P1)及び被控訴人の申請後の症状の経緯は、結局のところ、申請時の症状が顕在化したと評価せざるを得ないところであって、この主張は採用できない。
第三 要医療性について
前認定のとおり、被控訴人は、申請時以降、少なくとも四週間に一度程度の定期的な医師の診察のほかに、適時の応急的な治療などをも必要とすると認められ、また、平成一〇年一一月、平成一一年八月に肝細胞癌で入院したのであって、急激な衰弱等が生じた場合には応急的な治療が迫られることも十分予想される。 被控訴人の現在の最大の疾病は肝癌であるから、申請時とは治療の必要性は異なっていることになるが、控訴人の症状が骨髄の造血作用の異常に起因することからすると、現在の治療の大半は放射線起因性があると認められ、原爆医療法七条一項に定める医療を要する状態にあるに該当すると認めて相当である。第四 処分の違法性
以上のとおり、被控訴人の白血球減少症は骨髄の造血作用の異常に起因するものであって放射線起因性があり、また、要医療性も認められるので、被控訴人の疾病と原爆放射能の起因性を否定できるとした原子爆弾被爆者医療審議会の調査審議及び判断の過程につき、過誤が認められる。そして、本件処分はこの調査審議及び判断に依拠したことは明らかなので、本件処分は違法事由があることになる。第五 国家賠償について
一 前述のとおり、本件処分はT六五D方式に基づいてなされたと推認されるところ、当時、この線量推定方式も体系的線量評価システムとして取り扱われていたのであり、また、しきい値の理論も放射線による障害の調査・研究に基づくものと評価されていたのである。
放射線起因性の判断において、ある時期の判断基準を、その後に明らかになった原爆による被曝放射線量あるいは被曝放射線による人体の障害についての調査、研究による科学的知見に基づいて、改訂するのは当然であり、その結果、従前ならば、起因性ありとされていたものが起
因性が認められないことになったり、あるいはその逆になったりすることはあり得ることである。
よって、ある時期の当時の科学的知見に基づく判断基準が、後に、その後に明らかになった科学的知見に基づいて改訂されたからといって、その当時の判断基準に基づいてなされた厚生大臣の判断に過失があることにならない。
二 また、その後に明らかになった科学的知見に基づき、判断過程の合理化さらには簡易化がなされることも当然のことで、そのような見地から認定基準(内規)を設けること自体許されることである。
現在、この認定基準(内規)がどのように運用されているかは明らかでないが(控訴人らは、認定の際の振り分けの基準に過ぎないと主張している)、審査会がこの基準に盲従しているものでないことは、平成七年一一月に、近距離被爆ではあるが屋内でのC型慢性肝炎の被爆者が認定されていること(甲六七の一、二)及び
乙八一の陳述書、八四の一、二の審議のための準備書類等から明らかである。 そうだとすると、本件申請時の審査会は適正な手続きに基づき、当時の知見に基づいて審査をしたと認められ、よって、本件処分が控訴人厚生大臣の不法行為に該当するとは認められない。
三 原爆被爆者特別措置法二条又は旧原爆被爆者援護法二四条は、認定があれば申請の日の属する月の翌月から遡及して特別手当が給付される旨規定しているので、本件処分によって損害が生じたとの被控訴人の主張自体検討の余地があるところであるが、いずれにしろ、本件処分が不法行為に該当しないので、被控訴人の損害賠償請求は、特別手当又は医療特別手当の給付に関する損害請求も、慰謝料請求も理由がない。
第六 結論
以上の次第で、本件処分は取り消しを免れないので、これと同旨の原判決は相当で、この部分の控訴は理由がないのでこの部分の控訴を棄却し、他方、被控訴人の損害賠償請求は理由がないので、原判決を取り消し、被控訴人の請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。
大阪高等裁判所第三民事部
裁判長裁判官 岡部崇明
裁判官 白井博文
裁判官 古川行男

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