判例検索β > 平成14年(行ウ)第77号
退去強制令書発付処分取消請求事件
事件番号平成14(行ウ)77
事件名退去強制令書発付処分取消請求事件
裁判年月日平成17年2月3日
法廷名東京地方裁判所
判示事項1 出入国管理及び難民認定法(平成13年法律第136号による改正前)49条1項に基づく異議の申出は理由がない旨の裁決につき,同法施行規則(平成13年法務省令第76号による改正前)43条に規定する裁決書が作成されていないことが,同裁決の取消事由とはならないとされた事例
2 出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく異議の申出を棄却し,在留特別許可を付与しなかった法務大臣の裁決につき,法務大臣に裁量権の逸脱又は濫用があったとはいえず,違法とはいえないとされた事例
裁判要旨1 出入国管理及び難民認定法(平成13年法律第136号による改正前)49条1項に基づく異議の申出は理由がない旨の裁決につき,同法施行規則(平成13年法務省令第76号による改正前。以下同じ)43条が裁決は同規則別記第61号様式による裁決書によって行う旨規定したのは,法務大臣の裁決を書面で行わなければ有効に成立しない要式行為として定めたものとまでは解されず,退去強制手続における外国人の権利保障の観点から,容疑者が退去強制事由に該当するか否かの判断を慎重かつ的確に行わせるとともに,後続する機関への引渡しを確実に行わせることを目的としたものであると解されるとした上,裁決書を作成することなく行われた法務大臣の前記裁決には瑕疵があるが,裁決書は,退去強制事由が存するか否かに関する法務大臣の判断が適正に行われることを担保するための手段にとどまるものであるから,出入国管理及び難民認定法(前記改正前)24条4号ロに規定する退去強制事由があること自体について容疑者が争っていたとは認められないことからすれば,前記裁決における法務大臣の判断の適正の確保の点に影響があったものとは認められず,同裁決を取り消さなければならないほどの瑕疵が存するとはいえないとされた事例
2 休暇目的,短期滞在資格で本邦に入国し,在留期間経過後も残留していたイラン・イスラム共和国籍を有する者がした出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく異議の申出を棄却し,同人に対し在留特別許可を付与しなかった法務大臣の裁決につき,在留特別許可の判断については,我が国の国益を保持し出入国管理の公正を図る観点から,当該外国人の在留状況,特別に在留を求める理由の当否のみならず,国内の政治,経済,社会等の諸事情,国際情勢,外交関係,国際礼譲などの諸般の事情を総合的に勘案してその拒否を判断する裁量権が法務大臣に与えられているところ,前記の者が本国において反政府活動をしていたとの事実は認められず,同人が難民に当たるとは認められないことなどからすれば,法務大臣の前記裁決に裁量権の範囲を逸脱した違法があるとはいえないとした事例
裁判日:西暦2005-02-03
情報公開日2017-10-19 20:19:52
裁判所の詳細 / 戻る / PDF版
主 文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告法務大臣が平成13年11月16日付けで原告に対してした出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく原告の異議の申出は理由がない旨の裁決を取り消す。2 被告東京入国管理局主任審査官が同日付けで原告に対してした退去強制令書発付処分を取り消す。
第2 事案の概要
本件は,被告法務大臣から,出入国管理及び難民認定法(平成13年法律第136号による改正前のもの)49条1項に基づく異議の申出は理由がない旨の裁決を受け,被告東京入国管理局主任審査官から,退去強制令書の発付処分を受けた原告が,上記裁決について同法施行規則(同年法務省令第76号による改正前のもの)43条に規定する裁決書が作成されておらず,また,原告に在留特別許可を認めなかった上記裁決には,被告法務大臣が裁量権の範囲を逸脱した違法があると主張して,被告法務大臣に対し,上記裁決の取消しを求めるとともに,被告東京入国管理局主任審査官に対し,上記裁決を前提としてされた上記退去強制令書の発付処分の取消しを求めている事案である。
(以下,平成13年法律第136号による改正前の出入国管理及び難民認定法を出入国管理法といい,同改正より更に前の改正前の同法を指す場合には,括弧書を付記してその旨を明らかにする。また,平成13年法務省令第76号による改正前の出入国管理及び難民認定法施行規則を出入国管理法施行規則という。さらに,被告東京入国管理局主任審査官を被告主任審査官という。)
1 前提となる事実(これらの事実は,いずれも当事者間に争いがない。)(1) 原告の国籍並びに本邦への入国及び在留状況について
ア 原告は,1966年(昭和41年)にイラン・イスラム共和国(以下イランという。)において出生したイラン国籍を有する外国人である。イ 原告は,平成2年12月12日,マレーシア王国(以下マレーシアという。)を経由して,新東京国際空港(以下成田空港という。)に到着し,東京入国管理局(以下東京入管という。)成田空港支局入国審査官に対し,外国人入国記録の渡航目的の欄にHOLIdays(休暇の意と解される。),日本滞在予定期間の欄に6days(6日間)と記載して上陸申請し,同日,同入国審査官から,出入国管理法(平成3年法律第71号による改正前のもの)所定の在留資格短期滞在及び在留期間を15日とする上陸許可を受け,本邦に上陸した。ウ 原告は,その後,在留期間の更新又は在留資格の変更を申請することもなく,在留期間の満了日である平成2年12月27日を超えて本邦に不法残留することとなった。
エ 原告は,平成13年7月30日,不法残留容疑により警視庁久松警察署員に逮捕された。
オ 原告は,同年8月20日,不法残留容疑により東京地方裁判所に起訴され,同年9月26日,同事件について○の有罪判決を受けた。
(2)原告の退去強制手続について
ア 東京入管入国警備官は,違反調査を実施した結果,原告が出入国管理法24条4号ロに該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして,平成13年9月25日に被告主任審査官から発付された収容令書に基づき,同月26日,同令書を執行し,原告を出入国管理法24条4号ロ該当容疑者として東京入管入国審査官に引き渡した。イ 東京入管入国審査官は,同月27日,同年10月17日及び同月18日,違反審査をした結果,同月18日,原告が出入国管理法24条4号ロに該当する旨の認定を行い,原告にこれを通知したところ,原告は,同日,口頭審理を請求した。ウ 東京入管特別審理官は,同月29日,口頭審理を実施した結果,同日,入国審査官の上記認定に誤りのない旨の判定を行い,原告にこれを通知したところ,原告は,同日,被告法務大臣に異議の申出をした。
エ 被告法務大臣は,同年11月16日,原告からの上記異議の申出は理由がない旨の裁決を行い(以下本件裁決という。),同裁決の通知を受けた被告主任審査官は,同日,原告に本件裁決を告知するとともに,退去強制令書を発付し(以下本件処分という。),東京入管入国警備官は,同月19日,原告を東京入管収容場に収容した。

なお,在留に関する異議申出の裁決(出入国管理法49条3項,50条)については,法務大臣訓令である法務省文書決裁規程(平成元年11月14日秘法訓第937号)により,被告法務大臣を文書施行名義人とし,重要なものは被告法務大臣が,一般のものは法務省入国管理局長がそれぞれ決裁者として手続を行うものと規定されており,原則として,被告法務大臣から上記裁決に係る決裁権限を委譲された法務省入国管理局長が専決しているところ,本件裁決の決裁者も,法務省入国管理局長であった。
また,本件裁決に当たり,出入国管理法施行規則43条の規定する裁決書は,作成されなかった。
オ 東京入管入国警備官は,平成13年12月4日,原告を入国者収容所東日本入国管理センター(以下東日本入国管理センターという。)に移収した。原告は,平成15年1月22日,仮放免された。
(3) 原告の難民認定申請手続について
ア 原告は,平成14年6月27日,難民認定申請を行った。
イ 被告法務大臣は,上記難民認定申請について,不認定とする処分を行い,平成15年3月3日付け通知書により,原告にこれを通知したところ,原告は,同月31日,被告法務大臣に異議の申出をした。
ウ 被告法務大臣は,上記異議の申出には理由がない旨の決定を行い,同年7月31日付け通知書により,原告にこれを通知した。
2 当事者双方の主張
(原告の主張)
(1) 裁決書が作成されていないことによる本件裁決の手続上の瑕疵ア 本件裁決には,裁決書が作成されなかったという重大な手続上の瑕疵がある。そして,裁決書不作成という手続上の違法は,そのこと自体が独立の取消原因たり得るものであるから,本件裁決は取消しを免れないものである。イ これに対し,被告らは,裁決書が作成されなかったとしても,本件裁決は有効に成立した旨主張するが,同主張は,以下のとおり,理由がない。(ア) 法令に違反する裁決書の不作成
出入国管理法施行規則43条は,

法第49条第3項に規定する法務大臣の裁決は,別記第61号様式による裁決書によって行うものとする。

旨規定しているのであるから,被告法務大臣が出入国管理法49条3項に規定する裁決を行うに当たり,裁決書の作成を省略することは,到底許されず,裁決書を作成することなく行われた本件裁決には,この点において瑕疵があることは明白である。(イ) 法令に違反する行政実務を正当化することは許されないこと被告らは,出入国管理法施行規則43条所定の裁決書には,在留特別許可の必要なしとの判断に係る前提事実等が記載されるものではないから,不法に残留する者であることについて争いがない場合には裁決書を作成する必要性は極めて少なく,行政実務において同条所定の裁決書を作成していないのは,かかる点を考慮したものにほかならない旨主張する。
しかし,仮に,行政実務上,裁決書を作成する必要性が極めて少ないというのであるならば,まずもって,上記施行規則を改正するべきであって,法令に違反する行政実務を追認することは許されるべきではない。法令上,出入国管理法49条3項に規定する被告法務大臣の裁決は裁決書によって行うものとする旨明確に規定されているのであるから,裁決書作成の必要性が低いことを理由に,裁決書不作成の事実を正当化する被告らの主張は失当である。
また,裁決書に記載されるべき事項に関する被告らの主張は誤りである。すなわち,出入国管理法49条3項に規定する裁決の判断内容として裁決書に記載すべき事項は,容疑者からの異議の申出に理由があるか否かであるが,同条1項に規定する容疑者からの異議申出の理由は,出入国管理法施行規則42条が定めているとおりであり,同条4号は退去強制が著しく不当であることを掲げているのであるから,同号を理由とする異議の申出があったときは,裁決書にはこれに対する判断を記載すべきこととなるのであって,裁決書には在留特別許可の必要なしとの判断に係る前提事実等が記載されるものではないとする被告らの主張は採用できない。さらに,出入国管理法49条3項の規定する異議の申出に理由がない旨の裁決には,在留特別許可に関す
る判断が含まれていることは明らかであるから,この点からみても,被告らの主張は採用できない。
(ウ) 本件裁決が有効に成立していないこと

上記(ア)のとおり,出入国管理法施行規則43条は,同法49条3項に規定する裁決は,同法施行規則別記第61号様式による裁決書によって行うものとする旨明確に定めているのであって,裁決書によらない裁決は一切想定されていない。実質的にみても,退去強制手続は,人身の自由にかかわる手続であって,行政庁の恣意的判断を規制して,手続遂行の公正・適正と容疑者の人権への適正な配慮を確保する必要性が極めて高いものであり,出入国管理法施行規則43条が,同法49条3項に規定する裁決は裁決書によって行うものとするとした理由もこの点にある。そうであるとすれば,裁決書が作成されたことが,裁決の成立要件又は効力要件になると解すべきである。
(エ) 本件裁決は取消しを免れないこと
a 仮に,裁決書が裁決の成立要件又は効力要件ではないとしても,裁決書不作成の瑕疵は,重大かつ明白なものであるから,裁決の取消しは免れない。b すなわち,行政不服審査法では,審査請求に対する裁決は,書面で行い,かつ,理由を附し,審査庁がこれに記名押印をしなければならないものとされており(同法41条1項),かかる書面に理由の記載がない場合や審査庁の記名押印がない場合には,形式上の瑕疵により裁決は無効となり得るものとされているところ,行政不服審査法以上に慎重な手続を用意したはずの出入国管理法上の退去強制手続において,法令の要求する裁決書が作成されていなくても,裁決の効力に影響がないと解するのは不当である。
出入国管理法施行規則43条が裁決書の作成を要求した趣旨は,被告法務大臣の判断の適正を確保する点にあるところ,本件裁決においては,被告法務大臣から決裁権限を委譲された法務省入国管理局長が決裁を行っているのであるから,なおさら判断の適正の確保が必要となる。
以上のことからすると,法令上,作成が義務付けられている裁決書を作成しないという手続上の瑕疵は,重大かつ明白であることは明らかである。ウ 以上のとおり,本件裁決には,裁決書が作成されなかったという重大な手続上の瑕疵があり,同瑕疵は,退去強制手続制度の根幹にかかわる手続違反であって,出入国管理制度及び出入国管理行政全体の信用をもゆるがしかねないものであるから,本件裁決は,取消しを免れないものというべきである。(2) 本件裁決における被告法務大臣の裁量権の逸脱
ア 原告は,以下のとおり,イランにおいて,反政府組織であるムジャヘディーン・ハルク(以下MEKという。)に参加して政治活動を行っていたため,イランに送還されれば,イラン政府により,拷問等をはじめ生命・身体に対する迫害を受ける危険があるから,難民の地位に関する条約(以下難民条約という。)1条A(2),難民の地位に関する議定書(以下難民議定書という。)1条の規定する難民に該当するものであり,また,拷問及び他の残虐な,非人道的な又は品位を傷つける取扱い又は刑罰に関する条約(以下拷問等禁止条約という。)3条1の規定により,イランへの送還が禁止されているものである。したがって,原告に在留特別許可を付与しないでされた本件裁決には,被告法務大臣がその裁量権の範囲を逸脱した違法がある

イ 原告が難民条約上の難民であること
(ア) イランにおける人権状況
a 一般的な状況
(a) イランにおいては,1979年(昭和54年)のイスラム革命以後,反政府活動家や宗教家への弾圧が行われていることが数多く報告されており,現在もなお,これら反政府活動家に対する超法規的な処刑や,拷問,残虐な行為,恣意的な逮捕・収容,不公正な裁判が行われているとの報告が後を絶たない。これは,国際連合難民高等弁務官事務所(以下UNHCRとい
う。)がまとめたイランからの難民申請者のための背景資料(1998年〔平成10年〕9月。甲1)や,同資料で引用されている米国国務省の国別人権報告書,国際的な人権擁護団体アムネスティ・インターナショナル,ヒューマン・ライツ・ウォッチ等の報告書からも明らかであって,イランにおいては,原告が迫害の恐怖を抱くような客観的事情が存在している。
(b) 上記事実は,被告らが提出した英国移民局の報告書(2001年〔平成13年〕4月。乙19)の次のような記載からも認められる。4.37 イスラム教の至高性に関するイラン憲法の原則への公的な反対は許容されない。ほとんどの独立な組織も禁止され,体制に取りこまれ又は瀕死の状態である。政権は,外国にいる著名な政治的反対者の活動を密接に追跡し,彼らの活動を混乱させる試みをし,かつ,時にはそのようなリーダーの政治的暗殺を実行する。

4.38 イランの高級公務員への侮辱,ホメイニ師の追憶を冒すこと,イスラム共和国リーダーへの反対は,もし冒涜とされれば処刑,又は6月から5年の刑のおそれを招く。

5.4 イラン政府の人権記録は貧弱である。

5.5 体系的な人権侵害のレポートは,超法規的殺害と即決処刑,失踪,広範囲に及ぶ拷問その他の品位を傷付ける取扱い,厳しい刑務所の状況,恣意的な逮捕と勾留,適正手続の欠如,不公平な裁判,市民のプライバシーの侵害,言論,集会,結社,宗教及び移動の自由の制限を含んでいる。

5.7 海外に流出した数人の反対者は追跡され,イラン政府のエージェントによって近年殺害された。人権はなお侵害され続け,いくつかの地域では状況は悪化したと考えられた。

5.21 恣意的な逮捕と勾留はイラン社会の特徴だった。1997年に,スパイ活動又はその他の政治的な活動の容疑で逮捕された多くの人々は,起訴又は裁判されることなく,また,伝えられるところでは彼らの選んだ弁護士その他の法律家とのアクセスがなく,拘束され続けた。

6.62 1997年,亡命した反対者の処刑が国外で行われた。それぞれトルコ,ドイツ及びスイスで,情報及び治安省を含む命令で暗殺者が国外にいるイラン人の処刑を実行したとして有罪とされた。

b MEKに対する迫害の状況
(a) MEKは,1970年代初頭に設立された極左イスラムゲリラである。もともとは,大学教育を受けたイラン人商人の子息たちによって設立され,シャー体制における極端な西洋の影響力と認められたものに対抗し,1979年にはテヘランの米国大使館占拠を支援したが,その後は,現体制に対しても反政府活動を展開するようになり,マルクス主義とイスラム教を混合した哲学に従って,武装したイラン反政府グループの中で最大かつ最も活動的なものに発展した。
上記aのとおり,イランにおいては,反政府活動家に対する超法
規的処刑又は逮捕等が行われているが,UNHCR作成のイランからの難民申請者のための背景資料では,MEKや,そのリーダーがフランスに亡命して結成した国民抵抗評議会の構成員に対する迫害についても報告されている。
(b) 英国移民局の報告書は,MEK関係者に対する迫害状況についても,次のとおり指摘している。

4.37 イランの中では,戦闘的な政治的反対者,特にムジャヘディン・ハルク(MEK)のメンバーは処刑又は長期間の刑を受ける。

4.42 反体制派であるムジャヘディンへのイラン政権による取扱いは極めて厳しく,多くの処刑と拷問のレポートがあった。MEKのメンバーであると判明している者若しくはメンバーであると疑われている者がもしイランで捕まれば処刑又は長期間の投獄に直面した。c 以上のとおり,イラン国内においては,1979年のイスラム革命以後,反政府活動家や宗教家に対する超法規的な処刑や,拷問,残虐な行為,恣意的な逮捕・収容,不公正な裁判がされ,特に,MEK関係者と疑いをかけられた場合には,生命及び身体に対する重大な危険が生じる高度の蓋然性があったというべきである。
(イ) 原告の経歴
原告本人尋問の結果及び原告からの供述録取書等(甲4,甲6の別紙2,甲7。以下,これらを併せて原告の供述ともいう。)によれば,原告の経歴は,以下のとおりである。
a 原告は,1966年(昭和41年)○月○日,イランのテヘランで,7人兄弟の末子として生まれ,テヘラン市内の小学校及び中学校を卒業して,高校に入学したが,2年生のときに一度留年し,3年生で中退した。
b 原告が,中学生になった1979年(昭和54年)にイスラム革命が起きた。革命前のパーレビ国王のころには言論の自由がなかったが,ホメイニ師は,革命を起こせば自由な生活が送れる,民主主義の国家を作り上げるというようなことを言っていたので,国民は革命を支持した。後に原告がメンバーとなるMEKも革命当初はホメイニ師を支持し,内戦では先頭で戦っていた。
ホメイニ師は,革命成功後の演説で,

これからは電気代も,税金も何もいらない。この国は豊かな国なので,公共料金はいらない。

などと言っていた。しかし,原告は,言葉だけの政治家を信用せず,ホメイニ師の言葉に熱狂的にはならなかった。
その後,新政府やホメイニ師への批判者が逮捕されたり,処刑されるようになり,現実は何も変わらないことが分かった。MEKも宗教の敵だということになり,新聞を出すことも禁止された。
c 当時原告は,まだ中学生であったが,ホメイニ師の言うことがおかしいと強く思うようになった。原告の長姉P1は,パーレビ国王時代にテヘラン大学で政治運動をしており,短期間であるが警察に逮捕されたこともあった。原告も,長姉P1から,子ども向けの社会問題について書かれたサマッド・ベヘランギの著作を買ってもらうなどして,政治思想の形成に影響を受けた。そして,原告は,中学校時代からMEKの活動を支援し,参加するようになった。中学校の宗教のP2先生が,授業中にもホメイニ師に対する批判的な意見を述べていたことから,原告は,同先生の紹介で,MEKの事務所に出入りすることになった。なお,中学校の技術のP3先生は,MEKではなく,ファダイヤン・ハルクの活動家で,よく金曜日になると運動仲間らと山登りをして,人里離れて運動方針について話し合い,原告も誘われて何度か山登りに参加したこともあった。原告は,本来であればファダイヤン・ハルクのイデオロギーの方が自己の考えに近く,MEKのイスラム原理主義的傾向には疑問を持っていたが,運動の影響力と実力を考えて,原告は,ファダイヤン・ハルクではなくMEKに参加した。d 原告が出入りしたMEKの事務所は,αという名前がつけられ,テヘランでは一,二を争う大きな事務所であり,多いときには50人から60人位のメンバーがおり,事務所に寝泊まりすることもできた。
そして,原告は,新聞を配ったり,選挙のポスターを貼ったりするようになり,毎日活動に参加し,学校でも新聞を配っていた。学校では,事実上リーダー格として,MEKの新聞を配布して活動に誘い,学校外でも,MEKの新聞を街頭で広げて道行く人に見せ,興味を持った人には売ることもあったし,P4のようなMEKのリーダーが参加する会合や演説会には警備担当の一人として動員された。また,原告は,テヘラン大学で行われたP4による自らの著作TabiynJahan(世界を説明するの意)に関する講義を,中学校の授業が終わった後,ほぼ毎日通って一番前の席で聞き,この人ならイランを救ってくれると思っていた。原告は,MEKの活動に参加した当初のころは,大規模弾圧にまで発展するとは思っていなかったので,特に隠れて活動することもな
かった。
e 原告は上記活動をする中で,ヘズボラ(Hezbolah)関係者に殴られたことは何度もあった。ヘズボラは,政府の正式な組織ではないが,ホメイニ指揮下にあるKomiteEnglaba(以下Komiteという。)という組織から指揮され,反政府活動家やイスラムの教えに反対する人を弾圧するための集団である。原告は,新聞を配布している際,5,6人のヘズボラの男性から新聞を奪いあげられ,路上に倒され,殴る蹴るなどの暴行を受けたこともあった。彼らは,

もう二度とこんなことをするな。

と言って原告の活動を牽制するとともに,同じように新聞を配布している別のMEKの活動家を襲撃しに行った。原告は,このような経験を何度もした。
その後,政府による取締りが厳しくなり,MEKの事務所も閉鎖され,原告らは,知り合いのところで秘密に会合を持ったり,MEKリーダーの演説テープを密かに渡すなどして,地下活動を続けた。
f 原告は,中学校のP3先生とは,山登りや食事の機会に意見交換をしていたが,しばらくして連絡が取れなくなっていたところ,知人から,P3先生やP2先生は逮捕され,βという政治犯専用の監獄に入れられたことを知らされた。原告は,その後,両先生とも処刑されたことを知った。
g 原告の恋人であったP5は,原告の影響もあってMEKの会合に参加するようになったが,16歳の時,MEKの女性活動家の会議に参加している時に逮捕され,その半年後に処刑された。
同女は,原告の親戚で,近所に住んでいた幼なじみであり,10歳を過ぎてからは結婚しようと話し合っていた仲だった。原告は,同女の母親から,同女が自宅近くの家で集会中に逮捕され,β監獄に投獄されたことを知らされた。イスラムの教えでは,18歳以下のヴァージンの女性を殺すことは許されないため,同女は殺される前にレイプの被害にあったことは明らかであった。

h 原告は,通っていた高校のP6という教頭から,原告の活動を察知され,

いつか捕まえる。

などと脅されたこともあり,姉とも相談して,3年生のときに高校を中退した。
i 原告は,高校を中退した後,イランには自由がなく,このまま活動をしていたら必ずや逮捕,投獄,処刑されることから,イランを出国するしかないと思い始めていた。しかし,イランでは兵役に従事しないで出国するにはお金が必要であったが,原告にも原告の家族にもお金はなかった。そうかといって,高校を中退して町中を歩いていれば,不審者としてKomiteから呼び止められ,徴兵されるだけであった。そこで,原告は,軍隊に行き,仮にその後生き延びることができれば出国しようと考えた。
j 原告は,19歳から2年4か月間,ホメイニ師の親衛隊であるイラン革命防衛隊ではなく,一般軍隊の兵役に就き,イラン・イラク戦争に参加した。原告は,兵役中も,軍隊内部のAgidatiSiyaciといイスラムの規律を守らせるグループから,なぜ祈祷をしないのかと何度も呼び出しを受けた。原告は,自分の反イスラム感情を抑えて,早く兵役を終えて出国しようと思っていたが,それでも何度か衝突しそうになったことがあった。
一度は,上官から

なぜ祈りをしないのか。あなたが祈りをする姿を一度も見たことがない。

と詰問された際,原告は,思わず

イスラムを信じていない。

と真実を述べたところ,上官から

あなたはホメイニを信じていないのか。

と言われ,原告も

あなたも,ホメイニも同じ,くそったれだ。宗教を利用しているだけだ。あなたもホメイニも嘘つきだ。

と言ってしまったことがあった。翌日,原告の発言が軍の上層部に報告されそうになったが,最終的に,原告が親しくしていた上司が仲裁をしてくれたため,事なきを得た。仮に報告がされれば,原告が処刑されることは確実であった。
k 原告は,兵役終了後,出国のため旅券を取得しようと思ったが,そのためには,まず兵役終了証明書を取得し,その後,旅券の申請をしなければならず,通常半年間かかることになっていた。原告の三姉P7の夫が,長距離のトラック運転手をしており,ヨーロッパ各国まで仕事で行っていたことから,原告が旅券を取得したら,すぐにオーストリアのウィーンに行くための準備をしてくれるという話になっていた。
原告は,その準備ができるまでの間,五姉の夫のところで指輪の製造を手伝って働くこととした。場所は,テヘランから車で40分くらいのところにあるγというところであった。そこで,原告は,町中を歩いている際,偶然,女性が投石により処刑される場面を目撃し,ますますイランを嫌悪することになった。なお,ここでも,原告は,フランスから知人が入手したMEKの新聞や,P4の演説テープを親戚などに回すなどの活動をしていた。
ところが,旅券ができる前に,頼っていた三姉夫婦とその子(当時7歳)が,もう一人の子を残して交通事故で死亡してしまった。そのため,原告がウイーンに行くという夢は消え去った。そして,原告は,一人の残された三姉夫婦の子(当時9歳)を育てることとなった。
原告は,三姉の死亡後,旅券を取りに行くことになったが,誰かに待ち伏せされて殺されるのではないかと恐怖を懐き,四姉に代わりに取りに行ってもらおうと頼んだこともあった。しかし,うまくいかなかったので,最終的には,原告が,旅券発行窓口の取扱時間終了間際まで待って取りに行った。終業間際になれば,監視もなくなるか,ゆるくなるかもしれないと思ったからである。l 原告は,その後1年半ほどアルバイトを続けたが,ヨーロッパに行くお金は貯まらなかった。一方で,イラン政府による反政府活動家への弾圧は厳しさを増し,MEKのメンバーも亡命を余儀なくさせられた。三姉の子も11歳になり,四姉が,原告に対し,

子の面倒は自分が見る。あなたは危ないから外国に行きなさい。

と言ってくれたので,原告は,イランを出国することとし,姉から金を借りて,来日した。
(ウ) 原告の供述の信用性
a 原告の供述の信用性が認められること
原告は,上記(イ)のとおり,自らの経歴とイランにおける活動について供述しているところ,原告の供述は,その内容において概ね自然で合理性を有するものであり,特に恋人や学校時代の教師がMEKの活動によって逮捕・処刑された経緯等,体験した者でなければ語ることが難しいと思われるほど具体的かつ詳細であり,MEKの事務所が閉鎖され,MEKの幹部らが国外に亡命をした経緯等,イランの
客観的情勢にも概ね符合し,具体性の程度も全体的に均一なものと評価することができ,アンバランスに具体性を有する部分や具体的であって然るべき事柄について抽象的な供述がされているという点も見受けられず,基本的に信用することができるものである。
バニサドル元イラン大統領から原告に来た2通の手紙(甲5の1ないし3,甲8の1及び2)には,原告がイランでMEKのメンバーとして政治活動を行っていたことを証明する旨や,イランの政治や人権状況からすると,原告がイランに送還されたならば,非常に大きな危険にさらされる旨が記載されているが,これは,原告が同元大統領あての手紙に,自らの経歴とイランにおける活動について詳細に書いたからこそ(甲6の別紙1及び2),原告がMEKに参加し,現政権に反対する者であることを同元大統領が信用した証として送付されたものであり,原告の供述の信用性を裏付ける証拠というべきである。
b 被告らは,原告が退去強制手続において,イランに帰国した場合に迫害又は拷問のおそれがある旨の供述をしていない旨主張する。
(a) しかし,被告らが証拠として提出している退去強制手続で作成された各調書は,原告の供述した内容を東京入管職員らが要約して,必要な事項をまとめたものであって,原告の供述そのものがすべて再現されているわけではない。
(b) 原告が,退去強制手続において調書の内容に十分な注意を払わずに署名をしてしまったのは,刑事弁護人からのアドバイスがあったからでもあった。
すなわち,原告は,不法滞在により逮捕・勾留され,起訴された
者であるところ,本人尋問において,

国選弁護人の弁護士から,「執行猶予を得るためには,裁判で,オーバーステイしたことに罪を感じていますと素直に謝ればそれで終わる。

と言われた。これに対し,原告は,謝ることはできるが,イランに帰ったら命が危ないと訴えたところ,同弁護士は,

退去強制手続で,入管からのインタビューのときに,帰りたくないと言い続ければよい。

と言った。また,同弁護士は,入管では3回インタビューを受けるが,帰りたくないと言い続ければよく,細かい内容を教える必要はない。その後茨城の入管に入ったら,弁護士がついて,そこから始まる話だから,イランに帰ったら命が危ないなどと一切言う必要はない。と言った。」旨供述している。
そして,原告が,上記弁護士に対し,イランでの迫害に関する事
情を説明したことは,同弁護人作成の平成13年9月26日付け弁論要旨(乙27の3)に入国目的は,過酷ともいえる母国での極めてつらい体験から避難するとともに,・・・と記載されていることからも,明らかである(なお,上記弁論要旨の作成日付は,退去強制手続に入る前のものである。)。
その上で,上記弁護士の説明は,原告が帰りたくないという意思
表示を繰り返すことで,原告の送還には時間がかかるものとして,茨城の東日本入国管理センターに移収させ,その上で訴訟で争うことをアドバイスしたものと思われる(退去強制令書が発付されても,実務上は,あくまで容疑者に対して任意の自費出国を求めており,それに従わない者は茨城の東日本入国管理センターに移収される。)。そのため,上記弁護士の説明の強調点が,同センターへまずは移送させることにあったので,入管でのインタビューの詳しい内容についてのアドバイスはなかったものと思われる。
そもそも,原告が退去強制手続について詳しい説明を上記弁護士
から受けなかったことは極めて不幸なことであったが,その後,原告が東日本入国管理センターから上記弁護士を呼んだが,同弁護士からは,専門ではないので原告の依頼を受けることはできないと言われたのである。
以上のとおり,原告は,上記弁護士から,刑事裁判において,と
にかく謝罪をして,弁解をしないようアドバイスを受けたことから抑制され,さらには,出入国管理法に不慣れな同弁護士のあいまいなアドバイスによって,とにかく帰りたくないということを繰り返し主張すればよいと誤信し,その結果,退去強制手続における各調書の内容には十分注意を払っていなかったものである。(c) また,当時δにあった東京入管の収容施設の劣悪な拘禁状態のため,原告が精神的にも疲弊していたことも,退去強制手続における供述内容の不十分さに影響している。
すなわち,原告は,13人の中国人と一緒に一つの部屋に押し込め
られていたところ,13人の中国人は朝までトランプをするなどして,中国語で話し続け,日々言い合いをしていたため,原告は,精神的に参っていた状態で,長時間の事情聴取を受けたのである。したがって,原告の精神状態も加味して,原告の当時の供述内容を理解する必要がある。
(d) もっとも,このような状況下で作成された調書にも,次のとおり,迫害の危険について触れられている箇所があり,真相の残滓が見受けられるというべきである。
ⅰ 東京入管入国審査官作成の平成13年9月27日付け審査調書(乙9)

18歳の時,彼女がいて彼女は16歳だったのですがイラン政府を非難する発言をしたことで警察に捕まり,ろくな裁判を受けられないまま死刑となったのです。

ⅱ 東京入管入国審査官作成の同年10月17日付け審査調書(乙10)

私の恋人は16歳で死刑に裁判もなくされてしまったのです。私はそんな国のやり方が嫌でした。元々私がイランを出国したのはイランにいたくなかったからです。ですので日本にいさせてもらいたいのです。

ⅲ 東京入管入国審査官作成の同月18日付け審査調書(乙11)

私はもし,日本にいられないとしてもイランに帰るつもりはありません。私は,もし帰国することになればそのときは死んでいます。そこまで私はかけているのです。

私の国イランは裁判もなしに人を殺すような国です。人間らしく生きることが許されない国なのです。そんな国など絶対に帰りたくはないのです。

ⅳ 東京入管特別審理官作成の同月29日付け口頭審理調書(乙13)問 あなたの恋人が16歳で殺されたというのはなぜですか。答 親戚の娘ですが,子どものころから結婚する相手と決められていました。でも成長するうちに好きになり,私は本当に結婚するつもりでいました。しかし,彼女はイラン政府に反対する新聞を配っていて捕まり,処刑されたのです。問 あなたはそれをどうやって知ったのですか。答 銃殺されたあと,死体は家族に引き渡され,指定の場所に埋葬されます。ですから私は知っているのです。問 あなたは新聞を配っていたのですか。答 はい。私も新聞を配っていました。でも私は捕まったことはありません。問 学校の先生が殺されたのはどうしてですか。答 つまり反体制の新聞を売ったり,グループなどで活動すると捕まるのです。個人で道端で政府の悪口を言うことぐらいでは殺されはしません。しかし,有名なモジャヘディンとか,他にもいくつかグループがあるのですが,そういうグループに入って活動していることがわかると逮捕され,処刑されるわけです。恋人もモジャヘディンに入っていました。私が捕まらなかったのは,モジャヘディンに入るか,ファダイヤン・ハルクという社会主義のグループに入るか迷っていて,決められず,どちらにも加入していなかったためです。イスラム教を捨てるか,イスラム教を選ぶか自分で決意できないうちに,徴兵されたのです。私は,高校をやめたために徴兵されています。ⅴ 以上のとおり,原告が退去強制手続において,帰国した場合に迫害又は拷問のおそれがある旨の供述を何らしていないという被告らの主張は理由がない。
なお,東京入管入国特別審理官作成の口頭審理調書(乙13)に
おける原告の供述は,原告が反政府組織に加入していなかったことを除いて,基本的には原告本人尋問における供述内容と異ならない。
反政府組織に加入していなかったとする上記供述についても,
ここで留意すべきは,

恋人は捕まり,あなたはなぜ捕まらなかったのか。

という特別審理官の問題関心が貫かれている点であり,原告が同審理官の理詰めの質問によって,捕まらなかった理由として加入していなかったと答えさせられたようにも思える。実際,上記口頭審理調書において,原告は,恋人がMEKに加入していたこと,恋人が反体制の新聞を配布していたこと,原告自身も反体制の新聞を配布
していたことは供述しているのであり,そうであれば,原告自身もMEKに加入していたと解するのが自然かつ合理的である。実際,原告も,上記口頭審理調書において,反体制の新聞を配っていたと供述しているのであるから,MEKの活動をしていたことは明らかなのである(し
たがって,MEKの活動をしていたことは,すでに退去強制手続の中でも供述をしていたのである)。
また,原告は,退去強制手続の段階では難民申請手続を知らな
かったために,国選弁護人たる弁護士の謝罪だけをするようにという刑事裁判でのアドバイスがそのまま残り,できるだけ被告法務大臣の気に入るように供述をしていることは明らかであって,過激なテロリストと思われたりして被告法務大臣から疎まれないように配慮していたと解するのが自然かつ合理的である。c 被告らは,イランにおける旅券の発券状況や原告の出国状況等にかんがみれば,原告が政府当局にMEKのメンバーであったと認識されているものとは到底考えられない旨主張するが,これも,次のとおり理由がない。
(a) 被告らが上記主張の裏付けとする外務省中近東アフリカ局長作成に係る昭和61年12月3日付けの法務省入国管理局長あて回答書(乙21の6)には,

イラン国内で治安当局からモジャヘディン・ハルクの党員として手配を受け,逃走中である容疑者については,通常,本人のみならず,その親族に対しても出国禁止措置が適用され,旅券発給がなされない模様である。

と記載されているが,その内容の信ぴょう性には多大な疑問がある。
ⅰ すなわち,同書面は,法務省入国管理局長から外務省中近東アフリカ局長あてに調査依頼がされ,これを受けた外務省中近東アフリカ局長が在イランの野村大使に調査依頼をして判明した結果を回答したもののようであるが,野村大使は,当国の治安関係者に内々に照会した結果として,

一般的に治安当局から既に手配を受け,逃走中であるムジャヘディン・ハルク容疑者については,本人のみならず,その親族に対しても出国禁止措置が適用され,旅券発給されないのが普通である由。

と回答している。しかし,野村大使の上記回答にある治安関係者の氏名・地
位も明らかでなく,果たして情報に精通している関係者であるかも判然としないうえ,真実を語っていたという保証はどこにもないから,内容としても全く信用することはできない。
ⅱ また,仮に野村大使の上記回答を前提としても,あくまでも
すでに手配を受け,逃走中であるムジャヘディン・ハルク容疑者に関する情報であって,さらに一般的という留保も付けられている。したがって,MEK関係者であっても,手配を受けて逃走中でなければ,旅券が発行されることもあり得るというべきである。
(b) 被告らは,上記主張の論拠として,英国移民局の報告書(乙19)を引用する。
ⅰ しかし,被告らが引用している部分には,まず,

7.18 イランを出国することは,・・・特定の政府への反対者,過激な反対グループのメンバー,徴兵年齢の男性には困難である可能性がある。

とあるだけで,不可能とは述べていない。
また,

7.20 イランの当局が指名手配している者にとって,テヘランの空港で贈収賄または偽造文書によって審査を通過することは難しいであろう。

とあるように,原告とは違う立場の者についての記述であるし,かつ,その場合でも

難しいであろう。

とするのみで不可能と述べているわけではない。ⅱ 被告らは,要するに,イランでは,反政府活動を行っていた者は正規の旅券を取得しにくく,かつ偽造旅券も珍しいので,本来そのような者は出国できないはずであるから,原告は難民ではないと主張するものと思われる。しかし,イランを脱出した反政府活動家が,イラン政府によっ
て出国先で命を奪われたという事例さえ存在し,MEKの多くのメンバーが亡命生活を送っていることは公知の事実であり,旅券を持って出国したからといって,このことをもって原告に迫害を受けるおそれがないことを裏付けるものということはできない。
(エ) 以上によれば,原告はイランにおいて政治活動をしていたことを理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有しており,難民条約上の難民に該当することは明らかである。
ウ 原告が拷問等禁止条約3条1の規定する送還等禁止対象者であること
(ア) 拷問等禁止条約上の送還等禁止義務
拷問等禁止条約3条1は,

締約国は,いずれの者をも,その者に対する拷問が行われるおそれがあると信ずるに足りる実質的な根拠がある他の国へ追放し,送還し又は引き渡してはならない。

と定めている。上記規定は,難民条約33条の規定するノン・ルフールマン原則と相通じる側面を持っているが,難民条約の保護の対象となるのは,一定の要件を備えた難民に限られるのに対して,拷問等禁止条約3条1の規定の対象には,難民に限らず,強制退去などの結果,拷問を受けるおそれのあるすべての者が含まれる。また,同条2が,

権限のある当局は,1の根拠の有無を決定するに当たり,すべての関連する事情(該当する場合には,関係する国における一貫した形態の重大な,明らかな又は大規模な人権侵害の存在を含む。)を考慮する。

と規定しているとおり,送還される者が拷問を受ける危険性があるかどうかの判断に際しては,当該本人と直接の関連性がなくとも,客観的な情報を含めて,当該国における人権侵害状況が考慮されるべきことが,条文上明記されていることにも留意すべきである。
(イ) 原告の送還等禁止対象者該当性
a イランにおいて,一貫した形態の重大な,明らかな又は大規模な人権侵害の存在については,上記イ(ア)のUNHCR資料センターがまとめたイランからの難民申請者のための背景資料や,同資料で引用されている米国国務省の国別人権報告書,アムネスティ・インターナショナル,ヒューマン・ライツ・ウォッチ等の報告書に加えて,被告らが提出した英国移民局の報告書によって認められる。
b そして,上記イ(イ)のとおりの事実関係からすれば,原告は,反政府組織に属するという理由によって,政府から逮捕,殺害等の重い肉体的苦痛を故意に与えられるおそれがあると信ずるに足りる実質的な根拠がある者に該当することは明白であるから,拷問等禁止条約3条1が送還を禁止している対象者に該当する。
エ 裁量権の範囲の逸脱
(ア) 上記イのとおり,原告は難民条約上の難民に該当する者であり,かかる原告を迫害の危険のある本国に送還することは,難民条約33条の規定するいわゆるノン・ルフールマン原則及び同趣旨を規定する出入国管理法53条3項に違反するものである。
すなわち,原告が難民条約上の難民に該当することは,出入国管理法49条3項の規定する裁決をするに当たって当然に考慮されるべき重要な要素であるにもかかわらず,被告法務大臣は,これを考慮せずに本件裁決を行ったものであるから,本件裁決には,被告法務大臣が裁量権の範囲を逸脱した違法がある。(イ) また,上記ウのとおり,原告は拷問等禁止条約3条1の規定する送還等禁止対象者に該当するから,原告を拷問等の危険のある本国に送還することは,同項に違反するものである。
すなわち,原告が拷問等禁止条約上の送還等禁止対象者に該当することは,出入国管理法49条3項の規定する裁決をするに当たって当然に考慮されるべき重要な要素であるにもかかわらず,被告法務大臣は,これを考慮せずに本件裁決を行ったものであるから,本件裁決には,被告法務大臣が裁量権の範囲を逸脱した違法がある。
(ウ) 以上のとおり,本件裁決には被告法務大臣がその裁量権の範囲を逸脱した違法があるから,本件裁決は,取り消されるべきである。
(3) 本件処分の違法性
退去強制手続において,被告法務大臣は,出入国管理法49条1項の異議の申出に対し,異議の申出に理由があるか否かを裁決して,その結果を主任審査官に通知しなければならず(同条3項),主任審査官は被告法務大臣から,異議の申出に理由がないと裁決した旨の通知を受けたときは,速やかに退去強制令書を発付しなければならないものとされているのであるから(同条5項),退去強制令書は,被告法務大臣の上記裁決が適正に行われたことを前提として発付されるものである。しかるに,本件においては,上記(1)及び(2)のとおり,本件処分の前提となる本件裁決が取り消されるべきものであるから,本件処分もその根拠を欠く違法なものとして,取消しを免れないものである。
(被告らの主張)
(1) 裁決書が作成されていないことによる本件裁決の手続上の瑕疵の主張につ
いて
ア 本件裁決が有効に成立したこと
(ア) 行政処分は,行政庁が意思決定した後,外部に表示され,対外的に認知される存在になったときに成立し,その効力は,特段の定めがない限り,意思表示の一般原則に従って,行政処分が相手方に到達したとき,すなわち,行政処分の告知時に発生するものとされている(最高裁昭和57年7月15日第一小法廷判決・民集36巻6号1146頁参照)。そして,その告知の形態には,口頭によるもののほか,交付送達,郵便による送達等の書面による場合があり,出入国管理法49条3項の裁決については,被告法務大臣が異議の申出に理由がある旨の意思決定をした場合には容疑者(被処分者)を放免することによって(同条4項),また,被告法務大臣が異議の申出に理由がない旨の意思決定をした場合には主任審査官が容疑者(被処分者)にその旨を知ら
せることによって(同条5項),それぞれ外部への表示及び告知がされるものとなっている。
(イ) これを本件裁決についてみれば,以下のとおりである。
a 行政庁の意思決定について
前記前提となる事実(2)エのとおり,在留に関する異議申出の裁決については,原則として,被告法務大臣から法務省入国管理局長に決裁権限が委譲されているところ,本件裁決についても,かかる権限のある法務省入国管理局長が決定し,本件裁決の結果を東京入管局長あてに通知している。
b 行政処分の告知について
原告は,被告主任審査官から,被告法務大臣が異議の申出に理由がないとの裁決をした旨の告知を受けており,本件裁決が被処分者である原告に到達したことは明らかである。
c 以上のとおり,本件裁決が行政処分として有効に成立したことは疑う余地のないものである。
イ 退去強制手続における処分の告知と裁決書の意義
(ア) 退去強制手続において,当該外国人が退去強制事由に該当するか否かを判断する機関としては,入国審査官(出入国管理法45条),特別審理官(同法48条)及び被告法務大臣(同法49条)が置かれているところ,出入国管理法法及び同法施行規則は,上記各機関の処分及びその告知について,次のとおり定める。a 入国審査官の認定は,認定書によって行われるものとされ(出入国管理法施行規則37条1項),容疑者に対しては,退去強制事由のいずれにも該当しないとの認定の場合には直ちに放免することにより(同法47条1項),また,該当するとの認定の場合には認定通知書により(同条2項,同法施行規則37条2項),それぞれ告知されることとなる。
b 特別審理官の判定は,判定書によって行われるものとされ(同法施行規則41条1項),容疑者に対しては,退去強制事由に該当する旨の入国審査官の認定に誤りがあるとの判定の場合には直ちに放免することにより(同法48条6項),また,同認定に誤りがないとの判定の場合には判定通知書により(同条7項,同法施行規則41条2項),それぞれ告知されることとなる。c 被告法務大臣の裁決は,裁決書によって行われるものとされ
(同法施行規則43条),容疑者に対しては,異議の申出に理由があるとの裁決の場合には主任審査官が直ちに放免することにより(同法49条4項),また,異議の申出に理由がないとの裁決の場合には主任審査官が速やかにその旨知らせるとともに,退去強制令書を発付することにより(同条5項),それぞれ告知されることになる。(イ) 以上から明らかなとおり,出入国管理法及び同法施行規則は,容疑者に対する処分の告知については,容疑者の放免あるいは通知書等によることとしており,このことからすれば,認定書,判定書及び裁決書は,容疑者に交付又は提示することを前提としたものではなく,行政庁の意思決定における内部手続を定めたものと解される。なお,異議の申出に理由がない旨の被告法務大臣の裁決の告知について,同法施行規則上,裁決通知書が規定されていないのは,被告法務大臣に対する異議申出は退去強制手続における最終審であって,その後は速やかに当該外国人に対し退去強制令書が発付されることを考慮したものである。
すなわち,認定書,判定書及び裁決書は,退去強制手続
における外国人の権利保障の観点から,同手続を担当する各機関に対し,容疑者に退去強制事由が存するか否かの判断を慎重かつ的確にさせるとともに,後続する機
関への事件の引渡しを確実に行わせるために規定されたものということができる。(ウ) したがって,出入国管理法施行規則43条所定の裁決書が被告法務大臣の裁決の成立要件又は効力要件であるなどとは到底解せられるものではない。
(エ) 出入国管理法施行規則43条所定の裁決書は,容疑者に退去強制事由が存するか否かの判断についての,事実認定,証拠,適用法条を記載するものであって,在留特別許可の必要なしとの判断に係る前提事実等が記載されるものではない。したがって,容疑者が当初から自らが退去強制事由に該当することを争っていない場合には(本件も,原告が本邦に不法に残留する者であることについては争いはなく,かかる場合に該当する。),そもそも同条所定の裁決書を作成する必要性は極めて低いものといわざるを得ない。被告法務大臣の裁決に係る行政実務が,同条所定の裁決書を作成していないのは,かかる点を考慮したものにほかならない。
(2) 本件裁決における被告法務大臣の裁量権の逸脱の主張についてア 在留特別許可に関する被告法務大臣の裁量権について
(ア) 国際慣習法上,国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく,当該国家は,特別の条約ないし取決めがない限り,外国人を自国内に受け入れるかどうか,また,これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを自由に決することができるのであり,我が国の憲法上においても,外国人は,我が国に入国する自由を保障されているものでないことはもちろん,在留の権利ないし引き続き本邦に在留することを要求する権利を保障されているものでもない。そして,実定法上,上陸に関する国際礼譲が尊重されて,緩やかな要件により上陸が認められているものの,在留期間更新において厳しいチェックを受けることが必要とされている。すなわち,我が国において,外国人の上陸拒否事由に該当しない限り当然に更新の許可が受けられるという建前はとられていないのであり,我が国への入国・在留が憲法上当然に保障されたものではなく,国家の自由な裁量に任されていることを前提としたうえで,更新事由の有無の判断は被告法務大臣の裁量に任せられているのである。
しかし,それでも,在留期間更新の許否は,適法に在留している外国人を対象にしているものであって,その申請権も認められているものであるのに対し,在留特別許可は,法律上退去強制事由が認められ退去されるべき外国人に対し恩恵的に与え得るものにすぎないもので,申請権も認められておらず,法文上も,在留期間の更新については,出入国管理法21条3項で,在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに許可することができると規定され,相当性という要件の問題となるのに対し,在留特別許可については,同法50条1項3号で,特別に在留を許可すべき事情があると認めるときと規定され,その付与すべき要件が何ら具体的に規定されていないことに加え,許可するかしないか(同項本文)という効果裁量の
問題であることを勘案すれば,被告法務大臣の在留特別許可の許否に関する裁量の範囲は,在留期間更新の許否に関する裁量の範囲よりも質的に格段に広範なものであることは明らかである。
(イ) したがって,被告法務大臣が在留特別許可を付与するに当たっては,外国人に対する出入国の管理及び在留の規制目的である国内の治安と善良な風俗の維持,保健・衛生の確保,労働事情の安定など国益の保持の見地に立って,当該外国人の在留中の一切の行状等の個人的な事情のみならず,国内の政治・経済・社会等の諸事情,国際情勢,外交関係,国際礼譲など諸般の事情を総合的に考慮すべきものであり,出入国管理法が在留特別許可の付与を被告法務大臣の裁量にゆだねることとした趣旨が,在留特別許可の許否を的確に判断するについては,多面的専門的知識を要し,かつ,政治的配慮をしなければならないとするところにあることからすると,その判断は,国内及び国外の情勢について通暁し,常に出入国管理の衝に当たる者の裁量に
任せるのでなければ到底適切な結果を期待することができないから,同許可に係る裁量の範囲は極めて広範なものというべきである。
(ウ) 以上のとおり,在留特別許可は,在留期間更新許可における被告法務大臣の裁量の範囲よりも質的に格段に広範なものであるから,その判断については当不当の問題を生じることがあるとしても,違法となる事態は容易には考え難いのであって,極めて例外的にその判断が違法となり得る場合があるとしても,それは,在留特別許可の制度を設けた出入国管理法の趣旨に明らかに反するなど極めて
特別な事情が認められる場合に限られると解される。
そして,上記の特別な事情としては,法律上当然退去強制されるべき外国人であっても,なおかつ本邦に在留することを認めなければならない積極的な理由が必要であり,このような極めて特別な事情が存する場合に,初めて在留特別許可を与えないことが違法となる余地が生ずるにすぎない。
イ 原告が難民条約上の難民に該当しないこと等
(ア) 原告の供述の信ぴょう性について
原告がイランにおいてMEKのメンバーとして政治的活動をしたとの主張については,これを裏付ける客観的資料はないうえ,以下のとおり,この点に係る原告の供述には信ぴょう性がない。
a(a) すなわち,原告は,刑事手続及び退去強制手続において,何ら難民該当性に係る供述をしていなかったものであるが,そのような態度は,真実迫害をおそれてイランを出国し来日した者の態度としては極めて不自然である。(b)ⅰ この点に関し,原告は,本人尋問において,不法残留に係る刑事事件を担当した国選弁護人である弁護士から,日本に在留したいのであれば,退去強制手続の際に,帰国したくない旨述べていればよいとの助言を受けたことから,自らの政治活動については供述しなかった旨供述する。
しかしながら,仮に原告がそのような助言を受けていたとして
も,イランにおける反政府活動歴について質問を受けた際に,これを否定する理由があるとは考えられない。それにもかかわらず,原告は退去強制手続において,特別審理官の質問に対し,イランにおいて反政府組織に所属したことはない旨の回答をするなど,難民該当性に係る原告の供述は,退去強制手続と本件訴訟における本人尋問とで変遷している。
ⅱ また,原告は,本人尋問において,刑事裁判の公判においても帰国すれば殺される旨を話したと供述する。
しかしながら,原告は,刑事裁判の公判においては,イランを
出国した理由について,イラン・イラク戦争で友人が死亡したことや,姉夫婦が交通事故で死亡したことについては供述しながら,自らの政治活動はもとより,婚約者の処刑についても何ら供述をしていない。原告がかかる供述を始めたのは,退去強制手続の違反審査段階からであり,このような原告の供述が信用に値しないことは明らかである。
b 原告が提出したバニサドル元イラン大統領の手紙と称する書面は,それがバニサドル元イラン大統領の作成に係るものであることを裏付ける証拠はないうえ,仮に上記書面の作成者が真にバニサドル元大統領であるとしても,亡命政治家が,かつて自らを支持していたグループに所属すると称する者から依頼を受け,現在のイラン政権を批判し,依頼者を支援する趣旨で作成したものにすぎないとみるのが相当である。したがって,上記書面は,原告がMEKに参加し,政治活動をしていたことを裏付ける証拠とはならない。
(イ) 原告の来日状況等について
a 原告の主張に係る迫害のおそれを基礎づける事実は,専ら原告が平成2年12月にイランを出国する以前の事情であり,原告は,来日した後に特段政治活動を行っていた旨の申立てをしていないところ,来日までの経緯をみれば,原告が迫害を受けるおそれがあるとは認められない。
原告は,本人尋問において,13歳の頃から3年くらいMEKの事務所に出入りして,学校で新聞やチラシを配るなどの活動をしたと供述しているが,これが事実であるとすれば,原告が政治活動をしていたのは1979年(昭和54年)から1982年(昭和57年)ころにかけてということになる。
しかしながら,MEKは,イラン政府との対立により,1981年(昭和56年)6月に爆弾テロなどを開始したことから,イラン政府は,同組織に対する徹底的な取締りを行い,多数の処刑者が出たとされている。
そうすると,原告は,MEKが非常に厳しい取締りを受けるようになってからも9年余りの間,イランで平穏に生活し,その間1989年(平成元年)12月5日に有効な旅券の発給を受けたうえ,1990年(平成2年)12月に正規の手続で出国していることが認められるのであるが,外務省中近東アフリカ局長作成に係る昭和61年12月3日付けの法務省入国管理局長あて回答書(乙21の6)及び英国移民局の報告書(乙19)によれば,イランでは,出国の際に厳格なチェックがなされており,反政府組織の構成員として把握されている者がイランを出国することが難しいとされている。

このような事情を考えれば,原告がイラン政府当局にMEKのメンバーであったと認識されているものとは到底考えられず,原告が帰国した場合に,イラン政府から反政府活動を理由として特段の迫害を受ける可能性があるとはいえない。
b 原告は,平成2年12月12日に成田空港に到着した際には,休暇のため来日した旨述べていたものであり,それ以降も,平成13年7月30日に不法残留容疑により警視庁久松警察署員に逮捕されるまでの10年半を超える期間にわたり,本邦において漫然と不法就労し,その間に競馬場などに出入りする一方,難民として保護を求めるための手続はもとより,在留期間更新許可申請や在留資格変更許可申請など,本邦に適法に在留するために必要な手続も何らしていない。
このような原告の行動は,典型的な不法就労外国人のものであっ
て,迫害や拷問を恐れて本邦に来日した者の行動としては著しく不自然である。(ウ) 以上のことからすれば,原告は難民条約上の難民に該当するものではない。
また,原告は,拷問等禁止条約3条1の規定する送還等禁止対象者に該当する旨主張するが,その根拠は,原告の難民該当性に係る主張と同一であるところ,上記のとおり,原告がイランに帰国した場合に迫害を受けるおそれがあるとは認められないから,原告が帰国した場合に拷問を受けるおそれがあるとは認められない。
ウ 本件裁決に裁量権の逸脱がないこと
(ア)原告は,イランで出生・生育し,同国で生活を営んでいたものであって,本邦に入国するまで,本邦とは何ら関わりのなかったものである。また,原告は稼働能力を有する成人男子であり,原告がイランに帰国したとしても,本国での生活に特段の支障があるとは認められない。さらに,原告は,本邦入国後,平成13年7月30日に不法残留容疑によって警視庁久松警察署員に逮捕されるまで,10年半を超える期間にわたり,本邦に不法に滞在して不法就労活動に従事していたものであり,逮捕されなければ引き続き不法就労していたものと推認されるのであって,その在留状況は不良であることが認められる。
このような状況をみれば,原告について,在留特別許可を付与すべき特別な事情が存在するとは認められない。
(イ) これに対し,原告は,原告がイランに帰国した場合には,難民条約にいう迫害又は拷問等禁止条約にいう拷問を受けるおそれがあると認められる事実があるにもかかわらず,原告に在留特別許可を与えなかったことには裁量権の逸脱がある旨主張する。
しかしながら,難民認定申請をしていること又は難民認定を受けていることは,在留特別許可を付与するか否かを判断する際に考慮することとなる事情の一つにすぎず,また,この点を措くとしても,上記イのとおり,原告は難民条約上の難民に該当するものではないし,原告が帰国した場合に拷問を受けるおそれがあるとは認められないから,原告の主張は理由がない。
(ウ) 以上のとおり,原告は退去強制事由が存するから,本来,退去強制されるべき者であり,本国に送還されても,迫害又は拷問を受けるおそれがあるとは認められず,他に在留を認めるべき特段の事情があるとも認められない。したがって,本件裁決に,被告法務大臣がその裁量権の範囲を逸脱した違法があると認める余地はないものというべきである。
(3) 本件処分の適法性
退去強制手続において,被告法務大臣から異議の申出は理由がないとの裁決をした旨の通知を受けた場合,主任審査官は,退去強制令書を発付するにつき裁量の余地はないから,本件裁決が違法であるといえない以上,本件処分も適法である。
3 争点
以上によれば,本件の争点は,次のとおりである。
(1) 本件裁決において裁決書が作成されていないことは,本件裁決の取消事由となるか否か。 (争点1)(2) 本件裁決に被告法務大臣が裁量権の範囲を逸脱した違法があるか否か。(争点2)
第3 争点に対する判断
1 争点1について

(1) 出入国管理法69条は,同法49条3項に規定する被告法務大臣の裁決を含め,同法第2章から第8章までの規定の実施のための手続その他その執行について必要な事項を,法務省令で定めるとしており,出入国管理法施行規則43条は,同法49条3項に規定する裁決を裁決書によって行うものと定めているところ,上記裁決書の記載事項については,同規則別記第61号様式により,容疑者の氏名,生年月日等の人定事項,裁決主文,事実の認定,証拠,適用法条,被告法務大臣の記名押印欄等が定められている。
ところで,出入国管理法49条3項に規定する裁決は,容疑者から同条1項に基づく異議の申出があった場合に,被告法務大臣がこれに理由があるか否かを判断するものである。そして,被告法務大臣が同法50条1項の規定に基づいて当該容疑者に在留特別許可を付与するときには,この許可が,異議の申出に理由がある旨の裁決とみなされることとされているから(同条3項),同法49条3項に基づき,異議の申出に理由がない旨の裁決が行われたときには,当該容疑者に在留特別許可を付与しないという判断も併せて行われたこととなる。しかし,そもそも,この在留特別許可は,異議の申出が理由がないと認める場合に行うことができると規定されている(同法50条1項)ものであって,異議の申出に理由があるか否かの判断の中に,在留特別許可を付与す
べきか否かの判断が含まれているものではない。
そして,出入国管理法施行規則別記第61号様式においては,出入国管理法50条1項に規定する在留特別許可に関する事項を記載する欄は設けられていない。 これらのことからすれば,出入国管理法49条3項に規定する裁決の判断内容として裁決書に記載すべき事項は,容疑者からの異議の申出に理由があるか否か,すなわち,退去強制事由が存するか否かに関するものであって,在留特別許可を付与すべきか否かに関する事項を上記裁決書に記載することは予定していないと解すべきである。
(2) また,出入国管理法は,同法49条3項に規定する被告法務大臣の裁決について,異議の申出に理由がある旨の裁決を行ったときは,主任審査官が容疑者を直ちに放免することにより(同条4項),また,異議の申出に理由がない旨の裁決を行ったときは,主任審査官が容疑者に対してすみやかにその旨知らせるとともに,退去強制令書を発付することにより(同条5項),それぞれ,容疑者に対し告知することとしている一方,同法及び出入国管理法施行規則には,同規則43条に規定する裁決書を容疑者に対して交付することを義務付けた規定がないことからすれば,上記裁決書を容疑者に交付することは,法令上,予定されていないものというべきである。
そうすると,出入国管理法施行規則43条が(出入国管理)法49条3項に規定する法務大臣の裁決は,別記第61号様式による裁決書によって行うものとすると定めた趣旨は,出入国管理法49条3項に規定する被告法務大臣の裁決を書面で行わなければ有効に成立しない要式行為として定めたものとまでは解されず,退去強制手続における外国人の権利保障の観点から,容疑者が退去強制事由に該当するか否かの判断を慎重かつ的確に行わせるとともに,後続する機関への事件の引渡しを確実に行わせることを目的としたものと考えるのが相当である。
(3) 以上を前提に検討すると,出入国管理法施行規則43条が裁決書の作成を要することとした趣旨が上記(2)のとおりであることにかんがみれば,被告法務大臣が同法49条3項に規定する裁決を行うに当たり,法令上行うべきものとされた上記裁決書の作成を省略することは,本来許されないというべきであるから,上記裁決書を作成することなく行われた被告法務大臣の本件裁決には,この点において瑕疵があるというべきである。
しかしながら,前記(1)のとおり,出入国管理法施行規則43条に規定する裁決書に記載される事項が,容疑者による異議の申出に理由があるか否か,すなわち,退去強制事由が存するか否かに関するものであることからすれば,上記裁決書は,あくまでこの点に関する被告法務大臣の判断が適正に行われることを担保するための手段にとどまるものであるから,出入国管理法24条4号ロに規定する退去強制事由が存すること自体について原告が争っていたものとは認められない本件においては,本件裁決に当たって同法施行規則43条に規定する裁決書が作成されなかったことにより,本件裁決における被告法務大臣の判断の適正の確保の点に影響があったものとは認められない。
そうであるとすれば,本件裁決について上記裁決書が作成されなかったことをもって,本件裁決を取り消さなければならないほどの瑕疵が存すると認めるこ
とはできない。
(4) よって,裁決書が作成されていないことを根拠に,本件裁決には取消原因となる瑕疵があるとする原告の主張は,理由がないというべきである。2 争点2について
(1) 在留特別許可に関する被告法務大臣の裁量権について
国際慣習法上,国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく,特別の条約がない限り,外国人を自国内に受け入れるかどうか,また,これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかは,専ら当該国家の立法政策にゆだねられているところであって,当該国家が自由に決定することができるものとされている。我が国の憲法上も,外国人に対し,我が国に入国する自由又は在留する権利(ないしは引き続き在留することを要求し得る権利)を保障したり,我が国が入国又は在留を許容すべきことを義務付けている規定は存在しない。
ところで,出入国管理法50条1項は,被告法務大臣が,同法49条1項に基づく異議の申出が理由があるかどうかを裁決するに当たって,当該容疑者について同法24条各号に規定する退去強制事由が認められ,異議の申出が理由がないと認める場合においても,当該容疑者が,①永住許可を受けているとき,②かつて日本国民として本邦に本籍を有したことがあるとき,③特別に在留を許可すべき事情があると認めるときには,その者の在留を特別に許可することができるとしており,同法50条3項は,同法49条4項の適用については,上記の許可をもって異議の申出が理由がある旨の裁決とみなすと定めている。
しかし,出入国管理法には,その許否の判断に当たって必ず考慮しなければならない事項など上記の判断を覊束するような定めは何ら規定されておらず,このことと,上記の判断の対象となる容疑者は,既に同法24条各号の規定する退去強制事由に該当し,本来的には本邦から退去を強制されるべき地位にあること,外国人の出入国管理は,国内の治安と善良の風俗の維持,保健・衛生の確保,労働市場の安定などの国益の保持を目的として行われるものであって,このような国益の保護の判断については,広く情報を収集し,その分析のうえに立って,時宜に応じた的確な判断を行うことが必要であり,ときに高度な政治的判断を要求される場合もあり得ることとを併せて勘案すれば,上記在留特別許可をすべきか否かの判断は,被告法務大臣の極めて
広範な裁量にゆだねられているものであって,被告法務大臣は,我が国の国益を保持し出入国管理の公正を図る観点から,当該外国人の在留状況,特別に在留を求める理由の当否のみならず,国内の政治・経済・社会等の諸事情,国際情勢,外交関係,国際礼譲などの諸般の事情を総合的に勘案してその許否を判断する裁量権を与えられているというべきである。
したがって,これらの点からすれば,在留特別許可を付与するか否かに係る被告法務大臣の判断が違法となるのは,上記判断が全く事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるなど,被告法務大臣に与えられた裁量権の範囲を逸脱し又は濫用した場合に限られるというべきである。 そして,前記のとおり,被告法務大臣が上記の判断を行うについて特に何らの規準が設けられていないこと及び上記在留特別許可は出入国管理法24条各号の規定する退去強制事由に該当して本来的には本邦から退去を強制されるべき地位にある者を対象としてされるものであり,当該容疑者に申請権が認められているものでもないことからすれば,上記裁量の範囲は,在留期間更新の場合と比べて,より広範なものであるというべきである。
(2) そこで,本件において,原告に在留を特別に許可すべき事情が認められないとした被告法務大臣の判断が,裁量権の範囲を逸脱したものであるか否かについて検討する。
ア 原告の難民該当性について
原告は,原告が難民条約上の難民であることを理由に,本件裁決には被告法務大臣が裁量権の範囲を逸脱した違法がある旨主張するので,この点について検討する。
(ア) 難民条約上の難民の意義
難民条約1条A(2)は,難民について,1951年1月1日前に生じた事件の結果として,かつ,人種,宗教,国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために,国籍国の外にいる者であって,その国籍国の保護を受けることができないもの又はそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まないもの及びこれらの事件の結果として常居所を有していた国の外にいる無国籍者であって,当該常居所を有していた国に帰ることができないもの又はそのような恐怖を有するために当該常居所を有していた国に帰ることを望まないものと規定しており,難民議定書1条も,その適用上,難民とは,難民条約1条A(2)の1951年1月1日前に生じた事件の結果として,かつ,及びこれらの事件の結果としてという文言が除かれているものとみなした場合に同条の定義に該当するすべての者をいい,これらの者については,難民条約2条ないし34条の規定が適用されると規定している。 そして,上記の迫害とは,通常人において受忍し得ない苦痛をもたらす攻撃ないし圧迫であって,生命又は身体の自由の侵害又は抑圧を意味するものと解することが相当であり,また,上記にいう迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するというためには,当該人が迫害を受けるおそれがあるという恐怖を抱いているという主観的事情のほかに,通常人が当該人の立場に置かれた場合にも迫害の恐怖を抱くような客観的事情が存在していることが必要であると解するのが相当である。
以下,これを踏まえて,原告が難民条約上の難民に該当するか否かについて検討する。
(イ) MEK及び同組織に対するイラン政府の対応等
a MEKについて
UNHCR作成のイランからの難民申請者のための背景資料(1998年〔平成10年〕9月。甲1),英国移民局(2001年〔平成13年〕4月。乙19)及び米国国務省(2001年〔平成13年〕4月。乙20)の各報告書によれば,MEKについて,次のとおり報告されている。
(a) MEKは,1970年代に設立された極左イスラムゲリラであり,イランにおける最大かつ最も活発な武装抵抗グループである。
MEKのイデオロギーは,イスラム教に基づくものであるが,社会的変化の必要を強調し,多くのマルクス主義的思想を含んでいる。また,MEKは,政治目標を達成するために,武装闘争とプロパガンダの使用の2つの戦略を立てている。(b) MEKは,1970年代には王政への反対の最前線にあり,1979年(昭和54年)のイスラム革命後も,当初は聖職者と同盟し,テヘランの米国大使館占拠事件を支援したが,1981年(昭和56年)以後は,現体制に対しても,政治的な暗殺を実行するなど,反政府活動を展開するようになった。
なお,MEKは,同年6月,当時のバニサドル大統領に与したが,反対勢力に対する政府の暴力的な運動の標的とされた。そのため,フランスに逃亡したMEKのリーダーであるP4は,追放されたバニサドル大統領と共に,同年,パリで国民抵抗評議会を設立した。
b MEKに対するイラン政府の対応等
上記a冒頭に掲げたUNHCR作成の資料,英国移民局の報告書のほか,アムネスティ・インターナショナルの報告書(2000年〔平成12年〕。甲2)及び1996年(平成8年)2月28日付けのニュース(甲3)によれば,イランにおける反政府活動家やMEK等に対するイラン政府の対応について,次のとおり報告されている。(a) イランにおいては,イスラム革命以後,反政府活動家や宗教家へに対する超法規的な処刑,拷問,残虐な行為,恣意的な逮捕・収容,不公正な裁判が行われている。
(b)ⅰ イラン国外で,イラン政府当局の命を受けた者により,MEKや国民抵抗評議会の構成員に対する超法規的な処刑が行われた。
ⅱ イラン国内では,戦闘的な政治的反対者,特にMEKのメンバーは処刑又は長期間の刑を受ける。
MEKへのイラン政権による取扱いは極めて厳しく,多くの処刑と拷問のレポートがあった。MEKのメンバーであると判明している者又はそのメンバーであると疑われている者がもしイランで捕まれば,処刑又は長期間の投獄に直面した。
(ウ) 原告は,本人尋問において,上記(イ)のようなMEKの置かれた状況を踏まえたうえ,前記原告の主張(2)イ(イ)(原告の経歴)の主張に沿う供述を行い,原告からの供述録取書等(甲4,甲6の別紙2,甲7)にも同趣旨の記載がある。 そして,これらの供述等を裏付けるものとして,バニサドル元イラン大統領作成に係るものであるとして,原告あての2通の手紙(甲5の1ないし3,甲8の1及び2)が提出されている。

(エ) しかしながら,他方で,次のような事情が認められる。
a 原告の刑事手続及び退去強制手続における供述について
(a) 刑事手続における供述
ⅰ① 原告は,不法残留容疑で逮捕された翌日である平成13年7月31日,警視庁久松警察署において,司法警察員に対し,

日本に入国した目的は,日本で働きお金を稼ぐためでした。

不法に日本に残留してしまったのは,もっと日本で働きお金を稼ぎ本国に送金したかったからでもあります。

と供述している(乙27の4)。
② 原告は,同年8月17日,東京地方検察庁において,検察官事務取扱副検事に対し,

私が日本に来たのは,姉を事故でなくし,精神的に参ってしまい,イランからどこかの国に出たかったことと,自分の生活のために日本で働こうと考えたからでした。

と供述している(乙27の7)。③ 原告は,同年9月26日,東京地方裁判所における刑事公判廷において,イランを出国にした理由について,イランではいろいろなことがあった。戦争もあり,姉を事故で亡くし,友達も戦争で亡くして,いやな思いばかりしたのでどうしても出国したかった。自分の家族からも圧力をかけられていた。まだ若いので,新しい人生を送りたかった。出国先にはトルコと日本しかなかったが,トルコでは仕事がなく,生活が守れなかった。日本に来ることよりも,イランを出ることの方が重要だった。,

イランの社会では,ずるさや汚い方法を使った者が得をする。たとえば国のために2年半,命がけで戦ったが,評価されなかった。

と供述している。
④ 以上のとおり,原告は,不法残留容疑に係る刑事手続において,来日の目的につき,一貫して,我が国で働いてお金を稼ぐことや,これに加えて,姉や友人を事故や戦争で亡くして精神的に参ってしまったことなどを供述するのみで,自らがMEKに参加して政治活動を行っていたことや,それを理由とするイラン政府ないしその関係機関からの迫害を逃れるためにイランを出国したことはもとより,恋人が政治活動を理由に処刑されたことについても,一切供述していない(乙27の4ないし7,乙28)。
ⅱ① これに対し,原告は,本人尋問において,退去強制手続で作成された調書に原告の迫害を受けるおそれに関する記載がない理由を説明する中で,前記原告の主張(2)イ(ウ)(原告の供述の信用性)b(b)のとおり,国選弁護人の弁護士から,執行猶予を得るためには,裁判で,オーバーステイしたことに罪を感じていますと素直に謝ればそれで終わる。退去強制手続においても,入管からのインタビューでは,帰りたくないと言い続ければよく,東日本管理センターに移収された後に弁護士を付けて争えばよいのであって,それまでは,イランに帰ったら命が危ないなどと一切言う必要はないとのアドバイスを受けた。という趣旨の供述をする(224項ないし242項,324項)。
しかしながら,まず,原告は,上記アドバイスの前提とし
て,原告が国選弁護人に対し,イランでの自らの迫害に関する事情を説明したことは,同弁護人作成の平成13年9月26日付け弁論要旨(乙27の3)に入国目的は,過酷ともいえる母国での極めてつらい体験から避難するとともに,・・・と記載されていることからも,明らかである旨主張するが,刑事裁判で取り調べられた原告の入国目的に関する主な証拠は,上記ⅰの①ないし③の捜査段階及び公判廷における原告の各供述であったものと推認されるところ,これらの内容に照らすと,弁論要旨のいう過酷ともいえる母国での極めてつらい体験とは,イランで戦争に行ったことや,姉や友人を事故や戦争で亡くしたことを指すものと認められるから,弁論要旨に上記記載があること
をもって,原告が国選弁護人に対してイランでの自らの迫害に関する事情を説明していたと認めることはできない。
また,上記弁護士は国選弁護人であるから,原告が起訴され
た後に選任されたものであって,捜査段階において,原告が弁護士等から何らかの法的なアドバイスを受けていたことはうかがわれないところ,原告は逮捕された翌日の取調べにおいて,上記ⅰ①のとおり,稼働目的で来日したと供述し,その後の取調べにおいても,イラン政府等からの迫害に関しては全く供述していなかったものであるが,原告は,捜査段階で,イラン政府等からの迫害に関して全く供述しなかった理由について,何らの合理的な説明をしていない。
さらに,国選弁護人からアドバイスがあったとする原告の上
記供述は,本人尋問(平成16年9月13日に実施)において初めてされたものであっ
て,それ以前に提出された証拠や原告の準備書面には,これに触れたものは見当たらない。かえって,原告からの平成14年6月3日付け供述録取書(甲7)には,

入管のインタビューでは,MEKに属して活動していたこと,それが理由で帰ることができないことを何度も何度も言ったが,入管の担当者は,私の言いたいことを聞こうとしなかった。

旨の記載があり,原告の同年9月20日付け準備書面においても,同趣旨の主張がされていたものであるが,これらは,退去強制手続で作成された調書に原告の迫害を受けるおそれに関する記載がないのは,国選弁護人から,東日本センターに移収されるまで,イラン
に帰ったら命が危ないなどと一切言う必要はないとのアドバイスを受けていたためであるとする原告の上記供述と矛盾するものといわざるを得ない。これらの事情に照らすと,国選弁護人から前記原告の主張(2)イ(ウ)(原告の供述の信用性)b(b)のとおりのアドバイスを受けたために,刑事裁判の公判廷や退去強制手続では,イラン政府等から迫害を受けるおそれについて全く供述しなかった旨の原告の上記供述を信用することはできない。② なお,原告は,本人尋問において,捜査段階や刑事公判廷においても,MEKのメンバーであることあるいはイランに送り返されたら殺されることを話した旨供述するが(317項ないし340項,364項),かかる供述は,本人尋問における反対尋問の段階で初めて出てきたものであることのほか,その内容自体あいまいで,不自然であることや,刑事公判廷で上記のような供述をしていないことは,乙28に照らして明らかであることなどに照らすと,信用することはできない。(b) 退去強制手続における供述
ⅰ① 原告は,平成13年9月26日,東京入管入国警備官に対し,私は19歳の時にイラン・イラク戦争に2年4か月間参加し,その後,イランで2年か2年半,貴金属加工の仕事をしていました。しかし,イランで姉の家族が事故で亡くなったこと,また,イラン・イラク戦争で友人が亡くなったりとイランでは嫌な思いをしたため,イランを出て,どこか外国に行って,自分で生活したいと思うようになり,自分の理想の国を探すため日本に初めて来日したのです。どうして日本なのかというと,以前日本に行ってイランに帰ってきたイラン人の友人から「日本はあなたに合う国だと聞いていたからです。」,私は,来日時90日のビザをもらって,ビザの期間働き,その間稼いだお金で,ビザが切れる前に一度日本を出て韓国に行き,また,再来日しようと思っていましたが,実際には15日間のビザしかもらえず,働いてお金を稼ぐ日数がなかったので,オーバーステイしてしまったのです。,私はイランには帰りたくありません。その理由は,イランに帰っても仕事もお金もないし,日本で身につけた防水の技術を生かせる仕事がないからです。また,何よりも,日本の社会,日本人の考え方が好きだからです。日本全体が好きだからです。と供述している(乙7)。
② 原告は,同月27日,東京入管のP10入国審査官に対し,イランの社会が私に合わないからです。私が18歳の時,彼女がいて彼女は16歳だったのですが,イラン政府を非難する発言をしたことで,警察に捕まり,ろくな裁判を受けられないまま死刑になったのです。その後私が19歳になった時無理やり無意味な戦争に行かされました。その戦争でも私の仲間をたくさん失いました。私の任務が終わって半年後には姉とその家族を交通事故で失いました。と供述している(乙9)。
③ 原告は,同年10月17日,東京入管のP11入国審査官に対し,私は,自分の母国はとても嫌です。私の恋人は16歳で死刑に裁判もなくされてしまったのです。私はそんな国のやり方が嫌でした。元々私がイランを出国したのはイランにいたくなかったからです。ですので日本にいさせてもらいたいのです。,

私はイランが嫌で,とにかく出たいという気持ちが強く,日本に行く決意をしたのです。

と供述している(乙10)。④ 原告は,同月18日,P11入国審査官に対し,私は,もし日本にいられないとしても,イランに帰るつもりはありません。私は,もし帰国することになれば,そのときは死んでいます。そこまで私はかけているのです。私は日本が好きです。私はこれまで在留してきて仕事に生きがいを感じ,また,多くの日本人の仲間がいます。私にとってこの日本は文化を含めすべて欠くことのできないものなのです。それを失うことは考えたくないのです。ですので何とぞ寛大な処分をお願いしたいのです。,

私の国イランは裁判もなしに人を殺すような国です。人間らしく生きることが許されない国なのです。そんな国など絶対に帰りたくはないのです。

と供述している(乙11)。⑤ 原告は,同月29日,東京入管特別審理官と,次のような問答をしている(乙13)。
問 出国するときにトルコと日本しか行くところがなかったということですが,どうしてですか。答 ビザが必要でなかったからです。・・・トルコでは仕事がなくて生活できないことは分かっていたので,日本に行くことを決めたのです。問 あなたの恋人が16歳で殺されたというのはなぜですか。答 親戚の娘ですが,子供のころから結婚する相手として決められていました。でも成長するうちに好きになり,私は本当に結婚するつもりでいました。しかし,彼女はイラン政府に反対する新聞を配っていて捕まり,処刑されたのです。問 あなたはそれをどうやって知ったのですか。答 銃殺されたあと,死体は家族に引き渡され,指定の場所に埋葬されます。ですから私は知っているのです。問 あなたは新聞を配っていたのですか。答 はい。私も新聞を配っていました。でも私は捕まったことはありません。問 学校の先生が殺されたのはどうしてですか。答 つまり反体制の新聞を売ったり,グループなどで活動すると捕まるのです。個人で道端で政府の悪口を言うことぐらいでは殺されはしません。しかし,有名なモジャヘディン(MEK)とか,他にもいくつかグループがあるのですが,そういうグループに入って活動していることがわかると逮捕され,処刑されるわけです。恋人もモジャヘディンに入っていました。私が捕まらなかったのは,モジャヘディンに入るか,ファダイヤン・ハルクという社会主義のグループに入るか迷っていて,決められず,どちらにも加入していなかったためです。イスラム教を捨てるか,イスラム教を選ぶか自分で決意できないうちに,徴兵されたのです。私は,高校をやめたために徴兵されています。問 本国で反政府活動をしたことはありますか。答 グループには入っていなかったので,何にもしていないし,警察に逮捕されたこともありませんでした。話は戻りますが,私は,宗教を選べなかったので,自分の道を選べなかったので,何も活動していません。⑥ 以上のとおり,原告は,退去強制手続において,イランを出国した理由等について,一貫して,姉や友人を事故や戦争で亡くし,また,恋人が処刑されるなどしたため,イランという国が嫌になったので出国し,我が国で働くために来日した旨供述するとともに,MEK等の反体制グループには加入していなかったし,何らの反政府活動もしていなかったと明確に供述しているのであって,逆に,イラン政府ないしその関係機関からの迫害を逃れるためにイランを出国したとか,イランに帰国すれば迫害を受けるおそれがあるなどとは,全く供述していない。
なお,原告は,東京入管特別審理官との問答(上記⑤)の中で,

私も(イラン政府に反対する)新聞を配っていました。

と供述しているが,かかる供述は,捜査段階を含めて,初めて出てきたものであって,にわかに採用し難いものというべきである。また,この点をおくとしても,原告は,特別審理官との問答において,上記のとおり,反体制グループには加入していなかったし,何らの反政府活動もしていなかったと明確に供述していることに照らすと,仮に原告がイラン政府に反対する新聞を配っていたことがあったとしても,それは,MEKのメンバーとして行ったものでないことはもとより,反政府活動として,イラン政府等からの迫害を招くような態様・程度のものではなかったと認めるのが相当である。
また,原告は,P11入国審査官に対し,

もし帰国することになれば,そのときは死んでいます。そこまで私はかけているのです。

と発言しているところ(上記④),本人尋問で,これは,イランに送還されたら殺されるということを言ったものである旨供述する(363項,364項)。しかし,上記発言の前後の供述内容(上記③を含む。)に照らせば,帰国することになればそのときは死んでいる旨の上記発言をもって,イランに送還された場合に原告が迫害を受けるおそれがあることを供述したものと解することはできない。
ⅱ① これに対し,原告は,退去強制手続で作成された調書に原告
の迫害を受けるおそれに関する記載がないのは,刑事事件の国選弁護人からのアドバイスによるものである旨供述するが,かかる供述を信用することができないのは,上記(a)ⅱ①のとおりである。
また,仮に国選弁護人からのアドバイスがあり,原告におい
て,入管でのインタビューでは,イランに帰国した場合の迫害のおそれを積極的に訴えることはしない心づもりであったとしても,あえて自己の認識に反することを供述しなければならない理由はなかったはずである。それにもかかわらず,原告は,上記ⅰ⑤のとおり,特別審理官との問答で,モジャヘディンに入るか,ファダイヤン・ハルクという社会主義のグループに入るか迷っていて,決められず,どちらにも加入していなかった・・・と答え,特別審理官から改めて,

本国で反政府活動をしたことがありますか。

と問われた際にも,グループには入っていなかったので,何にもしていない・・・などと,本人尋問と相反する供述をしていたのである。
この点に関し,原告は,特別審理官の理詰めの質問があった
ために,反政府活動はしていなかったなどと答えさせられてしまった旨主張するが,上記ⅰ⑤のとおりの問答の経過に照らせば,理詰めの質問がされたとは到底認められない。また,原告は,被告法務大臣に過激なテロリストと思われて疎まれないように配慮したために,反政府グループには入っていないと供述した旨主張するが,これを証する証拠はない。
② また,原告は,東京入管の収容施設の劣悪な環境のため,インタビューを受けたときは精神的にも疲弊しており,それが退去強制手続における供述内容の不十分さに影響している旨主張する。
上記主張の趣旨は必ずしも明らかではないが,原告は,上記
ⅰの①ないし⑤のとおり,収容令書の執行された平成13年9月26日を最初に,東京入管の4人の異なった担当官から前後5回にわたってインタビューを受けたのであるから,原告の言い分を述べる機会は十分与えられていたということができるし,また,東京入管の担当官にしても,原告は送還されることを望んでいなかったのであるから,その理由について関心を持ってインタビューに臨み,原告の供述内容を調書に録取したはずである。
現に,原告は,東京入管特別審理官による口頭審理におい
て,入国警備官及び入国審査官の作成に係る各調書(乙7,9ないし11)を読み聞かせてもらい,弁解の有無等を尋ねられた際には,ただいま読んでいただいたとおり大体間違いありませんが,私の趣味のところで,野球観戦や競馬をやりに行ったりしており,お金を使い,私は貯金できないと書かれていますが,それは間違いです。私はそんなに競馬などをやっているわけではありません。競馬などはたまに見に行くだけです。その他には,私が住んでいるマンションは,日本人の友人名義となっていますが,その友人の購入したマンションです。その他には何も訂正することはありません。と弁解していることが認められ(乙13),また,上記①とおり,原告の反政府活動歴等につい
て,特別審理官から再確認されても,反政府活動は何にもしていないなどと答えていたのである。
これらの事情に照らすと,原告の上記主張に理由がないこと
は明らかである。
③ 次に,原告は,退去強制手続で作成された調書にも,迫害の危険について触れられている箇所がある旨主張するが,原告の指摘する事項は,いずれも原告の恋人や学校の先生に係る事柄であって,原告自身に関するものではないから,原告が退去強制手続において,イランに帰国した場合に自らが迫害を受ける危険について供述していたと認めることはできない。
(c) 以上のとおり,原告は,刑事手続においてはもとより,退去強制手続においても,MEKに加入して反政府活動をしていたことなど,イランに送還された場合に同国政府ないしその関係機関から迫害を受けるおそれがあることを基礎付ける事情について全く供述していなかったばかりか,東京入管特別審理官に対し,反政府団体への加入の事実や反政府活動歴を明確に否定する供述をしていたものであるが,これは,自らが難民条約上の難民に該当すると主張する者の態度としては,極めて不自然であるといわざるを得ない。
b バニサドル元イラン大統領作成とされる2通の手紙(甲5の1ないし3,甲8の1及び2)について
原告は,上記各手紙はバニサドル元大統領の作成に係るものである
旨主張し,本人尋問においてこれに沿う供述をするが(146項ないし161項,341項ないし344項),これを裏付ける的確な証拠はなく,他に上記各手紙が真正に成立したものであることを認めるに足りる証拠はない。
仮に上記各手紙が真正に成立したものであるとしても,原告の本人尋問における供述(151項,156項,157項)によれば,原告はバニサドル元大統領と面識もなければ,一緒に活動したこともなく,上記各手紙には,原告がイランでMEKのメンバーとして政治活動を行っていたことを証明する旨の記載等があるものの,同元大統領は,原告の政治活動を直接見聞して知っていたわけではなく,単に,原告が同元大統領あてに出した手紙(甲6の別紙1及び2)の内容を同元大統領がそのまま是認したにすぎないものであることが認められるのであるから,バニサドル元大統領の各手紙に上記のような記載があるからといって,上記(ウ)の原告の本人尋問における供述や供述録取書等の記載の信用性を裏付けるものとはいい難いといわざるを得ない。
c 原告のイランからの出国状況及び来日後の行動について
(a) イランからの出国状況
ⅰ① 上記(イ)のとおり,イランにおいては,1981年(昭和56年)以降,同国政府とMEKとは対立関係にあり,MEKに対するイラン政権の取扱いは極めて厳しく,MEKのメンバーであると判明している者又はそのメンバーであると疑われている者がイランで捕まれば,処刑又は長期間の刑を受けるとの報告がされている。
また,外務省中近東アフリカ局長作成に係る昭和61年12月3日付けの法務省入国管理局長あて回答書(乙21の6)では,

イラン国内で治安当局からモジャヘディン・ハルクの党員として手配を受け,逃走中である容疑者については,通常,本人のみならず,その親族に対しても出国禁止措置が適用され,旅券発給がなされない模様である。

と報告されており,さらに,英国移民局の報告書(乙19)では,

7.18 イランを出国することは,・・・特定の政府への反対者,過激な反対グループのメンバー,徴兵年齢の男性には困難である可能性がある。

,7.20 旅券は空港で,犯罪について警察により,また情報省のコンピュータ処理されたリストに照らして政治,シャーリーア,薬物,商業又は税金に係る違反についてチェックされる。空港当局は,旅券事務所にあるのとは同じではないリストを所有しているようで,旅券と出国ビザを所有しても出国は保証されない。関係する当局による非常に多くのチェックがあるため,イランの当局が指名手配している者にとって,テヘランの空港で贈収賄または偽造文書によって審査を通過することは難しいであろう。と報告されている。
② 上記①の諸事情に照らせば,イラン政府により反政府組織のメンバーとして把握されている者がイランを出国することは難しい状況にあるものと認めることができる。
なお,原告は,上記の外務省中近東アフリカ局長作成に係る
法務省入国管理局長あて回答書の基になった野村大使の外務大臣あての回答書(乙21の6)の記載内容の信ぴょう性には疑問があると主張するが,原告の指摘する事情があるからといって,同大使の回答書の信ぴょう性に疑いがあるとはいえない。また,イランを脱出した反政府活動家等が存在することは,上記認定を左右するものではない。
ⅱ 証拠(甲4,乙2の1,乙10,13,乙27の4及び5,原告本人〔136項〕)によれば,原告は,イランにおいて逮捕されたことはなく,1989年(平成元年)12月5日に有効な旅券の発給を受けたうえ,1990年(平成2年)12月に正規の手続で同国を出国していることが認められる。
この事実に,上記ⅰの事情を照らし合わせると,原告はイラン
政府からMEKのメンバーあるいは反政府活動家として把握されていなかったものと認められる。
(b) 来日後の行動
ⅰ 前記前提となる事実(1)及び証拠(甲4,乙7,10,11,13,乙27の4及び7,乙28,原告本人)によれば,原告は,平成2年12月12日に成田空港に到着し,東京入管成田空港支局入国審査官に対し,外国人入国記録の渡航目的の欄にHOLIdays(休暇の意と解される。),日本滞在予定期間の欄に6days(6日間)と記載して上陸申請して,在留資格短期滞在及び在留期間を15日とする上陸許可を受けて,本邦に上陸したものであり,その後,在留期間の更新又は在留
資格の変更を申請することもなく,在留期間の満了日である同月27日を超えて本邦に不法残留するに至った。
そして,原告は,上陸して間もなく,住み込みで土木作業に従
事して働くようになり,その後職を転々と変えながら,不法在留の容疑で平成13年7月30日に逮捕されるまで,10年半以上もの長期間にわたり不法就労を継続し,逮捕された当時で月30万円程度の給料を得ていた。また,原告は,この間,イランの親元に対し,合わせて100万円程度の送金をしていた。
他方,原告は,我が国に上陸した後,我が国で難民認定の申請
をしていないことはもとより,かかる手続を取ろうとした形跡すらない(原告本人〔347項ないし353項〕)。
ⅱ 上記ⅰのような原告の来日後の行動,とりわけ,難民認定申請の手続を取ろうとした形跡すらないことは,イランでの迫害をおそれて出国した者の行動としては,不自然であるといわざるを得ない。
(オ) 上記(エ)の諸事情に照らすと,イランにおいてMEKのメンバーとして反政府活動をしており,そのために同国政府ないしその関係機関から迫害を受けるおそれがあったのでイランを出国したものであり,同国に送還されたならば迫害を受けるおそれがある旨の上記(ウ)の原告の本人尋問における供述や供述録取書等の記載を信用することはできないというべきであり,仮に原告がイランにおいてMEKの活動に何らかの関わりがあったとしても,それが同国政府ないしその関係機関からの迫害の対象となるようなものであったと認めることはできない。そして,他に,原告がイランに送還された場合,政治活動をしていたことを理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有していると認めるに足りる証拠はないから,原告が難民条約上の難民に当たると認めることはできない。
そうであるとすれば,原告をイランに送還することは,難民条約33条及び出入国管理法53条3項の各規定に違反するものではない。
イ 拷問等禁止条約3条1との関係について
上記アで認定したところに照らせば,原告がイランに帰国した場合に拷問を受けるおそれがあると信ずるに足りる実質的な根拠があると認めることはできないから,原告をイランに送還することは,拷問等禁止条約3条1の規定に違反するものではない。
ウ原告の在留状況等
証拠(甲4,乙7,10,11,13,乙27の1ないし7,乙28,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告はイランで出生・生育し,同国で生活を営んできたものであって,本邦に入国するまで,本邦とは何ら関わりのなかったものであること,原告は稼働能力を有する成人男子であり,イランに帰国したとしても,本国での生活に格別の支障が生じるとは認め難いこと,原告は,本邦入国後,平成13年7月30日に不法残留容疑によって逮捕されるまで,10年半を超える長期間にわたって,本邦に不法に滞在して,不法就労活動を行い,その結果,不法残留の罪により,○の有罪判決を受けたものであって,その在留状況は,適正な出入国管理の観点からみて,看過し得ないものであることが,それぞれ認められる。
エ 以上のとおりであるから,原告が難民条約上の難民であること又は拷問等禁止条約3条1の規定する送還等禁止対象者に該当することを理由として,本件裁決には裁量権の範囲の逸脱があるとする原告の主張は,その前提を欠くものといわざるを得ないし,また,原告の在留状況等からみても,原告に在留特別許可を付与しないことが社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるとは到底認められない。
したがって,本件裁決に被告法務大臣が裁量権の範囲を逸脱した違法がある旨の原告の主張は,理由がない。
3 本件処分について
上記1のとおり,本件裁決に当たり裁決書が作成されなかったことは,本件裁決の取消事由となるものではないし,また,上記2のとおり,本件裁決に被告法務大臣が裁量権の範囲を逸脱した違法があるとは認められないから,本件裁決を前提としてされた本件処分も適法である。
第4 結論
以上によれば,原告の請求はいずれも理由がないから,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第2部

裁判長裁判官 石 井 浩
裁判官 関 口 剛 弘
裁判官 矢 口 俊 哉

トップに戻る

saiban.in