判例検索β > 平成14年(行ケ)第32号
特許権 行政訴訟
事件番号平成14(行ケ)32
裁判年月日平成15年10月22日
法廷名東京高等裁判所
裁判日:西暦2003-10-22
情報公開日2017-10-19 21:02:48
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平成14年(行ケ)第32号 特許取消決定取消請求事件(平成15年10月8日口頭弁論終結)
判 決
原 告 大塚化学株式会社
訴訟代理人弁理士 田 村 巌
被 告 特許庁長官 今井康夫
指定代理人 山 田 泰 之
同 板 橋 一 隆
同 森 田 ひとみ
同 一 色 由美子
同 宮 川 久 成
同 伊 藤 三 男
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
特許庁が異議2001-71040号事件について平成13年11月22日にした決定を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,名称を発泡剤組成物及び発泡体とする特許第3095355号発明(平成8年8月9日出願,平成12年8月4日設定登録,以下,その特許を本件特許という。)の特許権者である。その後,本件特許につき特許異議の申立てがされ,異議2001-71040号事件として特許庁に係属した。原告は,平成13年9月28日,本件特許出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載等の訂正(以下本件訂正という。)を請求した。
特許庁は,上記事件について審理した結果,同年11月22日,

訂正を認める。特許第3095355号の請求項1~5に係る特許を取り消す。

との決定(以下本件決定という。)をし,その謄本は,同年12月17日,原告に送達された。
2 本件特許出願の願書に添付した明細書(本件訂正に係るもの。以下本件明細書という。)記載の発明の要旨【請求項1】(1)アゾジカルボンアミド,(2)ベンゼンスルフィン酸誘導体及びその塩から選ばれる少なくとも1種,並びに(3)尿素を有効成分とする発泡剤組成物。
【請求項2】ベンゼンスルフィン酸誘導体及びその塩が,下記一般式(1)で表される化合物である請求項1記載の発泡剤組成物。
【化1】

RRR
.M

SO2

(1)

nRR
[式中R1~R5は同一又は異なって水素原子,低級アルキル基又はハロゲン原子を示す。Mは水素原子,アンモニア態窒素含有基又は金属陽イオンを示す。Mが水素原子又はアンモニア態窒素含有基を示す時,nは1を示し,Mが金属陽イオンを示す時,nは該金属陽イオンの原子価を示す。]
【請求項3】アゾジカルボンアミド,ジベンゼンスルフィン酸亜鉛及び尿素を有効成分とする請求項1記載の発泡剤組成物。
【請求項4】アゾジカルボンアミド100重量部に対して,ベンゼンスルフィン酸誘導体又はその塩を5~200重量部,並びに尿素を5~200重量部配合した請求項1記載の発泡剤組成物。

【請求項5】被発泡材料に請求項1の発泡剤組成物を添加し,該発泡剤組成物に含まれる発泡成分を分解させてガスを発生することにより得られる発泡体。(以下,【請求項1】~【請求項5】に係る発明をそれぞれ本件発明1~本件発明5という。)3 本件決定の理由
本件決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,本件訂正を認め,本件発明1~5の発明の要旨を上記2のとおり認定した上,本件発明1~5は,特開昭59-30834号公報(甲1,以下引用例1という。)に記載された発明(以下引用発明という。)及び昭和45年高分子学会発行『高分子』Vol.19,No.224,1038頁~1044頁(甲2,以下引用例2という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件発明1~5についての本件特許は,特許法29条2項に違反してされたものであり,同法113条2号に該当し取り消されるべきものとした。第3 原告主張の本件決定取消事由
本件決定は,引用発明において酸化亜鉛に代えて尿素を採用することは引用例2に基づいて当業者が容易に想到し得る事項であると誤って判断し(取消事由1),本件発明1の顕著な作用効果を看過した(取消事由2)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(容易想到性の判断の誤り)
本件決定は,本件発明1と引用発明との相違点として認定した本件発明1・・・は該組成物に尿素を有効成分として含有するのに対し,引用例1に記載の発明(注,引用発明)は,該組成物に尿素を含有せず,酸化亜鉛・・・を含有する点で相違する(決定謄本5頁下から第2段落)点について,引用例2には,発泡剤としてのアゾジカルボンアミドの促進化助剤として,尿素が亜鉛華(酸化亜鉛)と共に列挙されていることからみて,発泡剤組成物における分解の促進化助剤として尿素が亜鉛華と置換可能である・・・引用例1に記載の発明において,酸化亜鉛に代えて尿素を採用することは引用例2の記載に基づいて当業者が容易に想到し得る事項にすぎない(同頁最終段落~6頁第1段落)と判断したが,誤りである。
(1) アゾジカルボンアミド(以下ADCAという。)の分解促進化助剤は,主要な剤のみでも数十種類に上る化合物が知られており,2種類の助剤の組合せとしては数百通りから数千通り以上の多数の組合せが考えられる。それらの組合せにおいていかなる効果が得られるものであるかは,実際に個々の組合せにおいて発泡剤組成物を調製し,発泡性能を試験するというばく大なコストを要する煩雑な作業を繰り返す中で初めて見いだされる知見である。引用例1には,本件発明1の発泡剤組成物における発泡助剤の組合せにつき何らの開示もなく,引用例2も,単にADCAの発泡助剤を列挙したにすぎないから,引用例2の中から特に尿素を選択し引用例1と組み合わせて本件発明1に到達することは,当業者において容易に想到し得た事項ではない。発泡助剤は引用例2記載のもの以外にも存在し,同じ金属セッケンに分類されるにもかかわらず異なる挙動を示すことも知られているのであって,同じ分類内のものでも検討する必要があるから,被告主張のように選択肢が少ないとはいえず,単なる発泡促進効果を有するとの一つの性質をとらえ,置換容易性を判断するのは誤りである。また,尿素が周知の発泡助剤であるからといって,当業者は,尿素がベンゼンスルフィン酸亜鉛及びその金属塩に組み合わせる発泡助剤としてまず第1のものであると容易に想到し得るものではない。(2) 異なる類型に分類される化合物は異なる性質を備えている蓋然性が高く,酸化亜鉛と尿素についても,引用例2には,酸化亜鉛が無機塩の類型に分類されているのに対して,尿素はその他の類型に分類されているから,異なる類型に属する両者は,それぞれ異なる性質を備えている蓋然性が高いものと考えるのが自然である。したがって,引用例2には,引用発明において酸化亜鉛に代えて尿素を用いることを動機付ける記載はないというべきであり,引用発明の発泡助剤である酸化亜鉛に代えて引用例2記載の尿素を選択すること自体,当業者が容易に想到し得たものとはいえない。
(3) ADCAの鉛,亜鉛等の金属化合物の分解促進効果は,金属成分のルイス酸としての機能,及びアゾ基の窒素あるいはカルボニル基の酸素又はそれら双方の不対電子でのアゾエステルのルイス塩基としての機能に依存するルイス酸-塩基の相互作用によるものと考えられており,他方,尿素の分解促進効果は,尿素分子とADCAの酸素,窒素,イオウなどの残余親和力に基づく,単に各成分分子間
の結合による付加体として,その有機錯化合物の形成が分解促進をもたらしているものと考えられている。このように酸化亜鉛と尿素とは,それぞれ発泡促進効果の発現機構を異にし,その単独の使用においても,他の発泡助剤との併用においても,それぞれの発泡剤組成物の発泡作用は全く異なるものである。本件発明1における顕著な作用効果の発現は,尿素とADCAが,ともに分子中にH2N(O=)C-という構造を含み,このような構造がベンゼンスルフィン酸亜鉛による分解促進効果を受けることによる。すなわち,ベンゼンスルフィン酸亜鉛がADCAの分解促進のみならず尿素の分解促進にも働き,トータルでのシャープな分解反応が実現されるという,添加成分相互の反応による効果であり,両者の併用による相乗的な作用効果である。ー方,酸化亜鉛は,無機の化合物であり,酸化亜鉛とベンゼンスルフィン酸亜鉛との間で,本件発明1におけるような相互作用が発現することは全くあり得ない。引用例2には,このような尿素と亜鉛華(酸化亜鉛)の発泡剤組成物における作用効果の相違について何ら開示するところはなく,単に尿素と亜鉛華が並列に記載されているにすぎないのであり,酸化亜鉛の配合を必須の構成とする引用発明と引用例2の発明を結び付ける動機付けを欠くから,引用例2の記載をもって両者を置換可能であるということはできない。
(4) 尿素を単独で発泡助剤としてADCAに配合した場合,発泡剤の分解温度が低下する反面,分解反応のシャープさが失われること,発泡の均一性が損なわれること,ガス発生量が減少することが知られていたことから,引用発明において酸化亜鉛を尿素に置換することによりシャープな分解特性や発泡の均一性が損なわれ,ガス発生量が減少するものと予想される。したがって,分解速度の制御と均一発泡を目的とする引用発明において亜鉛華(酸化亜鉛)を尿素に置換することには阻害要因があるというべきである。本件発明1は,ADCAと尿素の混合物のガス発生量の減少という欠点を,ベンゼンスルフィン酸亜鉛の添加により補うとともに,ベンゼンスルフィン酸亜鉛とADCAの混合物の分解反応のシャープさが不十分なところを補うものである。
2 取消事由2(顕著な作用効果の看過)
本件決定は,本件発明1・・・による,低温で分解が起こり,且つ分解状態がシャープである発泡剤組成物を得るという効果について,・・引用例1に記載の発明(注,引用発明)によっても,低温で分解が起こる発泡剤組成物が得られるものであり,・・・引用例1には分解状態がシャープになることが十分に示唆されており,・・・当業者が十分に予測し得るものにすぎない(決定謄本6頁第4段落)と判断したが,誤りである。
(1) 引用例1において酸化亜鉛と芳香族スルフィン酸又はその塩の併用による相乗効果が記載されているとしても,尿素と芳香族スルフィン酸又はその塩を併用した場合に相乗効果があるか否かは,全く予想外の別異のことである。本件発明1の発泡剤組成物は,ベンゼンスルフィン酸亜鉛や尿素をそれぞれ単独で用いた場合には得られない,均一な気泡を有する発泡体が得られるという顕著な作用効果を奏するものであり,引用例1,2の記載からは当業者が予測し得るものではない。
(2) 本件発明1の発泡剤組成物の主要な用途であるゴム発泡分野においては,分解反応の開始温度よりも,むしろ分解反応の完了温度こそが重要である。引用例1には,低温において発泡する旨の記載があるが,それが分解反応の開始温度についてのものか,分解反応の完了温度についてのものかは明らかではない。また,その例1~3において発泡剤を135℃で発泡させているというが,そのガス発生量は149℃におけるガス発生量に比較して著しく小さく,分解反応の完了温度を示したものでないことが明らかである。本件発明1の発泡剤組成物は,分解反応の完了温度が低下していることから,低温での発泡においてもゴム発泡分野における要請である未発泡の発泡剤残滓を残留させないとの効果を奏するものとなり,産業上極めて有用性の高いものとなった。これに対して,仮に,引用発明の発泡剤組成物をゴム発泡分野に使用した場合,発泡を完了させるためには,より高い温度で長時間発泡させる必要があり,それによって過加硫によるゴム物性の劣化という欠点を生じ,他方,ゴム物性を維持するため低温で発泡させると未発泡の発泡剤残滓が残留して,目的物の長期安定性が低下するという欠点を生ずることになり,結局,ゴム発泡分野において十分な性能を発揮し得ないものとなる。したがって,このような引用発明の効果をもって本件発明1の作用効果と同等の低温分解効果を有するということはできない。なお,本件明細書(甲4)の【図1】(8頁)のグラフに見られる140℃から約190℃の直線的なガス量の増加は,加温による体積増に対応するも
のにすぎない。温度変化がガス発生量に及ぼす影響がほとんどなくなる温度をもって,当該分野では発泡完了温度と呼称するから,本件発明1の発泡完了温度は約140℃というべきである。
(3) 尿素を単独で発泡助剤としてADCAに配合した場合,発泡剤の分解温度が低下する反面,本件特許出願前の原告発行に係る甲10の発泡剤カタログに見られるとおり,分解反応のシャープさが失われ,ガス発生量が減少することが知られており,尿素を配合することによりジベンゼンスルフィン酸亜鉛の添加によるシャープで十分なガス発生量であるという分解特性は損なわれるものと予想される。本件発明1は,こうした予想に反し,尿素の配合により発泡剤の分解温度を低下させつつ,併せて分解反応のシャープさ及びガス発生量を発現させることに成功したものであり,このような作用効果は,尿素の配合につき何らの開示も示唆もない引用発明からは到底予測できないものである。酸化亜鉛又は尿素をADCAの発泡助剤とした際のガス発生の傾向は知られているとしても,ADCAの発泡助剤として尿素とベンゼンスルフィン酸又はその金属塩を組み合わせて使用した場合に,甲11の実験報告書に示されるような,発泡の立上りが早く,最適発泡を得るまでの時間が短く,発泡体の白色性が優れているという本件発明1の格別顕著な作用効果までは,うかがい知ることができない。
第4 被告の反論
本件決定の判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(容易想到性の判断の誤り)について
(1) 引用例2の記載によれば,発泡助剤としての尿素と酸化亜鉛は,その性質及び発泡助剤としての作用発現のメカニズムの違いが存在しても,当業者には,ADCAの分解促進化助剤として同等に使用できるものであるとの認識が存在し,尿素と酸化亜鉛が分解促進化助剤として互いに置換可能であることは十分に理解可能である。組成物発明の進歩性の有無は,引用発明から当該発明の特定事項に至ることに,特許を付与するに値する困難の克服が認められるか否かによるから,原告が主張するような2種類の発泡助剤に数百通りから数千通り以上の組合せがあるか否かによって進歩性の有無が判断されるものではない。引用例1の記載を基本として,必要に応じ,当時の技術水準,当該発明の効果を総合考慮して,本件発明1の特定事項に至ることの容易想到性が判断されるべきである。引用例1記載のADCAと芳香族スルフィン酸又はその金属塩及び酸化亜鉛から成る発泡剤組成物の酸化亜鉛に代えて,引用例2記載の発泡助剤のどのようなものを添加すればよいかを考慮するとき,当業者にとって,その引用例2記載の発泡助剤の中で適したものを選択することに要する負担は,高々18種の発泡助剤を添加した際の発泡結果を確認する程度である。引用例2における,各種発泡助剤の類型分けした記載を参酌すれば,上記18種の発泡助剤の効果を順次確認するのではなく,上記の類型分けに基づいて,最初は類型ごとにその代表的な発泡助剤の効果を確認する等,発泡結果の確認を効率よく行うのであり,確認作業は更に少なくなるし,尿素は周知で代表的な発泡助剤であり,酸化亜鉛に代えるべき発泡助剤として当業者がまず第1に想起する典型的なものであるから,本件発明1の発明特定事項に至ることは格別困難なことではない。
(2) 原告は,ADCAの発泡助剤として尿素を単独で使用した場合に,分解反応のシャープさが劣り,ガス発生量の低下することが知られていたから,引用発明において亜鉛華(酸化亜鉛)を尿素に置換することに阻害要因がある旨主張するが,誤りである。すなわち,引用例1には,引用発明は,先行技術におけるADCAを発泡剤とする不均一気泡の生成,発泡材料に現れる黄色,発泡材料の密度が所望のものより高く,低発泡温度における不十分なガスの放出という欠点の解消を目的とするものであること,先行技術の発泡剤組成物として従来から知られた酸化亜鉛及び芳香族スルフィン酸又はその金属塩は単独では十分な効果が得られないが,併用することでガス発生量や発生速度,気泡構造や気泡の均一性,色などの点で予測を超える効果が得られることが開示されている。尿素がADCAと併用する発泡助剤として亜鉛化合物と並ぶものであることは,引用例2に見るとおりであり,引用例1により既知の発泡助剤の組合せによって予測を超える効果が得られたという技術情報を得た当業者は,従来から使用されている公知の発泡助剤についても,引用発明と同様の効果又はそれ以上の効果が得られることを期待して,引用例1で開示されていない組合せについても検討することになるのは当然である。引用例1で酸化亜鉛や芳香族スルフィン酸又はその金属塩が単独では不十分であるの
に,併用によって予測を超える効果を奏したことが実証されているのであるから,その後に各種発泡助剤の検討を行う場合に,対象とする発泡助剤が単独使用では欠点を有していることが検討自体を断念させる要因になるはずはない。そうすると,引用例1記載のADCA,酸化亜鉛,及び芳香族スルフィン酸又はその金属塩から成る発泡剤組成物において,酸化亜鉛に代えて発泡助剤として周知の尿素を検討することは,当業者が通常行う研究開発の一環にすぎないというべきである。2 取消事由2(顕著な作用効果の看過)について
(1) 本件発明1における2種の発泡助剤の組合せという発明特定事項は,引用例1,2の記載から当業者が容易に想到することができたものである以上,原告主張の作用効果のみでその進歩性を基礎付けることはできないばかりでなく,本件発明1の実施例1において,分解温度の低下,特に分解完了温度を140℃に低下させたということが顕著な作用効果ということはできない。すなわち,本件発明1でいう分解反応温度の低下とは,分解反応が起こる温度の低下を目的とするものであって,完了する温度ではないことは,本件明細書の記載から明らかであり,ゴムの加硫及び発泡に適した温度で発泡する点が一つの効果ではあっても,本件発明1の発泡剤組成物の用途はゴムの発泡に限定されないから,原告の主張は,本件明細書の記載に基づかないものである。また,実施例1のものは,140℃以上においてもガスが発生し,分解完了温度は190℃を超えるから,分解完了温度の低下という点において,引用発明による効果と比較して特に顕著なものとはいえない。さらに,引用例2には,ADCAは分解温度が高いが発泡助剤を添加して分解温度を低下できること,発泡助剤の種類とその使用量を調節することにより発泡剤の適当な分解速度が得られることが記載されている。発泡技術の分野では,ADCAに尿素又は酸化亜鉛を発泡助剤として使用した場合の温度の変化によるガス発生量の推移について,どちらの発泡助剤を使用しても140℃以下の温度条件下でシャープな発泡が起こるが,尿素の使用時の方が酸化亜鉛の使用時よりもわずかではあっても分解温度が低く,発泡の終わり方が急であることが知られている。目的とする分解温度,ガス発生量及び発泡速度と,対象素材の種類,成型方法,圧力等の発泡条件に適合する助剤を選択することは,当業者にとって重要な事項であり,加硫温度に見合う発泡温度が必要であるとき,140℃以下で発泡する発泡剤と発泡助剤の組合せにおいて,使用量を調整しその温度以下とすることができる。本件明細書の【図1】の効果は,異質であるとも,同質であるが際立っているとも認められず,引用例1,2に記載された事項及び発泡分野の技術常識から当業者が予測できる程度のものであり,顕著なものとはいえない。
(2) 原告が主張する,発泡剤の分解のシャープとは,本件明細書の記載に照らし,発泡開始から完了までの所要時間の短さがN,N’-ジニトロソペンタメチレンテトラミン(DPT)とほぼ同じということであるが,ADCAに発泡助剤として尿素や酸化亜鉛を加えた場合のガス発生のシャープさは,ADCA,ひいてはDPT単独のガス発生のシャープさと特段の差異はない。さらに,引用例1の実施例におけるADCAに対する発泡助剤の含有量は少ないものであるが,その実施例の発泡のシャープさと比較しても本件発明1の発泡のシャープさは特に顕著なものではない。発泡助剤の使用量の多少により分解速度の大小も左右されるから,発泡速度が小さくても発泡助剤の使用量を調整することにより,適切な発泡のシャープさが得られる。
原告は,尿素を添加した場合に分解反応のシャープさが失われることを示すものとして甲10の発泡剤カタログを提出するが,同じ発泡剤と発泡助剤との組合せであっても,発泡剤の分解挙動は種々の条件に左右され,表示されていない詳細な条件によって,発泡の分解挙動には違いが生ずることが知られている。ADCAに発泡助剤として尿素又は酸化亜鉛を添加した場合の分解速度についての挙動は,乙1,3及び本件明細書の実施例及び比較例の記載を通じてほぼ一貫しており,甲10の記載のみが異なっている。そうすると,甲10の記載はあっても,乙1,3及び本件明細書の記載を総合して理解し得るADCAに発泡助剤として尿素を添加した場合,その発泡温度は酸化亜鉛の発泡温度と同程度であり,そのガス発生量の挙動もまた同様である。
(3) 発泡剤が具備すべき条件として,基材への分散性が良く,相溶性に優れ,かつ,発生ガスは基材に対する拡散速度が小さいことが挙げられるから,本件発明1による発泡の均一性の効果は,発泡剤が具備すべき性質であって,引用発明のそれと比べても特段の差異はない。引用発明においても発泡の均一性に関し相乗効果が見られるのであるから,発泡助剤を単独で配合したものの発泡が不均一であ
って,発泡助剤を併用した場合に不均一でないことは,格別の効果であるとはいえない。また,原告は,甲11の実験報告書により,本件発明1は引用発明よりも,発泡の立ち上がりが早く,最適発泡を得るまでの時間が早く,完全に分解しているとの効果を奏することが裏付けられる旨主張するが,その内容は,当業者にとって予測し得ない新たな情報を与えるものではなく,正確性,信ぴょう性に疑義があるから,これに基づく原告の主張は失当である。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(容易想到性の判断の誤り)について
(1) 原告は,本件決定が,発泡剤組成物における分解の促進化助剤として尿素は亜鉛華(酸化亜鉛)と置換可能であり,引用発明において酸化亜鉛に代えて尿素を採用することは引用例2の記載に基づいて当業者が容易に想到し得る事項にすぎないとした判断の誤りを主張するので,まず,引用発明について検討する。 引用例1(甲1)には,引用発明に係る特許請求の範囲(1)として,(a)アゾジカルボンアミド(注,ADCA),(b)酸化亜鉛,炭酸亜鉛またはC1からC4までの有機酸の亜鉛塩および(c)芳香族スルフイン酸または芳香族スルフイン酸の金属塩を含む発ぽう剤組成物において,(a)各100重量部当たり,(b)が0.25重量部から25重量部までかつ(b)100重量部当たり(c)1重量部から2000重量部までであり,しかも(b)+(c)の合計は2重量部から25重量部までであることを特徴とする,発ぽう剤組成物(以下,上記(a)を(a)成分,上記(b)を(b)成分,上記(c)を(c)成分という。)と記載され,また,発明の詳細な説明として,先行技術の発ぽう剤において直面する多くの問題を克服する。本発明(注,引用発明)の発ぽう剤により,分解温度の低下,分解速度,および発ぽう過程において放出されるガスの量のすぐれた制御がもたらされる。本発明は,気ほう構造および気ほうの均一性にすぐれしかも変色の少ない発泡重合体状材料の製造をももたらす(2頁左下欄最終段落~同頁右下欄第1段落),本発明の重要な面は,125℃またはそれ以下において,好ましくは145℃より低温において発ぽうを与えることができ,しかも一般に160℃より低温において使用できることである(同頁右下欄最終段落~3頁左上欄第1段落)と記載され,さらに,ADCA発泡剤の分野で(b)成分及び(c)成分は既知の物質であること(同頁右上欄最終段落~同頁左下欄1段落),(b)成分として主に酸化亜鉛,(c)成分として亜鉛ジ(p-トルエンスルフィネート)を配合した例についての具体的な分解挙動など(同4頁以下)が記載されている。 これらの記載によれば,単独で同量(重量)配合した場合に,(b)成分よりも(c)成分の方が分解温度の低下効果があること(実験No.8,22とNo.7,21との比較),(b)成分と(c)成分とを併用して配合した場合に,分解温度,ガス発生速度(上記単独の場合とNo.6,20との比較)及び発泡体の気泡構造,気泡の均一性及び着色(No.32,33とNo.30との比較)において単独の場合より良好な結果が得られることが認められる。しかしながら,引用例1において,引用発明の奏する効果が,その発明特定事項により,どのような理由によってもたらされるのか,例えば,(b)成分又は(c)成分自体のADCAの分解活性化機構,(b)成分と(c)成分とを併用した場合のADCAの分解活性化機構,(b)成分ないし(c)成分と組み合わせるべき物質などについては特に開示するところはない。
(2) そこで,被告主張のように,引用発明において酸化亜鉛に代えて尿素を採用することが引用例2の記載に基づいて当業者が容易に想到し得る事項であるか否かについて判断する。
ア 引用例1の上記記載から明らかなとおり,ADCA発泡組成物において,分解温度の低下,分解速度,および発ぽう過程において放出されるガスの量のすぐれた制御をもたらし,気ほう構造および気ほうの均一性にすぐれ変色の少ない発泡重合体状材料の製造をもたらすことは,通常望まれる性質であり,そのためには,ADCAの分解を促進する物質(以下分解促進化助剤又は助剤という。)を単独で使用し又は併用した場合の検討を行うこともまた,当業者にとって通常の手法というべきである。このことは,平成6年1月5日産業調査会発行実用プラスチック事典(乙2)の有機系発泡剤は,一般にシャープな分解を示し,種類によっては,分解温度が,プラスチックの加工温度に適するよう広範囲に調整ができるなどの利点を有するため,今日,発泡剤の主流をなしている。特に,アゾ化合物のアゾジカルボンアミドは,・・・理想的なプラスチック用発泡剤が具備すべき条件に近く・・・(850頁),発泡剤は,プラスチックの種類,目的製品,成形方法,成形条件などによって選択されるが単独組成の発泡剤ではこれらすべてを満足することは難しい。このため今日,発泡剤メーカーから発泡剤を2~3種類,あるいは分解促進剤などと混合した,複合発泡剤が上市されている(855頁)との記載からも裏付けられるところである。 引用例1には,このように,(c)成分が,単独で同量(重量)配合した場合に,(b)成分よりも分解温度の低下効果があり,(b)成分と併用して配合した場合に,分解温度,ガス発生速度及び発泡体の気泡構造,気泡の均一性及び着色において単独の場合より良好な結果が得られる相乗効果があることが開示されているのであり,また,本件特許出願前に,ADCA発泡の分野において,(b)成分,特に酸化亜鉛が,分解促進化助剤のうち,一般的に使用され,代表的なものであることは,乙2の記載(852頁~853頁)からも認めるに足りるところであって,こうした技術常識を有する当業者において,引用発明の発泡剤組成物の分解促進化助剤につき,(b)成分よりも検討がされていないと考えられる(c)成分につき分解促進化助剤を併用して配合した発泡剤組成物の発泡挙動の検討を試みることは,ごく自然な発想であると認められる。本件発明1も,そのような周知の分解促進化助剤とはいえないベンゼンスルフィン酸誘導体及びその塩を配合したものについて検討するという手法を採ったことは,本件明細書の記載(段落【0007】~【0008】)から明らかである。なお,引用発明に接する当業者が分解促進化助剤の併用を検討する場合に,(b)成分を置換するのではなく,(b)成分及び(c)成分に更に第3(及びそれ以上)の分解促進化助剤を追加する場合について検討する選択肢もあり得るが,より単純な系である(b)成分の置換を検討することが,当業者の通常の検討手法であると認められる。
イ ADCAの分解促進化助剤について,引用例2(甲2)には,亜鉛,カドミウムなどの遷移系金属化合物は,・・その原子上にADCAの窒素原子あるいは酸素原子の非共有原子対が配位して,その共有結合を形成し・・・ルイス酸-塩基の相互作用によって,ADCAの分解活性化を行な(1043頁右欄式(13)の下の段落)うと記載され,また,平成7年3月1日プラスチックス・エージ発行プラスチックスエージ41巻3月号(乙4)には,遷移金属の酸化物,カルボン酸化物,硝酸化物,炭酸化物,硫酸化物及び塩化物などは,ADCAの分解を活性化する(128頁右欄下から第2段落)と,平成3年6月1日同社発行プラスチックスエージ37巻6月号(乙1)には,ADCAの分解助剤として効果のあるものは,ルイス酸特性を有する金属酸化物が中心となっている.・・・ルイス酸特性を有する金属化合物の金属は,カルボン酸塩,硝酸塩,炭酸塩,硫酸塩,塩化物,酸化物などの形態で存在している.これらのうち,一般に取扱われているものは,金属脂肪酸,金属酸化物であ(164頁左欄)ると,乙2には,分解促進剤としては,ルイス酸を有する金属化合物が中心となっている(852頁右欄)と,昭和62年11月30日大成社第2刷発行新版・プラスチック配合剤-基礎と応用(乙3)には,

ルイス酸特性を有する金属化合物が,ルイス酸-ルイス塩基の作用により,ADCAの分解を活性化することが知られている。・・・すなわちADCAの分解促進剤となり得る

(210頁~211頁)と記載されている。これらの記載によれば,本件特許出願時において,遷移金属の化合物の分解促進化助剤は,一群のものとして把握され(以下ルイス酸の作用をする分解促進化助剤群という。),ADCAの分解促進化助剤として最も汎用されているものであることが認められる。
引用発明における(b)成分は,このルイス酸の作用をする分解促進化助剤群に含まれるものであって,酸化亜鉛は,その助剤群中の代表的なものである。分解促進化助剤の検討に当たっては,ADCAの分解促進化機能などが類似すると予想される分解促進化助剤群ごとに,その群の代表的な助剤についてまず検討を行うことが,一般的な手法と認められるが,引用例1に接した当業者は,ADCA及び(c)成分とルイス酸の作用をする分解促進化助剤群とから成る発泡剤組成物について,分解温度の低下効果及びガス発生量,発泡体の気泡構造などについて引用例1において検討されたものと理解できるから,ルイス酸の作用をする分解促進化助剤群以外のその他の分解促進化助剤について検討することが自然な手法であると認められる。
ウ ルイス酸の作用をする分解促進化助剤群以外のその他の分解促進化助剤について見ると,引用例2(甲2)には,ADCAの促進化助剤として働くものは,・・・鉛系および亜鉛系など,・・カドミウム系塩など,尿素,ホウ砂,亜鉛華などがあげられる(1041頁右欄)と,乙2には,

複合発泡剤が上市されている。たとえば,・・エチレン酢酸ビニル共重合体の加圧発泡では,・・・ADCA+尿素系分解促進剤+金属系分解促進剤など

(855頁左
欄)と,乙4には,発泡促進剤としては,亜鉛華・・などの亜鉛化合物や尿素系助剤がある(128頁中央欄)と記載され,また,これら各文献における分解促進化助剤の性質を示すグラフには,助剤として代表的なものについて例示されているところ,そのグラフにおいては,尿素(甲10),Ba-St(ステアリン酸バリウム)(乙1の164頁図6,乙3の211頁,212頁図8~10),MgO(酸化マグネシウム)(乙1の164頁図7),NaHCO3(炭酸水素ナトリウム)(乙3の212頁図10)が記載されている。さらに,ルイス酸の作用をする分解促進化助剤群以外のその他の分解促進化助剤は,上記各文献において,他に十数種示されており(引用例2の第6表,乙3の表10,乙4の表7),これ以外に存在しないとまで断言はできないものの,上記各文献が発泡剤全般又はADCA発泡剤についての総説的な文献であることにかんがみると,ADCA発泡の技術分野における分解促進化助剤の代表的なものほとんどを示しているといって差し支えない。
そうすると,ルイス酸の作用をする分解促進化助剤群以外のそ
の他の分解促進化助剤においては,本件特許出願時に,ADCAと(c)成分に組み合わせる物質の数は,多数とまではいうことはできないばかりでなく,それらの分解促進化助剤の中でも,尿素は,代表的なものの一つであるということができる。エ ADCA発泡剤組成物の分解温度,発泡速度及びガス発生量などの分解挙動の確認は,例えば,甲8の実験報告書に記載されているとおり,ADCA発泡剤組成物を混合したものを秤量し試験管内で分散媒を加えた試料について,慣用の装置を用いて80℃から2℃/分の速度で200℃を超える適宜温度まで昇温するなどして作成される,加熱温度に対するガス発生量を測定した図(以下温度-ガス発生図という。)などにより,容易に行い得るものと認められ,加えて,発泡体における発泡の均一さ及び発泡体の着色の確認をするとしても,例えば,甲11の実験報告書に記載されているとおり,目視で容易に確認できるものであって,そのための試料の作成も格別困難なものとは認められない。したがって,ADCA発泡剤組成物の分解促進化助剤の効果の確認作業は格別煩雑なものであるということはできない。
オ 以上のとおり,本件特許出願時における分解促進化助剤についての技術常識を参酌すれば,当業者にとって,ADCAの分解促進化助剤を列挙した引用例2の中から特に尿素を選択し,本件発明1に係る,ADCAと(c)成分と尿素を配合した発泡剤組成物に至ることは,容易に想到し得ることということができる。原告は,ADCAの分解促進化助剤及び2種類の助剤の組合せが多数あり,ばく大なコストを要する煩雑な作業を繰り返す中で初めて見いだされる知見であるとして,容易想到性を否定すべきである旨主張するが,上記説示に照らし,採用することはできない。
(3) 原告は,引用例2には,酸化亜鉛と尿素とが分解促進化助剤の別の類型に分類され,発泡促進効果の発現機構も異にし,両者は異なる性質を備えている蓋然性が高いものと考えるのが自然であるから,引用例2には,引用発明において亜鉛華(酸化亜鉛)に代えて尿素を用いることを動機付ける記載はないと主張するが,酸化亜鉛と尿素とが別の類型,別の発泡促進機構であることは,むしろ,検討の対象範囲を狭めることになることは,上記のとおりであり,原告の主張は採用の限りではない。
(4) さらに,原告は,尿素を単独で発泡助剤としてADCAに配合した場合,発泡剤の分解温度が低下する反面,分解反応のシャープさが失われること,発泡の均一性が損なわれること,ガス発生量が減少することが知られていたことから,引用発明において酸化亜鉛を尿素に置換することによりシャープな分解特性や発泡の均一性が損なわれ,ガス発生量が減少するものと予想されるとして,分解速度の制御と均一発泡を目的とする引用発明において亜鉛華(酸化亜鉛)を尿素に置換することには阻害要因があると主張する。
ア まず,分解反応のシャープさについて検討すると,ADCA発泡剤組成物の分解温度,発泡速度及びガス発生量などの分解挙動は,温度-ガス発生図などにより知ることができるものであり,分解反応のシャープさは,例えば,同図におけるガス発生量が多い範囲の温度及びその間のガス発生量(ガス発生の開始からほぼ終了までのグラフの垂直部分の傾きと高さ)により判断することができるものである。確かに,甲10の4.4)の図(6頁)で示される助剤をADCAに対し0.1(重量)配合した発泡剤組成物についてのグラフにおいては,ADCAのみ及び酸化亜鉛やカドミウム,鉛,亜鉛のステアリン酸塩を配合した発泡剤組成物
のものに比し,尿素を配合したものの傾きが緩やかで,分解反応のシャープさに劣ることが認められる。
しかしながら,配合割合など測定条件に不明な点はあるものの,助剤をADCAに配合した発泡剤組成物の分解挙動を示す乙3の図10(212頁)においては,尿素を配合した発泡剤組成物の分解反応のシャープさは,ADCAのみ及び酸化亜鉛やカドミウム,鉛,亜鉛のステアリン酸塩を配合した発泡剤組成物に比し,特段劣るとは認められない。さらに,乙3の,助剤をADCAに対し同量配合した発泡剤組成物の加熱温度を一定にしたときの経時的な分解挙動を示す図(以下時間-ガス発生図という。)である図8,9(図8が図9より低温であるが,尿素を配合したものの分解温度よりもいずれも高温において測定したものと認められる。)のいずれにおいても,尿素を配合した発泡剤組成物は,他のいずれの助剤を配合したものよりも短時間で多量のガスを発生すること,すなわち,分解促進化助剤が尿素の場合に最も分解がシャープであることが認められる。そうすると,本件特許出願時において,当業者に,ADCAに尿素を配合した発泡剤組成物の分解はシャープであるものも,そうでないものも知られていたのであるから,ADCAに尿素を配合した発泡剤組成物の分解がシャープではないという認識が存在したものということはできない。原告が提出した甲13の実験報告書の温度-ガス発生図(尿素をADCAに対し同量(重量)配合した発泡剤組成物のグラフ)においても,本件明細書の【図1】の温度-ガス発生図(尿素をADCAに対し半量(重量)配合した発泡剤組成物のグラフ)においても,グラフの垂直部分の傾きはADCAのみの場合や酸化亜鉛を配合した発泡剤組成物のグラフに比べて格別緩やかであると認められないことは,上記認定を裏付けるものである。イ 次に,ガス発生量は,例えば,上記温度-ガス発生図におけるガス発生量が多い範囲のガス発生量(グラフの垂直部分の高さ)により判断できるものである。甲10の4.4)の図(6頁)によれば,尿素をADCAに対し0.1(重量)配合した発泡剤組成物は,ADCAのみ及び酸化亜鉛を0.1(重量)配合した発泡剤組成物に比しわずかにガス発生量が少ない(数ml程度)と認められるものの,他の場合(各ステアリン酸塩を配合した発泡剤組成物)とほぼ同量であることが認められる。さらに,乙3の図10の温度-ガス発生図においても,尿素を配合(量不明)した発泡剤組成物のガス発生量は210ccを超え,ADCAのみ及び他の分解促進化助剤を配合した発泡剤組成物に比し特に少ないとは認められず,乙3の図8,9の時間-ガス発生図においても,尿素をADCAに対し同量(単位不明)配合した発泡剤組成物は,換算ガス発生量として230ccを超えるものであり,特に他の分解促進化助剤を配合した発泡剤組成物に比して少ないと認めることはできない。したがって,本件特許出願時において,当業者に,ADCAに尿素を配合した発泡剤組成物のガス発生量が少ないという認識が存在したということはできない。なお,甲13の実験報告書及び本件明細書の【図1】の温度-ガス発生図においては,尿素を配合した場合の組成物のガス発生量が少ないことが認められるにしても,その事実が本件特許出願時において当業者に知られていたことまでを認めるに足りる証拠はない。
ウ さらに,発泡の均一性について見ると,乙3には,無機発泡剤は概して分解発生するガス発生速度が緩慢で,ガス発生条件の調整が難しく,相溶性,分散性の悪いことから発泡構造の均一なものが得られにくい・・,有機発泡剤はガス発生がシャープであり,分解温度も発泡助剤などを添加することによって容易に調整できる・・ために均一,微細の独立気泡を得ることができる(191頁)と記載されており,これによれば,分散性は発泡の均一性に影響する要素の一つであると認められる。また,乙4には,尿素はポリマーに対する分散性が悪い(129頁左欄)との記載はあるが,これに続けて,分散性を改良するため,エチレングリコール・・などをコーティングして使用される(同所)と記載され,尿素が上記のとおり改良して使用されることが開示されている。他に,ADCAに尿素を配合した発泡剤組成物について,発泡の均一性が劣る旨を直接開示し,本件特許出願時において当業者にADCAに尿素を配合した発泡剤組成物の発泡の均一性が損なわれるという認識が存在したことを認めるに足りる証拠はない。エ そうすると,検討対象である助剤中から特に尿素を除外すべき根拠を見いだすことはできず,引用発明において亜鉛華(酸化亜鉛)を尿素に置換することに阻害要因があるということはできないから,原告の主張は失当というべきである。
(5) 以上によれば,本件特許出願当時,当業者は,引用発明及び引用例2
の記載並びに技術常識に基づき,ADCAに(c)成分及び尿素を配合した発泡剤組成物を容易に想到し得たものと認められるから,本件発明1は,引用発明及び引用例2の記載に基づいて当業者が容易に想到し得る事項にすぎないとした審決の判断に誤りがあるとはいえず,原告の取消事由1の主張は理由がない。なお,本件発明1の従属項である本件発明2~5に係る容易想到性を肯定した審決の判断もまた,同様に,誤りがあるとはいえない。
2 取消事由2(顕著な作用効果の看過)について
(1) 原告は,引用例1において酸化亜鉛と芳香族スルフィン酸又はその塩の併用による相乗効果が記載されているとしても,尿素と芳香族スルフィン酸又はその塩を併用した場合に相乗効果があるか否かは,全く予想外の別異のことであり,本件発明1の発泡剤組成物は,ベンゼンスルフィン酸亜鉛や尿素をそれぞれ単独で用いた場合には得られない,均一な気泡を有する発泡体が得られるという顕著な作用効果を奏するものであって,引用例1,2の記載からは当業者が予測し得るものではないと主張する。確かに,引用例1において,引用発明の奏する効果が,その発明特定事項により,どのような理由によってもたらされるのか,例えば,(b)成分又は(c)成分自体のADCAの分解活性化機構,(b)成分と(c)成分とを併用した場合のADCAの分解活性化機構,(b)成分ないし(c)成分と組み合わせるべき物質などについて特に開示するところがないことは,上記1(1)のとおりである。したがって,(b)成分とはADCAの分解促進化機構が異なると認められる尿素を(c)成分と併用してADCAに配合した発泡剤組成物について,(b)成分と(c)成分を併用して配合した発泡剤組成物におけるのと同じような分解挙動や発泡体の気泡の構造及び均一さ,着色などの効果を示すと直ちにいうことはできない。
(2) そこで,引用発明を含めたADCAの発泡剤組成物における本件特許出願時の技術水準について検討する。
ア 発泡剤の分解挙動,特に分解促進化助剤との関連において,本件特許出願時における技術的知見を見ると,発泡剤一般について,乙3には,発泡剤を選択する重要なファクターは分解温度,発生ガス量および発泡速度であるが,対象素材の種類,成形方法,圧力などの発泡条件によってさまざまに分解挙動が異なる場合が多い。こうした素材別成形条件に適合させるため発泡剤単味だけでは不十分な場合,発泡助剤を配合することによって調整を可能としている(209頁)と,乙4には,プラスチックやゴムを発泡する場合,ポリマーの種類,成形法,成形条件などの諸条件にあった発泡剤の選択をしなければならない.その基準の第一は分解温度であり,発泡助剤による分解温度,分解速度の調整が必要である(128頁左欄)と,乙1には,分解速度は,まず発泡剤自らの分解温度によって決まるが,更には発泡剤の粒度,分解助剤の種類と量,ポリマーへの分散時の熱履歴,発泡工程の熱履歴などによって影響される(166頁左欄~中央欄)と記載されている。
また,ADCA発泡剤について,甲10には,

ユニフォームAZ(注,ADCA)は,種々の添加剤で分解温度,分解速度の調整が可能となります。・・・分解温度の下がる割合,分解速度の状態は化合物の種類,添加量により異なります

(6頁)と,乙1には,一般のADCAの分解温度は208℃前後である.しかし,中間体HDCAの合成条件,その後の酸化条件によって198~210℃の範囲でグレードアップできている.また,粉砕条件の調整によって,・・平均粒子径が2.5~15μmの広範囲でグレードアップできている.この分解温度と粒度の組合せによって,ポリマー中での発泡剤の分解速度は大幅に調整が可能となる(163頁右欄~164頁左欄)と,引用例2(甲2)には,ADCA,DPTは,分解温度が高いので,その目的によっては促進化助剤を用い分解温度を下げて,発泡化に対するゴムあるいはプラスチックの加工温度における粘弾性的挙動に合致した温度での分解にコントロールすることができる。この促進化助剤を添加することにより,これらの発泡剤の分解温度は140~190℃に低下するとともに,その発生ガス量も用いるその助剤の種類と使用量によっても多少変化する。またこの助剤の種類とその使用量を調節することにより,発泡化に対して,これら発泡剤の適当な分解速度が得られる・・・(1041頁右欄)と記載されている。 これらの記載によれば,ADCAの分解温度,分解速度,ガス発生量などの分解挙動は,ADCA自らの製法等の差異による品質(以下グレードという。)の相違及び粒度,並びに分解促進化助剤の種類と量により調節することができることが認められる。
イ 分解促進化助剤の種類及び配合割合による発泡組成物のADCAの
分解挙動に対する具体的な影響について見ると,ADCAの分解挙動を示す温度-ガス発生図において,ADCA単独のグラフと併せて記載されている乙1の図6(164頁),乙2の図2-7-5(853頁),乙3の図10(212頁),甲10の6頁の図によれば,助剤をADCAに配合した発泡剤組成物のグラフは,ADCA単独の場合に比し,傾き,高さなどグラフの形状や温度に対する位置が変わること,分解温度は,助剤の種類によって,ADCA単独の場合よりガス発生量が急減する温度,いわゆる発泡完了温度が大きい場合で40~50℃低下することが認められる。また,分解温度については,どの温度をもって分解温度とするか明確な図示はないものの,更に低いものも記載されている。助剤をADCAの半量(重量)配合した発泡剤組成物についての乙3の表10(213頁)において,ADCA180~215℃に対し,塩化亜鉛80~135℃,エタノールアミン85~135℃と,助剤をADCAと同量(重量)配合した発泡剤組成物についての乙4の表7(128頁)において,酢酸亜鉛100℃,硼砂110℃と,助剤をADCAの0.1(重量比)配合した発泡剤組成物についての甲10の4.5)表(7頁)においては,尿素150℃,炭酸亜鉛160℃,三塩基性硫酸鉛160℃(注,他の発泡剤との併用組成物は除く。),と記載されている。これらの記載によれば,助剤をADCAに配合した発泡剤組成物においては,ADCA単独の場合に比し,大きい場合は100℃以上分解温度を低下させることができると認められる。ウ さらに,分解促進化助剤の量による発泡組成物の分解挙動に対する具体的な影響については,引用例1(甲1)の例1~例3には,引用発明の2種の分解促進化助剤のADCAに対する配合比及び合計量を変えたものの温度を一定にしたときの時間-ガス発生量が記載されている。例えば,135℃において(c)成分の配合量を変えたときの分解速度及びガス発生量の差異(例えば,No.14と10との比較),(b)成分の配合量を変えたときのガス発生量の差異(例えば,No.5と9との比較)から見て,発泡剤組成物のガス発生速度はその配合比に依存するものであることが認められる。また,乙3の表10(213頁),乙4の表7(128頁),甲10の4.5)表(7頁)に見られる分解挙動を示す温度-ガス発生図,時間-ガス発生図及び分解温度の一覧表などにおいて,分解促進化助剤の種類と共に通常ADCAに対するその配合割合が記載されている(乙3の表10を除く。)ことからも,助剤の配合割合が分解挙動に対して影響が大きい要素であることを示すものと認められる。これらの点は,甲13の実験報告書の分解状態図(温度-ガス発生図)及び本件明細書の【図1】の温度-ガス発生図とにおいて,尿素をADCAと同量(重量)で配合したものである前者のいわゆる発泡完了温度は,ADCAの半量(重量)配合したものである後者のそれより7℃程度低い(153℃と160℃)ことが示され,さらに,甲10の4.4)の図(6頁)の温度-ガス発生図においては,尿素をADCAの0.1(重量)と少量の配合したものの分解速度が遅く,いわゆる発泡完了温度は約187℃となることが示されていることとも整合する。
エ 以上によれば,本件特許出願時において,ADCA発泡剤組成物の分解挙動は,分解促進化助剤の種類及び量(配合割合)によって大きく左右され,ADCAと同じ分解促進化助剤の組合せであっても,その配合割合によっては,分解挙動,すなわち,分解温度,分解速度,ガス発生量などが同じであるということができないことは,当業者の技術常識であったということができる。(3) 原告は,本件発明1の発泡剤組成物は,分解反応の完了温度を低下させることができる低温分解効果を有し,本件明細書の【図1】のグラフに見られるとおり,発泡剤組成物のガス発生は140℃で未発泡物が残留しないで完了しており,この発泡完了温度が引用発明より10℃低温であるという分解完了特性は,特にゴムの発泡において極めて有用性が高いものである旨主張する。
まず,原告のいう発泡完了温度について見ると,確かに,本件明細書【図1】の温度-ガス発生図によれば,本件発明1に係る実施例1の発泡剤組成物のいわゆる発泡完了温度は140℃前後であると認められる。しかしながら,既知の分解促進化助剤によるADCAの分解挙動効果からみると,140℃前後の分解温度は,従来のADCA発泡剤組成物おいて既に得られていた程度の温度であって,格別に低い温度であるとも認めることはできないことは上記のとおりである。また,ADCA発泡剤に分解促進化助剤を配合した場合の分解挙動は,同じ分解促進化助剤であっても,ADCAのグレードや粒度により,さらには,分解促進化助剤の配合割合により変化することが技術常識であることも上記のとおりであり,本件発明1の発泡剤組成物の分解挙動が分解促進化助剤の配合割合等によらず一定であるこ
とを認めるに足りる証拠はない。本件発明1の実施例1の発泡剤組成物に用いられたADCAがどのような純度や粒度のものであるか等は明らかではないが,実施例には通常良好な結果を示すものが挙げられていることを考慮すれば,本件発明1の発泡剤組成物には,実施例1の発泡剤組成物より,原告のいう発泡完了温度が高いものも包含されると認められる。現に,実施例1の発泡剤組成物などの追試実験についての実験報告書(甲8)の昇温中ガス発生図(温度-ガス発生図)において,実施例1と同じ分解促進化助剤及び配合割合であるにもかかわらず,発泡完了温度は約145℃,すなわち,本件明細書の【図1】における140℃より5℃高いことは,このことを裏付けるものである。加えて,本件発明1は,分解挙動に影響が大きいと認められる分解促進化助剤の配合割合については何ら規定するものではない。
そうすると,原告の主張する,発泡完了温度が140℃であるとの効果は,実施例1の発泡剤組成物の効果にすぎないと認められ,本件発明1が,成分のみを規定するものであって,ADCAのグレード,粒度,特に分解促進化助剤の配合割合など分解温度や分解速度等分解挙動に大きく影響することが知られた要素を特定するものではないことにかんがみると,その分解温度の低下効果は,格別のものではなく,当業者の予測し得ない,本件発明1の発泡剤組成物の奏する顕著な作用効果ということはできない。
(4) また,原告は,尿素を単独で分解促進化助剤としてADCAに配合した場合,発泡剤の分解温度が低下する反面,分解反応のシャープさが失われ,ガス発生量が減少することが知られていたにもかかわらず,尿素の配合により発泡剤の分解温度を低下させつつ,併せて分解反応のシャープさ及びガス発生量を発現させることに成功したものであり,このような効果は尿素の配合につき何らの開示も示唆もない引用発明からは到底予測できないものであると主張する。 しかしながら,尿素を単独で分解促進化助剤としてADCAに配合した場合に分解反応のシャープさが失われ,ガス発生量が減少することが知られていたとはいえず,本件発明1の分解温度の低下効果が格別のものではないことは上記のとおりである。分解反応のシャープさは,上記のとおり,例えば,温度-ガス発生図におけるガス発生量が多い範囲の温度及びその間のガス発生量(ガス発生の開始からほぼ終了までのグラフの垂直部分の傾きと高さ)により判断できるものと認められるところ,本件明細書の【図1】の温度-ガス発生図から見て,本件発明1の実施例1のものの分解のシャープさがADCAのみの場合や,尿素を単独で配合した発泡剤組成物に比して優れていることを認めることはできない。したがって,分解がシャープであることをもって本件発明1の格別顕著な作用効果であるということはできない。
(5) 原告は,本件発明1によって得られる発泡体は気泡の均一性に優れている旨主張し,本件明細書の実施例3~6において,発泡体の気泡が均一であることが定性的に示されている。しかしながら,例えば,引用発明における発泡体の気泡の均一さと程度の差異は不明である上,少なくとも,例えば,引用発明におけるように分解促進化助剤を配合した発泡剤組成物を被発泡材料に用いたとき,発泡体の気泡の均一性が優れたものが得られることが知られている以上,本件発明1の分解促進化助剤を配合した発泡剤組成物を用いたときに発泡体の均一性に優れたものが得られるという作用効果は,当業者の予測し得る程度のものであるといわざるを得ない。
(6) さらに,原告は,甲11の実験報告書を提出し,本件発明1の発泡剤組成物が,①発泡の立ち上がりが早い,②最適発泡を得るまでの時間が短い,③得られる発泡体の白色性が優れているという顕著な作用効果を奏する旨主張する。 まず,①の発泡の立ち上がりが早いとの意味は明確ではないが,発泡初期の性質を示すものであることは明らかなところ,甲11は,発泡初期段階のデータを含んでおらず,本件発明1の発泡剤組成物の発泡初期の挙動について確認することはできない。仮に温度-ガス発生図における発泡量が増大を開始する温度が低く,かつ,その後のグラフの傾きが急峻(すなわち,分解がシャープ)であることを意味するとしても,本件発明1の発泡の立ち上がりが格別従来ADCA発泡剤組成物で得ることができなかったような低温かつ急峻なものであると認めることができないことは上記のとおりである。次に,②の最適発泡を得るまでの時間が短いは,甲11の[表3]における最適発泡時間として挙げられる時間であり,発泡時間-密度グラフに示された加熱温度を一定(204℃)にしたときの発泡体密度の低減がほぼなくなるまでの時間と認められるが,本件明細書に
は,この効果について何ら記載するところがないから,最適発泡を得るまでの時間が短いとの点は,本件発明1の奏する作用効果ということはできない。さらに,③の得られる発泡体の白色性が優れているとの効果も,本件明細書には何ら記載されていない。実施例1において,ガス発生量が136℃で240mlないしそれ以上であり,ADCA単独での分解量である240ml以上であることは,ADCAが完全分解したことや発泡体が白色性に優れることを直ちには意味しない。本件明細書(甲4)によれば,本件発明1の発泡剤組成物による発生ガスは,尿素に由来するものも含まれると認められ(段落【0008】),必ずしもADCAの分解に由来するものだけではないからである。
そうすると,甲11をもって,本件発明1の発泡剤組成物につき,原告主張の顕著な作用効果を基礎付けることはできない。
(7) 以上によれば,本件発明1の作用効果は,いずれもADCA発泡剤の分野で望まれているものであり,既知の分解促進化助剤を配合した発泡剤組成物の分解挙動から見て本件特許出願時に当業者が予測し難いものではなく,格別顕著な効果を奏するということはできないから,原告の取消事由2の主張は採用することができない。
3 以上のとおり,原告の取消事由の主張はいずれも理由がなく,他に本件決定を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第13民事部
裁判長裁判官

篠 原 勝 美

裁判官

岡 本 岳

裁判官

長 沢 幸 男

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